No.206059

真・恋姫無双 ~美麗縦横、新説演義~ 第三章 蒼天崩落   第十九話 在るべき場所

茶々さん

あともう一歩です。

2011-03-11 08:30:14 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:1748   閲覧ユーザー数:1579

 

何処へ向かっているのだろうか。

 

 

―――分からない。

 

 

何をしようとしているのだろうか。

 

 

―――分からない。

 

 

「仲達、くん…………」

 

 

何故、足が止まらないのだろうか。

 

 

―――分からない。分からない。

 

 

だというのに、足は止まる事無く一歩一歩大地を踏みしめ、壁に手を当てて支えながら、何かに導かれる様にして私の身体は前へと、上へと進んだ。

 

 

『貴女の存在が、言葉が、理想が―――全てがあの人を突き動かし、苦しめているのだと……どうして、どうして分からないんですか!?』

「……ッ!」

 

 

脳裏に、彼女の声が甦る。

 

気づけなかった―――気づこうとしなかった。

 

 

否、本当は気づいていたのだろう。

だというのにそれを受け入れる事を拒み、突き放して――――――それなのに、縛り続けようとした。

 

彼女の云う通りだ。

私が、親しくならなければ。

 

私が出会わなければ、彼は―――仲達くんは追い詰められはしなかった。

 

 

『――――――君を傷つけてしまう事、泣かせてしまう事。それが、それだけが、僕にとっての恐怖なんだ』

 

 

追い詰めたのは私。

苦しめたのは私。

 

私に、彼の隣に立つ資格はないのかもしれない。

 

 

「―――それでも」

 

 

ギリギリと胸を締め付ける痛みを堪えて、自分に言い聞かせる様に声を振り絞る。

 

 

『ずっとずっと―――大好きだったよ』

 

 

止まっては駄目。

進まなくちゃ駄目。

 

 

もう二度と逃げない。

もう二度と目を逸らさない。

 

 

(それでも、私は……!)

 

 

向きあうんだ。

正面からぶつかって、全てをぶつけ合って。

 

そして―――

 

       

 

何時の間にか、俺はさっき立っていた位置から随分と後ろに退いていた。

 

 

「ハァッ!!」

 

 

司馬懿が大上段に斬りかかる。

辛うじて凌ぐ華琳だが、続けざまに二撃、三撃……数を重ねる内、その表情が目に見えて苦しみに染まる。

 

 

―――ハハ、何でだよ?

 

 

「くっ……!」

 

 

横薙ぎの一閃に、堪らず華琳の体躯が吹っ飛んだ。

 

 

「華琳ッ!!」

「ハァ……ハァ……」

 

 

俺の声が届いてないのか。そんな事に意識を裂く暇がないのか。

華琳は返答も返さず、ただその双眸に驚愕と憤りを露わにして司馬懿を睨みつけた。

 

 

「…………」

 

 

肩で大きく息をする華琳とは対照的に、司馬懿は呼吸一つ乱さず立っていた。

 

 

―――お前は、武芸は専門外じゃなかったのか?

 

 

「覚悟ォッ!!」

 

 

と、横合いから関羽が飛び出す。

袈裟切りに構えられた青龍偃月刀がうねりを上げて司馬懿に襲いかかる。

 

神速の勢いと共に繰り出された筈の一撃は―――しかし、虚しく床を抉った。

 

 

―――なんで、なんでだよ。

 

 

「―――フン」

 

 

驚きに目を見開く関羽に、すかさず司馬懿が後ろから斬りかかった。

熟達の武人というべきか、完全に死角からの一撃であった筈の斬撃を紙一重でかわし――――――だが、それを予期していたかのように伸びてきた司馬懿の腕は、関羽の頭部を鷲掴むと、そのまま床に叩きつけた。

 

 

―――なんでそんな、腕前が格段に上がっているんだよ。

 

 

「ガッ!?ア、ッ……!!」

「愛紗ちゃん!!」

 

 

劉備の悲痛な声が響く。

だが一分の隙もなく、反撃の余地すら与えず司馬懿は剣を逆手に持ちかえた。

 

 

―――これじゃあ、まるで。

 

 

「温い。あまりにも温く、そして脆い」

 

 

司馬懿の持つ剣の刀身が、歪な光を放った。

 

 

―――お前が本当に。

 

 

「ッ!?や、止めろ!!仲達!!!」

「―――散れ」

 

 

腕が、振り下ろされる。

 

 

―――みんなを、殺したいと願っているみたいじゃないか!!

