月視点
益州に来て、数週間が経ち、詠ちゃんが天水から戻ってきました。どうやら、付近の賊を扇動していたらしいです。その制圧を名目にして馬騰軍を天水に引き入れたようですね。天水の文官たちには予め言い聞かせていたようで、特に問題も起こることなく、天水は馬騰さんの統治下に入ったようです。
董卓という名を捨てた事に関しては後悔していません。私は本当ならあそこで殺されていた身なのですから。両親から授かった大事な名前なので、とても悲しい事ですけど。
詠ちゃんが帰ってきた事で、今後の私たちについて、桔梗さん達と話し合う事になりました。洛陽では、張譲が私の代わりになっているので、私の事が表ざたになる事はないと思いますが、董卓として桔梗さん達の手助けは出来ないでしょうね。
「反乱!!?」
「詠よ、声が大きすぎるぞ」
桔梗さんの計画について聞かされて、思わず大きな声を出してしまった詠ちゃんが慌てて口を両手で押さえました。
「全く、北郷を天の御遣いとして迎えたのには、そういう理由があったのね……」
「黄巾賊の反乱、そして、反董卓連合軍による洛陽への侵攻。儂らの計画を実行に移すには最高の機よ」
「それで、反乱軍はどれくらいの規模なの?」
「まだまだ弱いものよ。正規の益州軍の半分にも満たない」
「半分って!それで、勝算はあるの?」
「ふむ……。勝てるかどうかは、正直わからん。だが、儂らは勝つしかないのだ」
桔梗さんの瞳には確固たる意志が宿っていました。詠ちゃんもそれを見てふふんと笑みを浮かべました。益州の話は私たちの元にも届いていました。桔梗さん達がそのように決意したとしても不思議ではありません。
「ボクも協力したいのだけれど、あまり表立った動きはしない方が良いわよね?」
「そうだの。益州内部の反乱とはいえ、お主たちの存在が、外の連中を引き入れる引き金になりかねんな」
「そうよね……」
少しでも桔梗さん達の役に立ちたい、その想いは詠ちゃんも同じようです。しかし、私たちはすでにこの世にいない存在。無暗に動くわけにもいきませんね。
「だが、お主たちにも役目はある。」
「役目……?」
詠視点
「反乱!!?」
「詠よ、声が大きすぎるぞ」
桔梗の計画を聞いて、ボクは思わず大声を出してしまった。桔梗に窘められて、すぐに手で口を押さえた。どこに相手の間者が潜んでいるか分からないものね。
「全く、北郷を天の御遣いとして迎えたのには、そういう理由があったのね……」
「黄巾賊の反乱、そして、反董卓連合軍による洛陽への侵攻。儂らの計画を実行に移すには最高の機よ」
「それで、反乱軍はどれくらいの規模なの?」
「まだまだ弱いものよ。正規の益州軍の半分にも満たない」
「半分って!それで、勝算はあるの?」
益州軍は険しい山に囲まれた地。これまでも南蛮の異民族とも上手く付き合っていたようで、戦に慣れていない兵士が多いだろうけど、それでも数は揃っている。いくら桔梗たちが育てた精兵達であろうと、数の暴力に勝てるとは限らない。
「ふむ……。勝てるかどうかは、正直わからん。だが、儂らは勝つしかないのだ」
桔梗の瞳に宿る、強い意志を見て、ボクは思わず笑みを浮かべてしまった。ボクと月が真名を授けた桔梗たちがむざむざ無駄死にを選ぶはずはない。桔梗の中に敗北するという選択肢はないのね。
「ボクも協力したいのだけれど、あまり表立った動きはしない方が良いわよね?」
「そうだの。益州内部の反乱とはいえ、お主たちの存在が、外の連中を引き入れる引き金になりかねんな」
「そうよね……」
ボクも桔梗たちの力になりたい。桔梗や紫苑が民を想う気持ちは決して月に引けを取らない。だけど、ボク達が出しゃばった行動を取ってしまえば、逆に桔梗たちの足を引っ張ってしまう可能性があるだから。
「だが、お主たちにも役目はある。」
「役目……?」
何も出来ない状態に悔しい思いをしているボク達に、桔梗がそう呟いた。しかし、そのニヤリと笑みを浮かべた表情に背筋に冷たいものが流れる。桔梗たちとの付き合いも長いものね。月は気付いていないようだけど、桔梗がこの表情をしている時は、何か企んでいると決まっているもの。
一刀視点
「ん……」
暖かい日差しが窓から差し入り、俺は目を覚ました。あれから数日経ったが、どうやらもう悪夢を見ることもないみたいだな。熟睡できるようになり、身体の気だるさもなくなった。
