No.202835

恋姫異聞録103 -画龍編-

絶影さん

赤壁前哨戦といった部分でしょうか
とりあえず南下しますw

何時も読んでくださる皆様、感謝しております><

2011-02-20 23:50:44 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:8875   閲覧ユーザー数:6867

 

「おかえりなさい。ご苦労様」

 

「ああ、只今」

 

関羽殿と甘寧を追い払い、厳顔殿から逃げ帰ってきて俺達を詠は一人門前で待ち出迎えてくれた

兵たちは負傷した仲間を回収し、衛生兵が治療にあたり

無事な者は城壁の修復へととりかかっていた

 

「しかし驚いたわよ。まさか一人で敵兵の中を突っ切ってくるなんてね、もしかして稟の策?」

 

「そうだ、しかし凪が俺だと気がついてくれてよかったよ。下手すれば袋叩きだったからな」

 

「本当よ。だけど助かったわ。ありがとう」

 

俺は馬から降り、詠に促されるまま城内へ。案内されながら現在の状況を説明された

詠が言うには必要な船の作成は済んでおり、兵の半分以上は江夏に向かっているということ

そして練兵は順調に進んでおり、後は実践訓練を行う段階まできていると言う事

 

「だって言うのにどこかの脳筋がこの城に攻めこんできたってワケ。そんなに陸で戦をしたいのかしら」

 

「其れならば望むところだ、陸ならば魏兵にとって呉の兵は陸に上がった魚のようなものだ」

 

「わざわざ此方から相手の得意な所に行ってあげようって言うのに、馬鹿な連中」

 

「仕方ないさ、武を誇る者というのは名乗りを上げて敵に【我こそは】と印象付け仲間の士気を上げるものだ」

 

「軍師の僕からしたら其れは本当に余計な事なのよね。変に動かれる方が能なしの兵より厄介よ」

 

春蘭や霞を思い出したのだろうか、詠は眉根に皺を寄せて頭が痛いとばかりに額に手を当てていた

関羽殿からしたらそんな目的以外に俺達の今の状態、兵の強さ練度等を陸の分かりやすい所で

感じたかったというのが在るのだろう

 

だからこそ厳顔殿が一緒だったはずだ。彼女なら良いところで関羽殿と甘寧の手綱を捌いてくれるはずだと

あの感じならば厳顔殿を中心に将を数名此処に連れてきているかも知れない

 

経験豊富な将から何かを学ぶならば、短い間でも敵を引きつけ被害の少ないこの機会が絶好だと言えるだろう

 

「で、敵はどう出る?詠の考えを教えてくれ」

 

「そうね・・・とりあえず此方の数が少ないって事は昭が先刻、厳顔と当たって感じたんでしょう?」

 

「ああ、あの人は恐らく見破っているだろうな。俺は彼女を恐ろしい人物だと思う」

 

「へぇ、アンタでも怖いなんて思うんだ。じゃ、とりあえずその恐ろしい相手の評価を聞かせてくれる?

僕の考えはそれから教えるわ」

 

俺は詠の言葉に少し考えてしまう

 

厳顔殿と対峙した時に感じた評価を教える・・・か

詠は俺の評価を聞いてどう思うだろうか

俺がこれほど評価するとなるなら作戦を立てなおそう等と言い出すのか

 

いや、そんな事は無い。むしろ・・・・・・

 

「戦人だろうな、其れも生粋のだ。彼女は引き際と勝負の掛け所を完全に把握している

退くべきでは無いと感じれば、己の命を落とすことになっても退くことは無いだろう」

 

「なら、退くべきと感じたときは、例え一騎打ちの最中でも笑いながら逃げるってことね」

 

そう言って詠は顔を笑に変えていた

 

やはりそうだ、俺が恐ろしいと感じる相手に対し詠は面白いと思っているようだ

其れもそうだろう、軍師にとって本来そういった生粋の戦人というのは敵に回せば最も厄介な人物なのだが

今の詠は自信がある。過去にこれほど自分の意思をそのまま投影出来る兵を持った軍師は居ないはずだ

 

