SEED Spiritual PHASE-96 全てを救えなきゃ意味はないか
〈あぁ…A型、陽性ですね。念のため遺伝子検査もさせてもらいます〉
〈うっ…S2でしょうか?〉
〈どうでしょう。S2インフルエンザはもっと症状が重いはずですから。でも特効薬出せますから大丈夫ですよ〉
「…………」
ティニはとある診療所の風景から目を離し、データの海に意識を移す。しばししてS2型陽性の結果が手元にまで届いた。
「これでここだけで二十八件目です」
「国別は、隠蔽してるトコもあるでしょうから信頼が置けませんが……これです」
手伝わせたフレデリカが紙片を差し出す。〝ターミナル〟と関係する医療機関に診療報酬明細書(レセプト)に載らない検査をやらせた結果だがここ最近の統計が先年までの内容との狂いを生じさせていた。
「ですが、実際発症したのは彼を含めて数人です」
「……な、70%クラスの感染って言うのも信じられませんが……それで発症が一割以下? S2インフルエンザじゃないのでは?」
フレデリカの言い分ももっともだが、ならば従来の検査で検出されている事実はどう考えればよいというのか。
「別の生き方を探したんでしょう。この感染力……すごく使えると思います」
「……え?」
フレデリカは彼女の意図を汲みきれなかったが、ティニは構わず、ウィルスのサンプルを該当機関に転送する手続きを始めた。
――そうして手配したのはいつだったか。ラウの錯乱により余計な手間を取らされた。
「……これだけですか? 予定の数はこの倍だったと記憶していますが」
「地上の輸送網ガタガタですからね。治安も悪い。多少、大目に見てくださいよ」
ティニは少しばかり落胆したが、まぁ仕方ない。ゼロでなければ手の打ち様はあるだろう。
ライラ達が帰ってきたが、シン、と言ったか? あちらのエースパイロットはN/Aを介した何かの通信に呼び出されすぐに出て行ってしまった。バルドルは、サイの作業の手から目を離しながら自分とはかけ離れた殺し屋達の同行を遠巻きに見つめていた。
わらわらいる奴らのクローン兵士……一人一人の人相など、ある程度付き合わなければアタマに入らないと思っていたが、こうも同じ顔の奴が連なって行動すればささいな特徴を覚えさせられるようだ。名前と顔が繋がらなくてもこんな人間が出撃していったのを記憶できている――そんな彼らの数も、出発前と比べれば明らかに減っている。激減している。
(そうか……あの工業製品達にも、犠牲者が出たか)
一人を除いて碁盤目に並ぶ工業製品人間群。彼らも、死んだ。群生物と考えれば数人の死亡は身体の欠損なのかもしれないが、彼らも人だ。大勢死んだ。
サトーが死んだ。そしてケインも死んだ。N/Aとサイと自分。そろそろ死ぬのは……自分か。
――地球連合――と言うか大西洋連邦が憎かった。停戦、いやはっきりと敗戦した後ものうのうと支配を続けるあそこが許せなくて抵抗運動を繰り返した。
――が、個人のできる抵抗には限界があり、やがて妻に愛想を尽かされた。そして根性の前に預金残高が悲鳴を上げた。その残高が『死ぬ』前に手を止めたのはまだ残っていた理性が未来に恐怖を感じたからか。そう、息子の価値より自分を優先させたような人間が、そういつまでも幸運を掴んでいられるとは思えない――。
「彼らとも、これでお別れですかねおじさん……」
作業を続けるサイの瞳がどんな感情を宿しているのか、眼鏡に反射した逆行に遮られ解らなかった。バルドルは思う。
私の戦いは終わった。
彼女達は戻ってきた。今が大変な状況かなど二の次だ。彼女達が帰ってきたその事実が自分の生きる目的も、達成させられたことを意味している。
苦手意識を感じながらも、娘ほどの少女に問いかける。
「ど、どうでしたか?」
