No.20044

どんなに遠く離れても

高嶋中野さん

ワンピ2次。ほのぼのお笑いストーリー。ナミが仲間になった直後、ゴーイングメリー号宛にある一通の手紙が届く。果たしてその内容とは…?

2008-07-18 23:32:46 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:24444   閲覧ユーザー数:24072

 海は青。空も青。

 我らがゴーイングメリー号は、帆に追い風をいっぱいに受け、大海原をひた走っていた。

 ついこの間、アーロンの呪縛から解き放たれ、この船の本当の仲間になったばかりの航海士が指さす方向は、夢のグランドライン。

 風は穏やか。波も穏やか。

 ナミの航海日誌、本日の一ページにはおそらく「極めて順調。全く問題なし!」と書き込まれるに違いない。

 そんな束の間の平和の中にあるゴーイングメリー号に、ちょっとした事件を引きおこす手紙が舞い降りたのは、ココヤシ村を出て五日ほど経った、正午にほど近い時刻であった。

 

 

 

 バッサバッサと、けたたましい羽音をたてて、一羽のペリカンが船の甲板に着地する。

 動物と見れば、「肉」としか思わないルフィよりも先に、ウソップがこのペリカンを発見したのは、彼にとってたいそう幸運であった。

 

「何だ、何だ?お前どっからやってきたんだよ?」

 

 ペリカンに向かって人間のように話しかけながら、ウソップは近づく。

 人なれしている鳥のようで、近づいてくる人間を見ても、ペリカンは逃げようとはしない。

 それどころか、テケテケとウソップに寄ってきて、クワーッとひとつ大きく鳴いた。

 よく見れば、このペリカン、帽子をかぶって鞄をさげている。そのどちらにも、郵便のマークが入っていた。

 どうやら、船専門の郵便配達鳥のようだ。

 郵便鳥の首にひっかけられた鞄の中から、ウソップはこの船宛ての手紙を取り出す。

 わざわざ海を渡ってきてくれたお駄賃として、ウソップがニボシをポケットから出し、咥えさせると、仕事を終えたペリカンは満足げに飛び立っていった。

 手元に残された手紙の宛名を見ると、整った文字で、「ルフィ海賊団御一行様」とある。

 差出人の名前は表にはなかったが、こじんまりとした文字と、可愛らしい上品な花柄の封筒にはさほど悪意は感じられない。

 クルーのうちの誰か宛に、知り合いから来た手紙なのではなかろうか?

 「御一行様」とあるぐらいだから、きっと全員宛てだろうし、自分が見ても構わないだろう。

 そう思い、ウソップは、その器用な指先で、丁寧に封をきった。

 

「お、何だウソップ。手紙か~?」

 

 ウソップの様子に気付いたルフィが、近よってきて、横から一緒に手紙を覗く。

 数枚の便箋に、几帳面にぎっしりと書き込まれた文字を暫く眺めていたウソップは、おもむろにコックを呼んだ。

 

「おお~い、サ~ンジ~!ちょっと来てくれ~!」

 

 昼食用のスープの仕込みで忙しかったコックは、めんどくさそうにキッチンから顔を出す。

 

「この手紙、お前宛てだよ!」

 

 ウソップが振り回している、便箋の色と柄を見て、サンジはその書き手が女だと直感したらしい。

 喜びいさんで、軽やかにスキップしながら駆け寄ってくる。

 

「誰かおれに思いを寄せるレディから、愛の告白のラブレターかァ~?」

 

 呆れ顔のウソップは、サンジに向かって手紙をつきだした。

 

「そんなんじゃねぇよ!まあ、読めって!」

 

 ニヤニヤと、タバコの煙をハート型に噴き上げていたコックだったが、文面を読み進めるうちに、だんだんと真顔になってゆく…。

 そんなサンジの顔色をうかがいながら、ウソップが声をかける。

 

「どうだ?サンジ、大丈夫そうか?」

「当然だろう!おれを誰だと思ってるんだよ!」

 

 ニッと白い歯を見せて、サンジは自分の胸をどーんと叩いた。

 その言葉に、ルフィとウソップは、「やりィ!」と声を上げ、互いの手をパチーンと合わせる。

 

「なら、決まりだな!」

 

 嬉しげにルフィが、にしし…と笑った。

 

「そうだ!なあ、この計画、ナミさんには内緒にしておいた方が良くないか?」

 

 サンジの提案に、ルフィが大喜びで賛同する。

 

「おう!ナミは騙しといた方が、きっと面白ぇコトになるな!」

「騙すって、お前、人聞きの悪い言い方すんなよ!」

 

 ウソップは、ぺしっとルフィにツッコミを入れた。

 サンジが、何かを気付いたらしく、「あっ」と小さく声をあげた。

 

「ん?どうした?サンジ。」

「いや…これをナミさんに黙ってやるとなると、クリアしなけりゃならない重要な問題が1つ発生しちまうんだよ…。」

「重要な問題…………?」

 

 ウソップとルフィは、顔を見合わせた。そして、サンジの言わんとする所が判ったらしく、ほぼ同時に「ああっ!」と、声をあげる。

 サンジは、考え込むように、ぼりぼりと耳の後ろを掻く。

 

「ん~…そうだな…この計画を完遂するには、もう一人、協力者がいるか…。」

 

 定番位置である船の後方で、柵に寄りかかりながら、昼寝をしている剣士を、ルフィ、サンジ、ウソップは取り囲む。

 ゾロは全く起きる気配もなく、グーグーと高鼾をかいていた。

 まだ午前中だってのに、いい気なモンである。

 

「完璧に寝てるぜ、オイ。どうするよ?」

 

 この剣士、寝つきはとても良いが、寝起きはやたら悪い。

 ここまで熟睡しているものを叩き起こすのは、結構難しかったりなんかする。

 スパーッと、タバコの煙を吐き出すと、サンジはおもむろに言う。

 

「拾えよ、ルフィ。」

 

 で、思いっきりズガーン!と、何のためらいもなく、ゾロを海に向かって蹴り飛ばした。

 寝ていた身じゃあ、防御も何もあったモンじゃない。

 綺麗な弧を描いて、ゾロはボチャーンと、まっ逆さまに海に落ちた。

 さすがにこの一撃で目が醒めたらしく、プハァッとゾロが海面から顔を出す。

 そこへすかさず、ルフィが、腕をグルグルと振り回しながら、

 

「ゴムゴムのをぉぉぉぉぉぉ~~~~ッッッッ!」

 

 

 

