No.204977

バカとテストと召喚獣 アタシと吉井くんと姉弟入れ替わり登校

pixivに投稿した作品の改稿版になります。主に最後の2ページ分が変化しています。
話的には単独で読めますが、設定的には『バカとテストと召喚獣 アタシと吉井くんとバレンタインの特製ショコラチョコレート』の続編に当たり、ベストフレンド決定戦とは異なる世界の物語となっています。

バカとテストと召喚獣
http://www.tinami.com/view/197002  (僕と木下姉弟とベストフレンド決定戦 その1)

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2011-03-05 09:26:20 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:26301   閲覧ユーザー数:25797

バカとテストと召喚獣

アタシと吉井くんと姉弟入れ替わり登校

 

 

 

バカテスト 保健体育

 

【第?問】

 

問 以下の質問に答えなさい

『あなたが病気に掛からない様に日ごろから取り組んでいることを自由に述べてください』

 

 

姫路瑞希の答え

『早寝早起き3度の食事は栄養を考えてきちんと採り、規則正しい生活を送ること』

 

教師のコメント

 姫路さんは大変すばらしい心がけで日々を送っているようですね。ですが、姫路さんは体力に不安な点もありますので、1日の生活の中で運動も取り入れるようにしてください。

 

 

霧島翔子の答え

『監禁中の雄二の食事と起床就寝時間をきちんと管理し、規則正しい生活を送らせること』

 

教師のコメント

 霧島さん自身の健康管理ではないのでこの解答は残念ですが不正解とします。

 

 

工藤愛子の答え

『ムッツリーニくんがガッカリするのも承知で寒さ対策にスパッツを穿くこと』

 

教師のコメント

 土屋くんを喜ばせる必要はありません。

 

 

木下優子の答え

『アタシはノーパン開放主義者じゃないっての!』

 

教師のコメント

 足元がスースーすると風邪の原因になりますから下着は毎日穿いた方が良いと先生は思います。

 

 

木下秀吉の答え

『姉上に折られる以外の怪我をしないように注意しながら生活すること』

 

教師のコメント

 苦労していますね

 

 

 

 

 

 3月初旬、来るべきホワイトデーに備えてアタシ木下優子は研究に余念がなかった。

 

『シンイチ、貴様は男が男を見つめるのはどういう時か知っておるのかァッ?』

『そんなもん、喧嘩売る時か愛を告白する時かに決まってるだろうがぁッ!』

『ならば俺の生き様と想いをその体でとくと受け取るが良い。覚悟ぉっ!!』

 

 読み掛けの小説を一旦閉じてこれまでの展開を心の中で反芻する。

 シンイチに素直になれなかったケンジだったけど、ついに愛の告白を決意する。そしてケンジは夕日が眩しい校舎裏にシンイチを呼び出し、受け入れられれば押し倒し、断られれば力づくで押し倒すという水も漏らさぬ二段構えを取る。

 シンイチにはユウジとジョージもいるというのに、これからどうなってしまうのか。とても気になる展開だ。

 この小説は様々なことをアタシに教えてくれる。例えば男心とか男心とか男心とか。

 

『いいかッ、女なんて生き物は好きな男に嫉妬させて慌てさせる為の道具でしかねえッ!』

 

 吉井くんもそうなの?

 吉井くんの側にいつも姫路さんや島田さんがいるのは、坂本くんや土屋くんたちを焦らせる為だけなの? アタシが近づけるようになったのは久保くんへの当てつけなの?

 

『女の半径3m以内にいるような男は、その女の財産が目当てで99%間違いがねえッ!』

 

 そう言えば吉井くんはいつも満足な食事も採れないほどに貧困に喘いでいる。姫路さんたちに近付いているのは両家の財産が目当てなの? 

 木下家には財産と呼べるほどのものはないわよ!

「ダメよ、優子っ! 貴方が吉井くんを信じなくてどうするのよ!」

 首を横に振って小説から得た知識を打ち消す。

 吉井くんは人の為に一生懸命になれる優しい人。好きな男への当てつけや財産目当ての為に女の子に近付いたりしない。

 たとえ世の男性の99%がそうだとしても吉井くんだけは違う。そう思いたい。

 木下優子、あなたは吉井明久くんのことが好きなんでしょ?

 『雄二×明久』シリーズ本の影響で吉井くんのことが段々気になるようになったのでしょ? 

 吉井くんのことを本気で愛しているのでしょ?

 あれっ? でも、BL本の影響で吉井くんを好きになったということは、アタシの思い描く吉井くんはシンイチやケンジに似た思考様式を持っていることになる訳で……。

 そうすると、吉井くんにとってアタシは好きな男への当てつけか財産が目当てでしかないの? 木下家には貢ぐほど財産ないわよ? 財力のせいでアタシは相手にされないの?

 考えれば考えるほどに吉井くんのことが却ってわからなくなってしまう。

 小説から男心を学んでホワイトデー対策を練ろうと思ったのに、計画は早くも暗礁に乗り上げてしまった。

 

