夏も佳境に入った某日。とある高校での美術部の部室で事は起こった。
「……海に行こう、紫乃」
筆を洗う手を止めて、紫乃の方を見て佑介は呟いた。先ほどまで、佑介の視線の先には水泳部が泳いでいた。
「は?」
紫乃は絵を描く手を止めると、不思議そうというよりも面倒くさそうに聞き返した。
また下らない事を。表情はそう言っているように見える。
そんな表情を無視して楽しそうに言い始める。
「海だよ。海。暑い太陽。熱い砂浜。ぬるい海水。冷たいかき氷。そして可愛い女の子。そして紫乃の水着に熱い視線を向ける俺、の前に紫乃からの殺気を含めた視線が怖い」
「次、ふざけたこと言ってみて。そしたら――するから」
「え? なに!? 一番大切な所が聞き取れなかったのが余計怖いんですけど!? あと、いつの間にか右手に持っていた筆がナイフに代わってますよ!?」
佑介が紫乃の恐怖におびえて震える。しかし、紫乃はただ笑みを浮かべるだけ。それがますます恐怖心を煽る。
佑介の脅える姿に満足したのか、ナイフを袖に仕舞い込む姿は手慣れているのを感じさせた。
「今度はちゃんと答えて。何で海に?」
「う~ん。……ただ何となくかな」
妙にすらすらと答える佑介に対して紫乃は目を細める。疑っているようだ。紫乃の視線から逃れるように目をそらす。
「何で目を逸らすの?」
徐々に近づいて行く紫乃に対して同じように徐々に後ろに下がる佑介。
恐怖のせいか、腰は引けている。動きはまるでクマに会った登山者のようだ。相手がクマなら逃げ切れる動きだが、残念ながら相手は人間。徐々に近づいてくる。
「何で下がるの?」
「何で近づく?」
「質問を質問で返さないで」
「ごめん」
どうにかしてのがれようとするがついに窓際まで追い詰められた。しかし紫乃はお構いなしに近づく。
(ち、近い。このままじゃ胸が当た――)
「――落とすよ?」
さりげなく手を佑介の胸元に当てる。このまま強く押せば落ちるのは絶対。二人が居る美術室は四階。下にはクッション代わりになりそうなものは一つもない。助かる確率は二桁を切るだろう。佑介は自分がつぶれたトマトのようになるのを幻視した。
「どうする? 喋らずに後悔して落ちる? それとも――」
(落とされるよりは喋ったほうが――)
「――喋った後、後悔無く落ちたい? 選ばせてあげる」
(――困った。どちらの選択にも落ちないという言葉が見つからない)
どうにか落ちずに済みそうな答えを出そうと考えるがまったく思い浮かばないらしく、佑介の顔に冷汗が出てくる。流石にかわいそうになってきたのか、紫乃はため息をひとつ吐いた。
「……残念」
(良かった。諦めてくれ――)
「――せっかくのおもちゃをここで壊すことになるなんて」
どうやら佑介を人と認識すらしてないらしい。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺の大切な紫乃。ちょ、押すな。押さないで。押さないでください!」
「……呼び捨てにしないで」
「わ、分かった。分かったからそれ以上押さないで! ほんとに落ちるから! 後、顔が近い!」
「……分かった」
どうにか離れてもらい安堵のため息をつく佑介。
「それで?」
「何が?……ごめんなさい。喋りますからナイフを持ってこちらに近づかないでください」
「さっさとして」
自分の席について喋るように促す。
「んーと、本音を言うと今まで一緒に遊んだことってないよな?」
「理由が無い」
確かめるように聞くがにべもない。
「まぁ、そうなんだけど。俺としては一緒に遊びたいんだよな。紫乃との思い出を作っていきたいからさ」
「っ!?」
照れながらも笑顔を浮かべながら言うと紫乃の顔が一瞬で赤くなった。ついでに次の一瞬で佑介の手首の関節を外した。
「!? めっちゃ痛い!」
クキリと嫌な音を鳴らせながら手首の関節を元に戻す。
(……動作確認。……大丈夫みたいだ)
「ばかなことを言わないで。今度言ったら酷いことになるよ」
もうなった気がするが佑介は気にしない。それよりも大切なことがあるのだから。痛みの為に涙目の状態だが、紫乃に尋ねる。
「結局、行ってくれる?」
「……まぁ、どうしてもって言うなら」
そっぽを向いて答える紫乃を見ながら佑介は笑みを浮かべる。
(やっぱり紫乃は可愛い)
夏は楽しく、そしてのろけ話が増えるようだ。
はい、皆さん初めまして。くらのと申します。いかがだったでしょうか。
最初は甘酸っぱい二人を書こうとして筆を執ったのですが……。何か違う物になってしまいました。おかしいです。僕の頭の中では甘くてコーヒーが欲しくなるような作品に仕上げたはずなのですが。上手くいかないのは仕方がないのでしょうか。次回こそは甘い作品を。出来ればオリジナルだけでなく二次のほうにも手を出してみようかなと思っています。……そうですね。恋姫なんかも楽しそうかもしれませんね。それでは次回にお会いできることを。See you next again!!
もしよろしければ感想などをよろしくお願いします。
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純粋に笑っていただければと。