 サンジに蹴り飛ばされ、海に落ちて、そこからルフィに勢い良く引き戻され、甲板に叩きつけられたズブ濡れのゾロは、それでもスクッと立ち上がると、ルフィの襟首をむんずっと掴む。

 

「てめェ、何しやがる――――!」

 

 ルフィは、キョトンとしながらサクッと答える。

 

「何って、ゴムゴムの一本釣り。」

「おれは、ワザの名前を聞いてるんじゃねェ!」

 

 抜刀しかけるゾロを、まあまあ、とサンジが間に割って入った。

 

「ルフィは落ちたのを拾ってくれたんじゃねぇか。やり方はちょっと荒っぽかったかもしれねぇけどな。」

 

 サンジになだめられて、ゾロは半分抜きかけた刀を、再び鞘にしまう。

 方法にはいささか異議があるものの、ルフィは、海に落ちた自分を、助けてくれたらしい。

 その恩人を斬りつけたのでは、人の道に背くと思いなおしたのだ。

 しかし、ルフィが突き落としたわけでもなさそうだし、だとしたら、どうしておれは海になんか落ちたのだろう…………?

 寝ていたせいで、蹴られた瞬間を見ていたわけではないので、ゾロは自分を海に落とした犯人が誰なのかを知らなかったのである。

 一件落着なのを見計らって、ウソップが横から声をかける。

 

「それより、ゾロ。これ見てくれよ。」

 

 先ほどの手紙をゾロに手渡す。

 ゾロはそれにざっと目を通して、眉間にしわをよせながら、手紙をウソップに突き返した。

 

「これが一体、何だってんだ。」

「いや、だからよ。どうせなら、ナミに黙ってやってみたいんだって。驚かせられるだろ?」

「そんなもん、勝手にやりゃあいいじゃねぇか!おれには関係ねぇよ。」

 

 サンジがポンポンと、ゾロの胸を手の甲で軽く叩く。

 

「…そう言うと思ったぜ。これはおれたちでやるよ。だがな、ちょいとばかりナミさんの足止めをしておいてもらいたいんだ。」

「足止め?」

「ああ…ナミさんに黙ってるとすると、アレがすっげぇ困るわけよ。」

 

 サンジは、キッチンの方角を親指でさす。

 指の先を、ゾロはしばらく眺めていたが、何のことか悟ったらしい。…が、「めんどくせぇ…何でおれが…」などと、ブツブツ文句を言う。

 乗り気ではないゾロに、ルフィとウソップが両脇からすがりついた。

 

「なぁ、頼むぜ~、ゾロ~!あとはおれたちで何とかするからさぁ…!」

「みんなでナミを騙そうぜ~!」

 

 右と左から、男二人にぶらさがられたのでは、ゾロとしても居心地が悪い。

 二人のしつこいお願い攻撃に、ゾロは渋々と仕方なく、首を縦にふった。

 話が決まったところで、意気揚々とコブシを振り上げながら、船長が音頭をとる。

 

「よぉ~し!これからみんなでナミを騙すぞー!」

「オー!…って、いや、だからお前、騙すって言うなって!」

 

 ナミは鼻歌を歌いながら、浴室から出てきた。

 別に、昼間から風呂に入っていたわけではない。

 今日は、絶好のお天気だったので、風呂場で洗濯をしていたのだ。

 ココヤシ村から持ってきた荷物や、地図の資料の整理整頓をしなくちゃいけないおかげで、ここのところずっと忙しかった。

 それに、ようやく、アーロンから解放され、自分の夢である地図を描くことが出来る嬉しさから、毎日寝る間も惜しんで、その作業にいそしんでいたのだ。

 当然、日ごろの生活が押し出しをくらって、洗濯物が溜まりに溜まってくる。

 ナミは綺麗好きだったので、汚れ物が溜まっている状態が好きではない。

 朝、起きて、湿度と雲の動きを測ったら、本日は一日晴れの自分予報だったので、今日こそは絶対洗濯するぞ!と心に決めていた。

 そして、朝からゴシゴシと洗いまくって、さきほどようやく全部洗いきることが出来たのだ。

 片付いて綺麗になった嬉しさで、ごきげんな気分でドアを開けた途端、ナミはギョッとして立ち止まった。

 風呂場から甲板に出る為には、船の構造上、倉庫を通り抜けなくてはならない。

 ゾロが、ものすごいしかめっつらで腕組みをしながら、倉庫の入り口のドアに寄りかかっていたのである。

 その姿は、なぜか見るも無残なほどに、びしょ濡れだ。したたり落ちる水滴が、床に大きな水溜りを作っている。

 どうやら、随分、長いこと、ここにこうしていたらしい。

 

「ちょっと!ゾロ!どうしたのよ!」

「…………。」

 

 ナミの問いかけには答えず、ゾロは不機嫌そうなまま、ぷいっとそっぽを向いた。

 

「あんた、海に落ちたのね?お風呂、待ってたんでしょう?洗濯してただけだから、外から声かけてくれたら、先に譲ったのに。」

「…………。」

 

 やはり、ゾロは答えない。

 どうやら、本ッ当~に、ご機嫌ナナメのようだ。

 ゾロの無愛想な態度には慣れきっていたので、ナミはさほど気にする様子もなく、近づいてくる。

 干す予定の洗濯物が入ったカゴを床に置くと、ゾロの両耳を掴んでぐいっと引き寄せて、側頭部を自分の目の高さに持ってくる。

 

「あ~あ!アンタ、またサンジ君とケンカしたのね~!」

「…おれが、エロコックと?」

 

 相手をサンジと指定されたことが意外だったらしく、ようやく、ゾロが反応して口を開いた。

 

「サンジ君とでしょ?」

「?…いや…ヤツとは別に…。」

「そぉ?でも、頭の横に、バッチリ足型ついてるんだけど。」

 

 ナミに言われて、ようやくゾロは、寝ていただけなのに、何故自分が海に落ちたのか、その原因を理解した。

 おまけに、ルフィと自分が争ってる時に、蹴った張本人のクセしやがって、図々しくもまるっきし第三者ヅラして仲裁に入ってきてなかったか…?

 

「…ッ!あのヤロウ…!」

 

 サンジに逆襲しようと、背にしていた倉庫のドアから、甲板に出かかったゾロだったが、ぐっと思い留まって動きを止める。

 

 …そうだ、ココを動いてはいけない。今、自分には、やらなくてはならない使命があったんだった!

