No.199599

ブランデンブルクからバグダードへ

高宮さん

第3話です。バグダード・アレキサンドリア初登場。サボる部下とその上司の一場面。

2011-02-04 00:17:50 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:306   閲覧ユーザー数:302

その日はよく晴れていた。冬の寒さはまったく容赦はなかったが、青空は澄み渡り天を覆っていた。

しかしそれとは対照的にこの店では煙が漂っている。電気もろくにつけられてはおらず、店内に差し込んでいる太陽の光が目立つ。まだこのパブは営業時間外なのだ。

外では労働にいそしむスーツ姿の人々や作業服の男達がいるにもかかわらず、彼は店のソファに寝転がり、水煙草をふかしていた。

年齢は20歳前後で、身長は170cm後半。長い黒髪をしており後ろでそれを結んでいる。濃い灰色のつなぎを着込んでいるが、それは汚れがよく目立っていた。

カウンターでは中年の男性がグラスや酒瓶を磨いていた。身長190cm程度で、浅黒く、彫りの深い顔つきをしている。オールバックに整えられた髪や丁寧に切りそろえられた顎髭、そして真っ白なシャツに黒いベストは張りがあり清潔な印象を持たせるものだった。

店の中には管を通る煙の音と水から排出される泡の音のみが呼吸のリズムをたてていた。どこか空ろな目をして、彼はただ寝転がっている。店主らしき男性は呆れた目をしてはいるが、何も言わず自分の仕事に勤しんでいた。

そんな昼下がりのパブに、ドアを開ける音がした。来訪者だ。

店主は来訪者の姿を見て、口を少し上向きに歪めてみせた。来訪者は、迷うことなくソファのテーブル席へと向かう。足音は彼の近くにまで近づき、そして停止した。

「…んぁ?」

間の抜ける声で、彼は彼自身のそばにやってきた人物を仰ぎ見た。その途端、顔色が静かに青くなり、しどろもどろに視線を逸らした。

そこにいたのは、150cm程度のボブカットの女性、彼の上司であるブランデンブルク17号だった。

「何してるの、昼間から。」

「……あー…。」

ブランデンブルクの氷柱のような視線が彼に降り注いでいた。

言葉に困る彼だった。仕事をサボってパブで煙草だ。言い訳の仕様がなかった。

「帰りますよ、バグダード。」

ブランデンブルクは冷たい口調でただそう言い放った。明らかな命令だった。

観念した様子で、彼、バグダード23号は断罪前の要求をするも

「…最後の一服を。」

「却下します。」

失敗した。

「さっさと帰れよ、バグダード。ブランデンブルクの言うとおり、昼間だぞ。さっさと仕事に戻れ。」

「ちょっ!マスターまでーー!」

追い討ちをかけるように、店主がそう話しかける。いかにも楽しそうに彼は笑い、バグダードの置かれた立場をいじることを好んでいるようだった。

「すいません、アレキサンドリア先輩。」

「この店の運営が俺の仕事だ、気にするな。」

ブランデンブルクの謝罪に対し、アレキサンドリアと呼ばれた店主は、何のわけもないように手を振ってみせた。

「ならできれば、これからは彼の入店を拒否していただけると助かるのですけど。」

「うぉい!ブランデンブルク副所長なんてことを!」

追い討ちをかけるブランデンブルクに対し、バグダードの表情は必死そのものだった。

その様子を見て店主は声をあげて笑う。低く力強い笑いがこだました。

「はい、あなたはさっさと立ってください。帰りますよ。仕事が待ってます。」

「うっ……。」

ブランデンブルクに右腕をつかまされ、バグダードは無理やりに立たされた。足元がこの場所を離れるのを拒否してるかのように、若干おぼつかない調子だった。

「煙草のほうは俺が片付けておくからな、さっさと帰れ。」

「く……。」

にやにや笑いながら、店主もバグダードにそう言い放つ。彼にとって四面楚歌だった。

「……わぁーったよ!!わかりましたよ!!帰りますよ、仕事しますよ!!」

「当たり前です。」

若干ヤケな調子でそう言い放つバグダードだが、ブランデンブルクは言葉を聞くか聞かないかそんなことはお構いなしだった。彼女は彼の腕をつかみ引きずっていくように早足で入り口に向かっていた。

店を出ようとしたブランデンブルクに

「あぁ、ブランデンブルク、それとな。」

店主が話しかけた。ブランデンブルクはその言葉に振り向く。

ブランデンブルクの視線の先には、どこか淀んだ茶色い眼をした大男の姿があった。

「俺はもう連盟の一員じゃないんだ。型番で呼ばなくていい。名前であるナスルでいい。」

そう静かに彼は言う。その声の響きにはどこか錆びた鉄のような古さと脆さを含んでいた。

ブランデンブルクからしてみれば少し妙な提案に思えた。彼の言う言葉には事実しか含まれてはいない。しかし自らその先達という立場を放棄することが、彼女にとっては違和感があった。

「頼むよ。」

彼女が答えない間をつき、店主はもう一言静かに付け加えた。

ブランデンブルクは静かに微笑み

「わかりました。マスター・ナスル。それではまた。」

そう言って、店を出ようとした。

「あぁ、元気でな。そのうち客として来い。」

店主も笑顔で、そう言った。軽い会釈をして、ブランデンブルクはバグダードを引きずって早足で店を出て行った。ハイヒールの音が遠ざかり、声にならないバグダードの声が表に響いているように店主には思えた。

静かになった店内で、彼はウィスキーの瓶を手にとって磨き始める。茶色の歴史を重ねた液体が、彼の手の中で静かに揺れていた。

 


 
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