No.20015

10.4

かなめさん

テニスの王子様:跡不二
跡部のお誕生日祝い妄想文

2008-07-18 22:03:59 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:5380   閲覧ユーザー数:5309

# 10.4

 

 

 

 

 

その日、跡部は自宅ベッドの中にいた。

 

 発熱からくる酷い悪寒。

 身体の内部から熱を奪われている為、外部からいくら暖めようと全身 水を浴び続けたような寒さから逃れる事は出来ない。

 

 それに付け加え、頼みもしないのに際限無く出る咳。

 堪えようとしても中枢神経の命令を無視した脊髄反射のように咳は出続ける。

 おかげで腹筋が筋肉痛を起こし咳をする度に痛い。

 

 

 昨日からその兆候はあったが、すぐに治るだろうと高をくくり効能の程度もよくわからない市販薬を 適当に飲んだだけだった。

 

 そして今朝、異常なまでの全身の寒さで目を覚まし今に至る。

 そう、風邪とは言えど本格的に発病させてしまったのだった。

 

 ホームドクターに調合させた感冒薬を取り寄せ服用したのでじきに症状は緩和されるだろう。

 

 

 誕生日に病気で寝込むとは全く以て、ついていない。

 

 そういえば以前も誕生日に寝込んだ事があるな、——薬が誘う睡眠に陥る途中、ふと幼い日の出来事が跡部の頭を過ぎる。

 

 

 

 

 今から遡る事、10年程前。

 跡部景吾、5歳の誕生日。

 

 不運にも誕生日当日、跡部は重い風邪の症状を発症させていた。

 今も昔も本人にとっては有難迷惑でしかない盛大に執り行われる誕生会もその年は中止となり、邸宅内は一部を除きひっそりとしていた。

 

 唯一騒がしい部屋——それは跡部への病気見舞いと称された花々がごったがえすエントランスである。

 本人の病気見舞いというよりは跡部家へのご機嫌伺いとして届いた品々。

 毎時間のように届けられるそれらの対応に追われる人間達だけが朝から忙しく動いていた。

 

 

 そんな中、跡部のもとに小さな見舞い客が訪れていた。

 

 服薬で症状が緩和され少しは起き上がれるようになった跡部の部屋に通されたのは、女の子と見間違うような可憐な子供——不二周助だった。

 不二にせがまれ、ここまで連れて来させる羽目になった親は跡部の親と共に別室で歓談中だ。

 

 

「けーごくん、おカゼひーたんだって?だいじょうぶ?」

 

 不二は琥珀色の瞳に心配そうな色を浮かべ跡部を見る。

 

 初めのうちは不二に風邪をうつでもしたら大変だと、見舞いを制止または断っていた 両家の親達だったが、どうしても見舞いたいという不二の固い意志と跡部の状態も  いくらか症状が緩和され安定してきたことにより渋々不二の願いを聞き入れたのだった。

 

「ああ、いまは大丈夫だ、」

 

 幼心にも不二に風邪をうつすまいと暫くそっぽを向いていた跡部だったが、不二の その瞳に見つめられ逆に自分が悪い事をしているような気になりポツリと呟く。

 

「ママたちが けーごくんに会っちゃダメっていうから、すごく心配したの、ぼく 」

 

「本当はいまだってうつるかもしれねーから俺に近づかないほうがいーんだぞ。……来てくれるのはうれしーけどよ」

 

 

「うん、ごめん。でも……でもね、けーごくん せっかくおたんじょうびなのにかわいそうだって思ってね、ぼく、 おねーちゃまにクッキーのつくりかたおしえてもらってつくってきたんだ。」

 

 当時から菓子作りが趣味だった姉・由美子に跡部のお見舞いの為にクッキーを焼いて持って行きたいと 頼み込み、とは言えまだ教えたとしても何も出来ない年齢の不二は殆ど見ているだけで  時々姉に言われた香辛料などを入れるのを手伝うだけだった。

 

「ジンジャークッキーっていうんだって、これをたべて早くげんきになってね」

 

 そう言って可愛らしくラッピングしたクッキーの包みを跡部に差し出す不二。

 受け渡した直後、親達からの面会時間終了の通達が来た。

 

 見舞い品を渡した不二は目的は果たしたと満足し、素直に親に従い「じゃあ、また ね」と言い残しあっさりと帰って行く。

 

 後に残された跡部は少々寂しい気もしたが、手元にある不二からの贈り物を眺めひとりニコリと笑みを浮かべる。

 

 斯くして跡部の5歳の誕生日は風邪をひき最悪の誕生日だったが、返って今までに無い最高の誕生日となったのである。

 

 

 

 ここまでならば、このエピソードも幼き頃の可愛らしい話で終わる。

 しかしながらこの話には若干の続きがあった。

 

 

 不二が親に連れられて帰宅した後、跡部は夕食後そして服薬して暫くし症状が完全に抑えられて軽くなった後、密かに楽しみにしていた不二からのお見舞いクッキーを食べてみようと考えた。

 

 しかし、跡部少年の記憶は一旦ここで途切れる事となる。

 

 幼いながらも跡部は、そのクッキーがジンジャークッキーというわりには不自然に赤味がかっている事に気づいていた。

 

 だがいくら跡部といえどまだ5歳。

 同年代の子供と比べ聡明とはいえ、まだ何の警戒心も無い幼い子供に過ぎなかった。

 色素を使って着色でもしているのだろうくらいにしか考えていなかった。

 

 が、その判断が後々の人生にまで影響する事となる事は知る由もない。

 

「………!!!!」

 

 クッキーを頬張りひと噛み、その衝撃的な味に跡部は声すら発することが出来ない程の衝撃を受ける。

 

