~真・恋姫無双 孫呉伝~ 第二章第三幕
つい先刻の光景が、今再び一刀の眼の前に繰り広げられていた。
先の独断専行を諌められている雪蓮だが、今回は説教をしている相手が違う。
「いったい何をお考えなのですか!!」
「あの、ね?ほら、もう充分怒られてるから・・・いいでしょ?」
「よくありません!」
「ひゃん!?」
相手が冥琳ではないのだ。
年格好は雪蓮よりほんの少し年下といったところだろうか、雪蓮や香蓮によく似た桃色の髪が非常に美しく、二人にまるで劣っていない。
明確な違いがあるとすれば、纏っている雰囲気だろうか。
香蓮と雪蓮はおおらかなところがあり、柔軟さが感じられるのだが、雪蓮を叱っている少女は、そういったものがなく、非常に堅苦しく感じられる。
「香蓮さん、ひょっとして・・・」
「ああ、アレが蓮華・・・孫家の次女、孫仲謀だ。な?見るからにカタブツだろう」
「・・・俺にどういう意見を求めてるの?」
「口説けそうか?」
「それこそわかんないよ。俺に出来るのは、〝俺として接する事〟なわけで」
「そう言いきれるお前なら、蓮華もきっと心を開いてくれるだろうさ・・・問題があるとすれば、蓮華よりも興覇のほうかな?」
その名前に一刀は鸚鵡返しのように聞き返した。
「興覇って甘寧のこと?」
「ほう、知っていたか。その通り、アレは蓮華以上のカタブツで融通が全くと言っていいほど効かん。主人である蓮華に害が及ぶと判断すれば即刻鈴の音が聞こえるだろうな」
鈴の甘寧の異名ぐらいは一刀も当然知っていた。そして、それは孫権の背後に控える三人――氷花以外の二人の内のどちらかなのだろうと思っていた。
二人を見比べて髪を御団子状にまとめている方が甘寧であろうと判断し、香蓮に目くばせすると、香蓮は視線の意味を察して首を縦に振る。
「あの、身に覚えのない殺気が今向けられたんですけど」
「興覇の殺気に苦笑いで済むとはねぇ・・・お前も随分と強くなったな」
「そりゃあ強い人に鍛えられていますから。ありがとうございます」
「礼には及ばんさ。・・で、だ。もう一人の・・・黒髪の長髪の奴だが――アレが幼平だ」
「あの子が周泰・・・ん?背中のアレは」
黒髪の少女、周泰が背負っていたのは一刀が非常に見知ったものと同じ形をしていた。違いがあるとすれば、その長さ。
その形は――〝刀〟だった。
「アレは幼平の得物で、銘を〝魂切〟という。お前の荒燕とよく似ているだろう」
部類としては、野太刀に近いだろうか。
あの得物を、一息で抜くとなると相当な技量が要求される事が一刀にもわかった。
「・・・確かに、幼平の技量はかなりのものだが、〝武〟の一点においてならお前も相当なものだぞ?まぁ、隠密行動の点においてなら、お前よりも技量が上だ」
一刀の考えを察した香蓮がそんな言葉を一刀に投げ掛ける。
ああ、忍者っぽいと思っていた感想は正しかったのかと頭の片隅で思いながら、香蓮にほんの少しでも褒められた事が誇らしくて、一刀は満足そうな顔をしていた。
「もー!一刀!いつまでもいい雰囲気になってないで少しは助けなさいよー!!」
折角の空気がぶち壊しになった瞬間というのは、本当にスゥっと何かが引いて行くような感覚になるんだなとぼんやりと思った。
「雪蓮・・・俺にどうしろってのさ」
「決まってるでしょ、どうにかこの子を宥めて?」
とびっきり可愛い顔で不可能と断言できる事を、サラリと発言して下さった。
悪意なく無茶をいう孫呉の王様に苦笑いを浮かべていると、それまで雪蓮を諌めていた視線が一刀を捉えている事に気付く一刀。
「お前が天の御遣いか」
「多分ね」
おどけるように言ってみせると、孫権の視線がより一層鋭くなった。どうにも一刀の今の態度は彼女の神経に触れたらしい。
「胡散臭いわね」
「それは自分が良く分かってる。でも、そうでありたいと思ってる。こんな俺を信じてくれている香蓮さん達に応えたいからね」
「母様の真名を・・・」
「母さんだけじゃないわよ。私や冥琳、祭に穏も・・・一刀の後ろで黙ってる燕とそして貴女がこの前よこした氷花も・・・みんな一刀に真名を預けているわ」
「な!?」
「あれ?氷花、その事は伝えてないの?」
「いえ、ちゃんと報告書は出しましたし、蓮華様もお目を通されましたよ」
「れ~ん~ふぁ~?」
雪蓮の眼が急にジト目になって妹を捉える。すると、それまで攻勢に出ていた孫権が一気に守勢に転じてしまった。
「あ~すっきりした。で、本題に入るけど・・・いいわよ・・・ねっ!!」
ニコニコと笑っていた雪蓮が勢いよく倒れた。
軽くふっ飛ばされた雪蓮が文句を言いたそうに振り向いた瞬間、表情が凍りつく。
