No.197834

真・恋姫無双~魏・外史伝~ 再編集完全版19

 お久し振り、そしてこんばんわ、アンドレカンドレです。

 約9カ月ぶりの投稿となります。学業の方が忙しく、長く投稿出来ずに、新作を待っていた方達には本当に申し訳なく思います。学業も一段落し、4月までは大丈夫だと思います。
 
 忙しい合間もこのサイトを閲覧していましたが、いまだ多くの恋姫二次創作作品が投稿されている事に驚きました。本家の方でも色々とあったりと、まだまだ恋姫は冷めないでしょう。

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2011-01-25 23:14:29 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:3285   閲覧ユーザー数:2934

第十九章~真理の邂逅、外史喰らい~

 

 

 

  「ん・・・、んむ~・・・」

  「ようやくお目覚めですか、貂蝉」

  「あらぁ・・・、ドコの良い男と思ったら、干吉ちゃんじゃないの」

  「何を呑気な事を。しかし、その様子だとひどく痛めつけられたようですね」

  「無双・・・あるいは『夢想』の力。

  話は聞いていたけど、まさかここまでのものなんて、あ、あいったたぁあ・・・。

  もぅ、『漢女』のお肌が台無しだわ~、痕が残っちゃったらどうしてくれるのよん!」

  「・・・左慈、あなたはそうまでしても証明したいのですか?」

  「ちょっと~、干吉ちゃん!

  ここはぁ私に慰めの言葉の一つでもかけてあげるのが、紳士ってものでしょうよぉ~!」

  「はぁ。でしたら、傷を見せて下さい。術を使います、『癒』!」

  「あ~~~ん♪気持ちいいぃぃいいい~~~!!!」

  「・・・さて、これで傷は癒えた事ですし、あなたにはもう一仕事をしてもらいますよ」

  「もぅ~!干吉ちゃんは本当に人使いが荒いわねぇ!」

    

  

 

  「あっはははははははははぁぁあぁあああ!!!」

  その声高い笑い声が街中に響き渡る。

  そして、屋根から屋根へと飛び移る二人の男の姿がそこにあった。

  追いかけるのは朱染めの剣士、追われるのは女渦。

  女渦はその卓越した身体能力を駆使し、剣士を弄ぶ様に翻弄していた。

  屋根へと飛び移る途中、空中を舞う女渦に朱染めの剣士は果敢に仕掛けていった。

  だが、女渦は回避行動が取れないはずの空中で、その身体を捻り、そして大袈裟に剣士の攻撃を躱した。

  

  「っと!」

  女渦は猫の如く、静かに屋根の上へ着地する。

  剣士はもう一撃と、着地直後の女渦に刀を振り下ろす。

  剣士が放った一撃は屋根の瓦を砕き、その破片が飛び散る。

  だが、肝心の女渦を捉える事は出来なかった。

  「っははぁ!ほらほら、こっちこっちぃ!」

  女渦はなおも剣士を挑発を繰り返す。

  その挑発に乗るわけではなかったが、朱染めの剣士は逃がさないと今一度と距離を詰める。

  剣士が繰り出す連続攻撃、対して女渦はその重ねられる幾十の斬撃を何ら苦も無く紙一重で躱し続ける。

  「おっと」

  剣士の攻撃を躱していた女渦は屋根から降りる。

  その時、女渦が指を鳴らした様に見えた。

  そして見計らったかのように、四体の傀儡兵が何処からともなく現れるとそのまま屋根へと登ってくる。

  「小賢しい真似を!」

  襲い掛かってくる傀儡兵達。

  朱染めの剣士は外套に手を掛けると、傀儡兵に向かって投げ捨てた。

  投げられた外套は空気の抵抗を受ける事で広がり、傀儡兵達に覆い被さった。

  外套によって視界を奪われた傀儡兵達は不具合を起こした様にその場で停止する。

  動きを止めた傀儡兵達を剣士は外套ごと切り裂いた。

  剣士が放った斬撃で、外套は切り刻まれ、それに合わせて三体の傀儡兵も斬り伏せた。

  残った一体は顔に掛かっていた外套の切れ端を取り払うと、再び剣士に襲いかかる。

  剣士は迎撃するべく構える。

 

  ドチュッ―――!!!

 

  何の前触れもなく、傀儡兵の腹部が縦に大きく裂ける。

  更に驚くべき事にその避けたところから女渦が飛び出してきたのだ。

  女渦は右手で作った手刀を剣士に伸ばす。

  「くッ!」

  朱染めの剣士は上半身を後ろに反らし、下半身で重心をずらす。

  手刀を間一髪で躱すと、その体勢から体を回転させ、女渦を狙って地面すれすれの位置から反撃する。

  剣士から放たれた死角からの斬り上げ攻撃は、腹部を引き裂かれた傀儡兵の胴体を両断する。

  だが、女渦の姿はそこに無かった。

  再び、女渦を探すために朱染めの剣士は屋根から地上へと降りる。

  そこに、何処からともなく現れた数本の剣が朱染めの剣士に切っ先を向けて飛んでいく。

  「くッ!」

  剣の軌道は単純なものだった。

  故に、剣士は後ろへと下がって回避する。

  「ほらほらぁ!まだまだいっくよぉおおおッ!!!」

  その神経を逆なでする様な甲高い声を発しながら再び姿を見せた女渦。

  その両手にはそれぞれ三本の剣が握られ、朱染めの剣士に適当に投げていった。

  朱染めの剣士は腰に下げていたもう一本の剣、南海覇王を左手で鞘から抜く。

  両手にそれぞれ剣を取ると、乱雑に投げられた剣を二本の剣で叩き落として身を守った。

  女渦がまた指を鳴らすと、それに呼応して複数の剣が朱染めの剣士に飛んでいく。

  次々に飛んでくる剣の雨を掻い潜り、女渦の元へと駆けていく。

  迫ってくる剣士に女渦は動じない。

  「せいやッ!!」

  朱染めの剣士は南海覇王と無名の刀の二刀流にて女渦に仕掛ける。

  二本の剣から繰り出される連続攻撃は苛烈で、されど流水の如く斬撃を重ねていく。

  だが、どれだけ重ねてようと届かない。

  女渦は最小限の動きのみで朱染めの剣士の猛攻をまたも紙一重で躱し続ける。  

  「はっはぁ!!」

  朱染めの剣士が振り下ろした刀を軽快なステップで躱すと、そのまま彼の背後へと回る。

  「くッ!」

  焦る朱染めの剣士は振り返り様に横斬りを放つ。

  だが、その攻撃は空を斬る。

  「がはぁッ!?」

  振り返った直後、剣士は目下から蹴りを喰らってしまう。

  思い掛けないところからの女渦の反撃。

  剣士は堪らず体勢を崩してしまう。

  「はは!貰ったぁあああっ!!!」

  女渦は手刀を放った。

  朱染めの剣士は回避できない。

  勝負は決まるか、そう思った瞬間だった。

 

  ドガァア―――ッッ!!!

 

  「ぶひょぉおおおおおおッ!?」

  女渦は横から現れた影と激突し、間の抜けた悲鳴を上げながら明後日の方向へと吹き飛ばされる。

  無様に吹き飛ばされた女渦であったが、空中で体勢を整え、無事に着地した。

  朱染めの剣士は突如現れた影の正体を確かめるために顔を上げた。

  「大丈夫か!」

  一刀はそう言うと、片膝をつく朱染めの剣士に手を差し伸べる。

  「・・・・・・」

  剣士は差しその手をしばらく見ていたが、結局は手を取らずに立ち上がる。

  自分の親切心を無視され、一刀は軽く溜息をつきながら手を引いた。

  「あぁ、そっかそっかぁ~、まさかのサプライズか~!伏羲を倒しちゃった一刀君まで来てくれるなんて!!」

  「伏羲!じゃあ、やっぱりお前が女渦か!」

  「ふっふっふ、そうその通り!けどその様子だと、彼からなーんにも聞いていないようだね♪」

  そう言いながら、女渦は服に付着した土埃などを適当に払う。

  「答えろ、お前達の目的は何だ!」

  一刀の真面目な質問が可笑しく思えたのか、女渦はにやりと笑った。

  「あっはっははははは!!あーおかしー♪『目的は何だ!』だってさぁ!あーっはははははははは!!!」

  「こっちが何も知らないからって馬鹿にして!

  だったら力づくで聞きだすまでだ!!」

  「あっはははは!!一刀君、好戦的過ぎぃ~、ちょっと性格変わりすぎだって!

  自分に与えられた設定を無視するのは良くないよぉ、あははははははははははははは!!!」

  「く、くそ・・・、さっきから意味の分からないことばかり!!」

  「あは!だって、分かるように言ったつもりないもん!あはっ、あはっ、あははははははははっはははは!!!」

  「こいつッ!」

  「止せ」

  一刀が激怒する寸前、朱染めの剣士はそう呟いて一刀の肩を掴む。

  剣士は怒りに任せて女渦に飛びかかろうとした一刀を抑えたのだ。

  「・・・知りたいのなら、干吉に聞け」

  「は、干吉?お前は一体、誰なんだ?」

  「・・・」

  一刀の問いに何も答えない。

  朱染めの剣士は二本の刀剣を握り締め、一歩前へと出ていく。

  「人の話を聞けよな、本当に・・・」

  自分だけが何も知らず、一方的に置いて行かれているこの状況に、さすがの一刀も苛立ちを覚える。

  しかし、苛立ったところで現状が良くなるわけではない。

  分かっているからこそ、一刀は仕方無いと諦め、朱染めの剣士の後に続いた。

  「あれ?あれれれ!?もしかしてダブルですか!二人揃ってのダブルですか!?

  いやっはははあはははははは!!いい!いいよ!最高だよ、この外史!!