自然と、声から力が逃げるが、バルドルはそれを恥とは思わなかった。小娘指揮官は今初めて彼の存在に気づいたらしく、振り返って目をしばたたかせた。
「え? あ、あぁ……〝ロゴス〟は消えたよ。永久監禁してやるつもりが地割れに飲まれて皆殺しになりやがったしね」
いつも自信たっぷりでがんがん突っ込んでくるような小娘から、今は覇気というものが感じられない。それに感染させられたと言うわけでも無かろうがバルドルはその――待望であったはずの報告を――喜色抜きで感じていた。
そんな二人に漂う無気力を感じたのか、サイは少し眦を吊り上げながら作業の手を止めて告げてくる。
「お二人とも、安心しているんじゃないですよね? この状況を生き残ったとして、今度は統合国家から狙われることになりかねませんから……」
――無気力に生きるしかできなくなっていたバルドルは、ある時息子の恋人だったミリアリア・ハウに出くわした。全くの偶然だったが彼女が扱う組織――〝ターミナル〟の存在を知ってしまったとき、枯渇したはずの希望が湧き上がってくるのを感じた。
復讐。自分の身を守りながら、息子の無念を晴らす絶好の機会と世界が与えられた。今まで信じてもいなかった神に祈りたくなった――。
――その結果が、これか。息子の敵討ちに関われた、その代償として人生の終末を突き付けられている。
トール・ケーニヒの無念を晴らせるのなら自分がどうなろうと構わなかった。それでこそ親だと。だがそれが叶った今、次のラクを求めるのは人道に反する行いか?
「ロアノークさん……少し質問があるんだが…いいか?」
バルドルが何かを問いかけてきたがライラにはそんなもの耳に入っていなかった。
統合国家が敵。そんなことは元からだ。暗躍ができなくなったのかも知れないが今までの生き方を変える必要なんかない。生き方……生き方? これからどうしようか? 今ライラの中に未来を思考することなど思いつけずにいる。そんなざわつきを抱えたままおっさんに話しかけられるのは、気晴らしにもならずただ鬱陶しい。
「ぁあ? 今あたし疲れてるんだから後にしてほしーんだけど」
いつもの彼ならば事なかれ主義に埋没し、ならばまた今度ときびすを返したことだろうが――
「いや一言、イエスかノーを答えてくれればいい」
ライラは髪に指を差し込んだ。痒くもないのに苛立ちを混ぜれば三本程度が人差し指に絡まって抜ける。こんなおっさんと話していても胸のもやもやは薄まってはくれないのだからさっさと終わらせたいのだが。
「なによ?」
尋ねて、思う。もうこいつらと連む価値など無いのに何を気ィ使ってやっちゃったりなんかしてるのか……。自分のお人好し加減にうんざりし、そのままうんざりし続けるつもりだった彼女だが、父ほどの歳の雇われ者が漏らした言葉に心が揺らされた。
「息子のクローンと言うのは、造れるんかねぇ」
ライラは初めてバルドル・ケーニヒと目を合わせた。見開き、驚愕をありありと彼に見せてしまった。鉄面皮以外を見せてしまったのは軍人として恥なのだろうが、明確に想像できた彼の意図に気持ちの悪さを感じてしまったことはどうしても否定できない。
「………造れる、かな。トール・ケーニヒさんだっけ? 〝アークエンジェル〟組のデータはG兵器検証のため徹底的にマークされてたはずだから、あたしらのデータバンクに結構残ってるだろうし、かなーり中身まで――」
スラスラ話そうと苦心していたが疲労と気持ち悪さが心の壁を踏みつぶしてくれた。気を遣う余裕もない。ライラの心には意地悪しか残らなくなった。
「中身まで『似せた』人間造れると思うね」
バルドルにはその毒すら通用しなかった。ライラは彼を見限ることにした。
「手配しよーか? 育てるのは自分でやってね。親なんだから」
その時の彼の表情は――もう思い出したくもない。ライラは一刻前の記憶を意図的に閉め出そうと苦心したが、そう言う映像に限って視界の隅にいつまでも残ったりする。未来に思いを巡らす材料もない。絶望するライラは何か起きないか、他力本願に期待した。
