No.199028

真・恋姫無双 季流√ 第42話 拠点 限界と温かさと命運

雨傘さん

宝譿、風、稟の拠点。
ついに宝譿君が拠点に進出っていう、驚きの事態に。

お楽しみ頂ければ幸いです。

2011-02-01 00:18:07 投稿 / 全17ページ    総閲覧数:19085   閲覧ユーザー数:7692

俺が〇〇だ。

 

 

 

 

「ほら、そんなに慌てて食べないの」

 

__ああ、久しぶりだ。

 

私好みの、美味しい味付け。

 

他の土地から来た人は、人を選ぶ味だというけれど、私は故郷のこの味が好きだった。

 

料理が上手な母様が作ってくれる、美味しい御飯が楽しみだったのだ。

 

また朝が来る。

 

人と調子の合わない自分には、遊ぶどころか、話し相手すらいなかった。

 

初めは誰もが声をかけてくれるのに、ちょっと話しているだけで、みんなは気まずそうな顔をして、どこかへいってしまう。

 

だからいつも独りぼっちで過ごし、その辺を歩いている猫と母様だけが、私の話し相手だった。

 

気ままな猫と一緒にいると、気が楽だ。

 

気分で変えられる距離感が心地いい。

 

よく一緒にいたから、お昼寝も好きになった。

 

そのように日々を過ごす私を、母様が笑って迎えに来てくれる。

 

母様は迎えのついでに、いつもお菓子を持ってきてくれた。

 

それを食べながら、家路につく。

 

毎日、猫と出歩く気ままな私を、母様はちゃんと見つけてくれた。

 

手を繋いで一緒に帰ると、母様は温かいご飯を用意してくれて、食べ終われば楽しいご本を読み聞かせてくれた。

 

だから本を読むのも好きになった。

 

これが日常だった。

 

そんなある日、街の片隅に変な店を見つけた。

 

ポツンと置かれた小さな机の後ろに、姿勢正しいお姉さんが座っている。

 

机には黒い布が被せてあって、何が置いてあったのかは、もう思い出せない。

 

変な店だから、きっと変なものが置いてあったのだろう。

 

椅子に座る女性の顔も、もうはっきりとは思い出せないけれど、紫陽花のような白と紫の長い髪。

 

不思議な色あいの髪がとても印象的で、綺麗な人だった。

 

私は、気ままに歩く猫の後ろについていっただけで,別に欲しいものがあったわけじゃない。

 

だけどその猫は、黒い布が被さる机に飛び乗った。

 

じっと動かずに、何かを見つめている。

 

私はなんだろうと近寄ると、そこには人形があった。

 

とても変な人形だ。

 

あまりに変な人形で、誰の目にも止まらなそうだけれど、猫の目には止まったようだ。

 

聞いてみた。

 

どうしてこんなに、変な人形を置いているのかと。

 

お姉さんは笑った。

 

変だから、変な私とずっと一緒にいてくれるの、と。

 

そう答えた。

 

よく意味がわからなかった。

 

だから答えた。

 

貴方は変ですね、と

 

でも……優しく笑うお姉さんと、その人形を交互に見ていると、なんだか無性に羨ましくなった。

 

お姉さんは続けた。

 

それも今日でお終いね、と。

 

やっぱり、わからない。

 

おいでおいでと、手招きをされた私は、お姉さんに近寄る。

 

そっと頭を撫でられた。

 

紫陽花のようなお姉さんが、頭から言葉をかけてくる。

 

君、温かい場所が好きでしょ、日向のような。

 

撫でられ続ける私は、黙って一度頷いた。

 

じゃあやっぱり君にぴったりだ。 これはね、日輪をいめーじしているの……大切にしてあげてね、名前は……。

 

いめーじとは、なんだろう?

 

聞き慣れない言葉に、私が視線を上げると、そこにはもう誰もいなかった。

 

すると背中から母様の声が聞こえ、いつものように笑って迎えにきてくれた。

 

今日のおやつは、棒にささった飴のようだ。

 

母様は私の前まで来ると、不思議そうな顔をする。

 

その頭のはどうしたのかと訊かれた。

 

私が手を伸ばすと、そこには人形があった。

 

変な人形ねと、飴を持ってきれくれた母様がまた笑った。

 

私は黙って飴を受け取ると、それで口元を隠した。

 

そして……

 

”おうおう、美人のオネーさん。 変ってのは、ちょっと失礼じゃねえかい?”

 

驚いた母様だったが、すぐに笑ってくれる。

 

ごめんなさいと謝ると、名を聞いてきた。

 

”俺の名は宝譿だ。 いい名だろ? 変な姉ちゃんに付けてもらったのが、俺の自慢なんだ”

 

その日から、私の温かい居場所が増えた。

 

 

やっぱり、その日の夕飯も美味しかった。

 

 

「ふぁ、ねみぃ……ん? 動いてんのか?」

 

宝譿の意識が覚醒すると、お馴染みの光景と見慣れない光景が、入り交じって視界に広がっていた。

 

視界の下方は、自分の主である風のふわっとした金色の長い髪、上方は城の廊下の光景。

 

自分が寝ている内に移動してたのかと気づいた宝譿は、主である風に話しかけた。

 

「風の姉ちゃん、今日は休みだろ?

 こんなに朝早いだなんて、珍しいこともあるもんだ」

 

「ようやく起きたですか宝譿」

 

「どこ向かってんだ?」

 

「宝譿……風は今日、休日なのですよー」

 

__ん?

 

「ん、ああ、そうだな。

 俺っちもそう、さっき言った気がするけど」

 

「そこで問題ですー。

 風が有意義に休日を過ごすには、何をするのが適切でしょうか?」

 

問われた宝譿は、うーんと頬に片手を当てて、首を捻る。

 

「……昼寝。

 ポカポカ陽気で、涼しい木陰があればなお良し」

 

「…………………………正解」

 

「正解ならよ、なんでそんなに声が小さいんだ?」

 

ボソリと小さな声で答える風に、宝譿は図星かと肩を竦めた。

 

「ま、まぁ。

 昼寝はとても魅力的な、休日の過ごし方ですよねー」

 

「そんで?

 どうしてこんな、廊下の角に隠れるんだ?

 昼寝っつうか今からだと2度寝になるだろうが、暗すぎでちょっと寒くね?」

 

「あのですね宝譿。

 そんなに風を、いつもいつも寝てばっかりいる感じで、言わないで欲しいのですよー」

 

どこかおかしいと、宝譿は感じた。

 

先程からどうも、会話が噛み合わない。

 

風が人の言う事を、わざと曲解したような返答をするのはいつもの事なのだが、宝譿はそれとは違うと敏く気づいていた。

 

一体、どうしたのだろうか。

 

「だからさっきから答えになって……ん?

 ここは、兄貴の部屋の壁じゃねえか。

 兄貴に会いにきたのか?」

 

「違うですよ宝譿ー。

 風は休日を利用して、お兄さんの爛れた日常を、面白おかしくからかいにきただけなのですよー」

 

__ああ、なるほど。

 

ここでようやく合点がいった。

 

「ふーん、つまり兄貴に構って欲しいわけかい。

 なら素直にそう言やいいじゃねえか」

 

「……ほうけい?

 あんまり失礼で余計な事をおしゃべりすると、蝶・宝譿にするですよ」

 

意味はよくわからないが、彼女が手に持つ飴から眩しい光が、宝譿に反射した。

 

ペロペロと舐めていたので、唾液がキラリと光っている。

 

それが風の瞳が光ったものだとわかった宝譿は、これは洒落ではないと思い、ピッと背筋を伸ばした。

 

__こりゃあもしかしてアレ、か? じゃあ下手に触れちゃあいけねえな、後は頼んだぜ兄貴。

 

こういうことの対応は、一刀の兄貴の方が適任だと宝譿は悟っていた。

 

 

宝譿……この大陸でも珍しい、空気の読める人形であった。

 

 

「ふっふっふー。

 お兄さんの部屋は鍵がかかっていて、風達ではとても入れませんからねー。

 朝はここから始まるのですよ。

 宝譿、”れんず”なるものの準備はどうですか?」

 

へぇー風の姉ちゃんにも無理なことがあんのか、と妙に得心した宝譿は、左目に何度か力を入れたりして、レンズの動作を調べた。

 

無論、問題はない。

 

右の雷フラッシュも順調だ。

 

「バッチリだぜぃ、風の姉ちゃん。

 真桜の姐さんのおかげでよ、写真を現物にも焼けるようになったしな。

 いつでも鮮明なのがいけるぜ」

 

「それはそれは大変良いことですね。

 さて、風の読みではそろそろ、お兄さんが起床してくるお時間なので”ぐしゃ”……?」

 

カメラ小僧ばりに廊下の角に隠れる風達であったが、壁越しに生々しい音が届いた。

 

朝っぱらから、何故にこのような音が聞こえたのかが、2人ともわからない。

 

「風の姉ちゃんよ……今の、蝦蟇蛙が轢き潰されたような音はなんだ?」

 

「変ですねー?

 お兄さんの部屋は特別な防音処理がされていて、そうそう音が外に漏れることもないのですが」

 

それから何も動きがないので、困った2人だったが、宝譿が気づいた。

 

「お? 誰か出てくるみたいだぜ?」

 

がちゃっと鍵が外れる音が聞こえ、扉が開く。

 

扉の影からそーっと顔を出し、辺りを見渡しているのは音々だ。

 

そして誰もいないと安心したのか、音々が恋を引っ張り、コソコソと人目を気にしながら行ってしまった。

 

奇妙な沈黙が再び流れ、流石にこの2人でも、頭の中で疑問符が飛び交っている。

 

「ん? よくわからねぇな」

 

「風もとんとです……今の、ちゃんと写真におさめましたか?」

 

「おうよ、がってん承知」

 

「わかってきたですね宝譿」

 

「そんでどうする?」

 

「まぁここにいても仕方がないです。

 お兄さんの様子も全然わかりませんし、ちょっと部屋に突撃をしてみましょー。

 幸いにも鍵は、音々ちゃんに開けてもらえたので」

 

風は物陰から姿を現すと、音々達が開け放していった扉から、スルリと中へ進入する。

 

そして寝床で血まみれの一刀を発見する。

 

その変わり果てた姿を見て、2人は慄いた。

 

「こ、これは! 殺人事件って奴じゃねえか!」

 

見るも無残な一刀の姿に、宝譿は飛び上がって近寄った。

 

「……いえ、違うのですよ宝譿。

 きっとお兄さんをこうした犯人は、さきほどの音々ちゃんなのでしょう。

 大方何も知らない恋さんを、お兄さんが部屋に連れ込もうとしたのを音々ちゃんに見つかり、ちんきゅうきっくを喰らってこうなった……それが自然」

 

名推理と言わんばかりの、得意げな表情をしている風だが、宝譿は首を捻っていた。

 

「でもよぉ。

 なんか兄貴の額が割れてるぜ?

