No.200228

『記憶録』揺れるフラスコで 6

グダ狐さん

やっぱりガメラ平成三部作は何度見ても面白い! グダ狐です。
特撮映画は昔から大好きで、特に怪獣ものはいいです。
縦横無尽に暴れまわって軍隊を虫けらのように蹴散らし、人間の試行錯誤すらも一薙ぎで霧散させてしまうモンスターには笑みが止まりません(ククク
そして告知として。
HPのほうで『記憶録』の本編その2「アノ月ハ誰ノモノ」の公開を始めました。徐々に(遅いですが)公開していきますので、興味を持った方はそちらもご覧ください。

2011-02-07 16:22:00 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:430   閲覧ユーザー数:429

 ガサラキ・ベギルスタンの暴動を軍は公表こそしたものの、事実は巧妙に歪められていた。ガサラキが酒好きということは世間でも知れ渡っていることもあって、事態の発端である泥酔による暴動だということはそのままだったが、その彼を沈静化させたのが軍、しかもリリオリ・ミヴァンフォーマ率いる小隊の功績だとした。

 戦場となった大通りの被害は戦いの激しさを物語らせ、その中を生き抜き、勝利を掴んだと民間の放送局は報道している。

 彼女は英雄。人を超えた最強の武人。軍が開発した機械人形なのではないか。実はでっち上げのなのでは。

 そんな失礼な報道ばかりを連日繰り返し、リオークス基地にはリリオリに取材を申し込む報道陣が現れては追い返されていた。

 ガサラキが魔法を使おうとしたことや、そんな彼を本当に鎮圧させたリース・リ=アジールのことなど、最初から居なかったかのように全く触れなかった。これは国家級の事件だ。広まれば軍ではなく国家そのものが動かなければならないほど重大だった。だというのに、軍は功績という形でリリオリに押し付け、事実を歪めた。

 否、軍が揉み消したのだと、リリオリは確信していた。軍が出動したのに、その功績を与えるくらいならば、軍属の誰かの英雄譚として使った方が利益が出やすいからに違いない。

 実に不愉快で侮辱された気分だと、リリオリはこの十数日間を過ごしていた。

 だから、今は基地内の食堂で夕食を自棄食いをしている。

 

「あの…ミヴァンフォーマ少佐。少し、食べすぎじゃないですか」

 

「…気のせいだ」

 

「気のせいって、定食大盛りが五つ目―――」

 

「なんだ」

 

「いえ、元気でご健康的な食欲かと思います」

 

「……………」

 

 ジト眼で睨みつけると、向かいの席に座るアルミィ・フォーカスは縮こまってしまった。一言余計に口を出した、横に座る部下はそっぽを向いて無視している。

 本日の訓練を終え、食堂で定食を待っていると横に彼女が現れたのでそのまま一緒に食事を取ることにした。彼女は整備室のソーイチ・リヴェルトとは違い、認識も会話もそれほどしたことがない。

 肩身を狭くするアルミィだが、そこまで強く睨んだつもりではなかった。考えていたものよりも凄味のある表情になっていたようだ。口に入れた肉を殆ど噛まず、飲み込むようにして空にする。隙間の出来た口を開いて吐息を洩らして顔の引き攣った筋肉を解く。

 

「いや、すまない。少し苛立っていてな」

 

 力を抜いて多少だが表情に強張りが消えて、顔に緩みが生まれた。するとアルミィの縮こまっていた身体が元に戻ってきた。それでも恐る恐るといった雰囲気を出しているのは、まだ残っている不機嫌が隠せていないからだろう。

 

「すみません、フォーカス主任。ここ数日は毎日のように取材させてくれって来てましたし、基地の外から無断で撮影してましたから」

 

「………………まぁ仕方がないですよ」

 

「今日の訓練も終始撮られていたからな。訓練中の事故だといってカメラを狙撃すれば良かった」

 

「少佐、それはそれで別の問題が出てきますよ」

 

「知るか」

 

 やる気に出し始めた部下達に、本格的な訓練を開始した時にこれだ。極秘や秘匿するものではないが、撮影や取材をするのが訓練風景やリオークス基地でなく、リリオリだけだから余計に苛立ちが積もる。

 だが、一連の報道がガサラキの暴動から来るものなら、部下達のやる気も同じくガサラキの暴動から来ている。暴動が起きなければ外野が騒がしくなることもなかったと考えるべきか、起きたからこそ部下達が兵士として自覚して自身の未熟さを知ってくれたと考えるべきか。どちらかと問われれば後者だと即答えるだろう。

