No.205395

恋姫異聞録105 -画龍編-

絶影さん

南下中

指南車とか利用したのが出てきます
今日一日だけの休みで書き上げました
花粉が辛いので外に出たくない私としては

続きを表示

2011-03-06 23:14:02 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:8718   閲覧ユーザー数:6705

兵の練度をあげつつ赤壁へと戦いの場を移す為に敵に誘われるまま兵を進め

手詰まりの所で頃合いを見計らって船を進めた詠の率いる艨衝艦隊からの援護射撃に助けられ敵を追い払い

巧く合流することが出来た俺達はその場で直ぐに斥候を放ち情報を集めた

 

情報によれば敵は現在停船しているこの場所からさして遠くない場所に防御力の高い露橈を率い

木陰に潜伏させているという事らしい

 

此処からは一定の距離を取りつつ後退する敵に合わせ軍を進めていく形になる

だからこそ今は直ぐには動かない、もうすぐ俺達の要請に答えた華琳が送った兵がこの場に到着する

兵と合流しなければ此方はたった五千でおおよそ三万近い敵を此処から相手にしなければならないからだ

 

「援軍は直ぐに到着するのですか?」

 

「一馬の話だとそうね、焦らなくても大丈夫よ。無徒が兵をつれてくるわ」

 

船に乗り込んだ俺達は中央の船に拠点を構え、体の動かない一馬以外の将を集めて

今後の進軍について話し合いを始めていた

 

未だ後方の援軍と合流できないことに少しだけ不安を感じる凪は腰掛け、卓の上に載せる手に力が篭っていた

凪の焦りも解る。素早く船を進めてくれたことで後方から来る援軍と合流する時間差ができてしまったのだ

 

だがそんな凪の焦りに詠は心配が無いと言う。確かに手に入れた大宛馬での移動だ、それほど時間がかからない

というのも理由の一つなのだろう。だが其れよりも詠の中で強いものを感じる恐らくは

 

「無徒のことか」

 

「ええ、双武の張奐を侮らないでほしいわ。神速の用兵術と言われる霞に劣らない用兵術を兼ね備えて居るのだから」

 

自慢気に頷く詠に俺は苦笑する。確かに歴戦の猛者である無徒に取って正直な話、霞や俺達の用兵は物足りない

のかも知れない。五胡とも幾度も戦い挙げた首は数知れず敵からも一目置かれる程の人物だ

それどころか才を愛する華琳の眼に止まるほどの人物。詠と月が居なければ今頃共に戦っている等考えられない

 

「そやな~、無徒ならもう着くやろ」

 

そう言って体を椅子に預け腕を伸ばす霞に応えるように外からは馬の嘶き

霞は俺を見て「言った通りやろ?」と片目を瞑る。俺はそんな霞につい笑ってしまう

 

入り口に目線を向ければ無徒が鎧に身を包み、白い髪を綺麗に束ね、髪と同じ真っ白な髭を

揺らしながら入り口に立っていた

 

「失礼いたす。どうやら間に合ったと考えても宜しいようで」

 

「お疲れ様、もちろん間に合ってるわよ」

 

労いの言葉をかける凪達に軽く礼をし、ゆっくりと中に歩を進め中に入ると無徒は詠の前で跪く

相変わらず詠と月には従者のように振舞うのだな。自分で聖女の兵と言っているくらいだ

これが普通なのだろう

 

「これは詠様。其れは良かった、合流地点よりも先に進まれておりましたのでこの無徒、失態を犯したかと」

 

「僕が勝手に進めたの、伝令は行ってなかった?」

 

無徒の言葉に不思議に思い首を傾げる詠。その時入り口に立っていた胴当てだけを装備した片足の無い兵が

「村長が詠様が居らんって、船の通った後筋だけ見て説明聞かず行っちゃったんでしょうが」と言われ

これは参ったと豪快に笑う無徒。確か無徒と同じ邑の者、詠達と一悶着あった者だったはず

 

そうか、彼らも無徒同じく戦に参加してくれるのか

 

「所で率いてきた兵の数は?」

 

「は、総数五万。兵科は突騎兵を一万、残り四万は弓兵でございます。此方は工作兵が多くを占めるとのことでした

ので、船戦で重宝する弓兵を連れてきました」

 

「良し、要望通りね。此処から進軍を開始するわよ、あわよくばこの場で馬超でも討ち取れれば儲けものよ」

 