彼女の眼の前には、先程の雪蓮の様にニコニコと笑っている香蓮の姿が。笑顔である筈なのに、微塵もそれに魅力を感じない。それどころか、戦慄すら覚えてしまう。
左手は腰に、右手は胸の前で停滞している。その拳からは真白い煙の様な物が見えた。
「物事には限度がある。ましてや、上に立つ者ならその見極めは必須だ。・・・だというのに、何がしたいんだ?お前は」
「はい、申し訳ありませんでしたお母様」
「!?」
あまりにも礼儀正しく謝る雪蓮に一刀は別の意味で驚いた。後に手痛いしっぺ返しを受けることになるのだが、今の一刀がそれを知る由もない。
そして、一間。
「「「え~~っ!!!」」」
「ん♪いい反応ね。氷花は・・・特に驚いてないわね」
「ええ、まぁ・・・予想の範疇でしたから」
頬を掻きながら返事をする氷花、その顔は、ほんのり紅い。
「そ、ならいいわ。それで、だけど・・・そういうわけだから、貴女達三人、一刀に真名を預けなさい。・・・念のため言っておくけど、蓮華・・・孫家の人間である貴女の意見は一切聞く気はないわ。これは、母様も同意見だからそのつもりでいなさい。・・・ま、一刀にはちゃんと合意の下でって言ってあるから、貴女の意志を無視するようなら・・・」
スッと頸を一閃する素振りを見せた雪蓮、一刀は背中が一気に寒くなった。
(孫呉千年の大計のため・・・か。理屈は分かるけど、それで納得なんて出来る訳ないし、どの道、俺は俺に出来るようにしか出来ないわけで・・・)
結局のところ、為るようにしかならない。
結局のその結論に辿り着いた一刀は、ひっそりと苦笑するのだった。
その後、一刀に真名を預けたのは、甘寧と周泰の二人。真名は甘寧が〝思春〟、周泰が〝明命〟と言った。孫権は真名を一刀に預ける事はなく、握手に関しては思春は自身の君主である孫権次第だと言って握手を拒まれたので、明命のみが一刀の握手に応じてくれた。
孫権は去り際に。
「北郷・・・お前、真名は何と言う」
おそらく好奇心に駆られたのだろう、つんけんとしていた孫権が不意にそんな事を聞いてきた。
一刀からすれば今から答えようとしている事は香蓮達にもした事であり、この世界を生きていく上でこれからも経験する事なのだろうと漠然とそんな事を頭の片隅で考えながら、一刀は彼女の問いに応える。
「ごめん、教えてあげたいところなんだけど、俺には真名がないんだ・・・だから、孫権さん達に合わせるなら、〝一刀〟が俺の真名に当たるんだ」
「!?」
孫権だけでなく、思春や明命も、既に承知の身である氷花以外の三人は、今の一刀の台詞に驚いていた。
「あはは・・・何度か通ってきた道だけど、やっぱりみんな驚くね、この話。だけど気にしなくていい・・・北郷でも一刀でも、孫権さん達の呼びやすいように読んでくれて構わないから」
「・・・」
何も言わずにそなまま孫権は去っていき、三人もそれに続いた。
氷花と明命は、一度頭を下げて去っていった。
それを少し離れた所で見ていた孫家の母と長女。
「蓮華・・・長くは持たないだろうな」
「一刀の笑顔って反則だもの。一刀は相手の言いも悪いもひっくるめて受け入れる。その上で、相手を思いやって・・・ああやって笑う事が出来る」
「ああ、誰にでもできそうではあるが・・・アイツのやっている事は誰にでもできる事なんかじゃあない・・・しかし、まぁ・・・」
そこで雪蓮の母、香蓮がククっと含み笑いをした。それは間違いなく一刀の事が関わっているのだろうが、一体何を想像して笑ったのだろうかと、気になった雪蓮はその衝動のまま訪ねてみた。
すると香蓮はサラリと娘の疑問に答える。
「いやな、一刀と悠里を引き合わせたら、さぞ楽しいだろうな・・と思ってな」
すると、母の含み笑いに合点がいったのか、雪蓮も確かにと母の意見に同意した。
それから少しして――。
「やあ、呼ばれたから来たけど・・・俺に何か?」
冥琳とに呼ばれ一刀が彼女の下に顔を出した。
「ああ、お前の意見を聞きたくなってな。さしあたっては・・・現状からだな」
それから一刀は冥琳の口から語られる現状に黙って耳を傾ける。そんな一刀の様子に、冥琳は微かに、誰にも気取られないほど一瞬だけ笑って見せた。
勿論、その笑みに一刀が気付く事はない。
「・・・・・・といったところか、さて・・・ここまで聞いてお前ならどう考える?」
意見を求められた一刀は顎に手を充て、僅かに思案してみせ一度頷き、冥琳と視線を合わせ、口を開いた。
「・・・正解かは冥琳の判断に任せるとして、そうだなあ・・・漁夫の利狙いでいいんじゃないかな?」
「ふむ、具体的にどうする?漁夫の利を狙うというだけでは動きようがないぞ」
