No.200498

真・恋姫無双~魏・外史伝~ 再編集完全版21

 こんばんわ、アンドレカンドレです。

どうしても文字数が越えてしまい、話を分けるのに手こずってしまいました。

 今回は朱染めの剣士の過去が語られるお話です。彼と女渦との間に何があったのか!?彼の身に起きた悲劇とは!?驚愕の事実が彼の口から語られる!!その時、蓮華は・・・!

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2011-02-09 01:21:10 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:2720   閲覧ユーザー数:2521

第二十一章~還らぬ日々~ 

 

 

 

  「敵兵達が撤退していくぞ!!」

  城内にて冥琳と共に宮殿までの道を死守していた親衛隊の一人が叫ぶ。

  先程まで絶え間なく仕掛けていた傀儡兵達は何かを感じ取ったか、その場を引き上げ姿を眩ました。

  これは街の中にいた傀儡兵達も例外では無かった。

  敵軍の撤退。呉の兵士達は自分達の国を取り戻した事に歓喜した。

  「・・・やったのか」

  激戦を乗り越え、少し疲れたように静かに呟く冥琳。

  そこに親衛隊の一人が近づく。

  「周喩様、我々はこれより周囲に敵が潜んでいないか確認して参ります」

  「ああ、頼むぞ」

  「御意。では失礼します」

  冥琳に一礼すると、兵士は他の者達と共にその場を離れていく。

  「・・・・・・祭、殿」

  その場に一人残された冥琳の目から零れた涙が頬を伝わった。

 

  建業の宮殿内。

  「・・・ふん!」

  瓦礫をどかす朱染めの剣士。

 祭が消滅した後も、彼女の血は剣士の体にこびりついていた。

 返り血を洗い流す暇も惜しみ、剣士は黙々と崩れた柱の瓦礫を押し退けていく。

 

  「姉様、しっかりして下さい!」

  上に覆い被さる雪蓮に声を掛ける蓮華。

  祭が消滅した直後、先程の衝撃波の影響で蓮華達が隠れていた

柱が崩れてしまった。

  柱の瓦礫から蓮華を庇い、瓦礫の下敷きになった雪蓮は意識を失っていた。

  「うっ!?」 

  雪蓮と瓦礫で身動きが取れない蓮華の顔に光が差し込んだ。

 

  朱染めの剣士が積み重なった瓦礫を次々とどかしていくと、下敷きになっていた雪蓮と蓮華の二人を見つける。

  「あなた!」

  「・・・待って、いろ。今、助ける」

  「え、えぇ・・・」

  それは淡々とした短い会話。

  だが、蓮華には彼の言葉から信じるに足るものだと感じた。

  彼女達を下敷きにしていた瓦礫を全て取り除くと、朱染めの剣士は雪蓮を抱き抱える。

  「どうするつもりなの?」

  「気を、失っている、だけだ。部屋に連れて、いく」

  「姉様の寝室を、知っているの?」

  「勿論。知って、いる」

  それはとても不自然で、自然な会話だった。

  矛盾しているようだが、蓮華と彼のやり取りはそんな感覚なのだ。

  そして雪蓮を抱き抱えたまま、朱染めの剣士は彼女の部屋へと向かう。迷いのない足取りに蓮華は慌てて彼についていく。

  「・・・待って!」

  「なん、だ・・・俺の、話が聞きたい、のか?」

  「何でそれを!」

  「分かる、さ」

  「何を分かっていると言うの!」

  「君は、彼女と同じ、だから・・・」 

  「・・・っ」

  胸の辺りが妙にざわつく。

  上手く言葉に出来ない感情に、蓮華はどうしようもない焦燥感に襲われた。

  「・・・・・・」

  そんな彼女の心情を察したのか、朱染めの剣士は足を止め、蓮華に向き合う。

  対して蓮華は、剣士の突然の行動、更にその鋭い眼光を前にして蛇に睨まれた蛙のようになる。

  「な、何・・・?」

  蓮華がようやく口に出せたのはその言葉だけだった。

  

 

  「・・・そうだったか。お主達には随分と迷惑を掛けてしまったようだな」

  愛紗から事情を聞いた星は頭を抱えながらそう答える。

  先の戦闘で被害の無かった家の中。

  星の救出には成功したが、ひどく衰弱していたためこの家で休ませていた。

  「そう気に病むな。それよりも一体何があった?