 

「ね、私、洗濯物干しに外に行きたいのよ。そこ、どけてくれない?」

 ゾロは首を横に振った。

 

 …今、自分のやらねばならないこと…それは、ナミをこの場に暫く足止めしておくこと。

 ドアの前に自分がガッチリ陣取っていれば、ナミはココから出ることが出来ないハズだ。

 

「アンタ、お風呂入りたかったんじゃないの?」

「…………。」

「私、外に出たいんだけど!」

「だめだ。ここにいろ。」

「どうしてよッ?」

 

 問いかけを無視して、ゾロは再び、ナミから視線を逸らし、天井を見上げる。

 

「ちょっと!どけてったら。邪魔!」

 

 きつい口調で言われても、全く反応しないことにする。口喧嘩では、この女には敵わないし、第一、余計なことを口走って、計画がバレてしまっては元も子もない。ここは黙って、このまま通せんぼしているに限る。

 動かない相手に、痺れをきらして、力づくでナミはゾロを押してどけようとした。だが、鍛えられた男相手に女の細腕では、動かせるわけもない。

 

「ねえ!どうして?どういうこと?理由を言いなさいよ、理由を!」

 

 強行突破は無理だと悟ったらしく、ナミは怒鳴りたてる。

 

「…………。」

「どうしても、そこを動く気はないのね…?」

「…………ああ、動けねぇな。」

「判ったわよ!いつまでもそこに勝手にいればいいわ!」

 

 ぷいっと、ナミはゾロに背を向けると、風呂場のドアの目の前にある、自室の入り口から下へ、もぐりこんでいってしまった。

 

 …これでいい。と、ゾロは思う。

 

 もう少し、ゴネられるかと思ったが、部屋で暫く大人しくしてくれているのなら、それでもいい。

 ようは、ナミが甲板に出ず、計画が完成するまで、自分達の行動に気付かれなければいいのだ。

 

 …………ん?いや…ちょっと、待てよ?

 

 現状の重大な欠陥に気付いて、ゾロはバァン!と勢い良く、倉庫のドアを開けた。

 

 …果たして。

 

 出た先には、ナミが、ど~ん!と、仁王立ちしていた。

 

 ナミは、別にヒキタテンコウで脱出したわけではない。

 女部屋には、普段全くといっていいほど使っていない、男部屋へと繋がっている小さなドアがある。そこから、男部屋に出て、男部屋のマストの下にある甲板への出入り口から、外へ出たのだ。

 なんのこっちゃない、ぐるぅり、遠回りをしてきただけのことである。

 ナミはフッ…と、鼻先で笑う。

 

「いつ気付くもんかと思って、待っちゃったじゃない。」

 

 バカにされて、ムッとしつつも、ゾロは次の行動を迷った。

 無理矢理引き戻して倉庫に押し込むか、適当にウソを言いつくろって誤魔化して時間を稼ぐか…。

 いずれにせよ、アレが出来るまで…おそらく、あと、10分…。10分欲しい。

 

「ね~え…ゾロ…。」

 

 ナミが、ヌルぅい笑みを浮かべて、詰め寄ってくる。

 ナミの、妙な迫力に、ゾロは後ずさった。

 その背にドン、と、壁がぶつかる。

 ナミは、ぐいっと、ゾロの喉仏を、人差し指で押した。

 人間の体には、どんなに鍛えたとしても、鍛えきれない弱点がある。目だったり、指先だったり、男ならアソコだったり(笑)、それに、喉だったり。

 細い指先の先端にこめられる圧力に痛みを覚えて、ゾロは呻いた。

 

 …………背後は行き止まり。勿論、前には行けない。

 

 …動けない。

 

「あんた達、何、企んでるわけ?」

 

 声だけは甘ったるく、だが、視線は氷のように冷たいままで、ナミは質問してくる。

 

「…………あんた“達”?」

 

 つうっ…と、冷や汗が、ゾロの背中を伝った。

 

「あんただけじゃないわよね?あんた“達”でなんでしょう?」

 

 …どうして判ったんだ…!

 

 そう、訊く間でもなく、ナミの方から、その答えを並べ立ててきた。

 

「あんた、さっきからずっと不機嫌な顔してる。自分はやりたくないのに、アンタが私のトウセンボしなくちゃならないってことは、つまり、誰かに、邪魔な私の足止めを頼まれたってことよね?あんた一人ならこんなまどろっこしいやり方はしないハズだもの。つまりは複数犯ってことよ。違う?」

 

 …違わない!正解!お見事!

 

 そう答える代わりに、ゾロは睨みつけるナミの視線から、逃れようと目を逸らす。

 

「そう…当たりなのね。…………ちゃんと、こっち見なさい、ゾロ。」

 

 顎の下から、ドスのきいた超低音で、囁くように。

 名前を呼ばれて、思わず下を向いてしまい、恐ろし~い顔したナミと再び目があってしまう。

 コイツの二重のでっかい目は、睨みつけられると、本当に怖い。

 

「誰に頼まれた?……あぁら、言う気ないの?じゃあ、当ててあげよっか?例えどんな理由があったとしても、あんたがサンジ君の言うことを、素直にきくとは思えない…。お願いしてきたのは、ウソップか、ルフィでしょ。…でも、それならどうして、アンタの頭に、サンジ君の足型が残ってるの?サンジ君も、何か一枚かんでるわね。ううん…むしろ、こんな回りくどいやり方が好きなのは、サンジ君。主犯はサンジ君よ。ルフィとウソップは協力者。あんたは単に巻き込まれただけ。

…どう?」

 

 次から次へと…こっちは何ひとつ、口をきいていないのに、何もかもが当たってる…。

 トドメを刺すように、怒気を孕んだ声がぶつかってくる。

 

「答えなさい!男共、全員で、何悪巧みしてるのよ!」

 

 …もうダメだ…。

 

 話せる分だけでも話しておいた方がいい…でなきゃ、こっちがどんな目に合わされるか判ったモンじゃない…!

 観念したように、ゾロが、軽く一つ溜息をつき、口を開きかけた、その時…………。

 

 

 ――――ドォン!

 

 

 船と大気を揺るがせて、凄まじい爆発音が、頭上で弾けた。

 

 ナミとゾロが、倉庫でモメている、一方その頃。

 ルフィとウソップは、みかん畑に続く階段の下に、どーんと立っていた。

 ココヤシ村からわざわざ持ってきた、このみかんと、みかんの木を、ナミはとっても大切にしていた。

 毎日毎日、愛情を込めて、葉の一枚一枚を丁寧に手入れしているぐらいなのだ。

 勿論、この木のみかんを食べるには、ナミの許可がいる。

 一度、ナミがいない隙を見計らって、ルフィがお得意のゴムの手を伸ばして、ナミカン(笑)を無許可でぱくっと食べてしまったことがある。

 側にいた、他の連中は慌てたが、ルフィは「一個ぐらい、バレないって~!」と、カラカラと笑った。

 だが、頭のいい航海士は、木にみかんが、ドコに何個生っているのか、バッチリと数えて把握していたのである!