「そこはちょっと大雑把になるんだけど・・・諸侯たちと足並みは揃えるとして、孫呉以外の頑張りを十として、こっちは七くらいの力で事に当たる。んで、皆さんがいいとこまで削ったらそこでこっちも十の力を発揮して手柄を掻っ攫う・・・て感じなんだけど・・・どうかな?」
そこまで聞いた冥琳は不敵に笑う。
(フッ・・・やはり見た目以上に頭が回る。普段からは想像できんほどの回転の速さだ)
「及第点だな。お前自身が言っていたが、大雑把過ぎる。・・・だが、決して的外れではない」
「ひょっとして、試されてた?」
「気を悪くしたのなら許せ。軍師の・・・いや、私の性だ。どうにも推し量るのが好きでな・・・」
「いやいや、気を悪くするも何も、美周朗と名高い冥琳が少しでも褒めてくれたんだから、むしろ励みになるよ」
「・・・・・」
予想の斜め上をいく一刀の台詞に思考がフリーズしてしまう冥琳。
その後一刀が「どうかした?」と聞かれるまでの数秒、頭の中が白紙のままだった。
そのやり取りを遠目で見ている影が。
(冥琳があんなに楽しそうな顔をしているなんて・・・北郷一刀・・・貴方は)
「蓮華様、如何されました?」
「!・・思春?いえ、なんでもないわ」
「左様ですか・・・氷花、貴様何を笑っている」
「別に大したことではないのでお気になさらずに。蓮華様、冥琳様をご覧になっていたようですが?」
「なんでもないのよ。二人とも、心配かけたわね。・・・ところで、明命はどうしたのかしら」
話題を切り替えようと、ここにいない明命のことを話題にする孫権。
「明命でしたら、先程香蓮様に呼ばれ、そちらに」
「そう、ありがとう思春」
そうやって礼を言いながらも、孫権の意識は、未だに一刀と冥琳の二人に向けられていた。
「〝曹〟に〝公孫〟、〝劉〟、それに〝袁〟。中々どうして壮観ね~」
「ああ、これなら圧倒する事が出来る」
「じゃが公瑾よ。儂らはどう動く?儂らに参戦の場がなければ、功名など得られぬぞ?」
「確かに、祭の言う通りだな。諸侯が出張っているこの状況では、急かねばことを仕損じるぞ?」
「母様の言う事も尤もだわ。冥琳、どうするの?」
「そうだな・・・穏、確か城の見取り図があったな?」
「ありますよ~。元々は太守さんの持ち物ですからね。よっこらしょ・・・と」
いそいそと卓上に地図を広げる穏。
そして見取り図を見た全員が軽く溜息をついた。
城は、一言で言うならば〝厄介〟の一言。
背後が崖に守られている城は、攻め落とすには呉軍の兵力が足りているとは言えなかった。
そうこうして意見を出し合っている内に、限界を迎えた雪蓮が正面突破を提案し、祭もそれに賛同し、香蓮と冥琳に説教を受け、穏が穏気に笑ったりなどして、話が進まない中、打開策として、自分たちとは違った視点でものを見る事に長けた人物の意見を聞こうという意見に辿り着く。
「――で、俺に意見を聞きたいと」
「そういう事だ。・・・さて、この見取り図を見て、何か気付く事はないだろうか?」
「うーん・・・」
見取り図を何度も見返す一刀。建物の配置など一つ一つにしっかりと目を通していく。
そうしてある一つの点に一刀は気が付いた。
そして、宵闇に空が染まり始める。
「・・・やっぱり凄いな。あっちにいた頃じゃこんな綺麗な夜空、爺ちゃんのとこに行った時ぐらいしかお目にかかれなかったもんな」
幾度目になるかわからない色褪せない感動。
満天の星、下弦の月が神秘的と感じられるこの世界で、自身は再び刃を振るう。
そして、振るった刃が大地を朱く染めることだろう。そんな中で、果たして何人に手を差し伸べる事が出来るのだろうか。
答えは何処からも帰ってくる事はない。一刀が、一刀自身に問いかけている事なのだから、それは当然のことではあった。
天の御遣いと言われようが、所詮この身は神ならざる人の身。出来る事など、たかが知れているのだ。
だから、そんな自分に出来る事は限られているわけで。
その、出来る事といえば――。
「北郷、何をしている?」
空を見上げていた一刀は、その声に視線を下ろす。
驚いた事にそこにいたのは孫権だった。
「・・・」
「・・・」
どうしてこんな状態になったのだろう。
一刀は率直な感想を浮かべている。
ただ、彼の預かり知らぬ事だが、一刀がそう思っていたように、隣に座る孫権も同じことを考えていた。
この、お互いに痛い沈黙。それを破ったのは孫権だった。
「お前は、空を見上げて何をしていた?」
「何も。・・・・・・まあ、強いて言うならお祈り、かな?皆が無事でいますようにって」
「・・・・・・」
孫権は、思わずキョトンとしてしまった。一刀の言葉に、自分も含まれている事に気がついたからだ。
