No.203687

真説・恋姫演義 ~北朝伝~ 第四章・第五幕

狭乃 狼さん

はいはい、北朝伝、四章・五幕のアップです~。

今回は難産だった~。

思わずラウンジで愚痴るほどにw

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2011-02-25 19:49:59 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:21302   閲覧ユーザー数:15811

 「ちっとばかり、予想外だったな」

 

 「……そうだな」

 

 幽州は遼東郡。その最北端、まもなく長城を望もうかというその地にて。公孫賛と公孫越の姉妹と、李儒、丘力居は、思わぬ事態に遭遇していた。彼女らの背後には、幽州と冀州の連合軍八万が、隊伍を整えて整然と並ぶ。

 

 そして正面。彼女たちから二里(一km)ほど離れた場所に、広く展開しているその軍勢。先頭に掲げられたその旗には『蹋』の字が。

 

 そう、それは蹋頓率いる烏丸の軍勢。その数はざっと見、二十万は居るであろう。

 

 

 これより二日ほど前。

 

 烏丸の単于である丘力居とともに、その烏丸の地へと攻め込むべく、北平の地を悠々と出陣した公孫賛たちは、遼東郡へと入り、そしてさらに北を目指して進軍した。だが、漢土と北方の地を隔てている長城に辿り着こうとしたとき、その長城を向こう側から越えて、蹋頓ら烏丸勢がその姿を見せたのである。

 

 「……まさか、こちら側で遭遇戦になるとは、思いもしていなかったな。……事前の策も何も無い以上、正面から当たる以外に方法は無いな」

 

 「けど姉貴。向こうはどう見ても、こっちの三倍は兵が居るぜ?野戦でこの戦力差は」

 

 「確かにきついのはきついの。……妾たち冀州の兵は、実力が同等以上の者達とは、初めてぶつかるわけだしな」

 

 李儒がその唇を噛みながら、冀州軍の唯一の懸念を、その口にする。

 

 そう。

 

 冀州の兵は、これまで遥かに格下相手の戦しか、経験をしていないのである。黄巾軍しかり、袁紹軍しかり、である。連合戦のときの董卓軍とは、本気で戦ったわけではない。自分たちに死者が出る。そんな戦の経験が、冀州軍には決定的に不足していたのである。

 

 

 

 「とはいえ、じゃ。こやつらにもそろそろ、一刀抜きでも自分たちは精強なのだという事を、いい加減自覚してもらわねばならん。これから先、戦の場がさらに広がれば、一刀が居ない状況というのは自然と増えてくるからな」

 

 それだけの、過酷な修練を積んできておるのだからな、と。李儒は自身の後方に居並ぶ三万の冀州兵を見やる。彼らは、一刀発案の”とある”訓練法により、その一人一人が、並みの兵十人に匹敵する力を身につけている。

 

 だからこそ、先の袁紹軍との戦いでは、相手の兵を一人も”殺さず”に、先頭不能にして勝利するという離れ業が出来たのである。……いずれ、彼らに与えられるであろう、”あの部隊名”に恥じぬ実力を、彼らは既に有していると。李儒はそう信じている。

 

 あとは、彼ら自身に、それを自覚させるだけである。

 

 「……それで、公孫賛よ?向こうとはどうぶつかるつもりじゃ?……まさか、本当に無為無策というわけではあるまい?」

 

 「……本当は、向こうに着いてから、やってみたいと思っていたんだけどな。……丘力居どの。あちらに展開している兵。あれはすべて、蹋頓とやらの子飼いなのか?」

 

 「それはあるまい。きゃつの子飼いはあれの半分も居らんと思うぞ?何しろ、先の乱の折りでさえ、彼奴めは兵の家族を人質にとるなどして、わしに勝ったようなものじゃからな」

 

 そうでなければ、そう簡単にわしが負けなどするものか、と。忌々しそうに、対陣する蹋の旗をにらみつける丘力居。

 

 「……味方に対し、人質をとっての命の強要か。どっかで聞いた話だの」

 

 「……麗羽のことですね。烏丸では、そういうことはよく行われているので?」

 

 「まあ、往々にしてな。北方では、力がすべて、だ。弱き者は強き者に従うしか、生き残る術はないのだ。我らにしても、匈奴にしても、羌にしてもじゃ」

 

