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虚界の叙事詩 Ep#.16「コンフェレンス」-1

世界的な脅威から世界を救うために。主人公達は一国の大統領と謁見します。

2011-02-25 21:34:36 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:450   閲覧ユーザー数:346

 

プロタゴラス タレス公国

 

γ0057年11月30日

 

5:29 P.M.(タレス公国西部時間)

 

 

 

 

 

 

 

 香奈はどこからか一定のリズムでエンジン音が聞えて来る、超音速機の機内で眼を覚まし

た。ここの所疲れが溜まっているせいか、数時間のフライトでぐっすりと眠ってしまっていたらし

い。

 

 自分にはやはり、長い休息が必要なのかと彼女は思う。

 

 彼女が眼を覚ましたのは、そろそろ着陸態勢に入るという放送が聞えてきたせいだ。熟睡し

ていたのに、アナウンスは無意識のどこからか聞えてきて、頭を揺り動かす。機内の時刻を見

れば午後5時を過ぎていた。しかも日付は『NK』の前日だ。だが『NK』からの時差を考えると、

すでにフライトは5時間を超えていた。

 

 『タレス公国』が用意した超音速機の中には、『SVO』のメンバー達と、原隆作、そして、護衛

のシークレットサービス数人が乗り込んでいた。小型の音速機だったから、機内は個人旅客機

を思わせるほどで、あまり広くは無い。だが『NK』から『タレス公国』へ、最も早く辿り着ける手

段の一つだった。

 

「どう?良く眠れた?」

 

 二列シートが等間隔で先頭から並んでいる。香奈の隣のリクライニングシートに座っていたの

は沙恵だ。

 

「多分、そうだと思う」

 

 昨日から今日まで、何もかもが目まぐるしく変化していく。休んだ心地はしない。背伸びをして

体の筋肉をほぐそうとしても上手くいかない。

 

 香奈は、機体の窓から外を覗き見た。既に夕焼け。日が沈もうとしている。地上には、小さく

だが、大都市の光景が見られた。

 

 機体は低空を飛行している。もうすぐ着陸する。見えているのは、『タレス公国』の首都である

《プロタゴラス》。香奈はまだ来た事が無かった。少なくとも、記憶が残っている限りでは、だっ

たが。

 

 それは、影で『SVO』と原長官を支援していたという、ベンジャミン・ドレイク大統領が統治して

いる国家だった。軍事的規模は『ユリウス帝国』や、社会主義の長、『ジュール連邦』に及ばな

い。だが国際連合の常任理事国だけあり、その影響力は世界中に及ぶ。世界の中でも大国

家の一つ。経済力が際立って大きかった。

 

 そもそも『タレス公国』を初めとする、東側の大陸諸国は歴史が古く、独自の文化圏を形成し

ている。公共施設や街の雰囲気などにも、その文化の特色が、色濃く残されているのだ。

 

 元々、世界を統治していたのは、これらを初めとした国だった。それが近年になり、役割を交

代して来ただけだ。

 

 『SVO』一行を乗せたジェットは、《プロタゴラス》の街に接近し、かすめるように通過すると、

郊外にある国際空港へと着陸していった。

 

「まさかオレ達の背後に、この国の大統領がいるって事には、腰を抜かされたが」

 

 着陸しようとする飛行機から外の大都市の光景を望み、浩が言っていた。

 

「驚いたかね?」

 

 すぐ前の席に座っていた、隆作が尋ねる。

 

「自分達の『SVO』が、そんなに大掛かりな組織だとは、思っていませんでしたからね、俺達と

しても」

 

 隆文が言った。

 

「君達には、『SVO』の本来の目的が、『ゼロ』に関する事だとは言っていなかったからね。あん

なものの為だ。大掛かりな支援も必要になる。君達にはいずれ、言おうとは思っていた」

 

 着陸態勢に入った機内で、隆作が説明する。

 

「しかし、わたし達『高能力者』が、外国で活動するという事は、どういう事になるか、ご存知だっ

たはずでしょう?そんな背後にいるのが、一国の大統領だったとするならば、戦争行為と受け

止められても仕方無いんじゃあないですの?」

 

 隆作の背後の座席に座っていた絵倫が尋ねた。

 

「だから、君達には黙っていたのさ」

 

 隆作がそう言った時、ジェットは滑走路に着陸した。

 

 

 

 

 

 

 

 着陸したジェットから次々と降りる『SVO』の面々。彼らは前後を『タレス公国』のシークレット

サービスに囲まれながら、タラップを降りていく。タラップの先には政府所有のものと思われる

高級車が並んでいた。黒塗りの車の周りを囲み、黒服の護衛官達が物々しい様子を見せてい

る。

 

「どうやら、俺達は客として歓迎されるようだな」

 

 そんな様子を見た隆文が呟いた。

 

「わたし達、じゃあなくって、原長官を、じゃあないの?」

 

 絵倫が鋭く言い返した。

 

 一行がタラップから降りると、待ち構えていた車の中から、一人の頭が禿げ上がった男が姿

を現した。スーツを着ており、背は低い。

 

「お待ちしておりました、ハラ長官。そして『SVO』の皆様。私は、ドレイク大統領の首席補佐官

でグランドという者です。大統領は、議事堂でお待ちです。これからご案内します」

 

 その男に原長官は握手された。

 

「随分と、準備が良いようだね?」

 

 慣れた手つきで握手しながら、原長官はこの国の言葉で言った。それは『タレス語』で、『ユリ

ウス帝国』の言葉とほとんど同じだが、元来の発音をする。

 

「昨日、大統領からの連絡がありまして、直ちにあなた方を出迎えるようにと命令されました。

大統領は、あなた方の到着を待ちわびております」

 

 首席補佐官だという男は、一行を車の中に乗り込むように催促する。

 

 だが、隆作はその催促をしばしためらった。

 

「いかがなさいましたか?」

 

 そんな彼の様子を見た補佐官が、尋ねてくる。

 

「ドレイク大統領に伝えておいてくれないか?我々も協力する代わりに見返りを求めていると」

 

 その隆作の言葉と共にやって来たのは、しばしの間。そして気まずい雰囲気。補佐官と隆作

はお互いに目線を合わせ、相手の真意を伺う。

 

 友好的とは思えない緊張感。

 

「わかりました。大統領にお伝えしておきます」

 

「ありがとう」

 

 そう答え、隆作は車の中に乗り込んだ。

 

「何で、原長官はあんな事を言ったの?」

 

 車に乗った隆作の姿を見ながら沙恵が、香奈に尋ねた。

 

「さあ?」

 

 香奈にはそれしか答えられなかった。

 

 だが、心の中では思う。もしかしたら、この国においても、自分達は油断する事ができないの

ではないのかと。

 

「どうぞ」

 

 引き続いて、『SVO』の一行も、シークレットサービスによって、車の中に乗り込むように催促

された。

 

 待っていた車の中へと、全員が乗り込むと、彼らは出発した。

 

国会議事堂 プロタゴラス

 

6:14 P.M.