  消滅させるのが勿体無いよーーー!!あーーーっはははあっはあはははははははははははは!!!」

  一刀の心境を知ってか知らずか、女渦は狂人の如くただ狂ったように笑った。

    

  

 

  「はっ、はっ、はっ!一体、何処に行っちゃったのー!」

  息が上がりながら、沙和は街の通りを走り抜ける。

  そんな彼女の前を蓮華、思春、凪が走っていた。

  朱染めの剣士と女渦が対峙し、そして戦いが始まった。

  それは、別次元のものだった。

  剣士の繰り出した青い炎が大地を抉る。

  女渦はそれを余裕の表情で躱すと一瞬姿を消して、剣士の死角から徒手空拳を放つ。

  その徒手空拳を剣士は触れまいと必死に避け、常人では有り得ない位置から反撃する。

  女渦はそれすらも躱し、剣士に手刀を放つ。

  二人は空へ駆け、宙でぶつかり合う。

  男達の戦いの場は大地の上だけではなかった。

  そうして、戦いの場を転々を変え、気が付けば彼女達から遠く離れていってしまった。

  後を追いかけようにもまだ数体の傀儡兵が残っており、放置しておくわけにもいかなかった。

  傀儡兵をなんとか片付け、今、蓮華達は二人の後を追いかけていた。

  「あの二人が戦えば、大騒ぎになるはずです」

  「あぁ。不本意であるが、逃げ惑う民を探していけば!」

  実際、通りには戦いから逃げて来たであろう街の住民達で溢れ返っていた。

  泣いている赤子をあやす母親、戦いに巻き込まれて怪我をした人間とそれを手当する者、

  不安や混乱から、黒尽くめの武装集団が襲ってきたと言う者や五胡が侵攻してきたと言う者。

  中には正和党がまた暴れていると言う者も現れ、それを聞いた正和党の人間と揉めて、更なる混乱を招く要因となった。

  幸い、住民達への直接的な被害は今のところはない様子だった。

  しかし、このままあの二人を放っておけば、それも時間の問題だろう。

  「急ぎましょう!」

  「ま、待ってなのー!」

  蓮華達は混乱する民達の中をかき分けて進んでいく。

  そんな時、反対方向より聞き覚えのある声が聞こえた。

  「凪ちゃーん、沙和ちゃーん!」

  「凪、沙和ー!こっちやこっちぃ!!」

  「真桜!」

  「それに風ちゃんと稟ちゃんもなの!」

  「蓮華様と思春殿もご一緒でしたか」

  偶然であったが、蓮華達は真桜、風、稟の三人と合流した。

  「にしても、凪達も隊長を探しにきたんやな。助かるで!」

  「え、隊長がどうかしたの?」

  「え、なんや違うんか?」

  「私達は朱染めの剣士を追ってここまで来たのだけれど・・・」

  「朱染めの剣士?」

  「・・・どうやら、お互いの情報に食い違いがあるようですね」

  「そのようだ。では、こちらから説明しよう。先程・・・」

  思春は事情を説明しようとした矢先、何かから逃げて来たであろう住民達が別の方向から現れる。

  その直後、青い炎が空へと伸びていく光景が一瞬見えた。

  「あれは・・・!」

 

  

 

  「はぁああああああ、どぉりゃぁ!!!」

  一刀は振り上げた刃を勢いよく振り下ろす。

  刃の刀身は青い炎を纏い、振り下ろした瞬間、炎は巨大な剣と化して間合いの外に立つ女渦を斬り裂かんと伸びていく。

  振り下ろした直後に炎の大剣は消失、地面にその跡を残すのみだった。

  女渦がいた場所にその姿はなかった。

  青い炎に存在ごと掻き消されたのだろうか。

  「あっははぁッ!!凄いねぇ、今の!凄いよ!凄いよぉおおおッ!!!」

  その可能性はこの笑い声にで否定された。

  一刀の背後に現れた女渦は右手を一刀に目掛けて下ろすだけの体勢だった。

  一刀がその事に気付き、それに対応するにはもう遅かった。

  だからこそ、朱染めの剣士が代わって動き、女渦に斬りかかる。

  「おっとぉ!」

  女渦は剣士が放った斬撃を飄々と躱し、二人から距離を取る。

  二対一という不利な状況でありながら、女渦は余裕を崩さなかった。

  「くっそ、ちょこまかと・・・はぁッ!」

  女渦に攻撃が届かず、更に挑発的な態度に苛立ちと焦りから一刀の動作が大きくなる。

  そんな一刀の顔面に、女渦の長い足から放たれた蹴りが入る。

  「がッ!」

  女渦の蹴りを受けてしまい、一刀は受け身を取れずに地面に伏してしまった。

  攻撃直後の女渦の軸足を狙って、朱染めの剣士は低姿勢から横薙ぎを放つ。

  だが、女渦の姿は忽然と消え、横薙ぎは不発に終わる。

  剣士の頭上に現れた女渦は剣士に踵落としを繰り出すと、剣士は南海覇王で受け止め、払い除けた。

  払い除けられた女渦はその反動を利用して、再び宙へと舞った。

  「でぇやあああッ!!」

  宙へ舞い上がった女渦に向かって一刀が躍動する。

  地を踏み込み、その反動で大きく飛び上がると、一刀はその身を回転させ、刃による回転斬りを放つ。

  刃の刀身から炎が伸び、回転する一刀に合わせて描かれる螺旋状の青い斬撃が女渦に襲い掛かる。

  だが、一刀の回転斬りを女渦は靴底で軽くあしらい、その悉くを回避していく。

  「く、どうして!?」

  地に足をつけず空中にいながらも、女渦は防御、回避ができているのだ。

  理由は分からない。だが、笑う男の狂気の中にある強さを一刀は感じ取っていた。

  「まだ、まだだぁあああ!!!」

  そうだとしても一刀は臆せず、果敢に女渦に攻撃を仕掛ける。

  「はぁッ!せぃッ!やぁッ!!」

  重力に逆らいながら、一刀は青白い炎を刃の刀身に乗せて振るい続ける。

  刀を振るった勢いで、反動で空中を跳ねるように空中戦を継続する。

  女渦は空中で一刀が繰り出す斬撃を躱し、時折、姿を消しては一刀の視界の外より徒手空拳を繰り出す。

  一刀と女渦。双方共に攻撃を放ち、躱しての攻防を空中で展開する。

  焦る一刀、それを見透かすようににやりと笑う女渦。

  「あはははーッ!一刀く~ん、闇雲に攻撃したって僕には届かないよぉー!!」

  「うるさい!黙れって!!」

  「その通りだ!」

  朱染めの剣士が女渦の背後を取ると、二人の攻防に入り込む。

  一人から二人による攻撃へと変わり、二方向より繰り出される攻撃。

  女渦は斬撃の合間を縫うように、一度も受けることなく躱していった。

  女渦が取る回避はどれも豪快、または無駄な動きといえるものだ。

  一見、無意味に思える動きを加えた回避行動が、一刀達の攻撃を掻い潜る要因になっているのだろうか。

  まるで、一刀達の攻撃を二手、三手先を読んているかのようであった。

  「ほッ!!やッ!!」

  女渦の右手の指先が一刀の右頬を掠め、頬の肉を削り取っていった。

  「くっ!?」

  手刀に気を取られた一刀に、女渦は容赦なく蹴りを放つ。

  「ぐわぁあああッ!!」

  蹴りをまともに喰らった一刀は吹き飛ばされ、民家の方へと突っ込んでいく。

  土煙を巻き上げながら、周囲の建造物を巻き込んでいく。

  「はぁッ!!」

  攻撃直後の女渦に南海覇王を振り下ろす朱染めの剣士。

  だが、それすらを読んでいたと、女渦は回避、と同時に突き蹴りを剣士に放った。

  「ぐぅッ!!」

  女渦の蹴りを剣士は無名の黒刀の鍔で受け止めるが、その衝撃で地上へと強制的に落とされる。

  落下中に体勢を整え、地面に激突する瞬間、受け身を取る朱染めの剣士。

  対して、女渦は華麗に着地。

  「はっはははぁあああああああああッ!!!」

  直後、笑い声を上げながら朱染めの剣士に向かって行く。

  「でぇやッ!!」

  南海覇王を握ったまま、掛け声とともに右拳を地面に叩き込む。

  「んッ!?」

  女渦は直感的に横に回避、その直後に剣士の右拳を起点に青白い炎が地を裂いて走った。

  なお、地を走る炎の衝撃は周囲にも及んだ。

  「あははははははは!!やるねぇ~!でも・・・、これはどうかなぁあああッッ!!!」

  パチンッと、女渦は指を鳴らす。

  それと同時に、どこからともなく現れた武器が次から次へと朱染めの剣士に飛んでいく。

  「ッ・・・!?」

  全方位より飛んでくる武器。何処から飛んでくるかは予測不能。

  故に朱染めの剣士は直感的に躱して、握る二本の剣で叩き落したりと回避行動をとった。

  だが、直感で回避するが故に、全てを躱しきれない。

  「あ・・・!ぐ・・・!ごはッ・・・!」

  一本の矢が足に刺さり、剣が背中を貫き、そして槍が胸を貫通した。

  身体に負った傷に朱染めの剣士は堪らず膝を折る。

  パチンッと再び音が鳴ると同時に、それまで飛び交っていた武器は消滅した。

  「ぐ、・・・ぐぁ・・・ッ!」

  苦悶の声を漏らす剣士。

  だが、武器で貫かれた傷口からは血は流れない。

  身体を駆け巡っているはずの血液が傷口から溢れ出ない現象には異常を感じざるを得ない。

  「あれれぇ、もしかしてもうお終いなのかな~。

  僕を殺すって啖呵を切っておいて、ちょっと無様すぎないかな?あっはははははは♪」

  朱染めの剣士の眼前に立ち、彼を煽る女渦。

  その煽りを受けてか、朱染めの剣士は立ち上がる。

  「・・・・・・!」

  女渦は目の前、自身の間合いにいる。

  満身創痍の朱染めの剣士は最短距離の攻撃、突きを二本の剣で放った。

  だが、その突きは不発に終わる。

 

  ドシュ―――ッ!!!

