No.199299

恋姫無双 袁術ルート 第三十八話 誇り

とりあえずの生存報告。
ゆっくりしていってね。

2011-02-02 17:14:02 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:16072   閲覧ユーザー数:12416

第三十八話

 

Side一刀

 

祭が裏切ったと一刀が知ったのは、すべてが終わった後であった。祭は幾人かの腕利きの兵たちを連れて、味方の陣営を抜け出したそうだ。その際、追いかけた穏と思春と明命の軍に必死の抵抗を見せ、とうとう曹操軍が船舶している陣営まで行ってしまったのだ。味方の軍を抜け出しただけではなく、曹操軍に助けを求めたのだ。思春たちもまた、これ以上の深追いが不可能であると悟り、撤退して行ったのである。

 

「やはり、こうなっちゃったか………。」

 

冥琳の罰が重すぎたからこうなのだ、と普通の兵たちはそう考えるだろう。事実、すでにそのような噂が経っている。しかし一刀だけは違っていた。確信はなかったが、想像はしていた。こうなるだろうと。そう、冥琳と祭が喧嘩をする前から………。

 

祭は獅子身中の虫になるつもりなのだ。あえて曹操軍に投降し、油断させて内部から崩して行く。あまりにも危険な行為だ。虎穴に入らずんば虎子を得ずと言うが、虎の巣に向かう事よりも危険だ。危険度の桁が違う。しかも、その危険を冒しても確実に虎子を得られるという確証はどこにもない。しかし、それでも行動を起こしたのだ。ならば信じるしかない。自分の身を犠牲にしてまで行った、祭と冥琳の策を。

 

敵を欺くにはまず味方から。

 

良く聞く言葉だ。実際にこちらの陣営はとても混乱している。特に彼女たちの混乱が酷かった。長い付き合いの蓮華や小連。祭に憧れを持っていた思春に明命。先の者たちと比べると付き合いは短いものの、いろいろと祭のお世話になった亞莎。穏と冥琳と雪蓮はものすごく冷静だったけど………。けど、冷静に見えるだけだ。その実は、ものすごく不安に違いない。

 

祭と冥琳のやり取りも演技とは思えなかった。もしかしたら、打ち合わせをしていないのではないだろうか?だとしたら、不安にもなる。もしかしたら本当に………なんて考えてしまうかもしれない。信じていたのはこっちだけであったと。不安になってもおかしくないのだ。

 

しかし、すでにそんな事を考えてもすでに過ぎ去ってしまった事。ならば、今出来る事をしよう。ここで取らなくてはならない行動は一つしかない。曹操軍に大打撃を与えるために今のこの状況があるのならば、自分たちのすべき行動は、この混沌とした状況に流される事だ。それも本当にそのままの意味で。それがきっと曹操軍に対する武器になるだろう。一刀はそう考えていた。

取るべき行動は把握した。しかし、それでも気になる事がある。劉備軍だ。今回の冥琳と祭のやり取りと祭の裏切りで劉備軍もこちらを見限るとも考えられる。一応、桃香には信じてくれと言ったが、はたして信じてくれるだろうか………。

 

 

 

…………………………………………

 

 

………………………

 

 

 

………

 

 

Side桃香

 

呉の祭が裏切った。この事実は両陣営に凄まじい混乱を招かせた。兵たちだけではない。蓮華や明命と言った呉の将たちですら冷静では無かった。裏切りの理由は、冥琳の独裁的な方針と過度の罰が原因であると兵士たちは噂している。戦う前からこれである。当然と言うべきか、劉備軍の中に呉と共同戦線を張る事に不安を覚える者も多く出ている。

 

「ほ、本当に御使い様の言う通りになっちゃった………。」

 

もしかしたら祭は裏切るかもしれない。そう一刀に言われていた。祭の裏切りの報告を聞いた時、ふと呟いたのだ。

 

『もし、祭さんが裏切った時は………まずは信じてくれ。俺たちの絆を。』

 

一体、どういう事なのだろうと、桃香は足りないと自覚している頭を使っていた。しかし、やはり分からないので改めて一刀の元へ訪れようとしていた。

 

「桃香様。」

 

いざ一刀の所へ行こうとした時に呼び止められた。愛紗だった。

 