 蹴りなんかでこうなるのか?

 もっと”固い”何かでぶん殴ったとかじゃねえの?

 それによ……さっきまで扉に、鍵はちゃんとかかってたんだ。

 ってことはだ、少なくとも音々嬢と恋の姉ちゃんは、一晩はここに一緒に居たって事じゃねえのか?」

 

宝譿のもっともな意見に、風が思いっきり視線を逸らす。

 

「まぁ、そうともいうですねー」

 

「風の姉ちゃん……いくら事が兄貴絡みだからって、ちょっと頭が空回りしてんじゃねえか?」

 

「五月蝿いのですよー。

 風にだって間違えることの、1つや2つはあるわけでしてー……人間だもの」

 

「またずいぶんと締まらねえ……おっと、こんな漫才してる場合じゃなかった。

 一刀の兄貴は大丈夫なんか?」

 

頭には包帯が巻いてあるのだが、布団の上には血が散っており、はっきりいって猟奇的である。

 

心配そうな宝譿の言葉に、風が近づいてよく症状を見てみると、額が多少切れてはいるがその程度のものであり、ちゃんと血も止まっていた。

 

音々が処理したのだろう、丁寧な止血と処置が施されている。

 

一刀ならば後で華佗にも診せるだろうし、特に問題はなさそうだった。

 

「大丈夫でしょう、命には別状ないはずです」

 

「命には?」

 

「これだけ強烈な一撃ですからねー。

 もしかしたら前後の記憶くらいは、混乱しているかもしれないですー」

 

「ま、そんぐらいならいいか。

 それじゃあどうするよ風の姉ちゃん、いきなり出鼻を挫かれちまったぞ、こりゃ」

 

「そうですねー。

 せっかくの風の休日……有意義に過ごしたいものですが」

 

風が辺りを見渡すと、大量の竹簡が机から落ちていた。

 

包帯でも探したのだろうか、いくつも引き出しが開いている。

 

落ちている竹簡を一瞥する風だったが、その中に1つ気になるものがあった。

 

今日の日付……一刀の予定表のようだ。

 

そっと屈んだ風は、一瞬のとまどいもなく竹簡をシュルリと紐解いた。

 

書いてある内容に目を通し、網羅する。

 

これくらいの内容ならば、あっという間だろう。

 

風が一字余さず、脳の記憶野へ竹簡の内容を送っていくと、気になる項目があった。

 

__華雄さんの視察?

 

これは試すのに使えるかなと、風は思った。

 

「これ宝譿、お兄さんを早く起こすのですよー」

 

「いいのか?」

 

「もちろんですよー。

 そうでないと”本日の予定”が、進まないではないですか」

 

 

風は誰にも見えないよう、ニヤリと笑った。

 

 

「おい兄貴! 起きてくれよ」

 

「あ、ぅん? っつ……宝譿か?」

 

「おうよ! 大丈夫か?」

 

「なんか頭が滅茶苦茶痛いんだけど……えっと俺は、どうしたんだっけか?」

 

「さっき音々嬢と恋姉ちゃんが部屋からでてきたけど、何があったんだ?」

 

「音々と恋? ああ、そういえば一緒に寝てたんだっけ」

 

「ほう? 一緒に寝ていたですかー」

 

「うおおお!? 風、いつからそこに!」

 

「さきほどから、ずっといたのですよー」

 

寝床で上体を起こしている一刀のふとももに、猫のようにちょこんと座る風が、上目使いに一刀を睨んでいる。

 

__さぁ、お兄さんはどうでますかねー?

 

風は一刀のふとももで、不機嫌な表情そのものであったが、心のなかでは密かに期待していた。

 

予定はあるみたいだが、多少は無理をしてでも、朝食位は付き合ってくれるのではないかと。

 

一緒に昼寝までしてくれたら、なお嬉しいと。

 

「な、なんで俺の上に乗ってるの?!」

 

「あまり興奮すると、額の傷が開いちゃうですよー」

 

「ひたい? つっ、あれ包帯? なんで俺怪我してんだ?」

 

「風は何も知らないのですー」

 

「なにか、こう……すごい嬉しいことがあったような気がするんだけど……記憶がないな。

 まぁ、いいか」

 

__いいのかよ!?

 

宝譿が心の中で盛大に突っ込むが、一刀は大して気にしていないようだ。

 

兄貴も兄貴でとんでもねえ人だなと思いながら、宝譿は証拠となる写真を密かに集め続けている。

 

瞳のレンズを瞬きのように無音できりながら、集音機能で集めた生声を録音する。

 

いつの間にか舞台装置じゃなくて、スパイ七つ道具なんじゃねえかと、生まれの不幸を密かに宝譿は嘆いていた。

 

「あ! そういや今日は結構忙しい日なんだ、午前中までに仕事を片付けないと……」

 

「おやおや、そうなのですか。

 こうして風が膝上にいるというのに、お兄さんはお仕事を優先させるというのですねー?」

 

ここまでしているのに、ろくな反応を示さない一刀に、風は不満だった。

 

しかし一刀にも予定がある。

 

「う”……すまん風! 今日はちょっと勘弁してくれ! 午後にだな……」

 

「午後に?」

 

「あ、いや、ちょっとした所用がありまして……遅れるわけには」

 

__ほう? 華雄さんの視察はお兄さんにとって、そんなに大事ですか……ちょっとの時間も駄目ですか……風よりも華雄さんですか……そうですかそうですか。

 

後回しにされた感のある風は、表情を崩さずにいそいそと膝から降りる。

 

「それでは仕方がないですね。

 いきますよ宝譿、お兄さんのお仕事の邪魔をしてはいけないのです」

 

「ぉ、おうよ。

 兄貴、忙しいのは仕方がねえが、養生しろよ」

 

ふよふよと浮かび上がった宝譿は、風の頭上に乗ると部屋を後にした。

 

部屋から離れたのを確認して、宝譿が話しかける。

 

「いいのかよ風の姉ちゃん。

 そのよぅ、せっかく兄貴が1人っきりだったのに。

 そりゃちっとは迷惑かもしれんが、朝食を一緒にするく……ら、ぃ」

 

「いいのですよー。

 お兄さんは女の子に会うために、とっても忙しそうでしたからー」

 

ゾワリとした。

 

しり子玉を力づくで引き抜かれるような、猛烈な悪寒が宝譿を襲っている。

 

たった一言なのに、レンズで良く見えるはずの自分の瞳が焦点を失い、浮遊できるはずの体なのに平衡感覚までが狂う。

 

危なく風の頭から落ちるところだった。

 

いや、実際に落ちかけた。

 

どうして落ちなかったかというと、傾いた宝譿の体を風の手が支えたのだ。

 

胴体に伝わる、風の冷たい指先の感触。

 

「ヒッ!」

 

「おやー? どうしたのですか宝譿」

 

ガタガタと震える宝譿は、これ以上風を刺激しないようにと、両腕を頭につき、しっかりと体を支えた。

 

何も言えなかった。

 

「風の休日はまだまだ…………」

 

 

 

これからですよ?

 

 

「宝譿、準備はできていますか?」

 

「は、はぃぃい! 大丈夫であります!」

 

ここは城から離れた森の中。

 

午前中を自室でぼけーっと宙を眺めながら過ごした風は、なんの前触れも無く立ち上がると、扉を開けた。

 

そのまま誘われるようにフラーリフラリと、まるで雲の上を歩くように歩を進め、華雄が修行しているという滝がある場所にまで辿りついたのだ。

 

宝譿は知っていた。

 

風が休日で部屋にいる時は、曇の時か、雨の時か、怒っている時かのどれかだと。

 

しかも書を読むのでもなく、寝るのでもなく、ただぼーっとしているというこの異常事態。

 

こんなぽかぽか陽気の絶好の昼寝日和に、自分の部屋に閉じこもることはない、と知っていた。

 

正直、午前中は生きた心地がしなかった。

 

ようやく息が詰まる部屋から外にでれたと思ったのに、どうしてこのような場所に来たのだろうかと思ったが、しばらくしてその疑問は解消された。

 

かなり先ではあるが、望遠レンズを駆使すれば、滝の中で誰かが座っている。

 

よくやるもんだと宝譿は呆れたが、風が宝譿をガッと掴むと、力ずくで頭と胴体を分離させられた。

 

「え”?」

 

頭だけになった宝譿を、さらに半分に割った風は、そのレンズがついている片目を、自分の左目へと持っていった。

 

宝譿の望遠機能を通して、滝に打たれる華雄の姿を見るためだ。

 

「風の姉ちゃん……確かに俺っちは分離したって、なんの問題もねえけどよ。

 一言事前にいってくれないと、森で人形をバラバラにしてる怪しさ満点の人になっちま”宝譿”……なんでしょうか?」

 

「黙るといいですよー」

 

「…………ハイ」

 

俺は道具だ。

 

もう今日はそれでいいや、と決めた宝譿は、全て風の言うとおりに動こうと決めた。

 

しばらくすると、風の腕がピクリと動く。

 

「宝譿、倍率をもう少しあげるですー」

 

返事もかえさず、宝譿は黙って倍率を調整した。

 

風景が迫るように大きくなっていき、華雄の姿がより鮮明になっていく。

 

そして新たな人物の登場と同時に、風が宝譿の頭に立つ塔を外して、耳へとつけた。

 

「たしか集音機能が、あったはずですよねー?」

 

言われたとおりに宝譿は、集音機能を稼動させた。

 

滝の音が混じって聞きづらいが、どうにか遠くの声を拾い、2人のやりとりに耳を立てる。

 

ふんふんと頷く風の様子に、宝譿は溜め息をつきたくても、こうバラバラでは上手くつけなかった。

 

__こんな覗きの真似事なんて、風の姉ちゃんらしくねえ。 恋は盲目……暴走機関列車ってか? ぷっ。

 

「宝譿、黙れといったのが聞こえなかったですかー?」

 

__心が読まれてるだと!? 逃げ道がねえ!

 

無心無明の境地へ達せということか。

 

だが早くしないと、胴体が握り潰されてしまいそうだ。

 

もう体を再構成する気にもなれない宝譿だったが、聞き流している華雄と一刀の会話の一言に気をひかれた。

 

「私の名付け人になってくれないか?」

 

__おいおい、ずいぶんド直球なプロポーズだなぁ、ってか華雄の姉さん男らし!

 