 

 当然、ルフィの「一個ぐらいバレないって~!」は、いとも簡単にアッサリとバレてしまったワケであり…。

 

 ナミの、もの凄い一睨みで、サンジとウソップとゾロは、薄情にも一斉にルフィを指差した。

 だって、誰がやったのか、ちゃんと言っとかないと、この内の誰かに決まってるってんで、連帯責任で全員殴り倒されるんだもん!

 

 その後、船長は航海士に、口に出すのを憚られるような、メチャクチャヒドい凄まじいトンデモナイ恐ろしい折檻を、コテンパンにされたのであった…。

 

 しかも、最後の捨てゼリフは、「もし、また勝手にみかん食べちゃうようなマネしたら、今度こそタダじゃおかないからねッ!」だったのである…!

 

 今度こそタダじゃおかないって…!

 今でも、もう十分、タダ事じゃねえっス!アワ((゚゚дд゚゚ ))ワワ!!

 

 ズタズタ再起不能ボロ雑巾のようにされてしまった船長を見て、ゾロとサンジとウソップは、「今後、このみかんには関わるまい…」と、固く心に誓ったのであった…。

 

 

 …………が、しかし。

 

 

 あの手紙に書かれた計画を実行するには、ナミが大事にしている、このみかんが絶対不可欠なのである!

 どうしても、どうして~も、ナミにバレないよう、みかんを奪取して、サンジに届けなくてはならない!

 恐怖のナミ大王様は、捨て駒のゾロ三等兵が、こっちに来ないようにしてくれているハズだ。

 

「ルフィ二等兵!」

 

 そう、ウソップに呼ばれたルフィ二等兵が、ブーたれる。

 

「何で、おれが二等兵なんだよ~!おれは船長なんだぞ!」

「いいや、今回の作戦行動に関しては、お前は二等兵で、おれがキャプテンだ!何故なら、おれの指示に従わないと、目的を完遂出来ないのだー!」

「なんでだよ?ゴムゴムのワザで、一発だろ!」

 

 言うやいなや、ルフィはぐい~んと腕をみかん畑へと伸ばした。

 

 …が!

 

 伸ばした手の先で、突然バリバリバリッ!とけたたましい音が鳴り響く。

 電撃が走り、ルフィは丸コゲになって、その場にポテリと倒れた。

 勿論、みかんは取るどころか、木にその手さえ届いてはいない。

 

「だから、言ったろ?おれの指示に従わなきゃダメだって。」

 

 どうやらこの仕掛けは、手先の器用なウソップ仕事だったようである。

 それを証明するかのように、ウソップは数々の罠の解説をし始めた。

 

「まず、電線張り巡らせて、ちょっとでもそれに触れたら、感電するトラップになってんだ。空中から行くのは絶対ムリだな!正攻法で真っ直ぐこの階段上がってくのも危険だ。解除コードを手前の端末に叩きこまないと、奥からウソップ様特製トウガラシファィヤーミサイルが攻撃してくる。」

 

 むくっと起き上がって、ルフィが喚く。

 

「なんだって、そんな仕掛けがしてあるんだよー!」

「外敵から、みかんを守りたいからって、ナミに頼まれたんだよ。」

「外敵?みかんを盗もうとする悪いヤツがいるのかッ?」

「おう。まあな。」

「ナミの大事にしているみかんを!何て悪いヤツなんだ!」

「…っつか、主にお前だっちゅーの!」

 

 ウソップ必殺ツッコミが、スパーンとルフィの後頭部に入る。

 

 …そう…最初ドロボウが発覚した時、ナミにあんなに痛めつけられたにも関わらず、食いしん坊のルフィは、ちっとも懲りてなかったらしい。あれから何度もナミカンに手を出しては、もっとヒドい残酷なおしおきを、何度も受けていた。

 どんなに叱っても忘れてしまうのに苛立ったナミは、こっそりとウソップに、みかん畑用防御トラップを依頼して、ガッチリと仕掛けていたらしい。

 

「空中の電線には、手を触れなければ特に問題はない!トウガラシファイヤーミサイル発射解除のコードはおれが知っていーる!(どーん)」

 

 頼もしく胸をはるウソップに、ルフィが「おおう!さすが、キャプテンウソップ~!」と感嘆の声をあげた。

 ウソップは、ピッピッピッピッ…と、階段の角に取り付けてあった電卓のような文字盤に、4ケタの数字を打ち込む。

 

「よし、オッケーだ!行こうぜ!」

 

 ウソップを先頭にして、ドタドタと二人は階段を駆け上った…が、突然!

 

 

 …………ドッカーン!

 

 

 最上段に足を乗せた途端、そこは派手に爆発を起こした。

 

「シマッター!まだ地雷があったんだった~!」

 

 ひゅるるるる…と、大きく手前の甲板の方へ吹っ飛ばされながらも、ウソップは解説を叫んでいった…。

 

「おおおお!すッげぇー!すッげぇぞ、ウソップー!」

 

 爆風でキリモミ回転しながら空を飛んでゆくウソップを、ルフィはとても羨ましそうに見送った…。…って、やりたいのか!

 

 耳をつんざく爆発音に、ナミは悲鳴をあげて頭を両腕でかばう。

 咄嗟のことに立ちっぱなしのナミを、ゾロがぐいっと押し倒すように、地面に伏せさせ、覆いかぶさるように自分の身を盾にした。

 ビリビリと空気に余韻を残し、火薬の匂いがかき消えると共に、じきに衝撃は収まった。

 一瞬、敵の砲撃にでもあったのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。音は一発しか鳴らなかった。

 

 その代わり…

 

 

 …………ひゅるるるる…………ボタァッ!

