No.199747

真・恋姫†無双~恋と共に~ #32

一郎太さん

#32

2011-02-04 23:12:28 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:19820   閲覧ユーザー数:12492

 

#32

 

 

 

曹操へ己が実力を示した一刀は、食堂へと向かっていた。正確には向かおうとしていた。初めて訪れた城である。如何に建築様式が似ていようと、子細な部分まで月や雪蓮の城と同じという訳ではない。という事で、一刀は城内で迷っていた。

 

 

 

「まいったな…かっこつけて出てきた手前、戻る訳にもいかないし………というか誰もいないしなぁ」

 

 

 

一刀は長い廊下で一人立ち尽くしていた。1分ほど立ち尽くした後、適当に歩けば着くか誰かに会うかと、一刀が歩き出そうとした時、目の前の角から、一人の少女が現れた。少女は桃色の髪を頭頂部の両脇で結わい、ぴょこぴょこと揺れるその動きは彼女の活発さを表すようであった。

 

 

 

「あれ、兄ちゃん誰?」

「ん?今日から曹操の元で客将として働くことになった者だよ。北郷一刀、って言うんだ。君は?」

「北郷、北郷………あーっ!春蘭様に勝った人だ!!お兄ちゃん凄く強いんだってね!今度ボクも稽古つけてよ」

「あぁ、いいよ。春蘭と一緒でもいいし、君一人でもいいし、空いている時間にでも声をかけてくれな」

「うん!あ、ボク、許緒、って言うんだ。真名は季衣。絶対稽古つけてね!!」

「あぁ、約束だ。俺は真名がないから好きに読んでくれたらいいよ。ところで、俺はこれから食堂に行きたいんだけど、場所がわからなくてね。よかったら教えてくれないか?」

「うん。ボクもちょうどご飯食べに行くところだったから、一緒に行こー」

 

 

 

一刀が出会った少女は、史実ではその怪力ぶりを讃えられる許緒であった。性別が逆転していることには慣れていた一刀であったが、流石にこの娘がそんな怪力の持ち主なのかと疑う………のも束の間、考えてみれば曹操の城にこうして存在しているのである。何かしら秀でているところがあるのだろうと、それ以上深くは考えずに、前を歩く快活な少女の後をついていく。

 

 

 

 

 

 

食堂についた一刀が見たのは、大量の料理と、空になって積み上げられた器の山であった。何度か見たことある風景であるが、一つ違っていたのはその空いた器とその山を作っていたのが恋1人ではなくもう1人いたことである。いつものようにもきゅもきゅと料理を頬張る恋の横で負けじと口に炒飯を運ぶのは、己の弟子である春蘭であった。恋とは対照的に勢いよく左手に抱えた皿を右手に持ったレンゲで空にしていくが、何故か減り具合は同じである。

 

 

 

「何やってんだ?」

「もががぼがばぐべばっ!」

「………(もきゅもきゅ)」

「春蘭、何言ってるかわかんないよ」

「へー、春蘭様、そのお姉ちゃんと大食い勝負してるんですかー。ボクも途中参加していいですか?」

「え、わかったの!?」

 

 

 

恋が返事をしないのはいつものこととして、口いっぱいに米を詰め込んだ春蘭の言葉は、一刀に理解できようもない。しかして季衣が理解できるのはその大食いとしてのシンパシーかテレパシーか。些細なところで偉業を達成した季衣は一刀の問いに、何を当然のことをと首を傾げると、2人と同じ卓について、近くにいた侍女に声をかける。その女性も慣れているのか、季衣のいつも通りちょうだいという言葉に一言返事をすると、厨房の奥へと引っ込んだ。

 

 

 

「どうしたの、兄ちゃん?一緒に食べようよ」

「あ、あぁ…」

「………一刀、こっち」

 

 

 

季衣の言葉に返事をし、恋の呼びかけに彼女の隣に座った一刀は、とりあえずと目の前にあった点心に手を伸ばす。多少冷めていたそれはなかなかに味もよく、曹操の基準の高さを窺わせる。そんな城の料理に舌鼓を打ちながら大食いを続ける3人を見ていると、数人の気配が感じられた。

 

 

 