 

  「ぐ、ぉ、おお・・・ッ!!」

  朱染めの剣士の腹部から女渦の右腕が飛び出す。背後に現れ女渦はそのまま背中から貫いたのだ。

  「あっははははぁあああ~♪」

  剣士の背後から彼の耳元で囁くように笑う女渦。

  「ぐ・・・、がはぁ・・・!」

  苦悶の表情を浮かべ、朱染めの剣士は手から剣を落とす。

  致命傷を受け、このまま崩れ落ちるのではないか。傍から見れば、そう見える光景であった。

  だが、剣士はなおも抗った。

  腹部から飛び出していた女渦の右腕を、最後の力と右手で掴むと強引に引き込んだ。

  「え、なに!?」

  その意外な行動に、女渦は体勢を崩してしまい、二人の身体は密着した状態になる。

  剣士は次に女渦の左腕を左手で掴むと、それもまた強引に自分の方へ引っ張った。

  「うぉお!・・・あ、やば。これってほんとにやばい、かも?」

  剣士の背中に横顔を密着させたまま、女渦は自分の置かれた状況を把握する。

  「・・・お前もこれで終わりだ」

  朱染めの剣士が背後にいる女渦に囁いた。

  何かに気づいた女渦は視線を後ろに向ける。

  「女渦ぁあああっ!!」

  視線の先には刃を振り上げ、こちらに向かって駆ける一刀の姿。

  対応しようにも、女渦は両手の自由を奪われ、身動きが取れない。まさに絶体絶命だった。

  「ちょ、ちょっとま―――」

  「うおおおおおおッ!!!」

  一刀は女渦に向かって、刃を振り降ろした。

 

  

 

  「北郷ぉおおおおおおおおおッッ!!!」

 

  ドガァアッ―――!!!

 

  「ぐわぁッ!?」

  怒号とともに現れた左慈に、一刀は対応する事も出来ず、敢無く蹴り飛ばされる。

  一刀は民家の石壁に激突し、そのまま崩れ落ちてしまった。

  「なッ、にぃ!?」

  朱染めの剣士はただ困惑するしかなかった。

  左慈がここで介入しなければ、ここで女渦を倒す事が出来たはずだったのだ。

  「くっふふふ・・・、どうやらまだ僕の命運って奴はつきていないようだ、ねぇ!」

  そう言って、女渦は朱染めの剣士の右肩に噛みついた。

  「ぬぐッ!?」

  剣士が怯んだ隙に、女渦は強引に剣士から離れる。

  「が、は・・・ッ!!」

  貫かれた腹部に空いた大きな穴、不思議な事に傷口から血が流れる事は無かった。

  朱染めの剣士は急ぎ南海覇王と無名の刀を拾い上げる。

  剣士から距離を取った女渦は、嚙みついた時に嚙み切った彼の肉を吐き出す。

  「いやー肉を切り骨を断つ、君の決死の行動も、彼のせいで無駄に終わったようだね~!

  あっはははははははははははは!あぁ~、笑っちゃうようねぇえええッ!!!」

  「ぐ・・・ッ!」

  高笑いする女渦と顔を歪める朱染めの剣士。

  全く正反対の二人の表情から、形勢が逆転したのは誰が見ても分かる事だった。

  「ぐ・・・、ぁあ・・・!」

  石壁に背中を強く打った一刀は呼吸がまともに出来ない状態にあった。

  更に最悪な事に、一刀の眼前に左慈が立っていた。

  「貴様を殺し・・・、俺は、今度こそ外史を否定する」

  そう言いながら、左慈は一刀へと歩み寄っていく。

  「な、何・・・だって?」

  「他の誰でもない、この俺が成し遂げる!この手でな!!」

  一刀は刃を探す。見つけるのは意外にも簡単だった。

  刃は左慈の後ろに転がっていたのだ。

  「これで終わりだ・・・」

  一刀を自分の間合いに入れると、左慈は右足に力を集め、瞬間蒼い炎で包まれる。

  そして、左慈は蹴りを放つ体勢をとった。

  「死ねよ!北郷ぉおおおッ!!!」

  その叫びと共に、左慈の渾身の蹴りが一刀に放たれた。

  「『防』!!」

 

  キィイイインッ―――!!!

 

  「ぬぐぅ!」

  左慈の蹴りは一刀に届かなかった。

  その耳の奥まで響くような高い音。

  左慈の蹴りは見えない何かによって跳ね返される。

  「『縛』!!」

  今度は金縛りになったかの様に、左慈の身体は指先一つ動かす事が出来なくなった。

  「間一髪・・・、といったところですかね」

  左慈の目の前に突如として現れたのは、白装束を身に纏った眼鏡をかけた細身の男。

  「大丈夫、一刀ちゃん?」

  「ちょ、貂蝉・・・」

  男と一緒に現れた貂蝉は一刀の側へと駆け寄り、その満身創痍の体を支える。

  突然現れた二人に状況が呑み込めずにいた一刀であったが、ひとまず貂蝉に身体を預ける。

  「干吉!

  俺と同じ存在でありながら、そちらの側につくと言うのかッ!!」

  身動きが取れない左慈は眼鏡をかけた細身の男、干吉を睨みつける。

  干吉はその怒りを受け流すと溜息をついた。

  「全く、あなたと言う人は・・・、それは勘違いですよ。

  それに、これはあなたの事を思ってしている事なのですよ?」

  「ふん、ほざいてろ!俺の事を思っているのなら・・・!」

  左慈の身体から蒼い炎が発せられる。

  その炎はこれまで具現化してきたものと明らかに異なる雰囲気を醸していた。

  「ん・・・!?」

  その炎を見て、干吉は表情を一変させる。

  「そこを・・・、どけぇぇえええええええええッ!!!」

  左慈の怒りの叫び、それと同時に何かが弾ける音がする。

  枷が外れた左慈は動けるようになると、于吉に蹴りを放った。

  「ぐはっ!」

  左慈の蹴りが腹部に入り、干吉は為す術もなく吹き飛ばされる。

  吹き飛んだ于吉と入れ替わるように、一刀が左慈に向かって走った。

  「おっととぉ!」

  吹き飛ばされた干吉を貂蝉が受け止める。

  「うおおおッ!!」

  一刀は左慈の顔面に右拳を叩き込む。

  于吉の背後から現れた一刀の攻撃を、左慈はまともに喰らってしまった。

  「はあああっ!!」

  「ぐはぁっ!」

  一刀はすかさず左拳を左慈の顔面に叩き込んだ。

  顔に二発も叩き込まれ、左慈は堪らず後退し片膝をついた。

  「・・・はぁ、・・・はぁ、・・・はぁ」

  肩で息をする一刀。体の至るところから悲鳴が上がっていた。

  「ほ、北郷ぉぉぉ・・・っ!!」

  一刀を睨みつけながら、まだ立ち上がろうとする左慈。

  しかし、足に力が入らないのか、また片膝をついてしまう。

  一刀に受けたダメージがまだ残っているのだろう。

  だが、それでも左慈は立ち上がろうとする。

  「・・・ぐ、ぐぁあ!?・・・がぁあぁあっぁあ!!」

  突然苦しみ出す左慈。

  一体何が起きたのか、一刀には分からなかった。

  「が、ごぼぅ、うおうぉ、おうぉ・・・ッ!!」

  左慈の口から大量の血が吐き出され、地面は瞬く間に赤く染められた。

  「干吉ちゃん、あれってぇ!」

  「後先考えずに力を浪費した結果です。力の乱用は破滅に直結する」

  「はぁ・・・、はぁ・・・、はぁ・・・!」

  吐き出せるだけの血を吐き出した左慈。

  一刀と同様に、肩で息をするのがやっとの状態になっていた。

  「左慈!もう止めるのです!」

  「ぐ・・・、うるさい!貴様に・・・!さ、指図される覚えなど、無い!!」

  左慈は白装束の裾で口を拭い、よろめきながらも両足で立つ。

  そして、今一度一刀を睨みつける。

  「貴様さえ・・・、貴様さえ、いなければッ!!」

  そう言い残して、左慈は一刀達の前から去って行った。

  「左慈、待ちなさい!」

  「駄目よ、干吉ちゃん!・・・もう行ってしまったわ」

  「左慈・・・!」

  干吉がいつになく冷静さを欠いていた。

  それ程に、左慈の行動は于吉にとってあり得なかった。

  「それよりも干吉ちゃん、今気に掛けるべきなのはぁ、もう一人の一刀ちゃんじゃないかしら?」

 

  

  

  「ぐ・・・!」

  全身、満身創痍の朱染めの剣士。

  彼の身体は所々抉られ、骨が見えている箇所もあった。

  「死に体でも痛みはまだ一応あるようだねぇ~?

  ふっふふふふ・・・、まぁおかげで君が苦痛に悶える姿を拝めるわけだけど、あはははは♪」

  じりじりと近づいて来る女渦に、朱染めの剣士は後ろへと下がっていく。

  何を思ったのか、女渦は立ち止まり考え込む。

  「うーん、どうしようか?このまま君を殺すのもいいけど、あえてそうしないで・・・」

  そこで区切ると、女渦は口の両端を引き上げる。

  「よし!ここは一つ、孫権ちゃん達を先に殺そう!」

  「・・・っ!?」

  「うん、それがいいなぁ!そうした方が君はもっと絶望する!絶望に打ちひしがれる君を僕が殺す!