「ただいまなのじゃ」

 お侍みたいな語尾の声が響く。弟が帰宅したらしい。

 玄関まで迎えに行く義理もエネルギーもない。弟が入るに任せてアタシはテーブルに突っ伏す。

「姉上……リビングにて下着姿でいるのは乙女としてというか人間としてどうかと思うぞ」

 リビングに入って来た秀吉は呆れ顔でアタシを見ている。

「別に誰にも迷惑を掛けていないのだから良いじゃない」

「今ワシが存分に迷惑しておる」

 言うようになったじゃない、小僧。

「アタシは今男心の研究に熱心に取り組んでいるのよ。邪魔しないで」

「BL本でわかる男心など学ばぬ方が良いぞ」

「文月学園美少女ランキング1位のアンタに言われたくないわ」

 男らしさと対極にいる癖に弟は生意気だ。

「それで、姉上は何故急に男心を学ぼうと思ったのじゃ?」

 うるさい質問が来た。

「別に。もうすぐホワイトデーじゃない。それで、ホワイトデーを迎える男の子の心境をちょっと知りたくなっただけよ」

「つまりどうすれば明久からお返しを貰えるかアピール方法を姉上は悩んでおるのじゃな」

「うるさいわね!」

 まったく、異性の理解という人類永遠のテーマに挑もうとしているアタシを俗っぽい人間のように語ってくれちゃって。まあ、間違ってはいないけれど。

「それで、秀吉はそこまで言うからには何か良い知恵はあるのでしょうね?」

「何で姉上はいつもワシに対してそんなに偉そうなのじゃ? そんなことでは明久に見向きもされ……何でもないのじゃ」

 軽く睨んだら弟は大人しくなった。手を伸ばしても間接を掴めなかったのが残念だった。

「心配せずとも明久ならバレンタインにチョコを渡した姉上にはお返しを準備するじゃろ」

「そ、そうよね。吉井くんは優しいもんね」

「もっとも、姉上には姫路と島田と島田妹と同じものが贈られるじゃろうがな」

 秀吉はアタシを見ながら軽くハッと哂った。その瞳は、アタシが吉井くんにとって友達でしかないと雄弁に物語っていた。

「ちなみに明久はワシに特大のマシュマロをプレゼントしてくれるらしいぞ」

 自分が吉井くんの本命だと言わんばかりに勝ち誇る弟。首の骨を1、2本へし折ってやろうかと思ったけど、秀吉は急に落ち込んだ表情を見せた。

「じゃが、男心が、明久の心がよくわからぬのはワシも同じじゃ」

 弟は大きな溜息を吐いた。よくは知らないが何かトラブルを抱えているようだ。詮索する気はないけれど。だって面倒じゃない。

 

「大体、吉井くんに関するデータが少なすぎるのが問題なのよ!」

 『雄二×明久』同人誌を通じて吉井くんのことは入学当初から知ってはいた。けれど、3次元の吉井くんに興味を持つようになったのは2年生になってからのこと。

 A組とF組では校舎さえも違うので顔さえ見られない日も多い。代表みたいに堂々とF組に乗り込めれば良いけれど、アタシにはそんな勇気もないし迷惑な行動はできない。

 そんなこんなでアタシの吉井くん情報源は今でも同人誌や秀吉、代表など伝聞形式のものに頼ってしまっている。

「データなぞに頼らなくても、告白して恋仲になればプレゼントも貰い放題じゃろうが」

 愚弟め。それができれば誰も苦労しないっての。

乙女舐めんなよ。こちとら生まれてこの方、男と付き合ったことが1度もないんじゃ!

 しかも、秀吉が上から目線でアタシを見ていることも腹が立つ。絶対吉井くんの恋人に一番近いのは自分と考えているに違いない。

 甘いわね。吉井くんの一番は高校入学以来坂本くんに決まっているじゃないの!

 ……虚しい。

でも、負けない!

 ここで諦めたらアタシは秀吉や坂本くんはおろか、姫路さんや島田さん、妹さんにも勝てないじゃない!

「決めたわっ!」

「今晩のおかずのリクエストか?」

 弟はいちいち話の腰を折って来る。忌々しいわね。

「今晩はカツ丼にして!」

「また、カロリーの高いものを注文するのぉ。ダイエットが後で大変じゃぞ」

「いいのよ、景気付けなんだから!」

 大事なミッションを前にして腹が減っては戦ができないじゃない!

「って、そうじゃなくて、明日アンタと入れ替わって学校に行くことに決めたのよ」

 アタシは思い付いたプランを口にする。

「入れ替わりはこの間のプロモーション撮影で懲りたのではなかったのかの?」

 秀吉のアタシを見る瞳はすごくドライ。愚弟の癖に生意気なほどに。

「だから今回はもう一捻りするのよ」

「一捻り?」

「アタシは秀吉に入れ替わって学校に行く。アンタは家の中で休むなり、演劇の練習でもしてなさい」

 これが今回の作戦の改良点。

「それでは姉上が欠席になってしまうが?」

「いいのよ別に。1日ぐらい欠席した所でアタシの評価は揺るがないわ。それよりアンタがアタシの真似を1日中している方が悪影響を及ぼすわよ。絶対に」

「ワシは家での姉上を完璧に演じておるつもりなのじゃが?」

「それが悪いっての!」

 真似るなら外での完璧な優等生であるアタシを真似なさいっての。

「しかし姉上がF組に潜入していると、またワシが女だという情報が流れそうでの」

「この際アンタの世間体は気にしないことにしてあげるから構わないでしょ?」

「鬼じゃ。本物の鬼がここにおる」

 秀吉は一体何が不満なのかしら?