「どうしたの?愛沙ちゃん。」

 

何やら神妙な顔つきであった。まあ、さすがの桃香も何の用件かは何となく想像は出来てはいたが………。

 

「皆のいる天幕まで来ていただけますか?」

「えっと……これから御使い様のところに行こうと思ったんだけど……」

「そんなのは後にしてください!」

「ふええ……う、うん。」

 

愛紗に無理やり天幕に連れて行かれた桃香は、天幕の中を見て少々驚いた。中には、自分たちの主な将と軍師が勢ぞろいしていたのであった。

 

「では軍議を始めよう。」

 

愛紗がその場を仕切って端を切った。

 

軍議の内容は当たり前と言うべきか、これからの事をどうするかと言う事だ。今のこの状況は最悪と言ってもいい。自軍、孫策軍共に混乱している。その上、孫策軍の先代からの宿将であった黄蓋の脱走。ただの脱走ならばまだいい。問題なのは向かった先だ。なんと曹操軍に助けを求めに行ってしまったのだ。自分の身を助けるためにこちらの情報を曹操に渡さないとは言い切れない。いや、むしろ渡すと言う選択肢の方が今の状況で最もあった相応しい選択肢であろう。

 

皆の意見をまとめると、これからの行動の選択肢は主に三つ

 

一つは、このまま孫策軍と協力して、曹操を討つ。しかし、この理想的な選択肢はほぼ絶望である。もともと数が違う上に、先の混乱。まず勝てる筈がない。乾坤一擲の勝負は馬鹿を見るだけである。まあ、元々が乾坤一擲の勝負ではあったが………。

 

二つ目、孫策軍との同盟を打ちきり、自国に撤退。そして、近隣諸国、もしくは外の勢力に協力を求め、再起を図る。最も現実的な案の一つではあるが、これも厳しいと言わざるを得ない。曹操軍の今までの侵略は、まさに疾風怒濤というものである。ほとんど休まないのだ。まるで曹操の性格を表しているかのように。自国に撤退したとしても、孫策軍が破られれば、有無も言わずすぐさま軍をこちらに向けてくるだろう。近隣諸国や外の勢力との同盟をさせる間もないほど早く。いや、そもそも近隣の諸国や外の勢力が力を貸してくれると言う保証も無い。曹操軍に立てついて何か得があるのだろうか?劉備軍は損得ではなく義によって闘っているが、そんなのは個人の主義主張。他国にそれを押し付けるのは曹操軍と何も変わらない。人は損得では動かないと言うが、損得でしか動かない人間もいる事を忘れてはならない。

 

三つめ、曹操軍に降伏する。最悪の場合の最終手段である。主君である桃香を守るためには考えに入れておかなくてはならない選択肢である。曹操の性格からして、桃香を許すとは到底思えないが、ここにいる将の首と引き換えならば曹操とて桃香に手は出す事はないだろう。あくまで、最終手段のために保留策である。

 

主に劉備軍がこれから行わなければならない選択肢が、徹底抗戦、撤退、降伏の三つになった。どれも絶望的だ。しかしどれかを選ばなければならない。肝心の朱里は口を閉ざしたまま何かを考えている。愛紗を筆頭にした将たちはさまざまな意見を出し合って、軍議はずいぶんと白熱していた。

 

そんな中だ。

 

「あ、あの………ちょっと良いかな?」

 

桃香だ。いくら興奮してしゃべっているとはいえ、さすがにみんな桃香の声に耳を傾けた。そしてみんな桃香の顔を凝視していたのだ。一斉に凝視されると少々怖い。

 

「どうしたのですか?桃香様。」

 

愛紗がいつもの凛とした顔で尋ねた。

 

「あ、あの………もしかしたらなんだけどね。」

「はい。」

「もしかしたらなんだけど………私たちは、大丈夫なんじゃないかな……なんて。」

 

そんな事を言った瞬間、周りがシーンと静寂したのは言うまでも無い。

 

 

Side一刀

 

一刀は冥琳の元へと向かい、事の事情の説明を受けていた。やはりと言うべきか、あれの口論は二人の策だったのだ。驚いたのは二人がなんの打ち合わせもせず、お互いの目を見ただけで判断したとっさの策であった事である。

 

「長い付き合いだからな。」

 

