雪蓮達が許貢の征伐に向かって、約一週間ほど経った。
戦場からの知らせによると、戦況は雪蓮達孫呉の優勢で進んでいるとの事だ。
現在、許貢の本拠地の城を取り囲み、降伏を呼びかけているところらしい。
これで許貢がおとなしく降伏して投降してくれるんならいいんだけど・・・。
こっそり曹魏に落ち延びるというのならまだしも、もしかしたらなりふり構わず雪蓮達に特攻を仕掛ける、もしくは城を枕に自害する等という可能性もあり得るわけだ。
そうなった場合はまず確実に生き残った許貢の食客は雪蓮に恨みを持って、暗殺をしようとするだろう。
こんな事なら許貢を攻めるな、と言えば良かったかなとも考えてしまったが、そうしたらそうしたで曹操が許貢と連携して攻めてきて厄介なことになる。どの道攻めるしか無かったって事か・・・。
まあもう既に許貢との戦は始まってしまっている。今更くよくよ悩んだところで仕方がない。
もしも許貢が死んだのなら、また別の方策を立てるとしよう。
そう結論付けた俺は再びそれぞれの獲物を手に向かい合っている愛紗と咲耶に目を向けた。
今、俺達は兵の演習に使われる広場に居る。
理由は、元々俺と愛紗の武術の鍛錬の為だったんだけど、途中で咲耶が自分も混ぜてくれと言ってきたため、愛紗が咲耶の稽古の相手をすることになったわけだ。
「せいやあああああああ!!!」
しばらくの沈黙の後、咲耶は裂帛の気合と共にフランベルジェ型の長剣『炎蛇』で、愛紗に斬りかかった。
「ふっ!」
それを愛紗は紙一重で回避する。
そしてそのまま咲耶の後ろに回り込む。
「はあああああああああ!!!!」
「甘い!」
咲耶は背後に回り込んだ愛紗に振り返りつつ炎蛇を振るう、が、それもまた愛紗はあっさりと回避してしまう。
ちなみにここまで愛紗は、一度も咲耶に反撃もしくは攻撃をしていない。
今回の稽古では、愛紗はいっさい武器を使って攻撃、反撃せず、ただ咲耶の攻撃を避ける、もしくは素手で捌いてもらうというルールで行っている。そして愛紗に一度でも攻撃を掠らせる、当てる、若しくは武器を使わせられれば咲耶の勝利、としたのだ。
咲耶は愛紗と自分との力量差を熟知していたためか、素直に承知してくれた。
ただ、若干不満そうだったけど・・・。
「せいっ!!はあっ!!やあっ!!」
「まだまだ!!お前の実力はその程度か!!」
「はあ・・・はあ・・・、まだです!!」
息一つ切らしていない愛紗に対して、咲耶はもう息も絶え絶え、疲労の極みといった状態だ。それでもなお、彼女は剣を振りかざして愛紗に立ち向かっていく。
「その心意気は見事、だが・・・・・」
愛紗はとっさに咲耶の懐に入り込み、咲耶の服の襟と裾を掴み・・・、
「あっ・・・・」
「ここまでだ」
咲耶を地面に投げ飛ばした。
「あぐっ!!う・・・があ・・・」
受身も取れずに硬い地面に叩き付けられた咲耶は背中に走る激痛のせいで動けそうになかった。
勝負あり、だな。
愛紗は仰向けに倒れた咲耶に近づいて手を差し伸べた。
咲耶は荒い息をあげながら愛紗の手をじっと見つめていたが、やがて手を延ばして愛紗の手をぎゅっと掴むと愛紗に引っ張りあげられるようにして立ち上がった。
「はあ・・・はあ・・・また、一発も当てられませんでした・・・」
「ああ、だがお前も随分といい動きをするようになった。最初に稽古したときよりずっと成長しているぞ」
愛紗の言うとおり、咲耶は最初の頃よりずっと成長していた。
初めの頃は、せいぜい約10秒持つか持たないか程度だったのに、今では時には愛紗に武器を抜かせる程の立ち回りを見せることもある。
だが、咲耶はその愛紗の言葉に対し、力なく首を横に振った。
「いいえ、私なんてまだまだです。まだ関平様には全然及びません」
「まあ、そうだけどさ、あんまり焦る必要は無いと思うよ?少しづつ強くなっていけば・・・」
