一刀が呉より独立して早一ヶ月。
彼は平原に居を構え、国の立ち上げに七苦八苦しながらも袁紹軍との戦いに向けて様々な準備を進めていた。
自分は天の御遣いだと風潮し、袁紹軍領下の人々をこちらに迎え入れて戦力を削ぎ落とす策や天界の知識を用いて兵器製作を目的とした工作部隊の設立。
旧魏軍、呉軍同士の協調や部隊編成、指令系統の統一、街の拡大計画を初めとした住民への生活保障などなど。
やるべき事を上げればきりがない。
それでも彼を慕って集まった仲間に助けられ、推し進めていた政策がなんとか軌道に乗ったある日の明朝。
淡いピンクの髪をしきりに気に掛ける一人の少女が忙しなく動き回っている。
それは自室に据え付けられた鏡台に背を向けて、短く整えられた後ろ髪を何度もチェックする蓮華の姿だった。
「くっ……このままではまずいわ」
つい最近まで伸ばしていたせいか、どうにも違和感が拭えず、
朝早くから始めた身嗜みを続けてすでに一刻が流れようとしていた。
「……やっぱり短く切りすぎたのかしら? 今日はせっかく一刀と出掛けられるというのに、
こんなところで躓いてしまうなんて……」
未練がましく櫛を通してなんとか誤魔化そうとする。
一刀の理想に恭順する覚悟と以前の自分とのけじめをつける為に以前のような髪型に戻していた彼女であったが、
今朝に限ってはしつこいぐらいに入念な身嗜みを施していた。
「ここにもう少し膨らみをつけて……と」
何といっても今日は久しぶりに一刀と二人きりになれる好機。
だらしない格好で愛想をつかされるわけにはいかないわ!
「……よし。ここまで撫で付ければきっと大丈夫ね」
ようやく得心いく調整を終えたのか蓮華が満足気な笑みを浮かべて頷く。
普段の剛健実直とした彼女とは大きく異なる、花開いたかのような無垢な笑顔が眩しい。
だが、鏡に写る自分の表情を確認して慌てて顔を引き締める。
(いくら久方ぶりの休養とはいえ、上に立つ者としての尊厳は普段からきちんと誇示しておかないと。)
自分を戒めるように軽く頬を叩く。
「さて、そろそろ待ち合わせの時間ね。早く城下の大通りに行きましょう」
逸る気持ちが自然と足取りを軽くする。
数秒前の立派な決心も案の定というか、恋する乙女の気持ちの前には簡単に押し流されてしまった。
今日はデート。
過去にも体験したこのシュチュエーションに胸を膨らませた蓮華が赤と金で装飾された軍服に身を包み、
意気揚々と目的地へと歩を進めるのだった。
しかし……
「――行ったか?」
「はい。身嗜みを終えてこれから一刀様と待ち合わせる模様です」
「うむ、僥倖じゃな。色々とあった諍いのせいで蓮華様と北郷を二人きりにして差し上げられなかったからのう。
ここは我ら忠臣が一肌脱いでより良い逢瀬と仕立ててみせようぞ」
「はいっ! 私も精一杯頑張らせていただきます!」
「……ふう、監視役の護衛でこの地にお越していながら随分と自由ですな、祭殿」
「ここに辿り着いた時点で儂らの役目は終わっておるのじゃ。多少の娯楽ぐらい楽しませてもらってもバチは当たらんわい。
のう明命」
「はいっ! 二喬の方々もお疲れの様子でしたし、しばらくは勝手が利くと思います」
「ではそろそろ追跡を開始したいと思います。準備はよろしいですか?」
「「おおー!!」」
「…………はぁ」
記憶を取り戻し、新たに二名を加えた呉軍の将達がまたもおせっかいを焼こうと画策するのだった。
……もう一組の影に気づく事も無く。
「……いえ、分かってはいたのよ。一刀がたくさんの女の子に優しくて魅力的な男性で普段から引く手数多の存在だということは。でも今日ぐらいは私だけ特別扱いしてほしいって……少しだけ、ううん。大いに思っていたのに、こんな蔑ろにされてしまうのは流石に面白くないわ……」
「蓮華? 今なんて……」
「何でも無いわっ!!」
うおっ!? いきなり不機嫌顔になった蓮華にどやされてしまった。
「孫権様、体の調子が悪いんだったら無理せずお城に戻った方が良いと思うのー」
「それだけは絶対に駄目!」
強い口調での沙和の進言を突っ撥ねる蓮華。
大通りで落ち合ってからずっとこんな調子だ。
「わわわ、そんなに怒らなくてもぉ……。沙和、そんな気に障るような事言ったつもり無いのにー」
「単に虫の居所が悪いか、あの日なだけと違うん?」
霞がぶっきらぼうに答えるが蓮華はそれを無視して口を閉ざして俺の隣に陣取る。
「? そういや、近衛隊に任命した沙和は納得できるけど、霞はどうして俺達に連いて来るんだ? 昼飯をたかるにしてもまだ時間があるぞ?」
時計があれば十時ぐらいだろうか。
そもそも酒飲みの霞がこの時間に行動しているのが珍しい。
「いやいや! 我らの御印、天の御遣い様に奢らせようなんてまったく考えてへんて。
うちはあれや、もっと護衛が必要やないんかと心配して同行してるだけやさかい」
「嘘くさ……」
「にゃはは♪ まぁええやんええやん♪ ほらっ! いちいち細かい事気にせんと前見て進もうや」
「っとと、急に押すな! のっかかるな!」
笑ってごまかす霞がぐてーっと背中に張り付き、体を預けてくる。
うーん。沙和といい霞といい、なんか行動がおかしくないか?