「とにかく明日はアタシがアンタの代わりに秀吉として学校に行く。そしてアンタはアタシということで学校を休む。良いわね?」

「嫌じゃと言ったら?」

「両腕を折るわ」

「今日の夕飯はワシが当番じゃぞ?」

「じゃあ、左腕だけ折るわ♪」

 こうしてアタシは極めて平和裏に秀吉との交渉を締結した。

 

 

 

 翌朝、アタシは秀吉の学生服を着て通学路を歩いていた。

 

『姉上がどうしても入れ替わりたいというならもはや止めはせぬ。が、後悔することになるかもしれんぞ』

 

 弟から含みの多い気になる言葉を聞かされたがアタシの意志は変わらない。

 今日という日を活かして吉井くんとの仲を進展させる足掛かりを掴みたい。

 心が急いてくる。気が付くと駆け足で通学路を突き抜けていた。そしてそれが悪かった。

「キャッ!」

 曲がり角で人とぶつかってしまった。

「ごめんなさい、大丈夫?」

 頭を擦りながらぶつかってしまった相手を見る。

 メガネを掛けた気弱そうな少年だった。中学生っぽい。乙女小説なら登場後最初の3ページ以内に力づくで押し倒されるか、実は鬼畜メガネかのどちらというタイプだ。

「はっ、はい。大丈夫です」

 少年はオドオドした態度で答える。どうやらなす術もなく蹂躙されるタイプのようだ。

「そう。ぶつかってごめんなさいね」

 軽く会釈してから場を去ろうとする。すると少年に呼び止められた。

「あの、木下さん!」

「何?」

 振り返りながら疑問を抱く。何故この少年はアタシの名前を知っているのだろうと?

「突然で済みませんけど……僕、木下さんのことが好きなんです!」

 しかもいきなり告白されてしまった。

 アタシの美貌は中学生男子をも狂わせてしまうらしい。

 年下の少年に告白されて悪い気はしない。けれど……

「ごめんなさいね。アタシにはもう心に決めた人がいるのよ♪」

 1度言ってみたかった台詞。朝からすっごく気分が良い♪

「それは誰なんですか……木下秀吉さんっ?」

 ……朝からすっごく気分が悪い。

「アタシはね、ランドセルがよく似合う男の子か、小さくて可愛い女の子しか興味がないの。わかった、坊や?」

「木下さんがそっちの趣味の人だったなんて……男が好きなノーマルな人だと思っていたのに。うわぁあああああぁんっ!」

 少年は泣きながら走り去ってしまった。

「男はそうやって失恋しながら大人になっていくものなのよ。フッ」

 学校に向けて歩を進めだす。

「木下秀吉さんっ、好きですッ!」

「秀吉っ、好きじゃあああぁっ!」

「秀吉っ、俺と夫婦になってくれぇっ!」

 ……学校への道はまだまだ遠そうだった。

 

「何で秀吉ばっかりあんなにモテるのよ?」

 普段より30分以上掛かってようやく学校に到着する。

 弟が普段アタシと同じ時間に家を出ない理由が今日ようやくわかった。

「それにしても7人って何よ? 1日で多すぎじゃないの?」

 アタシが通学途中に告白された男は7名。下は中学生から上は40近いおじさんまで。秀吉の人気は校内を越えていた。

「秀吉ったら、あんなにも選び放題なのにそんなに吉井くんが良いわけ……?」

 イケメンから金持ち、可愛い系と選び放題なのにそれでも弟は吉井くんに執着している。

 まったくもって厄介なライバルだった。

 

 気を取り直してF組に向かう。

 F組のある旧校舎は校舎自体がボロい。壁も薄く保温性も悪い。故に寒い。廊下を歩いているだけでもそれを体感する。こんな所で毎日勉強するのは嫌と思いながらF組に到着。

 いつもの癖で、まずは少しだけ扉を開けて中の様子を覗いてみる。

「今日はFFF団活動していないみたいね」

 それどころか後10分でベルが鳴るというのに教室内にほとんど生徒が見えなかった。

 教室内で姿が見えるのは6人だけ。

 眠そうに英単語帳を開いている坂本くん、その坂本くんに幸せそうに寄り添っている代表、カメラの手入れに余念がない土屋くん、勉強している吉井くん、その吉井くんの講師役になろうと必死にアピールする姫路さんと島田さん。いつも通りの風景……へっ?

「えっ? 吉井くんが朝から勉強っ?」

 それは非常に珍しい摩訶不思議な光景だった。吉井くんは参考書を開いて懸命に勉学に勤しんでいる。

確かに吉井くんは以前と比べてよく勉強ができるようになっている。名前の書き忘れとかそんなミスをしなければ、来年度はD組以上に入れそうだと坂本くんも言っていた。

 でも、そうは言っても始業前から勉強するほど好きではなかった筈。

 一体、吉井くんにどんな心の変化が?

「もしかしてっ、吉井くんは春からアタシと同じクラスで学びたいんじゃ!?」

 吉井くんは来年A組の誰かと一緒になりたいから一生懸命勉強しているに違いない。

 でも代表には坂本くんがいるし、愛子は土屋くんのことが気になっている。後の女子生徒の名前を吉井くんは知らない気がする。となると残るはアタシしかいない。

 つまり、吉井くんはアタシと同じクラスになりたいから勉強を頑張っているのよ!

「何よ。全然焦ることなかったじゃない♪」

 優越感に浸りながら扉を開く。

 もし吉井くんがA組に入れそうにないならアタシが点数を調整してC、D組辺りに入っても良い。愛する2人がいるのなら、そこはどこでもA組以上のパラダイス。

 木下優子17歳、世間体を投げ打ってでも愛に生きることもやぶさかではなし。それがアタシの木下道。

 

 

 

「おはよう……なのじゃ~♪」

 弾んだ声を出しながら教室内に入る。

 F組は畳にちゃぶ台という教室とは思えない装備が各自に支給されている。更には特定の席すら決まっていない教育を半分放棄したような空間になっている。

 だから当然アタシは吉井くんの近くに陣取るべく後ろ側に向かって歩いていく。

 すると、アタシが吉井くんの元へ到着するよりも早く姫路さんと島田さんが駆け寄って来た。

「木下くんっ! 明久くんが大変なんです」

「アキが朝から勉強を始めて、ウチらに構ってくれないのよ!」

 さて、この場合大変なのは吉井くんが朝から勉強を始めたことなのか。それとも島田さんたちが構ってもらえないことなのかどちらなのだろう?

