No.19795

2027 The day after 完結編・転

136さん

2027 The day after 三部作、最終章です。

2008-07-17 22:48:44 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:761   閲覧ユーザー数:733

2027 The day after 完結編・転

 

9.青のこころ

 

ベース内、青の病室。

その後、青の看護はベースに居ついてしまった央の仕事になっていた。何を言おうと何も反応しない青に、優も愛も手を焼いていた。そんな時、央が自分にやらせてくれと申し出たのだ。彼女は青が反応しなかろうとなんだろうと、とにかく一方的に会話が出来る性格なので、その看護にはうってつけの人材だった。

「でね、お母さんたら言うんですよ。牛乳飲まないと将来胸が大きくなりませんよ!って。そんな、まだ物心ついて間もない子供にそんな事言ったってしょうがないのにね。」

央は楽しそうに母親の昔話を語って聞かせる。その傍ら、その手は持ち込んだ工具でアクセサリーの加工をしていた。

「それだけじゃないんですよ。他にも・・・あら?」

央は言いながらふと手元から視線を上げると、青がこちらをじっと見ている事に気付いた。その視線の行方を辿ると、自分の手元、アクセサリーの加工を興味深そうに見ていた。いや、無表情なので実の所は判らないが、央にはそう感じられた。

「あら、ひょっとして面白いですか?」

「・・・わからない。」

央の言葉にやはりわからないで返す青。彼女には面白いという感情すらなかった。だが、初めて見る事に好奇心を刺激されていたのは確かだった。

「そうですか・・・ちょっとやってみます?」

青は少しだけ驚いたような表情を見せ、小さく頷いた。

 

「ほら、そうやって・・・そうそう!上手い上手い!」

央は、取りあえず簡単なアクセサリーの加工を一からやらせてみる事にした。工程を全て経験する事で、出来上がりの喜びを感じてもらおうと思ったのだ。彼女が選んだ教材はブローチ。初心者に加工させるのにサイズも小さ過ぎず大き過ぎず、手頃だと思ったのだ。

「じゃあ次はこうやってみて下さい・・・そうそう!青ちゃん、飲み込みが早いですね!」

央がブローチの素材をリューターで削ってみせると、青も自分の素材を同じように削る。ゆっくりではあったが、見たとおり正確に作業を再現した。その作業中にも青は無表情だったが、央にはわずかに表情をほころばせている、そんな風に見えた。

「はい!あとはこうやって、完成ー!」

青も同じ作業を真似、ブローチを完成させた。

「青ちゃんすごい!教えたっていきなり出来る人って滅多にいないですよ!」

青は央がそういう傍で、出来上がったブローチを見つめていた。

「あれっ?」

央は青の表情が明らかに変わったのに気がついた。ほんのわずかにではあったが、今度は確かに微笑を浮かべていた。

「青ちゃん笑った!」

央は嬉しそうに言う。

「笑ってる・・・私が?」

その本人は笑っている自覚が無いようだったが、その心の中では確かに今まで知らなかった感情を自覚していた。

「なんだろう・・・出来上がった時に、こう、なんとも言えない気持ちになった。」

央は青の言葉に首を傾げる。それもそうだ。青は”嬉しい”という感情を持ったのだが、初めて体験するこの感情を表現する単語を知らなかったのだ。そして央は嬉しいという言葉の使いどころが判らないなどという事は想像も出来なかったのだ。

「それじゃ、青ちゃん、私が作ったのはあなたにプレゼント。あなたが作ったのは私に頂戴!」

きょとんとする青。だが、央がブローチを差し出すと自分も手の中のブローチを差し出す。

「えへへ。お互いの記念だよ。それじゃ付けてあげるね・・・」

央は彼女の胸の真ん中にブローチをつけた。

「うん、似合う似合う。」

青は自分の胸を見下ろし、また少し微笑んだ。

 

「うん、動かぬ証拠だね。14、よくやってくれた。」

クラウスは執務室で回収された写真を確認、ベースにセンチュリオンの引渡しを迫る大義名分を得ていた。そして机上のマイクでタイラスに代わって就任した司令官に命令を出した。

「よし、これより彼らのベースに侵攻を掛けるぞ!全軍出撃準備!私はダイモスを呼び出す!」

そしてクラウスは目を閉じ、能力を発動させる。その能力でダイモスは遠隔操作される。

「ただ・・・問題はタイラスか。いまだ15から撃沈の報告は無い・・・何をやっている。」

クラウスは苛ついたようにそう言うと、軽い舌打ちとともに執務室を後にした。

 

そのタイラスは脱走してからその後、逃走した訳ではなかった。アクロポリス近海に身を潜め、クラウスが動くのをじっと待っていたのだ。クラウスが動く時はダイモスが動く時。ダイモスの所在を知らないタイラスにはそうする他ダイモスを破壊する手段は無かった。しかしあれからかれこれ一週間が経ち、艦内の食糧も底をつきかけて来た。いくら原潜とはいえ、食糧だけは無尽蔵ではない。タイラスは一旦撤退する事を考え始めていた。

「さすがにそろそろ補給しに戻らねばならんが・・・いつになったらクラウスは動く!?」

「司令!」

そこへソナーが声を上げる。

「なんだ?」

「海底に異常!これは・・・隆起していきます!」

「なんだと・・・?」

カスタリア前方には砂の海底が広がっていたが、その一部分が隆起し始めていた。

「ちょっと待ってください・・・これは構造物です。このサイズの球体・・・!間違いありません!ダイモスです!」

「く・・・くくく・・・はははは!ようやく現れたかダイモス!やはりアクロポリス付近に隠してあったな!」

タイラスはそう言うと傍らにいたペンタの背中のカバーを開き、対ダイモス能力の強制発動ボタンを押した。しかし、ペンタは何も反応する事は無かった。

「ち・・・やはりまだ目覚めてはいないか・・・仕方ない。連中が移動を始めたら後を尾ける!幸いこのカスタリア、音紋はアイオーンとほぼ同じ。艦隊に紛れ込む事は容易い。バラストタンク排水!ダイモスに合わせ、徐々に浮上せよ!」