妙にこちらに絡んでくるというか、いつもらしくない。どこか演技掛かっているとでも言うべき行動が目に付く。
「ほうほう。同じような羽織を着てるせいか、お似合いな雰囲気なの。甘々な恋人臭がぷんぷんと漂ってくるみたい!」
「!?」
「おぉ、さよか! うちもようやく女の子らしい行動が自然と出来るようになっとったんやなぁ~……。うーん、感慨深い!」
俺の肩に頬擦りしながら囁く霞。
ある意味、戦闘狂の側面を持つ彼女がこういう仕草をしてくれるのは男冥利に尽きるが、
もう少し恥じらいやなんかの部分も学んでほしいもんだ。
だが今は許そう。しょうがない。むしろばっちこい。
女性が密着してくれば、当然背中に二つの双丘が当たってくるわけで……。
ビバ、役得! スパシィーバ、女体の神秘!
降って沸いた幸運に思わずにんまり――
「……一刀」
―ぐきっ
無常な関節技が炸裂した。
「サブミッションッ!?」
空いた右腕の関節が蓮華によってがっちりと極めている。
「……亞莎に教わったの。教育的指導のやり方を……」
「なんてことを教えてくれたんだ!?」
一騎当千の腕前に驚嘆しながら突っ込む。
「ふんっ! さっきから鼻の下を伸ばしていいご身分ね。部下に慕われて羨ましい限りだわ」
顔を背け悔しそうに口元を窄めていじける蓮華。その姿はとても彼女らしいやきもちの姿。
だが関節はばっちり極まったまま。そろそろヤバめな音が立ち始め、“ぐきっ”から“ごりっ”に変わってきた。
何という反比例。
助けを求めて直属の部下であり元凶である沙和に目で訴えかける。
すると、
「隊長、修羅場!? 修羅場なの!?」
超楽しんでた。
「目を輝かせてないで、助けろ近衛隊!! いやマジでっ!」
ぎりぎりと締まっていく腕を押さえて叫ぶ。
そんなコントめいたやりとりを道の真ん中で繰り広げていると町の人達から笑い声が漏れてくる。
「殿は相変わらずですなー」
「ははは、天の御遣い様も女性に囲まれては勝てませんか!」
(くぅ、他人事だと思って呑気な!)
はたから見れば痴話喧嘩にしか見えないだろうが、間接技が極まった右腕の反応がレッドゾーンに突入。肩から先の感覚がなくなってきた。
「……ようし……いい感じなの。このまま任務が成功すれば一日隊長を好きに出来る権利が得られるの!」
沙和がなにやら怪しい笑みを浮かべているが切羽詰った危機的状況のせいで言及できない
ぐうっ、やっぱ裏がありそうだな。
「霞? 蓮華さん? 人目も集まってきたわけですし、そろそろ離してもらいたいんですけど……」
「ええー。一刀のいけずー。うち悲しくて涙がちょちょ切れてまうわー」
「……私だって貴方が不埒な顔を見せなければこんな乱暴な真似はしなかったわよ……」
両者ともしぶしぶといった様子で俺から離れ、元の位置に戻ろうとしてくれる。
ふー、良かった。このままでは俺の尊厳やら威光、特に右腕が失墜するところだった。
まだまだ予定は立て込んでるのに仕事に関係無い部分で怪我するなんて不測の事態すぎる。
「おほんっ! 気を正してそろそろ行くぞ。まずは――」
「あっ、御遣いの兄ちゃんが今日も違う女の人連れて歩いてる! やらしーんだ」
「ちょっ!?」
―ごりっ
「!!」
(右腕ぇぇぇ!!!)