 

 

 無様に頭から、何かが甲板に墜落する。

 

「…何ッ?…え?…ウ…ウソップーッ?」

 

 落ちてきたモノが、仲間だと確認するには多少の時間がかかった。何故なら、それは、ウソップだと認識できないほどの真っ黒コゲだったからである。

 自分の上にいるゾロを押しのけて、ナミはウソップらしき黒い物体に駆け寄った。

 ウソップを抱きかかえ、揺り起こしながら、ナミは叫んだ。

 

「ウソップ!真っ黒コゲじゃない!大丈夫ッ?何があったのッ?」

 

 どうやら生きているらしいウソップは、苦しそうに喘ぎながら、途切れ途切れにナミに文句をたれた。

 

「…………ナミ…お…お前…勝手に火薬の量、増やしやがっただろう…。コロす気か…ッ!」

「はァ?ナニ?もしかして、みかん畑のアレに引っかかったのぉ?確かに火薬は私が出血サービス大増量したけど、あの場所に地雷埋めたの、そもそもアンタだったじゃない!自爆じゃないのよ!ばっかねー!」

 

 まあ、無事を確かめられたせいもあるのだが、ナミは同情味の薄い言葉をウソップに投げつけた。

 

「お…おれの死体は、海に流してくれ…そして、おれは勇敢に戦い散ったと、故郷に伝え…」

「うっさいわね!焼けてるかと思ったら、ススで黒く汚れてるだけじゃないのよ!このぐらいで、人間、死ぬもんですか!」

 

 怪我の様子を見て、全く大丈夫だと判ると、ナミはポイッとウソップを床に投げ捨てる。

 腰に手を当てて、ナミは、倒れたウソップと、立ち尽くすゾロを交互に睨む。

 

「さ~あ?どういうことなのか、ちゃあんと説明してもらいますからね!」

 

 二人が説明する間でもなく…

 ふと、猛ダッシュで移動する、真っ赤な服と、麦わら帽子の残像がナミの視界の端に飛び込んでくる。

 

「…え…ルフィ?…ああああッ!」

 

 思わず、ナミは叫び声をあげた。

 何故なら、ルフィの両腕には、抱え込めるだけ抱え込んだみかんが大量に収まっていたからだ。

 

「ちょっと待ちなさいッ!私のみかん――――!」

 

 ナミの制止を無視して、ルフィはドタドタと、大慌てでキッチンに駆け込んでいってしまった。

 

「そういうことだったの!私のみかんを、みんなで勝手に食べちゃう気だったのね!」

 

 背後のゾロとウソップに向かって吐き捨てると、ルフィを追う為に、ナミはキッチンの方へ駆け出そうとした。

 だが、後ろからもの凄い力で引き戻されて、ナミはペタンと尻もちをつく。

 振り向けば、ゾロがしっかりと自分の腕を掴んでいた。

 

「ちょっと!離して!あれ、私の大事なみかんなのよ!」

「いいからここにいろ。」

 

 それだけ低く短く言うと、ゾロは自分もどっかりと、ナミの横に胡坐をかいた。

 座った後も、ゾロはきつくナミの腕を掴んだままだ。

 振り払うように、がむしゃらに腕を振り回してみるが、ゾロの腕は解けない。

 

「採れるのは一人で食べきれる量じゃないし、収穫できたらみんなにもあげるつもりだったのよ!何よ!こんなドロボウみたいなやり方しなくたっていいじゃない!」

 

 腕が振り解けない悔しさと、全員に裏切られたという気持ちから、涙声になりながら、ナミは叫んだ。

 ゾロは俯き、まるで座禅をしている僧のように固く目を閉じたまま、反論するでなく、聞き流すわけでもなく、ナミの浴びせられる罵詈雑言を黙って受け止める。

 一通り叫びまくって、ナミの息が切れるのを見計らって、ゾロは口を開いた。

 

「違う。」

「何が違うのよ!」

「いいから、もう少しここにいろ。」

「どうしてよッ?」

「じきに判る。」

 

 …みかんを食べたいから、泥棒しただけじゃないの……?

 何か私に言えない、それでいて私に内緒でみかんを欲しがるわけでもあるんだろうか…?

 じゃないと、食いしんぽのルフィだけならまだしも、毎度、自分のご機嫌を取りたがるサンジ君や、人の傷つくようなことは絶対しないウソップまでがグルになって、盗みを働く理由がない。

 それに、ゾロの、石のようなこの態度。

 何か信念があるような気がする。

 そして、コイツの性格や行動パターンから考えて、それが、自分に対する嫌がらせであるハズがない。

 それに、ゾロがこういう態勢に入ってしまったら、もう自分が喚いたぐらいでは動かすことが出来ないのを、ナミは今までの付き合いから良く知っていた。

 

 諦めたように、短い溜息を一つ、つく。

 

「判った。ここにいるから。だから手を離して。痛い。」

 

 言われて気がついたらしく、「あ、悪ィ。」と短く謝って、ぱっと、ゾロは手の平を広げる。

 ナミの細い手首には、くっきりと赤く、ゾロの指型が残ってしまっている。

 痛そうにその痕をさすりながら、ナミはゾロを軽く恨めしげに睨んだ。

 命の別状はない程度の怪我だったとはいえ、立ち上がる程の元気はないのだろう。ぐったりとしてノビているウソップの頭を、ナミは自分の膝の上に乗せる。

 そして、ポケットから、絆創膏を取り出した。生傷の絶えない荒っぽい船員どもの応急処置用にと、普段から持ち歩いているものだ。

 あ~あ…早くちゃんとした船医が欲しい!

 それを、ウソップの、墜落の際にのひしゃげてしまった長い鼻だとかに、ぺたぺたと貼ってゆく。

 ただ、黙って側にいるだけのゾロ気付いて、ナミが文句を言った。

 

「ちょっと!見てないでアンタも手伝いなさいよ。」

「お…おう。」

 

 ゾロは、ナミが持っている絆創膏に手を伸ばしかけた。

 その手を、ピシャリとナミは叩き落とす。

 

「あんた、さっき海に落っこちて、そのまんまじゃない!そんな汚い手で治療されたら、かえってバイキンが入っちゃうでしょ!ちゃんと洗ってきなさいよ。」

 

 ナミの言うことはもっともだったので、ゾロは「おう。」と素直にお返事をして、浴室へと消えていった。

 その背を見送り、完全に視界から消えると、ナミはクスッと笑った。

 立ち上がれはしなかったものの、気絶していたわけではないらしく、ウソップが首をもたげる。

 

「ハハハ…あいつ、カッワイイよなぁ~。」

「ウフフ…そうねぇ。ゾロって、目先のことしか考えられないタチなのよ。」

「へ~そうなんだ。」

「うん、そう。ルフィは海賊王になるまでの過程のプランが、ガッパリ抜けてるけど、あいつは鷹の目に会うには、目の前の敵を倒していけば、いつか辿り着ける程度にしか考えてないんじゃないかと思うのよね!」

「アハハハ…あいつ、あるある!そういうトコ!大体一事が万事ってカンジで、そういう行動パターンだよな!」

「でっしょ~!…さて…と!」

 

 ウソップとの和やかな会話を断ち切るように、スクッとナミが立ち上がる。

 

「お?行かれますか?」

「ええ、当然!」

 

 ナミの返事を聞くや否や、突然、ウソップがガバアッとナミの腰にしがみつく!ナミはそれを外そうと、容赦なく肘鉄を連打!