〈バルドルさん、彼女からの通信です。あと三時間程度でここに地震の津波が来るとのことです。信じますか?〉
それは人間ではなく端末がもたらしてくれた。『彼女?』と眉を顰めたライラだったがすぐに思い当たる。シンを勝手に連れてったあの羽女か。そー言えば地震だ何だと言っていたか。
ライラは指示を求めておっさんに視線を送ったがいきなり困惑してやがる。嘆息するしかない。
……判断など出来るはずもない。バルドルは小娘指揮官の視線から取り繕いもせずに逃げた。自分はもう逃げることを決めたのだ。世界を相手取るような判断を下せるものか。
「ん。じゃぁ輸送機に積めるだけ積んで出よか。今は、北に向かえばいいのよね?」
バルドルが逡巡から抜け出せずに居るうちに小娘指揮官が勝手に判断を下していた。N/Aとの付き合いは自分の方が遙かに長いというのに奴の方が彼を旨く使えているように感じる。
そう。自分は〝ターミナル〟と言う巨大な存在に寄生していただけなのだ。息子を殺した地球連合、その中心たる大西洋連邦に匹敵する存在に、太刀打ちなどできない。
その大西洋連邦すら傀儡としていた〝ロゴス〟なる存在を聞かされたとき、バルドルは敵のあまりの規模というか存在感というか意味というかに打ちのめされ絶望したものだった。今目の前にいる小娘指揮官はその権化。あぁ自分など足元に及ばない。
シンはドリンクを口に運びながら、味わうこともできず愛機を見つめ続けていた。
ジブラルタル基地へは侵入のつもりだったが特に問題なく受け入れられた。やはりここには〝シルエット〟システムどころか予備パーツの一式が揃っており、バックパックを丸ごと交換できた。待ち時間を潰すために与えられたドリンクパックを乱暴に投げ捨て注意を無視してコクピットに戻ったシンは未だ繋ぎっぱなしになっているはずの通信機へ叫ぶ。
「ティニ! おれだっ! 〝デスティニー〟直ったから、次は……どこ行けばいい?」
ナビゲーションをチェックすればガラパゴス島からスタートするルートが表示されたままだ。……いやジブラルタルまで来てこのルートはあるまい。GPS座標を転送してやると程なく応えが返ってくる。
〈無事修復が完了できて何よりです。ではイタリア辺りをお願いします〉
以前のデータが上書きされる。エトナ、ストロンボリ、アミアータ、ブルカノ、ヴェスヴィオ。新たな火山名が列挙され、到達ルートが表示された。
ローマには既に〝ブレイク・ザ・ワールド〟で落下した〝ユニウスセブン〟の破片が突き刺さっており、この地方から三千メートル級の山岳は失われていた。それでも火山弾の猛威は凄まじく、修復の終わった〝デスティニー〟とは言え無傷での作業とは行かなかったが。
〈皆さんお疲れ様でした。星力の津波はひとまず沈静化した模様です〉
ブルカノ山に向かおうとしていた〝デスティニー〟を急停止させると繋ぎっぱなしの通信からディアナとフレデリカの歓声が届いた。
「お……。もういいのか!?」
〈あぁ、シンさん。はい。もう火山に行っていただいても噴火していないと思います〉
「そう……か」
操縦桿(レバー)から手を離し、ヘルメットも外して髪を振り回す。緊張の度合いを示すかのように髪先の汗が飛び散った。大きく大きく唇から息を抜くと真剣意識に堰き止められていた力までも抜けてしまいどっと疲労感が襲ってくる。
〈経過観察はこちらで行います。場合によっては再び同じことを依頼するかも知れませんので連絡可能な状態を保ってお休み下さい〉
「あぁ、了解」
空中に停滞させた機体の中で次を考える。着地させないとエネルギーの無駄かと余計な思いが忍び寄るが面倒に思えてそのままにする。取り敢えず今の拠点に帰ろう。
(っても……どこ行きゃいいんだ?)