 

 

鮮血が、玉殿に花開いた。

 

         

 

一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 

聞き慣れない音が鼓膜を震わせたかと思うと、司馬懿の持っていた筈の剣が床を滑って見当違いの方に飛んでいる。

鼻孔の奥を衝く様な硝煙の匂いが、ありえない筈の兵器を連想させる。

 

 

音の発生源に、自然と視線が往く。

 

 

そこに立っていたのは―――両手で短銃を握り、全身を震わせていた、いつか見た少女。

 

蜀の軍師であり、司馬懿の焦れる人―――――諸葛亮、字を孔明。

 

 

「ッ……!フッ、クッ、ハハハ!!やるではないか!?諸葛亮!!」

「朱里ちゃん!?駄目、早く逃げて!!」

 

 

腕から血を垂れ流しながら、しかし司馬懿は狂気の笑みを満面に湛えて声を上げた。

 

拘束を解かれ抜けだした関羽の方を見ようともせず――まるで関心がないのか――司馬懿はすっくと立ち上がると、諸葛亮に向けて手を伸ばす。

 

 

「どうした!?やはり貴様も気づいたのだろう!!斯様な暗君ではこの国を、中原を救う事は叶わないのだと!!」

 

 

その表情は喜んでいる様に見える。

銃口を向けられながら、しかし司馬懿はむしろ自分が優位に立っているかのように超然として叫び続けた。

 

 

「仁徳?愛情?―――下らない、下らない下らない下らない下らない下らない!!あまりにも下らな過ぎて反吐が出る!!」

「…………」

「どうだ?諸葛亮!今、我が軍門に降ればその才を十二分に活かせる場所を用意すると約束しよう!!」

 

 

司馬懿の声が玉殿に轟く。

 

 

「貴様程の逸材、やはり死なすにはあまりにも惜しい!!我が元に来い!!諸葛亮!!」

「……止めに、来ました」

 

 

小さく、声が聞こえた。

一瞬の間をおいて、司馬懿が小首を傾げた様な声音で問う。

 

 

「―――ん?今、何と言った?」

「貴方を……止めに来ました!」

 

 

諸葛亮の指が、撃鉄に添えられた。

 

 

 

 

 

 

「程昱さんから、全てを聞きました。貴方の本当の目的を、本当の願いを」

 

 

少女は祈った。

どうか間違いであって欲しいと。

 

 

「国を憂う形に、愛する形には幾千、幾万もあります。貴方の考えもまた、その内の一つだった筈です」

 

 

少女は願った。

どうか嘘であって欲しいと。

 

 

「だけど―――だけどその為に!その目的の為だけに貴方はどうして!!どうして自ら死を選ぶんですか!?」

 

 

だが、全ては真実。

理解したくない筈の事実が、現実がただ厳然と自分の前に横たわる。

 

それを拒絶する様に、少女の指は引き金に添えられる。

 

 

思いとどまらせる為に。

日の当たる場所へ連れ帰る為に。

 

 

「他にもっといい方法がある筈です!!貴方が死ななくて済む様な形が、きっとある筈なんです!!だから!!」

「――――――もう、手遅れなんだよ」

 

 

だが、別れは青年の口から紡がれた。

 

           

 

「刻は戻る事も、止まる事もない。故に命の刹那は美しく、無限の悠久は虚しい」

 

 

繰り返される悲劇に、乱世に擦り切れた声音は、しかし胡弓の様に澄んだ音色を奏でた。

 

 

「我が生は、歴史と云う大河に置いてはほんの一滴…………しかしその生きた証は後世幾万にも語り継がれ、永久に戒めとして数多の者達の心に畏怖の代名詞として残ろう」

 

 

英雄に成り損ない、人にすら交われなかった獣と評した己の身に叶う、ただ一つの道。

悩みぬき、考え抜いて選び取った決断。

 