魏軍、雲兵の軍師。詠は一度戦神を体験し、自分自身も修羅と化した

そのせいか、兵の統率は魏軍一となっていた。元々袁家との戦でその素質はあった

将兵達と一体になり、戦場と言う舞台を演出する演出家としての才だ

 

詠と言う真名のまま、戦場を舞い踊る兵を歌の如き指揮で操る様は正に演出家と言っても良いだろう

 

「だったら此方は動く必要は無い。アンタの評価した通り戦人ならまだ戦う場所ではないと

感じているはずよ。そうね、命を掛ける場所はここでは無いと思っているでしょうね」

 

つまりは此処で無理に攻めて俺達が此処に引き篭もる事を面白くないと思っているということか

ならばいたずらに兵を減らすのは意味が無いと理解し、今度こそ俺たちを面白い戦場、赤壁へとおびき寄せるため

小さく当ててくるということだろう

 

「なあ、其れならば城壁を修復する事は無いんじゃないか、相手はおびき寄せる選択をするんだろう?」

 

「馬鹿ね。フリでも此処に篭るわよって言う意思を見せなきゃ、厳顔以外の脳筋は後先考えないで

攻めようとするでしょう。なんたって此処にはアンタがいるし、増援が来るかもって心配はするでしょうけど

力に、武に頼るものなら」

 

「増援が来る前に潰せば良いと?」

 

「そういう事。将の手綱って難しいのよ、現場判断て奴に助けられることもあるけど何時も其れをやられては

僕達軍師の意味がなくなる。まぁ見た感じ、甘寧に関羽。あの【二人だけ】なら心配は無いんだけどね」

 

そう言うと俺の方を見て詠はため息混じりに両手を広げる

どうやら詠も此処に来ている将はあれだけでは無いと感じているようだ

 

俺は詠の言葉で確信を得た。おそらくは厳顔殿を中心に、数名の蜀の将を連れて来たに違いない

河川の戦に慣れていない蜀の将をこの場で鍛えようと連れてきたのだろう

 

「詠、慌てて新城から出てきたから伝えてくるのを忘れてた」

 

「華佗のこと?此処に呼ぶの?」

 

「ああ、此処から南に動けば風土病に侵される危険性がある。華佗の力が必要だ」

 

「そうだったわね、確か風土病・・・風が言ってたやつ?」

 

「そうだ、俺も知ってはいたが風の方が詳しかったからな。華佗に会わせて対処法を考えてもらっていた」

 

「そう・・・」とだけ言って詠は近くの兵士に指示すると、兵は兵舎へと走っていった

これで華佗を呼び寄せ風土病の心配は拭い去る事は出来る

ならば後の問題は蜀の将。一体誰を連れてきたかと言うこと、厄介な将を連れて来ない事を祈るだけだ

 

 

 

 

魏軍を追い払った厳顔達は自分たちの立てた陣へと戻り、削られた兵の編成を行っていた

そんな中、共に来ていた魏延が敵を目の前にして何故もどってきたのかと

厳顔に自分を出陣させてくれと進言しに来ていた

 

「桔梗様、此処で攻めずにどうするのですか?敵の援軍は嘘なのでしょう」

 

「焔耶よ、我らの目的は何だ?」

 

「敵を引きつけ、赤壁まで誘導することです。しかし敵は少数、舞王も此処に来ていると言うではありませんか」

 

「では此処で奴らを撃破したとして、その先はどうする?曹操は此方に攻めて来るのかと迎撃に移るだろう

それでは此方の思惑、赤壁へと呼びこむことは出来ん」

 

「くっ、そもそも何故わざわざ敵軍をその場所に呼び込まなくてはならないのですか!?」

 

目の前に討ち取れる敵が居ながら、攻めいることが出来ないもどかしさに魏延はいきり立つ

まったく、阿呆な娘だと厳顔は呆れた溜息を吐き、此処に連れてきたことは正解だったと額に手を当てる

 

厳顔は思う、軍師の考えたままに動くことが戦に勝つために最も重要なこと

統率の取れない軍など烏合の衆。黄巾党となんら変りないのだから

それを理解出来ない、というよりは血気にはやり己の力を過信しすぎている部分があると

 