 

「そんなことより、軍の上層部は何故ガサラキを沈静させたのを私の功績としたんだ。リースのことは何故…」

 

「リース…?」

 

「少佐」

 

「いや、何でもない」

 

 首を捻るアルミィに、部下に諭されて苛立ちの余りうっかり話してしまいそうになった。

 現在、ガサラキの暴動について一つの戒厳令がしかれている。それは、リース・リ=アジールのことを他言無用にせよ、という情報操作だ。

 それは当然基地内でも行われ、基地司令のダルタロス・ローカリストを含めた数人にしか知られていない。研究部に主任といえど、この戒厳令は適応されているので知ることも教えることも出来ない。うっかりで話していいことではなくなったということだ。

 このような情報操作までして、彼女を英雄のように仕立て上げたのは、他でもない彼女自身が属する軍部だ。裏でどのような思惑があるのか分からない。

 だが、これはガサラキたち魔王との共存を謳っているフォリカにとってむしろ害ではないのかと思うときもある。魔王に対抗できる存在を手に入れたということは、魔王にとってそれはいつでも貴様の咽喉元に切先を向けられることを意味している。

 近いうちにお茶に窺うとリースは去り際に言っていたが、この事態だ。おそらく来ることないだろう。

 

「そういえば、主任。新兵器の開発って順調ですか」

 

「あれ。軍曹さんに開発計画の話ってしましたっけ」

 

 部下がリースから逸らそうと話題を変えようとするが、妙な所で墓穴を掘ったようだ。困りましたどうしましょ助けて下さいと雰囲気で訴えてくる。

 本人から聞いていない話題を引きずり出したはいいが、そこに疑問をもたれてしまった。

 ちなみに、横にいる部下とは先日のガサラキの暴動時に起こしに来た男だ。名前は聞いたはずだったが覚えていない。なるほど、軍曹だったのか。

 

「この間、ソーイチからそんな話を聞いてな」

 

「そう、それでですよ」

 

「それでですか。秘匿、というわけじゃないですけど、簡単に話さないで欲しいものですよ。ただでさえ彼の考えていることは解りづらいですし、人のというより私の扱い方が最近酷いというか雑になっていませんか。研究部の主任なんですよ。なのに最近は背伸びしている女の子程度にしか見てくれませんし、何よりもう成人しているんですからね」

 

「すみません」

 

「なんでお前が謝るんだ」

 

「いやだって…なんか自分が責められているような、悪くしてしまったような」

 

 眉毛をハの字に下げて、情けなく背を曲げる軍曹。あの夜に見せた啖呵を切るような覇気はどこにも見当たらず、本人だったのか疑いたくなった。

 対して、スイッチの入ってしまったアルミィは背が低いことが悪いのかとか、もっと派手さを出さないと気付いてくれないのかなどをくどくどと一人喋り続けていた。犬でも棒でも何でも構わないから、とりあえず胸にある不満をぶつけさせてくれといった感じだ。

 ふむ、とリリオリが真顔で困った雰囲気しかない軍曹に言う。

 

「確かにそうだな軍曹。これは軍曹、お前の所為だ。だから軍曹、アルミィ主任が全て出し切るまでここにいて一語一句洩らさずに聞くことを命じる。ではな軍曹」

 

「しょ、少佐」

 

 まだおかずの残る定食を持って立ち上がろうとするリリオリの両肩を軍曹が押し留めるようにして妨害してきた。

 

「なんだ離れろヘンタイ! 私にこんなヘンタイの部下から強引なアプローチを貰っても嬉しくないぞ!」

 

「少佐ぁ…! 敵前逃亡は許しまじき行為だと言っていたのは少佐ですよね! ならその言葉の通り、ここに残って戦うべきではないですか!」

 

「馬鹿か貴様、誰が敵前逃亡だ! 目の前にいるのは親しく優しい研究部主任だぞ! 話を聞くだけなのに戦うとは失礼だぞ! それに私はただ席を移動しようとだな!」

 

「それが敵前逃亡だと言うんです!」

 

 見方によっては抱き付こうとしているようにも見えなくもないこの不謹慎な体勢だが、本人達は至って本気でせめぎ合う。しかも逃走やら戦うなどの不審な会話を目の前でまだ喋っているアルミィに聞こえないよう、声を小さくして押し付けているがどっちも引こうとしない。

 

「ああっ!!」

 

 突然、アルミィが驚きの声を上げた。

 逃げようとしているのがバレたか。ゆっくりと視線を彼女の方へ向けると、声と同じく驚きの表情をしている。

 