  蜀を出立してからお前達の身に、何があったのだ」

  「・・・そうだな。少し長くなるだろうが構わないか?」

  「あぁ、それで良い。話してくれ」

  星は一息ついたあと、これまでの経緯を話し始めた。

  影篭に襲われたこと。

  女渦に遭遇し、恋が消失したこと。

  星も戦ったが、返り討ちにあったこと。

  そうして、星は覚えている限りの事を愛紗に語った。

  「・・・そうか。お前もあの男を知っていたのだな」

  「成都で好き勝手な真似をされたのでな」

  「そうだったか。・・・くっ、私があそこで仕留めていれば!」

  「・・・それで、音々はどうした?」

  「兵達と一緒に先を急がせたが・・・雪蓮殿と合流していないのか?」

  「残念ながらな。兵士達は皆、殺され、肝心の音々は行方不明のままだ」

  星の予感は正しかった。

  愛紗から兵士達の顛末を聞くと、下唇を噛み締め、悔しそうな顔をする。

  「結局、我等はたった一人の男に全滅させられた、と言う事か」

  そう言うと、星はぎゅっと布団の布を握り締める。

  「悔しがっているところ悪いが、その後はどうなった。

  どうして、お前はあのような格好をしていたのだ?」

  「・・・済まない。よく覚えておらぬのだ。

  どこかの部屋で、奴に何かをされたような気もするが・・・」

  「・・・そうか」

  項垂れる星の様子を見て、愛紗はそれ以上の詮索を止める。

  「・・・いや、ま、まさか・・・そんな」

  「な、何か思い出したのか?」

  もしや何かを思い出したのか、星の尋常ならざる表情に愛紗は息を飲む。

  重苦しい空気が二人の間に満ちていく中、星は覚悟を決め、口を開いた。

  「・・・私は、あの男に汚されたのか?」

  「・・・・・・・・・」

  「・・・・・・・・・」

  「・・・・・、はぁ~」

  暫しの間を置いた後、愛紗は溜息をもらす。それは明らかに呆れたものだった。

 とはいえ、無事に戻って来てくれて良かった、と心の中で思っているのは決して口にはしない。

  「・・・まぁ、お前の顛末から推察するに、もしかすると恋達も同じ目にあっているかもしれない。

  今後、敵として立ち塞がるかもしれんな」

「ふむ、音々の方はともかく、恋が相手となると・・・中々に厄介だな」

  顎に手を当てながら唸る二人。

  そこに紫苑が新しい水を持って、家の中へと入って来た。

  「愛紗ちゃん、星ちゃんの具合は・・・まぁ、もう気づいたのね?」

  「紫苑・・・すまんな。お主にも心配を掛けた」

  「あら、私は別に心配なんてしていなかったわ」

  「え。それはそれで、少し寂しいような・・・」

  紫苑の予想の回答に本当にショックを受けたのか、星の話す音量が段々と小さくなっていく。

  そんな彼女を見て、紫苑はくすりと笑った。

  「何を言ってるの。星ちゃんが死ぬはずがない、って信じていたからに決まってるじゃない、ね♪」

  微笑みながら紫苑はそう答えるのであった。

 

 

  一方、建業の城内の雪蓮の寝室。

  負傷した雪蓮は寝台の上で眠らせ、その傍らには蓮華が寄り添い看病していた。

  「雪蓮姉様・・・!」

  突然、寝室の扉を開けると同時に現れた小蓮は雪蓮の姿を見るや否やその傍らに駆け寄った。

  「ねぇ、雪蓮姉様は大丈夫なの?」

  今にも泣きそうな声で小蓮は蓮華に尋ねる。

  「大丈夫よ、気を失っているだけだから」

  「本当?良かったぁ~」

  「蓮華様、ご無事でしたか」

  小蓮は安著の表情を浮かべていると、そこに思春が遅れてやって来た。

  「えぇ、私は大丈夫よ」

  その言葉を聞き、思春もようやく安心することが出来た。

  その時、小蓮はふと思い出したように蓮華にあの人物について尋ねた。

  「蓮華姉様。祭は・・・どうしたの?」

  「・・・・・・」

  「姉様・・・?」

  「小蓮様、祭殿は・・・もう」

  蓮華の反応から思春は察していた。

  小蓮は理解できず思春と蓮華を交互に見るが、その二人の反応を見てようやく理解した。

  「嘘、だよね?」

  「・・・仕方がなかった、と言い訳はしたくはない。けれど、私は何も出来なかった。

  私にも出来ることがあったかもしれないのに私は・・・、ただ見ているしか、出来なかった」

  「そんな!どうして!なんでそんなこと!!」

  「・・・・・・」

  蓮華を責めるように、両目から大粒の涙を溢す小蓮。

  唇を震わせ、腕に指を食い込むまで強く握る蓮華。

  思春は何か声を掛けようとするも何も思い浮かばなかった。

  気の利いたことが言えない自分の口下手さに歯痒く、ただもどかしかった。

  「思春、悪いのだけれど二人の事を任せて良いかしら?」

  「は、はい・・・。それは構いませんが、どちらへ?」

  「えぇ、母様の所に。今回の事を報告しておこうと思うの」

  「お言葉ですが蓮華様。この状況で先代様の墓参りに行かれるのは如何なものかと」

  「分かってる。でも、どうしても行かないと」

  蓮華の含みある言葉に何かあると察する思春。

  「でしたら、私も御同行を」

  「いいえ、その必要はないわ。思春、お願い」

  「・・・承知しました」

  蓮華の強い頼みに、思春は渋々承知する。

  思春が納得していないのは蓮華も重々分かってはいた。

  だが、そうまでしても一人で行く必要が蓮華にはあったのだ。

 

 

 ―――君達の、お母さんが、眠る所で、待つ。・・・聞きたいのなら、そこに・・・

 

  そう言ったきり、彼は一切言葉を発しなかった。

  蓮華がいくら聞いても相手にせず、雪蓮を寝台に寝かしつけると、蓮華の前から姿を消した。

  「・・・・・・」

  蓮華は一人、母親が眠る場所へと向かう。

  目的は勿論、そこで待っている彼に会いに行くため。

  彼に会いに行くだけなら、思春達も連れて来ても問題は無かっただろう。

  だが、蓮華はそうしなかった。

  彼女自身、上手く言葉で説明出来なかったが、彼女の中で渦巻く得体の知れない感情がそうすることを妨げたのだ。 

 