魏延に手のかかる娘を見るような眼で見ていた

 

しかしだ、焔耶の言うことももっともな部分は在る。何故わざわざおびき寄せるのか

確かに河川の戦が呉軍は強いということもある。そして策も在るのだろう

だが朱里と雛里の話し、呉の軍師の周瑜から感じる焦り、それらを合わせれば答えは出る

 

「誘いこむ理由は、そこの甘寧が知っている。そうであろう?」

 

厳顔が指さす先には、呉兵を編成する甘寧の姿

それに気がついた甘寧は厳顔と魏延の方をゆっくり振り向き、副官に編成の続きを頼み

厳顔達の元へと歩み寄る

 

二人の姿を見て大体の話の内容は予想が出来ていたのだろう、甘寧は無言で厳顔と眼を合わせた

 

「恐らく呉には時間が無い、どういった理由かは詳しくは解からんが魏軍を確実に仕留めるには

この時しか無いのではないか?」

 

「・・・」

 

「桔梗様が質問されているのだ、答えろっ!」

 

無言で返す甘寧に魏延は詰め寄ろうとするが、厳顔が魏延の肩を掴み止める

そしてなるほどと頷き、魏延の頭をポンポンと撫でる

 

「無言は肯定と捉えて良い。呉は今を逃せば戦う事はできても勝つことは出来ぬと言っておるのだな」

 

「そんな、一体何が!?呉は一体何を隠しているっ!」

 

「よさんか、儂らは元より呉と手を組まねばこの地で勝つことは出来ん」

 

「しかし、何かを隠している者たちと手を組むなど」

 

「ならば我らだけで勝つことが出来ると?此方は総勢十万、呉も同数程度

対する魏は二十万以上の軍を直ぐに動かせる。勝には策をはり、手を組むしかあるまい

それとも焔耶よ、この如何ともしがたい兵数を覆す策がお主には在るというのか?」

 

具体的な兵数を出され、魏延は押し黙ってしまう。2倍以上の兵数差のある相手に

平地で戦いを挑むのは無謀以外の何物でもなく、分かりすぎる理由に魏延は押し黙ってしまう

 

「都督殿からは何か指示は?」

 

「いや、冥琳様は我らが陸で攻め込むことも予想されていたようだ」

 

「ふむ、流石だと言っておこう。これで儂らは従順に都督殿に従わねばならんと言うわけだ

勝手に様子見等行ったのだからな愛紗よ」

 

遠くで編成を行う関羽に厳顔は声を少しだけ大きくして問えば関羽は振り向き頷く

そして甘寧と同じように兵の編成を任せ、厳顔達の元へと歩み寄る

 

「ああ、見たいものは見れた。昭殿の姿も見ることが出来たし、敵の数もはっきりした

我らが所定の地に引き寄せるのは雲兵、魏軍で最も士気の高い精兵だ」

 

叢の牙門旗、魏の一文字が刺繍された蒼い外套を思い出し得物を握りしめる関羽に

魏延は少し顔をしかめる。皆が魏を語るとき、一番最初に出るのが曹操の名

次に必ず三夏、そして夏侯昭の名

 

「舞王とはそれほどの者なのか?天の御使と言うことは聞いているが」

 

信じられない、遠くから見たときも大した人物に思えないと言った魏延に関羽は少し首を傾げる

そして思い出してみれば魏延は一度も男と戦った事も無いと納得する

 

「舞の事は聞いた。しかし其れは条件を揃えねば意味が無いとも聞いた。それに戦場に出るたびに

重症を負い、傷だらけだという話だ。特に武が在るとも聞いていない、そんな者の何処に驚異を感じるのだ?」

 

疑問を投げかける魏延に関羽と甘寧は顔を強ばらせる

魏延の言っているとおりなのだ。条件が揃わねば武では容易く討つことの出来る相手

実際に定軍山でも黄忠の矢を避ける事ができずその体に矢を受け、討ち取る寸前まで追い込んでいる

 

新城での戦でも男は前に出たとしても誰かと共に、誰かの力が無ければ戦うことも出来ない

英雄韓遂を討ったのも重症の韓遂を舞を使って討ったに過ぎない

 