 弱肉強食。その摂理の中で、われらは生きてきたのだと。丘力居はそう公孫賛に言葉を返した。

 

 

 

 「……話が少々それたが、そうか、連中は一枚岩じゃない、か。そういうことなら、付け入る隙はありそうだ」

 

 「本当か、白蓮よ?」

 

 「ええ。……丘力居どの。少しばかり、お力を拝借したいが……構わないか?」

 

 「構わん。で?わしは何をすればよい?」

 

 自身の策を丘力居に語ってみせる公孫賛。それを聞いた丘力居が、次第にその顔を喜色に満ちたものへと変えていく。

 

  

 そして、それからわずか後。

 

 河北連合軍と烏丸軍が、その距離を一理ほどにまで縮めて対峙していた。そして、河北勢からは公孫賛と丘力居が。烏丸勢からは蹋頓が。それぞれの軍の正面へと進み出る。

 

 「裏切り者の元・単于よ!我ら同胞を捨てたばかりか、漢人の手先となって己が故郷を攻める、その手助けをするとは!貴様は恥というものを知らぬのか?!」

 

 「それを言うならば貴様とて同じことよ!漢朝の真の思惑にも気づかず、味方の兵の家族を人質にし、その言いなりになって戦を起こす!おのれこそ売国の徒の名にふさわしいわ!」

 

 舌戦の口火を切ったのは蹋頓の方だった。丘力居を、民を捨てた恥さらしの”元”・単于と、痛烈に非難してみせる。しかし丘力居も、もともとの原因は蹋頓であると、彼の言葉にはまったく動じず言い返して見せた。その姿と言葉に、烏丸の者達の一部にざわめきと動揺が起こる。

 

 (ちっ。単于派の兵士どもめ、この程度のことで動揺なんぞしおって。今は俺が単于なのだぞ?!あんな姿だけ若いくそババアでは無く、この蹋頓さまが、だ!)

 

 丘力居を烏丸の地から追いやる。その為に、閉じ込めていた牢の監視をわざと甘くし、逃亡する彼女をあえて見逃した。そして、一刀たちにその追撃を邪魔されたのを好機とばかりに、まんまと彼女の地位を奪って、念願だった単于の座に座った。

 

 しかし、それでもいまだに、彼女を慕うものが烏丸の者達の中には多く、蹋頓は完全には一族を制することができずにいた。一族の悲願である筈の、北部三族-烏丸、匈奴、羌-の統一は、今という機を逃しては、再び遠い彼方のものとなってしまう。だからこそ、漢の朝廷からの援助が途切れないよう、その依頼は聞き続ける必要があるのに。

 

 今、彼の目の前にいるこの女は、それは漢朝の計略だという。そんなことがある筈があるものかと。彼はそう思っていた。漢のみに限らず、これまでの王朝も、そして他の、北方に面する諸侯も、自分達を恐れて常にご機嫌取りをしてきたような、腰抜け揃いではないか。

 

 蹋頓はその事を、自身の視界の中にいる、漢人四人のみならず、おのれの兵達にも言い聞かせるように、声を大にして語った。

 

 それに対し、公孫賛と丘力居の後ろに居た仮面の人物が、二人の後ろでこう呟いた。

 

 

 

 「……なるほど。だから一刀のやつは、あえて危難の道を選んだわけか」

 

 「命様?」

 

 「李儒どの?」

 

 公孫賛と丘力居の間を割り、その人物-李儒が蹋頓の前へと進み出る。

 

 「な、何だ、貴様は?!」

 

 「わが名は李儒。”天の御遣い”、北郷一刀が配下の者だ。蹋頓とやら、確かにおぬしの言うとおり、一部の例外を除けば、漢土の朝廷はおぬしらを恐れてきた。じゃがそれは、それを率いる頭目-時の単于らが優れた者であったからよ。じゃが、ぬしのような小物が単于では、烏丸といえど恐ろしいことなど何も無いわい」

 

 「な!何だと?!この俺が、小物、だと?!」

 

 「そうじゃ、小物じゃ。目先の餌に釣られて走るしか芸の無い、駄馬以下じゃ。それが証拠に、ほれ見よ」

 