「(この気配は曹操たちと…風たちかな………)」

 

 

 

適当にあたりをつけて入り口を見ると、果たして予想通りに曹操に従う秋蘭と荀彧、そして風と稟が歩いて入ってくるのが見受けられた。

 

 

 

「あら、季衣も来ていたのね。ちょうどよかったわ。これからこの4人はうちで働くことになったから、仲よくするのよ」

「むーい」

「こら、季衣。春蘭じゃあるまいし、口に物を入れたまま返事をするのはよくないぞ」

「むぐむぐ……はーい。なんか兄ちゃんって、世話焼きな兄ちゃん、って感じだね」

「あぁ、俺は世話焼きだからな。まぁ、言う事をちゃんと聞いていい子にしている分には可愛がってやるさ」

「おぉ、おにーさんは早速新しい娘を口説いているのですか?恋ちゃんや風というものがありながら………もしかして、おにーさんには童女趣味が―――」

「ないからな。そしてそんなことを言うからまた荀彧がキツイ目で睨んでいるじゃないか」

「ふふふ、天罰ですよー」

 

 

 

曹操の言葉に食べながら返事をする季衣を諌めつつ、風への対応も怠らない。途中で春蘭が何か抗議していたが、口に物が入っているので聞き取れない。

 

 

 

「ところで風と稟は………その様子だと無事合格したようだな」

「はい、お蔭様で。機会を作って頂きありがとうございました」

「ふふふ。風たちは一流ですのでー」

「えぇ。桂花の話によると、戦術や戦略に関しては申し分ないみたいね。政の方も基本は完璧らしいわ。実地に関してはこれから見させてもらうけど、それだけでも今は十分よ」

「いずれ覇を唱える為に必要と考えた………か?」

「えぇ」

 

 

 

一刀の言葉に特に驚いた様子も見せず、曹操は不敵に微笑む。やはりな、という一刀の呟きは、誰の耳にも届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

拠点 春蘭

 

 

 

早朝。いまだ陽は完全に顔を出してはおらず、城壁の向こうの空はうっすらと白む時間帯。その部屋に宛がわれた男はふと目を覚ました。いや、半覚醒といった状態だろうか。彼は片目を薄く開くと、部屋の中がまだ暗いことを認め、寝返りを打つ。そこにはいつも隣にいる見慣れた姿。暗がりの中に微かに浮かび上がる紅毛を視界に納め、その温もりを堪能する。寝なおすかと意識を落とそうとした、その時―――

 

 

 

「おはよう!北郷!!」

 

 

 

―――そんな大声と共に扉をバンッと開いて乗り込むのは、彼の初弟子である春蘭。彼女はいつものチャイナ服を身に纏い、その手には愛剣・七星餓狼を携えている。

 

 

 

「おやすみ、春蘭………」

「起きろぉおおぉぉおっっ!!」

「ぬぉわぁぁああっ!!?」

 

 

 

何という馬鹿力。布団ごと寝台から落とされた一刀は、頭を軽くさすりながら予期しなかった闖入者を見上げる。ちなみに、恋は上半身だけ床に落とし、尻は寝台の上で突き出しながら眠っている。汝、貞淑であれ。

 

 

 

「それで、こんな朝早くからどうしたんだ?まだ外も薄暗いじゃないか」

「何を言うか。とっくに朝だ!さっそく稽古をつけてもらいにな」

「今から?」

「いつでも相手になると言っていたではないか」

「いや、確かに言ったけど昨日の今日だぞ?………仕方がないか。準備するから待っていてくれ」

「あぁ」

 

 

春蘭の強情な性格は初対面の時から知っている。諦めの溜息を吐くと、恋を布団ごと寝台に押し上げ、一刀は立ち上がった。荷物の中から制服ではなく、簡素な作務衣を取り出すと寝間着からそれに着替える。壁に立てかけてあった二振りの日本刀を手にとると、軽く伸びをしてから扉へと振り返った。

 

 

 

「………………」

「………………………何してるんだ?」

「………待っていた」

「人の着替えを見ながらか?」

「………………………さすが、いい身体しているな」

「っ―――!」

 

 

 

よく見ると春蘭は顔を赤らめている。

 

 

 