華雄の剛速球ともいえる威力を秘めた言葉に、一刀の兄貴は粉砕かと危ぶんだ宝譿だったが、次の言葉に安心した。

 

「ごめん! 今はできない!」

 

一刀の言葉に、風の手も動揺からか一度震えた。

 

黙っていさえすれば、意外と風はわかりやすいのかもしれない。

 

一刀の続く言葉に安堵した宝譿は、もうこれ以上風が暴走することはないかと、ようやく心休まると思った。

 

しかし風が握っている、宝譿の胴体が痛みを訴えてきた。

 

いきなりなんだぁと思いながら、宝譿も望遠機能へと意識を向ける。

 

「っげ」

 

黙っていろといわれたのに、思わず声がでてしまった。

 

遠くの光景では、濡れている華雄に一刀の目線が釘付けにされている。

 

ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎギギギギギギギギ

 

「身ぃ、身が……ぁっ」

 

ミシメキと体が悲鳴を上げる。

 

遠のいていく意識の中で、宝譿は最後に見た。

 

 

濡れた布越しではあるが、華雄が一刀へ口づけたところを。

 

 

「中身が飛び出るううう! ……って、なんだここ?」

 

「おや、ようやく起きたですね宝譿」

 

宝譿は目を覚ました。

 

中身が飛びでて弾ける夢を見た宝譿は、体を手でテチテチと触り、1つ1つ確認する。

 

無事な己に感謝した。

 

「なんだ、いつの間にか夕方じゃねえか」

 

「まったく、あの程度で気絶するだなんて、宝譿はなんて根性がないんでしょうか。

 華雄さんを見習って、もう少し男らしくなるといいですよー」

 

宝譿を膝上に乗せた風は、すっかり陽が暮れていた森の中で、ぼーっとしていた。

 

__やっぱり風の姉ちゃんは寝てねえ、か。 あー、やっぱりアレなのかい。

 

ぼーっとしている風が、何を考えているのかは知らないが、どうせろくなものではあるまい。

 

少なくとも、自分にとってプラスとならない事だけはよくわかった。

 

「休日も残りわずかとなってしまいました」

 

__しみじみと述懐するように言わないでくれ。

 

「まだ、過去ではないので述懐ではないですよ」

 

「へいへい、今日の俺っちに逃げ道はないわけですね……そんで?」

 

「お兄さんと華雄さんはそのまま帰ったですよ。

 お兄さんの予定表だと、この後は何もなかったはずですけど……」

 

「じゃあ追うか?」

 

「そうですねー。

 どうせもうお昼寝なんてできませんし、1日を無駄にする覚悟で逝きましょうか」

 

「ちょっと意味合いが違わね? 流石に死にたくないっすわー、俺」

 

「さて、お兄さんはお部屋にいるですかねー」

 

華麗に無視をし、ゲンナリとしている宝譿を頭に乗せた風は、長らくいた森を後にした。

 

城についたのは、陽もとっぷりと暮れた晩であった。

 

足取り重く歩いた風だったが、ちゃんと一刀の部屋にたどり着き、コンコンと扉を叩いた。

 

シーン

 

しばらく待っていても、何も返ってこない。

 

__俺、遺書でも書こっかなぁ。

 

あんまりな状況に宝譿は泣きたくなる。

 

そして風はというと、初めの2回のノック以後、1度は止まったのだが、何かが壊れたのかようにコンコンと連続して、扉をノックし始めた。

 

扉の前で俯きながら、ひたすら手の甲を扉に当て続ける風。

 

コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン

 

__こ、こえええ! 聞くのと実際に目の前で見るのとじゃ、段違いに恐えええ!!!

 

「何を恐がっているですかー? 宝譿」

 

「いや! 普通に超恐えから! このままだと病むぞ!?」

 

「いやですねー、風が病むわけないでしょう?」

 

「じゃあとりあえずそのノックを止めようぜ! な?」

 

「しっかり緑髪ちびっ子や、どこぞの不器用王様候補なんかと違って、風はいたって正常ですー。

 今のはただの見せかけという奴ですよ、びっくりしたですかー?」

 

ピタリと止まった風は、腕を袖の中に引っ込めると、とことこと歩き出した。

 

良かった、まだいつもの風だった。

 

「そ、そうか。

 良かったぜ、流石に風の姉ちゃんに、そのキャラはきっついからな」

 

「さて、心を和ます冗談も終ったので、お兄さん探しを続けましょうかー」

 

__全然和まねえよ。

 

「あれくらいのこと、細流の如く流せる位にならないと、大きな男にはなれないですよー」

 

「大人の男ってなぁ、ここまで大変なんざって初めて知ったよ」

 

「それはタメになって良かったですねー、是非これからの肥しとしてください。

 ではさっそく2手に分かれて探すですよ。

 宝譿はあっち、風はこっちです、無線は置いていってください」

 

「あいよ」

 

ふよふよと浮かび上がった宝譿は、頭の上の電波塔を風に預けると、2手に分かれた。

 

このまま逃げ出したい気持ちに駆られる宝譿だが、体の一部を握られているのでそうもいかない。

 

分離・浮遊・構成がパーツ毎にできるということは、離れていても擬似神経は繋がっているということだ。

 

できれば今日はこのまま一刀の兄貴には出会いたくねえなぁと思い、ゆっくりと飛んでいた宝譿だったが、そうは問屋がおろさないらしい。

 

どうやら今日は厄神が、3体も4体も憑いているようだった。

 

気が遠くなる。

 

かすれていく宝譿の視線に浮かぶ、ずいぶんとカルシウムが豊富そうな真っ黒の御仁が、自分に微笑んでくれていた。

 

__華琳様のような大鎌……ハロー、アンタが死神ってやつかい?

 

はぁ~、と諦め気味な嘆息をつく。

 

とにかく宝譿は、連絡を入れない訳にはいかなかった。

 

せめて天国に逝きたいと思うから。

 

”こちら宝譿、どうぞ?”

 

”風です。

 お兄さんはいたですかー?”

 

”食堂にて発見しました”

 

”そうですか。

 そういえば風もお腹がすいたですねー、是非ご相伴させてもらいましょう”

 

”あ、あのぅ……どうか落ち着いて、聞いてくださいませんか?”

 

”なんですかー? 宝譿”

 

”一刀の兄貴……稟の姉さんと、一緒に食べようとしてるんです、け……ぎゃええあああ!!!”

 

電波塔をグシャリと握り潰された宝譿は、通信を繋いだまま絶叫した。

 

 

”声をだして、万が一にも気づかれないで下さいねー?”

 

 

「そうなんだよ。

 改まった言葉づかいがどうにも慣れなくてさ」

 

「まったく一刀殿。

 貴方は華琳様にお仕えして、もう長いのでしょう?」

 

「いや、俺の身分は客将なんだけど……」

 

「客将であろうとも! いいですか一刀殿。

 こうやって1つの居城で寝食をともにする以上、我等は運命共同体というか、もっと深い絆で繋がっていなければならないというか……」

 

食堂の中が見えない廊下の物影で、一刀と稟の会話を盗み聞く2人は、どこかちぐはぐな会話に眉をしかめていた。

 

「稟ちゃんは意外と、お馬鹿さんなんですかねー?」

 

__今の風の姉ちゃんにだけは言われたくないだっ、いててて。

 

軽く抓られただけだが、相変わらず自分には逃げ道がないことを悟る。

 

「ですからね一刀殿、これからはもっと私達に……聞いているんですか?」

 

「いやぁ、よくわかったよ。

 まぁでもそれはちょっと置いておいてさ、ご飯食べようぜ?

 稟に味をみてほしいんだ」

 

「それもそうですね。

 ではいただきます……もぐ、んむ……何やらいつものと、大分違いますね」

 

「美味いかな?」

 

「いつものような絶妙という訳ではありませんが、私の好きな味付けですね。

 ご飯もかためで……なんだか、とても懐かしい……でも、たしか……これって……まさか?」

 

「大丈夫かな?」

 

ニヤッと笑う一刀に、稟はええ、と返した。

 

「なら美味しいと思いますよ」

 

「そうか! 良かったあ!」

 

「良かった?」

 

「いや、それ俺が作ったんだ」

 

「え!? そうなのですか!」

 

驚いた稟の声が響く。

 

「一刀殿は家庭料理もできるのですね。

 ふふ、とても美味しいですよ」

 

さきほどの表現に、”とても”という形容詞をさりげなくつけ加えるあたり、やはり稟も乙女なのか。

 

一刀が作ってくれたものとなれば、より美味しく感じるのだろう。

 

幸せそうな稟の声が続いている。

 

なのに、宝譿には裁判官の死刑宣告のように聞こえていた。

 

よりによって、ここで一刀の手作り料理ときたか。

 

「……宝譿。

 正直な意見を聞きたいのです」

 

ふっと握られた手が緩み、胴体が開放された。

 

風の感情を含んでいない声に、どうしたもんかと宝譿は思う。

 

「お兄さんは、どういう女性がお好みなのでしょうか?」

 

「お、俺に聞かれても……俺っちはただのおしゃべり人形……」

 

「男として聞いているのですよー」

 

__そう言われてもな……

 

はっきりいって宝譿にも、一刀の好みなどわかりようがない。

 

あれだけの男前でありながら、節操を固く守る男など想像できるわけがない。

 

ただ強いていえば、季衣と流琉、華琳が一番候補に近いわけだから、あのラインが一刀の好みなのではないか?

 

しかしその共通項を正直に言うってのも……

 

__生き残れるのか!? 俺! よく言葉を選べ!

 

「ち、小さ、いや! 小柄な体に、薄ぃ、ではなくて……」

 

「落ち着いて、まとまめてから話してください」

 

「小柄な体に、痩せている女性が好みだと思われます!」

 

「……そうですか。

 では風はそこそこですが、当てはまっていますよねー」

 

__セーフ! あっぶねー! 今日は何回、命の危機感じりゃいいんだ!

 

さきほども隣にいた、大鎌を持った死神という名の者が、舌も無いくせに舌打ちをしていやがった。

 

死神に何度か魅入られて、そろそろ限界かと深く俯いた宝譿だったが、あれっと疑問を感じた。

 

何かが、小刻みに震えている気がする。

 

「そ、れじゃぁ……なんで風は、お兄さんに見てもらえ、ないですかねぇ?」

 

声が若干、上ずっている。

 

__もしかして……泣きそうなのか?

 

風の手を見ると、飴を掴んでいる指がギュッと握られていた。

 

__あーもおおお!!! わーったよ! ちょっと待ってろ! こんちくしょう!!!!

 

宝譿は勝負にでた。

 

ここで引き下がっては男が廃ると、生まれて(動きだして)初めての勝負にでた。

 

宝譿は知っていた……自分がまだ動けないその昔から、ずっと一緒にいた相棒じゃないか。

 

飄々として、惚けて、きまぐれで、真名である風の如く、掴み所のない彼女ではある。

 

__だけどよ! いつも頭に乗ってっから、こちとらわかってんだよ!

  風の姉ちゃんは負けず嫌いで、嫉妬深くて、気分屋で………………人一倍繊細だってことくらいな!!!