 2人の泣きそうな顔を見る限り後者の気がしてならない。

 でも、残念ね2人とも。吉井くんはアタシと同じクラスになる為に一生懸命勉強しているのよ。昔の女はもうお呼びじゃないのよ。フッ、勝ったわ。

「勉強するのは良いことじゃない……じゃろ。邪魔しちゃダメよ……なのじゃ」

「それはそうなんですけどぉ」

「今日のアキ、何だか雰囲気が怖いのよ」

 2人は泣きそうな表情を浮かべている。

 気になって吉井くんを見ると、確かに鬼気迫る表情で勉強に取り組んでいた。むしろ、怒っているという方が実態に近い。

「木下、得意のお色気攻撃でアキを骨抜きにしなさいよ」

「今だけは淫らで耽美に誘惑することを許可しますから明久くんを元に戻してください」

「アンタたちは秀吉……ワシをどういう目で見ているのよ……じゃ?」

 弟はF組でお色気担当なの? 可愛い女子が2人もいるのに弟がサービス担当なの?

 ……折ろう。家に帰ったら折ろう。肘でも膝でも腰でも首でもどこでも良いから。

「とにかく早く行ってきなさいよ、木下」

「お願いします、木下くん」

「全然わからないけれどわかったわよ……じゃ」

 面倒な役目を押し付けられてしまった。

 不機嫌オーラ全開の吉井くんは違和感がありすぎて確かに近付き難い。

 でも、2人には頼まれたんだし、何よりアタシが今日秀吉に成りすまして登校したのは吉井くんのことをもっと知る為。ならば、行くのが筋というもの!

 

「あの、吉井く……じゃなくて明久……っ!?」

 話し掛けてから重大な問題に気付く。

 アタシ、初めて吉井くんのことを明久って名前で呼んじゃった。

 しかも呼び捨てで。

 アタシたちが正式に付き合うようになってから使おうと思っていた呼び名だったのに。

 ど、どど、どどど、どどどど、どうしよう!?

 でも、ま、予行演習と思えば悪くないわね。

 どうせ近い内に「明久」「優子」と呼び合うようになるのだし。

 って、今は近未来計画を語っている時じゃない。

 吉井くんの状態に探りを入れなくちゃ。そう言えば吉井くん、話し掛けたのに全然反応がないわね? 聞こえなかったのかしら?

「あの……明久?」

 今度は自然に言えた♪

「……今、忙しいから話し掛けないで」

 だけど吉井くんから返って来た言葉はアタシを凄く邪険にするものだった。

「あ、明久……?」

 吉井くんにあまり邪険にされたことがないアタシはその態度に驚いてしまった。彼はアタシに全く目を向けずに参考書を熱心に読んでいる。

「邪魔して……ごめんなさい……のじゃ」

 近寄るなオーラをまざまざと見せ付けられてその場をすごすごと退散する。

「どうだった、アキの様子?」

「明久くんの機嫌は直りましたか?」

 2人の問い掛けにアタシは首を横に振ることしかできなかった。

 吉井くんは本当にどうしちゃったのだろう?

 

 

 

 吉井くんに話し掛けられないまま西村先生がやって来てHRが始まった。

「あー本日は病気による欠席者が多く、A組、B組、C組、D組は学級閉鎖になった」

 凄い人数が病欠しているらしい。おかげでアタシの病欠が目立たなくてラッキーだけど。

「ちなみにF組だけは1人の欠席者もいないようだな。流石はF組だ」

 西村先生がグルリと周囲を見回す。F組の男子生徒たちは健康を誉められていると思っているのか照れて頭を掻いている。でも、西村先生が言いたいのはそうじゃない。

 バカは風邪引かないのだと遠回しにバカにされているのだ。

「で、霧島は何故F組にいる?」

 西村先生が坂本くんに寄り添って座っている少女に声を掛ける。って、代表? 何でHR中なのにF組にいるの?

「……私は雄二の妻だから」

 代表はこの学年1の天才であることは間違いない。だけれども、問題発言を躊躇なく口走ってしまう社会常識面での欠如が多い女の子だったりもする。

だからアタシや愛子が側に付いていてあげないと危なっかしい。今はもう手遅れだけど。

「妻でも学校内では自分のクラスで授業を受けるべきだろう」

 だけど普段F組の変態猛者たちを相手に担任をしている西村先生は動じなかった。ごく自然な感じで切り替えしてきた。だけど代表も負けてはいない。

「……でも、A組は学級閉鎖中だから」

「だったら、家に帰るなり図書室で自習してはどうだ?」

「……生徒には授業を受ける権利がある」

「そうは言ってもだな。A組とアホなF組では授業の進度が……」

「……生徒から授業を受ける権利を奪わないで」

 西村先生は天井を見上げて軽く息を吐いた。

「わかった。今日はここで授業を受けていい。坂本の分のノートを代わりに取ってやってくれ」

「……ありがとう」

 おおっ。代表が西村先生に勝った。

「授業を受けたいといっている学生を追い出すわけにはいかんさ。特にこのF組ではな」

 西村先生は敗因を小さくごちた。

 見れば多くの生徒が帰り支度を終えていた。代表が追い出される瞬間を狙って自分たちも帰る算段だったようだ。本当にこんな時だけ機転が利く連中だ。西村先生もこんな生徒ばかりでは苦労が絶えないだろうなあ。

 そう言えば代表がこんなに出張っているのに坂本くんが何も言わないのは何故かしら?