「(マジか?いや、秋蘭は百合っぽい雰囲気出してるし、春蘭だって………いや、そんなはずは………………)………まぁ、いい。それじゃ移動するか」

「応っ!」

 

 

 

 

 

 

「違うっ!もっと相手の動きを読め。見て反応するな。一瞬の予備動作から次の流れを想像するんだ」

「くっ!そうは言っても………うわっ!?」

「相手が秋蘭なら読めるかもしれないが、敵が弓使いばかりとは限らないぞ。お前の反応よりも速く剣を振るう敵がいたらどうする?」

「はっ!そんな奴これまで―――」

「ここにいるじゃないか………ふっ!」

「………………………」

 

 

 

春蘭の動きが止まる。剣を振るおうとしたその手元には、俺の太刀が紙一重であてられていた。ほら、遅れている。

中庭に出た俺は、今こうして春蘭の稽古をつけている。弟子としては優秀な部類に入る彼女は、言われたことを一つ一つ飲み込んで、次に生かそうとする。いいことではあるが、それでも一朝一夕でできるものではない。同じ太刀筋を何度も繰り返して身体に覚えさせるのだ。

 

 

 

「な?稽古だから寸止めができる。だが実戦だったら?この刀は手首ではなくお前の首を刎ねているぞ」

「あぁ。………もう一本だ!」

「当り前だ………はっ」

「くぅっ………!」

「ほら、また手元ばかり見ている。相手の目を見ろ。視線から狙いを読め。全体を見ろ。筋肉の動きから次の動作を読め」

「応っっ!!」

「………今のはよかったぞ。それじゃぁ、もう少し速度を上げて同じ動きをするからついてこい!」

「………来いっ!」

 

 

 

中庭に剣戟の金属音が響き渡る。それを満足そうに見つめる1つの影に気づきながら、俺は春蘭の相手をするのであった。

 

 

 

 

 

「よし、今日はここまでだ」

「はぁ…はぁ………ありがとう、ございました………」

「お疲れみたいだな」

「いつもは、こんなこと…はぁ………ないんだがな」

「そりゃそうだ。実力が上の相手をするというのは、それだけ体力も精神力も使う。あるいは………」

「………なんだ?」

「秋蘭や季衣との稽古に慣れ過ぎていたのもあるんだろうな」

「そうかもな………よし、私はこれから朝餉をとるが、お前はどうする?」

「あぁ、恋を起こしてから行くよ。たぶん、まだ迷っちゃうだろうからな」

「わかった。ではまたな」

 

 

 

そう言って城内へと入っていく春蘭の後ろ姿を見やり、俺は後ろを振り返った。

 

 

 

 

 

 

拠点 秋蘭

 

 

 

「どうだった?」

「気づいていたのか?」

「当り前だよ。別に、気配を消しちゃいなかっただろう?春蘭はこっちに集中していたから気づいてないみたいだったけど」

「そうみたいだな。それにしても、師が1人つくだけでこうも違うとはな。改めて礼を言わせてもらうよ」

「気にするな。俺が好きでやっているだけだからな。それより、秋蘭も稽古するか?」

「そうだな………だが、私は弓使いだぞ?勝手が違うんじゃないのか?」

「そりゃ俺に弓を教えることはできないよ。でも、対近接戦闘の指南くらいはできるさ。………まぁ、気が向いたら声をかけてくれ」

「あぁ、そうさせてもらう。それより、恋を起こしにいかなくていいのか?」

 

 

 

俺たちの稽古を見ていたのは春蘭の妹である秋蘭だった。手に何かの包みを持っている。気配に気づいていることは伝えたが、必死に剣を振るう姉に恍惚の表情を浮かべていたことに気づいていたことは言わない方がいいのかな。

俺は、秋蘭の問いに苦笑しながら答える。

 

 

 

「春蘭にはあぁ言ったけど、まだ恋は起きないよ。ただ、稽古が終わっても秋蘭が声をかけなかったから何か話でもあるのかと思ってね」

「いや、あんな楽しげな姉者を邪魔するのは悪いと思ってな。それより時間があるなら少し付き合わないか?」

「ん?いいけど」

「そうか、ならばついてきてくれ」

 

 

 