マユ達はまだ南米だろうか? モビルスーツ一つで来てしまった。通信可能な施設など心当たりはなく、ここからでは地球の丸みが邪魔をしてレーザー通信も使えない。北米の〝ターミナル〟から陽電子砲を預かり、アメリカ大陸を縦断、終いには欧州にまで来てしまったこの道のりが短かろうはずもない。その間に奴らがどこかに避難でもしていたら探しようが無くなってしまう。
「ったく……Nジャマーってやっぱり邪魔なモノだなぁ」
近くまで行けばレーダーや通信も意味あるモノになるだろう。試しながらのろのろ飛んでみるしかない。
そう考え通信機に集中するつもりだったが……シンの意識はどうしても眼下を移すモニタに吸い寄せられた。見渡す限り瓦礫に次ぐ瓦礫。この辺りは風光明媚な観光地にもなるほど独特で美しい建造物の数々が林立していたはずだが……見る影もない。シンは〝ミネルバ〟での世界旅行を除けばオーブと〝プラント〟の風景くらいしか実体験を思い浮かべられない。この辺りの景色も恐らく映像で見ただけなのだろうが……別段愛着が無くとも人の努力が微塵に砕かれた様はもの悲しい。環境論者は人間が地球を汚す諸悪の根源と語るがこの星も同じくらい人の大事なモノを無遠慮に破壊してくれる。
「――お?」
通信を意識の外に。流れるモニタの映像と思考ばかりが融合していたシンの視界に見覚えのあるモノが引っかかった。思わずペダルから足を離し少し戻って一点を拡大する。
瓦礫に何かが埋まっているのか、人が一人付近の石材を退かしている。が、その努力を嘲笑うかのようにうずたかく積まれた瓦礫の高さは彼女の身の丈を優に超えている。
「あれ……コニールか?」
ガルナハンで〝ローエングリン〟ゲート突破作戦の際協力して貰ったことは鮮明に覚えているが、その後、確か〝メサイア攻防戦〟の後に会いに来たときの記憶はどうにも曖昧だが……そう言えばこの辺りで彼女に世話して貰った覚えがある。世話になったのに、何も言わずにクロ達の下に下ってしまったな……と罪悪感がこみ上げてきた。
(……礼ぐらい言っておくか)
足下に注意し、バーニアの火を弱めて着地する。仰天した様子で見上げた彼女と目があった。やはりコニール。シンは外部のスピーカーをオンにし、集音装置を前面に向けた。
「おうコニール。久しぶりだな。元気だったか?」
〈あ? え? 何このモビルスーツ、シン?〉
……まぁ、身一つで出て行ったような奴が半年近く経ってワンオフモビルスーツで目の前に現れれば驚きもするだろう。
「どうした? なんか、埋まってるのか?」
尋ねられて初めて思い立ったとでも言うように呆然としていたコニールが慌て始めた。身の丈を越える瓦礫の山を指差したり頭を抱えたり忙しなくおたおたしながら先程までとは打って変わった語調で叫び始めた。
〈こ、ここここにブラウが埋まっちゃってるのよっ! 声聞こえるんだけど、何言ってるかは…っ! 早くしないと死んじゃうよ!〉
「なに!? わ、わかった。お前らは離れろ。瓦礫落ちるぞ!」
人命救助と聞かされては黙っていられない。シンは瓦礫周囲の人間全てを指差し退かせると瓦礫を両掌で掬い取るように回収した。ぱらぱら零れる砂粒一つも人間サイズからすれば一発で圧死しかねない凶器になる。細心の注意が必要だが、精密に動くモビルスーツの手はそれを忠実に遂行してくれた。
〈ブラウ!〉
コニールが――元は地下室だったであろう――空洞に入り込み、程なくしてまた叫ぶ。続いて入った何人かと協力して足の折れた人を一人運び出してきた。
「よし」
見渡せば途方に暮れている人以上に救助活動をしている者が見受けられる。ユーラシア連邦にモビルスーツが無いわけがないが、地震による経路の寸断やら保有場所での運用に手一杯やらでここにまで回ってきてはいないらしい。
「瓦礫撤去、手伝う。他にもできることがあったら言ってくれ」
突如現れ所属も名乗らない非量産型モビルスーツに所々から誰何の声が挙がったが、コニールが取りなしてくれている。シンは次々に瓦礫をどけると各所から歓声が立て続けに歓喜の声が上がり、シンは自然と顔をほころばせた。
〈やるじゃんシン!〉
「あ、あー喜んでるヒマがあったらお前も救助するんだよっ」
照れて指示を飛ばし再び微笑んだシンだったが、この状況に既視感を覚え、微笑みが凍り付いた。インド洋の基地。撃たれる捕虜労働者。フェンスの外で泣き叫ぶ家族。〝インパルス〟はCIWSとサーベルで基地を破壊し、強靱なマニピュレータでフェンスを握り込み、引き抜いた。初めは困惑し、恐怖していた島民達もこちらの意志を汲み取るなり歓喜して滑り込む。抱き合って喜ぶ家族を見下ろしながら暖かいものに満たされた瞬間……。その報酬は上官アスランの鉄拳制裁だった。
――確かに、今ここで自分は数多くを救えている。だが、それがどれだけの救済になってるのか……。これは、自己満足に過ぎないのか。
(全てを救えなきゃ意味はないか? じゃあ目の前のコニール達を……救うことにも見捨てることにも意味はないというのか? そんなわけがない!)
