No.202910

真説・恋姫演義 ~北朝伝~ 第四章・第四幕。

狭乃 狼さん

北朝伝、四章・四幕です。

一刀たちの下に現れたその人物。

それは烏丸の単于、丘力居その人だった。

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2011-02-21 11:37:00 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:22055   閲覧ユーザー数:16536

 単于。

 

 烏丸や匈奴等、漢土の北方に住む民族達の長。漢で言えば、王とほぼ同等の地位である、といっていいだろう。そんな地位につく以上、その人物はその血筋以上に、武術や馬術に優れ、王たる風格を備えていて、一族の者を心服させうる者でなければならない。

 

 ……そのはずなのだが。

 

 「にゅははははは!」

 

 北平城のとある一室にて、上機嫌で高笑いをしている、一人の少女がいた。良く目立つ金色の髪。青みがかったその瞳。そして、烏丸の者独特の、動きやすさを重視したその衣装。見た目は十代前半にしか見えないその少女こそ、烏丸の現・族長である単于の地位にある者。

 

 名を丘力居という。

 

 どう見ても童のようにしか見えない容姿をしてはいるが、これでも一刀の倍は人生を送っている年齢である。

 

 「いや、しかし助かったわい。……正直、あのまま烏丸の地に連れ戻されてしまうかと思ったが、ふふ。北郷一刀……じゃったな?機を見るに敏、とはまさにこの事じゃな。流石は天の御遣いというところかのう」

 

 「……あ、いや。……ただの直感……ですよ。ただの、ね。それに、あなたを助けた方が、何かと都合がいいと思ったのも、間違いは無いですから」

 

 一刀は彼女を助けに出陣した理由を、あえて隠しはしなかった。この人物には、隠し事をしてはいけない。彼女のその、喜色に彩られた瞳を見ているうちに、そう確信したから。……全てを見透かす。そんな目を、この目の前の少女-いや、女性はしていると、一刀には理解することができたから。何故なら、

 

 (……似てるな、この人。……死んだ、ばあちゃんに)

 

 一刀が幼いころ、自身を庇って殺された祖母。その祖母に、丘力居は似ていると思った。もちろん、年も容姿も、祖母とはまったく違う。だが、その瞳。そのコバルトブルーの瞳を見ていると、在りし日の祖母の顔が、自然と彼女に重なっていくのを、一刀は感じていた。

 

 まあ流石に、うら若い(?)女性に向かって、祖母に似ているとだけは、その口が裂けても言うわけにはいかなかったが。

 

 

 

 「それで、丘力居殿?烏丸の地で、一体何が起こっているのだ?……内乱か?」

 

 「……乱は一応、わしらの負けで終わってはおる。問題はその後じゃ。……情けないことじゃが、烏丸は今、漢朝の奴婢になろうとしておるのだ」

 

 単于である彼女が、烏丸の地から、味方であるはずの者たちに追われて、この地まで一人で逃亡して来た。それは、並々ならぬ事情と、彼女の苦悶があったはずである。その心中を察しながらも、公孫賛がその理由を丘力居に問いかけると、彼女は悔しさをその顔に隠すことなく表し、ゆっくりと言葉をつむぎ始めた。

 

 張温という名の漢の使者が烏丸を訪れ、自分たちに戦力や軍需物資を提供してきたこと。それをもって、自分たちで北の地を統一してみてはと、そう持ちかけてきたこと。だが彼女は、それが漢朝による二虎競食の計であると見抜き、それを断ろうとした。

 

 だが、自身の副官であった蹋頓がそれに反対し、自分たちは部族を割っての内乱となり、自分はそれに敗れて幽閉された。

 

 その後、蹋頓は漢朝からの餌に釣られて、その意のままに動かされていること。このままでは、烏丸は漢の奴婢-奴隷として、良いように使われ続けてしまう。彼女はそれが我慢できなくなり、単身烏丸の地を飛び出し、そして、今に至っていると。

 

 自身の境遇を、全て包み隠さず、一刀らに聞かせて語った。

 

 「……正直に言えば、じゃ。漢の民に助けを求めることなど、わしとしては身が引き裂かれる思いでおる。だが公孫賛よ。そちならば話は別だ。……これまでにやり取りした文の内容。高くも無く、低くも無い、その普通の姿勢。わしはそれが何より気に入っておる」

