カポーン
「はぁ……」
今日は城にお風呂を沸く日です。
紗江が寝る前にお風呂を尋ねた時、中には誰も居ませんでした。
というよりは紗江が誰もいないはずの時間を選んだわけなのですけど。
「左慈さん」
――なんですか?
「左慈さんの力で、少女の記憶を消すことはできないでしょうか」
――………
紗江は一度死んだことがあります。それもとても悲惨な姿で。
華琳さまの任官を丁寧に断って陳留から故郷に戻る度、華琳さまが護衛に付けてくれた兵士たちに穢され、人が通らぬ森の中で生涯を終えていました。
僕は紗江を自分の肉体として使うためにその肉体を蘇らせました。
それが何の因果か、魂までこの世に戻してしまい、現在に至ります。
――人の記憶に関与することは禁じられている。それに、成功するという保証もなく、もし失敗すれば全ての記憶を失って残った生を白痴になって生きることになるかも知れませんわ。
「……そうですか」
そんなものは必要なかったし、僕は彼女にそんな傷があるだろうと思っていませんでしたので、身体は傷のないきれいなままの姿でした。
だけど、僕がこの世から一時的に消えて、紗江がこの蘇った時に、その傷の記憶も一緒に身体に取り付いたのでしょう。
森の中を走り逃げなから出来た掠り傷。兵士たちに与えられた傷。
「……夜になるとですね。悪夢を見るのですよ。あの時のことを」
――……僕も見たわ。そして、それを肌で感じた。
怖い記憶。消したい記憶。
決して忘れることができない記憶。
「正直な話をしますと、少女はそれでも構いません」
――え?
「残った人生を白痴になって生きるとしても、その記憶さえ無くすことが出来るのあれば、それでも構わないと思ってしまいます」
――紗江……
「だけど、それではなりません。それでは、華琳さまのためになりませんから」
………っ!
――華琳さまは、本当にあなたがそこまでして支える価値がある方なのですか?
「……へ?」
――辛さを耐えながら、この世に生きることさえ地獄に思いながらも、紗江あなたは華琳さまを支えたいと思っています。華琳さまは本当にそんなあなたに値する主人なのですか?
「左慈さん……」
――大体!あなたがそうなってしまったのはあの人のせいです!なのに……!あなたが
「左慈さん!!!」
紗江の声が、風呂場の壁に反射されて響いた。
とても大きく、まるで彼女の辛さを代弁するように大きく響きました。
「少女は、華琳さまを許しました。…それ以上仰るのなら、少女はもうあなた様にご協力いたしません」
――……ごめんなさい、紗江
「…いいえ、少女こそいきなり叫んですみませんでした」
ううん、そうじゃないわ。
あの時、あなたを墓から起こさなければ、あなたにこんな思いをさせなかったのに……
がらっ
?風呂場の扉が開く音が……
「!」
「!」
「…紗江」
……よりによって華琳さまですか……
「………」
紗江、代わって、僕が……
「……<<ふるふる>>」
紗江
「……華琳さま」
「……」
しばらく紗江を見ていた華琳さまは何も言わずにお湯に入ってきました。
「……最近、あなたが私のことを避けていることは分かっていたわ」
「…秋蘭さんから話を聞きました。華琳さまは少女が華琳さまから逃げ回っていた理由をご存知かと…」
「………」
華琳さまは珍しく紗江の顔を真っ直ぐみることができました。
逆に、紗江はちゃんと華琳さまを見ていました。
「答えてください、華琳さま………
あの時少女が殺されたことは、華琳さまのご命令だったのですか?」
「?」
……
「ぅー?」
がらっ
「北郷、居るか?」
「!」『秋蘭お姉ちゃん』
「…机の下にくぐって何をしているのだ?」
「……」『これ、机の下から見つけた』
「…指輪?どうしてこんなものが北郷の部屋にあるんだ?」
『知らない。秋蘭お姉ちゃんのじゃないよね』
「ああ、私のものではない。城ではこんな指輪を付けている人は居ない筈だが……」
「………」
「どうするか?私が誰のモノか調べてあげるか?」
「……<<ふるふる>>」『ボクの部屋にあったから、無くした人がいたらここに探しに来る。だからボクが預けている』
「そうか」
『ところで、秋蘭お姉ちゃん。どうしたの?』