なんて冥琳は言っていたが、それでも凄すぎる事には違いはない。

 

「でも、みんなに言わなくもいいのか?」

「秘密は知る人間が少なければ少ないほどいいのさ。それに雪蓮と穏は何となく気付いているぞ。」

 

三国志の知識で、『苦肉の策』を知っていた一刀は自力で冥琳たちの策に気付いていたが、何も知らないはずの雪蓮たちまで感づいていたなんて………やはりこいつ等はすごい。

 

「蓮華様たちには申し訳ないが、このままでいてもらおう。あの方の身の取り乱し方はとてもよかった。」

 

確かに。あんな乱れ方は演技では絶対に表現なんかできやしない。恐らく、今も自軍に中にいるだろう敵の諜報が見ても何ら疑問を覚える事はないだろうな。それにしても冥琳はとても恐ろしい。ここまで身内を利用し、傷つける事に何ら躊躇いを見せないとは。いや、ただ見せないだけだ。自分の感情を表に出さないと言うのはどれほどのストレスだろうか?想像がつかない。

 

「冥琳、肩を揉んでやろうか?」

「い、いきなりなんだ?」

「いやさ、疲れてるんじゃないかなって思ってさ。ほらほら遠慮すんなよ。」

「う、うむ。」

 

残酷な言い方だが、冥琳にはもっと頑張ってもらわなければ困る。ならば今の一刀に出来る事は冥琳の心身を少しでも和らげてやる事だった。

 

「うっ……う、上手いな。……あっ……そ、そこ……。」

「どうも。」

 

焼け石に水だが、少しでも冥琳の役に立とう。そう思った一刀だった。

 

 

Side劉備軍

 

先ほどの桃香の発言に対し、みんな硬直していたが愛紗がその場の静寂を切った。

 

「ど、どういう事なのでしょうか?桃香様。」

 

なんと言ったらいいのだろうか?桃香は少し悩んでいた。具体的な事なんか一つも無い。ただ信じてくれと言われただけである。これで愛沙たちが納得してくれるとは思えないけど………。でもみんな早く聞きたがってるみたいだから正直に話そう。

 

「えっと……実は黄蓋さんが裏切る前に、御使い様から『もしも、あの人が裏切るような真似をした時は、俺たちを信じてくれ。』って言われたの。み、御使い様の言う事だから何かしらの事情があるんじゃないかなって………思って……。」

 

話を続けようとしたが、周りの雰囲気がとてもガクッと首を下に垂らしたのを見て桃香は話を止めた。

 

まあ、それも当然と言えば当然である。裏切ったら信じろなんて矛盾もいいところだ。どう考えたって、こちらの勢力をなんとか留めておこうという魂胆が丸見えである。と、普通の者たちはそう考えるだろう。劉備軍の将たちも例に外れない。他者を信じると言う行為はとても美しいものであり、それこそが桃香の長所であると誰もが理解しているのだが、いかんせん状況がそれを許さない。将の誰もがため息をつく中、朱里を含む軍師たちだけはどういうわけか顔色を変えていたが………。

 

なにはともあれ、かなり長い時間を軍議に費やしてしまった。基本方針を保留にしたまま今日の軍議はこれでおしまいであると、一時中断したのであった。

 

 

Side朱里、雛里

 

軍議が中断し、みんな自分たちの仕事場へ戻って行ったのを確認した後、朱里、雛里の二人は桃香の元へと向かっていた。

 

「桃香様。」

「どうしたの?朱里ちゃん、雛里ちゃん。」

「少々、確認したい事があるのですが………よろしいでしょうか?」

「確認?何を?」

 

朱里がとても真剣な顔で尋ねている。隣にいる雛里もまた真剣だ。

 

「御使い様に言われた事をもう一度、お聞かせくださいませんか?」

「言われた事?………ああ、自分たちを信じてくれって言った事?」

「はい!そうです。」

 

一体どういう事だろう?と桃香は思ったが、とりあえず話した。祭が自分たちを裏切ったら自分たちを信じてくれ。俺たちの絆を信じてくれ、と。祭が裏切る前にそう言われた事を。

 

「雛里ちゃん、これって………。」

「うん。たぶん間違いないと思う。」

 

二人が何か納得しているのか理解できない桃香は二人に尋ねた。

 