  うんうん、いいねいいねぇ~♪」

  「・・・・・・」

  瞬間、脳裏に焼きついたあの光景が蘇る。

  目の前の全てが血に染まっていく、凄惨な光景。

  それは取り返す事の出来ない、過去の過ちだった。  

  「・・・ない」

  「うん?」

  「・・・させるものかぁぁあああッッ!!!」

  朱染めの剣士の全身から放たれた青い炎が激しくうねりを上げる。

  その瞬間、時間が飛んだような錯覚に襲われる。

  そこまでの過程は一切省かれたように、剣士の放った斬撃が女渦の身体を斬り裂いた。

  「うぎゃぁああああああッ―――!!!」

  時間が飛んでいた間に、どれだけの斬撃を浴びせられたのか分からない。

  切り刻まれた身体から大量の血が吹き出し、飛び散った血が朱染めの剣士にかかる。

  両膝から崩れ落ちる女渦。

  大量の血が今も流れ落ち、女渦を中心に血溜まりが出来ていた。

  通常、これだけの血が体外に流れ出れば失血によって死ぬはずだ。

  だが、この男にその普通が通じるはずもなかった。

  「あっはははははは・・・こりゃぁ、参った。この展開は・・・さすがに無いなぁー」

  力なく、しかし女渦は何事も無かったかのように立ち上がる。

  それでも身に着けていた服はぼろきれと化し、傷口からはまだ血が流れ落ちている。

  「でも、それでも僕は死なない。だって、僕は普通じゃないから♪」

  「・・・知っている」

  「あ、そう。

   ・・・とは言ったけど、さすがにここまで痛めつられちゃ、何事も無しというわけにはいかないよ。

   だから、僕はここで引き下がるよ。君の方も、ガタがきているんじゃない?」

  「・・・ぐ、く」

  「あは、その様子だと図星のようだね。

  じゃあ、ここはお互い痛み分けとしよう。それじゃまた会おう、一刀君♪あっはははははははははははは!!!」

  笑い声だけを残し、女渦はその場から姿を消した。

  「・・・ぐふぅ!がは・・・ぁあああ!」

  苦痛に悶える朱染めの剣士。

  両手の剣を地面に落とすと、そのまま横に倒れてしまう。

  「ぐ・・・、ぐぁああぁあぁぁああああっ、ゥウゥゥヴウウヴウウウゥウゥゥァァアアアッ・・・!」

  人間のものとは思えない呻き声を上げながら地面を転げ、のた打ち回る。

  そんな剣士の元に現れたのは干吉であった。

  この苦しみから逃れるように、朱染めの剣士は于吉の足にしがみついた。

  「アッ、ァァ!!・・・う、干吉!!」

  「やはり、貯蓄されていた『外史の情報』が大分消費されていますね」

  「う、干吉!た・・・、頼む!は、ハヤ、く、オれ、ヲ・・・」

  「分かりました・・・『送』!」

  干吉の口から放たれた言葉によって、朱染めの剣士はその場から消え、辺りは静けさに覆われる。

  そこに現れたのは一刀であった。

  「お前が・・・干吉?」

  一刀は于吉に問う。それはとても簡単な、しかし重要なものだった。

  少しの間を置き、于吉は口を開いた。

  「あなたが何を聞こうとしているか分かっていますよ、北郷一刀」

  そう言って、于吉は振り返る。

  「私は、あなたに伝えるべき事があるためここへ参りました。多少のイレギュラーはありましたがね」

  そう言いながら、眼鏡をかけ直す。

  「あなたは知らなくてはならない。

  この世界の事、戦うべき敵の事、そしてあなたの為すべき事を」

  「・・・・・・」

  どうやらこの男は、自分が知りたかった事を教えてくれる存在のようだ。

  しかし、一刀は迷っていた、この胡散臭い男をすんなりと信じてよいものか、と。

  「一刀ちゃん、信用できないって気持ちがあるもだけどぉ、ここは私達を信じてもらえないかしら」

  「貂蝉、お前は・・・」

  「さっき私を信じてくれたのでしょ?だったら、最後まで信じて頂戴、ね♪」

  「・・・・・・」

  貂蝉のウインクに拒絶感を露わにする一刀。

  とはいえ、貂蝉のいう事も一理あった。

  今、この世界で起きている事は世の摂理から外れた、尋常ならざるものだ。

  ならば、今更胡散臭い人間が一人や二人、登場したところで別段何も驚く事ではないだろう。

  「・・・分かった、お前達を信じるよ」

  「ありがとうございます。では・・・」

  「その話、私達にも聞かせて貰えるのかしら?」

  于吉の話を遮ったのは、一刀が良く知る人物であった。

  「か、華琳?」

  一刀達の前に現れたのは華琳と桃香だった。

  もっとも、桃香は状況を飲み込めておらず、視線が定まってすらいなかった。

  「まさか、話せない、などと言うのではないでしょう?」

  華琳は多くを語る事なく、于吉を睨みつける。

  于吉は華琳の目から察したようで、わざとらしく溜息を吐いた。    

  「・・・いいでしょう。あなた方にも聞く権利はあります」

  「話は分かるようね。

  あぁ、でも。その前に、少しだけ時間を頂こうかしら。話を聞くにも、準備というものがあるの」

  「それは構いません」

  「ご理解感謝するわ・・・さて、一刀?」

  一刀に向かって、にっこり笑顔を見せる華琳。

  「は、はひ・・・な、何でしょうか、華琳さん?」

  その笑顔に背筋を凍った一刀は身体が硬直し、声が上ずってしまう。

  「少しだけ、そう、少しだけ・・・あなたに聞いておきたいことがあるの。勿論、分かるわね?」

  笑っているが、明らかに華琳は怒っていた。

  笑顔の下にあるのは間違いなく鬼の如き形相。

  何故、自分に対して華琳が怒っているのか、一刀は理解していた。

  頭の中が完全に冷え切った状態で周囲を見れば明白だった。

  まるで嵐と地震の天災が過ぎた後の様な凄惨な光景。

  整理されていたはずの地面には大きな亀裂が入り、その影響で陥没している場所もあった。

  通りに面した建物は、屋根や壁が無惨に破壊され、半壊ないし全壊していた。

  他にも列挙すればきりがない被害がそこら中に転がっていた。

  どれもこれも、自分達が原因なのは間違いなかった。

  一刀にとって最悪なのは、当事者であるはずの四人のうち三人がこの場いない、という事であった。

  「いや、待て待て、待ってくれ、華琳!

  こ、これは、俺のせいじゃない!

  あぁいや、その・・・俺のせいなところも、多少はあるかもだけど、でも!

  左慈とか、女渦とか・・・そいつらが襲ってきたから、だから、仕方ないところもあって!」

  「言い訳なら後で聞いてあげるわ。さぁ別の場所に行きましょう。・・・来なさい」

  そう言うと、華琳は一刀の腕を掴む。

  掴んだ手は鋼の様に硬く、振りほどく事は到底不可能だった。

  「え、あの・・・、ちょ、待って」

  「え、何か言った?」

  「ひぃ!だ、誰か・・・」

  身の危険を本能的に察知した一刀は助けを求めるべくその場に居合わせていた者達へ視線を配る。

  だが、皆揃いもそろって、一刀から目をそらした。

  「さぁ、行きましょう。か・ず・と♪」

  絶望に瀕した顔を浮かべ、引きずられる形で華琳に連行される一刀。

  その場にいた者は皆、ただ見送る事しかできなかった。

 

  

 

  「はぁーーー・・・」

  俺は深いため息をついた。

  俺(達)がやらかした事で生じた街の損害、死傷者の確認などを一通り済ませた後、

  曹操、劉備、孫策を筆頭とする成都に滞在していた、三国の重鎮達は城の大広間に集合していた。

  まぁ・・・俺はというと、鬼の形相の華琳から滅茶苦茶怒られていたわけだけど。

  俺だけのせいじゃないと訴えたが、怒り心頭の華琳は聞く耳持たずだった。

  言い訳は聞いてくれるって話だった気がしたんだけど・・・。

  まぁ、正和党の反乱で一度戦場となった成都の街もようやく復興の目途が立った矢先だからな。

  街の修繕の費用などを幾分か工面していたようだったし、華琳が怒るのも無理はない。

  「これで全員でしょうか?」

  俺達に囲まれるように干吉が立ち、貂蝉はそこから少し離れた場所から事態を見ていた。

  「・・・それで華琳、これから何が始まるの?」

  「私達が戦う敵の正体について話して貰うのよ。于吉、始めて頂戴」

  「・・・では、そろそろお話いたしましょう」

  「頼む」

  そう言って俺は頷いた。

  「まずはじめに、この世界についてあなた方にお教えしなくてはいけません、そう『外史』について」

  「外史・・・、左慈や伏羲もそんな事を言っていたな。

  確か正史に採用されなかった歴史って意味だけど、あいつらの言い回しだとそうではないよな」

  「如何にも、我々が言う『外史』とは、正史の中で発生した『人間の想念』によって観念的に作られた世界の事を指します」

  「何だって・・・、よく分からないんだが?」

  「例えば、正史のとある誰かがある想いで物語を創ったとしましょう」

  「作る・・・、小説や漫画みたいなものをか?」

  「その解釈で宜しいでしょう。

  この誰かによって創られた物語が『外史』という形で発生します。

  さらに、この外史を知った、または見た人間達がそれを起点とし、新たに創造された物語もまた外史となります」

  要するに、商業誌と同人誌みたいな関係のことを言っているのだろうか。

  「人間の想念が存在する限り、外史は新たな外史を生み出し、また新たな外史が生まれる。

  中には人々から否定され、忘却されてしまう外史も存在します。これが『外史』の概念です」

  「ちょっと待て。つまり、この世界も正史から生まれた外史だって言うのか?」

  「えぇ、こうして私とあなたが問答しているのを正史から見ている者もまた、確かに存在するのですよ」

  「そんな、馬鹿な・・・」

  「馬鹿な、とは?」

  「いや、だってそうだろ!俺はここにいて、この世界を現実と認識しているんだぞ。

  それを、実は全てフィクションでした、なんて―――」

  「―――ありえない、と?」

  「そ、それは・・・」

  于吉に言葉を遮られた上、氷のように冷たい目で睨まれ、俺は何も言い返せなくなる。

  「現実と空想は、明瞭に認識し区別する事は出来るでしょう。

  しかし、見方を変えればその認識は曖昧となり、空想が現実と成り得る可能性が生まれる。

  妙な話ですが、現実と空想が同時に存在する、この事象こそが我々の世界なのです」

  「・・・何だか、哲学的な話だな」

  「そう。だからこそ、この世界は存在できるのよ」

  「貂蝉?」

  離れた所から見ていた貂蝉が口を挟んできた。いつものふざけた雰囲気はどこへやら。

  「そうでなければ、あなたがこの外史の『突端』になることは無かったのだから」

  「・・・なるほど」

  貂蝉の言う事に、俺は妙な納得をしてしまった。いや、全く納得できないけれど。

  于吉達の話に従えば、俺がいた元の世界が『正史』で、この世界が『外史』ってことだよな。

  現実と空想は紙一重だから、俺はここに存在できる。そういう事なんだろうけど、うーん・・・。

  「さて、外史の概念について説明しましたので、話を次の段階に引き上げましょう」

 