その後、運良く通りかかった華佗に腕をはめてもらい、事なきを得たがそれ以降蓮華が口を聞いてくれない。
多少のトラブルがあったにせよ、せっかく二人で行動できる久しぶりのこの機会。有効に使いたいんだけどなぁ……。
痛む肩を押さえながらそればっかりが頭の中を巡って落ち着かない。
うーむ……本当はもっといちゃいちゃしたいし、きゃっきゃっうふふな展開も期待してたんだが今は触らぬ神に祟り無し、
過度の接触は控えておいたほうが無難かなー。
「……ええい、北郷め! こんな時に日和おってからに……明命っ!」
「はいですっ!」
気づかれぬよう尾けていた明命が妄想を膨らませる沙和に襲い掛かる。
「――でー、流行の服を買ってもらった後には最近流行ってる甘味処で新作お菓子を……きゃぶっ!?」
「でかした! そのまま轡をはめて城の自分の部屋にでも放っておくのじゃ」
「了解です!」
取らぬ狸の皮算用。憐れ投げ捨てられる沙和であった。
「次は張遼じゃな……。よし、亞莎よ。そこの酒屋で一番強い酒を買ってくるのじゃ。
酔って絡む不届き者には悪酔いさせてご退場願おうぞ」
「……あなたがそれを言いますか」
その後、霞が何時にも増して積極的だったのは徹夜で秋蘭といっしょに酒を煽ったせいというのが発覚。
昼飯の頃にはなぜか顔を真っ青にして吐きそうにしてたから言及してみた。
武官である霞は今のところ暇な部類に入るとはいえ程度をもっと弁えてほしいものだ。
期せず二人きりなれた俺と蓮華は残りの時間を楽しむために町を再度練り歩くのだった。
「……なぜ今日に限ってこんなに人が寄ってくるの?
神様はそんなに一刀と私がいっしょに過ごすのが気に入らないのかしら……。
ああでも、真面目な一刀の横顔を見ていたい気もするし……もうっ!」
「蓮華? 何か言いたい事あるならはっきりと――」
「今は黙ってて!」
「はい!」
資料が積まれたテーブルを前にして蓮華が吼える。
(うぅ、時間が経つ事に機嫌が悪くなってくなー)
道端で今度は人和に捕まったのが不幸の始まり。
他の人には任せられない彼女達のライブについて打ち合わせを強要されてしまった。
こればっかりは芸能文化を色々見てきた俺で無いとうまくいかないからなー。
大丈夫、今はまだ焦るような時間じゃないと心に言い聞かせ、せめてもと仕事に集中する。
視線に怯えながら手元の竹菅に手を伸ばすと不意に物音。
―チリン
……。
……なるべく早い段階で対処しよう。
このあからさまな主張でバックに誰が見張っているか分かってしまった。
そうですね。ここは男である自分がリードしなくてはいけませんよね
「一刀さん? 急に汗が滝のように流れ出したけど体調でも悪いの?」
「色が赤に変わらなければどうという事は無い」
三倍な速度の彗星さんっぽく言ってみた。
「?」
「おほん。あんま気にしないでくれ……ええと、これは会場設営の資材経費か……。
ここが骨組みで、こっちが外装の値段…っと。
うーん……人和。これもうちょっと安くならないか? 前はここまで金額は張らなかったろ」
とはいえ背後に死が迫っていようとこれはこれで必要事項。やる事だけはやっておかないとな。
今、人和と相談しているのは袁紹から民を引き寄せる為に行おうとしているイベントの打ち合わせだ。
こればっかりは芸能文化に多少なりと知識のある俺でないと勤まらないので最近は良く彼女と顔を突き合わせている。
いくら俺が天の御使いと謳っても、この世界じゃフランチェスカの制服も無けりゃ、予め広がった噂も無い。
人心掌握の補填としてこの作戦は初めから考慮に入れていたからな。
魏でも彼女達の影響力はすごかったし、効果は実証済みだ。
けど前の知識がある分、ここまで金を掛けて準備する必要はないと思う。
竹簡に記載された概算はかなりの額に上っている。
ケチるわけじゃないが、何かと入用になる時期だし、出費は抑えたいんだけどなぁ。
「駄目よ。今回はこの街を拠点にするのだから拡張性も含めて基盤はしっかりとしておかないと後で必ず泣きを見るわ」
「そういうものか」
「えぇ」
掛けた眼鏡の端を指で押し上げて答える。
「なら、思い切ってさっきの広報代も予算を増やしておくか?