 

そしてクラウスはダイモスに乗り込んだ。乗員は彼一人である。彼はコントロール用のヘルメットを―――マスターの物と同じ物を―――被り、指示を出した。

「よし・・・今度こそ私の生を確かなものにさせてもらうよ、鳴海君・・・全艦全速前進!」

推進を始める艦隊。カスタリアはその背後を静かに追っていった。

 

その翌日、ベースのドックにケイの艦が哨戒任務を終えて帰ってきた。ドックに降り立ったケイは、何かいつもと違うものを感じた。

「あれ?キース・・・」

そう、いつもなら帰って来ると必ず出迎えるキースが今日に限っていないのだ。

「珍しい事もあるもんだね・・・あ、ねえ!キースがいないけどどうしたんだい?」

彼女は手近にいた作業員に訊いてみた。

「え、キース?あいつなら数十人も海賊連れて、船でどこか行ったけど?」

「ふーん・・・そう。」

彼女は最近キースの事が気になり始めていた。父親とは違うタイプの男、しかし何故か惹かれるものがあったのだ。それは恵介と対面させられた、あのお節介から感じていた感情なのかもしれない。

「なんだい、何にも言わずに留守にするなんてさ・・・あれ?」

彼女は独り言を言いながらドックを見渡すと、ドック脇の作業スペースに、その場にそぐわない人物を見つけた。青と央だった。

青は、アクセサリー作りを気に入り、その後も央に作らせる事をせがんだ。央はブローチばかり作らせてもと思ったが手持ちの工具で作れそうなのはブローチぐらい。そこで作業スペースで工具を借り、色々なアクセサリー作りを教えていたのだ。その足元には既にかなりの数の完成品が並んでいた。

「へえ・・・」

アクセサリー作りをする青の表情を見てケイは感嘆の声を上げた。

彼女が見たのは、あれだけ表情の乏しかった青が楽しそうに央と笑いあう姿だった。

10.嵐の前

 

その後、体力をほぼ回復させた青はすっかり央に懐き、何をするにも彼女と一緒だった。その反面、央以外にはいまだに心を開けず、誰かに話しかけられようものなら央の後ろに隠れてしまう。そう、その姿はまるで子供のようだった。その央以外で彼女とある程度話をする事が出来るのは、最初に彼女の看護に当たった愛と優ぐらいだった。

「で、まだ記憶は戻らないのかな?」

「・・・はい。」

優の問いかけに青は力なく答える他なかった。ここはベースに居ついた央に与えられた彼女の部屋。回復した青はここで央に面倒を見られていた。そして優と愛は青の様子を見に来ていた。

「そっか・・・まあ焦る事はないよ。その内何か思い出すって。」

優の言葉に青は胸が苦しくなるのを感じた。彼女は良心の呵責というものを生まれて初めて体験していたのだ。

(私は・・・この人たちに不利益な事をしている。そう思うと胸が苦しくなる。これは何?)

青はそう思うと彼女には理解できない不安を感じていた。その不安ですらも彼女には初めて体験する感情だった。彼女はベースに来てからというもの、心のリハビリをしているようなものだった。あらゆる感情が彼女の中で芽生えていた。喜び、悲しみ、楽しさ、不安・・・そして人を好きになる事。そんな青の様子を見た央は彼女に声をかける。

「心配しなくてもいいよ、青ちゃんが良ければここにずっといたっていいんだからね。」

「お、自分も居候の分際で言うねえ。」

そこへ優が冗談を言う。

「そんなお母さん、そこは親子の絆って事でどうか。」

笑う三人。その様子を見て青も微笑む。青は自分を笑わせてくれる度に彼女達の事が好きになっていった。しかし、それと同時に胸の痛みも強くなって行くのだった。

 

その頃、ベース沖合いの警戒水域外にはクラウス率いる艦隊が到着しようとしていた。

「よし、向こうの警戒水域を囲む陣形を取る。全艦展開せよ。」

クラウスの艦隊は総数五十隻ほど。その大艦隊でベースの周りをぐるりと包囲しようというのだ。

「陣形が整うまで待機!さて、待たせたね鳴海君。今行くよ。」

クラウスはそう言いながら口元を歪ませた。

 

「・・・・・!」

その時、病室で看護に当たっていた優と愛は同時に能力を発動させていた。

「これって・・・あの時の悪意・・・!」

優が呟く。

「なんで・・なんで?あの悪意の持ち主はマスターじゃなかったの?」

愛は震えだした。

「くっ・・・!」

その時ドックにいたケイも同じ感覚を覚えた。

「これが・・・クラウス?なんて悪意だ。吐き気がする・・・」

そして三人に、悪意より遅れて沖合いのダイモスの姿の映像が見えた。

「フォボス・・・!そうか、これがダイモス・・・愛!」

優はそう言うと、愛を促し病室を出て走り出した。

「そうか、これがダイモスかい・・・ふざけた艦だね。キース!・・・はいないんだったね。

誰か、長老、それと父さんを呼んでくれ!」

ケイはドック内に響き渡る声で叫んだ。

 

そしてドックに長老、恵介、それに愛と優がやってきた。

「急いでくれ!奴らはもうそこまで来てる!」

ドック内に入ってきた長老を確認するとケイは叫んだ。

「ダイモスが・・・来てるって!?」

恵介はケイに訊ねる。

「そうなんだ父さん。奴らとうとう動き出した・・・!」

「よし、館内放送で全スタッフに通達じゃ。潜水艦乗組員は戦闘配置につき、迎撃準備せよ、とな。」

長老が指示を出した。

 