 つい、と。李儒は蹋頓のその背後を指して見せる。その指先が指し示す、自身のその背後に視線をやる蹋頓の視界に、(彼からしてみれば)信じられない光景が見られた。

 

 「な!何故だ!?貴様等、何故逃げる!?何故北の地へ戻っていくのだ!?」

 

 そう。

 

 蹋頓の背後に居た烏丸の兵士たち。その半数以上が、彼の許しなく、勝手に隊を離脱し、北の自分たちの故郷へと、撤退を開始していたのである。何故、突然に。蹋頓を始め、残った蹋頓派の烏丸軍の誰しもが、彼らのその行動を理解できなった。

 

 

 それは、たった一人の兵士が、たった一通の手紙を、舌戦の間にこっそりと、彼らの中に紛れ込んで、丘力居派の、ある一人の兵士に渡した。

 

 『故郷の家族は、おぬし等が戻れば助かる。おぬし等がほうほうの体で”逃げ帰れば”、人質を監視するものたちも、蹋頓の”敗北”を知るであろう。そしておぬし等がこの地を離れれば、蹋頓はこの地にて最後を迎える。このわしの手によって。単于』

 

 以上の内容の手紙を、である。

 

 公孫賛が事前に、丘力居に書いてもらったその手紙。それを、舌戦が行われているその隙に、烏丸兵に偽装させた兵を一人、左翼に広がる森を通らせて、彼らの背後へと回りこませて、単于派の兵の一人に手渡した。無論、字の読める者をあらかじめ、丘力居から教えてもらって。

 

 その結果が、こうして現れた。

 

 ほとんど強引に単于の地位に就いた蹋頓。その彼を、簒奪者としか見ていない者たちが、本当の単于である丘力居の手紙を信じた。

 

 それだけのことで、蹋頓率いる烏丸勢は、その数を河北軍とほぼ同数にまで減少させたのであった。

 

 

 

 「どうじゃ、蹋頓よ。和睦に応じぬか?無駄に血を流すことなど、必要はあるまい。……とはいえ、貴様のその首だけは、落とさぬわけにはいかぬがな」

 

 蹋頓に対し、その命と引き換えに和睦をと、そう持ちかける丘力居。だが、

 

 「……和睦、だと?この俺の首と引き換えに?ふざけるでないわ!たとえ兵が半数以下に減ったとしても、俺の子飼いである、精強なこいつらが残っている!和睦などありえんわ!」

 

 「……仕方無い。公孫賛よ、あれの首はわしが落とす。助力を、頼む」

 

 「心得た。命さま、水蓮。軍の展開を」

 

 『応!!』

  

 公孫賛の指示を受け、それぞれの陣へと急ぐ李儒と公孫越。そして、公孫賛がその腰の剣を抜き放ち、天に向けて高々と掲げた。

 

 「全軍、抜刀せよ!河北の興亡、この一戦にあり!意気を上げろ!勇気を奮え!そしてその手に勝利を掴め!全軍……突撃ぃーーーーーっっっ!!」

 

 うおおおおおおおっっっっっ!!

 

 

 「蹋頓!そこを動くな!お前のそっ首、単于たるわしの手で落としてくれる!」

 

 「やかましいわ、このくそババア!返り討ちにしてくれる!」

 

 『おうりゃああああっっっっ!!』

 

 時は正午。

 

 河北連合軍八万対、烏丸軍八万五千。

 

 その激闘の幕は、ついに切って落とされた。

 

 

 

 戦が始まると同時に、一騎打ちを始めた丘力居と蹋頓のすぐ横を、公孫賛率いる白馬義従二万が駆け抜け、後方の烏丸兵達に突撃を敢行した。二人の一騎打ちを邪魔させないためである。それと同時に、公孫越の兵三万が左翼へと動き、一斉に矢を射掛ける。そして、李儒が率いる北郷軍3万は右翼に兵を動かす。そのうち半数が”雷弩”を手に烏丸勢の横腹へと突っ込んでいく。

 

 ちなみに”雷弩”とは、一刀発案の新装備である。名前こそ大層だが、実際には従来の弩に片刃の剣を取り付けただけのもの。銃剣の銃を弩に変えた。それだけのことである。

 