 

 

 

 

 

 

 

 空港から車で走る事約30分。《プロタゴラス》市内に入った一行は、初めて訪れる都市に目を

置く時間も無く、ドレイク大統領と謁見する事になった。

 

 歴史ある建物の風格を残す国会議事堂は、数百年前からそこには建っていた。幾ら文明が

進歩していったとしても、巨大な柱が丸天井を支えている、歴史ある国家の議事堂は変わらな

い。それはこの地方の文化圏共通だ。国会議事堂だけではなく、あらゆる中央省庁が、昔から

ある場所に、同じ趣のまま建っている。

 

 東側の7階。都市を見渡せる高い場所に、大統領の執務室はあった。古めかしさは残るが、

最新のセキリュティーの施された通路と扉を通り、シークレットサービスが付きっ切りで、『SV

O』の8人と隆作は案内される。

 

 通路の突き当たり、重厚な扉の向こうにいたのは、テレビなどで良く姿を現す、貫禄のある男

だった。

 

 そこにいるというだけで、存在感が示される。屈強な護衛に守られているというせいだけでは

ない。一つの国家を率いている統率力と責任感が、すでに風格に表れている。その場にいる

だけで、その雰囲気は漂っていた。顔つきも普通の人間とは違う貫禄があった。

 

「ベンジャミン・ドレイク大統領」

 

 隆作は、その男と対面すると呟いた。

 

 『SVO』のメンバーは、原長官を中心として、ドレイク大統領の前に一列に並び、緊張した面

持ちを漂わせる。

 

 やがて、執務室の机に座る、護衛に囲まれた男は椅子から立ち上がった。そして、隆作の目

の前まで来ると、彼と握手をする。

 

「リュウサク。よく来てくれた。君が無事だった事で、我々はとても安心させられている。そして、

『SVO』の諸君。良く来てくれた。『ユリウス帝国』の干渉があったという事で心配したが、8人と

も無事なようでほっとしたよ」

 

 生存を喜ぶのであろうが、ドレイク大統領は、その表情をあまり変えなかった。表情から内心

を読まれないようにでもしているのか。その貫禄ある表情を変えようとはしなかった。

 

「ええ。ですが、自分達だけ生き残ってしまい、生きた心地がしなせんね」

 

 慣れた『タレス語』で隆作は言った。

 

「そんな事は無い。君はこれからすべき事をすれば良い。見ての通り、世界は今、大きな混乱

の中にある。3次大戦以来、なかったほどの混沌ぶりだよ」

 

 ドレイク大統領は、執務室の外に見える光景を差しながら言った。

 

 そこには別段、普段と変わらない光景が広がっているのだろう。しかし、明らかに世界は混

乱している。新聞、テレビ、道行く人々、その全てが尋常ではない事態に、どう振舞ってよいか

右往左往だ。

 

 歴史ある建物と近代的な建物が混雑するこの街にも、それは匂いとして漂っていた。

 

「『NK』での事態は、防衛庁時代の部下と、生き残った政府関係者に任せて来ました」

 

 隆作は言った。

 

「我々、『タレス公国』も『NK』の復興を前面支援したいと思う。何よりも起きてしまった事の、混

乱の収縮が今後の最大の課題だ。あの存在を除けば、だが」

 

 ドレイク大統領の言葉に、隆作と、『SVO』メンバーの顔色が変わった。扱う言語は違えど、

意味は同じ。

 

「『ゼロ』。あの存在こそが、最も脅威となるものです」

 

 重々しい声で隆作は言った。

 

「ああ、もちろん分かっているよ、リュウサク。もう、『SVO』の諸君には話したようだが、あの存

在は、人類が今まで遭遇してきたどんな脅威をも上回る存在と言えるだろうな」

 

 『NK』の元防衛庁長官だけではなく、『タレス公国』の大統領さえも認めた、『ゼロ』の脅威。

それが実感として伝わった。

 

 特にドレイク大統領は、演説などで、力説する事に慣れているせいか、言葉に説得力があ

る。深刻な口調も、心の中に響くように聞える。

 

「もちろん、まだ公式には発表していない。当たり前だ。普通の人間は『力』の存在さえも知らな

いのだからね。公に知られれば、とてつもないパニックになる。まさに、もし明日、この世界が

消えてしまうのならば、あなたは最後に何を食べますか?だ。こんな話が現実になる」

 

「やっぱり、そんなに」

 

 一博が、怖いものを見たかのような声で言った。

 

「あの破壊力、一つの都市を、核攻撃を上回る『力』で消し飛ばしてしまった。もちろん、我々も

あれが、『ゼロ』が単独でやったのではなく、『ユリウス帝国』の兵器を奴が乗っ取って行った攻

撃だという事は知っている。しかし同じ事だ。奴はその気になれば、あらゆる兵器をも操作でき

てしまう」

 

 と、隆作。

 

「俺達が推測するに、そんな事ができるのは、奴は自身が、回路の中に入り込み、動力となる

事ができるからです。あの、高威力原子砲も、自分自身が弾丸となって発射されたというもの

で」

 

 たどたどしい『タレス語』で、隆文が言った。

 

「君、名前は何と言うのかね?」

 

「はい?」

 

 ドレイク大統領に言われ、隆文は緊張する。

 

「名前は何と言うのかね?」

 

「渡辺です、渡辺、隆文」

 

 緊張した声で隆文は言った。

 

「そうかワタナベ君。君は確か、リュウサクから聞いたところによると、『SVO』のリーダーだそう

だね?」

 

「え、ええ。ですが、リーダーだなんて、そんな」

 

「いやいや、良いのだよ。つまり君達は、私達よりも、遥かに近く『ゼロ』に近付いたという事な

のだからね。知っている事は我々よりも遥かに詳しいはずだ」

 

「はい、そうです。彼らは『ゼロ』と戦ってさえいますので」

 

 緊張している隆文の変わりに隆作が言った。

 

「ほう。戦って、さえか」

 

 ドレイク大統領はそう言い、8人の姿をまじまじと見つめた。彼らは緊張している。大統領に

はそれが理解できただろう。

 

「残念ながら、私は『能力者』ではない。だが、君達の優秀さについては隆作から聞いている。

我々に協力して貰えると」

 

「はい、それはもちろんです」

 

 何とか平静さを保った声で隆文が言った。

 

「そうか、では、まず君達の仕事の邪魔になっているものを、すぐに取り払ってしまおう、それか

らだ」

 

 ドレイク大統領は口調を変え、隆作を含む、『NK』からの来訪者達の顔を見回した。

 

「邪魔になっているもの、とは?」

 

 隆作は尋ねる。

 

「リュウサク。君は確か、今は防衛庁長官の職を退いているのだね?」

 

 ドレイク大統領は、今度は隆作の方を向いて言った。

 

「ええ。『NK』の法律では私は未だに犯罪者です。防衛庁長官も代理の者が務めている事にな

っていますが、その者がどうなったかさえも、今は分かりません」

 

 重々しい声の隆作。『SVO』のメンバー達はそんな彼の顔を伺った。

 

「昨晩、我々は話し合った。リュウサク、君のたいほのとりけし保護についての決定のだ」

 

「保護、ですか」

 

「そう、つまり、君と、君達『SVO』の犯罪とされているものについては、全て『ゼロ』を捜索し、

抹殺する為には無くてはならないものだった。合法的な行為だったというわけだよ。それは犯

罪などではない」

 

「恩赦を与えて下さるという事ですか?」

 

 そう言ったのは隆作だ。

 