  建業から少し離れた森の中。

  奥へと続く小道を歩いて行くと、見晴らしの良い場所へと出る。

  そこはさほど高くない崖の上。

  その下は山の頂から地下を通って崖の隙間から染み出した湧き水で、小さな水溜まりを形成していた。

  孫家の墓はこの崖の上にあった。

  「あ・・・」

  そこには先客がいた。墓前で片膝をつき、手を合わせる彼がいた。

  墓前には何処からか採ってきたのだろう、桃色の蓮が数本、供えられていた。

  「・・・・・・・・・」

  蓮華は彼の後ろ姿をただ黙って見ていた。

  「・・・この外史は、俺のいた外史と違う、みたい、・・・だな」

  「え?」

  蓮華がいるのに気付いたのか、彼女に背中を向けたまま朱染めの剣士は語り出した。

  「なる・・・ほど。誰に、拾われたかで・・・ここまで、違うの、か・・・」

  「そう、なのね」

  「君は、・・・短い、のもいい・・・。でも、やっぱり長い、髪も・・・いいな」

  そう言いつつ、朱染めの剣士はようやく蓮華と対面する。

  「・・・っ!女性の髪に対して失礼よ、あなた」

  蓮華は頬を赤らめ、慌てて剣士から顔を反らした。

  剣士は彼女のそんな振る舞いを微笑ましく見つめていた。

  「・・・干吉から、聞いては、いるのだろう?」

  「えぇ。だけど、肝心なことは何も」

  「君達が・・・知る、必要は、ないから、な」

  「私達には関係ないから?」

  「そう、だ」

  「・・・そうね。あなたの言う通りだわ。

  あなたはこの世界の北郷一刀とは別の存在。あなたの言う通り、私があなたを知る必要はない」

  「・・・・・・」

  「けれど私は知りたい。

  どうして知りたいのか、自分でもよく分からないけれど・・・私は、あなたを放っておけないみたい」

  「そう、か」

  「だから、あなたのことを私に教えて」

  「・・・・・・・・・」

  二人の間にしばしの沈黙が流れる。

  「・・・聞いた、ところで、君には、辛い、だけ・・・だ」

  「えぇ、そうだとしても・・・」

  そして、また沈黙が流れる。

  「・・・おかしな話ね」

  「なに、・・・が」

  「私はあなたに何を言えば良いのか分からないというのに。

  あなたは私が言おうとすることを手に取るように分かっている。

  一体何かしら、このちぐはぐな感じは?」

  「・・・・・・・・・」

  そう言って、蓮華は彼の方を見る。

  朱染めの剣士は黙っているが蓮華から目を反らさない。

  そして、意を決したように口を開いた。

  「・・・俺が、発端として、開いた外史。

  俺が、そこで、最初に出会っ、たのは・・・雪蓮達、だった」

  蓮華は驚かなかった。やっぱりと一人納得していた。

  「雪蓮は・・・、俺を、天の遣い、として呉に・・・俺の血を、入れる。

  それを条件に、俺は彼女達と、共に、生きていた」

  「あなたの血を入れる・・・姉様ならやりそうなことね」

  「だが、雪蓮は、志半ばに、毒矢を受けて、死んだ。

  俺が・・・側にいた、のに、俺の目の前で・・・だ」

  「・・・・・・・・・」

  「彼女の死後・・・、後を継いだのが、蓮華だった。

  ・・・俺は、彼女を必死に、支えた。

  それが、雪蓮の想い、を継ぐことになると・・・」

  蓮華から顔を反らし、朱染めの剣士は空を見上げる。

  憂いを帯びたその顔。彼がどれ程の悲しみを乗り越えたのか、察するには難しくはなかった。

  「その後、・・・赤壁で、魏軍を倒した、直後、冥琳も・・・不治の病で、死んだ」

  空を見上げるのを止め、朱染めの剣士は再びなほ蓮華の方に顔を向ける。

  「魏を倒して、天下二分という形で、大陸から戦いが無くなった。

  ようやく、訪れた、平穏の・・・日々を、俺は、皆と過ごしていた。

  だが・・・、あの日、奴が、現れた」

  朱染めの剣士の表情に怒り、憎しみの感情が反映される。

  蓮華は理解する。ここから彼が朱染めの剣士になる原因となった話が始まることを。

  「あれは、・・・蓮華の、誕生日。

  ・・・俺は、彼女との間に生まれた、娘と一緒に、贈り物を、買うために、城下街に、出て・・・、いた」

 

 

  それは蓮華が生まれた日のこと。

  一刀は孫登と共に城下を歩いていた。

  孫登の遊び相手をしている事は勿論、蓮華に贈る品を一緒に買う約束を以前からしていたのだ。

  しかも、蓮華には内緒で。父娘は蓮華にばれないよう城を出ていた。

  服、靴、装飾品・・・。一刀は街中の店を回って、どれにしようかを孫登と一緒に考えていた。

  二人が気づいた頃には昼の刻をとうに過ぎていた。

  娘がお腹を空かしたと言うものだから、一刀は出店で売っていた桃まんを二つを買った。

  そして、娘と一緒に食べながら、引き続きお目当ての品を探し続けた。

  「孫登、どうした?」

  少しばかり目を離した孫登が、とある露店の前で何かをじっと見ていた事に気づく。

  店と店の隙間にひっそりと存在していた簡素な露店。地面に布を敷き、その上に様々な装飾品が適当に並べられていた。

  孫登はその数ある装飾品の中の一つを指で差した。

  それは蓮の花を型どった美しい髪飾りだった。

  「これがいいのか?」

  一刀がそう聞くと、孫登はうんうんと大きく何度も頷いた。一刀もその髪飾りはとても良いと思った。

  蓮は孫家の女の真名に必ず入る文字であり、蓮の花言葉は『信頼』、『純粋』、といった良い意味があることを知っていた。

  父娘はこの髪飾りを蓮華に贈る品に決めた。

  髪飾りを手に取ると、孫登は満面の笑顔で喜ぶと、それを見ていた一刀も微笑んだ。

  だが、蓮の数ある花言葉の中に、『離れゆく愛』『救って下さい』があることを一刀は知らなかった。

 

 

  「・・・変だな。皆、何処に行ったんだろう?」

  孫登と一緒に城に戻戻ると、一刀はすぐに違和感を感じた。

  異常なまでに静寂な城内。

  辺りを見渡しても人の姿は一切なかった。

  どこか心配そうに父を見上げる娘。

  父は、大丈夫だよ、と娘の頭を優しく撫でる。

  一刀は孫登の手を握り、城の中へと入っていった。

  「・・・おかしい。ここまで来ても誰も会わないなんて」

  城の中を歩き回っても、未だに誰とも会わない。庭、鍛練場、厨房、どこを探しても誰もいない。

  今日は何かあったかと、一刀は思い出そうとするが蓮華の誕生日以外に思い当たることはなかった。

 

  ガタッ!

 