「すみません、話が脱線してしまって。えっと新兵器のことですよねってアレ、何してるんですか」

 

「いや、何でもない」

 

 問いに答えると同時に、気が動転して座り直してしまった。口の中で舌打ちを鳴らす。これでアルミィが話し終えるまで逃げることは不可能となってしまった。座らずにそのまま、報告書を作るなどといってしまえば逃げ出せたがすでに後の祭りだ。横を見れば、どこか勝ち誇り安堵した表情の軍曹が肩を垂らすほどの大きな一息を吐いていた。

 実に忌々しい。犠牲者は一人寂しくよりも二人仲良くのほうがいいとでも言いたいのか。助け舟を出して状況が悪化させておきながら逃げ出そうとしたリリオリが悪いのだが、その安堵の表情が何より苛立たせる。御礼に今度の軍曹に課す訓練はスペシャルハードコースにしてやると内心で誓った。

 

「そ、それでどうなんですか」

 

 そんなリリオリを感じ取ったのか、はたまた沈黙で何をしていたのか疑われるのを防ぐためか。軍曹が慌てて話を戻す。

 そうですねぇ…、とアルミィは間を置く。

 

「試作機ならもう完成間近ですよ。元々設計図は出来ていましたから、それほど改善する必要はなかったんですが、やっぱり自分で一から造るのって難しいですね。何箇所か構造を変えなければなりませんでしたから」

 

「確かパワードスーツの発展系みたいな奴ですよね」

 

「簡単に言ってしまえばそうです。パワードスーツの開発技術はグーテルモルグに劣りますし、独学の知識でどこまでどこまで通用するか不安ですけどね」

 

「それでも完成目前まで形に出来たんだ。凄いじゃないか」

 

 ありがとうございます、と苦笑するアルミィ。

 

「武装の方もリヴェルト主任に造ってもらってますし、順調に進めば明後日ぐらいには試作実験が行えますね」

 

「その時に飛行実験も同時に行うのか」

 

「でも実際に飛行運転をするのは怖いです。うまく起動しなくて墜落となれば計画そのものが凍結される可能性もありますから」

 

 フォス・プランにどのくらいの資金と期待が籠められているか、リリオリは知らないし想像も付かない。この開発計画は世間だけでなく、軍内部ですら秘匿はしていないが一般公表もしていない。無用な競争率の上昇や技術の低いものを参加させないようにするための処置だろうが、裏返せばそれだけ高い結果を上層部は望んでいるのだ。

 失敗した時のリスクも大きいのも当然だといえる。

 実験中の事故で壊れたりすれば、想像を絶する絶望を押し寄せてくる恐怖にアルミィは恐れていた。

 

「大丈夫ですよ。必ず成功しますって」

 

「ここまで来れたんだから、自信を持った方がいいぞ」

 

 自分の造ったものに弱気になったアルミィに軍曹が励ます。重ねるようにしてリリオリも言葉を出すと、やはり苦笑いだが笑みを浮かべた。

 

「そう、ですよね」

 

「そうですよ!」

 

「なんでしたらテストパイロット、軍曹さんやりますか」

 

「じ、自分なんかで良いんですかっ!!」

 

 アルミィの提案に、軍曹は驚きの余りテーブルを叩いて立ち上がった。身体を前のめりにしてと、驚愕の表情で迫る軍曹の顔にアルミィも驚いて身体を引いた。明らかに怯えている。

 テーブルの上にある軍曹の襟首を掴み、無理矢理引き釣り下ろす。椅子をガタガタと揺らしながら座らせ、頭に一発だけ拳を入れておく。目尻に涙を溜めて軍曹は殴られた箇所を摩ってリリオリを見るが無視する。

 

「テストパイロットを選出するなら、ここの兵士よりも空軍のベテランを選ぶべきではないのか。いくらパワードスーツの発展型とはいえ、それは空を飛ぶのだろ」

 

「あれは戦闘機や飛行機と違ってパイロットの動きをそのまま反映しますので、むしろミヴァンフォーマ少佐や軍曹さんのような陸軍兵士のほうが適します」

 

「しかし、こいつで大丈夫か。壊しかねないぞ」

 

「毎回、訓練用の剣を壊す少佐よりは安全だと思いますイ゛テ゛ッ!!」

 

 さらに一発入れる。

 

「そうですね。ミヴァンフォーマ少佐には、おそらくリヴェルト主任から正式にテストの依頼が来ますよ。だって彼が作ろうとしているのは―――」

 