何故という思考が孫権の脳裏を巡る。
母である香蓮や姉の雪蓮。それに祭、冥琳に穏、氷花。そして、一刀の部下である燕ならば理解できる。逢って間もないとは言え、真名を預けたのだから、思春や明命の心配をするのも、頷ける。
だが、自分はどうだろうか。初見も含め、自身が彼に心配されるような。そんな感情を向けられるような要素がどこにあると言うのか。
だというのに、彼の言葉には自分さえもが入っている。
「私は、お前に心配されるような弱い人間ではないつもりだ。余計な心配をする暇があったら自分の心配をしていろ」
言って自分に軽い嫌悪感を抱いてしまう。
これが姉や母であったなら、もっと素直に彼の言葉を受け止められたことだろう。
だが、これが自分なのだ。今更生き方を変えることなど出来ない。
俯いて、もう一度一刀を見ると彼は苦笑していた。
「そうだね。どう言おうと自分の命には代えられない。でも、やっぱり心配になるんだ。どう言い繕ったって、ここが皆の命の懸かっている場所である事に違いはないからね。だから、まあ・・・こうやってお月さんにお祈りしてたってわけ」
「無用な配慮だ。賊ごときに後れを取るつもりはない・・・安心しろ。お前は私達が守ってやる」
「・・・・・・」
それは、孫家の人間としての言葉なのだと感じた。
彼女の。孫権個人の感情ではないと。
そのどこか強がってるような雰囲気を感じた一刀は。
「孫権さん・・・ひょっとして緊張してる?」
「うっ・・・・・」
一瞬たじろいて、少しだけ頬を紅くして孫権は口を開いた。
「これが初陣なのだから、仕方がないでしょ」
今度は一刀の方が呆気にとられてしまった。
今この瞬間に、一刀はこの少女の〝本当〟が見えた気がしたからだ。
なんてことはない。立場や孫の姓を、自分なりに懸命に背負っている少女なのだと。
だからこそ、そんな彼女が少しでも肩の力が抜けるようにと。一刀はごく自然に行動していた。
「な――!?」
驚いたような声を上げる孫権。一刀は彼女の頭を撫でていた。
「うん。やっぱり、俺が孫権さんを守るよ」
「あ、貴方にそれが出来るのかしら」
「俺は香蓮さんたちみたいに強くはないけど・・・出来る。・・・ように頑張るつもりだ。だから、孫権さん・・・ほんの少しでいいから肩の力を抜いてほしいかな?ここにはたくさん凄い人たちがいるんだから。孫権さん一人が全部を背負わなくていいんだ」
「――」
どこか重さを感じていた体が、吃驚するぐらいに軽くなった。
嗚呼――。自分は何故そんな当たり前の事を考えなかったのだろうか。
彼が言った通り、自分の周りには背中を預けられる者たちがいるではないか。自分一人が無理をして背伸びをする必要などどこにもない。自分は半人前なのだ、背伸びして先にはロクな結末が待っていない。
(私は、なんて小さな人間なのかしら・・・)
そして隣に座る青年の姿を、改めて視界に納める。彼は既に頭から手を放しており、とても温かみのある笑みを見せている。
その笑みは、幼い頃、自分の頑張りを褒めてくれた母様のような優しさを感じた。
「北郷。――礼を言うわ。ありがとう」
「へ?あ、・・・どういたしまして?」
「ふっ・・・私は行くわ。貴方も、自分の部下をあまり心配させては駄目よ」
礼を言われた理由が分からずに頭をひねらせる一刀を残し、孫権はその場を後にした。
その時、一刀からは見えなかったが。
――孫権は、笑みを湛えていた。
「北郷一刀・・・不思議な人」
真名を預けるほど認めた訳ではないし、完全に信用したわけではない。
だが、彼に嘘は感じなかった。
だから信じてみようと思った。
自分を守ると言った彼の言葉を。
――去り際に見せた。あの笑顔を。
「・・・ありがとう、か」
先の彼女のその言葉には、一体どんな意味が込められていたのだろうか。
―ありがとう―
感謝の意味を持つこの言葉、彼女は一体どんな思いを以ってこの言葉を一刀に贈ったのだろうか。
「一刀、蓮華を落としたか?」
などと考えていたら、不意にそんな声が届いた。
「いやいや違うから」
そう返すと、「なんだつまらん」と疲れたような返事を返す。
孫権と入れ替わるように現れたのは、彼女の母であり、先代の王でもある香蓮だった。
「――ふむ、それで蓮華がお前に礼を言ったが、何故礼を言ったのかお前は気になる・・・と」
「そういうこと。俺、〝ありがとう〟って言われるような事した覚えがないからさ」
至極真面目に一刀がそう答えると、香蓮は心底呆れたように溜息をついた。
それから一度ジト目で一刀を見た後、また溜息をつく。
――あの、俺、何か悪いことしましたか。