意気込む詠は腕を組みこれからの戦場を頭に描く。俺はブツブツと呟き始める詠の隣に無徒を座らせた

 

一万の騎兵に四万の弓兵か、此処に来るのに馬車を使って兵を移動させたのだろう

となるとこの場で馬車は解体、工作兵に解体した馬車を使って矢を作らせるといったとこか

 

「なぁ昭、此処からは船上で戦うんやろ?」

 

「そうだな、不安か霞」

 

「いんや、何ちゅうかこんな大きい船戦は始めてやからこう居ても立っても居られんのや」

 

「そうか、だが暫くはつまらんと思うぞ。矢の撃ち合いだからな、それと兵達には船の運用や動きを覚えてもらう」

 

そう言うと霞は「えっ!?」と少し驚く。どうやら速度のある艨衝で突っ込んで白兵戦を繰り返すのを

予想していたようだ。突騎兵を共に連れてきているからそう考えることもわかるが

流石に此処で其れはしない、なぜならば敵のほうが実力は上だからだ

 

敵は少なくとも呉の甘寧率いる精兵が混ざっている。船上での戦に慣れていることもあるし、

なにより船の運用や使い方にも慣れているはずだ

少し下がった後ならば敵に当たって白兵戦を挑むことも出来るだろうが

今無理に進めれば甘寧率いる兵に良いように翻弄されるだけだろう

 

なにより恐らく経験値の在る厳顔殿が居る。彼女ならば船戦など幾らでも経験しているはずだ

 

「此方の兵数は多いがそれだけだ。船上での戦いは向こうのほうが何枚も上手、下手に攻めれば簡単にやられるよ」

 

「なんやぁ~つまらん」

 

「アカンで姐さん。今此処の指揮は隊長が取っとるんや、変なことしたら隊長がまた詠に殴られる」

 

「だが新城で練兵を続けているよりはマシだろう?それに霞は船の上で馬に乗ることを慣れてもらわねば」

 

俺の言葉に溜息を吐き、人差し指を合わせてつまらないと言った顔をする

そして此方に目線を向けてニコニコと顔を笑にかえるが俺は首を振る

 

自分だけ少し当てたいと言うことだろう。本気で行っているわけでは無いだろう

期待はずれの鬱憤晴らしといった所か

 

「しゃあない、ほんなら後方で兵達と船上馬術で遊んでくるわ。凪~一緒に行こうや!」

 

「霞様、あの、隊長?」

 

「ああ、沙和と真桜も行ってくれ。無徒が居るから此処は大丈夫だ」

 

「はーい、わかったの~!」

 

手を引かれる凪は俺に申し訳なさそうに目を伏せるが、俺は気にするなと送り出す

何方にしろ思考に潜っている詠が動かない限り、此処で待つことになってしまう

ならば建設的に後方で早いところ船に慣れてもらったほうがいい

 

しかし先程の釣りかた、退却しながらの用兵術、翠は随分と強くなった

詠が気を効かせて船を進めてくれ居なければ大きく被害を受けていた

 

と言っても進軍を止めればいいだけの事だが、これがもし誘いに乗るのではなく追撃を完遂せねばならない

場面であったら、そう思うととてもではないが勝てたと思えない

 

「どうなされました昭様。何か面白いことでも?」

 

「面白いこと?」

 

「顔が笑って居られます。慧眼に止まるほどの将が敵に居たのですかな?」

 

笑っているか、どうも駄目だな。不謹慎だ

敵であってもその驚くべき成長を目の当たりにしてしまって喜んでしまっている自分がいる

錦馬超の雄々しき姿を、更に熟成され完成される美術品を見てしまっているような気分になってしまう

 

まったく直りようが無い悪癖だ、今回仲間が死ぬことが無かったことも大きいのだろうな

少し油断してしまっているのかも知れない

 

「あ!」

 

「どうした詠?」

 

思考が途切れたのか、思いついたように声を上げる詠は椅子から降りると俺の方に近寄り椅子から立てと促す

不思議に思いつつも、俺は腰を上げると詠は指を差して詠から少し離れた場所に立てと指示してきた

 

「まだ伝えて居られなかったのですか?」

 

「うん、色々と忙しかったからね僕も」

 

座ったままの無徒は拳を上げて構えのようなものを取る詠を見て自身の顎髭を撫でる

一体何が始まるんだ?と首を傾げ、瞬きをした一瞬。俺の想像出来ないものが眼前にあった

 

何故これを知っている?一体何処からこんな知識を得た?

