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真・恋姫無双 ~美麗縦横、新説演義~ 第三章 蒼天崩落   第十四話 開幕

茶々さん

漸く最終決戦(の始まり)です。

2011-01-20 14:55:14 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:1806   閲覧ユーザー数:1634

 

許昌の大正門を挟んで、両軍は対峙していた。

 

 

『魏』『呉』『蜀』の三国同盟軍は総数十万を超える大軍と、名だたる英雄豪傑。

対する『晋』は十万近い大兵を以て城壁を完全に固め、歩兵や弓兵を中心とした防備の構え。

 

距離にして数百メートルもなく対峙した両軍は、しかし恐ろしいまでの静けさを保ち続けていた。

 

 

 

 

 

 

「許昌は四方を城壁で囲み、左右を対の郭(くるわ)が守る事でその防備は万全。城内に兵糧も蓄えてあるし、囲い攻めをしても一年は耐えきるでしょう」

 

 

軍議の席上で、稟は落ち着き払った声音で言った。

 

 

「ですから、前面に此方の主力をぶつけて敵を引きつけ、その間に左右の郭を抑えて三方から狭撃するのが良策……ですが」

「問題は、敵がそれを承知で布陣している事なんですよ~」

 

 

間延びした様な口調で穏が次いで口を開いた。

 

 

「向こうは間違いなく何かしらの罠を張っている筈ですから~、此方としては相手にその余力を与えてはいけないんです~」

「つまり……犠牲を承知の上で正面突破を敢行しろ、と?」

 

 

穏の言葉に、訝しむ様に蓮華が口を開く。

それに対し、穏は引き締めた面持ちで神妙に頷いた。

 

 

「犠牲を厭えば、それだけ敵に突け入る隙を与えてしまいます。ですから……」

「―――ならば、その役目は我らが引き受けよう」

 

 

言って、立ち上がったのは春蘭だった。

 

軍議の衆目が一斉に彼女に集まる。それを全て浴びながら、しかし春蘭は鋭い気勢を鈍らせる事無く続けた。

 

 

「本来、これは私達で決着をつけねばならない身内の恥。それをこうして助力を仰いでおきながら、その様な労を他人に押し付ける訳にはいかない」

 

 

言って、春蘭は自分の胸中に渦巻く感情を噛み締めた。

 

 

―――魏武の大剣を自負していながら、守るべき主を囚われ。

―――同朋と信じていた者の、その内に秘めていた野心に気づけず。

 

 

在るのは後悔よりも、絶望よりも、憤怒。

 

 

己への怒り、司馬懿への怒り。

何より、この乱世と云う名の『業』への怒り。

 

失った隻眼の奥に、静かに燃ゆるその闘志を、しかし今は抑えつけて。

 

 

「―――先陣は、この夏候元譲が務めよう」

 

 

第一の忠臣は、凛然と言い放った。

 

           

 

「敵は正面に此方を引きつけ、その隙に左右の郭を狙う」

 

 

玉座に悠然と腰かけながら、司馬懿は仕掛けの晒された芸を見る様な視線を席上の地図に向けた。

 

 

「右の郭は三方を平地に囲まれており、此方の方が守りづらいのは向こうも承知している。故に右は『捨てる』」

 

 

部隊に見立てられた石を一つ捨てて、司馬懿はゆっくりと立ち上がった。

 

 

「左は正面を森、城壁の対を崖に囲まれ、攻めるとすれば正面が妥当。此方に都合の良い地形故に敵は右に兵を割くと見る。故に左で『攻める』」

 

 

その言に、諸将が僅かにどよめいた。

 

 

「恐らく……春蘭さんあたりが先鋒を務めて正面を攻め、右は兵力の多い呉軍、左は機動力に長けた蜀軍が来るでしょうね~」

 

 

周囲の動揺を余所に、酷く落ち着き払って風が口を開いた。

 

 

「そして、春蘭さんの奮闘に慌てて正面を固めた所で蜀軍が左の郭を落とし城内に突入……そのまま一文字に中軍を斬って、右の郭を攻め落として陣容を固め…………おぉ、あっという間に此方の敗北ですね~?」

 

 