「保護だ。分かるかね?つまり君には我が国に亡命して欲しい。ついでにリュウサク。君には

汚名が返上され次第、『NK』の防衛庁長官の役職へと戻って頂こう」

 

 隆作がその言葉にぴくりと反応した。

 

「私が、また、防衛庁長官に?しかし、私は『NK』の法律で逮捕された。恩赦は『NK』の法律で

ないと与える事はできませんし、何しろ各庁の長官を決めるのも、『NK』でないと決められない

はず」

 

「残念ながら、『NK』の政府は現在、全く機能していない状態なのだろう?そのような状態で、

君の恩赦を決めるなどという事は言っていられないはずだ。だから、とりあえず我々の国にい

る間は、君は罪と問われる事はない。『NK』の法律ではなく、我々の法律で決めた」

 

 そこに一瞬の間。隆作は大統領の顔色を伺った。だが、隆作は自分の汚名が返上されたと

しても、その表情と口調に安堵が訪れなかった。

 

「ご好意に感謝します」

 

「君達『SVO』と、それを率いている原長官。その2つが揃わなければ、事は進まないのでね。

そこでだ」

 

 ドレイク大統領は、再び一行の顔を見回した。

 

「君達に是非とも見せたいものがあるんだ。それは、この国会議事堂の地下シェルター内にあ

る。『ゼロ』対策、そして発見の為の本部だ」

 

「それでは、ご覧に入れましょう」

 

 原長官が言った。

 

「では、私とシークレットサービスが、直接案内しよう。来たまえ、エレベーターに乗ってすぐだ」

 

「やりましたね、原長官」

 

 豪華な絨毯の敷かれた、落ち着いた廊下を歩きながら、隆文が隆作、今では再び原長官と

呼ばれるべき者になった男に耳打ちしていた。先を歩くドレイク大統領には聞えていなかった

だろうが、後を行く『SVO』のメンバー達には聞えているくらいの声だ。

 

「何が、だね?」

 

「また、防衛庁長官に戻れるなんて、嬉しいじゃあないですか」

 

「そうでもない」

 

 そう言った原長官の顔は深刻だった。それが何を意味しているのか、隆文にはすぐに分かっ

たらしい。

 

「そ、そうでした。それどころじゃあ、ないですよね、今は」

 

「だが、これで動きやすくなった」

 

 まっすぐとドレイク大統領の背中を見ながら、原長官は歩いている。防衛庁長官に戻れるの

かもしれなというのに、彼の顔つきは変わっていない。

 

 そんな彼の表情を隆文は横目に見つつ、会話を続けた。

 

「確かに、動きやすくなりました。今まで、俺達は満足に外を歩くこともできなかった。幾ら『高能

力者』だからって、犯罪に関わる事もしなければならなくて、それはつまり社会を敵に回す事、

最大の障害でしたから」

 

「だが、気は抜かない方がいい」

 

 隆文の声を遮るかのような原長官の言葉。

 

「どういう事ですか?」

 

 さっきからの原長官の態度が腑に落ちない香奈は、たまらず彼に聞いた。

 

「君達は、まだ『ユリウス帝国』からして見れば国際指名手配犯だ。『ユリウス帝国』は、『ゼロ』

に対して全責任を負わされる事を恐れている。それを逃れる為には、君達の“協力”が不可欠

なはずだ」

 

 重々しい声の原長官。

 

「ええ、分かっています」

 

「ここが、エレベーターです」

 

 そう言ったのは、ドレイク大統領の補佐官でグランドという男。あの髪の禿げ上がった小柄な

男だ。

 

 そして目の前には、この歴史を匂わせる建築物とは不釣合いな重厚な扉を持つエレベーター

があった。ドレイク大統領をはじめとし、シークレットサービスの者達がその前に立っている。

 

「地下シェルターですか?」

 

 原長官が尋ねた。

 

「ああ、核攻撃にも耐えられるように設計されている。我々として見れば、もはや『ゼロ』は核弾

頭と同じと見なせるのでね」

 

「正しいご判断です」

 

 原長官がそう言った時、エレベーターの扉が開いた。

 

 エレベーターの中に次々と乗り込む一行。合計で15人の人間がエレベーターの中に乗り込

んだが、それでもまだ室内は広かった。

 

 エレベーターは下へ下へと降りていく。さっきまでいた場所は7階だったが、エレベーターの降

りて行く長さはそれよりもずっと長い。

 

 長い時間の後、エレベーターは停止した。扉はすぐに開く。

 

 開いた扉の先には、打ちっ放しのコンクリートで固められた、吹き抜けがあった。吹き抜けと

言っても、そこは大きな空間になっている。規模はさながら工場の倉庫のようなものがあった

が、人々が忙しなく行き交い、幾つかのブロックに分けるよう、仕切りがされてあった。

 

 ここにいる人々は、ファイルを持ち、デスクに向かっている。オフィスのよう。とも言えるかもし

れない。だがここにある緊張感は、日常的には体感できないものだ。

 

 吹き抜けの上部の空間には、幾つもの画面が現れている。証券取引所のように、データが

川のように流れていくものなどは、一般企業などでも見受けられるものだが、最も目立つ所に

ある巨大な画面には、大きな世界地図が表示されている。そしてその表示画面には、『NK』の

現在の模様を映し出しているニュースも一緒に流れていた。

 

 ニュースで映し出されているのは、《クリフト島》。避難活動の模様を示している。この『タレス

公国』の番組のようだ。

 

「ハラ長官と『SVO』の方々を、作戦本部に案内しろ。すぐに会議を開く」

 

 ドレイク大統領は、補佐官にそのように言いながら、素早くエレベーターから続く通路を歩き

出した。

 

「かしこまりました。皆様、こちらです」

 

 補佐官に案内され、『SVO』の8人と原長官は大統領の後を歩き出した。

 

「『ゼロ』対策本部か、大したものだ」

 

 周囲の光景を見回しながら、原長官が言った。

 

「これほどの体制で彼を追っているって、どうして言ってくれなかったんです?オレはてっきり、

たった8人で奴を追わなければならないのかって思ったから、無謀だって思ったんですよ」

 

 浩が原長官に言った。

 

「いいや、こんな本部が出来たのも、つい昨日の話さ。それまではここにいる者達は『ゼロ』に

ついて全く知らず。ドレイク大統領や私も、『ゼロ』があそこまで危険な存在であるとなど知りも

しなかったのだ。君達だってそうだろう?」

 

「確かに」

 

 そう相槌を打ったのは絵倫だった。

 

 

 

 

 

 

 

 8人と原長官が案内されたのは、周囲をガラス張りにされた会議室で、シェルター内の隅の

方にあった。円卓のテーブルが置かれ、10人以上は中に入る事ができるようになっている。

 

 コンクリートが剥き出しで、飾り気の無い室内はかなり殺風景であった。

 

 8人はテーブルに着き、大統領を初めとする、会議参加者が現れるのを待った。その中には

いかめしい顔つきの軍の高官もいたし、スーツ姿の政府官僚もいた。

 

 おそらく『タレス公国』の防衛を指揮している者達が、一同に会しているのだろう。会議は20

人程度。小規模なもので行われた。

 