 

「鬱陶しい!邪魔ッ!離しなさいよッッッッ!みんなで私をのけものにして、何か企んでッ!返せ戻せ私のみかん――!」

 

 ナミは、口汚く罵り倒す。

 枷をハズされてまで、そのまま座っているような、大人しいナミであろうハズがなかった!

 ガンガンと頭に、ナミの肘攻撃をくらいながらも、ウソップは必死でナミを引き留め続け、懸命に応援を呼んだ。

 

「ゾローッ!ゾローッ!バッキャロウ、怪我人のおれ一人を置いてくヤツがあるかーッ!ナミに逃げられるだろーがー!戻ってこぉぉぉぉい――――!」

 

 ウソップの絶叫に、「…おうッ?」と声をあげて、ゾロが甲板に飛び出してきた。

 正直にも、ちゃんと手を洗っていたらしい。慌てて出てきた為に、手を拭くヒマがなかったのだろう、濡れた手の水をきるように、ビラビラと手首を振り回していたりなんかして。

 ウソップを倒してひっぺがすことに成功してナミは、キッチンに向かって猛ダッシュをかける!

 そうはさせじと、ゾロはナミを追って、タックルをかけた!

 

「キャー!どぉこ触ってんのよ!エッチーッ!」

「お…おうッ…。」

 

 ナミの悲鳴に、パッとゾロは手を離してしまう。

 ウソップが後ろから、抗議の叫びをあげた。

 

「バッキャロウ!離すな、ゾロー!」

「おうっ!」

 

 再びナミの腕を掴むゾロ。掴まれていない開いている方の手で、ナミはゾロのミゾオチめがけてパンチを放つ。

 ガスッと鈍い音がして、苦痛にゾロは呻き、体を折る。

 それだけじゃなく、今度はコメカミ狙ってコブシが飛んできた。いくら女の腕力とはいえ、さすがに急所に二発は食らえない。掴まえていた手を離して、その防御にあてた瞬間、縛を解かれたナミはクルリと背を向けて走り出す。

 フツー、女がミゾオチやコメカミ狙うかッ?全く何て女だ!

 すぐに追いついて、今度は羽交い絞めにする。ドコもヤバい所触ってないから、今度はいいだろう…って、噛み付くな!

 ゾロとナミが、揉みあっていると、突然キッチンのドアがパタンと開いた。

 ピョン、とルフィが飛び出てきて、二人に向かってドタドタと駆け寄ってくる。

 

「ちょっと、今度は何ッ?」

「出来たんだ!」

「だから、何がっ?」

「お前を騙そうと思ってさ、黙ってたんだぜ!」

「は?騙すぅ?」

 

 騙す、と言った割には、とても無邪気に楽しそうな笑顔を浮かべて、麦わらの少年は、ぐいぐいとナミの手を引いて、キッチンまで連れていった。

 

 台所のドアを開け、中に入った途端、甘酸っぱいみかんの香りが、鼻腔を満たす。

 ここの主であるコックが、満面の笑みを浮かべて、振り返る。

 

「お待ちしておりました、お姫様。」

 

 恭しく腰を折って一礼をすると、「さ、どうぞ。」と、まるで高級レストランでも来たかのように、椅子を引いてナミを座らせる。

 

「どういうことなの?サンジ君!」

 

 サンジは質問に答えるかわりに、ナミの目の前に次々と皿を置く。

 

「ルフィ海賊団専属コック特製ランチ、ご賞味いただけますか?」

 

 テーブルの上には、香草と野菜を添えたチキン…いや、この香りは鴨肉かな?スープ皿にはホワイトシチュー。

 そして…みかんソースのかかったオムライス。

 

 これは、まさか…。

 

 このメニューには、ナミには、激しく心当たりがあった。

 他のメンバーが席につくのも待たず、いただきますとも言わず、呆然とした表情で、ナミはスプーンを手に取り、オムライスを一さじ、口に運ぶ。

 

「どうだ?ナミ…。」

 

 ルフィが、口にスプーンを入れたまま動かないナミの顔を覗き込む。

 ウソップに肩を貸しながら、ゾロも戸口でナミの様子を見守る。

 サンジも、真剣な眼差しで、ナミの次の言葉を待つ。

 

 

 

 

 

 …………最後の日。

 

 

 

 10歳の私は、喧嘩して、大好きだったベルメールさんに、心無い言葉をぶつけて、家を飛び出してしまった。

 家出したつもりだったけど、子供の足じゃあ行ける範囲なんてたかが知れている。

 村のゲンさんの派出所で…ゲンさんに諭されて帰って謝ろうって思った時に、ちょうど良く、ノジコが「やっぱりここにいた!」って、迎えに来てくれた。

 帰り道、ノジコがすごく嬉しげに話してくれる。

 ベルメールさん、待ってるよ!仲直りの約束に、今晩はごちそうにするって言ってた!って…。

 

 うちは貧しかったから、「ごちそう」って言ったら、いつも必ず同じ。

 

 ベルメールさんの得意の、安い鴨肉の野菜添え、具のあまり入ってないホワイトシチュー、そして、特製みかんソースのかかったオムライス。

 

 代わり映えしない、このメニューを、私もノジコも不満に思ったことは一度もない。

 鴨肉も、シチューも大好きだった。

 特に、特製みかんソースのオムライスは、あの頃の私は、それが世界で一番美味しい食べ物だって、信じて疑っていなかった。

 

 

 けれど…

 

 

 家に帰り着く前に、村人の誰かの、危険を知らせる悲鳴のような叫び。

 

「海賊だァ――――!」

 

 私達の家は、ずいぶんと村の中心から外れていたのだけれど、皮肉にもベルメールさんは私に食べさせようと料理をしていた為に、炊事の煙があがり、それがアーロンに家の場所を知らせてしまったのだった…。

 

 あれが、私達姉妹が、ベルメールさんに会った、最後の日になってしまった…。

 …あのオムライスが、二度と食べられなくなるなんて…………。

 

 私はアーロンパークに連れていかれて…

 暴れて暴れて…

 

 あとで魚人どもに恨めしげによく言われたものだが、手におえないぐらい暴れていたらしい。

 ガキ一人、体力が尽きれば動きも鈍くなるだろうと、魚人たちに冷たい地下牢に放り込まれた。

 外へ出ようともがき、力の限り叫び、全てが無駄だと気付いて、泣くだけ泣いて…じきにその涙も枯れ果てて…。

 

 あの時、どのぐらいあそこにいたんだろう…。

 

 おそらく、丸三日ぐらいは放っておかれたはずだ。たかが三日でも、飲まず喰わずでは、10歳の子供にとって十分命にかかわる時間だ。

 寒くて…ひもじくて…このまま死ぬんだろうか…震えながら、もうまともには働かなかった頭の片隅でボンヤリと思い出すことは…

 

 本当は今頃、温かいおうちで、大好きなオムライスを食べていたハズだったのに…どうしてこんなことになっちゃったんだろう…ベルメールさん……ベルメールさん…ッ!