代金は……うーん、そうだなキャラクターグッズの売り上げを拡充していけば何とかいけそう、か?」
以前、真桜が作っていた華蝶仮面グッズ製作のノウハウを今こそ活かそう……どの世界でもマニアはいるだろうからな。
トレカやフィギュアの構想を軽く書き出し、後で真桜に説明しやすいようにしておく。
「じゃあ次。新しい警備の配置だけど、新規で場所を取るなら専用の通路を用意したほうが効率が良いと思う。
ここも予算を割けないかしら」
大舞台への気持ちが高まっているのか人和は珍しく身を乗り出してくる。
「うーん、現状問題はないからとりあえず空間だけ先に空けて妥協してもらいたいところだけど――」
次々と問題をこなし、これ以上放っておくと拗ね切ってしまうであろう蓮華のためにいつも以上のやる気を出す。
待ってろ、蓮華。すぐ終わらせて二人っきりの時間を確保してみせるからな!
午前中の周りに翻弄されっぱなしの姿はなりを潜めて一刀は真剣な表情で書類作業を進めていく。
私には内容がさっぱりだが張三姉妹の求心力は絶大だ。この作業はとても大切な準備なのだろう。
時折眉をしかめたり、薄目で物思いに耽る横顔はなんというか、こう普段の雰囲気との差もあってとても凛々しく感じる。
北郷一刀……。
私が心を許した唯一の男性で、不思議な雰囲気を持っている男。
心安い空気を持ちながら、たまにはっとするような精悍さを発揮するこの国の君主は誰にも好かれる人気者。
(……でも、だからといって私を蔑ろにしていい道理は無いはずよ……)
「もう少し待っててね」とか「こっちにおいでよ」とか、社交辞令でもなんでも少しくらい声を掛けてほしい。
多少仕事が長引いてもそれなら我慢できるというのに肝心なところで気が利かないんだから……。
飽きもせず彼を眺める蓮華と彼女の気持ちを履き違えている一刀。
いつになく真剣な応答をしばらく眼鏡が似合う妹系女子と繰り広げていると、もぞもぞと一刀の膝が揺れ動き、
ある物体が昼寝を終えて声を上げる。
「ふぁーー……ねぇ兄ちゃん、ボクお腹空いてきたんだけど食べるもの無い?」
「開口一番それか。さっき食ったばかりだろ? 我慢しなさい」
ぴしゃりと言い放ち、この場にいたもう一人の妹系少女、季衣を諌める。
偶然?昼飯を食いに入った店でいっしょになった彼女は忽然と姿を消した沙和の代わりに護衛役を買って出てくれた。
「でもでも、あそこに余ってるのってシュウマイだよね。食べていいシュウマイだよね?」
……多少燃費は悪いのが欠点だが。
季衣は張三姉妹へのおみやげ用に買った箱をきらきらとした瞳で見つめる。
深く座り込んでいるせいか密着するようなこの状況では無碍に目を逸らす事も出来ない。
(くっ、なんて純粋な瞳なんだ! 俺じゃなかったらキュン死してしまうところだ!)