「ああ、そうだったな。お風呂が空いてあるはずだから、寝る前に入っておけ」
「……<<コクッ>>」
「それじゃあな」
「…<<コクッ>>『また明日』
がらり
「………<<じー>>」【どうしてこんなのがボクの部屋に…】
《……嫌》
「!」
《もう無視されるの、ヤだ》
「!!<<ふるふるッ>>」
【お風呂に入ろう】
「何故そう思うの?」
華琳さまは冷静に答えました。
「少女が死ぬあの日に、森の中で眼の色が変わった兵士たちに捕まえた時彼らが言う話を聞きました。《どうせ死ぬ女だ。死ぬ前にどうしたって大丈夫だろ?》と」
「………」
「少女は一度死んだ身です。だから少女はそれでも構わないと思っていました。ですけどその少女が構わないと思っても、身体はそんなあなた様に恐怖を覚えつつありました」
自分が臆病なせいだ。
紗江は桂花にそういった。
だけど違った。
臆病とはその恐怖の原因が己にある時に使えるものだ。
人には限界がある。
人じゃあ越えられない壁がある。
一人では耐え切れない恐怖がある。
その恐怖の対象が自分が生きて死ぬ時まで愛していたたった一人の女性だというものだから、悲劇にこの上ない。
「少女はこのままだと二度と華琳さまの前に立つことが出来なくなってしまうでしょう。ですから、お尋ねします。華琳さまはあの時、少女を殺すように兵士たちに命じられたのですか?」
「……紗江」
紗江の質問からそれほど間を開かず、華琳さまは口を開けました。
「もし、私があなたの言った通り、あの時兵たちにあなたを殺すように命じたのであれば、あなたはこれからどうするつもり?」
「………」
紗江は震えていた。
代わってあげたかった。
だけど、もうこれは紗江の戦いでした。
僕に入る隙間はありませんでした。
「何も…いたしません」
それが、紗江の答えだった。
「事実のこととは関係なく少女は華琳さまのことを愛しております。ですから、華琳さまがどのような答えをしてくださるとしても、少女はそれがあなたの意志であれば耐えてみせます。例えそれが……報われない片思いだとしてでも」
「紗江…」
「華琳さま……」
……
ちゃばーっ
「紗江!」
湯船の中に頭を落とした紗江を華琳さまが支えた時、紗江はのぼせて顔が赤くなっていた。
「紗江!」
がらっ!
「誰かある!」
ててて
「!」
「一刀?」
男女の問題は今度はスルー
ちなみに一刀ちゃんは脱いでません。
そこの期待していた人は「戻る」押す。
「一刀!秋蘭のところに行って早くこっちに来るように言いなさい!」
「…!<<ごくっ>>」
スッ
「………うぅー」
「気がついたか?」
紗江が起きた時は、側には秋蘭さんが居ました。
「秋蘭さん……少女は」
「のぼせたようだ。華琳さまと一緒に居たらしいが………」
「そうですか…」
「話したのか?」
……
「……はい、してしまいました」
「………」
紗江に華琳さまと立ち向かうようにしたのは、やはり秋蘭さんだったのですね。
あの時どういう話が行き渡ったのかは分かりませんが、これがその結果です。
「秋蘭さん」
「何だ?」
「少女は…今度華琳さまの孫呉との戦争が終わったら魏から離れようと思います」
「!どうして…」
「少女の存在が、華琳さまがこれより覇道をあゆむことにとって邪魔モノでしかなりません」
「そう言わないでくれ。お主がそういうと華琳さまが……」
「秋蘭さん」
紗江は笑顔で秋蘭さんを見ながらが言いました。
「華琳さまのことを宜しくお願いします。
「紗江……」
華琳さまは、部屋で一人で酒を呑んでいました。
ちょろちょろ
「人を道具としてしか扱わない頃の私だった……」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「華琳さま!」
「私は黙っていなさいって言ったはずよ、春蘭!」
「うぅっ……」
「二度と言わないわ、下がりなさい。夏侯元譲」
「!!………御意」
「司馬懿、結局私の下には下らないないと言うの?」
「…………」
「私のところに来ればあなたのご両親のことももっとよく奉養できるし、今よりずっといい生活になるはずよ。あなたほどの策士なら君主が自ら行って頭を下げながら来てくれるように頼んでも足りないぐらいなのに、あなたは私に頭を下げながら、自分を仕官させようとしないでくださいと言っているわ。この矛盾が分かるの?」
