佑介が本来いるべきところに還ったとわかって後も、ヤマトは変わらず地球への帰途をたどっていた。
あの白色彗星帝国の残党との戦闘のあとは、何事もなく平穏な日々が続いている。
ただ―――
「……さて、ちょっと休憩して医務室に行くか」
軽く背伸びして、進がそう言うと。
「医務室? どこか悪いのか、古代」
隣にいる航海長の島大介が訝しげに問うた。
「なに言ってんだよ。医務室には佑介が……あ」
言いかけて、進は口を噤んでしまった。
「………」
そんな進を、周りのクルーたちは気遣わしげに見た。
「…古代……」
心配そうな島に、進は溜め息混じりに苦笑を浮かべて。
「本当に佐渡先生から薬をもらったほうがよさげだな。行ってくる」
立ち上がって、第一艦橋を出て行った。
「…古代さん、やっぱりまだ……」
「元気そうに見えるけどな。古代さんは特に佑介を可愛がっていたし」
「無事だとわかったとはいえ、あんなつらい別れ方になってしまったから…無理ないよな」
通信班長の相原義一と戦闘班副班長の南部康雄はそう言い合う。
その会話を、雪や真田たちも痛ましげな表情で聞いている。
進たちの前に現れた、200年もの過去から来た少年。それが佑介だった。
いきなり自分のまったく知らない世界に放り込まれて戸惑う佑介を、最初に会った進は「大丈夫だから」とあたたかく受け入れた。
その後は佑介の素直で穏やかな気性に触れ、進のみならず他のクルーたちも彼を『大切な仲間』として見るようになっていたのである。
特に進は、部屋も同室だったりと他のクルーたちよりも佑介には近しい位置にいたこともあり、実質『弟』のように接していたのだ。
それが突然。
本当に突然に、目の前から消えた。
しかも敵の自爆に巻き込まれるという形で。
後にその無事は確認できたものの、急に佑介がいなくなってぽっかりと開いた心の穴はとてつもなく大きく、深い。
いささか重い足取りで、進は医務室に入った。
入ってすぐに、飾られている青いコスモガンが目に映る。
進は目を細めて、そっとそれに触れた。
「おう、古代じゃないか。どうした?」
「……佐渡先生…」
進は医師の佐渡酒造の顔を見て、はっとした。
…威勢のいい言い方をしているが、表情に精彩がない。
(…俺だけじゃないんだな……)
酒造も佑介の姿がなくなって、寂しいのだと。
普段は医務室にいた佑介だ。それが佑介にとっては初めての戦闘の時、自身の能力を使ったことでそれ以降は第一艦橋にいることが多くなったが。
ふと見ると、アナライザーもどことなくおとなしい。この頃は雪に対する行状がまったくないのだ。
初めてアナライザーのそれを見てしまった佑介が「アナライザー、そういうことするのって紳士じゃないよ!」と言っていたのを思い出す。
アナライザーも佑介とはとても仲が良かったから……。
進はふっと俯き加減になり、
「いえ。ちょっと薬をもらおうかと思ったんですけど、やっぱりいいです」
寂しげな笑みを浮かべて、医務室を出て行こうとすると。
「古代」
と呼び止められる。
「……薬ならあるぞい。…つきあうか?」
と、一升瓶とコップを見せる酒造。
進はなんとも言えない表情で微笑んだ。
その後、進は第一艦橋に戻ってきた。
「…古代、大丈夫か?」
島が声をかける。
「……ああ」
半分、心あらずという風で返事する進だ。
「進」
艦長席に座っている守が呼び掛けた。
「はい」
進は艦長席の前まで歩み寄った。
「……今日はもう休め。幸い今のところは何も起こっていないしな。休めるときに休まないと」
「え、しかし……」
「これは艦長命令だ。……いいな?」
言い方は厳しいが、表情はいたわるように優しい。
「……はい」
進も素直に頷くしかなかった。
部屋に戻れば、また以前のがらんとした雰囲気が進を迎える。
ついこの間までは、
―――古代さん、お帰り
と満面の笑みで迎えてくれるものがあったというのに。
それが嫌で、佑介がいなくなった直後はここに戻ってくることはなく、がむしゃらに業務をこなしていたのだ。
そのため、いまだベッドも二台のまま。いい加減一台は収納しなければならないのだが、今はとてもその気にはなれない。