小賢しい悪戯を思いつた様な笑みを浮かべて風が言うと、司馬懿はほくそ笑んでから視線を奔らせた。

 

 

「霞」

 

 

呼んだ女傑は、広間を支える柱の一つに身体を預けていた。

愛用の偏月刀を侍らせたまま、閉じていた瞼を僅かに開けてチラリと司馬懿を見やる。

 

言外に、「早ぅ指示を寄こせや」とでも言いたげなその仕草に、しかし司馬懿はさして気に止めた様子もなく呟く。

 

 

「正面は貴様が固めろ。後方は……青藍、貴様に委ねる」

「はっ」

 

 

次いで告げられた真名に、恭しく頭を垂れて青藍が応えた。

 

 

「左方は風、右は張郃にそれぞれ一任する」

「はいですよ~」

「ええ……任されましょう」

 

 

それぞれに笑みを浮かべながらの返答に司馬懿は満足げに頷き、ぐるりと諸将を見まわした。

 

 

「臆した者は逃げろ。大義は向こうにある。今この場で裏切ろうと、罪でも恥でもない。

 

……だが、その心の一片に僅かでも意地があるのなら、その全てを私に示し、眼前の敵を穿て。

 

 

恐れるな。

 

恐怖は貴様らを殺さない。

臆病は貴様らを殺さない。

 

 

傲慢こそが、真に死する因と知れ」

 

 

その目に、最早狂気は欠片も存在しない。

 

鋭い眼光の奥底に宿るのは、決意。

 

如何な甘言を以てしても決して揺るがないであろう、彼の根本より突き立つ想いだった。

 

 

「時代に示せ、貴様らの誇りを。

 

―――そして繋げ、次代への想いを」

 

       

 

俄かに外が騒々しい。

 

転寝から目覚めた華琳は、つとそんな事を思った。

 

牢の外で忙しなく響く怒声や何かを動かす物音。反して、牢の中は恐ろしい程に静まりかえって外の騒々しさを際立たせる。

 

 

―――何処かへ、遠征にでも行くのだろうか?

 

 

思い、そんな事を自分が気にしてどうすると華琳は嘲笑を浮かべた。

あの大馬鹿者が何をするのか、どうするのか。そんな事は知らないし、知ろうとも思わない。

 

 

好きにすればいい、とさえ思った。

 

司馬懿が何をするのかは知らない。

だが彼程度の小細工、一刀であれば乗り越える。

 

そんな確信が華琳の中にはあった。

 

 

彼が何をしようと、どうしようと、一刀や春蘭、桂花や秋蘭―――多くの仲間と共にある『魏』は。

華琳の希った国という『器』は、たかだか一人の巨石如きでは潰されないし壊されない。

 

 

精々足掻いて、そして痛い目を見ればいい。

その後でたっぷりと叱りつけてやって、今度は誤らない様にしてやればいい。

 

 

 

 

 

―――ガタン、と音が鳴った。

 

 

今までとは明らかに質の異なる不穏な音に、華琳はスッと顔を上げ、音の鳴ったと思しき方向へ意識を向けた。

 

ゴトゴトと続く様に音が鳴り、ややあって誰かが走る様にして廊下を蹴る音が響く。

 

 

そうして、その音の主は現れた。

 

 

「―――華琳様ッ!!!」

「桂、花……?」

 

 

息を切らせて、身体のあちこちにすす汚れた跡が残り、頬を幾筋もの涙が伝いながらも喜色を満面に浮かべた少女―――桂花の姿に、華琳は目を見開いて驚きを露わにした。

 

 

「華琳様……よくぞ、よくぞ御無事で!!」

 

 

感極まった様に咽び泣く桂花。

続いて四、五名の兵士が現れ、牢の戸を壊そうと武器を向けた。

 

 

「桂花……どうして此処に?」

「ぐしゅ……ッ、詳しい事は後です。今はとにかく脱出を。都の外に陣が構えられておりますから、そこまで走り抜けば―――」

「――――――――予定通り、ですね~」

 

 

飄々とした声音が、唐突に投げ込まれた。

喜色を驚愕に染めて振り向けば、暗がりから一人の少女が姿を見せる。

 