確かに其れの歴史は古いが、そんなモノはこの地に伝わって・・・

まさか鳳かっ!?羅馬からこんな情報まで仕入れたのかっ!?

 

「どう?周りに誰も居なくて、アンタに武が無いなら僕まで共倒れになる。だけどこれなら」

 

「あ、ああ。だがどうやってそれを」

 

「僕には双武が付いているのよ。知識さえあれば後は僕が覚えるだけ」

 

俺は驚き無徒の方を振り向けば頷き、椅子から立ち上がり同じ構えを取る

 

「元は奴隷の使うものだったようですな。詠様はこれが驚くほど合ってしまわれたようです」

 

「確かに、詠に向いてるかも知れない。俺は其の強さをよく知っているから」

 

「安心しなさい。僕がアンタを守ってあげる。無徒よりも僕のほうが使えるわよコレ」

 

腰に手を当て胸をはる詠に俺は素直に頭を下げた

忙しい中でも俺の事を考え行動してくれていたのだ。俺が一人、兵の遺品を配っていたことがばれた時も

こいつは俺の心配をして怒ってくれて、友だと言ってくれた。本当に、詠と知りあえて良かった

 

「あ、頭なんか下げなくって良いのよ。元々月を守る為に・・・」

 

「それでも、有難う。俺は詠と友になれて良かったよ」

 

詠は顔を赤くして顔を背けてしまう。そんな姿を見て無徒はその顔の皺が更に多くなるほどに嬉しそうに微笑んでいた

 

「会議は終わりか?どうした詠、顔が赤いぞ熱でも有るのか?」

 

「違うわよっ!まったく、会議は終わりよ。なんの用?」

 

「ああ、昭を休ませようと思ってな。話は聞いたぞ、一人で敵兵の中を走ったらしいな。見た目は普通でも

あれだけの虚言を城壁でやったんだ。見た目は普通に見えても精神的疲労は拭えていない」

 

入り口から入ってきた華佗は俺の腕を掴むと肩の当たりを指で触りながら鍼を打つ

そして強制的に椅子に座らせると額を指で触りながら場所を確認しているのだろう

やたらに長い鍼を額に突き刺した

 

痛みは無いとは言え、眼前でそんな長いものを突き刺されて気分の良いものではない俺は少しだけ

怯んでいると「大軍の敵兵が怖くないのに、こんなモノが怖いのか?」と華佗に笑われた

怖いわけでは無いが、こんなものは慣れる事など無いだろうまったく

 

「そんなに疲れがひどいの?」

 

「本人は自覚してないだろうな。こういったものは堰が切れたように疲労が襲いかかる。俺としては今のうち

休ませることを進める」

 

「ふ~ん、それなら昭は一馬と仲良く寝てなさい。暫く僕が全体を指揮するわ」

 

此のままでは無理やり休まされてしまう。こんな大事な場面で休むなど出来ないと抗議しようとすれば

詠は無言で指先を俺の額の鍼へと伸ばし

 

「動いたら押しこむ。言う事聞かなくっても押しこむ」

 

薮睨みでそんな事を言われ、しかも眼が本気ならば俺は聞くしか無い

遺憾の意を表すようにわざと大きく溜息を吐けば、詠はクスクスと笑い無徒と華佗は吹き出していた

コレではまるで躾られる子供のようだ

 

「所で華佗、思ってたんだけど何で昭と一緒だと抜けてるの?さっきの事とか普段は無いわよね」

 

突然振られる「抜けてる」との言葉に華佗は腕を組み、自分を責めるように俺と同じ溜息を吐いた

 

「解からない。どうも友と一緒だと気を抜いてしまっているようだ」

 

「だから負傷者だけのことしか見えてなかったって?戦の中に入るのは始めてでしょうけど困るわよそれじゃ」

 

「ああ、善処しよう。俺はこんな生活をしているせいか、親友と呼べる者は昭しか居なかったからかもしれない」

 

気落ちする華佗に無徒は肩を叩き、其れはとても良いことだと頷く

 

「背を預けられる友がいる、気の許せる仲間がいるというのは良いことではありませぬか華佗殿」

 

「勿論だ、だからこそ戦場等に俺は来ている。俺がしていることとは正反対の場所に」

 

「ちゃんと後方にいなさいよ。本格的になれば華佗だけを見てる余裕は無いんだから」

 