「ねえねえ、何が間違いないの?」

「う~ん……………。」

 

二人はお互いに顔を見合わせて困った顔をしていた。

 

二人は気付いたのだ。冥琳が何を狙っているのか。そして御使いである一刀の言葉の意味を。しかし、それを主君である桃香に伝えるべきかとても悩んでいた。この策は秘密を知る人間が少なければ少ないほど効果を発揮するものだ。祭の裏切りの際の呉の慌てふためきようは間違いなく演技では無い。だとするとこれは冥琳と祭がその場で行った偶発的な策なのだろう。曹操の性格からして、間違いなく味方の陣営に間諜を送り込んでいる。策をあらかじめ知っていたら態度で悟られてしまう恐れがある。だからこそ、秘密を知る人間は少なくてはならない。御使いの一刀がどうやってこの策に気が付いたのかは不明だが、さすがは天の御使いと言われるだけの御人である。

 

「ねえねえ、一体どうしたの?二人ともなんか変だよ?」

 

秘密を知る人間が少なければいいとは言えど、主君である桃香にまで黙っておく事は出来ない。そう二人はお互いに顔を見合わせ決断した。

 

「桃香様、決して驚かずに聞いてください。」

 

そうして、冥琳たちが行おうとしている策の全貌を話すのであった。

 

 

Side桃香

 

桃香は信じられなかった。そんなやり取りがあの軍議の口論の中で行われていたなんて………

 

「こ、この事を愛沙ちゃんたちにも教えなきゃ!」

 

今すぐ愛紗たちを呼びに行こうとその場をたちあがったが、すぐに朱里と雛里に捕まった。

 

「だ、駄目ですよ!桃香様!」

「ど、どうして?孫策さんたちの誤解を解かなくちゃいけないのに!」

 

雪蓮たちに悪い事をしたと罪悪感が出てきた。まさか、あの口論の裏にそんな策があったなんて。御使い様にも、一緒に闘う事に不安があるみたいな事を言ってしまったし………。愛紗にいたっては雪蓮と口論までしたし……。

 

「どこに敵の間諜がいるのか分からないんですよ?もしも、この事が敵さんに悟られてしまってはこの策のすべてが無駄になります。とても残酷ではありますが、愛紗さんたちにはこのままでいてもらいましょう。その方が敵さんも油断するでしょうから。」

「で、でも………。」

「すべては、曹操さんに勝つためです!」

「う、うん………。」

 

何も思わないわけではない。しかし、それでもすべてはこの戦いの勝利のため。そのために祭は自らの体を傷つけ、冥琳はそれに答えた。ならば自分たちが出来る事。それはこの冥琳の描いた策にまんまと引っ掛かる事だ。それも迫真の演技で。すべては大陸のため、友達のために必ず勝とう。そう心に誓った桃香だった。

 

そして、二回目の軍議の時、桃香は堂々と徹底抗戦をすると答えたのだった。

 

 

Side曹操

 

「黄蓋が投降してきた?」

 

軍事訓練も最終局面を迎え、いよいよ赤壁にて最終決戦を行おうと思った矢先の報告である。間諜からの報告によれば、呉の大都徳である周瑜と激しく口論になった事が原因であると。

 

「いかがなさいますか?」

 

報告をした稟の言葉に周りの将たちが反論する。

 

「そんなの敵側の何かしらの策に決まってるでしょう!」

 

猫耳フードの桂花が曹操に進言した。

 

「華琳様、黄蓋と言えば、歴戦の勇士にして呉の宿将。この脱走には何か裏があるとみるべきです。」

 

何とも面白みのない普通の言葉だが、ほぼ真実だろう。曹操もそのように考えていた。しかし、どうも納得がいかない。

 

「七乃、貴方はどう思うの?」

「私ですか?」

「ええ。黄蓋の人となりを貴女はこの中で一番知ってるでしょう?この脱走騒ぎ、貴方はどう思うのか聞かせてくれないかしら?」

「う~ん………。」

 

少し悩んだ後、七乃は自分の考えを素直に述べた。

 