そして館内放送が流され、ドックには潜水艦クルー、そして海賊たちがわらわらとやって来た。

「へへっ、ついにやる気になってくれたようだな、爺さん。」

長老の元に歩いて来た、件の元海賊が嬉しそうな笑顔を見せて言う。

「おい、てめえら逃げようなんて考えるなよ!やっとこのベースに恩を返せる時が来たんだ!根性見せてみろ!」

この元海賊は、いつの間にか海賊たちのリーダー格になっていたらしい、その言葉にその場の海賊たちは呼応の叫びを上げた。

 

そして、海賊たちは各々の艦に乗り込んで行く。そしてセンチュリオンのクルー達もその場に集まっていた。

「よし、みんな、行くぞ!」

「待って!」

そう言ってセンチュリオンに向かおうとした恵介を優が呼び止めた。

「私も行く!」

「優・・・気持ちは解るが、お前は本来戦闘員じゃないんだ。危険な目に遭わせる訳には・・・」

「私は戦うって言ったでしょ!?確かにもう過去へ帰るための戦いじゃ無くなったかもしれない。でも、私は央を守らなくちゃいけない。これは他の誰にも出来ない私の仕事よ!」

「・・・そうか。よし、わかった。来い!」

「恵介!」

長老が恵介に呼びかけた。

「よいか、間違っても前線に出るでないぞ。ダイモスのゲートは不可視じゃ。愛と優、ケイにも見えん。迂闊に近寄れば通過させられるかも知れんからの。」

「・・・はい、分かりました!」

そして恵介はセンチュリオンに向かって走り出した。その後をクルー達、そして優と愛が追う。

「さあて、あたいらも行くか!」

「ケイよ。」

長老、今度はケイを呼び止める。

「ん、なんだい、じいちゃん。」

「奴らは島の周囲を囲もうとしているはずじゃ。まだその包囲は完成してないじゃろう。ダイモスの位置はベース正面じゃったの?」

「ああ、そうだよ。」

「ではお前さんらは海賊の艦数隻を指揮して、その反対側の防衛に当たって欲しいんじゃ。」

「つまり島の裏側?」

「そうじゃ。なんとしてもその場所は死守して欲しい。」

「ん・・・わかった。父さんと一緒に戦いたかった所だけどね。じいちゃんの言う事に間違いは無いもんな!」

ケイはそう言って歯を見せて笑うと、自分の艦に向かって走って行った。

 

そしてほとんどの艦がドックを離れて行った。その様子をドックの片隅から一人見守る者がいた。紫がかった深い青の瞳を持つ女性―――青だった。青はドックを見渡すと、一隻だけ残された潜水艦を見つけた。それはキースが連れ出した海賊達の艦だった。青はその方向に向かって歩き出す。と、

「青ちゃん!」

その背後から央の呼ぶ声が聞こえた。

「どこいくの?だめよ、部屋に戻って・・・」

しかし央の言葉に青は振り向かず、その場から走り出した。

「あ、青ちゃん!?」

央は訳も解らず後を追う。やがて青は残された潜水艦に飛び移り、デッキのハッチを開けた。

「待って!青ちゃん!何をするの!?」

央の呼び掛けに青は動きを止めた。そして央を見下ろすと、

「あなたは・・・あなたたちは私が守る。」

ゆっくりとそう言った。

「守るって、青ちゃんがそんな事しなくてもいいんだよ!駄目だよ戻ってきて!」

その央の言葉に青は首を振りながら言う。

「これは、この事態は私の責任・・・センチュリオンがここにあるという事を主に教え、攻撃の口実を与えたのはこの私。だからこれは私がしなければいけない事・・・」

央はその青の言葉に愕然とした。

「そんな・・・嘘だよね?ううん!本当でもいい!青ちゃんは青ちゃんなんだから!戻ってきてよ!」

その言葉に青は微笑んだ。

「ありがとう・・・名前をくれてありがとう・・・心を、喜びを悲しみを、慈しむ心をくれてありがとう。」

彼女はそう言い残し、ハッチに滑り込んだ。その言葉を聞いた央は衝撃を受けた。

「なによそれ・・・それってまるでお別れの言葉じゃない!」

 

青は発令室に来た。そしてコントロールパネルの一つの前に立つとパネルの一つを開き、その中の端子に手を触れた。すると艦の制御系統が起動し、タービンが回りだした。これが彼女の能力だった。電子回路を読み、操作し、この場合なら乗っている潜水艦を一人で、意のままに操る事が出来るのだ。

 

そして青の乗る艦はゆっくりドックを離れていく。

「待って!お願い、誰か止めて!あれには青ちゃんが乗ってるの!きっと、彼女死ぬ気だわ!」

央は叫ぶが、動き始めた潜水艦をドックから止めるなどという事が出来る訳が無い。

「駄目!行っちゃだめえええええええ!」

艦を追いかけながら泣き叫ぶ央。艦はドックの出口をくぐり、そして潜航を開始。その艦影はあっという間に見えなくなった。

 

央はドックの突端で膝を突き、嗚咽を上げ泣き崩れた。

11.失われた切り札

 

「どうやらこちらは”見られた”ようだね。まあ能力者は向こうの方が多い。それも当然か。ならば警戒水域の外で待つ事も無いな。よし、全艦微速前進。包囲の輪を縮めるぞ。」

クラウスは遠視された事を感じ取り、作戦を修正した。

「では紳士的に行こうか。通信回線を開け。彼らにセンチュリオンの引渡しを申し入れる。」

 

ベース、管制室。

「長老!クラウスから通信が入りました!」

通信士が叫ぶ。

「流してくれるか。応答しよう。」

通信士はスピーカーに音声を切り替えた。やがてクラウスの声が聞こえて来た。

「こちらはアクロポリス執務官、クラウスだ。今回はある申し入れのために無礼させてもらっている。」

「何が言いたい。遠回しにしとらんで、はっきり言わんか!」

長老は強い意志を感じさせる声でそう言った。

「ふん・・・話が早くていいね。なら本題だ。監査を申し込む。そしてそこにセンチュリオンがあったなら、乗組員共々引き渡して欲しい。」

「ふん・・・嫌だと言ったら?」

「そうだね、こちらにはそこにセンチュリオンがあるという証拠もある。武力行使も辞さないよ。」

「そうか・・・しかしこちらの答えは決まっておってのう。」

「ほう、では聞かせてくれないか?」

「断る。」

「・・・残念だよ。せっかくそれだけ長生きしたのに死に急ぐ事も無かろうに・・・」

通信は切れた。

 