 

 「……普通……」

 

 「なんじゃ?普通といわれるのがそんなに嫌なのか?」

 

 「あー、いや、その」

 

 公孫賛にとって、その言葉は子供のころから、散々に言われてきたことだった。とにかく何をしても、特別図抜けた所が彼女には無い。勉学も、武も、その印象も。十分に優秀なレベルの能はあるのだが、これぞという、目立って際立ったところが無いのである。……最近では、その存在感さえ、その辺りにいる一般人と変わらないとまで、陰口をたたかれていることを、彼女は良く知っていた。

 

 「……そんなに卑下することかのう?普通というのは、だ。あらゆることを、平均的にできる者という意味だとわしは思うがな」

 

 「俺も丘力居さんに賛成だな。白蓮、君に一番足りてないもの、それはな、”自信”、だ」

 

 「自信?」

 

 「ああ。……周りからこうだと決め付けられたことを、自分でそう思い込んでしまうのが、人にとって一番駄目な事だ。……君は、あれだけ人手の居ない状況でも、十分以上に州を統治してきているじゃないか。……全てのことを、全てうまくやれる人間なんて、ざらにはいやしない。だからもっと、自分に自信を持っていいんだよ、公孫伯珪殿」

 

 にこ、と。公孫賛を励ましつつ、その”いつもの”微笑を向ける一刀。

 

 「そ、そうか……?そうか、そうなのか。……ありがとう、一刀///」

 

 それに、ほほを赤く染めて返す公孫賛。で、それを見た徐庶たちはというと。

 

 (……分かっちゃいるけど、分かってはいるけど……っ!!)

 

 (……ホンマに、この節操なしは……っ!!)

 

 (……)

 

 ごごごごご、と。そんな効果音でも聞こえそうなぐらいの、嫉妬による何かを背負い、公孫賛の背後から、一刀を思い切りにらみつけるのであった。

 

 「……なんか、背後に凄まじい、”黒い”気を感じるんだが」

 

 「……ミナイホウガイイデスヨ?白蓮サン。ア、アハ、アハハハハハ……」

 

 

 

 それはまあ、いつもの事なのでともかくとして。

 

 

 「それで、丘力居どの。ここに来たということは、我々が向こうを攻めることに、異論は無いと思っていいのだな?」

 

 「ああ、そうじゃ。……じゃが、お主こそよいのか?その行動は間違いなく、漢朝に目をつけられることとなるぞ?」

 

 漢の後押しを受け、その要請で動いている烏丸と刃を交える。それはつまり、漢朝をも敵に回すことになる。丘力居はそのことを懸念して公孫賛に問いかけた。その公孫賛の、それに対する答えはこうだった。

 

 「……私が守るべきは、この地に生きる数多の民たちだ。その民たちを非道に傷つけるのならば、たとえ相手が誰であろうと、私はこの剣を振り下ろすことにためらいは、無い」

 

 「姉貴……」

 

 「白蓮はん……」

 

 その凛とした公孫賛の表情を見て、公孫越と単経は感嘆の吐息を漏らす。そして一刀たちも、公孫賛のその意思に賛同して、小さく、だが、確固たる決意をこめて、力強く頷いて見せた。

 

 「……そうか。ならば、案内はわしに任せて置け。あの馬鹿を懲らしめて、烏丸を元の姿に戻してくれよう。そしてその暁には……公孫伯珪、そして……北郷一刀。おぬしらと、永久の友誼を誓おうではないか」

 

 『!!』

 

 烏丸の単于たる丘力居が、漢土の者との友誼を約する。もしうまく事が運べば、それは、歴史的な出来事となるであろう。

 

 「……こりゃ、俺も負けちゃいられないな。……白蓮。俺たちは予定通り、明日にも并州に向けて出立するよ。……背後のことは気にせず、思いっきり、やってきてくれ」

 

 「ああ」

 

 「……公孫賛よ、一体何の話だ?」

 

 「ああ、すまない。実はな」

 

 一刀と公孫賛の会話の内容が分からず、首をかしげる丘力居に、公孫賛は一刀のこれからの行動を説明して聞かせる。

 

 「……劉豹の、所にか?お主が?本気で?」

 

 「そうだけど?……そりゃ、危険なのは重々承知だけどさ、剣を交えずに事が済むなら、それに越したことはないでしょう?」

 