進はふうっと息をついて、白地に赤いラインの軍服を脱ぎ始めた。
―――気がつくと、なにもないところに立っていた。
だが寒々とした感じはなく、かえってふんわりと包まれるようなあたたかさがある。
「……夢を見ているのか、俺は」
進はあたりを見回す。
……と。
少し離れた場所に、誰かが立っているのが見えた。後ろ姿だ。
やはり自分と同じように、きょろきょろとしている。
進はその人物に近づいてみた。
「………!」
近づくほどに、進の目が見開いていく。
あれは……あの見知った後ろ姿は。
「…佑介……!」
進の声が聞こえたか、その人物…佑介はゆっくりと振り向いた。
そして。
「古代、さん…!? …わっ;;」
「……っ…。よかっ…た…、本当に無事だったんだな…!」
思わず、力一杯に抱きしめていた。
腕の中にある、確かなもの。
声も少し、潤んでいた。
「……古代さん…。ごめんね」
佑介もふっと目を細めた。
しばらくして、進は佑介の体を放して。
「謝るなと言ったろ。仕方なかったんだから」
優しく微笑んで佑介を見る。佑介も小さく頷いた。
「あの時は…もう駄目かと俺も思った。でも……」
一旦言葉を切って、
「爆発と同時に、目の前が真っ白になって……気がついたら病院のベッドで寝ていたんだ」
「そうだったのか…」
「それで、気づいた今ならまだ、古代さんたちのところと繋がっているかもしれないと思って…」
「通信機に意識を飛ばしてくれたんだな?」
「うん。…言いたいことの半分も言えなかったけど」
えへへ、と苦笑気味に笑う佑介。
「…そんなことない。俺たちには充分伝わったぞ」
進も笑い返して、ぽんぽんと佑介の頭を軽く叩いた。
「…ほんと?」
「ああ、本当だ」
「ありがとう」と言ってくれたことも。
自分たちのことを「大好きだ」と言ってくれたことも。
……それは、進たちも同じ思いだから。
「……それにしても、佑介もここにいるなんて」
進は首を傾げつつ言った。
「こっちも夜で眠っていて、そしたらここにいるから、夢かとは思ったんだけど…」
佑介にもわからないようだ。
「もしかしたら…俺が呼んでしまったかもな」
困ったような笑みを浮かべる進。
「え?」
「佑介がいなくなってから、がむしゃらに色々やっていたが…。心のどこかで」
真っ直ぐ佑介を見て。
「佑介に会いたい…なんて、女々しいことを思っていたんだから」
「古代さん…」
再び苦笑を浮かべてそう言う進に、佑介は何も言えなかった。
そうしているうちに、佑介がはっとした表情になる。
「…どうした? 佑介」
進が怪訝そうに尋ねると。
「古代さんの姿…透けてきてる。…もうタイムリミットみたいだね」
佑介にそう言われて、進も。
「そういえば…佑介もだ」
進と同じように、佑介の姿も透けてきているようだ。
「……古代さん、あのね」
「ん?」
「また…古代さんに会いたくなったら、俺が古代さんの夢の中に行くから。そういう力も使えるからさ」
「!」
はにかむように笑って、佑介はそう言った。
「……俺も、その時はまた呼ぶからな、佑介」
やはり笑顔で進も言う。それに佑介も頷きつつ、その姿は完全に消えた。
―――進の目が、ゆっくりと開いた。
身を起こして、傍らに立ててある写真フレームを見る。
進と雪に囲まれて、照れくさそうに笑っている佑介の笑顔。
「―――そうだな。会いたいと思えば…夢の中でも会えるよな」
進の口元に、かすかに笑みが浮かんだ。
その時。
『――戦闘班長、至急第一艦橋までお戻り下さい。未確認飛行物体発見しております』
と、相原の声が聞こえた。
「わかった、すぐ行く」
進は素早く軍服に着替え、部屋を出て行った。
その時の進の顔には、もう翳りのかけらもなかった。
了
Tweet |
|
|
1
|
0
|
追加するフォルダを選択
今更…とも思いましたが、うちの『星紋』の佑とヤマトキャラ(特に古代くん)とのコラボ小説の外伝が何本かできてしまったので(^_^;)。
これは「その後」の話です。古代くんと佑、夢の中で再会します。