余裕は無い、等と行っておきながら詠は華佗の周りを兵で固めるだろう

まぁ華佗はそこら辺の兵等に負けるとは思えんが、用心に越したことはない

 

「それでは行くか、肩を貸そう鍼を打っているから体が重く感じるはずだ」

 

「すまないな。一馬は今どうなんだ?」

 

「寝台で唸っている。そのうち体の痛みが収まり、腹が減れば起きだすだろう」

 

唸る一馬の姿を想像し、俺の為にそこまでやってくれる義弟が居ることを

いや、もう義など着ける必要も無い自慢の優しい弟に感謝をしつつ

詠と無徒に見送られるまま、華佗の肩を借りて後方へと下がった

 

「暫くは小競り合いのような事が続くな」

 

「一日は寝ていろ。香を持ってきたから焚いてやる」

 

「ああ、すまない」

 

華佗に肩を貸されながら前方を見れば、水面は静かに水を運び敵の姿など微塵も見えず

まるで嵐の前の静けさのようにも見えてしまっていた

 

 

 

 

弓兵に矢の数は無数と言っていいほど此方には有る。僕がすることは一刻も早くこの船上戦に慣れること

防御力は低い艨衝を運用したのは今後の赤壁での戦いの為、向こうに付くまでどれだけ減らせず

数を保つことができるかに掛かっている

 

「詠様。斥候が返って来ました」

 

「ご苦労様、それで?」

 

「はい、進軍を始めた我らに対し敵は相変わらず一定の位置を取り続けています」

 

このまま江夏まで行くとはとても思えないわね。出来れば戦の仕方を盗む為に少しでも此方に当ててきてくれれば

良いんだけど。敵も考えが有るでしょうから下手に突き進めない

 

「面倒ね、どうしようかしら・・・無徒ならどうする?」

 

「は、私ならばこの時期、河川に霧が出ますから其れを利用した急襲を取りますかな」

 

「急襲・・・急襲ねぇ。此方の船の事を考えての策か」

 

確かに敵の船に乗り込んでしまえば、ある程度船上という不利は覆せる

白兵戦で戦うなら、揺れる船という点が有るだけで士気と直接的な戦闘練度で言うなら十分勝てる

 

だけど・・・昭がやり込められる程の軍師が敵に居る。ならばそんな事は想定しているはず

此方の船が全て艨衝で有ることなんて馬超との戦いで既に知っているでしょうからね

 

敵に有能な軍師が昭から聞いただけでも諸葛亮、周瑜、呂蒙と三人。知恵のある将軍が関羽、馬超、厳顔、黄蓋、黄忠

隠密行動に優れた甘寧に周泰。やたら勘の働く孫策に燕人張飛、極めつけは飛将軍、恋。

そのすべてが此処に来ているわけではないけれど

 

「・・・ちょっと卑怯じゃない?」

 

「お気に召しませんでしたか?」

 

「え?あ~違う違う、そうじゃ無いのよ」

 

将で戦をするもんじゃ無いっていってもコレはねぇ。兵力は此方が上でもこの連合は

華琳の元に昭が居て良かったってつくづく思うわ。こっちの将だって負けない猛者ばかりだけど

将の数では負けてる。有能な将で兵力差って埋められるもんでもあるし

昭の眼だって知られてる。なら昭の眼に頼るのは限られてくる、用は使いようだからね

 

とりあえず敵の出方を見たほうがいい、斥候を放ったけど敵将ははっきりしているのは六人

そのうち二人は消えた、いや居なくなったらしいと言っていた

 

報告では厳顔と魏延とかって奴みたいだけど、厳顔が動いているなら警戒しなくちゃいけないって事

 

「此のままを維持、先頭に凪達三人を配置して前方を監視させて、他の兵は陸からの攻撃を警戒」

 

「は、厳顔が来た時はお任せください」

 

膝まずき礼を取る無徒を見ながら頷く

もし敵に逆に無徒が言う霧を使って急襲をされたとしても凪達が霞が居る

何よりも無徒が統率してくれるなら、陸からの弓矢など大した被害にならない

 

「ええ、今は敵が無傷で進ませてくれるって言うんだから遠慮無く進ませてもらう」

 

「了解いたしました」

 

無徒は振り向き、伝令に指示を伝えると僕の後ろに三歩ほど下がったところで直立不動になる

本当に頼りになるわ。月に敬服しているっていうのが背中にヒシヒシと感じる

月、戦場に、この場に一緒に居ないけど。僕は一緒に戦っているような気分になれる

 