 赤味の成分——それは色素などではなく唐辛子の粉末だった。

 それもただの唐辛子ではなく辛さでは右に出るものもないキングオブチリペッパー・ハバネロの粉末だった。

 

 その粉末がクッキーを赤く色づかせるほど多量に混入されていたのだ。

 不二が跡部の為に用意したものの正体はジンジャークッキーとは名ばかりの世界中探しても誰も作らないような所謂ひとつの創作菓子的な言うなれば"ハバネロクッキー"という代物だった。

 

 

 大人が食べても気絶するほどの辛さのクッキーを当時まだ5歳の跡部が食べて平気なはずはなかった。

 例に洩れず跡部の意識はクッキーを食したところで途切れ、再び気づいた時は病院の天井を見ていた。

 ほんのひと口だけ食べ、すぐにショック症状を起こし気絶した事で幸い大事には至らなかったが、この時跡部少年の心には気を許していた相手からの理不尽な仕打ちによるトラウマを植えつけられ、不二からの貰い物を気安く口に入れてはいけない、という猜疑心まで芽生えさせられた。

 

 高い学習料だった、と言うにはお釣りが来るほどの帝王学よりも厳しい人生勉強を幼くして実体験したのだった。

 

 

 後に命名された「誕生日クッキー事件」は、跡部が大事に至らなかった事と不二も悪気があったわけじゃないという事で 全面的に不二を不問に付す形で決着付いたと人伝に聞いた跡部は少なからず世の中の不条理をも直に悟った。

 恨むべくは寛大すぎる自分の両親か、その愛らしさでどの大人にも大目に見てもらえる天賦の才に 恵まれた悪運の強い不二なのか、恐らくその両方なのだろうが、酷い仕打ちをされた自分でさえいつのまにか不二を許してしまっている事に気づき再び理不尽を感じるのである。

 

 悪気があったわけじゃない、と言われた真相—— それは、姉・由美子がジンジャーを加えろと 不二に言った直後に入った友人から遊びの誘いの電話で不二から目を離した隙に起こった。

 

 姉に言われたようにジンジャーを加え、偶然視線を向けた先に赤々と綺麗な色をした唐辛子の粉末の小瓶があった。

 

 

 以前、その瓶をいたずらしてひと舐めした時に(当時の不二も辛さに鈍いのか食べても何とも無かったが)食べ過ぎると身体が熱くなり汗も出るのだとひどく叱られた事を覚えており、また前日に「風邪をひいたときは(水分を摂って)汗を出しましょう」等といった内容のテレビを偶然観ており、子供ながら、

 

 赤い粉=汗が出る。

 風邪=汗を出すと良い。

 すなわち、赤い粉=風邪に良い。

 

 といった短絡的な関係式を成立させてしまったのだ。

 そして、自分の頭の中で成立した関係式を当てはめ、跡部=風邪=赤い粉(を跡部の為に製作中のクッキーの中に入れると良い)が導かれ迷い無く実行された。

 幼い不二は赤い粉を沢山入れれば入れるほど風邪に良く効くのだと思い、またその粉を入れれば入れるほど赤く色づく のが面白くなり際限無く混入していったのだった。

 

 こうして出来上がったクッキーと言う名の兵器は、由美子の「早く終わらせて友人と遊びに行きたい、」という子供らしい感情により不自然な赤味に気づきつつ見て見ぬ振りを決め込まれた事により見事完成したのだった。

 

 

 

 

 眠りから目覚めた跡部は「そう言えばそんな事もあったな、」と幼い頃の出来事を思い出していた。

 少し眠ったせいか若しくは薬が完全に効いているのか、不快な頭痛と咳は(なり)を潜めかなり身体が楽になった。

 

 ベッドから身体を起こした跡部はサイドテーブルにひっそりと置かれた贈り物らしき包みに気付いた。

 

「……!?」

 

 本能的に幼い頃のあの出来事が脳裏にフラッシュバックする。

 

 風邪をひき、寝込んだ誕生日……贈り物……不二の気配。

 悉く一致する象徴的な符合の数々。

 

 恐怖に駆られながらも跡部はその包みを開けるべく手を伸ばす。

 と、その時リボンの間に挿み込まれたメモ用紙がヒラリと手元に落ちてきた。

 

 その筆跡は幼少の跡部に不必要なトラウマや猜疑心を植えつけた紛れも無き幼馴染みのものである。

 

 

『かなり具合が悪いようだね…。

 

       誕生日おめでとう。

         これを食べて元気になってね。 周助』

 

 

 どうやら薬で睡眠に陥っている間に不二は見舞いにやって来たようだった。

 いくら起こしても起きる気配のない幼馴染みに業を煮やし、かと言って起きるまで待つ気も時間も無かったようで、その場にあったメモ用紙にメッセージをしたため誕生日兼見舞いの品になった贈り物を置いて帰ったらしい。

 

 メモ用紙に走り書きされたそれらの文字は紛う事無き、あの日と同じ内容である。

 

 そして跡部の中では欠けていたピースが全て埋まったかのように、それらの事実は ある一点へと集約されていく。

 

 

「……ぜってー食わねぇ……、」

 

 開ける前からその贈り物の正体を見破り、跡部は誰に言うでもなくむしろ自分に言い聞かせるように一人ごちた。

 

 それでも、今も昔と変わらず自分の事を彼なりに心配しているという事は理解し、「こーゆう所は全然変わんねーな、」と苦笑いしつつ今年の誕生日もあの時同様特別な日になったな、と思う跡部だった。

 

 

END.

 

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2007.10.4 跡部お誕生日おめでとう文。

まともに祝えたキャラ誕がこんなネタ。

救いようの無いバカップルですという話。

勿論、現在のハバネロクッキーは不二の手作り。

不二だけはジンジャーよりも激ウマだと信じてやみません。

 


 
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