 

もはやふよふよではなく、ビュンと風をきる鋭さで飛んで離れると、食堂へと突撃する宝譿。

 

__死亡フラグだとかなんだとか、んなこた関係ねえ! 足なんて飾りです! 宝譿、吶喊します!

 

「お食事中でしょうが、お邪魔しまーーーーす!!!」

 

叫び声を上げて急激に突っ込んできた物体に、驚く2人が食卓に座っていた。

 

どうやら2人が食べていたのは炒飯であったようだ。

 

レンゲの先を口に含んだ稟が、瞳を丸くしている。

 

宝譿は一刀の目の前まで飛ぶと、迫るように顔面を押し付けた。

 

「一刀の兄貴! 男としての頼みがある!」

 

「お、おお? どうしたんだ宝譿。

 ってか丁度良かった、今な」

 

宝譿は一刀の言葉を最後まで聞かずに、食卓へ手をつくと、稟へと深く頭を下げた。

 

「稟の姉さん! すまん! 今だけは黙って兄貴を貸してくれ!」

 

「は、はぁ……どうぞ」

 

宝譿のかつてない剣幕に、稟も気圧された。

 

こうして一刀の腕を懸命に引いて、食堂から連れだすことに成功するが、すでに風の姿がない。

 

宝譿はライトをつけて辺りを探るが、暗い廊下のどこにもいなかった。

 

__ちぃ! なんて素直じゃねえんだ! ってか体の1つでも置いてくりゃ良かった!

 

こんな時に限って、自分の体は全部揃っている。

 

「おい宝譿。

 お前1人でどうしたんだ? 風は?」

 

「えっとだな、兄貴……」

 

__だめだ! 俺っちの機能じゃ風の姉ちゃんは今すぐみつけらんねぇ! かといって一刀の兄貴に事情を話して探して貰うってのも、兄貴に変な気を遣わせちまう! そんなのは風の姉ちゃんは望んでねえ! だからここから逃げたんだろうが! 馬鹿か、俺は!!!

 

どうするどうすると狼狽える宝譿だが、後ろで困った顔をしている一刀を、いつまでも引き留めておけるわけでもない。

 

宝譿は両手を挙げると、もうヤケクソだと、形振り構わずに叫んだ。

 

全身に巡っているエネルギーを駆け回らせ、暴走させていく。

 

この人外魔境を宿す体よ、自分の意思に応じてくれるならば、今こそ応じてくれと心中で願いながら。

 

限界を……超える時。

 

「見せてもらおうか! 太平要術の性能とやらを!」

 

「お、おい? 大丈夫か宝譿」

 

「俺が宝譿だ!」

 

「そうだな。

 そうだよ、お前が宝譿だ」

 

熱く叫びだした宝譿に、一刀は心中で”どうしよう、宝譿壊れちゃった”と思った。

 

しかしこの叫びの後、すぐに一刀は目を強く閉じた。

 

宝譿の体が光輝き、視界が焼けたのだ。

 

「なん、だと?!」

 

まるで予想していなかったので動揺する一刀は、光から逃げるように腕で目を隠す。

 

そしてその光が収縮した時、明るく照らされた廊下は再び暗くなり、一刀もそっと瞼を開けた。

 

するとそこには、金色に光り輝く宝譿がいた。

 

「おい宝譿! お前その体は”大丈夫だ”……?!」

 

宝譿の自信に満ち溢れた言葉に、一刀も言葉を止めた。

 

「げっ◯うちょ~~~!」

 

焦る一刀がなんとか宝譿をなだめようと手を伸ばしたが、その手が触れる直前に、宝譿の背中からは虹色の羽が現れた。

 

これが月◯蝶なのかは定かではない。

 

様子がおかしいこの宝譿の状態で、こんな真似をしても大丈夫なのかと心配する一刀だが、宝譿は静かに前を見据えている。

 

宝譿は城中へと散りゆく光の粒子に、細心の気を配っていた。

 

擬似神経から、途切れなく送られてくる様々な情報。

 

体がこの城へと、大きく広がるような感じだ。

 

その中で宝譿は、よく馴染んだ感触を見出す。

 

__ってか近! そりゃそうか、さっきまでここにいたんだし、風の姉ちゃんがそんな遠くまでいけるはずがねえんだ。

 

宝譿から放たれた光は、逃げるように走っていく、風の後ろ姿を捉えていた。

 

慣れない走りでこけそうになってはいるが、間違いなく風だ。

 

金色やら虹色やら忙しく光る宝譿を前に、状況に取り残される一刀は、ただ呆然としていた。

 

クルリと回った宝譿は、一刀へと向き直る。

 

キラキラと輝き、なんかやたらと神々しかった。

 

「一刀の兄貴よ。

 ちょっと今から、風の姉ちゃんに会う気とかは……ないかい?」

 

宝譿としては可能な限り自然体で、一刀を風に会わせる必要があった。

 

とはいっても宝譿の元は人形。

 

気の利いた言い回しが出てこない。

 

だけど一刀から返ってきた言葉は、宝譿にとって救いの言葉であった。

 

「風? ちょうど良かった! これから探そうと思ってたんだよ。

 場所がわかるなら案内してくれないか?」

 

宝譿は金色に光る電波塔を分離させると、これについていってくれと言った。

 

「オッケー、じゃあちょっと食堂に戻るよ」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ兄貴! 今すぐじゃねえと困るんだよ!」

 

「ああ、すぐだよ。

 だけど、ほんのちょっとだけ待っててくれ」

 

背中を向けて、食堂へと戻る一刀。

 

 

やれることは全てやったと考えた宝譿は、一刀の言葉を信じることにした。

 

 

「おや、宝け……うわ! どうしたのですか! そんなに金ぴかに光って!」

 

「おう、稟の姉ちゃんか。

 いやちょっとな、流石に今日は疲れた」

 

ふよりふよりと、いつもより頼りげなく浮かぶ宝譿は、稟の座る食卓へと降りた。

 

「何があったのです?

 さきほども一刀殿を連れ出したりと、ずいぶんと騒がしかったではないですか。

 貴方らしくもない」

 

「風の姉ちゃんがなぁ。

 多分なんだが、どうやら昨日ちょっと夢見がな……」

 

その一言で察したのか、稟は少し冷めてしまった炒飯の山へとレンゲを差し入れた。

 

「ああ、そうなのですか。

 風のアレも、ずいぶんと久しぶりですね。

 そうか……ならば風は、今日一刀殿にお会いしたのではありませんか?」

 

「ん? 朝に一度な」

 

「なるほど、それで一刀殿が……」

 

「なにがだ?」

 

「これですよ」

 

「ん? 炒飯?」

 

宝譿の目の前で、炒飯を乗せたレンゲを回す稟。

 

「貴方、たまにご飯も食べているでしょう?

 食べれるなら一口、食べてみませんか?」

 

「俺の体は食べる必要はねえんだけど」

 

「無理にとは言わないけれど……どうぞ?」

 

「じゃあ、頂いとくわ」

 

宝譿は手を伸ばして、炒飯の一塊を手に取った。

 

ハグハグと、頭を上下に揺するようにして食べる宝譿。

 

その過程で、宝譿の金色の光が徐々におさまってきた。

 

「どういう構造なのですか? 今の」

 

「ゴッド・宝譿モードと、俺は名付けた。

 一刀の兄貴は、無事に風の姉ちゃんのとこに辿りつけたみたいだからよ。

 もう解除したんだ。

 出歯亀は趣味じゃねえし、やたらエネルギーも喰うしな」

 

「意味がさっぱりわからないです」

 

「わからなくていいんだよ……まぁ稟の姉さんにもわかるように言や、俺は神に近づいたっつう感じかな」

 

「神、ねぇ……」

 

呆れる稟だが、確かにさきほどの金色の光は、無駄なほどに神々しかった。

 

あながち的外れな名付けでもないのかもしれない。

 

稟が呆れる一方で、宝譿は未だモグモグと炒飯を食べていた。

 

食べる必要はないとはいえ、ちゃんと味覚はある。

 

どうやら以前に食べた、流琉の炒飯よりも独特な味付けであり、ご飯が固いし苦い気もした……ようするに癖がある。

 

ぼそぼそとまではいかないが、いつも洛陽で炊かれている、柔らかいご飯ではないようであった。

 

残念ながら、それ以上の事はわからないが……

 

しかしこれがどうしたのだと思う宝譿は、首を捻った。

 

稟は机に片肘をつき、手の平に顎を乗せ、そんな宝譿の様子を見ていた。

 

 

「よく、その味を覚えておくといいですよ」

 

 

温かさ

 

 

 

「風は一体、こんなところまできて、何をしているのでしょう?

 思わず逃げてきてしまいました」

 

話しかけても、誰の声も返ってこない。

 

ここ最近はずっと宝譿が話し相手をしてくれるので、いつの間にかそれが普通になってしまったようだ。

 

それじゃあ昔のように腹話術をしようと思ったが、宝譿の代わりになるような物も手元にはない。

 

1人だった。

 

風は壁に寄り添って俯くと、静かに膝を抱いた。

 

もう陽はすっかりと暮れており、ビュウと吹く風がやたら冷たく感じる。

 

真っ暗になった城の中庭で、冷たさに耐えるように、壁に寄り添っていた。

 

猫もいない。

 

独りは、昔から嫌い。

 

「ひどく寒いですねー」

 

体を襲う冷たさよりも、ただ1人でいることが寒かった。

 

ここで蹲っていても、もう誰も迎えにはこないのに……

 

「お? いたいた。

 おーい! 風!」

 

この声に、風はビクリと震えた。

 

たしかに誰かに来て欲しかった。

 

だけど一刀には来て欲しくなかった。

 

宝譿になんて言われて、彼は追いかけてきたのだろう?