「状況は・・・ふふふ、ぞろぞろと出て来ているな海賊ども。数は・・・30という所か。数ではこちらの方が上、加えてダイモスが作るアイオーン、貴様らに勝ち目など無い・・・全艦攻撃開始だ。」

クラウスの命令と同時にアイオーンは一斉に動き出す。

「来たぞ!敵の位置を見失うんじゃねえぞ!全艦散開!」

それに合わせて海賊のリーダも指示を出す。全潜水艦が入り乱れての戦闘が始まった。

 

「始まったか・・・」

その様子を、ダイモスの後方で息を潜めていたカスタリア内でタイラスがモニターしていた。

「今ペンタが覚醒していれば・・・ダイモスを沈めるなど造作も無かろうに・・・」

タイラスはそう言って歯噛みする。

「まあ今は傍観する他無いという事か。ダイモスがアイオーンを作るスピードがどれ程かにもよるが、最悪、あれに頼る事になるかも知れんな・・・」

そんなタイラスの思惑も関係無しに、ペンタは発令室内をぐるぐる歩き回っていた。

 

「敵艦隊、本艦左舷に展開中、魚雷発射可能距離内に数6。密集隊形で接近して来ます。」

優が状況を報告する。

「よし、その周囲に友軍がいない事を確認したら艦隊の両端に向けて魚雷を撃つ!」

「・・・俺の判断が全て正しいと言うなら、全艦撃沈して見せろ。」

恵介は一人呟く。

「確認します・・・友軍艦はいません。敵艦隊までオールクリア。」

恵介の指示に愛が答えた。

「よし、発射!」

四門の発射管から魚雷は発射された。二本ずつ、左右に分かれて行く。

「すぐに次の魚雷装填!目標、敵艦隊中央!」

そして第二撃が放たれた。

「敵艦デコイ発射しました!」

「遅い!」

優の報告に恵介が叫ぶ。

浅い海域での戦闘故、もともと上下には逃げられる余地は少なく、左右への魚雷で逃げ場を失っていたアイオーン艦隊はデコイを撃ったものの近距離での炸裂を許してしまった。都合八本の魚雷爆破の衝撃は、容赦なく艦の外殻を痛めつけた。

「敵艦、沈黙しました。」

愛の声が発令室に響いた。

 

「敵艦左右より接近、左が三隻、右が二隻じゃ。」

ケイの艦は今島の裏側に回り込み、敵艦を迎撃する所だった。

「こちらの僚艦は5隻、こいつらの腕にもよるけど、まあ軽いもんだね。よし!一番から三番艦は左、四番艦、五番艦は右の相手をしてやりな!当艦は右を援護する!二番艦、五番艦、音響魚雷用意!」

「敵艦魚雷発射しおった。距離8000。」

「舐められたもんだね、そんな距離からの魚雷、無駄弾だよ!四番艦、妨害パルス!二番艦、五番艦、音響魚雷発射!」

アイオーンの魚雷は妨害パルスによって目標を見失った。そして音響魚雷はそのまま真っ直ぐ突き進む。

「奴らの音響センサーをぶっ壊せ!全ソナー!ヘッドホン外せ!」

ケイの指示で全艦のソナーがヘッドホンを外した。その直後、音響魚雷は大音響を発する。そして五隻のアイオーンはelの”耳”を破壊され、ソナー機能を失った。

「奴らはヘッドホンなんか付けてない。艦に直接耳がついてるようなもんだからね。これで奴らの目は奪った。さあ、お前らあとは好きにやりな!」

ケイの指示の元、海賊たちは勝手に魚雷を撃つ。アイオーンはその接近を探知できず、無抵抗で魚雷を食らった。それは一方的な戦闘だった。

 

「ほう、なかなか景気がいいね。しかしまだまだアイオーンは増えるよ。果たして魚雷が持つかな・・・?」

その状況を見てクラウスは余裕たっぷりに笑った。

 

そして、20隻ほどのアイオーンが沈められるに至ったが、沈める後から新しいアイオーンが現れる。海賊たちも善戦していたが、どうにも減らない敵に疲弊が見え始めていた。そして包囲の輪はじりじりと小さくなって行った。

 

戦況はベース側の不利に傾いて行く。それを見て取ったタイラスは腰を上げた。

「やはり難しかったか。仕方ない、AAJSを起動しろ!」

AAJS、対アイオーンジャミングシステム。海賊殲滅作戦でカスタリア2に装備され、全アイオーンを一時沈黙させた後、カスタリア2の自爆を招いたあの装置である。旗艦故に特殊装備は付けられない、それは欺瞞だった。カスタリアにもこの装置は装備されていたのである。

「オーバーロードに気をつけろ!自爆したら元も子も無いからな!」

「了解、AAJS起動します。」

タイラスの号令で起動するAAJS。カスタリアの艦首が二つに割れ、「顔」が現れ、その「目」が光った。

そして全アイオーンは一瞬でその機能を停止した。

「これは・・・例の装置か!?いるな!タイラス!」

クラウスは叫ぶ。

 

「敵が・・・動きを止めます!機関を停止したようです!」

その状況を優が報告した。

「何が起きた?いやなんであれこれはチャンスだ!魚雷発射用意!」

 

「駄目です!elをハッキングする時間までは取れません!このままではオーバーロードします!」

「元よりそこまでは望んではいない。構わん、止めろ。一時的にでも奴らの動きが止まればいい。」

オペレーターの報告にタイラスは装置の停止を命じた。そう、AAJSはelを停止させ、その間にハッキングをかけて支配下に置くシステムだった。ただし未完成なシステムで、連続稼動はオーバーロードを招き、装置そのものの爆発を引き起こす危険があるという代物だった。