 西村先生も坂本くんの代わりにノート云々言っていたし。

 気になって坂本くんを見てみる。

 それでアタシは納得した。

 坂本くんは亀甲縛りに縛られて、目隠しをされ、口にはギャグボールをかまされている。これでは喋ることも動くこともできないわけだ。

「それでは本日の連絡事項だが──」

 西村先生は坂本くんの姿に全く動じずに話を進めていく。流石はF組担任。

 だけど、こんな事態になったら一番に騒ぐはずの吉井くんが全く声を上げない。HR中もずっと勉強したままだ。本当にどうしちゃったのだろう?

 

 吉井くんが真面目に勉強するという異様な状況下、今日の授業は着々と進んでいった。

「それではこの問題がわかる人?」

「……X=2、Y=3、Z=4」

「正解です」

 授業は代表のオンステージだった。

「……妻は夫を立てるものだから」

 坂本くんの点数を稼ぐために代わりに答えているらしい。どう見ても逆効果だけど。

 だけど注目が代表に集まってくれているおかげでアタシはボロを出さずに済んでいる。

 でも、その一方で油断ならない事態が生じてしまっていた。

「アッハッハ。代表ってば、1人で答えすぎだってば」

「真面目に勉強する吉井くんも素敵だ」

 代表がF組で授業を受けているのを知って愛子と久保くんまでやって来てしまった。

 こんなことになるのを知っていたら普通に学校に来てF組に移動して来たものを。

 だけど今更アタシの正体がバレたら愛子にバカにされそうだし、何としても入れ替わりの秘密は守り通さないといけない。

 吉井くんのことを知りたかっただけなのに何でこんなに難易度上がっちゃうのよ!

「次の問題を……木下くん、解いてください」

 そして嫌なことは最も嫌なタイミングで起きる。

 ちょうど授業を聞いていないタイミングで先生に当てられてしまった。問題さえわかれば何でもないけれど、肝心の問題がわからない。うーん、困った。

「木下くん、木下くん。225ページの問い5、問い5」

 愛子が問題を囁いてくれた。その情報を元に早速問題を解く。

「225ページの問い5は (X+5)(X2+3X+1)=0 です」

 A組の成績上位者を舐めないで欲しい。この程度の問題、見ただけですぐ回答できる。

「……解答は正解です。ですが、指名した問題はそこではありませんよ。そこはまだやっていない範囲です」

「えっ?」

 ぎこちなく振り返る。

 そこには必死に笑いをかみ殺している愛子の姿があった。そして愛子はアタシの目を見ながらニタニタと性質の悪い笑みを浮かべた。

 この子、アタシの正体に気付いてからかっているのね。でも、一体どうしてバレたの?

 すると愛子は自分の胸を両手で揉む仕草を見せた。どうやら胸のサイズの違いでアタシと秀吉を見分けたらしい。

 敵ながら天晴れな眼力。そして変態。

 と更に、愛子は自分の腰を撫でた。愛子はアタシの顔を左手で指差しながら右手を垂直に降ろした。続けてアタシのズボンを指差しながら右手で“く”の字を作った。

 ……つまり、アタシは寸胴で、秀吉の腰はくびれていると愛子は言いたいわけだ。

 アタシが愛子の意図に気付いたことがわかったのか、愛子は声を上げて笑い始めた。

「ボク、こんなにおかしいのは本当に久しぶりだよぉ。あっはっはっはっは」

「アタシは気分最悪よ……」

 女に対する不殺(ころさず)の誓いを破ることを本気で考えた。手が震えた。

 だけど、こんなおかしな状況になっているのにも関わらず、吉井くんは──

「えっとぉ……九九88だから、X=3だよね」

 真面目に勉強していた。

 今日の吉井くんは……本当におかしい。

 

 

 

 昼休みを迎えた。今日の昼食は大所帯となった。

 いつものF組メンバーに加えて、代表、愛子、久保くんが加わっている。10人近い大所帯が2つくっ付けたテーブルを囲んでお弁当を広げている。

 当然テーブルの周囲は賑やかな話し合いの声が絶えない。みんなもいつもより高揚した様相を見せている。

 でも、そんな中で吉井くんだけは輪の中に入って来なかった。

「僕はメガネになるから、昼休み中も勉強するんだ」

 誘いに来た姫路さんに対して一言述べただけ。そしてまた教科書と睨み合いを始めた。

「明久くん、メガネになるってどういうことでしょうか?」

 姫路さんがメンバー中唯一のメガネである久保くんに尋ねる。

「メガネになるというのは、メガネとして生きるということだろうね」

「メガネとして生きるって何ですか?」

「メガネらしく真面目に、メガネらしく成績優秀に生きるということだよ」

「「えぇえええぇ~っ!?」」

 姫路さんと島田さんが大声を上げる。

「そんなことをしたら明久くんが明久くんじゃなくなってしまいますよぉっ!」

「そうよぉ。そんなのアキの皮を被った別の何かよぉ!」

 あの2人は本当に吉井くんのことが好きなのかしら?

 想い人が真面目になることを嫌う女の子って一体? 

