彼女は男が嫌いだった。
何故、といわれても、それに答えるのは正直難しかった。ただ、物心ついたときには、男性と通りですれ違う、たったそれだけの事がものすごく苦痛になっていた。当然、会話なんてものが成立するはずもなく、それが故、一時期は家に閉じこもって一歩も外に出ないという、いわゆる引きこもりな状態が、およそ五年ほども続いた。
そんな彼女が久しぶりに外に出たのは、本当に、些細な出来事がきっかけだった。
外の空気でも吸おうと思い、何日かぶりに窓を開けたとき、誤って窓から落ちてしまったのである。……二階の窓から、である。ただ、怪我はしなかった。たまたまその下を通りがかった、一人の少女によって、彼女は地面に叩きつけられるのを免れた。
……人一人をとっさに受け止めたその少女。その怪力自体がとんでもない事だが、その少女は突然のことに驚きながらも、自分の腕の中で目を白黒させている彼女に、にっこりと微笑みかけながら、こう言ったのである。
「……急に降って来たら、危ないよ?」
と。
彼女は一瞬で、自身の顔が真っ赤に染まるのを感じ取った。そして、はっきりと理解した。
ああ、これが初恋なんだな、と。
彼女はその少女に、後日改めて礼をしたいので、名を教えてほしいといった。もちろん、礼儀として自分が先に名乗った。そして、彼女の自己紹介に続き、少女も自身の名のを名乗った。
「あの、その、わ、私は姓を伊、名を籍、字を機伯です!」
「……わたしは、姓は徐、名は庶、字は元直、だよ」
伊籍と徐庶。
その出会いの顛末である。
それからしばらくして、伊籍は引きこもりの生活に終止符を打った。もちろん、初恋の人である徐庶のそばに居たいがためである。……ただ、彼女の家族は少々複雑な気分ではあった。長年に渡って家から出ようとしなかった娘が、ようやく自らの意思で外に出ることを決めてくれた。それ自体はとても喜ばしいことではあった。だが。
その理由が、同姓の、しかも年下の少女に、恋をしたからだというのである。
そのことを批判して、無理やりにでも少女の下に行かせないようにすることも、しようと思えばできたと思う。だが、それでまた引きこもりに戻られても、それはそれで厄介でもある。
結局、伊籍の家族は、見て見ぬ振りを決めた。
それはともかくとして。
その日から、彼女の徐庶への猛烈なアタックが開始された。
まず、当然のように、伊籍のほうはすぐさま自分の真名を徐庶に預けた。徐庶としては、それを拒否する理由も、”その時点では”特に無いわけで、彼女の真名を快く受け取り、自分もそれに応えるため、彼女に真名を許した。
……だが、後日。
徐庶はそれが、軽率な判断だったと、少々後悔した。
初めのうちは、伊籍のその行動は、比較的おとなしいものだった。特にべたべたしてくるというわけでもなく、ただ、気がつけば徐庶のすぐそばに居て、その熱い視線を彼女に送ってくるぐらい。
「じ~……………………ポッ///」
「あう……」
その瓶底のような眼鏡の下から、好き好き光線(ちと古いかw)を送ってくる伊籍を、徐庶はその顔を引きつらせながらも、無下にすることもできずに居た。……一応、自身を慕ってくれる人物を邪険にすることも出来ないわけで。
……まあ、それが元々の間違いだったのだと、彼女はあとになって後悔するわけだが。
ともかく、それから約半年ほど、そんな日々が続いた。
ある日のこと。
伊籍が徐庶の住んでいる、水鏡塾の寮に遊びに来た。その頃は丁度、友人であり、可愛い後輩たちでもある、諸葛亮や龐統と一緒に、例の趣味のために日夜頑張っていた彼女は、それを理由にして伊籍に帰るように言ったのである。
だが、
「なら、私もお手伝いします!」
