No.19929

prism あにいもうと

見縞みおさん

ずっと、好きな人がいる。
思い出すのは、初めて会った日。
そして、彼が兄になった日。

作成日20000310

2008-07-18 15:00:41 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:409   閲覧ユーザー数:388

 

 

 

 私には、初めて会った時から好きな人がいる。

 でも好きなだけ。積極性とかの問題でなく、影から見つめること以外できないような相手。

 見つめてもいられない相手を想うのって、辛い。ような気がする。

 窓の外が暗くなってく。それは私が動かないから。

 ベッドの上でまどろむ。部屋の中が暗くなる。

 

「おい、早く仕度しろよ」

 諭一(ゆういち)が声をかけると同時に部屋の明かりをつけた。扉から覗かせた顔をしかめながら、

「お兄さん待たせてしまうかもしれないんだぞ?」

 確認するように言う。

「だぁいじょうぶよぉ。あの人はいつまで待ったって怒りゃぁしないんだから」

「そんなこと言ってて良いのかよ。もう会えなくなるかもしれないんだぞ」

「今生の別れじゃあるまいし…」

 起き上がり諭一を見据えてやる。

 諭一は無言で背中を向け、クローゼットを開く。

「何着るんだ?」

 問いかけを背中越しにされ、少し困惑した。

 怒ってるの? でも…

「急げよ、俺は人待たせるの嫌いなんだよ」

 何事も無かったように、諭一は言った。だから私も、答える。

「花柄のワンピース」

「これか?」

「うん…」

 投げてよこされ、渋々と着ているものを脱ぐ。

 でも、諭一は知らないはずだから─

 

 

 

 再婚なんて言葉、わかってなかった。それくらい幼かった。

「お父さんとお兄さんよ」

 母にお出かけよ、と言って連れてこられた場所には人が2人いた。

「空(あき)ちゃん、君のお父さんになりたいんだけど良いかな?」

 無言で頷いていた。だってそれしか道がないと思った。

「空ちゃんは光月(みつき)が気に入ったみたいだね。はは…」

 父になる人の失笑を買いながらも、私はその人をずっと、見ていた。

 見上げていたものが、小さくなる。目を瞬きさせると、目の前にはずっと見ていた顔があった。

「光月って言うんだ。お兄さんになっても、良いかな?」

 にっこりと笑いかけられ、動けなくなる。その表情のまま首を傾げられ、条件反射で勢い良く頷いた。

 ごん! 景気の良い音がして、額に痛みが走った。相手も額をおさえていた。

「ごっごめんなさい!」

 ぶつけたところがじんじんした。泣くほどの痛みじゃないのに、涙がでそうになった。

「いや、空ちゃんこそ大丈夫かな?」

 額に触れられる。動けなくなる程の衝動、頭の上に何かが乗っかってバランスが取れなくなったみたいに、重くなる。

「空ちゃん?」

 動けなくて、触れた場所が熱くて、それ以外考えられなくなった。

 手のひらが汗で濡れる。心臓がどくどく言う。

 お願い。ほっといて。収まって。

「熱がある」

「光月君、それは…いえ…じゃぁ家へ一緒にいらして頂けます? このままだと、お夕飯ぱぁになってしまいそうですし」

「そうだね、光月おんぶしてあげなさい」

「うん、空ちゃんちょっと動かすけど我慢しててね」

 優しい声で言われ、身体が宙に浮くのを感じた。

「お家まで、揺れるけど、頑張ってね」

 手が首に回らなくて、肩につかまった。暖かい背中。大きい背中。

 お兄ちゃん、でも、私は。

「光月君ごめんなさいね。空は…」

「いえ、大丈夫ですよ。きっと…もの珍しいだけです」

 背中越しに聞える声。困惑した声。

「仲の良い兄妹に、なれますよきっと」

 認めてもらえない。私の気持ち。

「そうだと、いいわね」

 重たいの? 私。じゃぁ隠さなきゃ。出しちゃいけないんだ。

 誰にも知られないように。ずっと。

 

 

 