 

__とても温かい、春の陽のようなポカポカとする人だけれど……面倒な人間だと、もし……彼に嫌がられたらどうしよう。

 

耐えられるのか、私は。

 

「ぉ、お兄さん」

 

顔を上げた風は、またすぐに顔を伏せた。

 

身体能力で劣る以上、見つかれば逃げられないことくらいすぐにわかった。

 

それじゃあ、このまま誤魔化すしかないではないか。

 

「それ以上、こちらへ来ないで下さいお兄さん」

 

「風?」

 

「風は今、こうやって1人でかくれんぼ中なのですよー。

 とても楽しんでいるので、邪魔をしないで欲しいのです」

 

あまり近寄られても、どうしたらいいのかわからない。

 

はぐらかすように、”私らしい言葉”を返すしか方法を知らないのだ。

 

それなのに自分をもっと見て欲しいって……我侭だと思う。

 

「そっか。

 じゃあ俺はすぐに行くよ」

 

一刀の言葉に、風は少し安堵してしまった。

 

そして大きく悲しかった。

 

やっぱり本心では、一刀に傍にいて欲しかった。

 

ざわりと嫌な感じのする嫉妬心が、風の心中で渦巻いている。

 

「……でもさ、これだけ食べてみてくんないかな?」

 

コトリと音を立てて、一刀が何かを隣に置いた。

 

あまり視線を上げないようにと気をつけながら、膝から顔を離すと、そこには……

 

 

温かそうな炒飯の山があった。

 

 

「よく、その味を覚えておくといいですよ。

 それが兗州の味付けなのですから」

 

「兗州っていったら、そりゃあ……」

 

「そう、風の故郷の味ですよ」

 

稟は再び炒飯の山にレンゲを入れると、パクパクと食べ始めた。

 

「一刀殿。

 昼間はどこかへ出かけていたらしいですが、城へと戻ってきてから、すぐに流琉に頼んだそうですよ」

 

「流琉嬢ちゃんにか? なにを?」

 

「兗州のご飯を分けて貰い、東郡の味付けを教えて貰うためです」

 

「は? それは無理じゃね?

 そりゃあがんばれば、兗州のご飯粒ぐれえは手に入るかもしれねえが、味付けは流石に無理だろ?

 風の姉ちゃんは、まさに兗州東郡出身だぜ? 誤魔化しが効かねえ。

 流琉の嬢ちゃんが一流の料理人たって、大陸各地の味を知ってるわけでもないだろう」

 

「そうですね。

 大陸に名を馳せたどんな一流の料理人だって、いきなり各地の味を再現するのは無理でしょうね。

 でもこの炒飯は、ちゃんと東郡辺りで食べられている、苦味がでるほどの出汁がきいた、いい癖をしていますよ」

 

「どういうこった?」

 

「流琉は陳留郡が出身ですから」

 

「陳留郡っていやぁ……東郡のすぐ隣じゃねえか」

 

「流琉もたまに食べたくなるそうですよ、この渋い味。

 あの辺りは黒土で、土壌は中の下でしょうか。

 塩もとれませんから、このように少ない材料の出汁を限界まで搾り取って、より味をだそうとするのですよ。

 だからか少し……癖が強いですよね、人を選ぶ味といいましょうか」

 

「でもよ、よく稟の姉ちゃんも味を知ってるな?」

 

「私は頴川郡ですから、旅先で訪れたことくらいはあります」

 

「なるほどな、陳留を挟んだ隣っかわだっけか……」

 

宝譿はうーんと唸りながら、稟へと顔を向けた。

 

こうやって出身地を見ると、陳留の刺史をしていた曹操との、浅からぬ因縁めいたものを感じる。

 

稟と風の出身地が、陳留に接しているのだ。

 

「う~ん、俺っち前に言ったよな?

 稟の姉ちゃん達は、華琳様に縁がねえんじゃないかって」

 

「そんなこともありましたね」

 

「あれ、取り消しとくは。

 撤回だ撤回……どうやら運命ってのはあるんだな」

 

「それはどうも。

 でもなかなか巡り会えなかったのも事実ですから。

 一刀殿と流琉にはあの時に会っていたのに、私達は頑なに旅を続け……

 陳留は風にとっても、私にとっても隣郡であったのに、何故あれほど遠回りをしたのでしょう」

 

「自分でわからないのかよ?

 俺はてっきり見聞を広めるためとか、良い主君を探すためだとかと思ってたがな」

 

「そうですね、それは否定しません。

 しかし星はともかく、私と風は華琳様に仕えようと心の内で、すでに決めていました。

 なのに、あの頃はまだ仕える時ではないと思っていた。

 今思い返せば、その自己内にあったのは違和感……なのでしょうね。

 はっきりとはしないのですが、いざこうやって華琳様にお仕えしてみると、何故ああやって旅を続けていたのかが……」

 

稟は手で口元を覆い隠す。

 

瞳は細くなり、その正体を掴もうと必死に考えているようであった。

 

「わからない、と?

 なんだぁそれ、案外馬鹿なんだな」

 

稟は宝譿のおでこをデコピンの要領で勢いよく弾くと、宝譿が背中側にコテンと倒れた。

 

その間抜けな光景を見ながら、稟は机に頬杖をついて、はぁっと溜め息をついた。

 

「……ほんと、なんでそう考えていたのでしょう?

 今でもわからないのですよ、どうして干吉に襲われるまで、華琳様がいる陳留の城を目指さなかったのかが」

 

「っつうか、なにげに痛えんだけど!

 そろそろ今日の俺っちは労わられても良くねえか? おい、天の神様よ!」

 

ヒリヒリとする額を押さえるように両腕でさする宝譿は、窓の外に浮かぶ月へ向けて訴えた。

 

流石に今日の残りくらい、ゆっくりとしたって罰はあたらないだろうに。

 

俺っちはすごい頑張ったぞーと、天に浮かぶ輝く月に向かって、恨み言を遠吠えする宝譿を見て、稟も視線をそっと窓へと送った。

 

動く宝譿とすっかり会話を交わす稟。

 

初めはあれほど納得が出来なかったというのに、慣れたものだ。

 

しかし、まだ違和感が胸に残っている。

 

己の常識の尺度では、稼働する宝譿を認められなかったあの時と、似たような感覚だ。

 

 

__神……天ですか……天の御使い、北郷一刀。

 

無機質な眼鏡の淵から覗く稟の瞳は、見るものを震え上がらせるほどに、冷たいものだった。

 

 

「もぐもぐ、美味しいですー」

 

風の機嫌はすぐに直った。

 

あのわずかな時間からでは、この懐かしい味の炒飯は用意できない。

 

つまり一刀は、自分の事をちゃんと考えてくれていて、わざわざこの炒飯を作ってくれたのだ。

 

その気持が嬉しい。

 

決して暇でもなかっただろうに。

 

彼の行動を1日観察していたからこそ、よくわかる。

 

公私ともに、これほど忙しく気をつかう者も珍しいだろう。

 

「お兄さん……お兄さんはどうして風に、この炒飯を作ってくれたですかー?」

 

はぐはぐと炒飯に齧りつく風は、話しながらも食べていた。

 

いつの間にか一刀も風の隣に座っており、2人は仲良く夜の中庭で並んでいる。

 

小食の風もお腹が大分空いていたのか、休みなくレンゲを動かし、懐かしい味に舌鼓を打っていた。

 

「朝にさ、風と会っただろ?

 なんか帰るときに、ちょっと様子が変だなって思ってさ」

 

この一刀の一言に、風の頬はうっすらと赤く染まった。

 

こみ上げるような嬉しさから、くすぐったい気持ちになり、じわじわと上がる口角が止められない。

 

ちゃんと……自分も見てくれていたんだ。

 

__これはこれで、困ったタラシ狼さんに、風も捕まってしまったですよー。

 

「困ったタラシ狼さんに、風も捕まってしまったですよー」

 

「……心の声を、そのまま口にしてない?」

 

「いえいえそんなことはないですよ。

 ご馳走様でしたー。

 満腹の風は、このままお月見がしたい気分なのですよ-」

 

このまま一緒に居たいと素直に言えない風は、言葉では月見と言いつつ、甘えるように一刀へと体を寄せる。

 

だけど視線は誤魔化すように、輝く月へと上げていた。

 

一刀もそれに気づいているが、特に指摘はしない。

 

近づいたり、離れたり……気分は気まぐれな猫のようで、行いは掴めない風のよう……それが彼女らしさだ。

 

彼女が心地良いと感じられる距離感であれば、それでいい。

 

一刀はそう考えていたから。

 

「このままだと、風はお兄さんに美味しく頂かれてしまうですかー?」

 

「いやいや、それはないよ」

 

「そうですかー。

 風は美味しそうではないという事ですねー」

 

なんどだって、自分の都合がいいように、わざと曲解される。

 

「あはははは。

 風は可愛いよ、とっても」

 

「そうやっていい気にさせて、風を油断させるおつもりなのですねー。

 今宵は満月ですから、お兄さんはきっと狼さんになっちゃうですよ」

 

誘っているのか、それとも避けているのか、それすらわからないだろう。

 

こんな素直じゃない変な女……離れたくなるだろう。

 

「そうかそうか、じゃあお望みどおり狼になってみようかな?」

 

__え?

 

「風は、望んでなんか……」

 

グイッと一刀の顔が、風へと近づいた。

 

強引な一刀の行動に、風の行方が彷徨う。

 

ゴクリと唾を飲んでしまう。

 

満月を後ろに背負って、一刀の顔がよく見えない。

 

「ぉ、狼さんは……乱暴する、ですか?」

 

「どうしようかな?」

 

優しく微笑んでくれているようだが、一刀の本心がわからない。

 

話の主導権を握られたと感じた風は、瞳を強く閉じてイヤイヤと頭を振った。

 

「……そっか、じゃあ止めとくよ」

 

あっさりと引かれると、それはそれでイヤだ。

 

もはや自分の気持ちがどうしたいのかもわからない風だが、このまま一刀が離れるのはイヤな気がした。

 

とてもイヤだから、少しだけ素直になる。

 

ギュッと一刀の腕を取った。

 

「ふ、ふぅ、は……風が狼さんになるですよー」

 

思わず口から、いい加減な言葉が出てしまった。

 

自分でも意味がわからない。

 

一刀もキョトンとしている。

 

「……へぇ。

 じゃあ狼さんになった風は、どうするつもりなんだい?」

 

__どうして彼は、こんなに変な私に、いつも付き合ってくれるのだろう。

 

風の心境はもう意地そのものであり、理屈を通していなかった。

 

グイっと腕を引っ張り、一刀の態勢を崩す。

 

「んっ」

 

唇と唇が触れる。

 

「っふ? ふむぅ!」

 

風の両腕に抱きしめられ、しっかりとした口づけを行う。

 

つむっている瞼を薄く開けると、驚きで見開いている一刀の瞳がみえた。

 

__やったですねー。 これでようやく風の……。

 

風は一刀のこの瞳を見て、自分が主導権を握ったと確信した。

 

そうなればもう、いつもの風だ。

 