だからこそ解る。男は武で測れるものではないと

 

「お前に出来るか?呉と蜀の兵が犇めく中、一人呉の鎧をまとい城に入ることが。私には出来ない」

 

「殺されそうになり、一度出た敵の領土に再び一人で戻り軍師の寝所に潜り込む事など出来るか?」

 

関羽の言葉に続くように甘寧は言葉を吐く。その表情は苦痛と怒りに燃えながら

最早甘寧に取って男を思い出すことは計り知れない怒りを呼び起こすことと同意なのだ

 

魏延は二人の話に本当かと驚く。どれも普通の神経をしていたら出来る物ではない

潜入するというならば顔の割れた敵の領土に一人で戻るなどとしようとも思えないだろうし

ましてや呉の鎧を着ただけで、不審な人物には変わらないままで敵地に一人入り込むなど

肝が太いなどという言葉では片付ける事ができないからだ

 

「魏の舞王。肝の太い賢人なのか、それとも恐怖を感じない狂人なのか。いずれにしても儂にとっては

面白い相手で在ることは変わらぬな」

 

「桔梗様・・・」

 

「御兄様に囚われるなよ。御兄様は雲だ、曹操を隠すために自分に眼を向けさせるのが御兄様だ

真に討ち取らなきゃいけない人物から眼を離しちゃ駄目だ」

 

神妙な顔で男の話をする関羽達の元へ現れたのは翠

輝く十文字の槍を持ち、その眼差しは強く輝き体から感じ取れる雰囲気は重厚な威圧感

 

西涼の英雄、馬騰を彷彿とさせるその威風堂々とした姿に周りの兵たちは溜息を吐いてしまう

 

「ようやく着いたか、翠の言うとおりだ。舞王があれほど我らの印象に残るのは奴の行動すべてが

そういった意味を持っていおるのだろう。我らが此処に着た意味を忘れるな」

 

「此処からはアタシと蒲公英も参加する。既に策は始まっているんだ、曹操に眼にものみせてやろうぜ」

 

そういう翠の隣に何時もいるはずの蒲公英の姿が見えず、関羽は蒲公英は何処だと聞けば

この場所に連れてくると喧嘩が始まると焔耶の方を見て笑っていた

 

「さぁ行こう、伝令から話は聞いてる。愛紗達は一度当たったんだろう?船まで後退して少し休んでくれ

アタシと蒲公英が河川まで御兄様を引き連れてくる」

 

「私も行くぞっ!」

 

「駄目だ、焔耶は儂と船へ行く。眼を見られては面倒だし今のままでは翠の足手まといになる」

 

息巻いて得物を持ち、参加しようとする魏延の肩を再度掴み引き寄せ自分もと暴れる魏延ズルズルと

引きずって行ってしまう。どうやら遠方から全体の動きを見せて勉強させようとしているらしいが

暴れる機会を奪われ納得できず、何かを言っていたがゴツンと一つ何かを叩く音が聞こえると

静かになり、関羽と翠は笑っていた

 

甘寧もまた、自分の上った血を下ろすために自分の率いてきた呉兵の元へ戻り

無言で河川へと兵を動かす準備を始めた

 

「翠、昭殿は相変わらずのようだ。今の私の刃はあの人に向けられるほど強いものになっているだろうか」

 

「さあ、アタシには解らない。近いうちに嫌でも刃を交えるんだ、その時確かめたらいいさ」

 

「そうだな。武運を祈る、巧く引き連れてきてくれ」

 

「心配しなくても思惑が一致している今は巧くいく。御兄様達も考えていることは同じようだし」

 

そう言うと関羽を残し、翠は後方の涼州兵の元へと向かう

関羽は自分の青龍偃月刀の刃に瞳を映し、少し前の戦いを思い出していた

己の刃に微塵も義が載ることが無かった時の事を

 

今ならば、刃に己の想いを載せることが出来ると

 

「貴方の眼にはどう映っていますか?きっと更に戦を広める行為と映っているでしょう

其れが真実の一つであることは変わりません」

 

関羽は堰月刀を握り締め、上段から振りかぶり空を斬る

 