と、半ば無理やり彼女たちの作業に参加してきたのである。でもって、徐庶たちのその趣味を、伊籍はそこではじめて知ったのであるが、……まあ、最初は、頭の中を真っ白にして不潔だの不健全だのと、徐庶たちに”正しい”恋愛というものを説き始めた。……女同士も十分、不健全だとは思うが。
しかし、”話し合い”を延々続けること、約六時間。
勝者は、徐庶たちだった。仕方ないといえば仕方が無い。舌戦をするにはその相手が悪すぎた。伊籍の相手は全員、曲がりなりにも軍師、参謀候補である。しかも、三人とも後世においては、超がつくほど有名な天才軍師ばかり。
……話が終わる頃には、彼女もまた、すっかり”お仲間に”加わってしまっていた。
それはまあ、ともかくとして。
ある程度作業が一段落した真夜中。
疲れた眠ってしまった諸葛亮と龐統を残し、徐庶と伊籍は”二人きりで”、風呂へと向かった。
「……疲労と眠気で、正常な思考が出来てなかった」
……徐庶のその後の言葉である。
「ちょ!ま、待って!朔耶!ね?ちょっとおちつこ?私たち、”女同士”、なんだよ!?」
「そこに愛があれば、関係ないわ。……輝里のすべすべのお肌……うふふ」
ついー、と。
徐庶の背中にその指を這わす。
「ひゃいっ!?待って!本当に待って!!……そ、それ以上したら、嫌いになるよ!?」
ざばば、と。
あわてて伊籍から距離を置く徐庶。
「……どうしても、いや?」
「や」
「はう……輝里のいじわる」
くるり、と。
その背を徐庶に向け、伊籍はしくしくと、これ見よがしに泣き出し始めた。
「あ~……む~~~~~。ね、ねえ、朔耶?そんな、別に泣かなくたって」
そんな伊籍の姿に、徐庶の良心が耐え切れなくなったのか、そ、と。彼女の肩に手を添えた、そのとき。
「(きゅぴ-ん!)……輝里~!愛してる~!!」
「う、うそ泣き!?ひきょーものー!!」
・
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で。
その後どうなったかというと。
「……あ、あぶなかった……。もうちょっとで、女の子に貞操を奪われるところだった……」
「きゅ~」
頭に大きなこぶを作って、ぷかぷかと湯船に浮いている伊籍の傍で、思わず安堵の息を漏らす徐庶。……要するに、湯船で押し倒されそうになった彼女は、近くに浮いていた桶でもって、伊籍の頭を思いっきりぶんなぐったわけである。……伊籍が一応生きているのは、奇跡といってもいいかも知れないが。
と。
そんなほほえましい(?)エピソードはともかく。
その日以来、伊籍の徐庶へのアピールは、完全に遠慮の無いものになった。徐庶と一緒に居るために、水鏡塾へと突然入塾してきた。もちろん、試験はきちんと受け、正面から堂々とである。
そして、授業の時間以外は、所構わず徐庶に抱きついては愛してると連呼し、そのたびに徐庶の鉄拳を食らうという日々が続いた。
周囲の者たちはある意味感心していた。よくもまあ、あれで生きているものだと。
徐庶のその細腕からは想像もつかない怪力は、塾の者たちならば周知の事実である。その彼女の鉄拳制裁を、ほとんど毎日食らって居るにもかかわらず、伊籍はぴんぴんしているのである。本人曰く、
「全ては”愛”の力よ!!」
なーはっはっは!と。笑ってそういっていた。
そんな日々が続いて三年がたった、ある春の日のこと。伊籍がしばらくぶりに実家に帰り、そして戻ってきたその日のこと。
徐庶は、塾を卒業していた。
「……」
水鏡塾には、決まった卒業の日というものは無い。塾長である司馬徽が認めさえすれば、いつでも自由に卒業が出来るのである。
その事実を知り、呆然とする伊籍に対し、司馬徽の口から、さらに彼女に追い討ちをかけるかのような言葉がつむがれた。
「朔耶?言っておきますが、貴女の卒業は当分認められませんからね?……無断で出て行こうものなら……ワカッテイマスネ?」