「諸君。お待たせした。これより、『ゼロ』と呼ばれる存在に対しての対策会議を開きたい。最初

に紹介しておこう、ここにいる方々が、『NK』のハラ・リュウサク防衛庁長官と、『SVO』と呼ば

れる組織のメンバー達だ。彼らについての詳細は、配られた資料を参考にしてくれたまえ」

 

 ドレイク大統領の補佐官が、素早く会議を指揮した。

 

「我々が今までに調査した結果により、今回の『NK』を襲った惨事については、その原因は

『ゼロ』であると断定した。これからの被害予測については、国家情報局のプラント君から報告

がある」

 

 そう大統領に言われ、一人の男がファイルを片手に、重々しい表情のまま立ち上がった。

 

「与えられたデータと、ハラ長官から寄せられた情報を元に、このまま『ゼロ』の行方を我々が

全く推測する事ができず、彼の『力』が全く衰えないまま破壊行為が行われた場合を想定しまし

た。

 

 『ゼロ』が、核爆弾と同等のエネルギーを吸収し、その度、放出していくものとします。その場

合、およそ5日おきに、一つの大都市が壊滅させられるという計算になります。これは、最低で

も人口100万人の都市を想定したものであり」

 

「5日おきに、100万人の死者が出る?」

 

 誰かが言葉を遮って言った。

 

「それでも、あくまで最低の数値です。今回の『NK』では1000万人以上の死者が出ると見積

もられています。世界には、同じ規模の都市が、ここ《プロタゴラス》を初めとして多数あり、そ

のような場所で『ゼロ』が爆発を起こした場合、同じ数の死者が出るのは必然と考えられていま

す」

 

「世界の終わりだ!」

 

 誰かが再び遮った。

 

「状況はこの場にいた皆が理解できた。だが、だからといって、人類絶滅に備えよとは言わん」

 

 冷静な口調でドレイク大統領は、にわかにざわつき始めた場をまとめ出した。

 

「このような事態になった以上、『ゼロ』をこの世から消し去る以外に、危機を脱する方法は無

い」

 

「しかし、今までの情報から推測するに、『ゼロ』という存在は、我々の常識を遥かに上回った

存在です。そんな者を一体どうやって捕らえようと言うのです?」

 

 軍の高官らしい男が、素早く大統領に反論した。

 

「『ユリウス帝国』の作戦は、失敗した。巨大戦艦に搭載されている、高威力原子砲というもの

で『ゼロ』を消し去るというのも、逆に奴に取り込まれてしまい、むしろ逆手に取られた。奴はた

だの動物などではない。我々人類が持つ兵器を、逆に自分が利用する事ができてしまうらし

い」

 

 と、ドレイク大統領。

 

「我々の持つ兵器を逆に利用されるんだったら、どうしようもないじゃあないですか!」

 

 誰かが喚き立てた。

 

「いいや手はある。だから、『NK』のハラ長官と『SVO』の方々に来ていただいたのだ。『SVO』

の方々とは、『ゼロ』が『力』を引き出された実験に、彼と共に参加していた者達だ」

 

 会議室にいる一同の視線が、8人の方へと向けられた。一斉に向けられた視線に、思わず

押し倒されそうになる。

 

「『ゼロ』のいる場所を、彼らは感じる事ができる。『ゼロ』の居場所さえ分かれば、我々にも打

つ手はある」

 

「しかし、それだけでは」

 

 またしても軍の高官らしい者が言った。

 

「次に重要なのは、『ゼロ』の目的だよ。彼が何の為に破壊行為を伴う行動をしているのか、そ

れを見極めなければね」

 

 そう言ったのは原長官だった。彼はドレイク大統領の傍らに座り、事の成り行きを見守ってい

るかのようだったが、ここで初めて言葉を発した。

 

「目的、というと?」

 

「『ゼロ』のあの強大な『力』は、あくまで外部から吸収したものだ。彼は『力』を吸収する事で姿

さえも変える事ができてしまう。そして、破壊のエネルギーにさえも変える事ができる。『NK』を

襲ったあの高威力原子砲は、『ゼロ』自体が弾となったものなのだ」

 

 質問にハラ長官がタレス語で答えた。

 

「そのエネルギーとは具体的にどんなものを差すのですか?」

 

「『ユリウス帝国』の高威力原子砲は、核エネルギーを使っていた。その手のエネルギーは全て

危険だという事だな」

 

「国内の原子力発電施設の警戒態勢を強めろ。これは各国にもすぐに伝えるんだ」

 

 原長官の答えに、ドレイク大統領はすぐさま指示を出す。また会議室の中が、再びにわかに

騒がしくなった。

 

「だが何よりも重要なのは、『ゼロ』は『SVO』の8人に強い関心を抱いているという事だ。彼ら

行くところ、必ず『ゼロ』が現れるそうだ」

 

 騒がしくなった会議室の中の注意を、自分の話に向けるかのような話題で、原長官は話を続

けた。

 

「それはどういう事ですか?」

 

 誰かが原長官に尋ねた。

 

「同じ実験を受け、同じ『力』の引き出され方をした彼らだ。おそらく、『力』の部分で同じようなも

のをお互いに持っている。だから、お互いに気配を感じあう事ができる」

 

 『SVO』のメンバーの変わりに原長官が答えた。

 

「感じるとは、どういう事ですか?」

 

 再び誰かが尋ねてくる。

 

「どのように感じるのだとか、そのような事は、説明しても理解なさるのは難しいと思います。大

事なのはわたし達は、『ゼロ』が危険な状態にある時、その『力』を感じる事ができるという事な

のです」

 

 今度は絵倫が答えた。彼女は手馴れたタレス語の正確な発音で説明する。

 

「危険な状態にある時?」

 

「いつも感じているわけではないそうだ」

 

 ドレイク大統領が答えた。そして彼は、会議室の最も目立つ所で、会議の参加者全員の方を

見回す。

 

「とにかく、状況がどうあれ、『SVO』の方々の協力は不可欠という事だ。現に、彼らは『ゼロ』

に遭遇した唯一の人間でもある。そして、危険も察知できる。『ゼロ』発見の協力者になってく

れるそうだ。

 

彼らは、我々に情報を与えてくれた。だから今度は、我々が彼らに情報を与えるべきだと思う」

 

「情報?情報とは?」

 

 意外そうに原長官が尋ねた。

 

「我々サイドで集めた。非常に貴重な情報だ。つい先日、手に入れたばかりで、リュウサク。君

にはまだ伝えていなかった事だが。フランクリン。頼む」

 

 ドレイク大統領に言われ、フランクリンと呼ばれたスーツ姿の背の高い男は、資料を片手に

立ち上がった。

 

「60年前に行われた『ゼロ』及び、『SVO』の方々への人体実験のプロジェクトの責任者が判

明しました。

 

名前は、ダイジロウ・コンドウ。あのヒロマサ・コンドウの祖父に当たります」

 

「何!」

 

 隆文が思わず驚いた。

 

「何だって?」

 

 言葉を聞き取れなかったらしい浩が尋ねるが、話は先へと進んだ。

 

「あの近藤の祖父が、彼らを、『ゼロ』と『SVO』の8人を実験に扱っていたというのかね?60

年以上も前に?」

 

 原長官が驚きも露に言った。彼も全くこの事は知らなかったのだろう。

 

「近藤は、5年前に俺達が発見された時のプロジェクトの責任者でもある。つまり奴は、祖父の

研究を引き継いだって事なのか?」

 