  「ど、どうしよう・・・。まだ始まったばかりなのに、もうちんぷんかんぷんだよ~」

  「大丈夫よ桃香。私もあなたと同じだから・・・」

  「だよね、雪蓮さ~ん」

  予想はしていたが、ここまでの時点でも置いて行かれている人間が何名かいるな。

  一国の王様達ですらこの有様なんだから、仕方がないと言えば仕方ない。

 

  

 

  「今度は、この外史が生まれるまでの過程をお話しいたします」

  「この外史が生まれるまでの過程?」

  「それを語るうえで不可欠な物語。全ての始まり、正史から生まれた一つの外史。

  舞台はかの有名な三国志のモデルとなった後漢末期の時代。

  しかし、時代に名を馳せた武将達は美少女化している不思議な世界。

  この世界に降りたった『北郷一刀』は、最初に出会った関羽、張飛と・・・」

  突然自分達の名前が挙がって、驚きのあまり目を丸くする関羽と張飛が目に入ってきた。

  いや、それは俺も同じだ。

  全ての始まり、と于吉は言っていたがこれから何を語るつもりだ?

  「・・・名乗る二人の少女と共に戦い、そこから仲間を集め、乱世を終わらせるため奮起する。

  これが、この外史の発端となった始まりの物語です」

  「・・・・・・」

  発端・・・、そうか、そういう事なのか。

  これは俺であって俺ではない、別の『北郷一刀』の物語。

  俺の物語、この世界はここを起点に生まれた外史なんだ。

  「そして、私はこの外史を管理するために、ある勢力の一員として暗躍していました」

  「それって、どういうことだ?」

  「我々は外史の『管理者』。

  英傑や神仙の名前を持たされた存在はその外史を肯定、もしくは否定する事で外史と正史を観念的な結びつけを施す。

  それが管理者の役割であり、存在意義なのです。

  私と左慈は外史を『否定』する側に、『肯定』する側には貂蝉が立ち、外史の固定を進めました」

  「待て、貂蝉・・・お前もだったのか!?」

  正直なところ、左慈と于吉は見た目からしてそんな感じの存在だろうとは思ったが、まさか貂蝉もだったとは。

  「そう。私も管理者として、外史を肯定するためにご主人様に協力したのよ~」

  「物語が進むにつれ、我々の存在とその目的を知った北郷一刀は外史を肯定するため、私達と戦うことを決意しました」

  「それでどうなったんだ?」

  「結果的に言えば、この外史は終端を迎えた事で消滅しました。消滅はこの外史の定められた結末だったのです。

  しかし、北郷一刀はこの終端を新たな外史の『突端』とする事が出来ました」

  「そして、この世界が生まれた、ということか・・・」

  「仰る通りです。そして、あなたはこの外史の突端である『北郷一刀』から派生した新たな可能性の一つだったのです」

  「・・・・・・」

  一つの物語を聞き終えた。

  あまりに壮大な物語の余韻に浸る間もなく、新たな物語へと繋がっていく。

  その物語の主人公がこの俺だってことか?

  「信じられない、という顔をしていますね。

  では聞きますが、あなたがこの世界に降り立つ、それ以前の記憶を持っていますか?

  例えば、この世界にはどうやってやって来たのか、あなたは知っていますか?」

  「・・・いや、分からない」

  于吉に指摘され、改めて当時のことを思い返す。

  だが、いくら思い出そうと思い出せない。

  眠っていたのか、起きていたのか。それすらも思い出せなかった。

  どうやってこの世界に来たのか、結局何一つ分からなかった。

  だけど、それより以前の俺の過去がなかった。どうして今の今まで気が付かなかったのだろう。

  「そうでしょう、それもそのはず。

  あなたという存在は、この世界は・・・その瞬間から生まれたのです。

  ひどく惨いことを言いますが、あなたに『過去』は存在しないのです。

  あなたが過去と認識しているそれらは、この外史を成立させるためだけの設定、ただプロットに過ぎないのですから」

  「・・・・・・」

  于吉の言葉は、俺にとって思った以上の衝撃だった。

  俺の過去は作られたもの、いや作られたのは俺自身?

  俺は『北郷一刀』という架空のキャラクターに過ぎない存在だったのか。

  「なんだよ、それ・・・」

  「おや、もしかしてショックでしたか?」

  「当たり前だろ!」

  「・・・ですが、あなたは受け入れなくてはいけません。これから為すべき事のために。

  第一、知りたいと望んだのは他ならぬ、あなただったはずですよ」

  いつの間にか握り締めていた拳がぷるぷると震えていた。

  知りたいとは思っていたけど、今になって後悔している自分がいた。

  そんな俺を慰めるわけでも、憐れむわけでもない。この男が自身に与えられた役割を淡々と演じるだけの役者に見えた。

  「一刀」

  そこに、今まで沈黙を貫いていた華琳が初めて口を開いた。

  「・・・華琳、俺は」

  「あなたを形造った過去が仮初のものだった。けれど、それはあなたにとって重要な事なのかしら?」

  「それは・・・」

  「むしろ、『この世界で目を覚まして、そこから何を知り、何をして、何を感じたのか』

  そちらの方があなたには重要なのだと思うのだけれど、違ったかしら?」

  「・・・・・・」

 

  ―――この世界が夢か現か幻かなんて、この世の誰にも分からないわ

  ―――けれど、あなたがした事は・・・この街にあなたがもたらしたあなたの働きは、あなたの中に必ず残る

  ―――例えあなたが私達の前から消えたとしても、あなたの真実として。そして、私達の現実としてね

 

  ふと、あの時の華琳の言葉を思い出す。

  そうだ、そうなんだ。

  ここに現れる以前の記憶と過去が、ただの設定でしかなかったとしても。

  俺がここでしてきた事が、今の自分へと繋がっている。

  なら、それは俺にとっての記憶と過去になるはずだ。

  華琳の言う通りだ。

  悲観する必要なんてなかったんだ。

  「・・・・・」

  自分の手を見る。

  いつの間にか、もう震えは止まっていた。手の内は汗でにじんでいるけど、それはズボンで拭う。

  気持ちが落ち着いてきたところで、俺は疑問に思った事を于吉に聞いてみることにした。

  「・・・、3つ聞いていいか」

  「何でしょう」

  「外史は、人の想念ってやつから生まれるんだよな。という事は、その想念の数だけ外史も生まれる?」

  「その通りです」

  「なら・・・この世界以外も存在する?」

  「ふっ、その通りです」

  「じゃあ・・・」

  「あの外史の終端からこの世界を含め、幾つもの外史が生まれました。

  舞台は同じ、されどその外史で繰り広げられる物語は似て非なるもの。そういった世界がいくつも存在するようになった。

  我々はそれを『並行外史』と定義しています」

  「並行世界(パラレルワールド)ならぬ並行外史か。

  ・・・次の質問だけど」

  「はい」

  「その始まりの外史が消滅した後、お前達はどうなった?」

  「・・・私達は外史の挟間をしばし彷徨う事となりました」

  「ち・な・み・に♪ 私は色々な並行外史を行き来するようなったわ。

  けど、ここ最近はある事情で挟間を彷徨っていたのだけどぉ、そこを干吉ちゃんに保護されたってわけ。

  その後、私はこの世界の貂蝉と融合して、今ここにいるのよ」

  「は、融合?・・・いや、何でもない。今は何も聞かない。

  ・・・じゃあ、左慈が俺を殺そうとするのは?」

  「・・・・・」

  于吉は答えなかった。

  何か言えない理由でもあるのか。

  命を狙われている身としてはそこは是が非でも聞いておきたいところだが・・・。

  

  「ねぇねぇ、真桜ちゃん。隊長とあの人の話分かったの~?」

  「済まん、ほとんど分かってへん・・・姐さんはどないです?」

  「うちはさっきまで雪蓮たちと酒を呑んでたんや。急に呼ばれて、こないな話聞かされてもなーんも分からん」

  「なら、凪ちゃんは?」

  「何と、なく・・・」

  凪・・・、無表情過ぎるんだよな。あれじゃ霞達と大して変わらないだろう。

  まぁ実際この話だって、俺ともう一人のために聞いているようなものだから。

 

  

 

  「私からもいいかしら?」

  ここまで俺達の話に入らず、沈黙を貫いていた華琳がここで口を開いた。

  華琳のことだ。

  この場に立ち会っているほとんどの人間が話についていけていない中で唯一、

  もしかすると俺以上にこの話を理解しているかもしれない。

  「並行外史・・・、この世界と似て非なる世界が複数存在するのは分かったわ。

  それで、具体的にどういう世界があるのかしら?」

  「そうですね。

  例えば、北郷一刀が最初に出会ったのが劉備だった世界や、孫策であった世界もあれば、

  外史の主人公が北郷一刀でなく、別の人物である世界に、

  最初からそのような存在がおらず、外史の武将のみで語られる世界もあれば、

  この外史に酷似した異なる世界も複数存在します」

  「つまり、『もしも』という可能性があるだけ、それ相応の数多の外史が存在する。

  それこそ、夜空に輝く無数の星々のように」

  喋り続ける干吉を遮った華琳は並行外史に関する一つの結論へと至った。

  「そう、全く以てその通り。そして、きりがなくなってしまったのです」

  「んにゃ、どういうことなのだ?」

  干吉の言葉に、張飛ちゃんが頭の上に大きなはてなマークを浮かべながら尋ねた。

  「曹操殿のご指摘通り、並行外史は可能性がある限り増えていきます。

  そして、恐らくこれから先も増え続けていく事でしょう。

  それこそ無限に」

  「無限に・・・?」

  干吉が最後に付け加えたその単語に孫権は反応する。

  無限に増え続ける並行外史・・・、そしてきりがなくなった。

  「それって、何かまずいのか?」

  それが何だって言うんだ、という顔をする馬超。

  「外史は無限に増えるでしょう。

  しかし、この並行外史が存在する次元、つまり空間まで無限とは限りません。

  つまり、並行外史が増え過ぎた結果、限界を迎える可能性はあるのです」

  「空間?限界?