こうして、伊籍は愛しい徐庶と、永く離れることになってしまった。それからの日々は、彼女にとって、まるで地獄の拷問が永遠に続くかのような日々だった、と。本人が後にそう語っている。
徐庶の卒業から、およそ三年後。
伊籍は徐庶の、ある噂を聞いた。ここ荊州から遥か北の地。冀州は鄴にて、太守の交代が行われたことを。そして、その新しい太守の配下の中に、愛しい徐庶の名前を。居ても立っても居られなくなった彼女は、司馬徽に卒業したい旨を申し伝えた。
「……ならば、一つだけ条件を出します。……これから一年間、襄陽にて文官見習いとして働くこと。それが済んだら、貴女の卒業を認めましょう」
彼女の熱意に負けた司馬徽は、そう、卒業の条件として彼女に提示した。
後一年。
それだけ我慢すれば、徐庶と感動の再会が出来る。伊籍はそれを受諾し、襄陽にて荊州牧である劉表の下で働き始めた。だが、彼女は結局、まる三年もの間、その地を離れられなくなった。彼女の能力を惜しんだ劉表が、あれやこれやと理由をつけて、彼女の辞職を認めなかったからだ。
伊籍も伊籍で、実家の母親が病に倒れたという事情もあり、無理に荊州の地を離れる事が出来なかった。
ようやく劉表から解放されたのは、彼女が懇意にしていた、劉表の長女である劉琦の働きかけのおかげであった。……彼女とのそのつながりが、いずれ一刀にも影響をしてくることにもなるのだが、それについてはまた、その時になってからお話したいと思う。
そして、永らく病に臥せっていた母親もようやく回復し、伊籍はやっとの思いで、自由の身となれた。で、そうなれば当然、彼女のとる行動はたった一つ。
とるものもとらず、伊籍は徐庶のいる冀州へと旅立った。
愛する少女との、久方ぶりの再会に、その胸を躍らせて。
そして今度こそ、徐庶を自分のものにしてみせると、そう心に誓って。
だが。
「ですから、輝里は今日は、”私”と、ご飯を食べるんです!」
「そーかい?そりゃ残念だ。……もう、今日の昼食済んじゃったし」
「え゛?」
「というわけだから、午後の仕事も頑張ってくださいね、朔耶さん?……さ、行くよ、輝里」
「はい、一刀さん。……じゃ、朔耶、またね?」
腕を組み、楽しそうに去っていく一刀と徐庶。
「……輝里……なんで、あんな節操なしの種馬がいいのよ……」
ぐぐぐ、と。
そのこぶしを握り締め、一人取り残された伊籍がつぶやく。
「……こうなったら一度、自分で確かめて、やる」
で。
ある日の深夜。
(……どうやら、ぐっすりと眠っているようね)
一刀の部屋に、伊籍はこっそりと忍び込んでいた。とりあえず、布団をそっとめくってみる。一刀に起きる気配はない。次に、その寝顔を見る。……その寝顔をみて、伊籍が思ったのは、
(……子供みたい)
であった。
そして、何も知らずに眠る一刀を見ているうちに、
(……私は何をやってるんだろう)
と、冷静な自分が戻ってきた。
「・・・帰ろ」
と、その前に布団ぐらい戻してやろうと、布団を手にした時だった。
「・・・ん・・・、だれ・・・?」
「!!」
一刀が、起きた。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
何が起きているのかわからない、という表情の一刀と、どう言い逃れしようと考えている伊籍。
で、こうなった。
「うわああああああ!!!!」
「きゃああああああ!!!!」
深夜に響く男女の声。それが聞こえないわけもなく、すぐに、全員が一刀の部屋に集まった。
一刀は徐庶と李儒のふたりから、何で俺が怒られるんだ、という表情で説教され、伊籍は徐晃と姜維から、何を考えているんだと、同じくみっちりとお説教された。
一刻(二時間)程正座のまま、それは続き、説教が終わって、全員が一刀の部屋から出て行った。
残ったのは一刀と伊籍の二人だけ。
しばし無言でいたが、ポツリと、一刀が呟いた。
「……足が、しびれた」
ぷっ!!