「クラウスに通信を繋げ!」

タイラスの命で通信士がダイモスに通信を繋ぐ。そして隙だらけのアイオーンが次々と沈められる中、クラウスの応答が帰ってきた。

「タイラス・・・まさかこんな近くにいるとはね。不覚だったよ。」

「クラウス、お前の負けだ。アイオーンを再起動してみろ。マスターと同じ運命を辿る事になるぞ。」

タイラスのその言葉はブラフだった。

「ふ・・・くくく、ははははは!」

タイラスの言葉にクラウスは笑った。

「私が君という獅子身中の虫を抱えているというのにその対策を取らないとでも思っているのかい?」

「何?」

「アイオーン再起動だ!」

動きを止めていたアイオーンは再び動き出した。ダイモスに対しての攻撃は、なされなかった。クラウスは勝ち誇ったように言う。

「その後elにはAAJSのハッキングに対するプロテクトを施してある。もちろんダイモスに作らせてい

るelも同様だね。」

「くっ・・・」

タイラスは歯噛みした。

「それに、そちらはそろそろ自爆する頃じゃないのか?自爆しないなら、ハッキングする前に装置を

止めた、って事じゃないのかな?」

「ふん、お見通しか・・・」

「後方より潜水艦!」

「何っ!」

カスタリアのソナーが艦影をキャッチした。後方からかなりのスピードで接近して来る。

「ふん・・・15か。何をやっていたのやら。目標はここにいたというのにね。」

クラウスはモニターに映ったナンバー15の艦を見て吐き捨てた。

「魚雷・・・発射。」

ナンバー15の能力はナンバー14、つまり青と同じ物だった。この艦には彼女しか乗っていない。

「後方の艦、魚雷発射しました!数2、距離5000!」

「デコイ発射だ!」

叫ぶタイラス。しかしその魚雷にデコイは通用しなかった。ナンバー15が「直接」操っていたのだ。

「デコイと魚雷、すれ違います!」

「なんだと!誘導魚雷ではなかったのか!?」

「いいえ、明らかに自律的に軌道を修正しています!これは誘導されています!有線でもあり

ません!」

「どういう事だ!?ええい、艦首バラストタンク排水!アップトリム最大!緊急浮上!」

カスタリアは海面に向かって急浮上していく。しかし魚雷の追跡は振り切れる物ではなかった。

「総員、衝撃に備えろ!」

タイラスがそう叫んだ直後、艦首は海面を突き抜けた。それと同時に艦尾に魚雷が命中した。艦内を衝撃が襲った。そしてカスタリアは推進部を丸ごと失った。海面を突き抜けた艦首が海面に叩き付けられる。その振動が収まった所でオペレーターが報告した。

「推進部大破!機関部は無事ですが激しい漏水が確認されました!」

「これまでか・・・総員脱出せよ!この艦はこの場で破棄する!」

タイラスは回避が不可能と見るや、水中での直撃を避けるべく浮上したのだ。衝撃が伝わりやすい水中よりは、浮上していた方が艦全体へのダメージは少ない。更に命中後は脱出も可能。そこまで見越しての浮上だった。そして脱出命令を出したタイラスは周りを見渡した。

「ペンタは!ペンタはどこへ行った!?」

ペンタはいつの間にか発令室から姿を消していた。

「ちいっ・・・仕方が無い!このまま脱出するぞ!」

タイラスはラダーを登りデッキへ出た。すでに全クルーは脱出、三艘のゴムボートに分かれて乗っていた。

「司令!早く!」

クルーの一人がタイラスを促す。タイラスはそのまま海に飛び込み、クルー達によって引き上げられた。

「すぐにカスタリアから離れろ!引き込まれるぞ!」

カスタリアは艦尾から沈み始め、やがて艦首を持ち上げて沈んでいった。

「切り札を・・・失ってしまったか・・・」

沈み行くカスタリアを見ながら呟くタイラス。クルー達は敬礼して艦の最期を見送っていた。ナンバー15はそれを確認すると回頭し、戻っていった。

 

その後も数を減らさないアイオーン。海賊たちの戦力は自然に分散されていった。そしてその結果センチュリオンは孤立状態にあった。

「今が・・・チャンスだな。ゲートを展開する。よし、15、そのままセンチュリオンに体当たりを仕掛けろ。君の能力なら簡単なはずだ。適当に手加減して航行不能にしてくれればいい。後はそのままこちらから接近してゲートをくぐらせる。」

その状況を見たクラウスが動いた。

「かしこまりました。」

ナンバー15はセンチュリオンに向けて回頭、前進を開始した。

「敵艦一隻、こちらに突っ込んで来ます!」

優がその動きを捉えた。

「一隻?何を考えている・・・よし、その艦に向け、魚雷発射だ!」

そして二本の魚雷が放たれた。愛はその動きを追う

「魚雷、敵艦まで距離3000・・・2000・・・あと5秒で命中・・・えっ!」

「どうした?」

「避けられました!そんな、あの状態から回避されるなんて・・・」

言わば艦と一体になっているナンバー15。彼女にとって二本程度の魚雷をやり過ごすのは造作も無い事だった。

「くっ・・・第二撃は!?」

「近過ぎます!魚雷は撃てません!敵艦なおも接近します!」

優が叫ぶ。

「体当たりか!艦首バラストタンク注水!ダウントリム60!急速潜航!」

「駄目です!このままでは艦尾に接触されます!」

「しまった!狙いはそれか・・・!」

呻くように叫ぶ恵介。

「待って!右前方にタービン音!海賊の艦です!敵艦に並びかけます!」

それはそれまでセンチュリオンの近くで息を潜めていた青の艦だった。青の艦は間一髪、ナンバー15の艦の斜め後方から艦側をこすり付けるようにセンチュリオンとの間に割って入った。二隻は接触したままセンチュリオンに対し後方へ通り過ぎて行く。