 

・・・・・・

 

 

船を進めてから数刻、日は完全に落ち日に照らされ蒸発した水蒸気が霧へと変わる

ただでさえ暗闇に包まれる河川は霧によってされに視界が無くなってしまう

 

「座礁に気をつけなさい、水面近くに火を。望遠鏡と併用しながら確認する」

 

詠の指示に寄り、縄にくくり付けられた松明が水面を照らし、望遠鏡を渡された兵が岩などを確認していく

 

まずいわね、まさかコレほど濃いものとは想像してなかった。明かりなんかまるで意味が無いじゃない

後ろにいる無徒は見えるけど、この状態で潜入なんかされたら解らない

 

「ご安心を、昭様達のいらっしゃる場所に兵を向かわせました」

 

「よく解ってるわね。兵に十分に警戒を、兵同士の確認を怠らないように」

 

来るなら来なさい、無徒なら厳顔如き抑えてくれるわ

ぶつけてくるなら好都合、霞と凪たちで蹴散らしてやる

 

腕を組み、船首で不気味に霧と闇に包まれる前を睨みつける詠

無徒は詠の後ろでゆっくり自分の腰に携えた二本の鉄刀「桜」を抜き取り構えた

 

「ん~。ホンマな~んも見えんな」

 

「そらそうですよ。こんだけ霧が凄くて暗かったら」

 

「こんな時は敵さんだって攻めて来ないのー」

 

松明を片手に手を水平に霞は額に置くと遠くを見るような素振りを見せるが一寸先は闇

同じように真桜も自分で作成した望遠鏡を使うが、直ぐに駄目だと工具袋に仕舞ってしまう

 

霧によって肌寒くなる空気、そして何処に敵が潜んでいるか解らない問った状況に沙和は少しだけ

怖くなってしまったのだろう。霞の腕を取りぴったりとくっついていた

 

そんな中、凪は真面目に真桜から渡された望遠鏡を片手に霧の中を凝視する

何も見えないと真桜は先程から闇を凝視し続ける凪を休ませようと肩を叩いた

 

「敵だっ!」

 

「な、何やて!何処やっ!?」

 

「あっちだ真桜、水面より高い位置に明かりが見えるっ」

 

「ホンマや、伝令っ!直ぐに詠に報告せい、前方に敵影有りやっ!!」

 

指示に伝令は鏑矢を空へ放つ、それと同時に真桜は後方に真っ直ぐ走りだす

 

「真桜っ!?」

 

「後方で隊長が寝とる、此処は任せた」

 

「船の間は離れてるのーっ!」

 

「心配無用や、ウチの螺旋槍に不可能は無い」

 

そう言うと螺旋槍の柄を捻る。ガチリと機械的な音がすると穂先と柄の接合部に柄からせり出した三枚の羽のような

物が傘のように開き、高速回転を始める

 

同時に後方に離れた船へと走り、空を舞う。凪達の眼に映るのは空を飛ぶ真桜の姿

 

「ま、真桜が空を飛んどる・・・」

 

「ホントなのー!」

 

「指南車の差動歯車を使ってようやく短時間やけど、跳躍距離を伸ばすもんが出来た。空を飛ぶまではいかんけど

船との間を跳躍するくらいなんてこと無い!そっちはまかしたでーっ!!」

 

真桜が創りだしたものは竹とんぼのような物、何度も試行錯誤を繰り返し、普通に回転させ空を飛べば

己自身まで回転してしまう欠点を常に決められた方向だけを指し示す指南車の構造を利用し

ヘリのように短時間ではあるが跳躍距離を伸ばすことに成功した代物

 

次々と船の間を飛び回り、あっという間に視界の外へ行ってしまう真桜

沙和と霞は人が空を飛ぶという信じられない光景に釘付けになってしまっていた

 

「霞様、敵が来ますっ!」

 

「お、おお!そうやった、とりあえず先手必勝や!攻撃開始の鏑矢を撃てっ」

 

頷く兵士は空高く異なる音の鏑矢を空へと放つ、それと同時に自分の船の先に居ると解らせるために

銅鑼を鳴らし始めた

 

響き渡る銅鑼の音を皮切りに空を埋め尽くす矢が前方の明かりを灯す露橈数隻に襲いかかる

 

 

 

 

「外が騒がしくなったな、船や兵も此方に集まっているみたいだ」

 