寝台から立ち上がり、窓を開いて、新鮮な空気が室内に入る。冬の冷たい空気が、身体をぶるっと震わせたが、寝起きの身体には心地良いものだった。今日は何だか良い日になりそうだ。
自室から出て、紫苑さんに挨拶をしようと台所に向かった。その扉を開けて、おそらく朝ごはんを作っているであろう、紫苑さんの姿を思い浮かべながら、部屋に入った。
「おはようございます。御主人様」
「お、おはようございます……ご、御主……あぁぁ!!やっぱり無理よ!!!」
そこにはメイド服を着た董卓さんと賈駆さんがいた。董卓さんはニコッと可愛らしい笑顔で挨拶をしてくれたが、賈駆さんの方は自分が来ている格好と、台詞が恥ずかしいのだろう、顔を真っ赤にしてしまい、その場で蹲ってしまった。
「…………」
とりあえず、俺は無言で扉を閉めることにした。そうだ、きっとまだ夢の続きなんだ、そうに違いない。あの二人がメイド服を着て、俺の事を御主人様と呼ぶはずがないよな。
「早く起きないと……」
「ふざけんなぁぁぁぁぁぁ!!!」
「げぶぅぅぅぅ!!!?」
賈駆さんが扉を思い切り蹴破り、扉が俺の頭に直撃した。
「痛い!!?あれ、夢の中のはずなのに!!」
ズキズキと激痛を発する頭を両手で押さえつつ、見上げてみると、怒りで顔を真っ赤にした賈駆さんが仁王立ちしていた。
「詠ちゃん、ダメだよ?北郷さんは私たちの御主人様なんだから」
その後ろで董卓さんがオロオロしていた。というか、俺が二人の御主人様?一体何がどうなっているんだ?
「だけど月、こんな奴のお世話なんて、ボクにはやっぱり無理よ」
「だけど、桔梗さん達の力になりたいんでしょ?」
「うぅぅ、そうだけどぉ」
「じゃあ、しっかり挨拶しないと」
「うぅぅ、お……おはようございます。ご……御主人様」
最後の方は小声すぎて何を言っているのかほとんど聞き取れないくらいだった。そのまま何も言わずに台所に戻ってしまったのだから、どうしてこうなってしまったのか全く分からない俺は、ポカンとしているしか出来なかった。
詠視点
うぅぅ!!どうして、ボクがこんな奴を御主人様なんて呼ばなくちゃいけないのよ!?
桔梗から渡された役目というのは、天の御遣いである北郷の侍女というものだった。今は、北郷は紫苑の従者として働いているため、外から見れば、ボク達も紫苑の侍女と思われるだろう。
しかし、いずれ北郷は反乱軍を率いて益州を制圧するだろう。そして、その後の統治もすることになると、軍部を支える桔梗や紫苑たちを頼る事は難しい。そこで、北郷を影から支える存在として、ボク達がその役目を託されたというわけ。
確かにそれは良い案だと思う。北郷に広大な益州を治める腕があるとは思えないし、ボクや月は天水を治めた実績がある。それに、そういう仕事ならボクたちの存在が表に知られる事もないだろう。
だけど、それを受け入れるかどうかは別の問題よ!
「はい、御主人様、お茶です」
「あ、ありがとう……ございます」
北郷の奴、月からお茶をもらってデレデレしちゃって!
「はい!」
私はガチャンと音が鳴るほど強く朝ごはんの乗った食器を北郷の前に置いた。月がたしなめるような目でボクを見ているが、このくらいしてやった方が良い薬よ。
「うまっ!これ、賈駆さんが作ったんですか!?」
「なっ!?そ、そうよ……」
「すごいですね!ほんとにうまいや!」
「こ、こんな料理くらい誰だって作れるわよ」
「そんなことないですよ!」
北郷はすごい勢いで朝食をかき込んでいった。ふん、どうせこいつは誰にだってこうやって良い顔をするに決まっているわ!
その後、北郷に桔梗と話した内容のことを告げた。北郷はボク達を自分の侍女にすることを嫌がっていたが、ボクを北郷専属の軍師、月を政治の師とすることで納得した。
まぁ、北郷専属というのは気に入らないけど、単なる侍女という肩書よりかはかなりマシね。月も北郷の師という立場なら、ボクも納得できるわ。もともと月を侍女なんて言う身分にするのは抵抗があったもの。
さて、これからが問題ね。ボク達は名前を失った。董卓と賈駆はこの世から去ったわけ。だから、これからは北郷にはあの名前で呼んでもらわなければないんだけど、やっぱり納得できないわ!あの名前を北郷に託すなんて!