まあアタシも吉井くんはそのままでいて欲しい。吉井くんがメガネになったらその辺の男子と変わらなくなってしまうから。

「……教室はうるさ過ぎて勉強できないよ」

 吉井くんは小脇に参考書を抱えて教室を出て行ってしまった。気まずい雰囲気が教室の中に流れる。

 

「明久の奴、昨日の放課後からずっとあんな感じだな」

 坂本くんが溜め息を吐きながら口を開いた。食事なのでギャグを外してもらったらしい。拘束されていたことに文句を言わない辺り坂本くん、もうすっかり調教されてるわね。

「一体、何が原因なのでしょうか?」

「でも思い当たることがないのよね」

 姫路さんたちも首を傾げているが、この場の誰一人として吉井くんが変わってしまった原因を知らないみたいだった。

「俺も明久が何故あんな気持ち悪い男になってしまったのかは知らない。だが、その原因を類推することは可能だ」

 坂本くんはもう1度溜め息を吐いた。そしてアタシを見た。

「明久は昨日の放課後、秀吉と2人で教室を出て戻って来た時から不機嫌になっている。つまり、秀吉。お前が明久の不機嫌と大きく関連している可能性が高い」

「へっ? アタシ……じゃなくてワシ?」

 それは青天の霹靂とでも言うべき意見だった。傍観者であった筈のアタシは、たちまち渦中の人になってしまった。

「でも、アタ……ワシにそんな心当たりはないのじゃが?」

 アタシは秀吉ではないのだから、昨日の放課後の行動なんか知る筈がない。

 それっぽいことだって聞いてな……

 

『じゃが、男心が、明久の心がよくわからぬのはワシも同じじゃ』

『姉上がどうしても入れ替わりたいというならもはや止めはせぬ。が、後悔することになるかもしれんぞ』

 

 聞いてたじゃない。こん畜生っ!

 だけどこんなにややこしい問題だったのなら、少しぐらい事情説明しておきなさいよ!

「その顔は心当たりがあるようだな」

 坂本くんに問い詰められる。

「ない訳じゃないってレベルよ……じゃ」

 白を切りとおせず、曖昧なレベルで犯行関与を認めてしまう。

 秀吉の奴、もしかすると今日吉井くんと顔を合わせるのが嫌でアタシとの入れ替わりを了承したのかもしれない。利用していたつもりが逆に利用されていたのだ。やられた……。

「明久の変調に思い当たる所があるのなら、秀吉が行ってあいつを元に戻して来い。あいつがこのままじゃ気色悪すぎる」

「お願いします、木下くん!」

「さっさとアキをいつものバカに戻しなさいよね!」

「えぇえええええぇっ!?」

 気付くとアタシは弟の尻拭いをしなければならない立場に立たされていた。

 しかもアタシは事情を全く知らされていないのに。今日の神様はアタシにとても意地悪だ。これも、弟と入れ替わって登校した罰なのかな?

 

 

 

 

 土屋くんの情報により吉井くんは旧校舎の屋上にいることがわかった。わかってしまったので重い足取りで仕方なく屋上へと向かう。

「アタシにどう解決しろって言うのよ?」

 弟と入れ替わっている状態でしかもその弟から事情を聞かされていない。弟の携帯に連絡を入れてみたけれど出ないので追加情報もなし。

 何とも厄介な状況で吉井くんの機嫌を取らなければならないことになった。

「まあ良いわ。女は、度胸よ!」

 A組の対外交渉を代表に代わって取り仕切っているアタシが、男子1人と話を付けるのに怖気づいてなどいられない。

 気合と共に屋上へと続く扉を開く。

 するとその先には、ただ静かに青い空を静かに眺めている吉井くんの姿があった。

 普段と違い憂いを帯びた表情の吉井くんにアタシの胸は高鳴った。BL本の登場人物みたいな表情ができるなんて知らなかった。

 吉井くんの瞳に吸い込まれていきそう。いつまでも見ていたいと思った。

 でも、ダメだった。

 吉井くんがアタシの方を向いてしまったから。

 吉井くんがアタシに声を掛けてきたから。

「お姉さん、そんな所にいないでこっちに来たら?」

 吉井くんがアタシが秀吉でないことに気付いてしまっていたから。

 

「いつから気付いていたの?」

 彼の隣に立って尋ねる。愛子以外にアタシたちの入れ替わりを見抜く人がいるなんて。しかもそれが吉井くんだなんて。とても不思議な感じがする。でも、嫌じゃない。むしろとても嬉しい。

「朝に教室に入って来た時からかな? 声を掛けられた時に秀吉じゃないって確信した」

「どうしてアタシが秀吉じゃないって思ったの?」

 もしかして、アタシのことをよく見ているからとか?

 好きな人の男装ぐらいすぐ見抜けるとか?

 そんな理由だったらどうしよう?

 このまま吉井くんから愛の告白なんて展開になっちゃったらどうしよう!?

「秀吉はもっと女の子っぽい雰囲気を漂わせているから……って、肘は後ろに曲がらないぃいいぃっ!?」

 つい、殺戮の衝動に駆られてしまった。

「秀吉の方が女の子っぽい雰囲気を漂わせているってなによ? アタシの方が正真正銘の女の子なのに……」

「ごめんね、お姉さん。僕はただ、心の目で見た場合にお姉さんは男で秀吉は女の子だって言いたいだ……ダメぇえええぇっ! 膝も足首も曲がる方向は決まっているのぉ~っ!」

 このままへし折ったら少し気分が良いかも。

「まあ、声を掛けて来た時点でお姉さんが秀吉でないことは確定したんだけどね」

 吉井くんが急に真面目な声を出したので脚の関節技を解く。

「それはどうして?」

「僕が昨日から秀吉と喧嘩しているから」

 吉井くんは肘の状態を確かめながら小さな声で答えた。

「喧嘩って何で? 吉井くんと弟はとても仲が良いじゃないの?」

 吉井くんと弟は仲がとても良い。男同士で仲良しというレベルを超えて、正直いつ恋人ですと紹介されるのかわからないぐらいの仲。

 アタシにとって秀吉は坂本くんと並ぶ最大の恋のライバルでもある。

「仲良しだからこそ譲れないものもあるんだよ」

 黄昏た表情を見せる吉井くん。

 彼の表情を見てアタシの心に沸き上がった感情は……嫉妬だった。

 吉井くんと弟の間に深い心の絆を感じた。

 アタシと吉井くんの間にはない心の絆を。

「それで、喧嘩の原因って何なの?」

「お姉さんに話すのはちょっと恥ずかしいよ」

「良いから話しなさいっ!」

 気が付けば声を荒げていた。

 みっともないアタシ。無様なアタシ。

「……木下さんは秀吉のお姉さんだもんね。弟のことが気になるのは当然だよね」

 違うッ!