そう言って踵を返して彼女は歩いていく。言葉の通り恋はまだ起きないし、何かあるなら見てみるか。そんな風に思いながら、俺は秋蘭の後を追うのであった。

 

 

 

 

 

秋蘭が立ち止まったのは、中庭の少し奥まったところだった。木々が生い茂っているが、そこに雑多な雰囲気はない。これもまた曹操の趣か、なんてことを考えていると、秋蘭は手の包みを地面に置いて中身を取り出す。そこに入っていたのは数枚の皿と食べ物であった。皿を地面に据えてその上に食糧を添えると、どこからともなく小さな足音が聞こえてきた。

 

 

 

「………猫か」

「あぁ、基本的には野良猫だが、どうも私を餌をくれる人間と勘違いしてるのか、毎日朝晩に集まってくるんだ。最初は無視していたんだが、部屋にまで来られてはな」

 

 

 

彼女は苦笑しているつもりなのだろうが、その頬は緩んでいる。うん、立派な君の飼い猫だよ。そう言いたい衝動に駆られたが、彼女が野良猫と言い張っているのだ。とりあえずは尊重しておこう。

そうして俺たちは、猫たちが餌を食べる姿を見て和むのであった。

 

 

 

 

 

 

拠点 季衣

 

 

 

秋蘭と別れた俺は、時間がかかりながらも恋を起こして食堂に向かう。廊下を連れ立って歩いていると、すぐ目の前の扉が開いた。欠伸をしながら出てきたその影は桃色の髪を纏めることもせずそのままに、こちらを振り返る。

 

 

 

「ふぁあぁぁ………兄ちゃん、恋ちゃん、おはよー」

「………はよ」

「あぁ、おはよう。眠たそうだな、季衣」

「うん、昨日は春蘭様がなかなか寝かせてくれなくて………」

「………………え?」

 

 

 

まさか、春蘭はそっちのケがあるのか?いや、百合なのは少し想像していたが、まさかこんな幼気な童女を手籠めにするとは………。あの、ペド女め。次の修行ではフルボッコにしてやる。

 

 

 

「なんか、兄ちゃんと修行するから、準備運動に付き合えー!って」

「前言撤回」

「?」

「いや、なんでもない。大変だったな………それより、俺たちこれから朝飯に行くんだけど、季衣も一緒に行くか?」

「うん、行くー」

 

 

 

いまだ眠たそうな眼を擦りながら季衣は元気に返事をする。なんというか、俺の周りにこんな風に純粋な子って少ないんじゃないか?強いて挙げるなら月くらいか?いや、でも飲むとキャラが変わるしな。………恋?恋はなんというか少しずつ賢くなっていてちょっと心配だ。昨日の春蘭との勝負の件もあるし。

そんな事を考えているうちに食堂に到着する。中では先ほど言われた通り、春蘭が食事をとっていた。横ではすでに食べ終えたのか、秋蘭と曹操が食後の茶を啜っている。

 

 

 

「あら、3人ともおはよう。北郷もなかなかの女たらしね」

「おはよう。朝っぱらから変なこと言わないでくれ」

「兄ちゃん、女たらしって何―?」

 

 

 

いつの間に!?問いかけてきた少女はすでに卓についてもしゃもしゃと朝食を頬張っている。恋に劣らず美味そうに食べる子だ。そんな穢れも知らない少女の頭を撫でながら、俺は質問に答える。

 

 

 

「大人になったらわかるよ」

「そう言って貴方がその娘を大人にする気でしょう?駄目よ。季衣の破瓜は私のものなんだから」

「だから、朝っぱらからそんなことを言うな。怒るぞ」

「あら、連れない男ね」

「うるさい。対抗心燃やしてどうするよ」

「ふふ、ただの戯れよ。武としては一流の貴方でも、そっち方面ではどうなのかと思ってね」

「………黙秘権を行使する。俺たちにも飯をくれ」

 

 

 

曹操の戯れ言を聞き流し、俺は近くにいた侍女に朝食の準備を頼む。春蘭や季衣がたくさん食べるということもあるのだろうが、すでにおかわりの料理は準備されていたらしく、すぐに俺と恋の前にも皿が並んだ。

 

 

 