「あはははははははは!!!!!!!」
伊籍は思わず大笑いしていた。
やっぱり、自分が一人で馬鹿なだけだったのだと、そのとき悟った。
徐庶たちが、こんな節操なしにほれ込む理由も、なんとなく、わかったような気もした。
けれど。
「……太守さま。……わたしは、あなたが嫌いです。だいっ嫌い。……輝里を独り占めする貴方が、この世の男の中で一番嫌いです」
「…………そか」
「けど」
一息おいて。
「これはあくまで、私の私的な感情です。……主君としてまで嫌われないよう、せいぜい頑張ってください」
「……ん」
にこり、と。伊籍にその微笑を向ける一刀。
彼女は、自分の顔が熱くなるのを感じた。
(気のせい!!気のせいに決まってる!!男に微笑まれて紅くなるなんて、そんなことは絶対にありえない!!うん!!)
そう思いながらも、伊籍は何故か、一刀からその顔を背けたままでいた。
「待ちなさーーーーーーーい!!この、万年発情期の節操なしぃーーーー!!」
「だーから誤解だってば!!俺は何もしてないって!!」
「嘘をつきなさあああい!!!昼間っから輝里に抱きついてーーーーー!!!」
「あれは酔っ払った輝里の方から来たんだってええええ!!」
「問答無用ーーーーーーーーー!!!!!」
「ひえーーーーーー!!!」
あの日以来、伊籍は自慢の長刀を常に携帯するようになった。それはもちろん、一刀をけん制し、あわよくば……というためである。
(やっぱりわたしは男なんてだいっ嫌い!!こんな奴はとっとと叩き切って、輝里を独占しよう。うん。決定)
「と言うわけで死んでくださああいっ!!!!!」
「何がどういうわけだーーーーーー!!!!!」
「……まあ、あれね。喧嘩するほど仲が良い、と」
「ま、そういうことじゃな」
「待てーーーーーーーー!!!!」
「やだーーーーーーーー!!!!」
おわり
てな感じですが、どうだったでしょうか?
輝「・・・・・・・」
どうした、輝里?元気ないぞ?
由「でるわけないやん。・・・あの後じゃ」
瑠「そですね。・・・てか、今回の一番最後のほうの部分なんですが」
・・・ぎく。
輝「・・・旧バージョンの方に、似たようなのがあったような気が」
・・・ぎくぎく。
由「きりきり白状し?・・・漢女の刑、またやられたい?」
ひっ!そ、それだけはご勘弁を!・・・えと、すみません。旧バージョンの、その、柳花の話の、最後の部分を使いまわしました。
輝「はい、素直でよろしい。・・・じゃ、瑠里ちゃん、管理局に電話」
瑠「はい」
ちょ!?素直に話したじゃんか!!
由「やらないとは一言もゆーてないで?」
輝「そーゆーこと。あ、来た」
??「ぶるわあああああああっ!」
??「ふんぬうううううううっ!」
いーーーーーーやーーーーーーーーーーっっっっ!!
輝「さて。次回からは新章突入とあいなります」
由「河北にて起きる戦乱の嵐!うちらの運命は果たして?」
瑠「次回、真説・恋姫演義 ~北朝伝~ 第四章・序幕」
輝「それでは皆様、今宵はこれにて」
輝・由・瑠『再見~!!』
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拠点の八つ目~w
今回は伊籍こと、朔耶メインでございます。
・・・まあ、彼女が嫌いな方が結構いるみたいですが、
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