 

ふわふわとした金髪が揺れ、小柄な体躯が一歩一歩歩み寄る。

 

 

「臨戦態勢で外に意識が集中する中、警備が薄くなる時間を狙っての脱走の手引き。元々の造りはさして変わりありませんし、桂花さんなら抜け道の細部まで御存知の筈と疑いませんでしたから、華琳様の居所をそれとなく流せば、きっと此処に来ると思っていましたよ~?」

 

 

蝋燭の灯りが、声の主を照らす。

 

 

「お久しぶりですね~?桂花さん」

「風……!!」

 

              

 

バッと、桂花の後ろにいた兵士達が武器を構える。

 

だがそれを見ても、風は強かな笑みを絶やす事はなかった。

 

 

「今更華琳様を連れだしてどうするおつもりですか~?大義だの正義だの、そんな世迷い事の為に脱走するというのなら、此処で戦が終わるまで閉じ込められて貰いますよ~?」

「アンタなんかと話している暇はないのよっ!!この裏切り者!!」

「裏切られるのは無能の証ですよ~?それにその程度の野心も見抜けないのでは、軍師失格なのではないですか~?」

 

 

やれやれ、と風はあからさまに侮蔑した様に肩を竦めた。

 

 

「風……」

「おやおや~?何か御用ですか、囚われの『元』丞相閣下~?」

 

 

風の言葉に桂花は射殺さんばかりの視線を叩きつけるが、風はそれを意に介した様子もなく視線を華琳へと向ける。

 

冷静な声音を保ったまま、華琳は口を開いた。

 

 

「貴方の言う通り、裏切られるのは無能の証なのでしょうね。司馬懿の野心を見抜けない様な愚か者が、貴女が気づけた彼の『本心』に気づける筈もない。それは道理よ」

「華琳様……?」

「なら風……いいえ、程昱仲徳」

 

 

キッと、華琳の眼光が鋭さを帯びた。

 

 

「貴女は彼の『本心』の全てを知っていると、そう言い切れるの?」

 

 

その言葉に、僅かに風の瞳が揺れた。

 

 

「……どう、いう意味ですか?」

「牢の中で、随分と考える暇があったのよ」

 

 

壁にもたれ掛かりながら、華琳は独り言の様に呟く。

 

 

「この謀反は、本当に己の野心の為だけに起こしたものなのだろうか……ってね」

 

 

その言葉に、今度は桂花が目をむいた。

 

 

「か、華琳様!?それではまるで、司馬懿の目的が別にあったとでも―――!!」

「そう、だとしたら?」

 

 

桂花の動揺を余所に、華琳は落ち着き払った声音で続けた。

 

 

「……だとしたら、自ずと答えは見いだせるわ。彼の目的は―――」

「黙って貰えませんか」

 

 

凛然とした風の声音が、華琳の言葉を遮った。

そこに至り、漸く桂花は風の表情が強張っている事に気づいた。

 

 

「……やはり、そうなのね」

 

 

疑問ではなく、断定。

華琳の確信めいた言に、風の眼光が鋭くなった。

 

 

「―――ならば尚の事、私は此処から出て、あの馬鹿者を止めに行かねばならないわ」

「……そうはいかない、と言ったら?」

「そんな事を貴女が言う訳ないでしょう?」

 

 

風の言葉に、しかし華琳はニヤリと笑んだ。

 

 

「貴女の本当の『目的』を達する為には、私が此処から逃げて、あの馬鹿者と対峙する必要がある……そうでしょう?」

「………………敵いませんね~」

 

 

カラン、と金属の落ちる音が牢獄に響いた。

 

 

「では精々、風の為に頑張って下さいよ~?」

「はき違えられては困るわ」

 

 

風の言葉に、華琳は心外だとでも言いたげに言い放った。

 

        

 

「私は『私達』の為に、今この瞬間を往くのよ」

 

        

 

許昌の大正門の前に集う連合軍の大軍。

雲海の如き大兵の最前列に、猛々しい黒馬を駆る戦乙女の姿があった。

 

 

「…………」

 

 

嘗て、何気なく通っていたこの門を、都を。

今自分は攻め落とし、同朋と呼んだ男を刎ねなければならない。

 