わざとらしくピクリと、唇を動かす。

 

その感触で、彼は飛び跳ねるほどに驚いていた。

 

__ふふ、本当にお兄さんは可愛いですねー。

 

こうやって何時までもからかい続けたがったが、もしまた一刀に逆転を許してしまったら、目も当てられない。

 

一気に畳みかける。

 

風は腕を解く時に、一刀の唇に少しだけ唾液をつけてから離れた。

 

離れたお互いの唇と唇の間に、艶めかしい光の橋がかかる。

 

「狼さんは、お兄さんの唇を食べてやったですよー」

 

離れて微笑む風と、呆然とする一刀。

 

風と一刀の間にあった橋は垂れ下がるようにして切れ、風は自分についた唾液を拭った。

 

放心する一刀は、自分の唇へと指を運ぶ。

 

指先についた液体を見て、ようやく事態を飲み込んだのか、一刀の首から上が見事に沸騰した。

 

風はふふっと、妖しく笑うと立ち上がる。

 

 

「これからはずっと、風の”たーん”なのですよー」

 

もはやつっこむ気も起きない、一刀のライフはまさにゼロであった。

 

 

「お、帰ってきたかい」

 

先に部屋へ戻っていた宝譿が、机の上で絵でも描いていたようだ。

 

「ただいまですよー」

 

良かった。

 

風の声がいつもと同じ、瓢々としたものに戻っていると宝譿は感じた。

 

宝譿は知っていた。

 

彼女はたまに、昔の夢を見るということを。

 

そしてそれを見た日は、自分の居場所を探して、陽のような温かさを探すのだ。

 

気ままな猫の足取りは、もっとも心地いい場所へ、と宝譿は知っていたのだ。

 

なにせ、2人は付き合いが長いから。

 

宝譿は落書きをしていた筆を放ると、風の頭上を目指してふよふよと浮上した。

 

「っ、はあ? おい風の姉ちゃん! 大丈夫なのか?!」

 

「大丈夫って何がですかー?」

 

よくわからないと頭を捻る風に、再び宝譿は浮かび上がって、風の顔の前へと飛んだ。

 

やっぱりと思った。

 

「何がじゃねえよ。

 風の姉ちゃん…………顔が真赤じゃねえか。

 俺の測温計で40度近くまでいっているぞ、何かあったのか?」

 

相変わらず宝譿の言いたいことは、よくわからない。

 

ただ風は……

 

「ふ、風はもう疲れたので寝るですよー」

 

「まぁ風邪じゃねえと思うけど、念のため気をつけろよな」

 

気を使ってくれる宝譿が、やっぱり嬉しい。

 

 

今日は、とてもいい日だ。

 

 

そのまま風は布団へとくるまると、さっきからずっと熱がでっぱなしの頬を、冷たい両手のひらを当てて冷ますのであった。

 

 

命運は貴方とともに。

 

 

 

 

「足りない」

 

「え?」

 

「全然足りません!

 女性の恥ずかしさを、一体なんだと思っているのですか?」

 

「ぜんぜ……はい、スイマセン」

 

「私にあのような辱めを受けさせたのです。

 一刀殿にはキチンと、責任をとってもらわなければなりません」

 

「……はい」

 

弱々しく返事をする一刀に、稟は非常に不機嫌そうであった。

 

何故彼女が不機嫌なのかというと、話が1刻前へと遡る。

 

健康診断なるものをご存知であろうか?

 

そう、健康診断とは、診察および各種の検査で、人間の健康状態を評価し、健康の維持や疾患の早期予防・発見に役立てるというものである。

 

つまり一刀と華佗の主導のもと、街中の名医を集めた城内の健康診断が行われたのだ。

 

実際のところ魏の高官達は、華佗の病魔を見分けるゴッドヴェイドーの力で、あらかた病らしい病は治っているのだが、1人だけ事情が違う女性がいた。

 

すでに華琳達の治療が終わった中、呼び出しを受けた稟は、華佗にこう言われたのだ。

 

「郭嘉さん。

 君の鼻の穴を、よく見せてくれないか?」

 

次の瞬間、華佗の……ではなく、付き添いで来た一刀の頭が叩かれたのは、言うまでもない。

 

「なんで俺?!」

 

「なんとなくです!」

 

__そんな理不尽な。

 

どうどうと落ち着くように華佗が促すと、稟は座りなおしてどういうことかと問い直した。

 

何故鼻なのだ、と。

 

華佗は深刻な表情で説明する。

 

「君の鼻血は、少し異常だ」

 

思いっきり視線を反らせる稟。

 

「病魔であれば、俺は正面から気で戦えるのだが、怪我となると話しが別でな。

 キチンと患部を見て、処置を施さなくてはならないんだ。

 鼻というものは、そのほとんどを細かい血管が走っているのだが、太い動脈もある。

 あれだけの鼻血をいつも噴出するということは、動脈が傷ついているのかもしれん。

 そうであれば、それに見合った治療をしなければならない」

 

「な、なるほど。

 道理は通っていますね……しかし、鼻の穴を……」

 

事情を理解し、稟がモジモジと指をいじりながら渋る。

 

そりゃあ彼女だって渋りもするだろう。

 

女性が鼻の穴を見せるというのは、恥ずかしい以外の何者でもない。

 

先の治療において、華琳の病魔とやらはあまりに強大過ぎたために患部がわからず、衣類を脱がねば華佗でさえ治療が出来なかったというが、それと似た……いや、ある種違う方向性の恥ずかしさがある。

 

これが治療行為だと言う事も理解しているし、自覚症状もあるから否定も出来ない。

 

それを察して貰えているのだろう。

 

隣に立つ一刀が、両手を合わせて稟に頼み込んでいた。

 

「……わかりました」

 

「そうか、ではこちらへきて欲しい」

 

華佗が手招きをするので、稟は彼の前まで近寄ると、入れ替わるように一刀が部屋から出ていこうする。

 

稟は隣をすれ違いになりそうな、一刀の袖を握った。

 

「稟? 俺は部屋の外にいるよ」

 

「いいんです。

 ここにいて下さい」

 

「でも……」

 

「こっちをみない!」

 

「は、はひぃ!」

 

返答と悲鳴が入り混じった声が、稟の背中から上がった。

 

腕から伝わる感触から判断するに、ピンと背筋を伸ばして、ちゃんと後ろを向いているらしい。

 

「貴方はそこにいてくれればいいんです。

 それ以上の事も、それ以下の事も望んでいません!」

 

「わかったよ、じゃあ華佗頼んだ」

 

「ああ、任せろ……じっとしててくれ」

 

「どうか……お手柔らかに頼みますよ」

 

覚悟を決めた稟の声が、一刀の背中越しから聞こえるのであった。

 

 

「あれほどの仕打ち。

 私は生まれてこのかた初めてですよ」

 

稟にしては珍しく、プンプンと怒りながら肩をきって歩く。

 

彼女の不機嫌さには、大きな理由があった。

 

華佗に鼻の穴を見せているとき、稟は一刀の腕をぎゅっと握っていた。

 

そして診断が続いていくうちに、華佗の触診で、思わず稟は声を漏らしてしまったのだ。

 

「ふが」

 

不安感から一刀に部屋に残ってもらったのが仇となった。

 

稟の腕に、一刀がピクンと動いた振動が伝わる。

 

__聞かれた……しかも、笑ったな?

 

そう思い至った途端に、稟の羞恥心は最高潮を迎え、一刀の腕に五指の爪を突き立てて握る。

 

「ぃっ、っ」

 

声を上げないよう歯を食いしばる一刀。

 

羞恥心で真赤になりつつも、まだ診断が終わらないので我慢する稟。

 

ようやく華佗から、終わったぞという声が流れた時、一刀の腕には稟の爪跡がしっかりと刻まれているのであった。

 

 

とにかくあの診断は、稟にとってこの上ないほど恥ずかしかった。

 

その後、華佗から診断結果を聞いて、すぐさま一刀の腕をとり、買い物に出かける位に。

 

こうして稟によって、半ば拉致のように連れ去られた一刀は、買い物という名の逢引に付き合わされていた。

 

一刀の腕をちゃっかりと取りながら、稟はグチグチと文句を垂れ流している。

 

「結果的に、あくまで結果的にですよ?

 私の鼻血は大した事がなくて、これから華佗殿の粘膜を保護する塗薬と、血圧を抑える飲み薬で治るとは言ってもです。

 私はあれほどの辱めを”貴方”に受けました!

 これでは全然足りません!」

 

「んな無茶な」

 

確かに無茶な話だろう。

 

ただ一刀としては確かに、稟のあの”ふが”という声で笑けてしまったのも否定は出来ず、なんとか稟の機嫌が直るまで付き合う気持ちではいた。

 

稟とてそれをわかっている。

 

これがまったくもって彼女の八つ当たりであり、それにかこ付けて、逢引をしたいだけだと言う事も。

 

しかし気づいてみれば、一刀の腕には本屋から買い漁った大量の書籍が山の如し。

 

10冊をとうに超えたその書籍の山は、一刀にとって歩き難い事この上ない。

 

また新たな本屋に入ると、フンフンと鼻歌をさえずりながら棚を見てまわる稟。

 

あ、これもいいですね。

 

これ、読みたくても高くて買えなかったやつじゃないですか。

 

おお、あの方の新作がいつの間に、是非買わなければ。

 

なんと面白い。 このような発想ができるとは、いずれこの者は頭角を表すでしょうね。

 

うむ、この本も良作、いい発見をしました。

 

そうこう言いながらも、稟の手は留まるところを知らずに、積み重なっていく本の山。

 

確かにお金は払えるが、このままでは本を持たされる一刀の方の限界が近い。

 

「どうしたのですか一刀殿?