「ナンバー14・・・だな。何をしている?」

「私はセンチュリオンを守る。私は私に心をくれた大切な友達を守る。」

青はそのままナンバー15の艦を押し出すように操艦、大きな円軌道を描いて180度回頭させる。

「心・・・?」

ナンバー15は青の発した言葉を理解出来なかった。

「・・・可哀相に。この気持ちを知らずにいるなんて。」

その様子を感じ取った青は、彼女に哀れみを感じた。

「心?気持ち・・・?私たちにそんな物は不必要だ。」

「私もそう思っていた。央に会うまでは。今あなたに感じている哀れみも彼女がくれた物。」

「まどか?」

「そう、彼女は私に沢山の物をくれた。それは私にとって全てが大切な物になった。」

「戯言を・・・」

ナンバー15は青に押されている方向に艦を振り、直後逆に振り直して青の艦にぶつけてきた。両艦はもつれるようにダイモスの方へと向かって行く。

「これは反逆と見なす。沈みなさい、ナンバー14。」

「違う・・・」

青は呟く。

「違う!私の名は青!央に付けてもらった大切な名前だ!」

彼女は生まれて初めて大声で叫んだ。そして青は後ろを振り向く。彼女の目はソナーからの情報を変換し、その網膜に外の様子を映し出していた。

「センチュリオンまで距離3000・・・もう十分な距離・・・」

そして今度は前方を向く。

「前方からアイオーン7隻・・・その後ろにダイモス・・・」

青は決心した。

「全魚雷、セーフティリミット解除。全門魚雷装填、発射後ゼロ距離で信管作動。」

青は、今度はベースの方向を見やった。そして胸のブローチを握り締める。

「さよなら・・・ごめんなさい、そしてありがとう、央・・・・・・発射。」

 

青の頬を涙が伝い落ちた。

 

魚雷は発射管を出た所で爆発、魚雷室の魚雷も全て誘爆を起こした。凄まじい規模の爆発が起こった。3000以上の距離を置いたセンチュリオンにもその衝撃が届くほどだった。接触したままだったナンバー15の艦が破壊されたのはもちろん、接近していた7隻のアイオーンも致命的なダメージを受け、気泡を噴出し沈降して行く。そしてその衝撃はダイモスにも深刻なダメージを与えた。

「くっ、馬鹿め・・・なんという事を・・・」

クラウスのヘルメット内に被害状況が次々と表示される。

「外殻亀裂、三箇所。漏水、二箇所・・・やってくれる・・・!」

 

その頃、島の反対側。ケイは次から次へとやって来るアイオーンに苦戦していた。

「雑魚とは言ってもこう数が多くちゃ・・・僚艦の様子は?」

「全艦健在じゃが、ジリ貧な事に代わり無いぞい!」

ソナーが返す。

「む・・・左舷の一隻、とうとうやられよったわい!」

「ちっ、じいちゃん、悪い。守り切れそうに無いよ・・・」

「まずい、抜かれたぞい!・・・魚雷発射しよった、距離4000じゃ!」

「くっ回避しろ!」

ケイがそう言った瞬間、魚雷は爆発した。それどころかその後方のアイオーンが次々と爆発音とともに

沈んで行く。

「な、なんじゃ!?」

ソナーが船外の音に集中する。

「これは・・・上じゃ!」

「上?」

「そうじゃ!ノイズではっきりせんが、海面の上、これは航空機じゃ!」

その時ケイたちの上空を対潜攻撃機が旋回していた。先ほどの攻撃は、攻撃機による対潜爆弾の投下によるものだった。

「ヒャッハー!久し振りだからどうなるかと思ったけど覚えてるもんだな!」

攻撃機のパイロットが叫ぶ。彼はキースが連れて行った海賊の一人だった。

 

「通信が入ったぞい!こりゃキースからじゃ!」

ソナーが叫ぶ。

「キース!?」

ケイはコンソールにかじりつく。

「よお、待たせちまったかな。まあ間に合ったみたいだから許してくれ。」

「キース・・・女を待たせるもんじゃないよ!それよりあんたどこにいるんだい?」

「俺か?潜望鏡で見てみな。」

キースに言われるまま潜望鏡を覗くケイ。そして潜望鏡をぐるっと半回転ほどさせた所でそれは彼女の視界に入った。

「な・・・なんだい、これは・・・」

彼女には見覚えの無い物がそこには浮かんでいた。

「なんなんだい?この艦は?」

「お嬢、ちょっと見せてくれ。」

水雷手がケイと潜望鏡を代わる。

「こ、これは・・・!」

水雷手は驚きの声を上げる。

「原子力空母・・・」

キースは長老の命で、とある孤島に隠してあった原子力空母を取りに行っていたのだ。しかもその甲板には対潜哨戒機、対潜攻撃機、対潜ヘリが搭載されていた。

「しっかしこんな物を用意してるなんて、やっぱりあの爺様は凄いな。」

キースはブリッジで軽口を叩く。

「そうか・・・ここを守るってのはあの艦の進路を確保するって事だったのか・・・」

ケイはそこで長老の言葉の意図を理解した。

 

「なんだあれは!何であんな物がここにある!」

クラウスはモニターに映った空母を見て叫んだ。そして飛来する対潜攻撃機を見て顔色が変わる。

「くっ・・・深度の取れないこの海域では明らかに不利な相手だ。しかも対空戦など想定していなかった・・・いや、その前に対空兵器などはこの世界のどの艦にも無い・・・厄介な物が出て来た。」

クラウスはそう言って舌打ちをする。

「ダイモスのダメージも深刻だ・・・仕方ない、ここは一旦引くぞ!全艦出来る限り深度を深く取り、この海域を離脱せよ!」

そしてクラウスの号令で艦隊は潮が引くように撤退して行った。

 