「よし、じゃぁ食べるか」

「ん…いただきます」

 

 

 

 

 

 

曹操は政務があるからと先に席を立ち、春蘭と秋蘭もそれに続く。食堂に残された俺と恋、そして季衣はゆっくりと食事をとっていた。とは言っても俺も食べ終わり、茶を飲みながら2人の食事風景を眺めているんだけど。

 

 

 

「そういえば、季衣はどうして曹操のところにいるんだ?」

 

 

 

それは率直な疑問であった。彼女の目に留まるくらいだ。相当の実力者であることは窺えるのだが、それにしてもこんな小さな子が、という思いもある。問われた季衣はゴクンと口の中の物を呑みこむと、口を開いた。

 

 

 

「えっとね、前にボクの邑が大変だったときに、助けてください、って言いに来たんだけど、それで色々あって華琳様の親衛隊長をやることになったんだよ」

「そうか、季衣は偉いな」

「へへへー」

 

 

 

そう言って季衣の頭を撫でてやる。うむ、まったくわからなかった。この娘も春蘭タイプなのだろうか。………春蘭のようにはなりませんように。

 

 

 

「そういえば兄ちゃんって春蘭様より強いんだよね?これから時間があったらボクも稽古つけてよ!」

「そうだな…じゃぁ、2人が食べ終わって少し休んだら行こうか」

「うん!」

 

 

 

季衣は俺の言葉に元気よく返事をすると、すごい勢いで皿の残りを平らげていく。そんな彼女とは対照的にゆっくり食べる恋であるが、その前には何枚も皿が重ねられている。俺は、陳留のエンゲル係数を気にしながら茶を啜るのであった。

 

 

 

 

 

拠点 桂花

 

 

俺が暇を持て余して中庭をぶらぶらとしていると、庭の一角に設けられた四阿に人影がいくつかあるのに気がつく。興味を持ってそちらに向かうと、そこにいたのは風稟コンビに荀彧であった。据えられた卓の上には正方形の木盤が置かれ、その上と脇にはいくつかの木の彫刻が置かれている。席には稟と荀彧が対峙し、2人の間には風が飴を舐めながら立っていた。と、盤上から目を離し、俺に気がついた風が声をかけてきた。

 

 

 

「おや、おにーさんではありませんか。今日は春蘭様のお相手はよいのでー?」

「あぁ、昼から春蘭も季衣も兵の調練をしているからね。俺は手持ち無沙汰な訳だ。ところでそっちの2人は何をしているんだ?」

「将棋ですよー。試験の時に風と稟ちゃんにボコボコにされたので、汚名挽回らしいですよ」

「いやな勝負だな」

「名誉返上でもいいですけどー」

「ちょっと、うるさいわよ!…ってなんでアンタがいるのよ!」

「ん?暇だったからな。それで、今はどっちが優勢なんだ?………ってその様子だと聞かなくてもわかるな」

「 う る さ い ! 」

「おやおや、おにーさんも嫌われてしまってますねー。寂しかったら風が慰めてあげるのですよ?」

「また今度な」

「むー」

 

 

 

荀彧の様子から、稟が優勢だとわかる。というか、相変わらず荀彧は俺のことを目の敵にしているな。俺は元の世界では見たことのない将棋盤を眺めるのであった。

 

 

 

 

 

「………桂花殿?」

「………………参りました」

「おやおや、やっぱり名誉返上でしたね」

「くっ…」

「おいおい、あまり虐めてやるなよ。それより、俺の知ってる将棋と違うからよくわからないけど、どれがどんな役割を持ってるんだ?」

 

 

 

俺は駒を元の位置に戻している稟に問いかけた。

 

 

 

「そうですね。これが本陣、こちらが騎兵、歩兵………いろいろとありますよ」

「ふ~ん?………動きとか教えてくれないか」

「えぇ。ではまず―――」

 

 

 

荀彧を言葉責めにする風の声を聞きながら稟に指導を受ける俺は、爺ちゃんとよく将棋を指していたことを思い出す。最初は飛車角銀桂香車落ちでも負けていたが、最近―――とは言ってもだいぶ昔になるが―――では勝率は俺が上だったよな。そんな風に感傷に浸っていると、風に口で負けた荀彧が俺にその矛先を変える。