 そのように汗をかいて」

 

「ちょ、ちょっと重いかな? なーんて、はは」

 

「……武官がこれくらいで、音を上げるのは感心しませんね。

 魏の武官であれば、これくらいなんともないでしょう。

 沙和だってまだ大丈夫ですよ、春蘭様なら片手でお喋りができる位です」

 

「俺をあんな超人達と一緒にすんな。

 筋力測定でも、俺は親衛隊員とそう変わらなかっただろう」

 

「そういえばそうですね。

 貴方にあそこまで筋力が無いとは、正直意外でした」

 

山積みの本を両手で懸命に抱える一刀を、道に置いていきながら、稟は後ろ手を組み、視線は鋭く前を向いていた。

 

ちょっと待ってくれという一刀の声を背に受け、ピタリと立ち止まる。

 

仕方がない、と稟は振り返ると、一刀が抱える本の山を半分ほど持った。

 

「まったく、先ほどから泣き言ばかりではないですか。

 それではあそこで休憩しましょう」

 

一緒に本を抱えた稟は、先に歩いてお茶屋の店先へと向かう。

 

一刀も大分軽くなった荷物にほっとして、一緒にお茶屋に入っていった。

 

そこは以前に季衣と入った店であり、比較的若い年齢層を狙った店である。

 

稟と一刀は適当に注文をすると、しばらくしてお茶とお茶請けが出てきた。

 

2人は運んできた本を空いている座席へと置き、静かにお茶を楽しんだ。

 

「……ふぅ。

 この街も、ようやく見れるようになってきましたね」

 

外を走る子供の声を聞き、稟は安堵のため息をついた。

 

一刀もそれに気づくと、笑いながら応じる。

 

「そうだな。

 ああやって子供が外で遊べるようになってきたんだ。

 街自体も大分綺麗になってきたし、凪達の仕事が上手くいっている証拠だな」

 

「ええ、そうですね。

 ですが驚きましたよ」

 

「何が? 警邏隊のこと?」

 

「それもありますが……洛陽の有様に、私と風は愕然としました。

 人伝にひどいひどいとは聞いてはいましたが、まさかあれ程とは……」

 

陳留から洛陽へと華琳が行軍している最中に、稟と風は仲間になった。

 

それまで各地を旅していた彼女たちだが、洛陽へは立ち寄っていなかったのだ。

 

何故なら、仕えるべき主君候補がいようはずもないから。

 

街は荒れ果て、人心も枯れ落ち、華の都とは名ばかりの洛陽。

 

ハリボテにすら劣ると商人達から聞いていたが、それに2重にも3重にも輪をかけてひどかった。

 

はじめ、曹操が洛陽へ行軍を開始したと聞いた時、稟と風は喜んだ。

 

自分たちが陳留へ向かっている最中であったので、遠回りになると思ったのは事実だが、王者がついに動くのだという確信的なその行動に、彼女達の胸が躍ったのだ。

 

漢王朝の都たる洛陽へ進軍する。

 

まさに天下への宣戦布告だ。

 

蕎麦屋で働きながら、稟も風も喜んでいた……はずだった。

 

だがしかし一刀の仲介を得て、念願の曹操様に仕え、洛陽へ着いた時のあの光景は一体なんなのだ。

 

あまりの荒廃模様に、稟と風は愕然と立ちつくしたのを、未だに昨日のように覚えている。

 

悪夢だとすら思った。

 

この廃れた街を拠点に復興?

 

なんの冗談か。

 

いまだ大陸には袁紹に袁術、陶謙や馬騰など注意しなければならない、強者達が健在の中で?

 

稟などは一瞬、心中で危惧してしまったものだ。

 

華琳様は、この洛陽の現状を知らなかったのではないかと。

 

あの曹操がそんなこと有り得ないのに……それでも思わずにはいられなかった。

 

知っていれば洛陽などという、いくら難所の関所がある土地で、歴史の皇帝に愛された土地だとしても……こんな洛陽など。

 

覇王たる曹操が何故この土地を選んだのかが、まるでわからなかった。

 

しかしそれは、自分が真に華琳様のお力を計りきれていなかったのだと、後に身を持って知る事となる。

 

北郷隊と、袁紹袁術戦を見越したあの”らいぶ”だ。

 

この2つに加え、事前に用意されていた数々の復興案は、稟と風の常識を打ち崩すのは容易であった。

 

稟の持つ、現状を解して洞察する、遙か遠きを見通す神算。

 

__私を神算と称するならば、あれはなんと例えればいいのでしょうか……

 

再び稟の視線が鋭くなった。

 

お茶を啜りながら、街の外を眺める一刀へと向けられる。

 

__一刀殿自身を調べたあの調査書。 あれには大きな意味が隠されている。

 

それこそ神算を駆使し、導かれる答えが。

 

のほほんと優しく笑うこの者の正体、それは恐らく……

 

それならばと稟は考えた。

 

彼はどこまでの力があるのだろうかと。

 

__結果はこうですか……

 

椅子に乗った本の数。

 

27冊……鍛え上げられた男性が持てる量と、並ぶ量。

 

これでは彼を戦場にだせない。

 

出したくない。

 

あまりに勿体ないし、彼では呆気無く死んでしまう。

 

彼がまともに戦場に出たのは、過去に数度確認されている。

 

一度は季衣と流琉の村を救ったときの少数の賊。

 

しかしこれは命賭けではあったろうが、まだ戦とは呼べないだろう。

 

秋蘭様や凪達が窮地に陥った時の事は、潜入ということで、ろくな戦闘はしていない。

 

街で殿を引き受けていた秋蘭様達を救出した際に、春蘭様との共闘があったが、彼は倒れた秋蘭様達を守るため、援護に撤していたらしい。

 

黄巾党の時は凪とともに、あの干吉達と戦闘をしているが、相手は左慈と干吉の2人だ。

 

そして虎牢関。

 

そこでの呂布との激しい戦闘……自分はこの事を調査書と合わせ、恋本人から詳しく聞くことしか出来なかったが……

 

「……この時だけが、どうしてもわからない」

 

この小さな稟の呟きに、一刀は気づいた。

 

「ん? どうしたの?」

 

「いえ、なんでもないですよ。

 それよりもスイマセンでした。

 私としたことが、少し平静さを欠いていたようです。

 高かったでしょう?」

 

あははと一刀は笑うと、また道で遊ぶ子供達へと視線を戻した。

 

「気にしないでいいよ。

 払えない額でもなかったし」

 

「それはさりげない自慢でしょうか。

 結構な額へのぼっていると思うのですが?」

 

別に稟だって手加減していたわけではない。

 

不機嫌さを装って、一刀との逢引を楽しむためにもだ。

 

彼に気づかれては不味いので、容赦なく値札に目もくれずに買ったのだ。

 

まぁ……本当に欲しかった本ばかりだというのも、否定はしないが。

 

「自慢さ、お金持ちだろ?」

 

意外な言葉が返ってきた。

 

彼はあまり、お金とかに拘らない人かと思っていた。

 

少し驚いている稟を見て、一刀は笑った。

 

「あって困るものでもないさ。

 実際俺の生活は結構物入りだしね、お金が無かったら、出来ないことも多かった。

 それに今日、またお金がちょっと入り用になるかな」

 

一刀の言い方は妙であった。

 

どうしてそんなに、遠くを見つめながら話すのだろうか。

 

「しかも、だ。

 お金を持っているおかげで、こうやって稟と楽しいデートができるんだ。

 ありがたいじゃないか」

 

「べ、別にお金がなくたって……散歩に行く位なら、いつでも付き合いますよ」

 

__それではまるで、私がお金に釣られているみたいに聞こえるじゃありませんか。

 

しかし一刀にも、ちゃんと”でえと”をしているのだという認識があったのが嬉しいのか、稟の鼓動はドクンと一際高まった。

 

「お? まじで?

 じゃあさ、今度は荷物持ちじゃなくて付き合ってよ。

 美味しい点心屋を見つけたんだ」

 

「ほう、それはそれは。

 確かにそれもいいですが……」

 

「ん?」

 

言葉を区切った稟は、ニヤリと一刀へ笑った。

 

試すような悪い笑みだ。

 

「お蕎麦……久方に食べたくないですか?」

 

その言葉に、思わず一刀は湯のみを落としかけた。

 

「………………マジで?」

 

「実はあの店長、洛陽の復興具合を聞きつけて、街へ来ているのですよ。

 この間、外の視察を行った際に楽市でお会いしまして、なかなか洛中に入れず困っておりましたよ。

 ……楽市から洛中にお店を出すには、北郷隊の許可証が必要ですからねぇ」

 

悪い笑みを浮かべたまま、稟はズズッとお茶を啜った。

 

その言葉に含まれた意味を解し、一刀は苦笑いを浮かべる。

 

「稟さん、貴方は私に職権濫用をしろと?」

 

「職権濫用という言葉は、不法な権力の行使をまずしなければなりません。

 審査に何も問題が無ければ、あの店長はすぐにでも許可証が発行されるでしょう。

 貴方の”推薦”には、それだけの信頼がありますから」

 

実際、一刀の権限があれば許可証の発行くらい訳は無いが、推薦でも十分な意味を持っている。

 

彼はそれほどに、華琳達から信頼されていた。

 

「ぅ、ぐ」

 

「別に権力がどうこうというほどの問題ではないでしょう。

 貴方が一言、北郷隊の方に言えばいいだけなのですから」

 

呻いて頭を捻らす一刀だったが、やっぱり止めたようだ。

 

この間の岩塩の件とは違う。

 

あれはあの洞窟の発見を買ったという意味合いがあったし、公での理由だ。

 

しかし今回は完全に私用。

 

規則をいたずらに、歪めるわけにはいかないだろう。

 

「やめておくよ。

 俺に与えられた権力は、規則を順守するためのもんだしな。

 ちゃんとした理由がないと、そう特例なんて認められない」

 

一刀の答え方は、稟にとって好ましいものであった。

 

直ちに断れば、清廉潔白であるが、融通の効かない人物だろう。

 

直ちに受け入れれば、柔軟な思考を持つが、油断ならない人物だろう。

 

だが、彼は迷った。

 

その迷いの間だって、短過ぎても長過ぎてもいけない。

 

比較する物事を一度整理し、考えるという行為の間が、あまりに適切であったと感じられて、それが稟にはとても心地良かったのだ。

 

彼の人間性を感じられる。

 

__そして答えも私好み。 それでこそ貴方です……私はこの先もずっと、貴方を信じる事としましょう。

 

 

私の命運は貴方とともに。

 

 

「……そうですね、私も馬鹿なことを聞きました。

 それでは行きましょうか?」

 

「行くって、どこに?」

 

「お蕎麦を食べにですよ、決まっているじゃないですか。

 外の楽市で、お客さんにそば打ちを教えながら、なかなか盛況らしいですよ」

 

「なんだよ! そうならそうと早く言ってくれよ!

 急ごうぜ、昼頃になると混みそうだしな」

 

「わかりました。

 ……ですが、この書はどうします?」

 

稟がフフッと笑うと、一刀は書の山を丸々抱えた。

 

「これくらいで……めげてたまるかっつーっ?

 お! 真桜!? 真桜じゃないか!」

 

これ幸いと、一刀は道を歩く真桜を呼び寄せた。

 

「なんや隊長、稟とでえと中かい」

 

呆れたように苦笑をこぼす真桜に、一刀は両手を合わせて頼み込んだ。

 

「頼む!