「お前の天然さは時折呆れる・・・まぁ、そこがいいところでもあるが・・・それはさておき、お前の疑問だがな・・・深く考えるな。素直にその言葉を受け取っておけ」
「まぁ、いいけど・・・」
「ん?・・・やれやれ、戦の前に肩に力が入るのは相変わらずか・・・直せそうにないな」
「面目次第も御座いません」
「いいさ。お前はそれでいい・・・一刀、一つ聞いていいか?」
突然どうかしたのだろうかと思ったが、あまりにも香蓮の眼が真剣だったのでおとぼけをするわけもなく、此方も真剣に頷き返した。
――「お前にとって・・・強さとは何だ?」
あまりにもシンプルで、とても答え辛い短い問い。
その問いに、一刀は少し考える時間を要するのだった。
「――〝どう在りたいかを忘れない事〟・・・か」
まもなく、引きこもった連中を引っ張り出すための下準備として、祭の部隊が仕掛ける〝フリ〟をする。
その直前、後方で待機する孫権の傍で、香蓮はそう呟いた。
当然、疑問に思った彼女は、思いもそのままに母であり先王であった香蓮に疑問を投げかける。
「母様、なんと仰られたのですか?」
「ん?ああ・・・蓮華、お前にとって強さとは何だ?」
「え?」
「強さとは何だと聞いている。お前の疑問に応じるには、お前がこの問いに応えてからだ」
そう言われては、此方としても答えざるを得ない。
それからややあって、孫権は己なりの答えを母に告げる。
「比類なき武力と揺るがない統治力だと思います」
「・・・お前はどちらも不足してる。特に前者が、な」
「うぐ・・・それで・・・あの」
「一刀がこう答えたのさ・・・〝どう在りたいかを忘れない事〟・・・とな。いや、アレには本当に驚かされる。武力でもなく、支配力・・・お前が言うところの統治力でもなく、自身の在り方・・・どう在りたいか・・・理想、目標、信念・・・或いは夢といっていいだろうな。それを忘れずにいる事こそが強さなのだと一刀は言った。・・・だが、一刀の言う事は何も間違っていない。それらこそが、あらゆるものの根底だからな。根底のない武力など、単なる暴力に過ぎん。根底のない統治力など、民にとって重すぎる枷でしかない。根っこに当たるところに〝在り方〟がない力など悲劇しか産まないものさ。だが、〝在り方〟というのは言うだけでいいのなら、誰にでも好きなように言えるからな・・・だが、一度己が定めた〝在り方〟・・・〝芯〟を腐らせずに保ち続ける事は容易なことではない。だからこそ、〝そう在り続けよう〟とする事こそ・・・それを常に胸に抱いている事こそが〝強さ〟だと一刀は言ったんだよ」
「・・・」
――それは考えてもみなかった事だった。
そして、改めて考えると――自分はどう在りたいのだろう。
母の言葉を聞いて孫権はそう考えるしかなかった。
「蓮華、お前は・・・〝どう在りたい〟?」
「答えられんか・・・いいさ、何も焦る必要なんてない。お前はあたしと違って若い。時間はあるんだ、ゆっくり答えを見つけるとい。ただ――、母としてお前に一つ助言をしてやろうと思う」
「――」
「お前はお前になればいいのさ」
そっと娘の頭に手を置き、優しく撫でる。慈しむようにそっと。
ここが戦場である事を忘れてしまいそうになる程にそっと頭を撫でた。
――オオオオオオオオオオオオ!!
兵の雄叫びが彼女の心を現実へと引き戻す。
「始まったな・・・」
――その少し前。
「よし、では作戦を開始する。興覇、幼平、行け!」
「「御意」」
二人の隠密は、静かに、音も無く行動を開始する。
冥琳は、首だけを動かし待機する一刀達を見て、命を下す。
――冥琳としてではなく、呉の筆頭軍師、周瑜公瑾として。
「北郷は孫策と共に正面へ・・・あとは頼みます」
二人は首肯し、それを見た冥琳は後方待機する香蓮達の下へと下がった。
「一刀、緊張してる?」
「そりゃあ、ね・・・自分が言い出したことだしさ」
「思春と明命の腕は確かよ。当然、あの子たちが選んだ兵たちもね。問題なく役割を果たしてくれるわ・・・あってすぐだからそうはいかないかもしれないけど、二人を信じてあげて」
「・・・ん、わかった。燕・・・そんな心配そうな顔しないで。大丈夫だから」
「・・・ちゃんと守るから」
本当にいい子だと一刀は心から思う。こんなに素直な子が傍にいてくれるのだ。格好悪いところは見せる訳にはいかない。
「はいはい、それくらいにしといてね。・・・と、騒がしくなってきたわね」
既に、祭が仕掛けるフリをしたことで外が僅かに騒がしくなっていたのだが、その度合いが増している。中で何かが起きたらしい。
などといってもその原因は考えられるのは二つ。
――侵入した甘寧たちが見つかった場合。
――此方で確認できない規模で火の手が上がった場合。