「何かあったのかもしれない、だが今は皆に任せておけ。お前は体を休めろ」

 

「解ったよ。所で一馬、話って何だ?」

 

寝台に横になり眼を覚ました一馬は俺が隣に居ると解ると、周りに華佗しか居ないことを確認し

急に話があると言ってきた。それも神妙な面持ちで、コレほど悩むような表情を見せる一馬を

今までに見たことがない俺は、とりあえず話を聴くことにした

 

「はい、実は風さんの事なのですが」

 

「風?風が何かあったか?」

 

「兄者はもうお気づきなのでは?風さんが・・・」

 

バンッ

 

急に戸が開き、入ってきたのは真桜

 

「隊長っ!無事かっ!?」

 

「どうした真桜、兵も船もこの船に集まっているようだが」

 

「敵が来た、前方から露橈が数隻明かりを灯して此方に迫ってきとる」

 

部屋に飛び込んでくる真桜に体の動くようになった一馬は寝台から身を起こし剣を掴む

男は手で一馬を制し、華佗に目線を送る。此処でじっとしていてくれと

 

敵が?こんな霧と闇の中で?いくら呉の兵が河川の戦に慣れているからといって先も見えない状態で

わざわざ自分は此処に居ると明かりを灯して攻めるのか?ありえない

 

ならば何だ?船を陽動に使った潜入作戦か、其れならばあり得る。敵に甘寧が居るなら仕掛けて来る

可能性はあるが違うな。俺が甘寧ならばわざわざ陽動の船など出さない、必要無いからだ

これだけ敵から身を隠す条件が揃っているならそんな事は必要無いはずだ、むしろ敵が潜入していると

此方に知らせているようなもの

 

「隊長?」

 

「・・・そうか、それを忘れていた。やはり早いのだな、こんな所でも」

 

「あっ、隊長!アカン、何処から敵が来るか解からんのや」

 

男は部屋から飛び出し、前を見るが霧と闇で先頭の様子など知ることが出来ない

一馬と真桜は男のあとを追い、部屋を飛び出し船首へと走る男に追いつけば、男は何かを探し始めた

 

「ど、どうしたん?先頭では凪達が攻撃を始めとるはずやで」

 

「そうか、攻撃を・・・やられたな。前に行きたいが小舟なんかは無いか?」

 

「小舟なんか出せへんよ、周りは真っ暗やで」

 

困った、攻撃を直ぐに辞めさせたいが攻撃を開始しまっては無理だ、銅鑼の音が響き渡る前方に

此処から鏑矢を放っても聞こえ無い、詠は気がついているか?気がついていても船の間を行き交う

方法がなく困っているだろう、何か無いのか・・・

 

「隊長?」

 

真桜・・・そうだ、そういえば真桜はどうやって此処に来たんだ?小舟を出すにしても真桜一人でこんな暗闇を

正確に仲間の船にぶつからず短時間で此処まで来れるはずがない

 

「真桜、どうやってここまで来た」

 

「えっ、そらコレを使ったんや!指南車の構造を使った螺旋槍長距離跳躍装置」

 

そう言って見せられたのは螺旋槍に竹とんぼのように羽が付いた物

まさかこれで此処まで来れたというのか?構造はよく解らないが、それなら行ける

 

「俺を前に運べるか?」

 

「運ぶって、跳躍距離が伸びるだけで人抱えてなんてやったこと無いし」

 

「跳躍距離、どのくらいだ」

 

「風が出とらんし、この乗っとる船くらいの長さかな」

 

「十分だ、俺を乗せて其の半分と言ったとこだろう」

 

俺は真桜の腰に腕を回し、十分に助走を取って走りだす

 

「兄者っ!」

 

「華佗は任せた。行くぞ真桜、お前の発明を見せてくれっ!」

 

「ちょ、うわっ!うわっ!!」

 

船首を踏み台に飛び出せば、空中で真桜が螺旋槍を高速回転させ始めた

やはり風が凄い勢いで自分に襲いかかるが自分自身は回転しない、本当にどういった仕組みをしているんだ

後で聞かねばならないな、こんなに凄いものを創りだしたのだから

 

「無茶せんといて隊長!落ちたらどうするんや!!」

 

「俺は真桜を信じてる。落ちることなんて無いだろう」

 

「簡単に言うんやから、でも信じるなんて言われたら応えるしか無いやん」

 

前方の船へと飛び移ると、真桜は俺を抱え走りだす

 