「分かりません。」

「分からない?」

「はい。間諜の話によると、祭さんの脱走は冥琳さんとの口論が原因なのですよね?」

「そうよ。」

「祭さんの性格は、豪快にして倜儻不羈です。いくら冥琳さんが三国に名を轟かせている大軍師で呉の大都徳であったとしても、ただの文官には違いありません。その文官に公衆面前の前で罵倒されれば、兵を率いて離反するくらいの事をやってのけるんじゃないですか?」

「ふむ。」

「でも、桂花ちゃんの言う事も否定できません。だから、分かりません。」

 

七乃の分からないと言う答えに対し、桂花は反論する。

 

「考えるまでも無いでしょう!黄蓋の降伏など何かしらの策略!処分するのが一番よ!」

 

まあ、最も手っとり早く、最も安全な手段ともいえるだろう。七乃は黄蓋の処分を保留にすべきだと考え、桂花は即刻処分を進言している。風と稟は何もしゃべらない。どちらも正しいと思っているからこそ、何も言わないのだろう。

 

この選択肢について、曹操は、

 

「………結論はまだ出さないわ。黄蓋の処分は保留とする。黄蓋が降伏すると言うのならば一度、話を聞きたい。まずは謁見し、黄蓋の人となりを見てから判断する。」

 

七乃の意見を取った。

 

「しかし、華琳様!それは危険すぎます!」

 

桂花の言葉も最もだろう。死を覚悟した自爆テロだったら洒落にならない。その桂花の言葉を七乃は寸でのとこで打ち切った。

 

「桂花さん、少し落ち付いてください。謁見し、祭さんの人と為りを見なくちゃ真意は分かりませんよ?」

「真意なんてどうでもいいでしょ!肝心なのは敵の将が華琳様に近づくと言うのが大切なの!それとも何!あんた確か孫策たちの仲間だったはずよね。黄蓋を処分する事に反対なのって…………ッ」

 

言葉の途中だった。突然、パンと乾いた音が周りに響いたのだった。その瞬間、桂花の顔が横にぶれた。その前には曹操が腕を振りぬいていた。曹操が桂花の頬をぶったのだった。

 

「か、華琳様………。」

 

痛みよりもまずは驚きが桂花の頭の中を支配した。どうして?どうして?と頭の中でなんども問答した。風も稟も七乃も驚き、開けた口を閉じらせる事が出来なかった。

 

「桂花、今のは貴女が悪いわ。七乃に謝罪なさい。」

「……………」

「七乃はもう私たちの仲間よ。それにかつて仲間だった者の処分に反対する行為は人として当たり前の事。だからこそ、今の発言は許されないわ。もう一度言う。七乃に謝罪なさい。」

 

その瞬間、桂花の心の中は羞恥と悔しさと情けなさが支配した。思わず涙と鼻水が出てきた。顔も真っ赤になってしまった。なんとも情けない顔をしたまま桂花は七乃に行ったのだ。

 

「ご、ごめんなさい………。」

 

と。

 

それに対して七乃は、いつもの笑顔で

 

「許します♪」

 

と答えた。稟と風もほっと胸を降ろした。

 

「なら、この件についての話は終わりよ。風、黄蓋との謁見の準備をなさい。」

「御意です。」

 

曹操は揺るがない。覇王だから。桂花の言う事こそ至言なのは分かっている。しかし、曹操は覇王。降ってきた将の言い分見聞かないで処分してしまっては己の風評に傷を付けてしまう。それだけは絶対にあってはならない。曹操は覇王なのだから。

 

 

Side祭

 

祭は現在、赤壁から少し離れた長江に陣を張っている曹操軍の所にいた。改めて見ると凄まじい景色である。海にも似たこのとても広い長江が凄まじい数の船で覆われている。いや、すごいのは船の数だけではない。曹操は船の闘い方を知らないはず。だと言うのに素晴らしく理想的な形をした陣計を取っていた。その上、兵力、物量共に蜀呉同盟を上回ると言うのに軍事演習まで行っている。あまりにも徹底し過ぎている。

 

「黄蓋さん、華琳様が貴女にお会いになるそうですよ」

 

頭に変な人形を乗せた少女が祭を案内した。とうとう曹操に相まみえる。祭の心はどこか高揚していた。これほどの軍の頂点に立つ者。一体どのような者なのだろうと言う単純な好奇心もあった。

 

しばらく、歩いていると広い部屋に入った。謁見部屋だろう。

 