 

 その時。

 

 カタン、と乾いた音がして、部屋に食事が投げ込まれた。

 …そう、本当に、投げ込まれたのだ。

 ベチャッと嫌な音がして、生の雑魚と、古くなって固く干からびたパンが床に落ちる。

 それでも、そんなモノでも、良かった。

 かき集めるように拾うそばから、夢中でがっついた。

 情けなさと、悔しさと、悲しさ。そして生きていられることの嬉しさで、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、それでも私は、ただ飢えを満たすためだけに、美味しくもないエサを口に詰め込んだ。

 

 

 あの日、最期の料理を食べられなかったことを、私があまりにも悔やむので、ココヤシ村の家に帰るとあらかじめ判っている日には、いつもノジコが、あの日と同じシチューと鴨肉と、オレンジソースのオムライスを作って、待っててくれていた。

 子供の作る料理だから、最初は食べられたもんじゃなかったけど、そのうちだんだんノジコの料理の腕も上がっていき、ほとんどベルメールさんの作ったものと同じ味になった。

 

 けど…あのオムライスだけは…あれだけはベルメールさんの作ったものとは何かが違う。

 「特製」と、作った本人が言っていただけあって、あのオムライスは本当にベルメールさんにしか出せない味だったのだ。

 簡単な料理だし、うちは貧乏で特別な材料は使っていないはず…。この村で調達出来る範囲のものに違いない。

 味はまあなんとかいい線いってるところまではたどり着いた。

 けど、香りが足りない。

 口に含んだ途端に、ぱあっと広がる、爽やかなオレンジの香りが、どうしても出せないのよ!

 何かもう一つ、コツみたいなものが足りないんだ。

 色々調味料の分量を変えてみたり、様々な料理のレシピ本を見てまわったりしたけど、どれもこれも失敗だった。

 どうしてだか判らないまま、結局私達は、ベルメールさんのオムライスにもう一度会うことは出来なかった…。

 

 もう一度、ナミはサンジの作ってくれたオムライスを、口に運んで、噛みしめる。

 やっぱり、やっぱり、あの味だ。

 柔らかいふわふわの玉子と、ほど良くトマトソースを絡めたライス。

 そして何より、このオレンジソース!

 ノジコと自分、以前二人で作ったものとはまるで桁違いに、柑橘の香りが芳醇に鼻腔に広がってゆく。

 

「美味しい…。」

 ぽつり…とナミが呟いた。

 その目から、一粒、涙がぽろりとこぼれて、頬を伝う。

 

「ベルメールさんが作ったのと、おんなじ味だ…。」

 

 やったぁ!大成功~!と、周りの男連中が一斉に、手と手をパチーンと合わせて喜びあった。

 ただ一人、ルフィが、ナミの顔を心配そうに覗き込む。

 

「どうした、ナミ。泣いてんのか?」

 

 様子に気付いたサンジも、慌てて側によってくる。

 

「ありゃりゃ…ごめん、ナミさん、思い出しちゃったかな…。」

 

 ナミは首を横に振った。

 

「いいの…嬉しいから泣いてるの…。」

 

 ぐっと、涙をぬぐうと、ナミは微笑む。いつもと同じ、明るい朗らかな笑顔だ。

 

「すっごく美味しいよ。ずっと食べたかったんだ。さすがはルフィ海賊団のコックさん。」

 

 心が落ち着くと、ふと、疑問が沸いて来る。

 全員の顔を見回して、ナミは尋ねた。

 

「ねえ…でも、どうして判ったの?私がこのメニュー食べたがってたことと、それにオムライスの作り方。」

「これだよ、手品の種は。」

 

 サンジが、すっと、ポケットから一通の手紙を、ナミに差し出す。

 それは、さきほどウソップが受け取ったばかりの、花柄の封筒の手紙であった。

 リターンアドレスなど確かめもせず、表面の宛名の文字を見た途端、ナミは差出人の名を言い当てる。見間違うはずなどない。とても良く知っている人物の字だ。

 

「ノジコ…。」

 

 開けて、中身に目を通す。

 

 こんにちは。

 元気でやっていますか?

 ナミ、船のみんなに迷惑かけてない?

 あんたって、ほんと、気が短くて、お転婆で、生意気で、気が強くて、しかも考えナシで行動しちゃうタイプなんだから。あまり男どもをいじめちゃダメよ。

 

「…ずいぶんな言い様じゃない。」

 

 遠慮のない言葉は、家族ならではのものだ。

 側にいた時には、ノジコのこのズバリ核心のド真ん中に斬り込んでくるような口の悪さにずいぶんカチンとこさせられたものだが、ココヤシ村を離れた今は、これがたまらなく懐かしい。

 ちょっとムッとしたように唇をとがらせながらも、ナミは先へと読み進む。

 

 こっちも元気よ。

 あんた達がバカ騒ぎの大宴会をさせてくれたおかげで、村中の食料庫はスッカラカンになっちゃったわ。

 でも大丈夫。

 これからは、無理な税をアーロンに取られることもない。

 生きていくだけのごはんなんて、いくらでも買うことが出来る。

 

 ところで、今更ながら思い出したんだけど、あんた達の船って、あの有名なバラティエのコックさんがいたわよね?

 コックさんに、ひとつお願いがあるんだけど、いいかしら?

 あの子の好きなメニューを作って欲しいの。

 ホワイトシチューと、鴨肉の野菜添え。

 それに、オレンジソースをたっぷりかけたオムライス。

 

 腹巻君と船長さんは寝てしまって聞いてなかったと思うけど、私達の亡くなった母がいたじゃない?