  そんなことを考えていると、廊下の先の曲がり角の方から何かが倒れたような音が聞こえた。

  「・・・ぐぅ・・・」

  次に苦悶の声が聞こえる。

  ようやく誰かに会えたと、一刀はようやく安心を得る。

  孫登を連れ、曲がり角の向こうにいる人物に会いに行く。

  しかし、その安心は一瞬で不穏に変わる。

  「思春!その血・・・、何があった!?」

  角の向こうにいたのは思春だった。

  赤く染まった壁にもたれながら地べたに腰を下ろし、真っ赤な血が溢れ出る腹を手で押さえていた。

  壁が赤いのは、思春の血で汚れていたからだった。

  血の気が引き、真っ青な顔をする思春から、一刀は咄嗟に孫登を自分の背中に隠した。

  「・・・北郷、か・・・ごふ!」

  思春はようやく一刀達に気づく。

  腹を押さえても指の隙間から血が流れ続け、咳き込むと口から血が零れ落ちる。

  「しっかりしろ、思春!その傷はどうしたんだ!一体何があったって言うんだ!?蓮華達は無事なのか!?」

  一刀は明らかに動揺していた。

  瀕死の思春を相手に複数の質問を同時に聞いてしまった。

  「わ、私は・・・どうでもいい!そ、れよりも・・・、蓮華様、を・・・!」

  「蓮華?蓮華が一体どうしたって言うんだ!?」

  「突然・・・現れ・・・いきなり、襲いかかって来て・・・。 

  捕らえよう、と・・・したが、皆、奴に・・・がふっ!!」

  「思春ッ!!」

  話している途中で吐血し思春は咳き込んだ。

  思春から得られた断片的な情報から、何者かが城中で暴れていると理解する。

  この辺りに誰もいないのは、その誰かを押さえるために出払っているからか。

  だが一刀は理解に苦しむ。

  あの思春にこれ程の重傷を負わせられる人間を想像できなかったからだ。

  言葉を失う彼に思春は言葉を掛ける。

  「北郷!・・・早く、れん、ふぁ様を・・・!こ、このままだと・・・、あの男に・・・!」

  「だが、お前をここに残してはいけない!!」

  「・・・ばか、者・・・が!私の・・・、心配する暇が、あるなら・・・!蓮華さまを!」

  「思春・・・」

  「行けぇっ!・・・ぐはぁっ!」

  無理に大声を出したせいで思春はまた吐血する。

  混乱しながらも一刀は言われるがままに立ち上がる。

  「・・・分かった。なら、孫登を頼むぞ」

  一刀は孫登を重傷の思春に任せるのは忍びなかったが、嫌な予感に急かされて蓮華を探しに向かった。

 

  

  「蓮華!蓮華ーーー!!何処だ、何処にいる!!!」

  蓮華の真名を叫びながら、一刀は城内を駆け回る。

  城の宮殿に近づくにつれ、通路の壁や床、天井に血が飛び散っていることに気がつく。

  戦場で嗅ぎ慣れた血生臭い匂いが鼻を刺激する。

  幾つもの戦場に立っても、これだけは慣れなかった。

  ふと、一刀は何かを踏みつけたことに気が付き、何を踏みつけたのかを確認するため足をどかす。

  「これは・・・、亞紗の!?」

  一刀は慌てて拾い上げたのは、亞紗が身に付けているはずの片目用の眼鏡。

  先程、一刀が踏んだせいでレンズにヒビが入っていた。

  「どうしてこんな所に・・・。

  まさか・・・、いや!そんな、そんなはずは!!」

  一瞬、最悪の事態を想像しかけ、一刀は頭を大きく振って頭の中の想像をかき消した。

  「蓮華!蓮華ーーー!!」

  声が枯れるくらいに大声を出し、再び彼女を探す。

  一刀は未だに思春以外の人間に会えていないことに不安が増していく。

  故に、彼は気づかなかった。

  通路に横たわる、変わり果てた肉塊の存在に。

  「―――があああああっ!!!」

  「・・・っ!?」

  宮殿から叫び声が聞こえて来たので一刀は急ぎ向かった。

  宮殿に近づくにつれ、辺りに飛び散る血の量が増えていく。    

  血を踏まずに歩ける場所はない程に宮殿前の廊下は血の海だった。

  体が血で汚れることを気にする暇もなく、一刀は開いていた扉を潜り、宮殿に足を踏み入れた。

  「蓮華ーーーッ!!!」

  叫び声が何重にもなって宮殿内に響き渡る。

  周囲に灯りがないせいで薄暗く、奥までよく見えなかった。

  「蓮華ーーーーーーッ!!!」

  一刀はもう一度愛する女性の真名を呼ぶ。

  「一、刀・・・?」

  「蓮華!」

  蓮華を探す一刀。

  掠れた声だったが、聞き間違えるはずもなかった。

  すると、暗闇の中からふらふらと体を左右に揺らして蓮華が姿を現れた。

  「蓮華・・・!さっき、思春に会ったぞ」

  「一刀・・・」

  「一体何があったんだ?他の皆はどうした?」

  「一刀・・・」

  「何だ、蓮華?」

  その時、蓮華の頬に一筋の涙が流れた。

  「・・・ごめん、なさい」

  「え・・・」

 

 

  「・・・・・・・・・へっ?」

  それはあまりにも予想外の出来事。一刀の思考は止まってしまった。

  蓮華の腹部から何の前触れもなく、複数の刃のついた武器が一斉に飛び出した。

  その中には南海覇王もあった。

  飛び出した武器で引き裂かれた腹からは大量の血が勢いよく吹き出し、一刀の体を赤く濡らす。

  蓮華の腹を切り裂いた武器が床へ音を立てて落ちた。

  「・・・蓮華ぁあああッ!」

  崩れるように倒れた蓮華の体を前から抱き止める一刀。

  抱えたままゆっくりとその場にしゃがむと胸の中にいる蓮華に声をかける。

  「蓮華・・・、蓮華・・・?おい、しっかりしろ・・・」

  蓮華の瞳孔は完全に開いており、一刀が体を揺すっても一切の反応がなかった。

  腹部に空いた傷からとめどなく血が流れ、一刀の白い学生服を

 赤く染げていく。

  温もりが蓮華の体から急速に失われ、冷たくなっていくのを一刀も分かっていた。

  「蓮華・・・。な、何だよ、これは冗談、なのか?

  なぁ・・・、冗談だって、言ってくれよ。・・・蓮華!!」

  だが、一刀は受け入れる事が出来なかった。

  受け入れてしまえば、蓮華が死んだ事を認める事になってしまうのだから。

  「ふぅん♪中々良い絵になっているね~。この悲壮感が、とても良いよ~。あははははあは♪」

  「・・・?」

  一刀が顔を上げる。

  そこには両手の親指と人差し指をそれぞれ合わせて四角形を作り、その中から二人を眺める男がいた。

  一刀と視線が重なったのに気が付くと、男は一刀に話しかけた。

  「あは、おかえり♪二人の世界から戻って来たようだね?

  あぁ、でも孫権ちゃんは死んでいるから、一人の世界って言った方がいいのかな?」

  男はへらへらと笑いながら一刀を見下ろしている。

  「お、お前・・・、何をした!今彼女に何をしたーーーーッ!!!」

  ふるふると唇を震わせ、一刀は怒りを露にするも、男は依然として笑っていた。

  「僕なりの愛の形ってやつを彼女の中にぶち込んであげただけさ。・・・君も見たでしょぉ?