「貴女が黄蓋?」

 

その中央にいる少女。彼女を見た瞬間、背筋が凍ったような不思議な感覚に祭は襲われた。

 

「お前が曹操か?」

 

その問いに対して少女は

 

「ええ。私が曹操よ。黄蓋。」

 

何とも自信に充ち溢れている王がそこにいた。まるで自分の主、雪蓮と同等、もしくはそれ以上の気風を身につけている。

 

「よく来たわね。黄蓋。」

「!!」

 

この少女はあまりにも危険すぎる。戦士としての長年の勘が祭の体にそう伝えていた。

 

(ここで、もしも曹操を殺す事が出来たら……)

 

など言う考えは一瞬で終わった。曹操の周りには複数の将がいる。どれもこれも一騎当戦の強者である。まず、そんな事をしたら真っ先に殺されるのがオチ。最も思っただけで行おうとは微塵も考えていなかったが………。

 

「まずは我らの降伏を受け入れてくれた事に感謝する。」

 

まずは礼から始まる。助けてくれた者に対して礼を言うのは人として当然の行為である。たとえ、それが敵であってもだ。

 

「構わないわ。優秀な人材を失うのは天下の損失。それで、聞かせてくれないかしら?どうして、呉から離反したの?」

「誇りのため。」

「誇り?」

「そうだ。もはやあそこに私の心はない。文官風情に公衆面前の前で恥をかかされたのだ。武人にとって誇りこそ自分を表現する存在。その誇りを穢されて、どうして尽くせる?どうして闘える?」

「ふむ………。」

「それにな………。」

 

そして、祭は服を脱ぎ出した。

 

「お、おい!貴様!何をする………うっ!!」

 

奇妙な行動をした際に対し、春蘭がすぐさま駆け寄ろうとしたが思わず立ち止まってしまった。

 

「その文官風情にこのような事までされてしまったんじゃ。」

 

祭の背中を見た瞬間、魏軍の将たちに戦慄が走った。皮が破れ、肉が抉れている。数回の鞭打ちではこうはならない。どうして、今この場で立っていられるのか不思議でならないほどの重症である。春蘭にもう少しだけ根性が無かったのならば、彼女はその場で尻ごみをしていたに違いない。季衣と流琉にいたってはその余りにも残酷でグロテスクな傷を見せられて思わず泣きそうになったくらいだ。誰ひとりとして平然な顔をしている者はいなかった。

 

「儂は、女としてはもはや枯れる寸前の年増じゃが、それでも女としての誇りも持っておった………。そして、その女としての誇りすら奪われたのじゃ。」

 

ここに祭の悔しさ、無念さを理解できない者はいなかった。たとえ、策かもしれないと頭の中で分かっていてもだ。自分たちは女である。祭もまた女性だ。同じ女から見ても祭は間違いなく美女である。その美しい体に傷をつけられたら、もしも祭と同じように仲間から同じ目にあったならば、間違いなく離反してしまうだろう。一生消えない傷を付けられたのだから。

 

「…………なるほど。………その言葉、信じましょう。」

 

曹操がそう言うと、祭は服を着なおした。

 

「それで黄蓋。貴方は私に降伏したわけだけど………。勿論、手土産はあるのでしょうね?」

「無論じゃ。」

「ほう………で、何かしら?」

「儂の弓と儂の弓がもたらすすべての産物をお主に捧げよう!」

「いい答えね。」

 

曹操はとても満足したようだった。

 

「では黄蓋!まずはその傷を癒しなさい。その後、貴方には前線に出て、劉備と孫策の討伐を命ずるわ。貴方の真意を見せて頂戴。」

「御意!」

 

そう言って、謁見は終わるのだった。ここまでは予想通りの展開であった。曹操は自分を疑っていてもそれを拒む事は出来ない。なぜなら、覇王としてのプライドが、風評がそれを許さないからだ。祭の言葉に嘘はない。

 

『我が弓と我が弓がもたらす全ての産物を捧げる。』

 

そう。決して嘘は言っていないのだから。

 

「この者に、貴方の世話をさせるわ。」

 

曹操が手をたたくと、扉から見知った顔が出てきた。

 

「お主は………七乃!?」

「はい。お久しぶりですね、祭さん。」

 

 

続く

 


 
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