「剣だろ、本人から聞いた。それに先約もしてあるから当然だな」

 

 だが、この計画の失敗作に一番近いのは、おそらくだがあの男だ。

 彼専用に出来たともいえる整備室の、独りしか居なくて自動的に主任となった男も参加が決っている。賄賂(わいろ)や媚でも売ったのだろうと噂が流れたときもあった。だが、あの男が賄賂が行えるほど金も無ければ、媚を売るような技術も無いのは誰もが知っている。

 

「だがな、あの調子で間に合うのか疑問だったぞ」

 

 先日、訓練用の剣がまた壊れたので持っていったついでに聞いてみると本人は、他人から見れば幸運だけど本人から見れば不運だったんだ、と陰のある笑顔で端末に噛り付いて慣れていない報告書やら設計図を必死に作っていた。

 引篭もり癖は以前から合ったが、そこに根暗とキモチワルイが混ざりこんでしまったような今の彼は最近まともに寝ていないらしい。しかも急激に視力が落ちて眼鏡を掛けていた。

 

「大丈夫…じゃないですか。五日ぐらい前、やっと報告書と設計図が出来上がったって言ってました喜んでましたから、そろそろ作り出すと思いますよ」

 

「これからだと! それでは振るえるのはまだ当分先じゃないか!」

 

 ヒャイ、と謎の悲鳴を小さく上げたアルミィは怯える子供のように萎縮してしまった。目尻には涙が溜まっている。

 

「む、すまない。だがな、それでは…むぅ」

 

「壊れないように頑張ってるんですから、そんなに焦らない方がいいですよ。リヴェルト主任もテスト運用を他の誰かに変えるなんてないでしょうし」

 

 期待が大きかっただけに早く振るいたいという焦りが抑えきれない。

 リリオリが使う剣が、否、いま使われている全ての剣が彼女についていけずに瓦解してしまう。ガサラキの暴動の時は刀身を晒さずに鞘のまま戦ったが、結局壊れてしまった。手加減をしている訓練の時でさえ、何度も整備室に持っていく状態だ。

 一回の戦闘や訓練でこの様(ざま)ではいくら剣があっても足りない。それを補うための、防ぐための新たな剣だとリリオリは考えている。

 だが同時に、剣がすでに古い武器だと理解はしている。合理的で効率的な戦闘を行いたいのであれば銃を使ったほうが好ましいに決っている。それでもまだ使い続けようとするのは、魔王という爆弾を持つこの国の意地か何かだろう。それに沿うように、または付き合っているともいえるリリオリに言えたことでもないが。

 

「そうすぐ大統領とグーテルモルグ国家元首の宣言式典ではありませんでしたか」

 

 アルミィの機嫌も直り、食事を終えようとしていた時に軍曹が口を開いた。

 

「もうそんな時間か」

 

 グーテルモルグ。アルミィが造ろうとしている兵器の原形であるパワードスーツだけでなく既存する兵器の開発先進国で、バームクス海洋を挟んだ世界最大の国土を持つ軍事国家である。その技術力は他の双璧を作らせず、パワードスーツにおいてはすでに一部実戦配備されていると情報が流れたことが過去にあった。

 同時に歴史内で魔王による攻撃や侵攻が最も激しかった国でもある。その所為だろうか、グーテルモルグでは魔導工学を一切導入しようとはしていない。フォリカが魔導工学を推進する国ならば、グーテルモルグは純粋な科学のみを発展させ続ける国だ。

 

「両国同時中継ですからね。政府や式典会場ではちょっとしたお祭りムードですよ」

 

 食堂に取り付けれている画面には、今朝からの動きや近年の両国の活動や事件、事故などの報道が流れている。その中には、当然ガサラキの件も映し出されていた。

 そんな一連を流し終えると、今度は現場に視点が切り替わる。アルミィが言ったとおり、会場周辺には軍が警備にあたり、騒いでいる民衆の壁となっている。

 

「しかし、宣言式典は今更ではありませんか。互いに技術提供をして利益になるわけでもないのに」

 

「自分たちがこれだけ世界の平和に貢献していることを形として示そうとしているんだ。正面上では仲良く手を取り合っているように見せているが、グーテルモルグからすればフォリカはテロリストを擁護しているようなもので、内心や国民はいつ侵攻する名目を虎視眈々と狙っているわけだ」

 

「そんな矛盾のような同盟で大丈夫なんですか」

 