 

 

 

「ふん、アンタなんかに打てるわけないでしょ!男ってのは皆バカなんだから、アンタだって大したことないに決まってるわ!!」

「………………」

「な、何よ………悔しかったら私と勝負なさいよ」

「いいよ」

「ほら、どうせ尻尾巻いて逃げ出す………って、え?」

「だから、勝負しよう、って言ったんだ。動きは今稟に教えてもらったから、多分勝負にはなると思うよ」

「なっ………後悔するんじゃないわよ。動きを覚えたくらいではこの私には勝てないことをその脳髄に叩き込んでやるんだから!」

「はいはい」

 

 

 

相も変わらず口汚い彼女の言葉を聞きながら、先ほどバラけた駒を定位置に戻した俺は、稟と交代に席に着いた。

 

 

 

 

 

 

「一刀殿、本当によいのですか?いくら風や私に勝てないとは言っても、桂花殿はここの筆頭軍師でもあるのですよ?生半可な力量ではすぐに負けてしまいます」

「そうですよ、おにーさん?風はおにーさんの恰好悪い姿は見たくないのです」

「心配ありがとな。でも、俺だって荀彧にひどいこと言われているんだ。一矢報いたいと思ったっていいだろう?」

「ふん!その虚勢がいつまで続くか見ものだわ!」

 

 

 

まぁ、現代の将棋と駒の数や動きが違うからと言って、そこまで実力が出ないわけではないだろう。俺はもう一度頭の中で駒の動き方を反芻すると、最初の一手を指した。

 

 

 

 

 

「あら、なかなか手堅い流れじゃない―――」

「………」

「そこには伏兵がいるわよ―――!」

「………………」

「ほらほら、本陣が危機に晒されて――――――」

「………………………」

「え、そんなところに?いや、それよりも―――――――――」

「………………………………………………はい、これで詰み」

 

 

 

 

 

勝負を終えた俺の目の前には、荀彧の本陣を捉える俺の駒たちとその向こうの机に突っ伏した彼女の姿。横にいる風と稟は勝負を終えた盤上をじっと見つめている。

 

 

 

「これは………初めて見る種類の手ですね」

「そですねー。騎馬隊を捨てた時はおにーさんの負けかとも思いましたが、あれは次の弓隊への伏線でしたしー」

「えぇ。さらにそれで終わることなく、桂花殿の弓隊の欠如をここまで絡めてくるとは………武だけでなく智の方も一流のものを持っているようですね、一刀殿は」

「妻として鼻が高いですよ、風は」

「違うだろ」

「むー」

 

 

 

風と稟がそれぞれ俺の打ち筋を評する。風が何か言った気がするが、忘れることにした。2人は目の前で潰れている猫耳フードを無視しながら駒を並べ直し、ひとつひとつの手の意味を確かめるように駒を試合通りに動かしていく。よく覚えているものだ。

 

 

 

「それより、これ、どうしようか?」

「あぁ、そこの猫耳ちゃんですか?ほっといてよいのではないでしょうかー。あれだけ高慢な態度に出たのにおにーさんにいいようにあしらわれて凹んでいるのですよ、きっとー」

「そうですね。軍師たるもの、いつでもその智を駆使できるようにしなければなりませんが、彼女はそれを怠った挙句、あんな強気な態度に出ておきながら―――」

「ううううるさいわよっ、アンタたちっ!!というか何よ!なんでアンタは男の癖にそんなに強いのよっ!?」

「さぁ?」

「おにーさんが強いというより、やっぱり桂花ちゃんが弱かっただけじゃないですかねー」

「っ………」

 

 

 

風たちの言葉にムキになって反抗していた荀彧だったが、最後の風の一言に完全に黙り込んだ。かと思うと―――

 

 

 

「ほ、北郷のバカああああああぁぁぁぁぁ…………….」

 

 

 

―――器用にドップラー効果を残しながら去っていくのであった。

 

 

 

「風」

「なんでしょー?」

「虐めすぎ」

「はて、なんのことやらー」

 

 

 

そんな風に、稟と俺は同時に溜息を吐いた。

 

 

 

 


 
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