弱点の一つである“小さい子のおねだり光線”に当てられ、思わず了承してしまいそうになる。
子供を設けていた過去を持つ俺にとって季衣や美羽クラスの娘はついつい甘やかしたくなってしまう鬼門なのだ。
「……一箱だけだぞ」
「わーい! 兄ちゃん大好きー!!」
「……ぴくっ」
だからお願い蓮華さん、そんな熱い視線を右腕(関節部)に注がないで。
ぴょんこと飛び跳ね、嬉しそうに頬を緩ませた季衣が後にと取っておいたシュウマイの山に手を伸ばす。
だが、その手はなぜか宙を切り、どこかの手品のように忽然とシュウマイの箱が消え失せた。
「あ、あれ?」
目を瞬かせ首を捻る季衣。
「………姉さん」
「むぅー、これは私のだもーん」
「そうそう、これは一刀が“ちぃの為”に買ってくれたしゅうまいなの。いくら許緒将軍でもこれはあげられないもん!」
「えぇー! ずるいよぉー」
呆れたように溜息を漏らす人和の後に続いて現れたのは残りの姉妹、天和と地和だ。
何時の間にか事務所内に紛れ込んでいた二人はシュウマイの影に隠れて機を伺っていたらしい。
食い物一つで大人気ないと注意する。
「天和も地和もいじわるしないで譲ってやってくれよ……。数は十分用意してあるだろう?」
「何言ってんの。一刀は女心を何も分かってない!」
「そうそう、ここで重要なのは誰が、誰にあげたかなんだよ?」
「? 兄ちゃん、どういう事?」
やっぱり食い物一つで大人気ないだけじゃないか。
季衣相手に嫉妬したって本人は食い気優先だぞ、と口に出したい。
でも渦中の人物を他所に三人のシュウマイ争い、もしくは俺争いが激化していく。
「と・に・か・く! これはちぃが一刀からもらった贈り物なの。誰にも渡さないんだから」
「ちょっと、ちぃちゃん。さっきから聞き捨てられない単語がちらほらと出てくるんだけど、ただの聞き間違いだよね」
「……ふふん」
「! このちゃっかり屋さんめー、ぷんぷん! お姉ちゃんそんな子に育てたつもりは無いぞ」
「何言ってんのよ、いつも振り回してるのはお姉ちゃんじゃない。……ってじりじりと一刀に近づかない!」
「えへ♪」
ほんとだ。いつのまにか至近距離まで接近されていた。
自覚すれば女の子特有の甘い香りが漂ってくる。
「シュウマイ……」
「姉さん達いい加減にして、あまり騒がれたら仕事にならないじゃない。今の一刀さんは一国を背負う身。
公私は分けて付き合っていかないと」
「ならー、人和ちゃんは何で一刀と密着する必要があるの?」
「そ、それは!?」
指摘されて始めて気が付いたが、人和と俺の距離もまた目と鼻の先ぐらいまで近寄っていた。
「シュウマイ……」
「血は争えないって事だねぇ。ふぅ……よいっしょ、っと」
「勝手に納得して、勝手に一刀に寄り掛からないでよ!」
「えー」
「えー、じゃないわ姉さん。一刀さんが困ってるでしょう」
「そんな事ないよねー。一刀?」
頼むから今その話題を俺に振らないでくれ!
肩に当たるふくよかな膨らみも今は死神の指先にしか感じられない。
っていうか君達、かつての呉王がいる状況で何でそんなに自由なの?
午前中の二人といい今日は異常なくらい女性陣がアピールしてくるな。
わらわらと三姉妹がこちらへ詰め寄ってきた。
「どいて姉さん! 今日の功労賞はちぃのものなんだから!」
「それは駄目ー。お姉ちゃんだって一刀を一日自由にしたいもーん」
「あっ!? 姉さん達それは……」
……いきなり聞き捨てならないワードが聞こえてきましたよ?
「天和、ちょっといいか?」
「なーに、一刀? 私を選んでくれるの?」
「質問に正直に答えてくれたらシュウマイに肉まんも付けよう。……華琳の指示で俺らを妨害しようとしてないか?」
「うん、そうだよ」
……。
…………。
「「姉さーん!?」」
推理のすの字も始まる前に謎は解けてしまった。
華琳、人選を誤ったな。
どうやら朝からの騒動は彼女の仕業だったらしい。
確かに最近、城に潜入した件もあって蓮華贔屓というか優先して今回の休みを合わせたからな。
本来なら応援こそすれ邪魔をしないであろう霞まで動員してくるなんて流石は魏王。やきもちのレベルが違うぜ!
この発言に反応したのは俺だけじゃない、事務所の外からも聞きなれた声が飛んでくる。
「おのれ、曹操。やってくれるではないか! もはやここから強行突破じゃ、皆の者。
北郷と蓮華様を魏の連中から救い出すのだ」
「「おおー!!」」
血気盛んな声の主は恐らく祭さん、明命そして亞莎だろう。
まずい……気を回してくれるのは有難いがこのままでは蓮華とのデートが一変、
呉と魏の局地的な全面衝突に発展してしまう。
そうなる前になんとか逃げ出してほとぼりが冷めるのを待つしかないな。
決心すれば後は行動するのみ。
すかさず椅子から立ち上がった俺は蓮華の手を取り出口に猛ダッシュ、逃亡を計る。
手を取る瞬間、小声で「どうせ私は」とか「いや、駄目よ。そんなはしたないマネ。頑張るのよ蓮華」とか、
うわ言のように呟いているのが不安だ。
下向きで表情も読み取れないし、早く正気に戻ってくれ!