  ・・・・・・もう駄目、全っ然分からないの~」

  首を捻りながらも沙和は完全にお手上げ状態のようだ。

  だけど、それ沙和だけに限った事じゃない。

  ・・・仕方がない、少し俺なりに捕捉を入れておくか。

  「例えばだな、沙和」

  「うん」

  「・・・、腹が減ったから飯を食べに行く。その飯を外史とするぞ」

  「うんうん」

  「腹が減っているからその外史を食べる。でも、満腹を無視して食べ続けたらどうなる・・・?」

  「そ、そんなことしたらお腹が破裂しちゃうの~」

  「・・・あ!」

  「あぁ~なるほどなぁ、一刀の例え話は分かり易ぅて助かるなぁ」

  良し、ちょっと雑な例えだと思ったが、落としどころとしてはこんな感じだろう。

  一方で、于吉は今の話を聞いてか、眉間に皺を寄せていた。

 「北郷殿のそれは、かなり乱暴な理論ではありますが、大まかに言えばその通りです。

  実際のところ、外史の数が次元の許容を超える事は基本的にあり得ません。

  ですが、現在、並行外史が異常な速度で増え続けており、これが次元の許容量を凌駕する状態が続いていました。

  いわゆる『外史の飽和化』が発生したです」

  「外史の飽和化、か。それが起きると、具体的にどうなるんだ?」

  「・・・最悪の場合、外史そのものが消滅する可能性があります」

  「外史が、消滅って・・・!?」

  やばいってことは分かるが、話が壮大すぎて、さすがの俺でもついていけなくなりそうだ。

  一体何がどうして外史が消滅するなんて事になるんだ。

  「ですが、それを未然に防ぐために創られたのが『外史喰らい』と呼ばれるモノです」

  「外史喰らい?・・・何だそれは」

  「外史喰らい・・・正式名称、並行外史管理機構。

  外史の飽和化を防ぐため、『南華老仙』が創り出した並行外史を一括管理するためのシステムです」

  「南華老仙ですって?その人物もあなた達と同じ存在だというの?」

  華琳は南華老仙について干吉に追及した。

  南華老仙。

  華琳と初めて出会った時にもその名前が出たっけな。

  胡蝶の夢、俺とこの世界について華琳が語っていたことを思い出した。

  今思うと、本当にいい得て妙な話だったわけだ。

  「如何にも。肯定、否定のどちらにも属さず、中立な立場として外史の行方を見届けていました。

  そして、北郷殿は彼を知っている。・・・彼は『露仁』と名乗っていたようですがね」

  「・・・露仁が?」

  「そう、あの謎の商人こそが南華老仙だったのです」

  何というか、言葉が出ない。

  偶々偶然出会ったあの偏屈爺さんが実は管理者で、外史喰らいっていうモノを創った?

  俺には全く信じられないが・・・。

  「そして、この外史喰らいによって並行外史は管理される事となりました」

  「管理って、具体的に何をするんだ?」

  「システムの主な役割は、並行外史の発生の抑制、不要となった外史の削除・・・。

  そして、『外史の情報』を保管すること」

  「外史の情報・・・?」 

  「ここで言う情報とは、物語の土台となるもの。物語の背景、登場する人物達の設定、シナリオ等といったものです。

  外史喰らいによって不要と判断され、削除された外史は情報に変換・圧縮され、新たな外史の発生に再利用されるのです」

  「抑制、削除、保管・・・。

  ん、削除?まさか、この世界はその外史喰らいに削除されようとしている?」

  「察しが良いですね。・・・ですが、事態はそれ程単純ではないのですよ」

 

  

 

  「並行外史は大きく分けて二種類に分類する事が出来ます。

  敢えて言葉にするならば、『本家』と『分家』といったところでしょうか?

  『本家』は並行外史の中でも根幹となる外史、『分家』は本家から派生した、いわば枝のような外史です。

  本家となる外史が存在するからこそ、そこから派生した分家が存在できます。

  もし本家の外史が削除された場合、分家も併せて消滅する事になります。これは当然ですね」

  「そうだな」

  枝を切るだけなら幹は残っているし、逆に幹を切ればそこから伸びている枝も一緒に切られるからな。

  「ですが、外史喰らいが削除するのは飽くまで不要と判断された『分家』の外史。

  外史が無限に増える原因はこの『分家』にありますからね。

  故に『本家』の外史を削除する事はありえない。

  システムはその前提を元に機能し、並行外史は調節されていました」

  「いました?過去形になっているのは・・・」

  干吉はゆっくりと歩きながら再び喋り出す。

  「原因は分かりません。・・・ですが、外史喰らいの機能に異常が生じたのです。

  初めは微々たるもので、南華老仙も問題視していなかったようです。

  しかし、異常は次第に大きくなり、システムは別物へと変貌してしまった。

  そして己の使命を忘れ、無差別に外史を削除するようになったのです」

  そしてその歩みを止める。

  「外史喰らいの暴走が始まった瞬間です」

  「外史喰らいの暴走・・・」

  「外史喰らいは外史を必要以上に削除を実行し、情報を集め続けました。

  そして、とうとう『本家』の外史にまで手を伸ばした。

  無論、南華老仙もこの事態に対処するべく外史喰らいの暴走を食い止めようと試みたようです」

  「結果はどうだったんだ?」

  干吉は首を横に振る。

  「そこで何とか出来たのであれば、違った展開があったかもしれません。

  しかし現実は非情なもの、既に外史喰らいは南華老仙の手に負えなくなるまでに強大になっていたようです。

  南華老仙は、システムに関する全ての権限を奪われてしまった」

  「・・・・・・」

  話に入ってくるわけではないが、南華老仙に話になると心なしにか貂蝉が悲しそうな表情をしていた。

  それが何を意味するのかは、俺には分からなかった。

  「南華老仙という枷から解放された外史喰らいの勢いが止まるはずもなく、『本家』の外史を次々に削除、

  いえ・・・厳密には『北郷一刀』を殺害していきました。

  外史の削除は言うなれば副次的な事だった」

  「俺を・・・殺す?どういう事だ、それ?」

  「どうにも外史喰らいの狙いは、外史の突端である『北郷一刀』だったようです。

  その理由については、残念ながら我々にも分かりません。

  北郷一刀を消すだけならば、外史を削除するだけで事足りてしまうのですから。

  ですが、外史喰らいにとって『北郷一刀』は重要かつ危険な因子と認識しているようです。

  故に、外史喰らいは自身の分身とも呼べるモノをわざわざ外史に送り込み、直接殺害している」

  「その分身っていうのが、伏羲と女渦なんだな?」

  「そうです。

  そうして、残る本家の外史はこの世界だけになっている、というのが今の状況なのです」

  「俺が殺されて、この世界が消されたら・・・

  今までの話からすると、外史は全て消滅するんだな」

  「その通りです。本家となる外史が全て削除されれば、根幹を失った他の並行外史も全て消滅、後は何も残らないでしょう」

  相変わらず話が壮大過ぎて俺自身ちゃんと理解出来ているのか怪しい。

  それでも、この世界と俺がまだ無事だったのは運が良かったというか・・・。

  「しかし、外史喰らいにとってこの外史はイレギュラーな存在でした」

  「どうしてだ?」

  「・・・あなたが不在だったからです」

  「それは・・・」

  「確かに一刀はこの二年間いなかったわ。それが外史喰らいにとって想定外のことだったというのかしら?」

  「それはそうでしょう。

  死んでいるわけでも、別の並行外史に飛ばされたわけでも無く、別次元の外史に飛ばされてしまっていたわけですからね」

  「別次元?・・・それは一刀が元々いた、未来の世界のことを言っているのかしら」

  「未来、ですか・・・まぁその通りです。

  そのため、外史喰らいは北郷殿を殺害する事が出来ない状況にあった。

  そして、北郷殿が存在しないこの外史を削除する事に意味がないと判断したのでしょう。

  外史喰らいにとって、どうやら北郷一刀の殺害は外史削除以上の優先項目のようですから」

  「・・・だそうよ、一刀」

  含みのある言い方に加えて、華琳は横目に俺を見てきた。何というか嫌な感じだ。

  「な、何だよ、華琳・・・何が言いたいんだよ?」

  「いいえ、別に。

  ただ・・・、私達を置いて元の世界に戻ったのは、あながち間違いではなかったのかも、と思っただけよ」

  「ッ、好きで帰ったわけじゃ・・・!」

  「あら、別にあなたを責めているわけではないわよ。

  むしろ感謝しているわ。あなたのおかげで今日までこの世界は存続できたのだから」

  「それ、ただの皮肉じゃないか!」

  「あら、皮肉の一つも言わせてくれないのかしら?」

  「か、勘弁してくれよ・・・」

  「はいはいそこまで。夫婦喧嘩は犬も何とやらよ、お二人さん?」

  俺達の間に孫策が割って入ってくれたおかげで、この終わりのない会話を終らせることが出来た。

  全く、まだ根に持っているのかよ、華琳・・・。

 

  

 

  「全く、また話が逸れてしまいましたね。

  ・・・南華老仙にとって、あなたは最後の希望でした。外史喰らいの暴走を止められる唯一の可能性として」

  「可能性・・・」

  「外史喰らいの暴走を止められなかった南華老仙は我々に接触、協力を取り付けた後、あなたが存在する外史を探しました。

  しかし、肝心のあなたは別次元の外史にいた。次元が異なる故に、あなたに接触するのは困難を極めました。

  そうして、手をこまねいていた間に外史喰らいに先を越されてしまいました」

  先を越された・・・、待てよ。

  まさか、あの夜に出会ったあいつが?