なのだが、雪蓮からすれば前者である場合はまずないとのこと。
そしてそれは真実で、すぐに城内からオレンジ色の光が確認でき。焔の揺らぎも次いで視界にとらえた。
「さ、往くわよ。一刀、準備はいい?」
「いつでも。燕?」
「無問題・・・」
そうこうやり取りしている内に、混乱の極みに達した城の扉が開かれた。
――戦いが始まった。
「おりゃぁあ!!」
「ふっ!」
あまりにも静かに、振り抜かれた荒燕は、黄巾兵の身体を容易く切り伏せる。
声も無く崩れ落ち、それを決して振り向かずに一刀は〝前〟へと歩を進める。
(奪うは易し・・・か)
「余所見厳禁!」
――斬
本当に刹那の時、一刀に襲おうとした狂気は、燕の焔澪によって断ち切られる。
「――ごめん、助かったよ」
燕に感謝とわびの言葉を紡いだ後、そっと息を吐き、心の刃を研ぎ澄ませる一刀。
鋭利に澄んだ氣が、向かってくる狂気へとその牙をむけた。
瞬刃、衝破、穿刃、旋華と習得した技を次々と剣戟の中で放たれてゆく。
そして、さらに――。
「〝砕月〟!!」
言葉と共に放たれるのは、五つ目の奥義。
納刀した刀の柄で相手を突く。
すると、斬られたわけでもなく、ただ静かに鎧を身に着けていた黄巾兵は崩れ落ちた。
血の一滴も流さず。傷の一つもなく――である。
それを傍で見た燕は。
「鎧通し・・・」
敵を見事に捌きながらそう呟いた。
遠当ての応用技――〝砕月〟
相手の強固な鎧の〝内側〟に攻撃を通す奥義である。
どんなに強固な鎧を身に纏おうとも、どれだけ肉体を鍛えあげようとも、〝体の内側〟は鍛える事が出来ないのである。
そこに衝撃をダイレクトに伝えられたなら、これは強力な奥義といえよう。
「よし!もうすぐ雪蓮が大将を討ち取る筈だ!!皆、あと少し、俺に力を貸してくれ!!」
『オオォォォォオオォォオオ!!』
一刀と共に戦う兵たちの声が轟いた。
「・・・一刀」
燕にとって、何よりも喜びと幸福に満ちた瞬間。
平穏な時を共に過ごす時間にも勝るとも劣らないこの瞬間。
「燕は――賀斉・・・賀斉 公苗。北郷一刀の盾にして剣。来い、燕の剣がお前たちを・・・絶つ!!」
―舞。
燕の戦を言葉にするならば、この一言が最も似合うに違いがない。
戦場で、鍛錬で、幾度と見てきた燕の剣舞は、幾度見ても感嘆の一言に尽きる。
自分には過ぎた子だと、ただただ、一刀は感謝するばかりである。
「くたばりやがれぇ!!」
「!――遅い!!」
降りかかる刃は、一刀を捉える事はない。
そも、たかが雑兵程度に、瞬刃を使う一刀が捉えられる筈がないのだ。
空を切る黄巾兵の刃、次の瞬間には袈裟掛けに刀傷が刻まれ、鮮血と共に崩れ落ちた。
鼻孔に届く生臭い鉄の匂いに顔をしかめる。
(・・・この匂いは、本当に理性をふっ飛ばしそうになるから嫌いだ)
そう思った瞬間に一刀は行動に移った。
――「喝ッッ!!」
響く一刀の声に敵も味方も関係なく何事かと視線を送る。勿論その中には、燕も含まれている。
「さ、あと一息だ。皆、頑張ろう!」
この中で一体何人が気付いたであろうか、戦場の空気に呑まれいていた自分が〝我を取り戻した〟事に。
同時刻。
「あはははは♪本当に一刀ってば素敵だわ。それに強いわね」
「じゃの。あやつはこの戦地の中にあって戦いに酔いしれてはおらん。良い事じゃ」
「ききききッ貴様ら!」
雪蓮達は冷たい瞳で目の前にいる男を睨んだ。
「力なき民から略奪し、私腹を肥やした気分はどうだった?最高に幸せだったんでしょ?」
一歩、一歩と男に迫る雪蓮。
「でもツケを払う時が来たみたいよ」
右手に握った南海覇王の刃が炎に照らされ、きらりと光る。
「ひ、ヒィィ、来るなっ!来るな!この化け物め!」
化け物と言われ雪蓮は一瞬だけ歩を止めた。だが、それも本当に一瞬の事だった。
火の手が上がる中で歩を進める雪蓮は、まさしく修羅。
「化け物で結構。ハッキリ言ってお前達のような畜生と一緒にされないだけマシね」
「ひぃぃぃ!!」
顔を苦悶に歪ませ、逃走を試みた男に雪蓮は南海覇王を振るう。
次の瞬間に首から上にあったモノは、少しの間をおいて、ごとりと地面に落ちた。
「雪蓮様!大将旗が落ちました」
明命の声を聞き、雪蓮は声を上げる。
「今こそ決戦の時!皆のもの、今こそ雄叫びと共に猛進せよ!!」
『おおおおおおおおおおぉーーーーーーー!!』
雪蓮の声に、辺りに兵たちが雄叫びをあげて応える。
「一人も逃すでないぞ!奴らは飢えた獣!一匹残らず狩り尽くせい!!」
「甘寧隊、追撃する!」
「周泰隊は敵の側面に廻ります!我が隊旗に続いてください!」
将の声に兵は応え、各々の将の旗のもとへと集ってゆく。