 と、隆文も驚きを隠せられない。

 

「しかも記録によれば、コンドウの祖父は大戦を生き延びています。なぜならば、彼が大戦中

にいたという記録が、彼が教鞭を持っていた大学に残っていましたから。その大学は、ツナミチ

大学」

 

 フランクリンという男は話を続けた。

 

「《綱道地方》は、『紅来国』の中でも戦火に巻き込まれなかった地方だ。もしかしたら、研究記

録が残っているかもしれん。君達や『ゼロ』の」

 

 原長官はすぐにも落ち着きを取り戻しだし、頭の中では対策を練り始めているようだ。

 

「なるほど、ツナミチ地方か。そこに『ゼロ』の手がかりがあるかもしれない。そう言う事だな」

 

 ドレイク大統領が、原長官と『SVO』の方を見て言って来た。

 

「その研究記録があるとすると、『ゼロ』の手がかりだけではない、わたし達の記録もある。とい

う事は、実験を受ける前のわたし達の事も分かるという事」

 

 静かに、独り言のように絵倫が言った。

 

「そういう事だ。どうやら大統領、手がかりは、旧『NK』国である、『紅来国』の綱道大学にある

ようです」

 

 と、原長官。

 

「なるほど、全てが始まった場所に答えがあるかもしれないというわけか。『紅来国』だな。すぐ

に調査団の準備を始めよう」

 

「だ、大統領」

 

 ドレイク大統領の喋りの中に割り込む、自信なさげなタレス語の声。

 

「何だね?ワタナベ君?」

 

「ど、どうか、その調査団と言うのは、俺達にやらせて下さい。『ゼロ』の過去を知るって事は、

俺達の過去を知るって事ですから。是非とも自分らで知りたいんです」

 

 と、会議室の中の皆が見守る中で、隆文は言うのだった。

 

「しかし君達には、『ゼロ』の居場所を探るという大事な仕事がある」

 

 そう言ったのは原長官だ。

 

「それは」

 

 隆文は答えに戸惑う。だがそこに、絵倫の姿が割り入った。

 

「『ゼロ』の事を知らなければ、彼の居場所を探っても何もできないと思います。まずは、彼の

事を知らなければなりません」

 

 彼女はドレイク大統領の方に向かい、正確な発音のタレス語で言った。

 

 すると、大統領は原長官の方を向き、

 

「リュウサク。彼らは『能力者』だ。『ゼロ』の事については、彼らが一番良く理解できると思う。

『能力者』であり、『ゼロ』に最も通じている彼らにこの仕事を任せるのは、最も適任だと私は思

うのだがね…?」

 

「大統領、確かにあなたの言う通りです。しかし、『ゼロ』の事もあります。全員が全員、『紅来

国』に行くべきではないでしょう。せめて何人かは、少なくとも『SVO』の内、半数はこの場に残

していかないと」

 

 原長官は言った。

 

「それもそうだ。8人の半数、4人が残り。残りの4人が向かう。行く人間は、君達だけで決めた

まえ」

 

「は、はい」

 

 大統領に言われ、隆文は慌てて返事をした。

 

「それから、『力』に関する研究を行っている調査員と護衛を同行させる。出発は明日にも可能

だ」

 

「明日、とは、随分と準備がよろしいですな? 大統領」

 

 そう言ったのは原長官だ。

 

「世界の命運がかかっている。当然の行動だ」

 

 大統領は原長官に素早く答えると、全員の方に向き直った。

 

「よし、これで、今後の行動は決まったな、『紅来国』には調査部隊を派遣させる。この場では、

『SVO』の残った4人の方々の言う事には従え。関係各国にも伝えろ、もし紫色の異常な光を

目撃したら、すぐにも伝えてくるようにと、そして、万が一、被害が起った場合に備え、危機管理

体制を敷き、国連衛生保健局も待機させろ。放射能汚染と被爆者の対応に備えるのだ」

 

「はい」

 

 ドレイク大統領は素早くその場を仕切り、その場にいた皆もすぐに行動を開始した。

 

「ドレイク大統領」

 

 会議が終わって、まだにわかに騒がしい室内で、席に座ったままの原長官がこっそりと言っ

た。

 

「私の方から大統領に、内密にお話したい事があるのですが、お時間を頂けないでしょうか?」

 

 ドレイク大統領は、そんな原長官の姿を見下ろしながら、

 

「大事な話かね?」

 

「それはもう」

 

「では、皆が出て行ったら、この場でその話を聞こう」

「私と、『SVO』の8人の、恩赦を認めて頂きたいのですよ、大統領」

 

 ドレイク大統領と彼の補佐官、そして『SVO』のメンバー8人だけになった会議室で、原長官

は大統領に頼み込んでいた。

 

「恩赦か。君達の身柄は我が国で保護するつもりだがね?」

 

 大統領は表情も変えずに答える。

 

「保護ではなく、国際指名手配をされている彼らと、私について正式な恩赦を認めて頂きたい

のです」

 

「そうか恩赦か。だが、『SVO』の者達は『ユリウス帝国』では犯罪者という事になっているだろ

う?それの罪について我が国が恩赦を出すというのは難しい事だ。リュウサク。君の罪につい

ての恩赦ならば保証したはずだがね」

 

「私ではなく、『SVO』の者達についての恩赦です。このあなたのお力で、国際指名手配だけで

も解除して頂けると、助かるのですが…」

 

「難しい事だ…」

 

 原長官の頼み込みも、ドレイク大統領の表情の前に遮られてしまう。

 

「彼らは、『ゼロ』の事に対して最大限の協力をする気でいます。この世界の危機に、大統領と

しましても、必ず見返りが来るものと思われますが?」

 

 再度頼む原長官に、ドレイク大統領は考えを巡らせたようだった。

 

 十数秒ほどの間の後、大統領は、これまでとは違う視線を、原長官の方へと向けた。

 

「君達が今まで任務上で犯したことについての恩赦を、可能な限りで認めよう。それと、『ユリウ

ス帝国』、そして『ゼロ』についての情報を交換したい」

 

 ドレイク大統領が8人に言った。

 

「中には国際法に触れることもあります」

 

 と原長官。

 

「可能な限りだ。あくまで。だが、それで満足できないのならば、他に何か望みがあれば可能な

範囲で認めよう」

 

 『SVO』の8人を見回して、大統領は言った。

 

 だが、誰も何も答えようとはしない。

 

「どうだ?君達は重要な仕事をする。君達以外ではできない仕事だ。それとの交換条件で遠慮

する事など、無いと思うが? 恩赦は難しいが、報酬ならば簡単な事だ」

 

 すると、浩がたどたどしい『タレス語』で言うのだった。

 

「ああ、その、オレ、ギャンブルでかなりの借金が」

 

 彼がそのように言うと、絵倫などは呆れ返ったような顔で彼を見るのだった。

 

「あんたねえ、そんな個人的な望みが叶うとでも思っているの?」

 

「だ、だってよ。可能な範囲の望みだろ?特別ボーナスをくれるのと同じだって」

 

「いいだろう。そのくらいなら工面しよう」

 

 当然の事を答えるかのように大統領は言った。

 

「良いのですか?大統領?」

 

 そう尋ねたのは原長官だった。

 