  今の今まですっかり忘れていたけど、あいつと遭遇して訳が分からない内にこの世界に戻ってきたんだった。

  「それじゃあ、あの時の白装束のあいつは?」

  「外史喰らいが送った分身でしょう。

  その場であなたを殺さなかったのは、不幸中の幸いでした」

  確かにそうだ。

  あの時、外史喰らいはそこで俺を殺す事は出来たはずだ。

  なのに、そうしなかったのは何か理由があったのか?

  「これは私の想像ですが、恐らくこの外史とあなたが繋がっている必要があったのだと思います。

  次元の異なる世界のではなく、この世界の北郷一刀という形を成立させなくてはいけなかった。

  だからこそ、あなたを探して、わざわざこの外史に戻したのでしょう。

  そうする事で、初めてあなたに殺す価値が生まれる、という具合にです」

  「何というか、回りくどい話だな」

  「ですが、それに救われたのも事実です。

  そのお陰もあって、あなたはこの世界に戻って来られたのですから」

  そう聞くと、敵ではあっても、あいつには感謝しても良いかもしれない。

  「それともう一つ嬉しい誤算がありました。

  原因は不明ですが、どうやら時間系列にずれが生じ、その時点より更に一年先の世界にあなたは飛んでしまったのです」

  「・・・俺があっちで過ごしていたのが1年だったのに、こっちでは2年って妙にズレていたのはそういう訳だったのか」

  「この空白の一年は、我々と外史喰らいにとって冷戦状態でした。

  来るべき一年後に備え、我々は北郷殿の落下地点の予測、その周囲に結界を張るなど、向こうよりも先に北郷殿に接触できるように、様々な工作を施してきました。

  そして一年後、この外史にあなたは再び降り立った」

  「なら、蜀で会った左慈は・・・」

  「えぇ、外史喰らいよりも先にあなたと接触し、南華老仙の元へと連れて来る。それが彼の仕事でした」

  仕事だって?何だよそれ。

  俺はあいつに谷底に落とされたんだぞ。

  話が全く違うじゃないか。

  その後も、俺はあいつに何度も命を狙われたぞ。

  待てよ、それじゃあ・・・。

  「なぁ、今思ったんだが、左慈は外史喰らいと組んでいるんじゃないか?」

  俺を殺す、という目的は一致しているんだ。

  その可能性だって充分にあるはずだ。

  「成る程・・・。ですが、その可能性は低いかと思います。

  彼は他者と歩みを合わせられる程、器用ではありませんからね」

  「だが、あいつは俺を谷底に突き落としたんだぞ。

  少なくともあの時点で、お前達とは違う思惑で動いていたんじゃないか?」

  「あれは私も予想外でした。あの時にしっかりと対処すべきだったと後悔しています」

  「・・・・・・」

  元から胡散臭い奴だとは思っていたが、どうにもこいつの本心が分からないな。

  どこか申し訳なさげな雰囲気を醸しているが、それがどこまで本気なのか俺には判断が付かない。

  「私を信じて頂かなくて結構です。

  私は、ただあなたに伝えるべき事を伝えているだけなのですからね」

  「・・・・・・分かった、それで構わないさ」

  俺の考えていることが見抜かれたようだ。

  開き直ったようにも見えるが、こいつを疑ったところで意味なんてないよな。

 

 

 

  「話を戻しましょう。

  いくつかのトラブルに見舞われましたが、ようやく南華老仙はあなたと接触する事に成功しました。

  もっとも、あなたは気を失っていたので分からないでしょうが、その時にあなたの体に無双玉が埋め込まれたのです」

  「むそう、ぎょく・・・って、もしかして俺のこの力と関係があるものか?」

  異形の怪物たち、そしてあの伏羲を倒した自身の力。

  露仁、南華老仙は恐れるな、自分を信じろと言ったこの力は何なのだろう。

  俺はようやくその答えを得られる機会を得たようだ。

  「勿論。その力はあなたの体に埋め込まれたのは『外史の情報』です。無双玉とは我々の間での通称です」

  俺は困惑した。

  得たいの知れないものの正体が分かったのは良いが、斜め上の答えすぎてどう反応したら良いのやら。

  「・・・けれど、それは外史の発生に使われるモノなんだろう?」

  「『外史の情報』は、言わば一種のエネルギー物質です。

  このエネルギーを利用して、あなたはこれまで能力向上や物質強化をする事で戦ってきたのです。

  金色に輝く瞳や青色の炎は、外史の情報を消費する事で発現する現象ですが、

  そうやって、あなたは、あなたの想像する最強を無意識のうちに具現してきたのです」

  「俺の想像する最強、ってなんか恥ずかしいな。中二病じゃないんだから」

  「ふっ、別にいいではありませんか。誰もが一度は通る道、恥ずかしがる必要などありませんよ」

  「・・・・・・」

  なんかフォローされてしまった。

  というか、誰もが通るって・・・大部分の人間は妄想の域を超えないのだが。

  「ですが、それは誰にでも為せる事ではありません。

  外史の情報・・・、我々はそれを『無双玉』と通称で呼んでいる。

  この無双玉の膨大なエネルギーを常人が取り込めば暴走状態になり、耐えられずに消滅する。

  それを利用できるのは極一部の存在なのです。

  我々のような管理者や・・・」

  「そして俺・・・なのか?」

  于吉は無言で頷いた。

  「北郷一刀は外史の突端。人の想念を基に、外史の情報を得て外史を発生させる。

  ある意味『火種』ともいえる存在、外史を成立させるためには不可欠な要素なのです」

  「火種、か・・・」

  無意識に、その単語を口ずさんだ。

  意味は分かっても、やっぱり理解には程遠かった。

  そんな俺を他所に、于吉は話を続けた。    

  「外史の情報は先に言った通り、外史喰らいが管理しています。

  ですが、全ての権限を奪われる直前、南華老仙は最後の力を使用し、わずかとはいえ情報を手に入れたようです。

  そして、その情報から無双玉を三つ創ったのです」

  「ん、3つだって?

  ひとつは俺が取り込んでいるとして、残りふたつは・・・」

  「残りもすでにある二人に託されています」

  ある二人とか、回りくどい言い方だな。・・・けれど、俺には心当たりがあった。

  「左慈と・・・朱染めの剣士、だな?」

  「はい、その通りです」

  「やっぱり・・・」

  予感はあった。

  戦っていて、あの二人の力は俺と同一のものだって感じていたから。

  けど、左慈は分かるとして、まさか朱染めの剣士もそっち側の人間だったとは。

  「朱染めの剣士もお前達の仲間だったんだな。せっかくだ、あいつについても話してくれ」

  「はいはーい!沙和もそれ聞きたいのー!」

  「え、沙和・・・?」

  今まで黙っていたのに、急にどうしたんだ。

  「蓮華様も知りたいですよね!」

  「えっ!?

  ・・・ぁ、いえ、その、まぁ・・・たしかに」

  沙和に急に振られた孫権は顔を赤らめ、あたふたしている。

  「沙和!蓮華様を困らせるような真似は控えろ」

  「そんなこと言って~、思春さんも知りたいくせになの~♪」

  「そ、そんなこと・・・はっ!」

  「あらら~、思春ちゃんもお顔が真っ赤になってますねぇ~」

  「う、うるさいっ!」

  「・・・・・・」

  さ、先程までの重苦しく、張り詰めた空気がいつの間にか、わいわいがやがやと賑やかなものに変わっている。

  あちらこちらから聞こえてくるは恋バナムードのガールズトーク。

  俺はきっと間抜けな顔をしているんだろうなー。

  「―――ッ!?」

  背筋が凍るような感覚、背後から凄まじい圧を浴びる。

  当然、この場にいた皆もそれを感じ取ったようで、喧噪は一瞬で沈黙へと変わる。

  中には身構え、武器に手を掛ける者も何人かいた。

  皆の視線が俺に、いや、俺の背後に立つ男に集中する。

  俺をゆっくりと振り返る。

  「・・・・・・」

  男はどちらかと言えば学者、賢者寄りの人物だろう。

  だが、その男から放たれた圧は戦場の鬼神そのものだった。

  「話を、続けても、宜しいでしょうか―――?」

  于吉は眼鏡を掛け直し、眉間に皺を寄せ、そして確かめるように言った。

  その問いに対して、首を横に振る者は誰一人いなかった。

  「・・・まぁ、しかし。彼の正体については、ある程度目星がついてる方がいるようですね」

  「・・・っ!」

  「勿体ぶらないで、早く言ってくれ」

  朱染めの剣士。交わした言葉なんて数えるくらいだし、外見を確認する暇なんて当然なかった。

  ・・・なかったけど、分かる事は確かにあった。

  まるで空気に触れて酸化した黒ずんだ血の様な、赤黒い上着。

  けれど、色が違っていても間違いなかった。

  ・・・間違えるはずが、なかったんだ。

  だってあれは・・・、聖フランチェスカ学園指定の制服だったのだから。

  これまでの話を聞いて、俺の予感はようやく確信に変わった。

  「・・・北郷一刀。

  この外史と同列の並行外史の、・・・もう一人のあなたです」

  「「えぇ―――っ!?!?」」

  于吉の衝撃的な答えに、この場は騒然となった。

  もう一人の俺、かぁ。

  そう言われてもやっぱり実感がなかった。

  同じ人間だと言っても、俺とあいつでは違うのだから。

  しかし、ここで一つ疑問が浮かんできた。

  「だが于吉。お前の話だと、残っているのは俺だけなんだろう?