開け放った先に広がるのは援護してくれるであろう呉軍の顔ぶれではなく見知った別の二人組、桂花と春蘭だ。
俺の後ろで鉄球と剣がぶつかり合う音と共に悲鳴が響き渡っているが気にも留めていないらしい。
にやりと笑い、猫耳フードが勝ち誇る。
「あんたなんか誰とくっつこうが知った事じゃないけど、これも華琳様の為、大人しくこちらに投降しなさい」
ちっ、正面突破は無理か? 迂回しようにも相手に桂花がいる以上、絶対にトラップがあるよな。どうしたら良いんだ!?
(……一刀様、前方三歩程先に落とし穴があります)
(明命?)
「こちらの布陣は完璧。破れるものなら破ってみせなさい!」
(後ろはお任せを。今日は存分に蓮華様とお楽しみくださいです)
「……了解」
渡りに綱。ネタが分かればどうという事は無い。
「むっ、気をつけろ桂花。北郷の奴何か企んでいるぞ、ここは慎重に相手の出方を伺って――」
「春蘭、これ華琳の使ってた下着(嘘)」
「なんだとおおおぉぉぉ!!?」
春蘭、魂の叫び。
「あっ、馬鹿!? あんたが引っかかってどうすんのよ!」
―スチャッ ブンッ! (下着(嘘)を投げる音)
「うおおぉぉぉぉ!!!!」
―ズシャァァァァァァァ (ヘッドスライディングで受け取る音)
「こ、これが華琳様の生下着っっっ!!」
―ヒュンッ (春蘭が視界から消える音)
「取ったどーーーおーーおーぉーぉーー……(エコー)」
「深いなおいっ!?」
「ふんっ、私の落とし穴は百八里まであるのよ!」
地核まで掘り進むつもりか!!
「だがこれで障害は無くなった。押し通るぞ桂花」
「押し倒すですって!? このケダモノっ! もしあんたを一日自由にできるならずっと水に顔を沈めてしまいたいわ!」
歯噛みする桂花だが流石に俺を一人で止めようとは思わなかったのか、そのまま素通りできてしまう。
(よしっ、いける!)
このまま人目の無い、恋姫定番の川のほとりへと――
――ズボッ! (地面がなぜか凹む音)
「…………」
―ニヤリ (桂花がほくそ笑む音)
「まあ、今日は一日地面にでも埋まっておいてもらいましょうか」
抜かった……。
最初から二段構えだったのか。
流石は魏軍にその人有りと呼ばれるだけあるな。
だがしかし。
「ふふふ、これで華琳様もお喜びになられるわ……あぁ!! そんなご褒美なんてっ! この卑しい私めをそんなに……」
―ズボッ (穴から抜け出す音)
「……はっ?」
「……こっちの穴、桂花が掘ったろ…………浅いんだよ」
「しまったああぁぁぁぁぁ!?」
前回に続き、学ばない軍師殿だ。
「じゃ、そういうことで」
―シュタッ
「あっ、待ちなさいよ、こらーーー!!!」
「一刀!? これはいったい?」
ようやく戻ってきた蓮華の手を引きながら答える。
「たぶん愛の逃避行ってやつじゃないかな?」
「愛!!!」
瞬間沸騰する姿に苦笑して二人、人目の無い場所を求めて駆け抜けるのだった。
所変わって小川のほとり。
なんとかかんとか追っ手を振り払った俺達は荒い呼吸を整えて座り込んでいた。
「はぁ……一刀といると本当に次から次へと問題が起こるのね」
「ハハハ……面目ない」
足元の川のせせらぎを聞きながら胡坐を掻いた俺にすっぽり収まった蓮華が穏やかに拗ねる。
寄せられる好意は断れないというか、男冥利に尽きるといいますか、とにかく女性関連での揉め事については全面的に頭を下げるしかない。
ごめんと謝る代わりにお腹に回した手を動かして蓮華の掌を優しく包む。
「すぐ誤魔化すんだから……もう」
言葉とは裏腹に抓むというよりは揉むような強さで俺の手を弄ぶ蓮華。
ようやく得られた二人きりの時間はゆっくりと流れていく。
「……一刀、あなたの得物を見せてもらっていいかしら」
「? 別に構わないけど、どうして?」
「少しね……」
器用に腰に差していた刀を抜き取って抜刀。
陽光に照らされた刀身はさんさんと光を跳ね返し、派手な外装を持つ鞘よりも存在感を放っている。
「……んっ」
「あっ、ごめんなさい! 眩しかったかしら」
「ちょっとだけね……」
なぜか一瞬だけ妙に輝いたような気がするけど……疲れてるのかな?