一刀視点
賈駆さんの朝食を食べ終わった後、董卓さんと賈駆さんがどうして俺のことを御主人様と呼ぶ理由を聞いた。確かに納得できる理由だと思うし、実際の所、俺には制圧後の益州の統治なんて出来るとは思えない。
しかし、なぜか桔梗さんのニヤニヤ笑いが脳裏に浮かんだ。確実にあの人は面白い展開になることを見越して、このような流れにしたのだろう。全く、あの人は……。
そして、俺はこの話を断ろうとした。益州の統治の事を考えると、二人には是非とも協力してもらいたいけど、俺の侍女という立場に置くわけにはいかないと思ったからだ。
董卓さんは天水の太守、賈駆さんはその軍師として天水を支えてきた実績を持つ。俺とは身分が天と地ほど離れているわけだ。二人が反董卓連合との戦に敗れたとはいえ、いきなり俺の侍女というのは二人に失礼だろう。
董卓さんは人柄が良いから、桔梗さんの話を断らなかっただけで、賈駆さんなんて明らかに不機嫌な表情をしている。さっき、作ってくれた朝食がとてもおいしかったから、素直においしいと言ったけれど、ぷいって違う方を向いてしまった。
そんな理由で断ろうとしたのだが、董卓さんは命を救ってくれた恩を返したいと言い、そのためには俺の侍女という立場がもっとも都合が良いのだ言う。賈駆さんも、董卓さんの言う事に従うと言ってくれている。
董卓さんの真面目な表情に、それ以上断る事が出来ず、侍女というのは表向きで、董卓さんを政治の先生、賈駆さんを軍事の先生という立場にするという方向で話が決まった。
とりあえず、反乱軍の動きがまだない今は、紫苑さんの侍女ということにしておくようだが、そのため、二人もこの家に住み込みになるようだ。ということは、この屋敷には紫苑さんと璃々ちゃん、董卓さん、賈駆さんと俺が住む事になる。
璃々ちゃんはまだ女の子だけど、4人の女の人と一緒に住むなんて、何だかすごく緊張するな……。
「それから北郷」
「はい!?何でしょうか!?なにもいかがわしいことなんて考えていませんよ!?」
「はぁ?あんた何言ってんの?」
「い、いや何でもないです」
賈駆さんが急に話しかけてきたから、思わず本音を漏らしてしまった。うわぁ、賈駆さんがゴミを見るような目で俺の事を見てるよ。賈駆さんはきっと俺の事を嫌っているんだろうな。
「ボクたちの呼び名の話なんだけど」
「あぁ、それは俺もずっと聞きたかったんですよ。元の名前で呼ぶわけにもいかないですからね」
「そうなのよね……。それで……その……これからは……」
賈駆さんは急に顔を赤らめてもじもじし始めた。それを見ていた董卓さんが賈駆さんの肩の上に手を置いて、俺の方にニコリと微笑みかけた。
「これからは月と呼んでください」
「え!?それって真名じゃ!?」
「はい。御主人様に私たちの真名を授けます」
「良いんですか?真名はこの世界じゃとても重要なものなんじゃ」
「はい、私の真名を知っているのも、元董卓軍の将や桔梗さん達だけです。でも、北郷さんはこれから私たちの主になる人。それ以上に私は御主人様のことを信頼していますから」
とびきりな笑顔でそう告げる董卓さんに思わず胸がドキリと高鳴ってしまった。
「わかりました、月さん」
「ダメです。いくら私が政治の師だからといって、表向きは私は御主人様の侍女です。月と呼び捨てにしてください」
「……わかったよ、月。これからよろしくな」
「はい、御主人様」
月はそのまま賈駆さんの方を向いて、手で無理やり俺の前に立たせた。賈駆さんは俺と目が合うと、すぐに目を逸らしてしまった。
「詠ちゃん、ダメだよ」
「うぅ、分かったわよ。ボクの真名は詠。ゆ、月が言うから、仕方なく託すんだからね!」
「あぁ、無理を言わせてごめんな、詠。でも、俺もこれから天の御遣いとして、民のため、詠や月のために頑張るから」
「ふ、ふん。当たり前でしょ。ボクがあんたの軍師をやるんだから、益州なんてすぐに制圧できなければ、困るわ」
「詠ちゃん、御主人様にあんたなんて言っちゃダメでしょ。ほらちゃんともう一度、御挨拶し直して」
「うぅ……。よろしくお願いします。ご、御主人…様」
そう言うと、すぐに部屋から駆け去ってしまった。そんなに俺って嫌われているのかな?少しショックだ……。
そんな時だった。紫苑さんが肩で息をしながら走って部屋に駆けこんできた。
「あ、紫苑さん、おはようございます。今、二人から事情を聞いて……」
「一刀くん、ごめんね。大変な事が起きたの。月様、恋ちゃんが大変な事を!」
「え……?」
