須藤夕美は普通の高校に通うフツーの高校生だった。
成績は中の下だが学生生活に問題が出るほどでもなし、友人もフツーにいるし、悩みがないわけではないがそれも深刻と言うほどではない。まさに、いたってフツーの女子高校生である。
多少フツーでないところがあるとすれば、変人の誉れ高い父親と山のてっぺんに住んでいることだろうか。
まあ、山と言ってもたかだか200m程度だからたいしたことはない。
たいしたことはないが、山のほとんどが彼女の父親の持ち土地である。てっぺんに建てられた家は標準的なサイズとはいえ、ふた棟を渡り廊下で繋いだ構造で、そこそこ大きな敷地面積を占めている。
だが、だからといって彼女が金持ちの娘である、ということではない。ハウスキーパーがいるわけでもなく、庭に毛だらけでややこしい名前の高級犬を飼っているわけでもない。
それどころか三度三度のおさんどんはもちろん、掃除・洗濯などの家事は学業のかたわら夕美が毎日一所懸命に片付けている。母親が早くに亡くなって、娘ひとり父ひとりしかいないからである。
その父親はほとんど毎日家に居る。居て、別棟にこもっては日がな一日なにかをやっている。自営業ではない。いわゆる発明家、学者のたぐいだ。とはいえ夕美にしてみれば、だらしのないオッサンが毎日毎日やくたいもないガラクタで遊んでいるようにしか見えない。
だが低いとはいえ山ひとつ持っていて、そのてっぺんに陣取るように住んでいるし、その麓まで下ればそれなりの広さの土地であるにもかからわず、他にはなんぴとたりとも住まわせていない。
父親の父、すなわち祖父はもちろん、山が先祖伝来のもちものだという話はこれまで聞いたことがないから、やはりそのアマタあるらしい発明品が生み出すパテント料で山を手に入れ、しかもバカ高い税金を納めつつ今も過不足なく維持できているということになる。
ということは、ばかにならないレベルの収入を得られているパテントのはずだが、夕美にしてみればそれによる恩恵をなにひとつ受けている実感がなかった。
生活に困るほどではないにしろ、ようするに収入の大半は研究費などに消えているということに他ならない。
「あっ夕美、まって〜!新しいケータイ買いに行くのつきあってよ」
ある初夏の放課後。クラスメートの麻樹(まき)が化粧ポーチだのプリクラだらけの手帳だの…といった怪しげなものを手当たり次第に学生鞄に放り込みながら呼び止めた。ちらりと見ただけでも、教科書やノートのたぐいはそれに参加していないことが見て取れる。
「ケータイって…あれ?麻樹、あんたこの前、買うたとことちゃうのん」
「いつの話をしてんのよ、あれ去年の話じゃん」
「去年て…一年も経ってへんねんやんか。もったいない、やめとき」
「えー」
「だいいちあたしは夕飯の支度があんねん。寄り道なんかしてられへん」
「夕飯って…まだ4時だよ?こんな早くから何作るつもりなのさ」
「麻樹ちゃん、麻樹ちゃん」
同じくクラスメートの鈴(すず)が手招きして麻樹を呼んだ。「言わずもがな、だよ。きょうは、ほら。“あの人”が帰ってくる日なんだよ」
「あの人…えっ。夕美のお父さんの助手の?しばらく外国へいってたって、あの」
「ほんなら。まった明日〜〜」
物見高い彼女たちの、それ以上の詮索を嫌って夕美は早々に教室から飛び出した。
鈴の言ったように、今夜は父親の助手をしている瀬高ほづみの帰国祝いの意味で、なにか手の込んだご馳走を作ってやるつもりだからだ。
ほづみは父親の須藤耕介が数年前に教鞭を執っていた大学の教え子で、夕美がまだ小学生の頃から研究を手伝うために出入りしている。一昨年から耕介の代理として研究調査のために外国へ出向いていたが、今夜帰国する予定なのである。
「えーと。たけのこワカメ、さわらの西京味噌焼き、菜の花の白和え…ほづみ君、若いクセにじじむさいモンが好きやからなあ…あ〜。ハモはまだ早いか」帰り道のスーパーで献立を考えながらあれやこれやとカゴに放り込んでゆくのは楽しい。ただ、この大量の食材たちをかかえて山頂の家まで歩いて昇るのかと思うと、腕よりも気の方が重くなるのだが。
じつは、気が重くなる理由は他にあった。
ほづみが帰ってくるのは嬉しいのだが、彼が帰ってくるということは父・耕介がまたぞろ人騒がせな実験を大々的に再開するということでもあるからだ。
耕介とほづみが何の研究をし、何の実験をしているのかは夕美には解らない。解らないが、そのたびに毎回なんらかのろくでもない目に遭うことはたしかで、それに周辺の人を巻き込まないために今の特殊な住環境があるのである。
ふと、夕美は今から昇る山の上、家がある山頂をみやった。
人の手がほとんど入っていない昔のままの林の樹々に隠されているので直接は見えないが、一昨年、つまりほづみが出掛ける直前にふたりがやった実験を街の人で知らない人はいない。
夕美自身はその場にいた側なのでむしろ実感はないのだが、当時も同じ中学に通っていた麻樹いわく“真夜中に雷が落ちたのかと思って外を見たら、山からまっすぐ空へ向けてまばゆくぶっといビームが伸びていた”のだそうだ。
当然、警察や消防署もかけつけたが、実は彼らもそれほど心配はしていなかったという。山頂に耕介が居着くずっと以前から『須藤屋敷の怪異』にはすでに慣れっこになっていたんだそうだ。とはいえ、騒乱罪とか騒音罪とかで須藤耕介が任意同行の末、結局証拠不十分で不慮の落雷事故ということで誤魔化しきった、というのが今も耕介の自慢話である。
「はあ〜。なんでほづみ君、うちのお父ちゃんなんかとつるんでんねんやろ。その時点で人生棒に振っとるがな」
ほづみに逢える懐かしさと、この先に待っているであろう騒動への気鬱で悲喜こもごもの帰り道だった。
〈ACT:2へ続く〉
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フツーの女子高生だったアタシはフツーでないオヤジのせいで、フツーでない“ふぁいといっぱ〜つ!!”なヒロインになる…お話。