 雷弩騎兵と名付けられた彼らは、烏丸勢に接近しつつ、矢を射掛けていく。そして矢が撃った後は、弩に装着された剣でもって接近戦を行いつつ、再び相手と距離をとって、再び矢を射掛けては接近戦をする。一撃離脱戦に特化した部隊。それが雷弩騎兵の用兵思想である。

 

 公孫越の部隊が烏丸兵を牽制し、北郷軍がさらに彼らをかき乱す。そして公孫賛の部隊が更なる追い討ちをかけ、烏丸の兵たちを次々と蹴散らしていく。

 

 戦場には無数の死体が転がり、血の臭いが当たり一帯に充満する。……その犠牲者の中には、河北側の兵たちも、烏丸の者たちとともに、少数ながらも含まれて居た。

 

 味方に出た初めての犠牲。

 

 それが北郷軍の兵達に、どのような心境の変化をもたらすか。それは、彼らを指揮する李儒にも分からなかった。

 

 「自分たちの精強さとともに、けして不死身ではないという事も、彼らにはよく知ってもらえたと思う」

 

 李儒は後日、一刀に対してそう言ったという。

 

 

 

 それはともかく。

 

 烏丸の者たちにとって不幸だったのは、彼らの指揮官である蹋頓が、丘力居との一騎打ちに集中してしまったことだった。もちろん、彼の代わりに兵を率いる部隊長が居なかったわけではない。だが、将である公孫賛たちと、彼ら部隊長クラスの者では、その能力に大きな隔たりがありすぎた。

 

 「いいかお前たち!逃げるやつは無理に追うな!正面をふさぐものだけを蹴散らせ!」

 

 自軍の兵達にそう指示を出しつつ、その手に持った剣を振るう。肉をえぐる感触、その身に浴びる返り血。もはや慣れてしまったそれらであっても、やはりいい気分のするものではない。だが、戦場に立てば嫌でもそれらと対峙しなければいけない。そして、奪った命をその背に背負って、これからを生きるものたちを、自分は生涯支えていく。

 

 それが、自分に出来る、贖罪という名の自己満足。公孫伯珪という人間の生きていく道。自分が自分であり続けるために、彼女はその手の剣を振るい続ける。

 

 「どうしたどうした、烏丸の者達よ!幽州牧、公孫伯珪はここにあるぞ!我こそと思うものはかかって来い!」

 

 彼女は叫ぶ。

 

 未来(あす)へと時代を、繋ぐため。己を白い修羅と変えて。

 

 

 戦場の凄惨な光景。

 

 それを見るのは、何も今が初めてではない。だが、彼女は今日、初めて本物の戦というものを知ったかもしれなかった。

 

 人を殺し、自らもその危険に、常にその身をさらす。剣戟と怒号が広くこだまし、豪雨の如く矢の雨が飛び交う。その場に漂よってくる死臭に、思わず吐き気をもよおしながらも、李儒は戦場を見つめ続け、その目にしっかりと焼き付けていた。

 

 「……妾の命で、時に奪い、時に奪われ、大勢の命が失われていく。戦とは、かほどに重いものなのだな。……これほどの重荷を、一刀や、他の諸侯は常に背負っておるわけか」

 

 これほどの重荷を背負い続けたまま、己を慕うものたちを守り続ける。そのために、あまたの命を断つこともある。そんな相反することを繰り返しながら、人はなお生きていく。生きるために。未来を繋ぐために。そんな”お題目”を掲げて。

 

 「戦をせずとも良い世。一刀の居た天の世界は、そんな所が普通にあると。それが全てではないにしても、それが当たり前と思っている者たちが、多数を占めていると」

 

 それは、理想。

 

 彼女がかつて夢見た、皇帝としての夢。

 

 しかし。

 

 (自分はそれを、肉親大事さに捨ててしまった)

 

 皇帝であることよりも、今現在その地位に居る妹の安泰。それを彼女は選び、名も過去も捨てて、一刀の臣下である事を選んだ。

 

 「……だからこそ、今は後悔よりも、ただ前を見つめ続けねば。……一刀が創ってくれる、新たな世こそ、いまの妾の夢。妾の全てだから」

 

 李儒は強く拳を握り、その手の扇子をいっぱいに広げ、更なる突撃の命を下す。いつか、戦をせずともいい日が来るのを、強く信じて。

 

 

 