  矛盾しているじゃないか」

  「いいえ、矛盾はしていませんよ。彼はすでに殺されていますから」

  「何だって?」

  一瞬、思考が止まった。けれど、じゃあ、まさかあいつは・・・?

  「今の彼は、言わば生きた屍。

  『北郷一刀』だった亡骸に埋め込まれた、無双玉の力によって、辛うじてこの世界に繋ぎ止めているのです」

  「・・・・・・」

  「彼の外史は、女渦の介入よって削除されました。

  ですが、私は外史喰らいに気づかれないよう死体となった彼を外史から運び出しました。

  戦力と成り得るものであれば、死体であっても良かった。

  こちらには、それを利用するに必要な要素を持ち合わせていましたからね」

  「・・・・・・」

  「無双玉の力で息を吹き返した彼の中に、外史喰らい・・・女渦に対する復讐心がある事は分かっていました。

  私は、彼の『復讐心』を焚きつけ、この戦いに協力するよう取り付けました。

  そして、この外史に女渦がいると知った彼は、復讐を果たすために降り立ったのです」

  「・・・・・・」

  「何か言いたい事がありますか、北郷殿?」

  「・・・別に」

  死んだ奴を生き返らせるだけじゃなく、そこに復讐を焚きつけて、更に鞭を打って戦わせる。

  こいつの言っていることは、正気の沙汰じゃない。

  利用できるものは何でも利用する。そうせざるを得ない状況にあるのだろうとは思うが。

  「仰りたい事は分かります。

  実際、彼は自暴自棄になっており、随分と捲し立てられましたよ」

  「まぁ、そうなるよな。

  ・・・そう言えば、あいつは今どうしているんだ?」

  俺の質問に、于吉はすぐ答えなかった。

  俺を睨むように、何かを躊躇っているかのように于吉は閉じていた口をゆっくりと開いた。

  「彼には、一時的に休眠状態に移行して頂きました」

  「休眠?」

  「死体を動かす、というのは思いの外エネルギーを大量に使うようでして。

  調べてみたところ、彼に埋め込まれた外史の情報は底を尽きかけていました。

  なので、情報を消費しないよう休眠して貰い、加えて情報を新たに補充している最中です」

  「給油中ってわけか」

  「その通りです。もっとも、満タンにするには程遠く、正直に言って微々たるもの・・・。

  枯れた泉に一滴の水を垂らすようなものです」

  「そ、それで大丈夫なのか?」

  「大丈夫でなくとも頑張ってもらうしかないのです」

  「・・・もし、底を尽いたら・・・あいつはどうなるんだ?」

  「骸に戻るだけです」

  

  「っ!」

  「蓮華様・・・」

  「蓮華・・・」

 

 

  

 

  「現状、あなたが伏羲を倒した事で外史喰らいの分身は残り二体。その後新たな分身が送り込まれた様子はありません」

  「待て、今2体って言ったのか?

  それじゃあ、女渦以外にもう1人いるのか?」

  「えぇ、ですが詳細はこちらでも把握出来ておりません。他の二体と違い、表舞台に立つ事を嫌っているようでして」

  マジかよ・・・。伏羲と女渦だけでも厄介だったのに、もう一人いるのか。

  一体・・・何者なんだ。

  「ねぇ、もしかしてそれって祭のことかしら?」

  ここで意外な人物が、孫策が声を上げた。

  祭って、俺の記憶が正しければ黄蓋の真名だったはずだけど・・・。

  「雪蓮さん、どういう事ですか!黄蓋さんは生きていたんですか!?」

  「生きていた、か・・・。そうだったら良かったのだけれど」

  「え?」

  「それはどういう意味かしら、雪蓮?」

  華琳は孫策を追求する。

  赤壁で死んだはずの黄蓋が実は生きていた、どうやらそんな喜ばしい話ではなさそうだ。

  孫策の話によると、成都に来る道中で黄蓋に会ったようだ。

  だが、その直後に黄蓋は引き連れていた傀儡兵達と一緒に孫策達を襲撃したらしい。

  更にそこに朱染めの剣士が現れて・・・と、その時の出来事を孫策は要点を絞って説明した。

  孫策の話を聞き終えたところで于吉が口を開いた。

  「黄蓋殿については、こちらも把握しています。ですが、本人ではありませんよ、残念ながら」

  「そうなの?」

  「あの黄蓋殿は、外史喰らいがこれまでに集めた『黄蓋公覆』の情報、それを基に女渦が組み上げた人形(ひとかた)。

  言い方を変えれば、黄蓋公覆の皮を被った傀儡兵、という事です」

  「・・・そう。それが分かっただけでも、この場に集まった甲斐があったわ」

  于吉の話を聞き、心なしか孫策は少し安堵した顔をしていた。

  これまでの経緯を考慮しても、あの黒尽くめの傀儡兵は外史喰らいの戦力とみて間違いないだろう。

  黄蓋もまた外史喰らい側であるのは間違いないだろう。

  けれど、妙な違和感があるのは何故だ?

  ・・・駄目だ、根拠もないのに下手な事は言えないな。

  とはいえ、生きていたと思ったはずの仲間が実は敵に与していて、更にその正体は見た目そっくりな人形。

  普通、そんな事を言われて平然でいられないと思うが、そこは戦乱を生きた人間特有の感性なのか?

  「・・・なぁ于吉。少しは言葉を選ぶって気遣い、出来ないのか?」

  「申し訳ありません。

  ですが、言葉を選んだ結果、事実を歪めてしまうのは避けたかったので」

  「いや、そうだとしても・・・」

  「良いのよ、北郷。この男は間違ったことは言っていないから。

  けど、気にしてくれてありがとう。間違っていないけど、ちょっとむっとしていたしね」

  「伯符・・・」

  「おやおや、私も嫌われた者ですね」

  「別に嫌っているわけではないのよ。ただなんとなーく気に入らないのよね、何故か?」

  あぁ、そうか。三国志での于吉は孫策の死に大きく関わっているんだよな。

  無意識とはいえ直感的に敵と感じているのかもしれない。

  まぁ、それを抜きにしても、こいつのキャラじゃそれも仕方がないのだろうけど。

  ・・・とはいえ、こいつは良くも悪くも誠実な人間だ。

  だからこそ、俺はこれからについて于吉に聞いた。

  「これから俺達はどうすればいいんだ?」 

  「外史喰らいがこのままあなたを放っておくはずがありません。

  あなたが動かずとも、向こうから動くでしょうが、それでは後手に回るばかり。

  最後は詰むことになるでしょう」

  「つまり、こちらから先手を取っていく必要がある、と?」

  「はい。しかし、現状では困難であると言わざるを得ません」

  「何故だ?」

  「外史喰らいが次の手を打ってきたからです」

  「何だって!?」

  「話を始める少し前にこの外史の状況を確認したところ、呉の建業と魏の涼州の二点で異常が検知されました。

  詳細は分かっていませんが、外史喰らいの仕業である事は間違いないでしょう」

  「どうしてそれを先に言わなかったんだ!」

  「先に言っては話どころではなかったでしょう」

  「な・・・ッ!?」

  「いずれにせよ、これらを解決しない事には『次』はありません」

  「次・・・か。俺達に次があると思うか?」

  「なければ、全てお終いですよ」

  「・・・・・・」

  なんて身を蓋もない話だよ。

  やるしかないのは俺だって分かっている。弱音を吐いている暇なんてない。

  だけど、勝てるイメージが全く湧かないのが本音だ。

  途方もない話に、俺は頭を抱えて、溜息をつくしかなかった。

  「・・・確かに。あなたにすれば敵は想像を絶する脅威でしょう。

  ですが、あなたは伏羲を倒しました。

  結果だけで見れば、その脅威に対抗出来る術があなたにあるのだと思えるのですがね」

  「・・・・・・」

  「北郷殿、改めてお願い申し上げます。

  その力を以て、どうか外史喰らいの暴走を止めて下さい。あなたが最後の可能性なのです」

  可能性・・・か。でも、それは要するに・・・。

  「・・・要するに、南華老仙、あの爺さんの尻拭いをしろってことか?」

  「身も蓋も無いことを言えば、そうですね」

  「・・・・・・」

  俺は自分の胸に手を当てる。

  ようやく露仁の、南華老仙の言っていたことがようやく理解できた。

  「クソ・・・!」

  頭をかきむしる。

  これまで色々と言われたが、納得のいかないことばかりだ。

  ふざけるな、と叫びたい。

 

  ―――だけど。

 

  ―――それでも。

 

  ―――俺は。

  

  ―――”逃げる”という選択だけは選ぶわけにはいかなかった。

 

  「ようやく覚悟が出来たようね」

  「華琳。皆・・・」

  華琳、そしてその後ろには皆がいた。

  華琳、凪、沙和、真桜、霞、風、稟・・・。

  彼女達の顔を見る。

  誰も不安そうな顔はしていない。

  それどころか、大丈夫と言わんばかりの自信で俺に頷いてくれる。

  敵は確かに強大だ。

  けれど、俺は一人じゃない。

  だからこそ、・・・俺は戦う。

  あんたに言われたからじゃない。

  この世界を、華琳達を、そして俺自身のためにも・・・。

 

 

 

 


 
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