「構わん。そのくらいだったらな。但し、それは、借金の返済を代行するのではなく、君への報

酬として支払うものとする。それで良いかね?」

 

「ええ、もちろんです」

 

 浩は、嬉しいのだか良く分からないような表情でそう答えた。

 

「他には無いかね?全員の望みを叶えるくらいはできるぞ」

 

 大統領は再び全員の顔を見つつ尋ねてくる。すると、少し調子に乗った浩が一博の背中に耳

打ちした。

 

「おい井原、あれ頼んじまえよ。お前、新車欲しがっていただろう? 新車」

 

「そ、そんな事、頼んでいいわけないだろ!」

 

 一博はそんな浩を慌てて制止しようとする。

 

「登もよォ…、同じだろ? お前もマンションが欲しかったっけなあ…。海岸沿いの見晴らしの

良い場所だ」

 

 その浩に対し、登は何も言わなかった。

 

「は、はは…」

 

 そんなやりとりも、しっかりと変わらぬ表情のまま見ていたドレイク大統領に、浩は思わず愛

想笑いをするしかなかった。

 

「カズヒロ・イハラには、車を、ノボル・フナキには、マンションを報酬としてやって下さい」

 

 だが変わりに、真面目な態度で原長官は、大統領に言った。

 

「そうか?そんな願いで良いのか?もちろんそれくらいならば、用意をする事はできるが。君達

は、世界を救い、もしかしたら命を失いかけない任務をするかもしれないのだぞ?その報酬

だ。それ相応のものを払う義務が我々にはある」

 

 ドレイク大統領は、至って真剣で冷静だった。しかしメンバーを代表して隆文は、

 

「危険な任務なら慣れています。俺達は今まで何度も、一歩間違えたら死ぬかのような状況に

直面して来ました。それに、元々俺達はこの時代の人間じゃあない、俺達は5年前からこの時

代の住民になったってだけで、本来は60年も前の人間なんです。そんな俺達の望みなんて、

大したものはありませんよ。

 

 と言う事ですので、俺の望みは、全員の税金の免除をお願いします。『NK』と、保護をなさっ

てくれるこの国に滞在している間の」

 

 今度ばかりははっきりとしたタレス語でそう言った。

 

「良いだろう」

 

「それとですね、あと」

 

「何だね?」

 

「俺の個人的な望みとしては、ヨットを一台。あと、停泊できる港も用意してくれると嬉しいです」

 

 

 

 

 

 

 

 『SVO』のメンバー8人は、『タレス公国』にいる間滞在するというホテルへと案内されて行っ

た。原長官はと言うと、ドレイク大統領と共に会議室を出て、彼の執務室へと向かっていた。

 

 執務室に到着し、大統領が落ち着いた席へと座ると、彼は原長官に話しかけてくる。

 

「見た目は、普通も若者と変わらないようだな?リュウサク。願いと言うのもささやかなもの。

我々としては報酬として払うものだけで安心したよ。彼らには本当に、家族もいないのかね?」

 

「ええ、そうです大統領。しかし『力』の部分に関しては特出したものを持っています。おそらく、

『ゼロ』に次いで稀に見るほどのものです」

 

「そうか。それは頼もしいな。だがな、リュウサク。随分と上手いじゃあないか?」

 

「と、申し上げますと?」

 

 原長官は、ドレイク大統領の変わりかけた口調を疑った。

 

「グランドから私は聞いている。君は見返りを求めていると、私に伝えるよう彼に言った事を。

『ゼロ』を見つける代わりに、自分達の恩赦が手に入る。君の望んでいた展開になったのでは

ないのかね?」

 

「当然の事をしたまでです、大統領」

 

「我々と対等な立場に立つ。つまり、いいように利用されないという為さ」

 

 原長官は黙って相手の表情を見た。大統領は、感情や思惑を顔に出そうとはせず、あくまで

無表情を保っている。

 

 しばらくの無言が続いた。だが、大統領はすぐにその場の空気を切り裂いた。

 

「だがそんな事を詮索しても、今は全くの無駄と言うわけだ。リュウサク。君は、『NK』の難民救

助の仕事を手伝ってくれると有難い」

 

「はい」

 

 原長官はそれだけ答えると、ドレイク大統領の執務室から出て行こうとする。しかし、扉のほ

んの寸前で彼は足を止めた。

 

「大統領」

 

 彼には背を向けたまま、原長官は話し出した。

 

「何だね?」

 

「もし、あなたのおっしゃる通りでしたら、私は『SVO』のあの者達の為に、あなたに頼み込んだ

のです。決して私利私欲が目的ではありません。私は彼らを利用し、そして『ゼロ』の事件に巻

き込んで来たのは事実。その責任があります」

 

 そのように言い残し、原長官は大統領の執務室から出て行った。

 

 ドレイク大統領は、そんな彼の後ろ姿を黙って見ていた。

 

ゴールデンバーグホテル プロタゴラス市内

 

8:42 P.M.

 

 

 

 

 

 

 

 『SVO』の8人は原長官と別れ、政府所有の車で案内されるがままに、《プロタゴラス》市内の

一流ホテルへと案内されていた。

 

 一人一部屋が与えられたものの、その部屋の大きさは、8人が同じ部屋にいてもまだ広々と

して見えるほどのもの。室内のインテリアや家具などは、高級そうなものばかりだ。スイートル

ームは広すぎるので、案内されたのは一般客室だったが、それでも大きい。普段、このような

部屋に泊まった事も無い彼らは、それだけで戸惑っていた。

 

 今では、リーダーである隆文の部屋に全員が集まっている。

 

「ねえ?いいのかな?あたし達、こんなホテルに泊まっちゃってさ」

 

 広い部屋のソファーに身を埋め、天井にぶら下がっている豪華なシャンデリアを眺めながら、

沙恵が言い出した。

 

「別に、遠慮する事は無いわよ。わたし達はこの国とその同盟国に協力するのよ?」

 

 そう言ったのは絵倫。運ばれてきた飲み物を堂々と口にしている。

 

「ううん。そうじゃあなくって。ほら、この国の大統領とか、その人達は、『ゼロ』の危険さを知っ

ているでしょう?」

 

 沙恵の方は、その運ばれてきた飲み物にさえ、口を付けられずにいた。

 

「だから、こんなホテルに滞在させてしまっていいのかって事だろ?俺達は重要な存在だ。も

し、このホテルの滞在時に、『ゼロ』が襲撃して来たらって心配をしているのか…?」

 

 言葉を探しながら喋っている沙恵に、隆文が尋ねた。

 

「多分、心配無いと思うぜ。ここは政府のお墨付きホテルって事だろ?だから、地下にはシェル

ターがあって、多分、あの対策本部と通じている」

 

 窓から隆文は街の様子を眺め、議事堂の建物を見つけて指を差す。

 

「良く分かるな?先輩」

 

 普通では少し大きい、しかし彼にとっては丁度良いサイズのソファーに座る浩が尋ねた。

 

「この『タレス公国』ってのは、大分昔に、東西分かれて、共産主義と資本主義で争っていた

時、核戦争を警戒していたんだ。その時に地下シェルターってのがそこら中に掘られた。この

《プロタゴラス》って街は、そこら中にシェルターがあるって事で有名な街なんだぜ。核が飛んで

来るって情報が入れば、どこにいてもシェルターに逃げ込める」

 