それはベース側の勝利、と言える形での戦闘終結だったが、勝利と言うにはその被害は甚大な物だった。海賊の艦は半減、魚雷もかなりの数を消費した。とても今すぐダイモスを追撃できる状況ではなかった。

 

「うっ・・・うっ・・・」

「央ちゃん・・・」

央はドックで青の帰りを待ち侘びていた。そして今彼女は帰って来て艦を降りてきた優の腕の中で泣いていた。

「帰って来なかった・・・帰って来なかったよ青ちゃん・・・」

「・・・・・・・」

愛も声を押し殺して泣いていた。

自爆した艦は、ドックに残っていた艦と音紋が一致していた事を愛が確認していた。つまりそれは青の死を意味していた。

「止められなかったよ・・・!青ちゃんが何者だって良かったのに!死んじゃったら、死んじゃったらなんにもならないじゃない!」

央の泣き声にドック内は悲しみに包まれた。

12.月夜の涙

 

ゴムボートで脱出したタイラスたちは、ベースに保護されていた。そして救護室に集められたカスタリアクルー達を前に長老が口を開いた。

「さて、お前さんらの処遇についてじゃが・・・わしらに協力するならこの島に留まって欲しい。もしその気が無ければ帰ってもらって結構。船は出そう。」

その長老の言葉にタイラスが返答する。

「我々は艦を失った。拠点に戻っても意味が無い。クラウスを倒すという目的は同じだ。ここは協力させてもらおう。部下も同じ考えだ。」

「そうか・・・では、今後の事はここにいるキースの指示で動いて欲しい。・・・頼んだぞ、キース。それと・・・タイラスさんや、お前さんには折り入って話があるんじゃが・・・」

「ああ、構わんよ。」

長老はクラウスを連れて救護室を後にした。

 

「さて・・・ペンタはどうなったかの?」

タイラスを自分の部屋まで連れて来た長老は、そう切り出した。

「・・・何?なぜペンタの事を・・・」

「おっと、そうじゃったの。この時点ではペンタの事は極秘で誰も知らないはず、じゃったの。」

「この時点・・・?」

「よかろう・・・」

長老はタイラスに恵介とクラウスの関係、それにペンタの辿る運命についてかいつまんで聞かせた。

「・・・・・・」

タイラスはしばらくの沈黙の後に口を開いた。

「そうか・・・。最終的には鳴海君の手に渡るはずだったのか・・・」

「はずだった、とは?」

今度はタイラスの言葉に長老が訊ねる。

「そう、残念だが、ペンタはカスタリアと共に沈んだ。恐らくはもう・・・」

「それは無い。」

長老はタイラスの言葉を遮り、断言した。

「ペンタは先の海賊殲滅作戦、あれでセンチュリオンを救っておる。ペンタがいなければセンチュリオンのクルーは全滅しておったろう、一方、そのセンチュリオンのクルーたちはまだここにおる。それはどういう事か・・・過去は変わっておらん、ペンタが過去へ飛ぶ可能性はまだ残っておる、つまりペンタは健在、という事じゃ。」

「そうか・・・それならペンタを一刻も早く引き上げて・・・」

「引き上げて・・・お前さんはどうするつもりじゃ?」

「どうするも何も無い、ペンタでダイモスを破壊して・・・はっ。」

タイラスはそこまで言って何かに気がついた。

「解ったようじゃの。そうじゃ。ダイモスを破壊すれば恵介が過去に飛ばされる事は無くなり歴史は変わるはずじゃ。そうすれば大災害は起きず、クラウスが覇権を握ったこの世界も違う物になる・・・まあ推測じゃが、理屈ではそうなる訳じゃ。そうなったら・・・お前さんは何を手に入れられるのかの?」

タイラスは呆然としていた。

「つまり、私がやっていた事は・・・」

「無駄とは言わん。その結果お前さんも大災害が無かった世界に戻るんじゃからの。ただその世界でのお前さんの立場は誰にも分からんがの。」

「少し・・・考えさせてくれ。」

タイラスはそう言って部屋を出た。と、そこには壁に寄りかかり腕を組む恵介がいた。タイラスが出て来るのを待っていたのだ。

「・・・どうした、鳴海君。」

恵介は伏せていた目を上げ、タイラスに言う。

「訊きたい事がある。」

「言ってみたまえ。」

「ペンタに、ケンタの精神を移植したのは何故だ?何故彼を選んだ?まさかあいつの乗った船を狙って沈めたんじゃ・・・」

「馬鹿にするな!」

タイラスは一喝した。

「あの一連の襲撃は、確かに市民防衛軍の手の者によるものだった。しかし、それはクラウスの策謀だ。私は民間人を犠牲にするクラウスのやり方には反対だった。民間人を守るのが軍人なのだからな。それゆえ、あの工作は私に知らされる事は無かった・・・」

言葉を切るタイラス。言い訳と取られても仕方ない事だが、恵介がそれを信用するか確かめたかったのだ。

「続けてくれ。」

恵介はタイラスを促した。

「しかし私は盗聴によってその工作を知った。元々奴の足元を掬うつもりだったからな、そな物も仕掛けてあったのだよ。しかし、知った所でその工作を妨害できる訳でもなく、せめて生存者がいれば救助しよう、そう思ってカスタリアで工作艦の後を尾け回した。」

「その成果は・・・無いに等しかった。一人の生存者も見つけられないまま何隻も沈められ、そして、最後の最後に彼だけを救助出来た。しかし、その彼も息はあったが既に手遅れだった。彼はドッグタグを付けていた。それを見た私は彼の精神をペンタに移植する事を決断した。ペンタの特殊能力は自分の意思を伴わなければ発動しない。センチュリオンのクルーならば、仲間を救うという目的で意思が働くだろう。願っても無い人材だった。」