そうしなければ、主の願いが閉ざされてしまう。

その覇道を閉ざす事は、誰であろうと許しはしない。その決意に変わりはない。

 

 

ないのだが、やはり心の奥底で何かが叫ぶのだ。

 

 

「……ッ、ええぃ!」

 

 

振り払う様に頭を大きく振って、春蘭は前を見た。

 

余計な雑念など無用。

在るのは只忠義のみ。

 

 

「全軍に告げる!!」

 

 

愛刀の七星餓狼を掲げ、春蘭は叫んだ。

 

 

「倒れた者は見捨てよ!歯向かう者は切り捨てよ!!我らは主・曹操様の御為にこの地にて修羅とならん!!」

 

 

その切っ先を大正門、そしてその遥か奥に控える宮殿へと向けて―――

 

 

「――――――突撃ィ!!!」

 

 

魏武の大剣が、その牙を剥いた。

 

 

 

 

 

 

「中央を攻める魏軍に並行して、左右の蜀・呉軍もそれぞれに郭への攻撃を開始……か」

 

 

遠くより響いた開戦と思しき怒声に、司馬懿は呟きを洩らした。

 

 

右を攻めるのは、比較的兵の損害が少なかった呉軍。

左を攻めるのは、機動力と将の質に長けた蜀軍。

 

 

「皮肉なものだな」

 

 

一人、嘲笑を零しながら司馬懿は続けた。

 

 

「高々一人の敵に対する為だけに、あれだけ争い続けた天下が一つになるとは」

 

 

兵の質と量は五分。

将の質はともかく、量は此方がやや不利。

 

 

「……まぁ、そうでなければ意味などない、か」

 

 

盤上に並ぶ駒を見ながら、司馬懿は笑みを絶やす事無く続ける。

 

 

「――――――さて」

 

 

スッと、司馬懿は腰を上げた。

そして何かを奏でるかの様に、その細く長い指を虚空に踊らせ始める。

 

 

「『駒』が『人形』を扱えば、どうなるかな?」

 

 

指先より伸びる幾筋もの鋼鉄糸は複雑に絡み合いながらも一つの旋律を奏でる様に調和して動き、やがてそれにつられる様にして幾つかの影が現れた。

 

 

「嘗ての主、同朋、部下――――――それを前にして、どう動く?無双の姫共」

 

            

 

「はあァァァッ!!」

「せぇえぃッ!!」

 

 

大正門を力づくでこじ開けた直後、春蘭の前に立ちはだかったのは―――霞。

だが一瞬の躊躇もなく、両者は渾身の力を振り絞って激突した。

 

言葉など最早無用の長物。

ただ己の武で、得物で語らえば全て済む。

 

 

「ハッ―――アッハハハハッ!!!」

 

 

つと、霞の脳裏を虎牢関の情景が過った。

あの時の決着が、そういえば今までずっと流れたままであったな、と。

 

同じ事を思ったのか、鍔迫り合いになった瞬間に交錯した視線は似た様な感覚を覚えた。

 

 

それが、可笑しくて仕方なかった。

 

 

「いくでェッ!!」

「張遼ォォォッ!!!」

 

 

飛び退き、瞬間にして突撃。

あと数瞬で交わりかけた斬撃は、しかし――――――

 

 

 

 

―――ドォン!!!

 

 

 

 

「ッ!?」

「なっ!?」

 

 

後方で突如として響いた爆発音に、両者がその足を止めた。

 

見れば大正門の後ろ、許昌の宮殿へと続く正門が轟々と燃え盛り、突破へと息巻いて突撃していた魏軍の多くを先の爆発で吹き飛ばしていた。

 

その光景を見て、霞が驚きに目を見開く。

 

 

「嘘や……だって、まだ早いやろ!?」

「―――いいえ、時間切れです」

 

 

何処からか聞き慣れた声音が耳へと届いた瞬間、霞の腹を灼熱の何かが貫いた。

 

 

 

 

 

 

「何だ、今の爆発は……!?」

 

 