「隊長よりウチが走ったほうが距離稼げる、せやけど飛ぶときは」

 

「応、跳躍の瞬間降ろせ、地面を蹴るのを合わせる」

 

船を走り抜ける真桜と抱えられる男、そして飛ぶ瞬間男は地面を真と共に蹴り出し宙を舞う

兵達は信じられない光景に呆気に取られ、男と真桜は気にすること無く船の間を次々に飛び前方へと向かう

 

良し詠の居る船だ、船首に居るはず。詠ならきっと事態を把握して自分の船を前へと押し上げているはずだ

攻撃を止めるために

 

「詠ーっ!」

 

「昭っ!?どうやって此処にっ!!」

 

「攻撃停止命令をしてくるっ、敵は俺達の矢を奪うつもりだ」

 

真っ直ぐ船首に向かい走れば俺達が何をするか把握した無徒が俺達の前に立ちふさがる

眼を見れば解る。どうやら俺に向かって船を飛ぶ真桜の姿を見たようだ

 

「そのまま真っ直ぐ、私の手に脚を」

 

「真桜、無徒が力を貸してくれる」

 

まるでバレーボールのレシーブのように構え、真桜は真っ直ぐ無徒に向かい脚を無徒の手にかけた

瞬間、真桜と無徒の力が合わさり体が残されるような浮遊感をもって前へと飛ばされた

 

「直ぐに前に行くわっ!出来れば敵に数隻突っ込ませて、矢を盗ませて逃すなんて出来ないっ!」

 

「・・・っ!」

 

返事を返すことが出来たかどうかも分からないが、とりあえず前までこれで行ける

これは孔明の策だ、確かに孔明は曹操軍から矢を奪うなんてことをやってのけた人物

しかしこんな場所で其れをやってくるとは

 

「隊長っ!後一隻で先頭やで!」

 

着地下場所は一歩手前。直ぐさま真桜は船を走りぬけ、後部から船首へと走り俺と共に地面を蹴り跳躍

先頭に辿り着けば、俺の出現に驚く三人。だが今は説明よりも攻撃をやめさせなければ

 

「銅鑼を止めろ、攻撃を止めるんだっ!今から先頭十隻で敵船に突撃を開始するっ!」

 

雰囲気の変わる男に凪達は異常な事態であると理解し、銅鑼を止め攻撃を停止させる

そして霞は先ほど願って却下された戦いが出来ると堰月刀を構え、船首に立が

 

「アカン、敵逃げよった」

 

がっくりと肩を落とし、俺の方を向いて手を広げる

遅かったか、それとも敵の見極めが早かったのか、視界に入らない場所に逃げたということは

此処でおっても無駄だ。闇雲に探しても見つからないだろうし、下手に突っ込めば喰われる

 

どうやら敵の思うとおりに矢を無償で与えてしまったようだ、龍を伏せさせたまま殺すつもりが

龍を起こしてしまったようだ。しかし空を見るのは一瞬だけだ、矢はくれてやる

赤壁では空を見ること無く、地中の奥底へと突き落としてやろう

 

「なぁ、あれなんやったんや?攻撃してこんし、矢をしこたま食らって逃げただけやん」

 

「其れが狙いだ、俺達の矢をわざと受けて盗んでいったんだ。恐らくあの船に載っていたのは船を漕げるだけ」

 

「ウチラの矢を奪うって、もし火矢だったらどうしたんや!?奪うどころやないで」

 

「其れは無いと判断したんだろう、実際火矢を使うに色々と準備が必要だろう?これだけの艦隊を組んでいれば

費用だって尋常ではない、それに風も重要だ」

 

敵の策と考えに呆気に取られる霞。無理もない、敵から矢を奪うにコレほど大胆に奪っていく方法など

普通は考えつかない、なにせ船三隻をまるまる矢の的にするんだからな

乗り手の度胸も尋常では無い者ばかりが乗っているはずだ、もしかしたら関羽殿が居たのかもしれん

 

同じ手は二度やっては来ないだろうが、面倒になった。敵を確認するまで此方から矢をおいそれと放てなくなった

無徒が確か此処の地域を多少知っていたはずだ。斥候と情報収集を江夏まで徹底しやるしか無いか

 

男は後方から近づく詠の船を見ながら、矢を大量に敵に奪われた事を華琳に何と言おうかと

頭を抱え、溜息を吐いていた

 

 


 
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