「それでは間に合わないんです!!父の仇を討てないんです!!また、また大切な物を失ってしまうんです!!」
咲耶は俺の声を遮って、悲痛な声でそう叫ぶ。
その声のあまりの激しさに、俺は口を閉じた。
「!?しっ失礼しました!!」
咲耶は自分が激しい口調をしていたことに気が付いたのか、すぐに頭を下げて俺たちに謝った。
「も、申し訳ありません・・・。でも、でももっと強くならなければならないんです・・・、もっと、強く・・・」
咲耶はそう呟きながら、訓練場を後にした。
俺達は黙って彼女の後姿を見送った。
「ご主人様・・・、咲耶は・・・」
「・・・まあ、今は黙って見守るしかないよ。愛紗」
「・・・はい」
俺の言葉をきいた愛紗は再び視線を咲耶に戻し、複雑な表情で彼女を見送った。
次の日、雪蓮達が戦を終えて建業に戻ってきたんだが、そこで俺は驚くべき知らせを聞くこととなった。
「許貢が自害した!?」
「ええ、城が陥落して内部に潜入したら、もうすでに首を掻き切って自害していたわ・・・。虜囚の辱めを受けるくらいなら、死を、ってことでしょうね・・・・」
「城にいた兵の大半はわれらに帰順した、が、数十人ほど許貢の側近くに仕えていた者達が逃げ出したのだそうだ」
雪蓮と冥琳の話を聞きながら俺は内心焦っていた。
許貢が自害した、まずいことになったな・・・。
雪蓮に殺されたわけではないにしても、攻められて自害したのなら同じようなものだ。
さらに逃げ出した許貢の側近・・・。
可能性としては曹魏に向かったか・・・。
それとも暗殺の為に身を潜めているか・・・・。
いずれにせよこれで雪蓮が暗殺される可能性が高くなってきた。
「北郷殿、いかがされる?」
「・・・とりあえず雪蓮は一人で出歩かないように。外に出るときは誰か護衛をつけるように」
「え~、大げさよ一刀~」
「暗殺されたいのなら、一人で出歩いてもいいけど?」
「うっ・・・・・」
俺の反論を聞いた雪蓮は言葉に詰まって押し黙った。それを見て冥琳は溜息をついた。
「北郷殿の言うとおり、これから雪蓮は一人で行動するのは禁止だ。外に出るには必ず思春か明命を連れて行くように」
「はいはい、分かったわよ。私だってまだ命は惜しいし」
雪蓮は溜息を吐きながら俺達の言葉に承知してくれた。
護衛が付く、とはいっても確実に暗殺されなくなったわけじゃあない。
これからどうなるのか・・・。
「あ、そうそう一刀、これ、お土産」
そう言って雪蓮は俺になにやら首飾りを差し出してきた。
「?何だこの首飾り」
「許貢の城の中を捜索してたら、宝物庫の中にあったのよ。私は別に装飾品とかに興味は無いから一刀にあげる」
俺は雪蓮に言われるままに首飾りを受け取って、それをじっくりと見てみた。
見た感じ相当古い首飾りだな・・・。
でも飾られている宝石とか装飾なんかを見てみると、相当高価なものだと分かる。
それこそまるで王侯が身に付けるような・・・。
「随分古い首飾りだけど・・・、どういう物か分かるかな、雪連」
「私に分かるわけないでしょ?冥琳も分からないって言ってたし」
「ああ、こういうものについては私よりも藍里に聞いたほうがいいな。まあ、あいにく藍里は任務でここにはいないんだが」
だよなあ・・・。愛紗もこういうものについては疎いし・・・。
まあ折角だし、貰っておくかな。
そう考えた俺は首飾りを胸ポケットに入れた。
この首飾りが後々とんでもない事態を巻き起こすとも知らずに。
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皆さんお待たせいたしました。
第三十八話投稿完了しました。
今回は暗殺編の序盤、と言ったところでしょうか。
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