 蹋頓を部隊から引き離す。

 

 それが公孫賛から頼まれた、丘力居の最低限為すべき事。しかし、彼女はそれだけで済ますつもりなど、毛頭も無かった。

 

 その手で蹋頓を討つ。

 

 それが、単于としての自分の役割であり、責任であると。自然にその手に篭る力。手のひらには大量の汗がにじむ。

 

 -かつて、自身が愛した男だからこそ。

 

 「……貴様はわしの手で殺してくれる!先に冥府に行けぃ!蹋頓!!」

 

 「ほざけ!お前の細腕で、この俺が討てると思うな!ぬあああああ!!」

 

 十合、二十合と。

 

 丘力居の戟と蹋頓の大刀が激しくぶつかる。受けてはいなし、いなしては繰り出す。そしてまた受け止めていなす。

 

 傍目には互角に見える両者の戦い。だが、わずかばかり丘力居が押されていた。その原因は体格差。蹋頓が、その身の丈およそ六尺(約180cm)を超えるのに対し、丘力居は五尺(約150cm)に満たない背丈しかなかった。膂力も蹋頓がわずかに上。

 

 勝敗を決したのは、その体格差だった。

 

 「くおっ!?」

 

 蹋頓のその力に押され、丘力居がわずかに体勢を崩した。

 

 「もらった!!」

 

 ここを好機とばかりに、体勢を崩し、馬から落ちようとしている丘力居に、思い切り馬を駆けさせ、蹋頓がその大刀を横に思い切り薙いだ。

 

 「!!」

 

 その、落馬しかけた体勢を、無理に直そうとせず、丘力居は、馬の背に寝転がった。

 

 「何?!」

 

 「ああああっっっ!!」

 

 そして、その体勢のまま、すれ違おうとしていた蹋頓の腹に、腕の力だけで、その戟を振るった。

 

 ……体が小さいゆえ、馬の背に寝転がれた丘力居と、体が大きいがゆえに、とっさの動作がわずかに遅れた蹋頓。

 

 たったそれだけの違いが、両者の生死を分けた。蹋頓はその馬の勢いのまま、丘力居が振るった戟を避ける事も出来ず、腹にそれを食い込ませて、馬から落ちた。

 

 

 「かはっ!……まさか、このような討たれ方をしようとは、な」

 

 「……言い残すことは、あるか?」

 

 地に伏せ、腹からおびただしい量の血を流して、息も絶え絶えの蹋頓の傍に、丘力居がやって来てそう問いかける。顔に浮かぶ表情は、哀れみ。

 

 「……ふ。自身に叛乱をしたものに、そんな哀れみの目を向ける、か。……甘すぎる、な」

 

 「……かも知れぬ。じゃが、そんな”甘さ”も持たぬ者には、人を、ましてや、一族を率いることなど出来はせん。……おぬしは、そこをわかっておらなんだ」

 

 「……そう、か。ふ、ふふ」

 

 くははははははは!

 

 すでに息をするのも楽でないであろうその体で、心底から愉快そうに笑う蹋頓。

 

 「げほっ!げほっ!……ふ……。本当に、残念、だ」

 

 「……何がじゃ?」

 

 「……もう一度、お前を、この手、で」

 

 がくり、と。

 

 蹋頓は、言葉のその途中で息絶えた。

 

 「……馬鹿たれが。……簒奪者、蹋頓!この烏丸が”単于”、丘力居が討ち取った!!」

 

 息絶えた蹋頓に、小さな声でつぶやいた後、彼女は声高く宣言した。

 

 その瞬間、公孫賛らと戦っていた烏丸の者たちは、その手の武器を捨てて戦闘を停止した。

 

 戦いは終わった。

 

 烏丸勢の被害はおよそ三万。河北勢の方は、幽州組が五千ほど死傷。冀州組も、それとほぼ同数の被害者を出して。

 

 そして、彼女たちはその後、改めて烏丸の地に入り、蹋頓派の兵たちを捕縛。単于派の兵たちの家族も無事解放され、烏丸の内乱は終結した。

 

 

 

 同じ頃。

 

 

 并州に入った一刀たちも、その戦いを始めようとしていた。

 

 

 劉豹という名の、その恐怖を相手に……。

 

 

 

                                   ~続く~


 
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