 街の夜景の中には、一際目立つ議事堂の建物が灯りに照らされていた。

 

「なるほど、先輩の言う通りかもしれないな。こうして見ると、あの議事堂の建物とこのホテルは

結構近い」

 

 そう一博が、隆文と同じく窓の外を眺めて言った。

 

「さてとだ。そろそろ話し合わないとな」

 

 隆文は、メンバー達が一同に集結しているソファーテーブルの周りにやって来る。ガラスでで

きたテーブルの上には、大統領の補佐官から渡された資料が散らばっていた。皆がそれを何

回も見ていた。

 

「この資料は穴が開くほど見たわ。でも、《綱道大学》に研究資料が、本当に残っているのかっ

て事の方が重要ね?」

 

 と、絵倫が、一枚の紙を指の上で軽く扱いながら言った。

 

「そりゃあそうだ。近藤大次郎が、ほとんど持って行っちまったかもしれないのにな?」

 

 そう浩が言った。

 

「だが、行ってみる価値はあると俺は思うがな」

 

 浩の投げやりな態度を見て、太一が反論した。

 

「そうだよ。まだ何か残っているかもしれないし、何より、行かないわけにもいかないと思う。こ

れは手がかりだよ」

 

 香奈も一緒になって言う。

 

「オレは『ゼロ』の事の方が心配だぜ。奴の事を放っぽっておいて、わざわざ、今となっちゃあ

誰も住んでいないような、ど田舎には行きたくねえ」

 

 浩が更に反論した。

 

「だったら、浩はこの街に残る組ってわけだな。確かに事の重要さにかけては『ゼロ』の方が上

だ。《綱道》に行くのは、あくまであるかもしれない手がかりを探す為なんだからな」

 

 隆文は言った。彼はテーブルの上に置かれたコンピュータデッキを操作し、《綱道地方》の地

図をテーブル上に表示していた。

 

「しかし、そこにある情報も、見て見ぬフリはできないモノってわけだ」

 

「《綱道地方》、12月の平均気温は0℃か」

 

 資料を見た絵倫が呟いた。その彼女の表情を隆文が伺った。

 

「それが、どうかしたか?絵倫?」

 

「わたしも、やめておこうかしらね。『ゼロ』の方が気になるわ。それに、手に入れた情報なんて

ものは、後から聞けばいいだけなんだから」

 

 静かな声で絵倫は言うのだった。

 

「そうか、絵倫。そう思うんだったら、ここに残ってくれ。《綱道》に行きたいのはどのくらいい

る?そっちから決めよう」

 

 隆文が仲間達に尋ねる。すると、香奈、一博、登、沙恵が順々に手を上げていった。

 

「リーダーに質問!」

 

 沙恵が手を上げながら言った。

 

「すぐ帰って来れるのかな?」

 

「すぐ帰って来れるかどうかなんてものは、俺にも分からない。近藤の研究記録を見つけなけ

ればならないしな。だが、『ゼロ』の事もある。そんなに長い時間は取らないと思う。必要なのは

情報だ」

 

 隆文はそんな沙恵に答えるのだった。

 

「じゃあ《綱道》に行くのは、香奈に井原に登、沙恵でいいか?大統領には最低でも半分はこの

街に残しておくように言われていた。だから、これ以上は行けないけどな」

 

 隆文は言葉を続け、仲間達の顔を見回した。

 

「わたしと西沢は、決まったのよ。あとはあなたと太一が残るって決めるだけよ」

 

 絵倫が鋭く指摘した。

 

「俺は、どっちでも構わないんだがな。後は太一だけってわけだ」

 

 隆文は、彼と向かいのソファーに静かに座っている太一の表情を伺った。

 

「あんたの指示に従う」

 

 彼はそれだけの言葉を発したが、すでに心の内は決まっていたのだと、隆文は悟った。

 

「そうか、分かった。この国には、俺と絵倫と、太一に西沢が残る。井原達は、《綱道》へ行って

くれ。どっちも重要な任務になるだろうと、俺は思っている。『ゼロ』についても、これからの俺達

についても、大きな展開になるだろうってな」

 

 そう言う隆文の方を、残りの7人のメンバーは黙って見ていた。

 

「それにしても」

 

 皆が隆文の方を注目する中、一人、絵倫は呟いていた。

 

「どうした絵倫?」

 

「《綱道》に行くって言う話からは変えさせてもらうけど、

 

 さっきまでのあの原長官の態度、少し変わっていたと思わない?妙によそよそしくて、まるで

あの大統領の顔色を伺っているかのようだったわ」

 

「言われてみれば、そうだったかもしれないな」

 

 隆文は思い出すような仕草をして言った。

 

「かもしれない、じゃあなくって、明らかにおかしかったわよ。あの原長官の態度といったら。指

名手配から解放されて、ようやく協力者に会えた。それなら普通、もっとほっとしたような態度を

取るわ。でも、そうじゃあなかった」

 

 と、絵倫はまるで怒ったかのように言うのだった。

 

「確かに、普通じゃあなかったよね?」

 

 沙恵が呟くように言った。

 

「だったら、どうだって言うんだい?先輩?」

 

 そう言ったのは一博で、

 

「安心はできない。たとえ、この『タレス公国』にいたとしても。それは俺にも分かっていたさ」

 

 独り言のように言うのは登だった。彼の言葉は、確かに独り言のような大きさの声ではあった

が、その場にいた皆が黙り込んでしまう。

 

 少しの後、その静寂を浩がかき分けた。

 

「皆よォ。考え過ぎなんじゃあねえのか?今、オレ達は『ゼロ』の野郎をぶっ倒す。それだけだ

ぜ。他がどうだとかそんな事はどうだっていい。そうじゃあねえのか?」

 

 浩は周りにそう言うのだが、

 

「さあ?だけれども、そう上手くも行かない見たいね?原長官が大統領に交換条件を持ち出し

たりしている所を見ると、一つの国を味方につけた事で、問題はより一層、難しくなってしまった

みたいだわ」

 

 絵倫はそのように言うばかりだった。

 

「けッ。皆、さっさと眼を覚ましやがれってんだ。何をくだらねえ問題なんて持ち出しやがって!」

 

 浩は吐き捨てる。だが、そんな彼を見かねたかのように隆文は立ち上がった。

 

「ああ。そんなのは小さな問題、だぜ。俺達の真の目的に比べれば、塵の一粒にしか過ぎない

問題だ。だがもしかしたら、何かしらの妨害工作があるかもしれない」

 

「妨害工作って」

 

 香奈は呟く。

 

「あの大統領が、って言うわけじゃあない。ただ、あの会議室には、大統領の行動を快く思わな

い連中がいたように俺には見えた。何でかは知らないけどな。だが、あくまでそんな奴らの妨

害工作なんかがあったとしても、俺達には関係ない。二つの任務を果たすだけだ。《綱道地方》

に行って、『ゼロ』の情報を探すのと、『ゼロ』の奴を待ち構える。それだけだ」

 

「そして、あんたはヨットを手に入れるってわけだ」

 

 浩が冗談交じりに言った。

 

「ああ、まあ、そう言う事だな。ただ、誤解しないでくれよ?税金の免除を頼み込んだのは、『N

K』って国の連中はただ利用され放しじゃあないって事を、はっきりと言ったって事なんだから

な」

 

 隆文はそう言うと、ソファーの上に再び座った。

 

「全く、やれやれね」

 

 と、隆文がソファーの上に座るのと同時に、ため息交じりに絵倫が言った。

 

「どうした絵倫?」

 

 そんな彼女に隆文が尋ねる。

 

「一つの国が味方になってくれたって言うのに、代わりに問題がややっこしくなるなんてね」

 

「まだ、そうと決まったわけじゃあ」

 

 面倒事が嫌な香奈は言った。しかし、その場の空気が彼女の言葉をかき消す。

 

「と、とにかく、出発は明日だ。皆、気を引き締めて行こうぜ」

 

 不穏な空気も覚めやらないまま、隆文はそう言って、その場をまとめるのだった。

 

プロタゴラス空軍基地

 

12月1日 2:18 A.M.