慌てて刀を仕舞おうとする蓮華を制して真意を問う。
「深い意味は無いの、ただ一刀の思いが乗せられているこの武器はどれほどの重みを持つのか知ってみたかったかもしれないわ」
「俺の思い?」
「えぇ、以前よりたくさんの人を想う貴方はきっと良い方向に成長している。けどその思いの数だけ護るという事は、
その分背負うものをどんどん自分も気づかないうちに大きくなっていくの。
……以前、姉様が死んで私は責任に押しつぶされそうになっていたから一刀が心配だったの」
「そっか……」
「だからね……」
肩越しに蓮華が振り向き微笑みかける。
「今度も私と一刀、二人で守り合いましょう? つらい事があったなら私が慰めてあげる。
悲しい事があったら貴方が癒して。せっかく同じ立場になれたのだから役割分担は二人とも公平に、ね?」
片手を口元に寄せて頬を染める仕草は愛らしい少女としての姿だ。
「そうだな……俺は一人じゃないもんな」
華琳から未来へと邁進すべき理想を。
蓮華からは過去に自ら背負った思いを鑑みる信念を。
俺はそれらを胸に今を生きよう。
ぎゅっと抱き締めて感謝の意を示す。
「ありがとう、蓮華……。愛してる」
「私もよ……一刀」
もたれかかるように上体を逸らした蓮華が瞳を閉じてキスをせがむ。
俺は当然それに答え、唇を重ねたわけだが――。
背後に迫る金髪ツインテールの影が幽鬼の如くゆっくりと迫ってくるのを肌で感じ、本日二度目の冷や汗を流しまくるのだった。
<つづく>
【覇王さまの嫉妬】
『ありがとう、蓮華……。愛してる』
『私もよ……一刀』
「ピキピキ」
「華琳!?」「曹操!?」
「あなたたち、私の前でいちゃいちゃと……いい度胸ね?一刀……あなたは誰の物だったのかしら?」
「……聞き捨てならんな曹操。まるで一刀が『物』みたいな言い方じゃない」
どうも、こんにちは。
今僕の目の前で修羅場フラグが立ちました。
華琳様の後ろには天の世界で見た阿修羅像が具現化されています。
(まあぶっちゃけていうと、怖いよね)
「あら、一刀はモノよ。私の、ね……」
「なんですって……!?」
俺の腕に納まっていた蓮華が起立して、華琳の前に出た。
「一刀は物じゃないわ! ましてや貴女みたいな人の物でもない!」
「言うわね孫権。……そうね、決着をつけましょうか? 誰がコレに相応しいのか……」
「望むところよ……」
―数日後―
「そして寝台に括りつけられている俺」
デジャブ。
「ふふ……この“めいど服”という衣装も中々いいものじゃない? ねぇ、一刀?」
「っぐ……! 縄を解きなさい! 曹操!」
寝台に括りつけられている一刀、椅子ごと縛られている蓮華。そして――寝台の上で一刀ににじり寄る華琳。
「……目の前で寝取ってあげる」
「や、やめなさい! 私はどうなってもいいから一刀だけは解放してちょうだい! そして手を出さないで!」
「魅力的なお誘いだけど却下するわ。まずあなたに自分の立場というものを教えてあげる」
華琳が妖しい表情で一刀に近づいて行く。
その距離がゼロになり――
華琳は寝台の上で覇王っぷりを発揮した。
一方、扉の隙間から情事を覗いていた人……。
「ざまぁ」
小蓮は少し胸がスカっとなったそうな。
ちなみに蓮華は思春が助け出して共に脱出、目の前で寝取られたショックで三日寝込み、
一方の華琳は三日間一刀の部屋から出なかった。
<このお話は本編とは関係ありません>
【功労賞】
「というわけで、『チキチキ! 孫権×一刀のでーとを妨害せよ! みっしょんぱーとわん』の功労賞受賞者を発表するわ」
元魏に当てられた部屋で、華琳を中心に春蘭、秋蘭、桂花、季衣、霞、凪、真桜、沙和、天和、地和、人和が集まっていた。
「わくわく」
「姉者が浮かれている……だと!?」
「功労賞はどうでもいいので華琳様の閨に行っていいですか?」
「みっしょ??」
「季衣は気にせんでええ。んなことよりもはよ発表してぇな、華琳! ウチやったら速攻で一刀の元へ行って抱きついてくる!」
「どきどき……ハッ! 自分、なにもしていないじゃないか……!!」
「うちの出番これだけかい……」
「だ、大丈夫なの二人とも! 沙和がんばったから、選ばれたら三人で隊長のところに行くの!」
「「親友よ!」」
「シュウマイ美味しかったよねー」