 アタシが気にしているのは吉井くんの方。

 アタシが吉井くんのことを好きだから。

 だけど、それは言えない。言う勇気がない。

 だから黙っているだけ。

 みっともなくて、無様で、意気地なしなアタシ。

「僕が秀吉と喧嘩している理由。それは……」

「それはワシの方から話そうぞ、明久ッ!」

 荒々しい音と共に扉が開かれて、制服姿の女子生徒がアタシたちの前に現れる。

 その女子生徒は──

「「秀吉っ!?」」

 アタシの弟、秀吉で間違いなかった。

 

 

 

「「秀吉っ!?」」

アタシと吉井くんの驚きの声が揃う。

「アンタ、何て格好で学校に来ているのよ?」

 秀吉が着ているのはアタシの制服で間違いなかった。

「ワシの制服は姉上が着てしまっている。それに、木下秀吉が2人になってしまっては姉上も色々と都合が悪いじゃろ」

 秀吉はスカートの裾をつまみながら答えた。

 その仕草がアタシの制服姿よりもよく似合っていて何だかとってもムカつく。

「で、秀吉と吉井くんが喧嘩している理由って何なのよ?」

 不機嫌な声を出しながら弟に詰め寄る。

「その、喧嘩の原因は一言で言うとな……服装……なのじゃ」

 弟は軽く頭を掻いて照れた表情を見せた。

「ハァ? そんなんで伝わると思ってんの? アンタ、バカなの?」

 弟の肘を取りながら問い直す。折りたい衝動が湧き出て止まない。

「わかった。順を追って話すから肘を放して欲しいのじゃ、姉上」

 仕方なく腕を放す。

「お姉さん、女の子に乱暴なことは……」

 秀吉と吉井くんの腕が折りたくなった。

「ワシは昨日の放課後、明久と2人でここにおっての。デー……日向ぼっこを楽しんでおったのじゃ」

 秀吉の腕を折りたい衝動をグッとこらえる。アイツ、わざとアタシを挑発してるんじゃ?

「それで話題が今度の週末に2人で映画を見に行こうという話になっての」

 急に心臓が荒縄で締め付けられたように苦しくなった。

「それで、秀吉に着てきて欲しい服は何かって話になったんだ」

 吉井くんが言葉を続けた。

 まずい。この流れはまず過ぎる。

 これ以上聞いていたらアタシはどうにかなってしまいそうな気配が色濃くする。

 破壊神が地上に降臨しかねない。

「それでね、聞いてよお姉さん。秀吉ってば、僕がチャイナドレスを着てきて欲しいって言ったら、男物の服を着てくるんだなんて酷いんだよ」

「ワシは男なのじゃから当然じゃ」

「デートなんだから男女の服装になっている方が自然じゃないか」

「で、でで、デートなどとワシは承諾した覚えはないぞ!」

 体が震える。拳にマグマの様な熱が宿り同時に力が集まってくるのを感じる。

「それで、秀吉が女物の服を着てくるかどうかで喧嘩になっちゃって」

「明日の数学の小テストで点数の高い方のいうことを聞くという勝負になったのじゃ」

 顔を見合わせながら火花を散らす2人。

「それで、テストに勝てば秀吉のナース服が見られると思って懸命に勉強していたんだ」

「ワシも家でずっと勉強しておったのじゃ。しかし、明久の様子が気になったの、こうして姉上の服を借りて学校までやって来たのじゃ」

「それで僕と秀吉、どっちが頭良いとお姉さんは思う?」

「勿論ワシじゃよな?」

 大きく深呼吸して気分を落ち着ける。

 答えなど、決まっていた。

「2人とも大バカでしょうがぁあああぁっ!」

 アタシの絶叫が屋上に木霊する。

「「ヒィイイイィっ!?」」

 震え上がって互いに抱きつく吉井くんと秀吉。

「どんな深刻な問題を抱えているのかと思えば、バカップル的な痴話喧嘩と惚気話だったとはね。みんながどれだけ心配したと思っているの? アタシがどんな想いで入れ替わったと思ってんの?」

「あれは、姉上が勝手に入れ替わろうと提案したもので……」

「黙りなさい、愚弟ッ!」

「「ひゃぁあああああぁっ!?」」

 怯える子羊2匹にゆっくりと近づいていく。

「アンタたち、折ってあげるわ」

「……右肘、かな?」

「ノーノーノー」

「……左肘、かの?」

「ノーノーノー」

「「両肘、ですかっ!?」」

「イエスイエスイエスッ!」

 2人の前で両腕をスッと左右に伸ばす。

「後、ついでに砕いてあげるわ。夢も、希望も、アンタたちの命さえも」

「「どうかご慈悲をぉおおおぉっ!」」

「問答無用ッ!」

 アタシは親愛なる弟と最愛の人をこの手に掛けなくてはならない悲劇に神を呪いながら2人の首に向かって手を伸ばす。

 せめて、苦しまないように頚椎を一握りで砕いてあげようと思う。それが、アタシが2人に示せる最後の愛情……。

 

「ああっ!? 木下さん、抜け駆けはずるいですっ!」

「何をちゃっかりアキに抱きついているのよ!」

 アタシの手が2人の首に触れようとする瞬間だった。

 屋上の扉がまた開いて、昇降口から沢山の人が入り込んで来た。その先頭に立っているのは姫路さんと島田さん。そして続いて坂本くん、土屋くん、久保くん、代表、愛子。昼食時のメンバーが総揃い。

 そしてみんなの視線を集めているのは──

「不潔だよ、吉井くん。木下さんとそんな熱い抱擁を交わしているだなんてぇ~っ!」

 吉井くんとアタシの制服を着た弟が固く抱き合って硬直している姿だった。

えっ?