 

「そして、それを打ち破りし英雄達の名もまた―――永遠に語り継がれ、人々の心に残り続ける」

 

 

そこに迷いも、躊躇いもなかった。

己の身の非才を嘆き悲しむくらいなら、その不出来なる自分で何が出来るか。

 

 

「矮小なる悪からは矮小なる正義しか生まれない。故に絶対の正義を生むためには、絶対の悪が必要だった」

 

 

その答えが、終着点がたまたま『これ』だった。

 

 

「気づいた時には、思った時には既にこの身は血に染まっていた」

 

 

涙を枯らし、痛みを失い。

残ったのはただ狂気のみ。

 

だからこそ、未練はなかった。

 

 

「今更何を悔いる事がある?何を躊躇う事がある?一度始まりを告げたのであれば―――後はただ、それがどんな道であれ最期まで突き進めばいい」

 

 

想いの全てに蓋をした。

砕き、壊し、蹂躙し、滅多刺し、消し去った筈だった。

 

 

「この期に及んで、今更になってこの身に執着など生まれはしない」

 

 

いっそ五感の全てを消し去ってしまえばよかったのだろうか。

人ですらない外道のこの身には、人並みの感覚すらも煩わしい。

 

 

だから―――

 

 

「この身、この命は――――――死する。ただその為だけに生まれてきたのだから」

 

 

だから頬を伝うこれが何なのか、分かりたくもなかった。

 

 

 

 

 

 

「…………ざけんなよ」

 

 

言えば、彼は怒っただろう。

そんな事、誰よりも僕自身が知っている。

 

 

「ふざけんなよ!!!」

 

 

どうして自分の命を粗末にするんだと。

所詮は他人事なのに、彼は自分の事の様に怒り、憤る。

 

 

「死んでいい命なんてある訳ない!!死ぬために生まれてきた命なんて、あっていい筈がない!!」

 

 

そんな彼だからこそ、僕は心を許した。

 

 

「お前の命は、お前の為に生まれてきたんだ!!お前が幸せになる為に、お前が幸福になる為に生まれてきたんだよ!!それを、死ぬためだとか!!そんな……そんな悲しい事言うなよ!!」

 

 

そんな彼だからこそ、僕は彼を認めた。

 

 

「お前が死んだら、風だってきっと後を追うぞ。孔明ちゃんだって、俺だって、華琳だって―――みんな、みんな悲しむぞ!!」

 

 

そんな彼の願いだからこそ、僕はその為にこの命を捧げると誓った。

 

 

「お前がどんな罪を重ねたのかは知らない!どんな罰を受けるべきかなんて知らない!!だけど―――だけど俺達と一緒に戦った『司馬懿仲達』は、俺の最高の親友は!!死ぬために生まれてきた訳でも、生きていた訳でもねぇっ!!!」

 

 

           

 

 

「――――――なら、答えてくれ」

 

 

けど、その願いを叶える為に彼を裏切った。

 

 

「『僕』は、僕の『生』は、一体何なんだ?」

 

 

彼の理想を一時とは云え踏み躙り、穢してしまった。

 

 

「何の為に生まれ、何の為に生きて、何の為に戦ってきた?」

 

 

分からない。

どうすればよかったのか。

 

 

どうすれば―――

 

 

「―――どうすれば、『僕』は君たちの隣に居られた?」

 

 

 

 

 

 

「―――そんなの、俺には分からないよ」

 

 

彼は、笑った。

困った事を問い掛ける童子に苦笑する者の様に、仕方ない奴だ、と呆れた様に。

 

 

「自分自身の事だって分からない事がまだあるのに、他人の事なんて余計分からない」

 

 

その優しさに、温さに。

結局僕も、毒されてしまったんだ。

 

 

「――――――けど、さ」

 

 

彼の色に染まり、彼の願いに染まり。

そうやって幾つもの色に塗り重ねられた御旗が、彼なのだろう。

 

 

―――嗚呼、何だ。

 

 

「『それ』を見つける為に、俺達はこの世に生まれてきたんじゃないのか?」

 

 

―――敵う訳がないじゃないか。

 