  孫権ちゃんのあの素敵な最後♪」

  「何がそんなに可笑しいんだ・・・」

  「へ?」

  「何がそんなに可笑しいんだって聞いているんだよ!!」

  一刀はもう分からなかった。

  怒り、悲しみ、絶望・・・いくつもの感情が混ざり合い、自分を制御出来なくなっていた。

  「あ、れぇ~?君でもそうやって怒るんだ~ね~♪あっはははははははははははははは!!!」

  「ッ!!!殺す!!」

  理性が完全に吹き飛ぶ一刀。我を失い、床に落ちていた血まみれの南海覇王に手を取る。

  「ふふふ・・・、殺す?この僕を?君が?!あははははははははあはは!!!

  まさか君の口からそんな言葉を聞けるなんて思いもしなかったよ~♪」

  「うおおおおおッ!!!」

  笑っている男に一刀は南海覇王を振り下ろす。

  だが、そこにいたはずの男が突消え、その斬撃は空を切る。

  「はっははぁあ!!いいねいいねぇ~、その眼ぇえ!

  涙流しながらに、僕を殺す気満々のその眼!ゾクゾクしちゃうよ~!!!」

男はいつの間にか一刀の後ろに立っていた。

  「君にそんな眼で睨みつけられるなんて思ってもみなかったよぉ~!!!」

  「うるさい!黙れ!!黙れーーー!!!蓮華を、皆を返せえええええ・・・!!!」

  一刀はもう一度男に斬撃を放つ。

  だが、またしても空を切る。

  「あっはははははっはぁあああ!!無理無理ぃ、そんなんで僕は殺せ無いって、一刀くぅ~ん!」

  「馴れ馴れしく俺の名前を呼ぶなぁッ!!!」

  一刀は怒りに身を任せ、南海覇王を振り上げながら飛びかかった。

  「あらあら・・・、駄目だよぉ、そんな戦い方じゃ」

  男は溜息をついた。

 

 ザシュゥウウウッ!!!

 

  「ぐ・・・ッ!?うぐ、ぅう、ぁあああああああぁぁぁああぁああッッッ!!!」

  突然の出来事だった。

  一刀が南海覇王を男に振り下ろす瞬間、彼の顔左側より血が噴き出した。

  突然、左側の視界を失い、更に切り裂かれた痛みに一刀は悲鳴を上げた。

  「あれ?どうしたの、一刀君?もうお終いなのかな~?ははッ!

  孫権ちゃん達の仇をとるんじゃないのぉ!!」

  「ぅうぅ・・・、うぐ、ぁああッ!!・・・はぁ、・・・はぁ!」

  一刀は痛みに耐え、顔の傷を手で押さえると改めて南海覇王を握る。

  「あー、見ててつらそうだ。ここはひと思いに・・・さよなら」

 

  パチンッ!!!

 

  男は指を鳴らした。

 

  ドシュッ!!!ドシュッ!!!ドシュッ!!!

 

  「ごぶ・・・!?・・・ぼ、ご・・・!?」

  一刀の腹の奥から何かが突き破り、外に飛び出した。

  飛びだしたのは、剣、槍、戟など武器の数々だった。

  武器と共に大量の血が流れ落ち、そして武器と共に床に落ちる。

  口から血を吐き出しながら一刀はその場に倒れた。

  その際、ズボンのポケットから娘と一緒に買った髪飾りが落ちる。

  「孫権ちゃんと同じ殺し方だよ~♪僕も気が利くでしょ?って、もう聞いていないか!あっははははははは!」

  「・・・・・・」

  「って、もう聞こえてないよねー、あは♪」

  床に横たわる一刀は動かなかった。蓮華と同じように体はみるみる冷たくなっていった。

  「一刀君の死亡を確認♪これより外史の削除を開始します、と!」

  誰かに報告した後、男はその姿を消した。

 

 

  「れ、・・・ん、ふぁ・・・。・・・れ、れん・・・、ふぁ・・・」

  意識が朦朧とする中、俺は蓮華に手を伸ばそうとしたが、指一本も動かせなかった。

  必死に動かそうとするも、俺の体は俺の命令を一切受け付けなかった。

  分かっている。でも、それでも俺は必死に手を伸ばそうとした。

  地震のような揺れ。異変にすぐ気づいた。

  周りの景色が鏡のように割れていく。

  割れた景色の向こうに白、黒、赤、青、緑、黄色・・・色々な色が混じった不思議な空間が見える。

  だが、崩れる景色なんて、俺にはどうでも良かった。

  「れ、・・・ん、ふぁ・・・」

  俺は全ての意識を蓮華に注ぐ。

  だが、異変は蓮華にも及んだ。

  蓮華の体が次第に黒く塗り潰されていく。

  あぁ、止めてくれ。

  彼女を奪わないでくれ。

  俺から彼女を奪わないでくれ。

  そんな些細な願いが叶うはずがなく、蓮華はこの世界から完全に消えてしまった。

  「・・・うおおおおおぉおおおおぉおぉぉぉぁぁあああああああ・・・・・・・・・っ!!!」

  周囲の景色は一気に崩れ落ちる。 

  俺の意識はそこで途切れた。

 

 

  「次に意識を、戻したのは・・・、干吉に無双玉を、埋め込まれた、後のことだった。

  奇跡的に、外史の削除から、逃れた・・・俺は、女渦を殺すために、行動した。

  全てを失った、俺には・・・それしか、なかったから、な」

  「・・・・・・・・・」

  二人の間を風が吹き抜けていく。

  彼の身の上を全て聞いた蓮華は言葉を失っていた。

  彼が味わった壮絶な悲劇。

  蓮華は何を言えばいいのか分からず、彼を見ている事しか出来なかった。

 

 