 車の窓の外は光が後ろに移動してるように見える。

「お前、人待たせるのは失礼なことなんだぞ。分かってるのか?」

 あの後、私は更にのろのろと仕度をし諭一をいらいらさせた。

 諭一があのことを知っているはずがないのに、あまりにも淡々としているから余計に。

 これから、光月の海外栄転のお祝いに行く。諭一は迎えに来てくれただけ。

 シートベルトを手でひっぱり緩くした。胸が重たくなったから。

「酔ったのか?」

 短く首を振り否定する。無言のまま、窓の外を眺めた。

「吐き気がする」

「酔ったんじゃないか。車止めるか?」

 そういう意味じゃない。

 でも諭一には、その方が良いのかもしれない。だって諭一に話すわけにはいかないんだもの。

「ううん。良い。それより待たせちゃ悪いでしょ」

「ばーか何言ってるんだよ」

 今更。私。本当に、今更。

「お兄さんに電話して、店に先に行ってもらえば良いだろ?」

「いいよ。伊都子(いつこ)さんに悪い」

 また胸が重くなる。口にしたくなかった、名前。特にこんな時には。

 嫌いじゃない。でも許してるわけでもない。どうしようもない、自分が、一番。

 車の衝撃で身体が少し前のめりになる。窓の外を見ると、風景が止まっていた。

「諭一?」

 振りかえると、身体が少し震えた。

「お前、本当に顔色悪いよ」

 自分の中で衝撃があった。諭一に真直ぐに見つめられる。動けなくなる。

 ふいに諭一が目をそらす。背中にかいていた冷や汗、緊張が解けた。

「少し休もう」

「…うん」

 

 

 

 子供の頃見てた夢。愛のある夢。一方的な。

「お兄ちゃん、光月…お兄ちゃん」

 どうしたの?

「夢見たの」

 どんな?

「お兄ちゃんのお嫁さんになる夢」

 頭のてっぺんに乗せられた手。困ったように笑う顔。

「大きくなりたい、早く」

 そうだね。

「いっぱい大きくなって、素敵な人になるの」

 うん。

「そうしたら、そうしたら…光月、お兄ちゃん。ずっと…」

 ん?

 ずっと…傍にいてくれる?

 小さな夢。自分の中で育ててた、大切な夢。

 光月だけに。

 

 

 

 額に冷たいものが触れた。

「飲めるか?」

「…うん」

 受け取り、口をつける。冷えた液体が重くなった胸を少し別のものにした。

「先刻…電話しといたよ。先に行っててくれるってさ」

 驚いた。身体が動いて諭一を見ていた。

「何だよ。体調悪いもんは仕方ないだろ、良くなったらすぐいけば良いんだよ」

「え? …うん」

 声がかすれる。

 今身体に走った衝撃。なんて言ったら良いんだろう。

 私なんてこと、していたの?

「ごめん…」

「気にすんなよ」

「…ごめん」

 諭一の肩に頭を乗せる。意味わかんなくてきっと困惑してる。でも言えない。

 頭に諭一の手が乗った。上から下へ優しく動く。

「お前、ずっと変だな」

 何にも答えられない。答える代わりに、頭を肩に押し付けた。

「あの時から、いやずっと前からか」

 意味がわからない。何言ってるかわかんないよ、諭一?

「ゆ…」

「俺は、お前が辛いの知ってるけど、何にもできないんだ。ずっと、今も」

 顔を上げる。諭一が私を見てる。

 諭一? 諭一はもしかして、知ってるの? そしてずっと…辛かったの?

 辛いのは私だけ? そんなことない。でも…

「変な事言わないで」

 身体を離す。身を小さくする。

 分からないから。諭一が何言ってるのかわかんないから。

「お兄さんが、ずっと前に言ってたんだ」

 胸にのしかかる衝撃。背中に冷や汗が走る。

「空とお兄さんは血が繋がってないって」

 言葉が出ない。口が徐々に開いてく。

「…たんだ」

でも、そんなこと、知らなくて良かったのに。

 

 

 

「山崎(やまざき)」

「なーに?」

「一緒に帰らないか?」

「別に良いけど?」

 出かかっていた教室をそのまま出て行く。

「テスト終わったね」

「あぁ当分ごめんだね」

 下駄箱で靴を履き替え、日差しの強い外に出る。夏の制服は明るい色で、気持ちを少し明るくさせた。

「森岡(もりおか)君の家、一緒の方向だっけ?」

「あぁ…うん」

 歯切れ悪く頷く。私の家は歩いて三十分くらいなんだけど。

「暑いな…」

「うん、暑いね」

 暑い夏。ずっと夏なら良い。そうしたら…

 住宅街を抜け、土手にさしかかる。

 森岡くんはずっと黙ってる。

「山崎」

「ん?」

「俺…」

 言いにくそうに、下を向く。

「何?」

 困惑する。

 どうしたらいいんだろう、私。

「空?」

 え?