 これは、母の得意な料理だったの。

 ホワイトシチューと鴨肉の野菜添えは、手紙の後ろにレシピを載せました。

 ただ、オムライスだけが、母と同じ味がどうしても出せないの…。

 一応、私達が見つけたそれに近い方法、それを作った時に、母のものとは何がどう違って感じたのかを書いておきました。

 私達ではだめだった。

 けど、本職のコックさんなら、出来るんじゃないかと思ったの。

 どうしても、ナミにあのオムライスを食べさせてあげたいんです。

 宜しくお願いします。

 

 

 その後に、長く細かく丁寧な、ノジコのレシピが続く。

 ナミの脇から、サンジが料理の解説をしてくれた。

 

「まず、バランスを取れなかったんじゃないかな?

オムライスっていうのは、玉子と、中のライスとの釣り合いがすごく大切なんだ。玉子料理っていうのは、簡単に見えて案外奥が深くて、すごく大変なんだよ。

ふわっと舌でとろけるように焼けるようになるまで、おれ、二年はかかったもん。

しかも、それに、ライスに使うトマトソースとは、また系統の違うオレンジソースだろ?更にバランスを取るのが難しくなってしまう。

フルーツソースの香りを完璧に引き出すのは、素人の独学じゃまず無理だしね。

これが出来るなんて、ナミさんのお母さんは、ものすごい料理上手だよ。」

 

 いつものヘラヘラして自分に言い寄ってくる態度とは全く別の、真面目で真剣なサンジの説明に、ナミはとても感心する。

 

「オレンジソースのコツはね、みかんの皮だよ。手紙のレシピを見た途端に、あ、絶対これだと思ったんだ。」

「えっ、皮?」

 

 そういえば、自分達が作った時、皮は食べられないものとして、中身を取り出した後は、さっさと捨ててしまっていた。

 

「マーマレードとかには使うだろ?皮にも香りの成分が沢山含まれてるんだ。

分量も、バランスがあるから計算しなくちゃならないけど、皮を細かく切りきざんで、軽くオリーブオイルで炒める。」

 

 皮を使うだけでもびっくりなのに、更にそれを、しかもオリーブオイルで炒めて香りを引き出すとは!

 確かに、素人の自分達には思いもよらない方法だ。

 

「あと、隠し味としてリキュールを少々。」

 

 クスッとナミは笑う。

 ソースにまで、お酒を入れるだなんて、酒好きのベルメールさんらしい。

 急に演技めいた口ぶりで鼻息荒くサンジが付け足した。

 

「…それに、これが決め手!愛をてんこもりに注ぎ込みましたーッ。」

 

 ルフィが横から口を挟む。

 

「おお、スゲーな!アイってそんなに美味いモンなのかー!」

 

 サンジがくるくる眉毛を吊り上げる。

 

「あァ?おれの愛は、ナミさんだけに捧げてるに決まってるだろうが!テメェの分には入ってねーよ!」

「なにィ?じゃあ、ナミのだけ味が違うのかッ?おい、ナミ、おれのと皿交換してくれ!」

 

 ナミのオムライスに手を伸ばそうとするルフィを阻止しようと、サンジが足技を繰り出す。

 その様子を見て、ナミは楽しそうに大笑いした。

 

「薀蓄はいい。早く喰おうぜ。冷めちまう。」

 

 もっともなことを言いながら、席についたゾロを、サンジが睨みつける。

 

「オイ、汚ねーな!お前、海水でベチャベチャじゃねぇか!」

「ちゃんと、手なら洗ったぜ。っていうかなぁ!思い出した、おれを海に蹴り落としたのは、てめェじゃねぇか!」

 

 更なる大喧嘩に発展しそうな所を、ナミは厳しい一言で遮る。

 

「うるさい!喧嘩したらご飯抜きにするわよ!みんな、おとなしく席につきなさい!」

 

 お母さんの号令に従う子供のように、男どもはどやどやと、全員素直に席につく。

 着席した所を見計らって、

 

「はい、いただきます!」

 

 ナミの音頭に、全員が声を合わせてお行儀良く復唱する。

 

 

「「「「いただきまーす。」」」」

 

 

 食べ出してしまうと、どっちが多いだの、ピーマンよけるなだの、目も当てられないほどの、えらい騒がしい食卓に戻ってしまうわけだが。

 自分の分だけは、ガッチリとキープしながら、ナミは懐かしい味のする料理を思う存分頬張った。

 飛んでくる皿だの、残飯だのを器用に避けながら、脇に置かれている手紙にチラリと目をやる。

 ノジコの手紙には、レシピの後ろに、更にもうちょっとだけ続きがあった。

 

 

 めんどくさくなったり、疲れたりしたら、いつでも帰っておいで。

 あと、世界地図が出来たら、絶対に帰ってきて見せること!

 家族なんだから、これは絶対の義務よ!

 いつか、帰ってきてね。

 いつでも、いつまでも、あんたの家は、ここなんだから。

 

 

 出発することを、ノジコに告げた、その日の晩…

 

「私はこの村にもう、戻らない方がいいかも知れない…」

 

 私は、そう、こぼした。

 アーロンパークの思い出を背負っている私の存在は、みんなには辛いだけかも知れない…私はいなくなった方がいい…そう思ったのだ。

 そしたら、ノジコはバカみたいにゲラゲラと大笑いした。

 

「どうしたの?あんたらしくもない!ずいぶん殊勝にしおらしげなこと言うじゃない!」

 

 あんまりノジコが笑うので、ムカついて笑うのをやめさせようと肩をどつくと、目から火花が出るぐらい激しく頭を叩き返された。

 

「あんたが村を出ていくのを誰も止めないのは、あんたが外の世界に出たがってるからよ!あんたが出ていけばいいなんて思ってる人間は、この村には一人もいない!」

 

 激しく怒りを含んだ声で、ノジコはそう言い切ってくれた。

 

 

 判ってるよ、ノジコ。

 何年先になるかわかんないけど、私はいつかきっと世界地図を書き上げて、そしてココヤシ村に帰るんだ。

 家族だもん。

 今の私の家はこの船だけど、それでもいつか帰ることが出来る場所があるのって、なんて幸せなことなんだろう。

 旅立つ前に、ノジコがくれた左手のブレスレットを握り締める。

 ノジコが私や、ここのクルーを想ってくれてるのとおんなじように、私もノジコや、ココヤシ村のみんなのことを想っています。

 どんなに遠く、離れても。

 

 そうだ、後で、サンジ君の教えてくれたオムライスの作り方を、ノジコに手紙で送ってやらないと!

 

 

 

 

【END】 


 
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