  「「・・・・・・・・・」」

  沈黙が二人の間に流れる。

  予想は出来ていたとはいえ、これほど壮絶なものだとは蓮華は思いもしなかった。

  朱に濡れた彼にかける慰めの言葉など、蓮華には持ち合わせておらず、次に発する言葉を模索していた。

  そんな彼女を他所に、朱染めの剣士はその場を離れようとした。

  「どこにいくの?」

  「女渦を、探す。

  奴がこの、まま・・・、身を隠し、ている、はずが、・・・ない。

  必ず、何か、・・・企んで、いるはず、だ」

  「心当たりがあるの?」

  「ない。だが、探す、しかない・・・」

  「だったら、私達も一緒に!」

  「断る」

  「っ!?どうして!」

  「俺の、復讐に・・・巻き込め、ない」

  「何を言っているの!これはもう貴方だけの問題ではないのよ!!」

  「そう、だとして、も・・・これは、俺の問題、だ」

  寄り添おうとする蓮華を突き放す朱染めの剣士。

  彼女の言う通り、この外史が削除される瀬戸際の状況で、特に女渦に関してはもう彼個人の問題ではなくなっていた。

  にも関わらず、剣士が蓮華達と共に戦う事を頑なに拒む、その理由が蓮華には理解出来なかった。

  「どうして?・・・まさか、祭を手に掛けたことを気にしているの?」

  「・・・・・・」

  朱染めの剣士は言葉を詰まる。そんな彼の反応を見て、蓮華は確信した。

  「祭のことは気に病む必要はないわ。

  あの時、気が動転していてあんなことを叫んでしまったけれど。

  あなたは何も間違ったことはしていない」

  「間違って、いないのは、君も同じ、だ。

  ・・・俺が、あの人を斬った。紛れ、も無い、事実・・・」

  剣士は自身の右手の平を見る。その手は見かけは綺麗だが、その実、すでに血みどろになっていたのだ。

  「そうじゃない!祭は最初から覚悟を決めていた。

  私達の敵になる事も、貴方に斬られる事も全て、分かった上で戦っていたのよ!

  あなたはそれに応じた、ただそれだけなのよ!」

  「それでも・・・、君達の、前で斬る、必要は、なかった」

  「っ!・・・見くびらないで!私は孫仲謀。誇り高い孫家の娘。

  かつての仲間と戦う覚悟はとうに出来ていたわ!!」

  「だと、しても・・・、君は、救いたかった、はずだ」

  「・・・っ!?」

  「君は、そういう、人だ・・・」

  「・・・・・・っ」

  完全に見抜かれていた。

  蓮華は言葉を失い、朱染めの剣士から目を反らした。

  彼の言う通りだった。蓮華は覚悟は出来ていても、甘さは捨てきれていなかった。

  戦いの最中、上手くいけば祭を説得し、共に外史喰らいと戦う事が出来るかもしれない。

  そんな淡い期待を蓮華は心の内に秘めていたのだった。

  「そんな、君の願いを、知って、いた。

  知った・・・上で、踏み、にじった。俺に、君のそばに、いる資格、はない・・・!」

  朱染めの剣士は唇を震わせていた。

  それまで言葉に感情を乗せていなかった彼が、蓮華の前で初めて感情をこぼした瞬間でもあった。

  「違う。あなたは・・・あなたは何も分かっていない!

  肝心なところは何一つ!」

  蓮華は背を向けたままの剣士の元へ駆け寄り、そして前へ出る。

  「貴方はこれまで私を、私達を守ってくれた!

  復讐に何の関係もないはずの私達を、貴方は何度も救ったわ!

  見返りを一切求めることなく・・・」

  「・・・やめろ」

  「だからこそ私も戦いたい!貴方の覚悟に応えたい!

  貴方がそうしてくれたように、私も貴方のために・・・!」

  「やめろッ!!」

  「・・・っ!」

  朱染めの剣士の突然の大声に蓮華は言おうとした言葉を失った。

  額から滲み出る汗。唇を震わせ、苦痛に満ちた顔。

  何故ならば剣士は痛みを感じていたからだ。

  たが、それは体の傷が原因ではではない。彼の中に残る、人の心が締め付けられて痛いのだ。

  しかし、蓮華は気づかなかった。彼がどうしてこんなにも苦しそうにしているのか分からなかった。

  当然である。それは彼にしか分からない苦しみ。

  蓮華が、彼が愛した女性と同じ振る舞いをすればする程に重なって見えてしまうのだ。

  血塗れの変わり果てた愛した女性の姿と。

  「何もかも、違う!

  そんな、立派な、ものじゃ、ない!俺は・・・、俺は・・・!!」

  それは喉の奥でずっと引っ掛かっていた言葉だった。

  それがようやく口から出てこようとした、その時であった。

 

 

  「ちょ!?そんなに押され・・・ひゃああぁぁ~~~っ!?」

  「わ~~~っ!!小蓮さま~~!」

  「えっ!?」

  「・・・ッ!?」

  草むらから飛び出してきたのは二人が知る共通の人物だった。

  「シャオ!どうしてここに!?」

  「・・・・・・・・・」

  突然現れた小蓮に、目を丸くして驚く蓮華と呆気にとられる朱染めの剣士。

 

 

  「大丈夫ですか!?小蓮様!」

  小蓮が飛び出してきた草むらから今度は明命が現れ、うつぶせに転んでしまった小蓮に駆け寄る。

  「も~・・・、だ、誰なの~?シャオのお尻を押したの~!」

  「それは思春さんが・・・」

  「わ、私のせいだと言うのか、亞紗!?」

  亞紗と思春の二人も草むらの中から現れる。

  「あれだけ後ろからぐいぐい押していれば・・・」

  「ですよねぇ~」

  互いに相槌を打つ明命と亞紗。

  「あなた達まで・・・一体これはどう言うことなの!?」

  草むらから出て来た四人を、蓮華は猛禽類の様な眼差しで問い詰める。

  明らかに怒っている蓮華に四人はたちまち萎縮してしまう。

  「しゃ、小蓮様がどうしても、と・・・」

  「ちょっと待ってよ!!そういう皆だって乗り乗りだったじゃない!」

  「まさか、あなた達。私の後を付けて来て・・・?」

  「言い付けを守らなかった事は申し訳ありません。

  しかし、蓮華様の御身を思い、影から見守っていた次第で・・・」

  「ちょっと思春!なに一人で良い風に取り繕うとしているの!?」

  「そうですよ!私達より先に後を付けていたの、思春殿ではありませんか!」

  「言い分けは、少し見苦しいかと思います」

  「な・・・っ!?お、お前達!私は別に・・・!」

  「思春・・・あなたまで・・・」

  一番信頼していた臣下までこの体たらく。

  そんな四人の行動には、さすがの蓮華も怒りを通り越し呆れるしかなかった。

  「・・・って言うか、蓮華姉さまもこんな所で一刀と何をしてるの!