右の郭を攻めていた呉軍の本陣からでも、許昌内の爆発は地を震わす程に届いた。

濛々と上がる煙と轟々と燃え盛る炎は都を燃やし尽さんばかりに回り、やがて高い城壁に囲まれた端の方まで届き、本陣からでもその勢いは容易に想像が付いた。

 

 

「穏!!今のは何だ!?まさか晋は都諸共に曹魏を葬る算段だとでもいうのか!?」

「ま、待って下さい蓮華様!今は情報が混乱してて、何が何だか~!!」

「―――将!!大将!!」

 

 

慌てふためく本陣に飛び込む様にして、ぼろぼろに傷ついた凌統が転がり込んだ。

 

 

「りょ、凌統!?どうしたのその傷は!」

「詳しい話は後だ!!とにかく一旦兵を引かせろ!!今の爆発だけでも面倒極まりねぇってのに―――!!」

 

 

瞬間、兵の一人が大天幕へと吹き飛ばされた。

 

突然の事に、咄嗟に蓮華は南海覇王を携えて駆けだす。

 

 

「蓮華様!?」

 

 

引き止める様に叫ぶ穏の言葉は届かず、蓮華は外へと出た。

そして――――――

 

 

「……姉、様?」

 

 

目の前の光景に我が目を疑った。

 

         

 

高い壁に囲まれた都の内部での爆発は、左の郭を攻める蜀軍にも少なからず動揺を与えた。

だが軍師として事細かに指示を告げる必要のある朱里には、その様な動揺の暇は許されなかった。

 

 

「第一、第二軍は怯まずに攻勢を続けて下さい!!第三軍は魏軍の援護に、第四軍は第一、第二軍の後詰に回って下さい!!」

 

 

続けざまに出した指示を伝令に伝えさせ、朱里は一度大きく深呼吸をした。

 

焦りは禁物。油断は禁物。

常に慎重に、万全を期して相手の一手、二手先を読め。

 

 

(兵数を考えれば、向こうにはまだ伏兵が在る筈……問題は、それを何処で、どうやって切り込ませてくるのか)

 

 

嘗て同門で、誰よりも近かったからこそ分かる。

 

 

―――仲達くんが、こんな簡単な策しか遣わない筈が無い。

 

 

無論、より優れた知者が操る初歩の策も十二分に致命傷だが、それよりも恐いのはここまで殆ど此方の『思惑通り』に戦が進んでいるという事実。

流石に都の爆破は予想外だったが、足止めや妨害策は事前に予想していたし、実際の所進撃の速度はそれ程落ちていない。

 

『予定通り』右側の方が守りは厚く、左の郭は地の利を活かしている為兵数はそれ程でもない。

後方へと回した翠や星の奇襲部隊が急襲し、郭を攻め落とす。その後敵の中央突破を敢行して魏軍を援護しつつ右の郭へと攻め上がれば、敵の防備は瓦壊。

 

 

後は将兵の質と量、それに気勢で勝る此方側が有利。

 

 

そう。

何もかもが、此方の思惑通り――――――

 

 

 

 

 

「―――まだ持っていたのか」

 

 

 

 

 

ビクリ、と朱里の肩が震えた。

聞ける筈がない、あってはならない筈の声音が、自分の鼓膜を震わせる。

 

あり得ない筈の事実は、しかし続いて響く渇いた足音と驚く程に凍てついた意識と共に現実である事を告げている。

 

 

「『捨ててしまえ』と、あの晩確かに言ってやった筈だが?」

 

 

懐かしむ感情など欠片も思わせない、酷く怜悧な声。

徐々に近づく影に、しかし朱里は顔を上げる事が出来なかった。

 

まるでそうする事を身体が拒んでいるかの様に、首どころか指の筋一本動かす事すら出来なかったのだ。

 

 

「……それとも、あの見え透いた小細工同様にあれば何かしらの役に立つとでも思ったのか?」

 

 

卓の上に置いた対の羽扇の一つを手に取って、影の主は言う。

 

 

「前に言ったよね?此処にいれば、何時か必ず君は不幸になるって」

「…………して」

 

 

声を振り絞って、朱里は叫んだ。

 

 

 

「―――どうして、貴方が此処にいるんですか!!仲達くん!!」

 

 


 
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