 あの人の声が聞えた。だから、振り向いた。

「お兄さん」

「やっぱり」

 笑顔で言った後に、森岡君に目を向ける。

「彼は?」

 森岡君は居心地悪そうに、会釈をした。

「もしかして、空の彼氏?」

 嬉しそうに笑う。

「違うよ…」

 顔が引きつってる気がする。

 そんなに、嬉しそうに笑わないでよ。

「何照れてるんだよ、空」

 何も気づいてない顔。声で、勘違いした方向に話を進める。

 本当に、私、妹なんだね。あの日から10数年。立派に兄と妹に、なったんだね。

「山崎のお兄さん。本当に違いますよ」

「えっそうなのかい? 悪いこと言ったね」

「いえ…そう言うお兄さんにはいらっしゃらないんですか? そう言う人」

「いるんだ。秋に式あげる」

「お兄さん、出かけるんじゃないの?」

「おっと忘れてた。遅れてしまう」

 大げさな身振りで腕時計を見る。

「もしかして、伊都子さん?」

 口の中で血の味がする。偽物の血の味。

「うん。それじゃな、気をつけて。」

「うん、お兄さんも」

「君も失礼したね」

「いえ」

 軽くてを振って駆けさる。

 秋が来たら。あの人はいなくなる。

「山崎」

 どうしようもない。私は。

「俺」

 あの人にとってただの、妹。

「山崎のこと好きなんだ」

 好きなのよ。光月。

「え?」

「付き合ってくれないか?」

 いなくなってしまうあの人。永遠に望みのない、恋。

 嫌いじゃない森岡君。話をした事があるだけのクラスメイト。

「…うん。わかった」

「OKってこと? じゃぁ名前で呼んでも良い?」

「うんじゃぁ、私も名前で呼ぶね。諭一君」

 苦笑い。ばかな女。

 ごめんね。頑張って好きになるから。

 

 

 

 ずっと傍にいた。そしたら好きになれるかと思った。

「空」

 諭一が呼ぶ。でも顔が見れない。

 諭一はきっと知ってる。私が隠してること全部。

「ごめん…」

 シートベルトをはずし、車のドアを開く。そして、飛び出した。

 ごめんね諭一。

「空! 待てよ」

 諭一の事傍にいて安らげるくらい好きだけど。それが恋かどうかなんてわかんない。

 私の恋はあの人を中心に回っていたから。言葉や笑顔に振りまわされたり、そばに来るもの全てに嫉妬したり。

 諭一にそういう風に思ったことないの。

 だから続いたのかもね私達。諭一が私のこと好きで、私はあの人が好き。

 私の事は忘れてよ諭一。私は罰を受けなきゃいけない。それが私の、私への罰になるから。

「はぁっ…はぁっ」

 息切れがする。足に力が入らない。もう走れない。

 遠くに海が見える。ここはたぶん、公園。ぼんやりとそれを見ながら、その場に座り込んだ。

「相変わらず横暴な女だな、お前」

 諭一も息切れしてる。声が真後ろから聞えた。

「諭一…」

 走って来たの? 車は…

「それで俺に気、遣ったつもりか?」

「でも…諭一」

「俺の気持ち考えてないだろ」

 考えたよ。考えたから。

「お前、それは考えてないんだよ」

「何でよ! じゃぁどうしたらいいの? ちっともわかんないよ諭一の事なんか!」

 違う、怒りたいわけじゃない。でも。

「じゃぁ俺の幸せ考えてくれよ」

 諭一の幸せ?