「明久くんと木下さんがそんな仲になっていたなんて……ショックですぅっ!」

「もう、2人の仲がそんなに進んでいたなんて……アキのバカぁああああぁっ!」

 姫路さんと島田さんは泣きながら屋上を去ってしまった。

 えーと、これって……?

「木下さん、こんな姿を見せられても僕は君には負けないからね。吉井く~んっ!」

 久保くんも走り去ってしまった。

「あっはっはっはっは。ボク、こんなおかしな光景を見たのは生まれて初めてだよ。あっはっはっは」

 愛子はお腹を抱えて大笑いしている。

 これはもう、間違いない。

「……優子、やるわね」

 そう言って代表は肩に手を置いた。アタシの制服を着た弟に。

「……木下優子のいつもは見られない表情。激写」

 そして土屋くんは吉井くんと抱き合ったまま動かない弟を激写し続けている。

「何だ。木下姉妹との三角関係のもつれで明久はおかしくなっていただけか。種明かしされてみると意外と平凡だったな」

 締めくくりの坂本くんの一言。

 ああっ、この状況は、アタシと吉井くんが抱き合っていて、それを嫉妬に狂った秀吉に邪魔されている構図だとみんなは見ているわけだ。

 愛子だけは真相に気付いているみたいだけれど。

 フーン。なるほど…………

「ち、違うのよぉおおおおおおおぉっ!」

 アタシの叫びが文月学園の大空に響き渡った。

 

 

 

 悪夢のような時が過ぎ去り10分ほどが経過した。

 残り少ない昼休みをアタシは屋上の片隅で腰掛けながら空を見上げて愛子と話していた。

「愛子っ、アタシきめたわっ!」

「きめたって……関節技を? それともバックドロップ?」

「極めたじゃなくて決めたよ」

 愛子はアタシのことをヒールレスラーか何かと思っているのだろうか?

「で、何を決めたの? プロレスの観戦日程? それとも参加する方なの?」

「プロレスから離れなさいよ……」

「じゃあ何?」

「ホワイトデーのプランに関してよ!」

 右手を高々と振り上げながら宣言する。

「ホワイトデーのプラン? 何それ?」

「……だからホワイトデーにアタシは吉井くんを……デートに誘うことを決めたのよ」

 言いながら顔が熱を持っていくのがわかる。

 最後の方なんかボソボソした喋り方になっちゃったし。

「なるほど。男装した優子が女装した吉井くんにプレゼントを贈ってデートに誘うんだね。2人にピッタリだと思うよ」

 うんうんと何度も首を縦に振る愛子。

 気のせいか凄くバカにされている気がする。

「別にアタシが男装する必要も、吉井くんが女装する必要もないと思うけど?」

「優子は今日の1件で吉井くんの恋人としてマークされるようになったから、ホワイトデーに正攻法で吉井くんに近づくのは難しいと思うよ」

 愛子が昇降口へと視線を向ける。

 そこには親の仇を見るような鋭い3つの視線がアタシの制服を着た弟に向けられていた。

「あれはアタシの格好をしているだけの秀吉じゃない」

「瑞希ちゃんたちはそうは思っていないよ。優子が吉井くんとイチャついているようにしか傍目には見えないもの」

 吉井くんは恐怖体験を通じて仲直りしたのか弟と仲良く談笑している。

「秀吉、その制服凄くよく似合っているよ♪ まるで秀吉の為に存在しているみたいに」

「そっ、そうかの? ワシとしてはウエストが緩かったり胸がきつかったりでそんなに似合っているとは思えんのじゃが」

 秀吉には自殺願望があるとしか思えない。

「秀吉はこれから毎日その服で来るべきだって。お姉さんの男物制服姿も凄くよく似合っていたし、交換しても問題ないって」

 吉井くんにも自殺願望があるとしか思えない。

 そして吉井くんと秀吉が仲良しこ良しな話を繰り広げれば広げるほど姫路さん、島田さん、久保くんの機嫌は悪くなっていく。特に姫路さんの瞳なんか完全に病んでるし……。

「優子は今夜から夜道を歩く時は気を付けた方が良いと思うよ」

「嫌なことを言わないでよ」

「まあ、相手が優子じゃ返り討ちだろうけどね。何といってもヒールレスラーだし」

「だからヒールレスラーじゃないわよ!」

 誰なの、アタシに暴力魔のレッテルを貼ったのは?

「とにかく秀吉が吉井くんに対して積極攻勢を仕掛けている以上、アタシも負けていられないのよ」

 空を見上げながら両手両足に力を込めて立ち上がる。

「今日の調査でわかったことは、吉井くんを巡るラスボスはやっぱり弟だってこと」

「木下くんのスペックは高いからねえ。優子で勝てるかなあ?」

「何を言っているのよ? ラスボスってのは勇者に倒される為に存在するのよ」

「優子が勇者かあ……うん、ぴったりだね」

 優子と2人、声を上げて笑う。

 3月のちょっとだけ温かい風が、もうすぐ春が訪れることを告げていた。

 

 了

 

 

 


 
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