「知るか。だが、こうして式典という形で世界に声明を出せば、それがそのまま他国の認識となる。そうなれば先に裏切った方が世界中から避難や抗議を浴びるだろうな。他国はこの二国の亀裂を知っているのだから」

 

 魔王という存在を嫌い、何度も滅ぼそうとしたグーテルモルグが魔王と共存を進めるフォリカと同盟を組んでいることが他国では理解されていない。互いに平和を望み貢献しようという意味から同盟を組んでいるが、グーテルモルグが宣言する平和は質こそ同じだが定義が違う。魔王は今でも憎むべき敵として見ているあの国にとって、共に生きようとするフォリカは“敵の味方は敵”でしかないのだ。

 だからこそ、フォリカとグーテルモルグの間にある同盟が不思議だと言われている。嫌う理由も組む意義も分かっているのにだ。

 画面の中が慌しくなってきた。どうやら式典はもう間もなくのようだ。

 舞台袖から見る光景とはとても愉快だ。間もなくあそこに自分が行くのだと思うと、緊張で胸が締め付けられるのを他でもない心臓が感じている。豪華に飾られ、彩られた舞台。しかも会場は万人とも錯覚しそうな民衆と、その背後を覆うように並ぶ大勢の報道陣と中継用のカメラで埋め尽くされていた。

 平和の維持と継続を訴え、その努力を惜しまないとグーテルモルグとフォリカが謳うための、宣言式典。

 これ以上の式典など滅多にないだろう。

 舞台の主人公であれば生まれてくる緊張感は想像を超えるほどの痛みを受けるだろう。

 だが、この視点の持ち主は一世一代の主人公ではなく、選ばれておりながら万人と変わらないエキストラや脇役の一人、グーテルモルグから元首について来た男のものだ。違うのは主人公を見る場所が客席か舞台かの違いだけ。

 

「く、くくく…」

 

 この事実に改めて認識すると緊張の中で笑みが洩れた。このような大舞台の場で笑うなど不謹慎だと思う人間もいるだろう。だが、これが笑わずにはいられない。

 用意した台詞など、主人公が放つ絶対的な雰囲気に比べてチリやカスでしかない。そのくせ、失言の一つでも洩らすと世間は過敏に反応する。今まで甘やかしていたのを、手の平を返したように批判してくるその反応は病気や気違いの類いでしかない。

 そう男が耽っていると、舞台袖に居る全員に背広を着た警備員から舞台に出るように誘導された。

 扱いは丁寧で気を使っているが、現実は主人公を立てるための脇役か、それか舞台を豪華にするための飾りか。どっちにしろ、これから出てくる二人に勝るものなどない。

 円を描くように設けられた席の一つ。その前で立ち止まり、舞台袖と同じ光景を見下ろす。だが彼らは見たいのは脇ではなく主人公だと訴えている。そう慌てなくてもすぐにそれはやってくる。

 騒音のような大歓声と拍手に導かれるようにして、二人の主役が左右の舞台袖から舞い下りた。

 ゆっくりと舞台中央まで歩き、フォリカ大統領とグーテルモルグ元首は合流し、それぞれの壇上の前に立った。

 

「会場、そしてこの放送を見ているフォリカ、グーテルモルグの両国民の皆さん。平和で、しかし進み歩むことをやめない世界に暮らすことを感謝しましょう。今ある平穏は歴史の先代たちが積み上げてきた結晶であり、その願いの表れでもあります。世界中の国と人がこの平和を潰えさせまいと努力し、また次の世代にその想いを繋いでいます。そして今、その成果の一つとして、私とグーテルモルグ国家元首がここにいます」

 

 先に口を開いたのは、同盟国フォリカの大統領だった。

 灰色の背広を中肉高身長の身に纏い、その場を釘付けにするだけの魅力を持った大統領に促されて、男が属する国の元首が言葉を続けた。

 

「この度は、この式典の開催を心から喜び、同時に感謝を申し上げます。けれど、皆さんには一つ解っていただきたいことがあります。それは、我々が自分の内側のみが平和であれば良いと考えていたわけでありません。むしろ外側を見てこそ、真の平和が実現できるのだと言えるのでしょう」

 

「そうです。だからこそ、我々はここにいるのです。隣へ歩み寄り、共に歩む隣国を理解し、同時に自分のことも理解してもらうこと。差し出すべき手は暴力ではなく対話なのだと信じてほしい。屈服させることも、従属させることも、平和を遠ざけてしまう行為です。国が、国民が握るべきなのは人を殺す銃や剣ではなく、人を理解して想いやるこの手です」