「俺はお前が好きなんだ。お前の一番が俺じゃなくても」

 私が好き。あの人を好きでも好き。

「そんなの…」

「俺の幸せは空の傍にいることなんだよ!」

 傍にいること…どんなことがあっても、ずっとそばにいるってこと?

「空にとって俺は傍にいるのも嫌な奴なのか?」

「そんなことない」

 傍にいるだけでこんなに安らげる人、いない。あの人にもできない。

「傍にいると安心できるよ。好きだよ、でも…そんなの…」

「何でも良いよ」

「え?」

「空が俺のことを考えなくなるよりはずっと良い」

「諭一、そんなの…恋じゃないよ」

 だから、私は罰を受けないといけない。今まで諭一に酷いことしてきたから。

「一緒にいられないよ」

「何で?」

「無理ったら無理っ」

「恋じゃなくても良いんだ。俺は」

 何でよ どうしてそんなこと言えるの?

 やめてよ。怖い、諭一知らない人みたいだよ。

「空…」

 身体が震えた。怖くて震えた。

 どうしたらいいの。ねぇ諭一、わかんないよ。

 

 

 

 長い沈黙。

 携帯電話の着信音。

「はい。あぁ…、すみません」

 光月だ。きっと待ちくたびれて、電話してきたのだろう。

「空の調子が良くならないようなので、今日は…」

 諭一のばか。言い訳なんかしないでよ。全部言ってしまってよ。私は酷い女だってみんなあの人に言ってしまってよ。

「はい…伝えておきます。はい、失礼します」

 電話を切る音が聞えた。

「空には明日また電話するって伝えてくれってさ」

 嬉しくない。そんな電話。かけてきて欲しくないよ。

「帰ろう。空」

「帰りなよ」

「帰ろう」

 諭一は聞く耳持ってない。きっと面と向かって言わないと分からないんだ。

 振り向いて目を見て言わないと駄目なんだ。

 私も怖いよ。でも、そうしなきゃ、終わらない。

「諭一…」

 どん。なにかに顔面をぶつけた。布地の感触とほんのりとした温かみ。人だ。

「空…俺が悪かった。だから…」

 頭の中で何かが弾ける。何で謝るのっ?

「何謝ってるのよ! 諭一は何にも悪くないでしょ?」

「だけど、空」

 そんなに、私と一緒にいたいの? でも、そんなの…

「私は、諭一利用して光月からの隠蓑にしようとしたんだよ。諭一の事好きじゃなかったのに。ずっと利用してきたんだよ。光月が安心するから」

 分からずやの諭一。きっとこれで呆れて去って行く。

 好きじゃなくなるよ。私のこと。

「わかった」

 ずくんっ 胃に走る衝撃。

 きっとこれって胸に穴が開く感じ。 私傷ついてるのかも知れないね。でも仕方ない。

 だから、終わりにしよう?

「諭…」

 自分でも何を言ったら良いのか、わかってなかった。思いつかなかった。

 ふと、首の横を通って背中の方に暖かみを感じる。

「ほんとに! 何でも良いんだ。空が少しでも俺のこと考えてくれるなら憎まれても」

 諭一の息が首にかかる。言葉を言う度に諭一の圧力が増す。

「できれば、好かれてる方が良い。空だって人を憎むなんてあんまりしたくないだろう?」

 激しい熱情。諭一の恋は激しかったと言うこと…ずっと傍にいて知らなかった、私は。

 利用してきた事を許せるほど広い心と私の為なら何でも出来る狭い心。

 諭一は…

「ね…」

 声がかすれる。震えてる。

「空…」

「みつ…お兄さんには動悸とか動揺が激しくなる。どんな言動も少し見つめられるだけでも。誰か傍にいるだけですごく嫉妬してしまう。でもそうは思えないんだ。諭一には。そう言うのないんだよ、…でも、でもね、傍にいると安心するの、すごく。全然違う」