 「いや、それはそうじゃが……一つだけ、忠告しておいてやる。……やつは、恐ろしいぞ。男ならばなおさら、な」

 

 『??』

 

 丘力居のその忠告の意味が理解できず、一刀たちはただ首をひねるばかり。それ以上聞いても、わしの口からは言いたくない、と。彼女もそれ以上話そうとしなかった。

 

 

 

 話の区切りが(一応)ついた所で、一同は出立の準備に向けて、慌しく動き始めた。翌日には一刀たちが、そしてその三日後には公孫賛たちが。北の地の今後を決めることになる、それぞれの行動のために。

 

 そして、その日の深夜。

 

 

 ほとんどの者が寝静まったその時刻。一刀はふと目が覚め、用を足すために自室を出た。そして、厠から戻って来て部屋の戸に手をかけたとき、室内に人の気配を感じた。

 

 (……こんな時間に誰だ?)

 

 少しだけ、その戸を開けて中の様子を伺う。室内にはもちろん明かりは点いていない。ただ、いつの間にか開け放たれた窓から、優しげな月の光が差し込んでいた。そして、窓の側に立ち、その光に照らされている一人の人物がいた。

 

 「……命?」

 

 「……一刀か。思ったより遅かったの。……大か?」

 

 「あのね」

 

 そこに居たのは、紛れも無く李儒であった。ただし、いつもと違ってメイド服ではなく、寝着にその身を包んでいる。例の仮面も外し、その幼い素顔をさらしていた。

 

 「……で、どうしたんだよ、こんな時間にさ。何か話し忘れていた事でもあったっけ」

 

 「……まったく。政や戦では神がかったように鋭いくせに、こういうこととなると、途端に鈍くなるんじゃからな。……ま、そこがらしいといえばらしいがの」

 

 一刀の台詞に大きくため息をつきつつ、李儒は一刀のすぐ側へと近づいていく。そして、じ、と。一刀の顔を見つめ、正面から彼に抱きついた。

 

 「み、命?!」

 

 「……こんな夜更けに、女子が男の部屋に来るのだ。……それ以上は、もう、言わんでも分かるだろう?」

 

 「いや、けど!俺は」

 

 「……見てくれては、くれなんだのか?……妾を、元直達のように、女子としては」

 

 「!!……そ、それは」

 

 李儒を、一人の女性としてみる。もちろん、意識したことが無いわけではない。確かにその体型(特にその胸の辺り)は、十分以上に魅力的なものである。顔も無論のこと、一刀の知っているうちの中では、その五指に入る愛らしさだ。

 

 しかし、李儒を”そういう”対象として認識する事を、一刀のその脳がどこかで拒絶していた。彼女のことは、よき友としか見ていなかった。……いや、そう見ようとしていたのだ。何故か。

 

 徐庶たちのことは勿論ある。だが、それ以上に、一刀は彼女に対し、罪悪感のようなものを感じていた。皇太子であった頃の彼女。皇帝となった後の彼女。そのどちらの時も、自分は何もしてやれていなかった。その挙句、彼女は帝位を追われ、その名と顔を隠して別人として生きている。

 

 その思いが、一刀の心に制約をかけていた。

 

 

 「……なあ、一刀。始めて会ったときのこと、覚えておるか?」

 

 「……君がまだ、皇太子だった、あの時かい?」

 

 「ああ。……あの時の、鄴の街を発つ際の、おぬしの言ったあの言葉。……まだまだこれからと。そういって微笑んだおぬしの顔。……妾はあれで、生まれて始めて、”恋”というものを知った」

 

 「……」

 

 一刀はただ黙って、自身の胸に顔をうずめている、李儒のその話を聞いていた。……これ以上は、聞いていてはいけない。これ以上聞けば、”抑え”が本当に効かなくなる。けれど、体は動かない。……自身にしがみついたまま、小刻みにその体を震わせている、その一人の少女を、無理に引き剥がすことが、彼には出来なかった。

 

 「……皇帝となった後も、離れ離れになった後も、そして今も。……妾の心にはいつもそなたが、その笑顔とともに住み着いておる。……もう、追い出すことなど、自分にも出来ぬのだ」

 

 「命……」

 