「だが其れを受け入れ負ける訳にはいかない。此処で折れれば桃香様の理想を信じ

命を賭して戦ってきた兵達の想いを踏みにじる行為に他ならない」

 

現実を受け止めるのが魏にとって夏侯昭の役目ならば

蜀では自分が現実を受け止める役割であると

 

「貴方の慧眼に今の蜀はどう映るか。赤壁でその答えを」

 

そう呟くと関羽は堰月刀を回し刃を下に、そして強い意志の篭る瞳を携え

兵の元へと歩を進めた

 

 

 

 

 

「お姉様、愛紗達は船のある後方に下がったの?」

 

「ああ、アタシ達は御兄様を引っ張ってくる。無理はするなよ」

 

砂塵を上げて突き進む涼州兵。いや、今は元涼州兵と言った方が良いだろうか

馬術に長ける兵達は翠と蒲公英を先頭に魏の舞王が居る新野の城へと駆ける

 

陣を出ると同時に関羽達も陣をたたみ、後方へと兵を移動させた

後方には露橈と呼ばれる防御力の高い船が待機しており、後退した兵達はその船に乗り込むということらしい

 

翠は城へと駆けながら地形を確認していく

引き連れる兵科は騎馬、数は五百。たった五百の兵だが素早く動くにはこれくらいの数が妥当

しかも逃げるにはうってつけの兵科。だが翠は決して油断をしない、城へ近づくにつれ

その瞳は鋭さを増し、銀閃を握る手に力が入る

 

そして特有の細く搾り出すような呼吸法に変わっていく

 

「弩を構えろ、城壁から矢が届かない位置で一度止まる。アタシには着いて来るなよ」

 

「はい、お姉様。蒲公英たちは馬体を半身にしておくね」

 

弩を渡された翠は鞍に弩を引っ掛けると手綱を叩き、一人突出する

 

城壁で見張りをする兵の眼に一人突出する翠の姿が映り、直ぐ城で待機する詠と男の元へと走る

事情を聞いた男は城壁を駆け上がり、兵の指差す方向を見れば望遠鏡など使わずとも十分に確認出来る位置

矢の届く場所へと翠が一人馬に跨り此方を目視していた

 

後方を望遠鏡で確認すれば、五百程の騎兵が半身に、何時でも後退出来るような形で待機をしていた

 

「蜀の将、馬超だ。魏の雲は居るかっ!」

 

「ここだ、その程度の兵数で此処に来るとは、死にに来たか?」

 

男が目線を向ければ翠は視線を少しずらし、にこりと笑う

 

どうやら俺の眼は翠にも伝えられたか

厳顔と共に着た他の将は翠と蒲公英だったか、半分安心で半分厄介といったところだな

下手な釣られ方じゃ俺は翠に討たれるだろう。厳顔と翠を此処に置くとはな

 

しかし一人出来た理由はなんとなく解る

俺達の準備は出来ているのか?兵を直ぐに出すことは?船は既に十分に在る

ならば此処は・・・

 

 

 

 

隣を見れば、息を切らした詠が肩を揺らし頷いていた

 

「凪と真桜と沙和。誰を連れて行く?」

 

「凪だ、真桜と沙和を船に向かわせろ。河川を下り敵と当たるぞ」

 

追うのは俺と凪。兵は五千しか居ない、ならば追うのは千だ残り四千は船を下らせ河川で合流する

 

「安心して、華佗の事も含めて爪黄飛電で一馬を戻らせたわ。そろそろ練兵も完了してるでしょうしね」

 

「勝手に俺の馬を・・・仕方がないやつだ」

 

直ぐに一馬が兵を引き連れて戻ってくるまでは五千の兵で相手をさせてもらう

突騎兵はまだ使わないだろうが、秋蘭の弓術を叩き込まれた兵ならば十分に力になる

それまでは此方の被害を最小に押さえる事が大事だ

 

視線を翠に戻せば、馬上から弩で此方を狙う翠

放たれた矢は足元の城壁に突き刺さり、翠は人差し指をクイクイと曲げ追いかけてこいと挑発をする

 

ああ、解っているよ。だが此処で死なぬように気を付けろよ翠

簡単に死んでは父の名を汚すことになる

 