逃げまどう黄巾党の残党に彼らの勢いを止めることなど出来るはずもなく。怒涛の勢いで迫るこの軍勢に飲み込まれ、その命を散らせていった。
全てが終わった後は多くの屍が残り、長く感じられたこの戦いは終わりを迎えるのだった。
「皆の物!勝鬨をあげよ」
『おおおおおおおおおおぉぉぉぉーーーー!!』
夜空の下で、孫呉の勝鬨が響き渡った。
同時――、一刀の戦場では。
「終わったみたいだ・・・さて、まだ続けるかい」
その一言で、残っていた僅かな黄巾兵は、全て武器を手放すのだった。
それを見届けた一刀は、誰にも気付かれる事なく心の中でそっと胸を撫で下ろした。
戦は終わり、孫呉の本陣で一刀は再び月を見上げていた。
(・・・おわった・・んだよな)
文句なくこの戦は勝利で終わった。
ただ、冷めぬ余韻がその感覚を鈍らせていた。
「何をしている?」
この問いは、二度目だ。戦が始まる前に、一刀は確かに彼女にそう問われた。
声の主へと顔をむけば月光に照らされた孫権がそこに立っていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
この状況もまた二度目である。
一刀も孫権も揃って無言。何を話していいかわからずに結果として、この沈黙の状況が生まれているわけなのだが。
「また、月を見ていたの?」
「えっと・・・まぁ、ね。あとは夜風にあたって少し冷まそうと思って」
「冷ます?」
「そう、勝った事に対する興奮とか戦争に対する恐怖とか・・・色んな事で訳が分からなくなって熱をもった体を、ね」
「・・・嬉しくはないの?」
「そういうわけじゃないんだけど・・・んー、上手く説明できないな。ごめん」
そう言った一刀に、孫権は謝らなくていいと返した。
「北郷・・・貴方は、強いわね」
「ありがとう・・・でもね、俺は・・・強くないよ」
一刀の口から出た言葉は、全く予想していなかった一言だった。
後方にいても一刀の武は、よくわかった。
母に聞かされた事も含めて、強いと孫権は判断していた。
だが、その評価を一刀は違うと否定した。
「貴方は強いわ。謙遜してるの?」
「ん・・・そういうわけじゃないんだ。俺は弱い・・・弱いから〝強く在ろう〟としてるだけだよ・・・」
――あの時、母はこう言った。
『一刀がこう答えたのさ・・・〝どう在りたいかを忘れない事〟』
さらに言葉を記憶の中から引き出されていく。
『自身の在り方・・・どう在りたいか・・・理想、目標、信念・・・或いは夢といっていいだろうな。それを忘れずにいる事こそが強さなのだと一刀は言った』
「北郷・・・どうして貴方は〝強く在ろう〟とするの?」
その問いに対して、一刀は迷うことなく、真っすぐな瞳を空に向けて、少しだけ恥ずかしそうに――。
――「強くなって・・・皆を・・・たくさんの人を守りたい」
「――」
私は、言葉を失くした。
〝守りたい〟
そして彼の言った皆の中には自分達は勿論のこと、自分が知る限り最強といってもいい〝母と姉〟も含まれている事に気が付いてしまったからだ。
だけど、それを馬鹿にする気も、ましてや不可能と断じる気すら起きなかった。
「今はまだ、半人前・・・かも分からないけど、いつかなりたいんだ。そんな夢を実現できるような強い奴に・・・」
頬を掻きながら、照れる北郷。私は、そんな彼に――。
――黄巾党が壊滅した翌日。
「おっめでとー♪だけど、まさかこんなに早く蓮華から真名を受け取るなんて思わなかったわね~。さすが一刀、期待を裏切らないから好きよ」
「・・・香蓮さん、なんとかしてください」
「ん?いや、それは聞けん頼みだ。あたしも楽しんでいるからな」
この親子をなんとかするのは不可能だ。これはもう、甘んじてからかわれるのを受け入れるしかない。それはいい。それはいいのだ。
問題が一つ――。
「・・・・・・」
無言で殺気をピンポイントで一刀に向ける思春である。
蓮華の真名の件で、ついさっきまで姉に色々といじられていたのが原因なのだ。
そのせいでさっきから居心地が悪くて仕方がない一刀であった。
「思・・・春。殺気・・・引っ込め・・・ろ」
意外なところから怒気が迸っている。その主は燕で、このままでは思春を〝敵〟とみなしかねない。口調が厳しくなりだしたのがいい証拠だ。
饒舌になったら、間違いなく腰に下げた焔澪を抜き放つだろう。
「何故、私がお前の言う事を聞かねばならんのだ」
「お前、調子に乗るな・・・」
――拙い。
燕の怒気が殺気になろうとしている。
「燕、抑えて・・・ね?」
「一刀・・・でも」
少し苦く笑みを浮かべながら、一刀はそっと燕の頭を撫でた。最初こそ抗議の眼で訴えていたが、不承不承といった感じで不満そのままの顔で頷く。