 誰でも良いから、答えて欲しかった。他力本願だね、全く。また近くにたまたまいただけの諭一を利用するの? …でも、それでも今、答えが欲しくて仕方がない。

「…そんなの、俺にわかる筈ないだろ? 確実なことはお前にしかわからないんだよ。 …ただ」

「なに?」

「それは、恋と愛の違いを聞いている様なものだと思う」

「それは、光月に恋してないってこと?」

 諭一の手が肩をつかむ、私と真直ぐに見つめあうよう身体を離した。

「そうじゃない」

 軽く首を振り、

「さっきも言っただろ? それは、お前にしかわからないんだ。ただ、境界線があるかどうか、あるならどこに存在するのか考えてみてみたらどうだ?」

「境界線?」

「恋の種類、愛の種類。多様な中で、誰にどの愛情を注いでいるのか。それを、俺にわかる筈がない。全ては空にしかわからないんだ」

 そうだろう? 言外に感じるそれを、ぼんやりと頭に入れる。

境界線があるから、私は光月に恋をし、諭一に安らぎを感じる。そして、伊都子さんにどうしようもない感情を覚える。

 それは全て私の中で起きていること。存在すること。

 諭一は多分予測してる。私が何を考えているのか。

「ただ、俺は空が少しでも俺の事考えてくれるならそれで良い。俺の気持ちというか条件はそれだけ」

 そう言葉にする。また私を甘やかそうとする。逃げ道を用意して。

 私がはっきりしなくて良いだなんて、本気で思っているの?

「私のどこが好きなの?」

 あなたの本気はわかってしまった。ただ、何を求めて私といるか、何が良くて私といるかは理解できない。そんな甘やかしばかりじゃ。

「んーよくわかんないとこかな」

「わからないところ?」

「知らない事って知りたくなるんだ」

 はい? 諭一はにこにこしながら更に言葉を続ける。

「でもそれだけじゃないから、恋なんだと思うよ」

 照れ臭そうにそう言った、諭一。

 でも私は意味がわからなくて困惑する。

 わかんないとこがなくなったら、離れてくかも知れない諭一。

 でも、それでも良いと思った。

 見通せない未来の中で、仕方のないことだと思う自分がいる。

 光月と一緒にいられないから、諭一と一緒にいる。そんな負い目が少し軽減された気になった。

 でも、諭一と一緒にいたいのも本当だから。

「諭一。帰ろう」

「うん」

 嬉しそうに笑って、体を離した。こう言うところは犬みたいだなぁとぼんやり思う。

 そして、走ってきた分の道を引き返す。

 置き去りにしてきた車まで、2人で歩いた。

 

 

 

「空、身体は大丈夫かい?」

「うん、心配かけてごめんね」

「いいのよ空ちゃん、昨日この人いじけて、空ちゃん達の分も飲んでやるって言って、二日酔いなんだから」

 昨日の約束通り、光月は電話をかけてきた。そして、身体が平気なら見舞いに行くというので私が出てきたのだ。

「気をつけてね。栄転先フランクフルトだっけ?」

「スペインだよ、空」

「ははは。ごめん、ごめん」

「っと、あんまり長い間外に出さしちゃいけないね。空、色々と頑張ってな」

 右手が差し出され、私も重ねた。

「うん…」

 この手にずっと、振りまわされてるんだ。そう思ったら、鼻が押されたようになって、目の奥から何かが出てくるような感覚がした。

「大丈夫よ、飛行機落ちたりしない限りはね」

 泣きそうなのを勘違いしたのか、伊都子さんの言葉。

「伊都子、君は何だっていつも縁起でもないことばかり言うんだい?」

「あら、いつも最悪の事態を想定だけはしといた方が良いわよ。何があるかわからないんだもの」

「あはは」

 なるほど諭一、知らない事ね。伊都子さんは意外と面白い。

 でもそうすると、私って意外性だらけってことなわけ?

「笑われてしまったよ、伊都子」

「じゃぁ私達も笑いましょうか?」

「…伊都子、君には適わないね」

「あら、当たり前でしょ」

 女なんだからと胸を張っていっていた。男らしい人だなぁ。

 2人に手を振って私は歩き去る。

 そして公衆電話で諭一に電話をする。

 相手が出るまでの軽い音も少しで、諭一が電話に出た。諭一はいつも早かった、そう言えば。最初の頃は良く驚いたものだったっけ?

「諭一? うん、空。諭一の言ってた意味分かったよ、伊都子さんてね…」

 

 


 
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