男はその挑発に返答するよう手を前に差し出す。その瞬間、城壁の兵士から一斉に雨のように放たれる矢

迫り来る矢を翠は銀閃を一振りして薙ぎ払い、くるり背を向けると一呼吸置いてゆっくりと後方の

兵の待つ場所へと馬を進めて行った

 

「着いてこいって言ってるわよアンタの義妹」

 

「義妹からのせっかくのお招きだ、鎧で着飾り土産に剣と槍を持って参上するとしよう」

 

「行ってらっしゃい、僕は真桜達と船に行ってるわよ。くれぐれも無茶しないように」

 

詠の釘を刺す言葉に男は手を振り答え、詠の指示によって既に編成された兵達の待つ城門前へと

城壁を下り、歩く

 

詠が肩で息をしていた理由はこれか、流石手回しが早いもんだ

俺がどの程度の兵で追うかと既に検討を付けていたのだからな

 

「隊長、準備は出来ています」

 

「行こうか凪。俺は後方に居るから先陣は頼む。また殴られるのはゴメンだからな」

 

「フフッ、はい!」

 

「楽進隊、初撃は矢で来るはずだ。盾を構え、敵の初撃をやり過ごすぞ」

 

隊の先頭に凪が立ち、一番後方に男が立つと城門の閂が外されゆっくりと門が開かれていく

開かれた門の先に見えるのは、先ほど弩を放った翠の後ろ姿

 

「陣形は衝軛の陣だ、門を出たと同時に凪を先頭に二列縦隊を組め。敵の速度に合わせて進軍する」

 

兵達は凪に率いられ一斉に城の外へ、そして綺麗に陣形を整えていく

瞬時に組まれる衝軛の陣を首だけで振り向き確認すると、翠は馬の速度を上げ自分の率いる兵と合流した

 

それと同時に凪は声を上げ、元涼州兵達へと兵達を進軍させると

 

「狙いは先頭の将だ、撃ち漏らすなよ。放てっ!」

 

翠の声が響き、涼州兵から先頭にたつ凪めがけ弩が一斉に放たれた

 

先陣に立つ凪を最初に狙うか、確かに盾を構える兵を削るより将一人を狙われたほうが面倒であるし

万一討たれた時は、兵を失うよりも損失は大きい

始めに会ったばかりの頃なら真っ先に一騎打ちを仕掛けてきたろうな、あの時の気性と違う

 

「はぁっ!」

 

集中して放たれた矢を凪は手刀で全て叩き落とし、凪に向かわずそれた矢を兵達はしっかりと盾で受け止めていた

 

だがまさか凪をそんな弩で討てるとは思ってはいまい?体術を極めた凪に一方通行の矢など

撃ち落とすのは容易い。俺達を誘き寄せるのに命を賭ける気ではないだろうな

 

「行くぞ、私に続けっ!」

 

全ての矢を撃ち落とし、次の矢が来ないことを確認すると凪は駆けだす

兵達はそれに続き、声を上げ翠の率いる兵達へと槍を構え再度進軍を開始した

 

迫り来る魏兵を見て、翠は槍を後方に向け指示を飛ばし始める

 

「先頭は蒲公英、殿はアタシ。陣形は敵と同じ衝軛の陣、追いつかれるなよ」

 

指揮を受け兵達は後方に、厳顔達の待つ後方へと向かいながら陣形を整えていく

翠はそれを見ながら馬を走らせ弩に新たな矢を番え、先頭に立ち此方を追いかける凪にめがけ狙いを定めた

 

「ちぃっ!」

 

前を見つめ、進軍する凪の意識が兵へ、または翠の率いる兵へ移る瞬間を狙って翠は弩を放ち

凪の意識を自分だけに向けられるようにしていく翠

 

凪は大した事はないがいちいちと挟まれる矢に少しずつ苛立ち始めていた

 

「あまり趣味じゃないけどこういった挑発もさせてもらう」

 

後方でその様子を見ていた男は望遠鏡で翠の動きを見ながら予想を立てていた

 