 

 

 

 

 

 

 

「護衛となるシークレットサービスは到着したか?」

 

 電話先の人物が言ってきた。電話に出ている、この基地の最高司令官である将軍は、その

声に凛々しい口調で答える。

 

「只今到着いたしました」

 

「例の者達か?」

 

 その言葉に、将軍は背後を振り返った。

 

 そこには、黒服と黒眼鏡に身を包んだ者達が並んでいる。彼らは直立不動の姿勢のまま、

室内に立っていた。

 

「はい、その通りです」

 

「明日、『NK』からの客人を迎えるのは彼らだ。いいかね…?」

 

「はい、承知しました」

 

 将軍がそう言うと、電話は唐突に切られた。

 

 《プロタゴラス空軍基地》という、首都からそれほど離れていない場所に位置する空軍基地、

その最高司令官に任命されているのは、初老の叩き上げ軍人だった。彼はその風貌を見ただ

けで、任務を絶対にする軍人気質に溢れている。

 

 と、その室内へ、扉を開け、入ってくる一人の者。将軍は初めその者が、自分の秘書官か誰

かであろうと思った。

 

 しかしそうではなかった。見知らぬ者が、まるで臆する様子も無く、将軍の室内に入って来

る。

 

「だ、誰だ!君は!」

 

 声を上げる将軍をよそに、部屋に入ってきたのは、スーツを来た若い女だった。その女は、

不敵な笑みを浮かべたまま将軍へと一枚のカードを渡した。

 

「政府のエージェント、リアン・ガーウィッチです。よろしく」

 

 将軍に渡されたのは身分証だった。

 

「エ、エージェントだと。どこの組織だ?これには何も書いていないぞ!おい、守衛は何をして

いる?」

 

 警戒心も露に言った。しかし、目の前に現れた女は将軍から身分証を取り戻すと、

 

「私はどこの組織にも所属していない、政府直属のエージェントです。もし、お疑いになられる

のでしたら、大統領にお電話をして頂きませんか?」

 

 リアンという女は態度を崩さずにそう言った。

 

「何、政府の?馬鹿な。私は何も聞いていないのだぞ!」

 

 将軍は、まじまじと目の前の女の姿を見た。

 

 黒いスーツに身を包んだ銀髪の女。眼鏡をかけているその姿は、まだ魅力的とも言える年頃

だ、しかし、エージェントというよりもむしろ、知的な職にふさわしい。体格も頑丈というわけでも

ない。シークレットサービスの者達に比べれば、ただの街中の若い女にしか見えない。

 

「何の用事だ?私は、君が来る事など聞いていない」

 

「私は、明日の『紅来』行きのジェットに同行させて頂く為に来ました」

 

 将軍の質問に、リアンは相手の眼を見て答えた。

 

「君が護衛をするだと?冗談じゃあない!」

 

「護衛ではありません。私は、調査員の一人として同行します」

 

 その言葉の一言に、将軍はどう答えたらよいのか迷ったようだ。

 

「私は最初、大統領から命令を受け、ジェットを用意した。しかし、今ではなぜか別の命令の方

が優先されている。なぜそうなるのか、説明してくれないか?」

 

「それは、知らない方がいいんじゃあありません?」

 

 リアンという女は言った。

 

「何故だ?言わないのならば、ここから追い出す。私は、大統領の出した命令に従う義務があ

る」

 

「そうなのでしたら、なおさらですよ。私の上司は大統領の命令を無視し、独断で行動をしてい

らっしゃる」

 

「それは大統領命令に逆らうという事だぞ!つまり国家反逆罪だ?どういう事か分かっている

のか?」

 

「でしたら、あなたはキャリアと大統領の命令のどちらを優先するのです?私達は別に何も、あ

なたを陥れる為にここに来たんじゃあありません。あなたのキャリアを妬んでいるわけでもな

い。

 

 あなたがする事はただ一つ。いえいえ、する事じゃあなくって、あなたは何もしなくていいんで

すよ。そう私達が明日、ジェットに乗る事に対して、一切の干渉をしない。それだけでいいんで

す」

 

 将軍の部屋を歩き回りつつ、リアンという女は言った。彼女のその態度は、まるで将軍よりも

自分の方が上官であるかのような態度。上品さを装う口調には余裕があった。

 

「だ、大統領命令に逆らうわけにはいかない!例え、お前の上司の申し出だったとしてもだ。私

も軍人だ。お前達をこの場で逮捕してやってもいい!」

 

「ふう、やれやれ」

 

 ため息混じりに呟くリアン。彼女は将軍と目線を合わせて来た。

 

「昨日、聞いた話なんですがねぇ。あなたのすぐ下の立場の方、いらっしゃいましたよね?まだ

若い人です。この基地の司令参謀に当たる方ですよ」

 

 リアンという女は態度を崩さないままに言って来る。

 

「それがどうかしたのか?」

 

「その彼、に話を聞いた所、大統領の命令よりも、政府の命令の方が国益になるし支持者も多

いと言うんですよ。自分になら任せてもらっても、いいと」

 

「だから、それがどうしたというのだ?」

 

「その方がおっしゃるには、あなたは古い人間で、命令だとか、軍人のプライドだとかに固持し

ていて融通が利かないんですって。このように微妙な任務だったら、自分に任せてもらった方

がいいって」

 

 リアンの声は、だんだんと静かに、そして、奇妙な気配を発するようになっていた。彼女の眼

鏡の中の眼光が、鋭く光ったかのように、将軍には見えた事だろう。

 

「こいつを逮捕しろ!」

 

 その気配を察した将軍は、反射的に叫んでいた。

 

 しかし将軍の目の前にいたリアンは、一瞬にしてその視界から消え去る。将軍が気付く間も

なく彼の背後にいた。

 

「だからね、あなたは知らない方がいいって言ったんですよ」

 

 そうリアンが将軍に囁きかけると、彼は、全身から力が抜けたかのようにその場に倒れた。

 

 倒れ、少しも動く事の無い将軍の姿を、リアンと部屋にいるシークレットサービスの面々は黙

って見つめる。

 

「叩き上げ軍人の将軍様、心臓発作でご逝去。明日の新聞にはそう乗るわ」

 

 皮肉交じりにリアンが言った。

 

 その時、見計らっていたかのように、将軍の部屋の扉が開かれる。扉から現れたのは、まだ

若い軍人だった。

 

「おめでとう。これであなたはこの基地の最高司令官よ」

 

 


 
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