 

 そう演説したフォリカ大統領が手を差し伸べ、グーテルモルグ元首が応じる。硬く握られた握手を境目に二人が並び立つその光景を会場の民衆が、カメラが、おそらくその向こう側に居る両国民が釘付けになっている。

 国民だけではない。他国の政府や放送局でも同様だろう。

 

「我々がその一歩であり、また世界が歩むべき融和だと確信しております!」

 

 告白するように、強く宣言するグーテルモルグ国家元首。

 二人が舞台に登場した時よりも強く激しい拍手の嵐が会場に巻き起こった。誰もがこの二人の言葉に感激し、感銘を受けて立ち上がって両手を叩いている。その中には口笛を吹く甲高い音も紛れているが耳障りでなく、むしろどれだけ心を動かされたかと表現しているようにも聞こえる。

 全員が共感できたということはないだろう。特にテレビを介して見ている人間だ。この言葉を冷静に分析するもの。言葉だけの上っ面な幻想だと悲観するもの。それは分別すれば万にも億にも匹敵するかもしれない。だが、その一人が、あの言葉を聞くためのこの会場にいるとは誰もが思いもしないだろう。

 時間をタップリ使って満喫するまで待ち、振るうように強く握り直したフォリカ・グーテルモルグ両国の代表は壇上をあとにして背後で待つ各々の官僚の下へ行き、入れ替わるように男が壇上へ向かった。

 

「まずは、今回の式典にこうして参加できたこと。誠にありがとうございます」

 

 両国の代表が起こした嵐の演説の後ということで、壇上の前に立つ男は少しばかりぎこちない挨拶から入った。

 

「平和を謳える式典でこのように立つことはとても名誉あることで、またお二方のお言葉を実現すべく、私も努力していく所存です」

 

 だがしかしと、男は自らの奥に隠していた目的を曝け出した。

 

「この世界には我々とは異なる存在が居ることを忘れてはいけない。それは異物やデキモノと言っても過言ではないものでしょう。人の姿をしたデキモノはかつて、世界各地を焼き払い、人を見下し、蹂躙してきました。先日も、いま握手を交わした隣国フォリカでも彼らに関する暴動が発生してしまいました。彼らに手を差し伸べていた友好国フォリカの手でさえ、ついに振り払ったのです。我々はそのような存在を共に、平和を謳いながら影で、深層心理の奥底で怯えながら共存しなければならないのでしょうか!」

 

 男が発した予想外の演説に会場がざわめき出した。

 背後に居る共演者、そして主役の二人も同様だろう。やめさせろと舞台袖にいる警備員に命じているのが微かに聞こえるが、一向に動く気配はない。

 当然だった。この会場にいるグーテルモルグ側の警備員は全て男の手がまわされた者ばかり。フォリカ側の警備員は今頃、別室で軟禁状態になっている手筈だ。

 予め会場内に待機させていた軍部の人間も動き出している。立ち上がり、自ら男を止めようとした共演者達を威圧するように現れた私服姿の軍人達が舞台に上って牽制する。すでに準備は出来上がっている。あとはその手でドアノブを捻るだけ。

 そのために縛ってしまったフォリカ側の警備員や参加者、占拠してしまった会場にいる観客たちに申し訳ないと、独善的な謝罪と決意を独り行いながら、言葉を進める。

 

「否ッ! 断じて否ッ! 真の平和とは、表面上の平穏を指すのではなく、我々人類が魔王と呼ばれる奴らの影に怯えることなく生きれる日常こそが正しいのです。このまま何事もなく、穏やかな波の中で揺られ漂い続けるのもいいでしょう。だがしかし、私はそれを良しとしない。押し付けではない、私達が真に願う世界に必要だからです。だからこそ今、私達は決起する!」

 

 会場内に響くように壇上を叩き、自身の迫力と決意を見せながら場の流れを自分に傾ける。反論を許さない、認めない。

 そのための占拠であり、連れて来た軍人達だ。認めてしまえば、発言を許してしまえば今にも決壊するような緊張感が会場を覆い尽くす。

 

「これから世界に誓おう! 我々はこれより、世界に巣食う異物を駆除することを! 我々が受けた過去の屈辱を清算する為に、そしてこれからも生き続ける我々人類の根底に異物を住まわせ続けないために!」

 

 魔王と呼ばれる彼らよ。最後の晩餐は済ませたかと、声を高らかに張り上げた。

 放送が開始してから、僅か十分足らずの出来事だった。

 世界が激動する序曲が始まった。


 
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