どうやら挑発してあわよくば凪を討ち取ってしまおうと考えているようだな

そんな手まで使うか、本当に手ごわい相手になったものだ

これは銅心殿の教育だろうか、父の性格では考えられない戦い方だからな

 

様子を静かに見ていれば、逃げる道は全て自分たちの少数の兵に有利な道ばかり

泥濘に倒れた木々、細くうねった道は少数で逃げるには絶好の地形

 

・・・しかし巧い。変則的な道で凪の注意を兵に注がせながら、意識が兵に移り過ぎた所に

間髪入れず弩を撃ち込む。あれでは凪は兵を巧く率いる事ができず、思いどおりにならない苛立ちが

溜まってきてしまうな

 

先頭に出て俺が兵の指揮を取り、凪を落ち着かせたいが前へ出れば何をしてくるかだいたい想像がつく

さてどうしたものか、伝令などでは凪に近づく事も出来ないだろうしな

 

そんな時、考える男の隣に後方から走ってくる騎兵が近寄り男はその姿を見て微笑む

そして男は望遠鏡を仕舞うと手綱を叩き、後方から一気に凪の居る先頭へと走りだす

 

其れを待っていたとばかりに翠は弩の狙いを男に定め、撃ち出す

そう、真に狙っていたのは凪に対する挑発ではなく、其れを見かねた兄が突出してくるのを狙ったもの

元より凪に矢が容易く当たるとは思ってはおらず。弩で討つならば兄の方だと兄の動きに注視していたのだった

 

バシュッ!

 

凪は急に狙いが自分から外れ、放たれた矢を追えばその場所には男の姿

驚き、体を捻り男の元へと走ろうとした瞬間、矢は何物かの振るう武器に弾かれ宙を舞う

 

「霞様っ!」

 

「なんや~、ようやく追いついたと思ったら面白い奴が居るやんか」

 

矢を弾かれ少しだけ意外な顔をして、次に笑に変える翠を後方から一騎で追いかけてきた霞は

堰月刀の切っ先を向けて笑を返し男はそのまま凪の隣に馬を寄せた

 

「此処からは翠の攻撃だけに集中しろ。隊は霞に任せる」

 

「了解しましたっ!」

 

霞の出現に凪は闘気を漲らせ、翠にだけその瞳を固定すると両拳に気を溜め迎撃体制を取る

霞はその姿を見て、兵に振り向き己の指揮に従えと指示を出し

 

男はゆっくりと後退しようとしたが、手綱を霞に止められてしまう

 

「どうした?」

 

「聞きたいことは無いん?何で一人でこんな所に~とか」

 

「秋蘭が願った事じゃないのか?」

 

「何や、知っとったんか」

 

「全然。だが霞を見て秋蘭ならそうするだろうと考えただけだ」

 

「は~、そんな事も解るとはなぁ。昭の言うとおり、昭が出た少し後に秋蘭がウチのとこに来てな

華琳から許可は取った。練兵は自分がするから追ってくれって」

 

どうやら霞の話だと、残りの練兵を秋蘭に任せ一人此方に向かったようだった

練兵も基本は弓術の練度を上げることであって、練兵も後半にさしかかり霞は居なくとも

十分に完成させることができると判断した華琳は霞の出撃を許可したようだった

 

「しっかしこの大宛馬っちゅうのは凄いなぁ。一日で此処まで来れたわ」

 

「後で鳳に感謝しておかなければな。お陰で助かった」

 

「そうやな。じゃあ後はウチにまかしとき、後ろで全体の指揮を頼むで」

 

「解った。後は頼む」

 

そう答えるとその場に霞を残し馬の速度を下げて後方に退がっていく

 

さて、霞が来てくれた事で随分と楽になった

後は一馬の連れてくる部隊と合流することと、河川を下る真桜達と巧く合流することが重要だ

真桜の事だ、巧く速度を調整してくれるだろう。矢も十分に積み込んでいるはずだ

 

ようやく赤壁への道が見えた。此処からは如何に被害を最小に抑え、船上の練度を高めるかが重要だ

誘き出しついでに将を討たれぬよう十分に気をつけねば

 

そう心で呟き、後方に下がると手綱を強く握りしめるのだった

 

 

 


 
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