「事は何も矛盾してありません。矛盾していることがあるとすれば華琳さまと少女を取り囲んであるこの乱世ことが矛盾の塊のようなもの」
「……」
「華琳さまの覇道はとても素晴らしきものです。この世に英雄として生まれ、その意気に引かれないものはいないでしょう」
「なら何故」
「ですが華琳さま、少女は誓いました。少女は、戦いません。この乱世の中で、歴史が少女を記憶できないように、それが少女の智謀を持って華琳さまに、そしてこの乱世に出来る唯一のことです」
「!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「紗江は、自分自身でさえ己の能力を恐れていた。だからどの側に付かずにこの乱世の波が己をあっちこっちに流さないように、水底に落ちてそこで自分の命を終わらせようとした。なのに、私はその思いは知らず、彼女の能力を恐れたばかりに、彼女が他の誰かの策士になることを止めるために……」
……………
「紗江……連合軍の時あなたをまた見た時、私は怖かったわ。あなたが私を避けていたように、私もあなたを避けていたのかも知れないわ」
コンコン
「!一刀」
「………」
「どうしたの?」
「………」
ポン
一刀ちゃんは椅子に座って酒を呑んでいる華琳さまを見て、布団の上にポンと座りました。
「…今日はあなたと一緒に寝てあげる気分じゃないの」
「………」
それを聞いた一刀ちゃんは一瞬肩を竦めたけど、直ぐに布団から立って華琳さまの前に行きました。
そして、酒を呑んでいた右手を掴んで、
「………」
ポケットから蒼く光る指輪を華琳さまの中指にはめました。
「これ…あなたこれどこから手に入れたの?」
「……」『拾った』
「拾ったって…あなたね……」
『ボクの部屋で拾った。他の皆ところにも聞いたけど、誰のか見つからなかったから、あげる』
「……」
『華琳お姉ちゃんが悲しんでいると、他の皆も悲しい。だから元気出して』
「一刀……」
「ボクも…悲しむ華琳お姉ちゃんが元気な華琳お姉ちゃんが好き。だから……」
一刀ちゃんは華琳さまの手を掴んでいた両手を放して、何歩か華琳さまから離れました。
「一刀」
「………」
「ちょっとこっちに来なさい」
「………」
華琳さまが両手を広げて一刀ちゃんを誘ったら、一刀ちゃんは何も言わずにその胸の中に抱きつきました。
「ありがとう、一刀」
華琳さまは一刀ちゃんを抱きついてそうつぶやきました。
「あなたをもうちょっと早く会っていれば……私もあの子にあんなことせずに済んだでしょうに……<<ポンポン>>」
「………」
…………
………
――何を難しい顔をしておる。
…………
――事はお主が居る前からあったことじゃ。お主に出来ることではおらんかった
そこが問題なんだよ、この畜生が!!
僕が間違ったことが何一つもなかったのに人が不幸になっていくことを見ることしかできないこの辛さがあなたに分かるというの?!
――………
もうたくさんよ……見てるだけで誰も助けてあげられないことなんてもうたくさんなのよ………
――………可哀想な小娘じゃ…
………要件は何?
――曹魏と孫呉との戦いの裏を見つけたんじゃ。
!
――于吉じゃ。于吉は後ろで働いておる。
あのメガネ……いいえ、ある意味自分の名前に一番相応しいことをしているつもりでしょうか。
――言ったはずじゃよ。お主は管理者たちに会ってはならん。お主の存在がバレる瞬間、御使の小僧の命の保証も出来なくなるものだからの
僕に脅迫しないでくださる?所詮はあなたも自分の立場を守るために僕を駒に使っているに過ぎないくせに……
――……
話はそれで終わりですか?ならさっさと消えてください。
――あまり己を追い詰めるでない。その調子じゃと、誰よりもお主が先に己を失ってしまうじゃろう。
あぁ………寒い…
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ソルナル(旧元旦)には田舎に戻りますので外史は書けないだろうと思います