  一体、いつの間に一刀とそんなに仲良くなっているの!?」

  思いがけない妹の発言に蓮華は吹き出す。

  「ち、違うわ小蓮!あなたはきっと誤解をしている。彼はあなたの言っている人とは・・・」

  「何が違うって言うの!まぁ見た目はだいぶ変わっちゃったみたいだけど。

  そんなことで一刀だと分からないようなシャオじゃないもん!!ねぇ~、一刀♪」

  小蓮は甘えた声で蓮華の横をすり抜けると、剣士の腕に飛び付いた。

  「シャオ!話を聞きなさい!」

  話を聞こうとしない妹に話を聞くように促すも小蓮は依然として聞く耳を立てようとしない。

  「そっか~、一刀があの朱染めの剣士だったんだ~♪

  でも、どうして今まで連絡の一つもしてこなかったのよ~。

  突然いなくなっちゃったってすっごく心配したんだから!」

  小蓮はすり寄るように腕に抱きついたまま、今度は上目遣いで見上げていた。

  怒っている風ではあるが、それ以上に剣士に甘えたくて仕方がなく、むしろ意地悪をしているような雰囲気だった。

  「・・・それは、済まない。

  俺も、やらなきゃ、いけない、事があって。心配を、かけたな・・・シャオ」

  朱染めの剣士、もとい一刀はそう言うと小蓮の頭を優しく撫でる。

  小蓮はくすぐったそうに、けど嬉しそうな表情する。

  「あ、あなたまで・・・」

  小蓮の話に合わせる一刀を見て、蓮華は誤解を解いておくべきではないのかと忠告しようとした。

  しかし、彼が顔を上げた瞬間、蓮華は口を止める。

  何故ならば先程まで苦痛に満ちた暗い顔が、まるで憑き物が落ちたように穏やかなに満ち足りていた。

  「忘れていた、この気持ち。

  世界が違っても君達は何も変わらない。いつどこで出会ったか。

  ・・・ただその違いだけなんだな」

  「・・・・・・」

  微笑みながらそう答える一刀に頬を少し赤らめる蓮華。

  そして、一刀は自分に抱き付いている小蓮の肩に手を掛け、ゆっくりと自分から離した。

  「あれ?どうしたの一刀?」

  小蓮の疑問に、一刀は頷く。

  「まだ、やらなくて、いけない、事がある、から・・・」

  そう言って一刀はその場を離れ、彼女達の横を通り抜けていく。

  「・・・最後に、君達に・・・会えて良かった」

  それは誰かの耳に届いただろうか。それは分からない。

  一刀は、朱染めの剣士は姿を消した。

 

 

  それから一週間が経過した。

  先の戦いで建業から逃げるように大半の住民が去っていた。

  そのため城下に人の姿はほとんどなく、街を修繕するための人間がいないため建業は荒廃、廃墟と化していた。

  雪蓮達もこの荒れ果てた街の姿を歯痒く思ってはいたが、それを後回しにしてでも優先すべき事があった。

  「そう、もう下がっていいわ」

  「はっ、失礼します」

  兵士は王座に座る雪蓮に一礼するとその場を下がった。

  雪蓮はその後、更に五人の兵士から同じ報告を繰り返し聞いていた。

  宿敵•女渦を見つけるため、各地に斥候を放ち、情報を集めていたが有力な情報は今のところ無かった。

  「はあぁーー」

  全ての報告を聞き終えた雪蓮は深い溜め息をついた。

  「随分と疲れているわね。病み上がりなのだから、少し休んだらどうだ?」

  雪蓮の横に立っていた冥琳が声を掛ける。

  「私だってそうしたいわよ。けど、今は横になって寝ていられないわ」

  そう言って頬笑む雪蓮だったが、冥琳の指摘の通り、まだ体力が完全に戻っていないのだろう。

  その笑みに元気がなかった。

  「『女渦』。

  遭遇した蓮華達の話だと、かな~り目立つ姿をしているはずなのに全然見つからないのよ。

  気が気がじゃない私の気持ちも分かるでしょう?」

  「分かっているけど、貴女が焦ってもすぐに見つからないわ」

  「そうね。朱染めの彼もあれから姿を現さないし、一体どこで何をしているのかしらね」

  「彼が気になるの?」

  「あら、ひょっとして妬いてるの?」

  「さぁ・・・」

  「ちょっと~、何よその言い方ぁ~!そんな風に言われたら逆に私の方が妬いちゃうじゃないの~!」

  冥琳の素っ気ない態度に、ぶーぶーと頬を膨らませる雪蓮。

  「おやおや、随分と仲のよろしい事で・・・」

  そしてそんな二人の目の前に、何処からともなく干吉が現れた。

  二人は固まった様に動かなくなる。

  「もう少し後にまた来ます。それではごゆるりと・・・」

  軽く一礼すると干吉はその場を去ろうとする。

  「待て、干吉。余計な気遣いはする必要はない」

  「それは助かります。さほど時間がありませんからね」

  「・・・どういうこと?」

  「それについては追々説明しましょう。

  朱染めの剣士殿から言伝を承ったので、それを伝えるべくここへ馳せ参じました」

  「・・・冥琳。皆を呼んできて頂戴」

  「御意」

 

 

  半刻後、王宮内には呉の武将、及び愛紗、星、紫苑の蜀の武将達が召集されていた。

  干吉は彼女達に状況の説明を始める。

  「私は朱染め殿の頼みで女渦の行方を追いかけるため、彼と行動を共にしていました。

  二日前。夷州の周辺にて女渦の動向を察知した私達はとある小島群の中からあるものを見つけました」

  「あるもの・・・?」

  雪蓮は于吉に問いただす。

  「それは巨大な・・・言うなれば動く海上要塞」

  「海上要塞?海の上に要塞が浮かんでいるとでも言うのか?」

  言葉で言われても、どんなものなのか想像できていなのか、思春は疑いの目で干吉を見る。

  「そんな感じです。

  周囲の小島の中に紛れていたので最初は私達も気が付きませんでした。

  木の葉を隠すなら森の中に・・・やってくれたものです」

  「その海上要塞だが、具体的にはどのようなものだ?」

  海上要塞についての詳細を聞く冥琳。

  「見た目は・・・そうですね。例えるのであれば巨大な亀。

  さしずめ霊亀の怪物とでも言えばいいでしょうか?」

  「れいき・・・?