 

偽りで塗り固められたこの身が、才が。

 

本当の英雄に。

本当の強さに。

 

 

 

 

「……ハハハ」

 

 

だというのに、この心地は何なのだろう。

 

 

「駄目だよ、一刀」

 

 

魂魄が叫ぶ。

 

こんな筈ではなかった世界を求めて。

こんな筈ではなかった結末を求めて。

 

 

「もう僕の壊れた心には、君の言葉さえも届かない様だ」

 

 

―――此処までだ。

 

 

「―――僕にはもう、君の言葉すら『強者の戯言』にしか聞こえないんだ」

 

 

幕引きにしよう。

全ての戦いに。

 

乱世という業に。

 

 

 

僕自身の運命に―――

 

         

 

司馬懿の言葉が鼓膜を揺らした瞬間、大地が揺らぐ。

否、揺らいでいるのはこの宮殿か。

 

突如として襲い来た地震に慌てて踏ん張る。

 

そんな俺達の動揺を余所に、司馬懿はゆっくりと背を向けた。

 

 

「ッ!?仲達!!」

「この宮殿ごと死ぬつもり……!?」

 

 

天井が崩れ始め、装飾が次々と降り注ぐ。

それを辛うじて避けながら、劉備が声を上げた。

 

 

「愛紗ちゃん!!朱里ちゃんを!!」

「御意!!」

 

 

見れば諸葛亮は脇の入口付近に立ちつくしたままだった。

手から短銃は零れ落ち、辛うじて立っているといった風で―――そう思った矢先、彼女の小柄な体躯を小脇に抱えて関羽が此方へ駆けてくる。

 

 

「待って下さい!!まだ仲達さんが!!!」

 

 

諸葛亮の絶叫が響く。

だが伸ばした手はただ虚空を掴み、どんどん遠のいていくその背に届く事は決してない。

 

 

「蓮華様!!こちらへ!!」

「分かってる!!劉備、曹操!!皆も早く!!」

 

 

退路を確保した孫権と甘寧が声を張り上げる。

 

 

「仲達さん!!仲達さん!!!」

 

 

それに従って劉備と関羽、そして関羽に抱えられた諸葛亮が其方へと往く。

 

 

俺は―――と、司馬懿の方へ行きかけた足を止めたのは、視界にその背を映す少女。

 

 

「―――行きなさい。一刀」

「華琳……?」

 

 

絶を片手に携え、無言の圧を発する彼女に、その姿に、俺は足を止めた。

 

 

「何してるんですかっ!?曹操さんも早く逃げないと!!」

「臣下の不始末は、主君であるこの曹孟徳が片を付ける」

 

 

劉備の言葉を、しかし華琳は一言で切り捨てる。

 

 

「…………何処へなりとも行け。僕の最期の願いぐらい、聞き届ける器量を見せたらどうだ?」

 

 

続く司馬懿の言葉に、華琳は一瞬鼻を鳴らし―――次の瞬間、声を張り上げた。

 

 

「ふざけるな!」

 

 

彼女らしくない、怒りを露わにした恫喝。

 

 

「自らを殺して、天下を導く?―――その様な事を、一時でも私の配下にありながらその様な愚行を、この曹孟徳が許すとでも思ったか!?」

 

 

大地の揺れが一層激しさを増す。

最早宮殿の装飾はただ凶器としかなりえず、巻き上がる粉塵も飛び交う欠片も気にせず、覇王の怒声は凛然と轟いた。

 

 

「貴様の生は、命は!!この曹孟徳に忠誠を誓った日に私に捧げたモノ!!ならば、我が許可なく死す事など許されはしない!!!」

 

 

言って、一歩踏み出すその背に声を掛けた。

 

 

「華琳!!」

「大丈夫よ、一刀」

 

 

振り返ったその面に―――時と場所を忘れ、俺は見惚れた。

 

       

 

「―――貴方の惚れた相手が。信じ、愛した女がどれ程の者なのか。今一度、示してあげるわ」

 

余りにも戦場に似つかわしくない、一輪の鮮やかな初花の様な笑みで、彼女は静かにそう告げたのだ。

 

 


 
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