紫苑さんが珍しく血相を変えて報告に来た事。それは恋さん、つまり呂布が曹操軍の拠点である濮陽を陥落させたという知らせだった。俺はその時、元の世界での三国志を思い出した。呂布は反董卓連合との戦で董卓を殺した後、各地を転々とし、曹操と対立する事になるのだ。そして、その末路は……。
そのことを思い出した瞬間に背筋に寒気が走った。あの純朴そうな少女が殺される場面なんて想像することすら怖かった。
恋さんは、戦闘能力はずば抜けて高いが、俺の世界の三国志と違って、優しい子だ。そんな子がどうして濮陽を落としたのだろうか。
「恋ちゃん、月様がまだ生きている事を知らないのよ。そして、董卓は洛陽にて曹操によって処刑されたという事を信じている。きっと、復讐するつもりなんだわ」
あの恋さんが復讐。まるで結びつかない事柄だが、きっと恋さんは月のことをそれほどまでに慕っていたのだろう。止めなくちゃ。この世界は俺の世界の三国志と同じ歴史を辿るわけではない。止める事は可能だ。
しかし、どうやって?濮陽は確か洛陽よりもかなり東に位置していたはず。今からそこに馬で向かったとしても間に合うかどうか。
「月様!?」
そんなことを考えていると、月が駆け足で部屋から出て行き、外に飛び出して行ってしまった。きっといてもたってもいられなかったのだろう。
「まずいわ。いくらあまり顔は知られていないとはいえ、月様の顔を知っているものが見たら、彼女の存在が公になってしまう。急いで止めないと……」
「俺も後を追います!方法は分からないけど、恋さんを救う方法もあるかもしれないですし!」
「分かったわ。私も桔梗と焔耶ちゃんに事情を説明したら、すぐに後を追うわ」
「はい!」
「一刀くん……分かっていると思うけど。無茶はしちゃダメよ?」
「大丈夫です!」
俺はそのまま月の後を追った。すでに彼女は本来の体力からは考えられないくらいのスピードで走り去ったようで、かなり先を行っている。
馬で追えば、すぐに追いつくと思い、詠の部屋に行き、事情を説明した後、自分の部屋から念のため刀を持って、すぐに月の後を追った。月の時と違って、恋さんを救う方法など、一切思いつかなかった。
次回予告
広大な大地に一人佇む一人の少女。
彼女の得物や身体には血がびっしりとこびりついていた。
しかし、それは彼女の血ではない。
彼女の後ろには大量の死体が転がされていた。
彼女の名は呂布、字は奉先、真名は恋。
大陸最強の少女である。
彼女の目の前には大軍が布陣されている。
その旗には曹の文字が掲げられている。
「…………曹操、殺す」
繰り広げられる激闘。
軍略の天才曹操と武の天才呂布。
果たして戦の結末は。
呂布の運命は。
「呂布殿、俺はあなたのために喜んで死ぬ」
あとがき
皆さまお久しぶりでございます。
一月の投稿の後、卒論執筆に試験。
そして、車の免許のために教習所に通い、二月からは東京から静岡に引っ越し。
引っ越し後、待っていたのは内定先の会社の地獄の研修。
そんな感じで執筆する時間がほとんどありませんでした。
三月から仕事が始まり、今後も投稿するスピードはかなり落ちます。
しかし、暇を見つけては執筆するので、どうか身捨てずに見守り下さい。
今回は月と詠が真名を授ける場面です。
詠のデレの表現の難しさときたら。
デレを上手く書ける他の作者様を尊敬いたします。
少しでも作者の詠にニヤニヤしていただければ幸せです。
そして、次回は番外編です。
普段はキャラ視点にしていますが、番外編は第三者視点で書きたいと思います。
そして、男のオリキャラを出します。北郷君はほぼ出ません。
ですのでお気に入り限定で公開したいと思います。
こちらも期待せずにお待ちください。
一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。
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かなりお久しぶりの投稿となってしまいました。
お忘れになっている人も多いでしょう。第二十一話の投稿となります。今回も御存じのとおりの駄作です。期待はせずに御覧ください。
久しぶりに執筆したので書き方や口調やおかしくなっているかもしれません。寛容な心持で見て下さると嬉しいです。
コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!
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