  頭の上に?を浮かべる小蓮。

  それを見かねた穏が霊亀について解説を始める。

  「『礼記』礼運篇に記された古代神話に登場する四種の瑞獣の一つに挙げられる空想上の怪物ですねぇ~。

  ちなみに、これらは四霊とも呼ばれておりまして、他にも

  麒麟、鳳凰、応竜がいるんですねぇ~」

  「「へぇ~~~」」

  小蓮と一緒に何故か明命も納得する。

  「本来、霊亀は背中の甲羅の上に蓬莱と呼ばれる山を背負うとされています。

  あの霊亀もそうであれば、まだ可愛げもあったでしょうに・・・」

  「それは・・・どういう意味だ?」

  意味深な発言をする干吉に対して愛紗は彼にその真意を尋ねる。

  「少なくとも、我等にとってあまり宜しくないモノである事は間違いなさそうではあるな」

  と、横から星が取って付けた様な言い方をする。

  「中に入って直接調べたわけではありませんが恐らく兵器でしょう。

  それを使い、女渦はこの大陸を攻撃しようとしているのだと予想されます」

  それを聞き、雪蓮は頬杖を止めて姿勢を正す。

  「それさ、もう動くのかしら?」

  「動いていましたよ、普通に。

  すぐに攻め入るのかと思いましたが、霊亀は海の中へと沈んでいきました。

  恐らく、我々の存在に気づいたのでしょう。

  そのため、朱染めの殿は一足先に要塞内に侵入、向こうの動きを窺っています」

  「なるほど。それであなたがここへ来たと、そう言うわけね?」

  「如何にも」

  「そうなると、次は大規模の海上戦になるわね」

  そう言うと、雪蓮は王座から立ち上がる。

  「穏、亞紗、あなた達は船団の準備を。あまり時間は無いようだから迅速にね」

  「御意」

  「了解しました~。じゃあ行きましょう亞紗ちゃん♪」

  「は、はい・・・!」

  穏は亞紗を連れて、その場を離れる。

  「思春、明命は兵站の調整をお願い」

  「「御意!」」

  その場で一礼すると、二人は早々にその場を離れる。

  他の面々にも指示を与えていき、その場に残ったのは雪蓮と于吉の二人となっていた。

  「貴女方も戦うのですね?」

  干吉は雪蓮に尋ねる。

  「えぇ、それがどうかしたかしら?」

  何を当たり前の事を言わんばかりにそう答える雪蓮。

  「さしでがましいかもしれませんが、あなた達が動かずとも彼が何とかして下さるでしょう。

  実際、あなた達がどうにか出来るとは思えません。

  勝手に犬死するだけならまだしも。

  下手に動かれて朱染め殿の足を引っ張ることがあっては私も目が当てられません」

  「・・・・・・、随分な言われ様ね」

  「申し訳ありません。生憎と加減というものが出来ない性分ですので。

  ・・・ですが、そちらも流石に理解はしているのでは?」

  「・・・・・・」

  干吉の言葉に雪蓮は黙ってしまう。

  事実、この建業をあっさりと占領してしまうような相手だ。

  今度は海上要塞などという、得たいの知れないものを持ち出してきたのだ。

  これまでに経験した脅威は予行練習でしかないと言わんばかりの戦況の変化。

  それに自分達は追い付いていないと、雪蓮は自覚していた。

  「無駄だと分かった上で戦うのですか?」

  「無駄・・・か。確かにその通りだわ」

  「ほう・・・?」

  雪蓮の意外な反応に干吉は珍しく興味を示した。

  「あなたから見れば、私達がやっている事は無駄で、無意味なものでしょう、・・・でもね。

  私達が求めているものは、いつだってそんな無駄で無意味なものの先にあるのよ。

  今までも・・・そして、きっとこれからもね」

  「・・・・・・」

  しばしの沈黙の後、干吉は手の中から黒い立方体を取り出した。

  「それは・・・?」

  「先程、朱染め殿が送って来て下さった要塞内の見取り図です」

  そう言って、干吉は見取図という黒い立方体を雪蓮に向かって投げる。

  雪蓮はそれを手で取ると、訝しげに立方体を眺める。

  手の中に収まる程の大きさの立方体がどうして見取り図なのか、雪蓮は理解に苦しんでいた。

  「これのどこが見取図なの?・・・ひゃあ!?」

  使い方を聞こうとした瞬間、立方体から突然光が溢れだす。

  突然の現象に雪蓮は間抜けな声で驚いた。

  光の中から現れたのは、海上要塞・霊亀と思われる立体映像。紙などの二次元ではない、三次元の見取図が展開されたのだ。

  「何これ、すご・・・」

  映像は霊亀の内部まで詳細に描かれており、困惑していた雪蓮もその精密な内容に感嘆の声を漏らした。

  「横にある仕掛けで色々と出来ます。無駄だと思いますが、上手く使って下さい」

  「あ、これね。細々したものがついている。いいわ、後でうちの大都督に見せましょう。

  それにしても・・・」

  雪蓮は横目にニヤニヤと于吉を見る。

  「何です。私の顔に何か?」

  「別に。ただ・・・あなたも案外良い人なんだなぁ~と思って」

  「ふっ・・・、嫌味にしか聞こえませんよ」 

  そう言って、干吉はその場から姿を消した。

  「違いないわね、ふふ」

  残された雪蓮はもういない男の台詞にそう答えた。

 

 

  「成程、あなたがその命を削ってまで守ろうとするのが今なら分かるような気がします。

  ・・・無事を祈る事は出来ません。

  せめてあなたの復讐が平穏に終幕するよう外史の挟間から祈るとしましょう」  

  干吉は知っていた、彼の死が逃れ得ない運命である事を。

  朱染めの剣士の復讐劇は、いよいよ終盤を迎える。

 

 


 
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