 「……妾では駄目か?第四夫人、第五夫人、愛妾、側室。いや、”それ”専用の人形でも良い。どのような位置でも恨みはせぬ!……じゃから、おぬしの、傍に、居させて、欲しい」

 

 ぎゅ、と。一刀にしがみつくその腕に、さらに力を込めて、最後に一言、彼女は呟いた。

 

 ”おぬしに、愛して欲しい”、と。

 

 ぷちん、と。

 

 一刀の心の中で、何かが外れた。

 

 「命」

 

 「え?あ……ん、む……ふぁ」

 

 その薄桃色の唇を奪い、そのまま、彼女を寝台へと押し倒す。

 

 「……かず、と……。その、む、無茶は、せんでくれ、な?……妾はその、は、始めて……じゃから」

 

 「……判ってる。……でも、保障出来ない」

 

 「え?」

 

 「……こんな可愛い女の子を前にして、我慢なんか出来っこないから」

 

 

 

 次の日の朝。

 

 朝議に顔を出した李儒が、どこか歩きにくそうな足取りをしていたのを、徐庶と姜維は見逃さなかった。そして、そうなった”原因”に対し、いつもの”オ・シ・オ・キ”が行われたことは、勿論言うまでもないと思う。

 

 「……げに恐ろしきは、女の嫉妬。……御遣い殿もたいへんだな」

 

 「……あ、はは、ははは」

 

 丘力居の言葉に、乾いた笑いをこぼす、李儒であった。

 

 

 

 そんないつもの調子はともかく。

 

 

 その日の正午、北平の城門に、旅支度をした一刀と徐庶、姜維の三人と、それを見送る李儒と公孫賛らの姿があった。……一刀はまあ、あちこち傷だらけであるが(笑。

 

 「それじゃあ、白蓮。命のこと、よろしく頼んだよ」

 

 「ああ、任せておけ。なに、彼女には決して、怪我一つたりとも負わせたりしないさ」

 

 胸を張り、笑顔で一刀に答える公孫賛。

 

 「うん、信用してるよ。……命も、頑張ってな」

 

 「ああ。……そうじゃ、一刀よ。ひとつ、頼んでおいても良いかの?」

 

 「何?」

 

 「……帰ってくるまでに、子の名を考えておいてくれな♪」

 

 さすさすと。自分の腹をさすりながら、そんな発言をなされた。

 

 「何だそんなこと……って、ええっ!?」

 

 『こっ!子供のなまっ……!!』

 

 「ははは!冗談じゃ冗談じゃ!そんなにすぐ、子が出来るわけ無かろう。……まあ、将来のため、というのはあるがの」

 

 笑顔でそんなことを平然とのたまう李儒。一刀はその額にいやな汗をかいて、顔をヒクヒクと引きつらせ。徐庶と姜維はこれでもかというくらいの、怒りと嫉妬のオーラをその背に背負って、一刀を睨みつけている。

 

 「命さま、冗談はそれぐらいにしておいてやってください。……一刀、お前たちも、十分に気をつけろよ?相手は、五胡の中でも特に、戦闘能力に優れた連中だ。血気も盛んだと聞いている。……くれぐれも、油断はしないようにな」

 

 「……解ってるさ。……じゃあ、行ってくるよ。命、白蓮、丘力居さん……御武運を」

 

 「ああ」

 

 「早い帰りを待っておるぞ?……子供と一緒にな♪」

 

 「だからそのネタはもういいって!!」

 

 『……一刀さん?道々、そのお話しはゆっっっっくり、聞かせてもらいますからね?(に~っこり)』

 

 「……はい」

 

 

 こうして、三人は并州へと旅立った。その三日後、今度は公孫賛たちが、幽州軍と冀州軍、合わせて総勢八万の戦力を率い、烏丸の地へと出発した。

 

 両者にそれぞれ待ち受ける、かの地での戦いは、一体どのような顛末となるのか。

 

 一刀の描く、対匈奴の策とは?公孫賛たちは、烏丸の内乱を、治めることが出来るのか?

 

 そして、匈奴と烏丸、それぞれの背後に蠢く、漢朝の真の目論見とは。

 

 

 河北の騒乱。

 

 それは、どのような形で収拾がつくのか。

 

 物語は、最初の山場を、迎えようとしていた……。

 

 

                                   ~続く~


 
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