「ケンタは・・・承知したのか?」

恵介が割り込んで訊く。

「ああ、それは彼の選択を尊重した。このまま死ぬか、精神のみ長らえるか。彼は後者を選んでくれた・・・重ねて言うが、彼を狙った訳ではない、偶然だ。誓ってもいい。」

「・・・わかった。あなたを信用しよう。」

恵介がそう言うと、

「おっさん。」

通路の奥から声がした。声の主は優だった。彼女はタイラスの傍まで歩み寄り、言った。

「ケンタを・・・助けてくれたんだよね。ありがとう。」

礼を言われるなど想像だにしなかったタイラスは戸惑った。

「いや、結果助けられなかった訳だからな。その上死者の魂を弄ぶような真似をしたとも言える。礼など言われる立場ではない。」

「ううん、」

優はそのタイラスの言葉を否定して言う。

「その結果、私たちは生き残れた。ケンタの意思だって尊重してくれた。感謝したって恨むような事は何もしてないよ。」

「うむ・・・どうも調子が狂うな。」

タイラスはそう言って苦笑いする。

「それと、その・・・」

俯き加減になり、急に歯切れが悪くなる優。少し間を置き、

「ケンタの、その・・・死体って・・・」

なんとかそれだけ絞り出すように訊ねた。

「ああ、彼の遺体なら・・・無銘で済まないがアクロポリスの墓地に埋葬させて頂いたよ。」

優はその顔を上げた。そして真っ直ぐにタイラスの目を見据えて言った。

「ありがとう・・・私やっぱりおっさんを信用する事にするよ。おっさん、協力してくれるんだよね?一緒にクラウスぶっ飛ばそう!」

「いや・・・それは少し考えさせてもらう所だ。」

優の言葉にそう言うと、タイラスは救護室へ向かって歩き出した。

「おっさん・・・一緒に戦ってくれるって信じてるからね!あんた悪い人じゃないもん!」

優はその背中に呼びかけた。

「てか、優・・・」

恵介が口を開く。

「ん?」

「仮にも司令官だった人におっさんだのあんただの・・・」

「だってもう司令じゃないんでしょ?おっさんでいいじゃん、親しみやすくてさ!」

「いや、せめて名前にさん付けするとかだな・・・」

タイラスはそのやり取りを背中で聞きながら、笑いを堪えるのに必死だった。

 

その日の夜。ケイの艦が沖へ出ていた。ようやく落ち着いた央にせがまれて艦を出したのだ。央はセイルの上にいた。傍らには優と愛、それにケイもいる。央は30センチ四方ほどの箱を持っている。彼女はその蓋を開けた。その中には青と一緒に作ったアクセサリーが入っていた。

「ごめんね・・・青ちゃんの気持ち、気付いてあげられなくて。私たちが追い詰めちゃってたのかもね・・・」

彼女はそう言うと、箱の中のアクセサリーを海に向かって一つづつ投げた。それらは月明かりに輝いては海面に落ちていく。

「さよなら!」

涙で頬を濡らし、別れを告げては一つ、また一つと投げる。やがて最後の一つを投げる。そして央は涙をぬぐうと、

「さよなら青ちゃん!・・・よし!終わり!さて、悲しんでる暇なんて無いよ!」

「央ちゃん?」

優が声をかける。

「私も戦う!海賊の人たちだって沢山死んじゃったのに、私だけめそめそしてたらみんなに悪いですから!」

「そんな、央ちゃんは戦う必要なんて無いのよ?」

愛が言う。

「愛叔母さん、この世界を守るのに、この時代の人間が戦う必要無いなんて、それは通らないですよ?」

愛は言われて気付いた。姪が増えていたのだ。だが、もうおばさんと呼ばれても何の抵抗も感じなかった。この大好きな姪たちにそう呼ばれるのはもはや誇りですらあった。

「そう・・・よね。わかった。一緒に戦おう。」

「うんうん、さすがおばさん。理解あるねえ。」

優が茶化す。

「何を言いますお母さん。」

愛が返す。

「えーと、あたいと央の関係って、何になるのかな。」

ケイが言う。

「従姉妹。」

ケイ以外の三人の声が綺麗にハモった。四人は思わず笑い合う。

「絶対にクラウスを倒してこの世界を救いましょう!例えそれで私が消える事になっても。」

央のその言葉で笑いは途切れた。

「消え・・・る?」

優が聞き返す。

「え?ええ。ひょっとして・・・気付いてませんでした?クラウスを倒すって事は、ダイモスを破壊して過去へのタイムスリップをしない事ですよね?そうすると、お母さんが過去に戻って私を生む、って事も無くなる訳で・・・」

「あ・・・」

優の顔面は蒼白になった。

「そ、そうか。今まで考えてなかったけど、そういう事になるんだ・・・駄目!駄目だよ!そんなの駄目だよ!そ、そうだよ、アニキさえタイムスリップしなけりゃいい訳でしょ?なら私が代わりにタイムスリップすれば・・・」

「駄目です。」

央は言う。

「お母さんが過去へ飛んでも能力者が過去に飛ぶという事に変わりはありません。つまり、軍が能力者の研究をしてマスターとクラウスが生まれるという可能性は消えません。だから、この私は消えるしかないんですよ。」

「消えるしかないってそんな・・・嫌だ!そんなの!これ以上大切な人がいなくなるなんて私、耐えられないよ・・・!」

優は泣きべそをかき始める。

「お母さん。私は大丈夫。もうここにいるんですから。」

央はそう言ってひざまずくと優の胴に手を回し、そのお腹に頬をつける。

「正しい時間の流れに戻っても、お母さんはケンタさんと結ばれて私を生んでくれると信じてます。だから私は大丈夫・・・大丈夫だから泣かないで、お母さん・・・」

 

あれからどれだけ泣いただろう。

 

涙なんてもう枯れたと思っていた。

 

でもこの目から溢れて来るのはやっぱり涙だ。

 

月明かりの中、優はぼろぼろと涙を流して泣いた。

 

完結編・結に続く


 
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