 この本を後で取りに行くからさ、詰所に置いておいてくれないか?」

 

一刀としては、昼飯を奢るくらいの要求は覚悟していたのだが、真桜から特に要求はなかった。

 

「ええで、なんなら稟の部屋に運んどいたるよ」

 

「ほんとか! 助かるよ」

 

「そん代わり……」

 

やはり昼飯か? と、一刀が思った時だった。

 

カシャッ

 

「え?」

 

「どもー。

 んじゃまた後で」

 

カメラを懐にしまった真桜は、山のような書籍を軽く持ち上げると、ほんならと言って立ち去ってしまった。

 

 

__真桜の焼き増しって、一枚いくらでしたっけ?

 

稟は先程のカメラで撮った写真の焼き増しが、いくらだったかなと思いながら、一刀との昼食を楽しみにするのであった。

 

 

「あー美味かった。

 久々に食べれて良かった良かった。

 親父さんも盛況みたいだし、俺が心配することでもないな!」

 

「そうですね。

 蕎麦打ちはなかなか迫力がありますし、客寄せとしてちゃんと成立していましたから、ほどなく洛中に入る許可証も得られるでしょう」

 

「そうだな!

 そうなれば昼飯が楽しみになりそうだ」

 

「ええ。

 店長も一刀殿と会えて嬉しそうでしたし、天ぷらもオマケして貰えましたしね」

 

「そうだなぁ、よく再現されていたよ。

 いやぁ美味しかった!」

 

本当に満足そうに、一刀はお腹をさすっていた。

 

それはそうだろう、天ざる蕎麦をおかわりしていた位だ。

 

「再現……ですか。

 そういえば一刀殿は、この大陸の者ではないのですよね」

 

「ああ、そうだな。

 あの天ぷらは俺の故郷の料理でね、色々な種類の天ぷらがあったのさ」

 

「ほう、そうですか。

 では1つ、お伺いしても宜しいですかね。

 貴方がいた故郷の名は、なんというのですか?」

 

「…………どういう意味かな?」

 

「ただの好奇心ですよ。

 貴方の故郷の名を聞いているのです。

 名称くらいはあるのでしょう?

 是非お伺いしておきたいと思いまして……例えそれが、天の国であろうとも」

 

稟の問いに、一刀は黙った。

 

街の中を過ぎ、そのまま城内へと歩みを進めていく。

 

静かだった。

 

そして長い廊下を進んでいく中で、稟はすっかりと諦めの気持ちになっていた。

 

会話が途切れても、お互いに居心地は悪くないが、もうすぐ自分の部屋へと分かれる廊下の角だ。

 

__仕方がないですかね……

 

諦めた稟が、最後に今日のお礼の言葉を伝えようとしたが、わずかに一刀が早かった。

 

「日本」

 

「にほん?」

 

「日本の聖フランチェスカ高校に通う、高校生だった」

 

何を言っているのかは、きっと自分には正確にわからないのだろう。

 

にほん、せいふらんちぇすかこうこう、こうこうせい、1つもわからない。

 

それを察したのか、一刀はこう付け加えた。

 

「故郷の名は、日本の部分だ」

 

「そうですか、ありがとうございます」

 

__それがわかればいい、むやみに聞く必要はないだろう……私は一刀殿を、信じると決めたのだから。

 

「ここから見れば、東の海を超え……ん?」

 

「それ以上はいいです。

 私は貴方を信じると、もう心に決めておりますから」

 

一刀に近寄ってきた稟が、そっと背伸びをした。

 

2人の身長差が徐々に縮まっていく。

 

「ん、ぅ」

 

__口付けとは、こうも胸が苦しいのですね。

 

稟は自身の胸が踊り狂う苦しさの中に、幸せの鼓動を感じた。

 

口づけを終えた稟はそっと離れると、クルリと振り返り、自室を目指すために廊下を進んでいく。

 

 

「私は貴方を信じている。

 真名を預けたその時から、ずっと……貴方は私の期待を、悉く超えてくれるのです。

 きっと私は貴方に夢中なのですよ。

 願わくば、貴方も同じ気持であるよう、望んでおります」

 

そう言い残して、稟は微笑んだ。

 

 

「それでどうだった?」

 

「これだけの材料が必要だ……後はこれから」

 

「多いな。

 そこまでひどかったのか?」

 

「恐らく、色々とこちらが止まってしまった分、だいぶ無理にしているのだろう。

 俺も内心で驚いたぐらいだ……凶悪だよ」

 

「そうか」

 

「こちらの時間を稼ぐために、万が一にも間違うわけにはいかないしな。

 しっかりとやらせてもらおう……とにかく急ごうか」

 

「ああ、頼んだ」

 

 

どうもamagasaです。

 

いつも多くの応援ありがとうございます!

 

かなり砕けたネタも混じった今回の話……皆様には受け入れられないかも?

 

アンケート結果は、風が3位、稟が8位でした。

結果としては離れてしまいましたが、稟が健闘していたのでよかったです。

 

 

いかがでしたでしょうか?

 

 

 

感想、コメント、応援メール、ご支援、全てお待ちしております!(批判でもOKです!)

 

作品や文章構成に対して、こうしたほうがいい、ああいうのはどうか? などの御意見も、お手数ですが送って頂ければとてもありがたいです、よろしくお願いします!(厳しくして頂いて結構です!)

 

まだまだ力不足で未熟な私では御座いますが、一生懸命改善出来るように努力しますので、是非によろしくお願いします!!!

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「俺が宝譿だ!」

 

そうだよね、君以外に宝譿は務まらないさ。

きっと君だけは、他の外史でもそうはいまいて……

限界を超えた宝譿君、ついに拠点へ昇格だぜ、ヒャッホウ!

ゴッド宝譿の爆◯フィンガーはいつ炸裂してくれるのか、それは小生にもわかりはしない。

卑弥呼と共に、熱い拳をぶつけてくれりゃんせ。

一体何作品のガン◯ムやらを混ぜあわせたのかがわからない。

とにかく思いつく限り混ぜてみた。

まぁある程度はネタと思って、笑ってスルーして下さいな。

でもちょっと宝譿君、かっこよくね?

なんだかんだと、風を大切に思っている宝譿君が大好き。

頼りになる奴だよ、お前は。

 

仕組みは謎。 勝敗不明。

 

 

「風」

 

意外に大変だと感じました。

彼女らしさを表現するのは簡単ではありませんね。

念のため言っておくと、彼女は病まないよ。

でもまぁ今回は次の通り。

 

1、一刀とのはじめての拠点で猫と戯れていた時、素直になれない自分にどう反応するか、一刀を試しているような感じがあった。

 

2、初めての夜這いんとき(真恋姫)に、話の主導権が自分にないと嫌みたいな感じがあった。

 

3、稟に先を越されて、嫉妬していた。

この3点に、重点を置いてみました。

 

「ずっと風の”たーん”なのですよー」

これを彼女に言わせたいがためにできた一作。

これが風の人生観を、端的に表した言葉だと吾は思ふ。

もしかしたら桂花よりも……いや、恋姫世界の誰よりも天の邪鬼なのかもしれない。

上手く受け答えができるだけに、なかなか素直になれない……風、可愛いなぁ。

桂花はおこりんぼという感じだし、華琳補正があるしね。

あー……七乃さん辺りがライバルか?

以前の風と稟の話で、話が稟寄りだったから、今回は風寄りにしてみました。

風ファンの方は多いでしょうが、いかがでしたでしょう。

一部で、”風”を”ふう”と読むか、”かぜ”と読むかで引っ掛けも混ぜてみた。

 

貴方を、混乱です。 指先をグルグルっとな。

 

 

「稟」

 

やっぱいいなぁ稟さん、知的クールな貴方が素晴らしい。

覚悟の決め方も、潔い感じがして好きなんですよね。

史実の郭嘉も、素行に若干の問題があったとはいえ、生き様というか、曹孟徳に尽くして命を賭けた感じがカッコイイ。

郭嘉が生きてさえいれば、きっと諸葛亮だってマジ苦労しただろうし、司馬懿の件もああはならなかったのではないだろうか。

もし生前の発言や、残された遺書の通りに、郭嘉が予想していたのであれば(脚色一切なしであれば)正に神算。

天は郭嘉の才能に嫉妬して、早逝させたに違いない。

なのにどうして鼻血……

個人的には三国志の中でも、トップクラスにカッコイイし好きなお方。

 

稟さん好きだぜい! 応援中!(べ、別に浮気じゃないからね!)

 

 

「レンゲ」

 

これにはかなり気を使ったよ。

蓮華とは書けなくてなぁ、これは恋姫あるあるネタなんかな?

初めは蓮華と漢字で書いており、全部手入れし直して、レンゲとカタカナに書きなおしたじゃなイカ。

(イカ娘がやたら可愛いから、つい……ね)

 

 

「エディター問題」

 

半年ほど前まではK2を使っていたのだが、今は色々試している最中です。

色々な機能があるんですねぇ……理解できないのも多いけど。

 

このあたりの関係をよく知らないんですが、張郃の”郃”や、兗州の”兗”を表記する方法ってないですかね?

なんでか打ち込むと、変換の時は候補に”張郃”って出ているのに、エンターを押すと”張?”ってなっちゃうんですよね。

ここに投稿する際に、貼りつけるとそのままなので、1つ1つ直しているんですよ。

だからたまに、”張?””?州”とかってのがあったら、小生が見逃した結果です。

 

そっと教えて下さい。 嘆願。

 

 

「蕎麦でやってやんよ」

 

福島県南会津郡に”大内宿”という観光名所がある。

昭和56年、江戸時代につくられた宿場町の形態を色濃く残しているという、昔ながらを超えた位の大昔の風景が残っている観光地だ。

この大内宿の名物で、長ネギが丸ごと一本のっている”ねぎそば”。

通称”高遠そば”というものをご存知であろうか?

 

なんと驚きなことに、蕎麦に太ネギが丸々一本入っている、当然切ってなどいない。

この太ネギを箸代わりにして蕎麦を食べるという、かなり風変わりな食べ方の蕎麦だ。

一本のネギで苦闘しながら、途中でネギ自体を齧るという、このワイルドさ。

かなり辛いこと請け合いであるが、美味かったのを儂は覚えている。

ここの土産物には、ネギを模した土産が当然のように置いてあるのだが、それが初○ミクの持っている、あのネギにまんま似過ぎて、友達と爆笑したのも覚えている。

 

一度行ったら、ご賞味あれ。

 

 

「次は袁勢編」

 

麗羽達の話は、あまり見かけた事のない話を目指した。

結構、真面目な感じのお話になったんよ、待っててやんね。

麗羽組と美羽組のお話。

 

袁勢も董勢編と同じく、2話で1話という感じかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、また。

 


 
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