「シュウマイよりも功労者賞よ! ちぃが選ばれたら一日中一刀を好きにするんだから♪」
「……はぁ」
それぞれが期待を胸に、華琳の発表を待つ。
ちなみに目の前の華琳はツヤツヤしており、三日前から見かけなかったことから何があったのか大体想像できた。
「いいなー、華琳様」
「しっ、姉さん」
どよめきが治まったところで、華琳の口が開いた。
「今回の功労者は――天和、地和、人和の三名よ」
「やったー! やったねちーちゃん! れんほーちゃん!」
「ふ、ふん! ちぃにかかれば功労賞なんて余裕よ!」
「……よし」
選ばれた三人は嬉しそうにはしゃぎ、くしくも選ばれなかった残りの者たちは思い思いの表情をしていた。
どうでもよさそうだったり、悔しがっていたり、ひざまずいてショックを受けてたり。
「他の者も実によい働きをしてくれた。みっしょんは今回限りではないので次回の働きに期待する。
なお、今回功労賞に選ばれた三名は、一日一刀を好きにしてもいいわ。本人からも許可を取ってある。閨の中でね」
「華琳さま!? 今聞き捨てならない言葉が!」
「では解散」
「か、華琳さまぁ~!」
◆ ◆ ◆
「一刀ぉー、いるー?」
解散し、すぐに一刀の部屋に向かった三人。
部屋の扉をノックもせずに入った。
「ちょっと姉さん……のっくくらいしないと……」
「大丈夫大丈夫♪」
部屋に入ると、寝台に腰掛けている一刀がいた。
「あ、天和、地和、人和。華琳から話は聞いてるよ……おっと」
天和が一刀へ歩み寄ろうとしたが、横からびゅっと走った影があった。
―ダッ!
―抱きッ!
「危ないぞ、地和?」
「ふふん、一刀がちゃぁんと受け止めてくれるって分かってるもん」
「ははは」
「ぶー、ちぃちゃん抜け駆け禁止ー!」
「はぁ……」
「さて、今日はなんでも言う事を聞きますよ、お嬢様方?」
急に恭しい態度を取る一刀。一瞬、三人は呆気に取られたが、
「ぷっ、なによそれー。一刀に似合わない!」
「えー? カッコいいじゃないー」
「……ちょっときゅんってきた」
「ははは! まぁとりあえず、何かやって欲しい事とかあったら言ってよ。
まぁ、俺がしてやれることってそんなないんだけどさ」
と、苦笑しながら自分を卑下する一刀。いやまぁ、マッサージ……按摩とか雑用とかなら俺でも出来るけど……とブツブツ言っている。
しかし。
だがしかし!
彼女たちが求めているのは小間使いではない!!
「そういえば、一度しか抱いてもらってないよね?」
「あー、ちーちゃんったらえっちぃんだー」
「姉さんもまんざらじゃないくせに!」
「「「というわけで、私(ちぃ)たちを抱いて!!!」」」
ある程度予測は出来ていたのか、寝台に上がるよう促した一刀。
三人は顔を赤くしながら、しかし堂々と一刀の寝台に上がっていく。
「き、緊張する~」
「初めてじゃないんだから……でも、優しくするよ、天和……」
―きゅんっ!
「ちょ、ちょっと……姉さんとばっかり喋ってないでちぃにも構ってよ!」
「はいはい……地和はいつも可愛いな」
―きゅんきゅんっ!
「ど、どうせ私は押しの弱い……影の薄い女よ……」
「そんなことないぞ、人和。君がいなければ数え役満☆姉妹は成り立たない。それに――」
「それに……?」
「――なによりも、俺が寂しくなる」
―きゅんきゅんきゅんっ!
一刀の放つむつみごと。
それは女性をあまーくとろとろに溶かす魔法の言葉。
人はそれを“むつみごと”という……。そのままだった。
~事後~
「天和、胸大きくなったね」
「や……んっ! んぅっ……一刀の……えっち!」
「人和も胸、大きくなったね」
「……いつもあなたに揉まれてるから……ぁっ」
「地和……」
「ちゅっ……ちゅ……れろ……」
「君はそのままでいて」
「……………………あむ」
―ガブッ
「△□○☆#&$!!!」
「……あまがみよ。次言ったら本気で噛むからね! ……ちゅっれろっ」
夜は長い。
ちなみに、3人合わせて150発を撃ち込んだ一刀さん。
結果、3人とも孕んで、一刀もパパに――<このお話は本編とは関係ありません>
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第三十四話をお送りします。
―今日は正妻さんとのでーと―
開幕