「思春・・・俺が気に入らないならそれでいい。だけど、この場でそれは止めてくれ。俺だってこれ以上不快な気分になりたくはないし、何より燕にこんな顔をさせたくないんだ」
「何故、自身より燕の事を優先する?」
その問いかけに、一刀は何も迷わず答えた。
「君は、自分の大切な人の怒った顔を見たいのかい?」
「!!」
見たい筈がない。主君の憤った顔など望みたくもない。
その次には無言になったのは肯定の印だろう。
――「一刀、やはり・・・お前はいい男だよ」
香蓮の口から紡がれた、そんなささやきが聞こえた気がした。
荊州に戻ったある日のこと。
「蓮華」
「はい、なんでしょうか?」
鍛錬の最中、東屋で一時の休息を得ている蓮華の下を、香蓮は訪ねた。
「お前なりに何かあったのだろう?本来ならば根掘り葉掘り聞くべきではないのかもしれないが・・・気になってな。何故一刀に真名を預けた?」
「――・・・・・・自分でもよくわかりません黄巾党との決戦を終えた夜に、一刀と言葉を交わし・・・たくさん驚かされました。・・・そして、自分がどれだけ小さい人間なのかを教えられました。彼からすればそんなつもりなどなかったのだと思いますけど」
ほんのりと頬を赤らめながら話す娘は、今までの凝り固まった〝孫仲謀〟ではなく、愛娘〝蓮華〟である事に気付き、母は優しく笑う。
そして、蓮華の言葉に、心の中で同意する。
一刀が語る時、それは本当に自分がそう思っているからだ。
だからそこに余計な打算などありはしない。
「ただ・・・彼を知りたいと思ったんです。そして、ほんの少しでも私を知ってもらいたいと・・・そう、思ったんです」
「く、あはははは、あはははははははは――ははははははははは」
そう言った途端、香蓮は大声で豪快に笑った。
突然の母の大笑いにどことなく恥ずかしさを覚え、真っ赤になる蓮華。
「か、母様!!」
「はははは――、ああ、許せ。嬉しくてな・・・お堅いお前が出会って間もないアイツにな・・・・・・いや、満足いく答えだったよ」
「は・・・はい?」
よく分かっていないといった感じだったが、香蓮はそれを無視して城へと戻っていくのだった。
――丁度その頃。
「――というわけで、悪いんだけどお使いを頼めないかしら?」
「お使い・・・ですか?」
「そ。・・・冥琳」
「幼平、この書状を太史慈 子義の下に届けてほしい」
「ゆ、悠里様をお呼びになられるのですか!?」
「そうよ。ようやく黄巾党の一件も落ち着き始めたんだけど・・・どうにもね、そろそろあの子も呼び戻した方がいい気がしてきたの」
「御意、それでは早速行って参ります!!」
その場から音も無く、明命は姿を消した。
静けさを取り戻した謁見の間――。玉座に座る雪蓮は、傍らに立つ友に問いかける。
「あの釣りバカ・・・一刀の事、気に入ってくれるかしら?」
「さて、どうだろうな。だが、先に言っておこう。賭けを持ち掛けようというのなら断らせてもらう。恐らく賭けにならんだろうからな」
「つまんないの~。ま、いいわ。さて、どう転ぶかしらね?」
冥琳は、答えなかった。
明命が城を発った頃。領内のどこぞの山奥、そこにある滝の麓。
その滝壺に、釣り糸を垂らす一人の女性がいた。
「・・・さて、ウチの出番もそろそろ・・・かね?」
持ち上げた釣竿、その先の針は、釣針ではなく、魚の釣れない縫い針だった。
~あとがき~
どうも。誠に申し訳ありません。
もう、鈍亀が定着しつつある作者、kanadeです。
とりあえず、予告通り、この話を以って〝黄巾の乱〟は完結し、物語は新たな章へと移ります。即ち、〝反董卓連合編〟
この孫呉伝の前身――孫呉の外史においてはここの途中で、今の物語〝孫呉伝〟へと移ったわけですが、今回はちゃんと完走する所存です。
さて、今回の終わりの方で、以前より〝真名〟のみで登場していた〝悠里〟の正体が分かったと思います。
オリキャラである彼女の詳細は、第三章の最初に掲載します。・・・お楽しみにしていただけると幸いです。
しかし、その第三章に移る前に拠点です。
今回は以前の失敗を踏まないためにも期間をきっちりと設けますので、御協力をお願いします。
アンケートは次ページとなります。
アンケートの投票受付は、終了いたしました。たくさんのご協力、ありがとうございました。
Kanadeでした。
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またも、長らくお待たせすることとなりました。
すいません。
黄巾の乱もこれで完結。
お楽しみいただけることを願います。
それではどうぞ