やがて夜のとばりが降りる。シンはコニールに引っ張り込まれ、キャンプの輪に混ざり込んでいた。
「ほらシン」
「あ、悪い」
缶切りを渡される前に平手で辞退。受け取った缶詰をサバイバルキットのナイフでこじ開けた。缶切りよりも強靱な刃は旨く使えれば薄い金属蓋を瞬間切除できる。
「おわぁ…。それが軍用? ごっついナイフね」
柄まで一つの金属から削りだしたかのような肉厚ナイフ。コニールはここ最近は果物ナイフしか見たことがない。ガルナハンでゲリラやってた頃もガキ扱いされてサバイバルナイフなんぞは触らせてもらえなかったが、それと比べてすら鋭く、そして丈夫そうである。
「ちょっと貸してよ」
「ん? 缶詰潰すだけだと思うぞ」
「いーのよ! 無理だと思ったら止めるから」
「む……あぁ、スタンガン付いてるから柄以外持つなよ」
思わず手を引っ込めた。それを笑ったシンは軍用ナイフを引っ込めてしまう。いや、触ってはみたかった。好奇心を持て余したが弁明するのも何か哀しい。コニールはスタンナイフを諦めた。
シンは自分の缶詰を食べ始める傍ら近寄ってきた子供の缶詰を開けてやったりしている。この時は流石に一般缶切りを使っていたが、切り方のコツなどを教えているのは意外だった。
「ほら………あぁ、火の中で暖めてから開けた方が良かったな……。ごめん」
意外と缶詰のラベルがアテにならない。中身が肉なら加工肉でも加熱は必要だと思う。シンも同じ考えだったのか空いた缶をじっと見つめる子供の手から受け取ると、火箸で器用に挟んで焚き火の隅に差し込んだ。数分もすれば暖まる。それまで子供が辛抱できるよう缶をガードしつつ話し相手になってやる役目が必要だが、シンはそれを買って出た。
「まともになったねぇシン……。あの時とは大違いだよ」
「あ? まともってなんだよ? あの時は……ぁぁ……」
反論は尻すぼみに消えた。シン自身にも恥じ入るところがあったのだろう。
「よかったじゃない」
けど淋しい。
コニールは嬉しい半面世話を焼く必要が無くなり淋しい。
「いやぁ兄ちゃん助かったよ。あんたのお陰で一月かかる作業がもう終わっちまった。ホント感謝するよ」
「いえ、別に、何となく放っておけなかっただけで」
シンは満面の笑顔を讃える男の顔を通り過ぎ、付近の誰かを盗み見た。そう、彼の感謝は本物だろうが明るく振る舞えるような心に余裕のある人間など数えるほど。皆、家を、家族を、何かを失い明日が見えずに途方に暮れている。生活することが大変だった毎日が生きることが大変なモノになってしまったのだ。当たり前だったモノが壊れ、死に、失われた故郷は街を止めて自然に還り、文明に毒された人類から暮らしやすさを根刮ぎ奪っている。
「なぁ、助かったついでで悪いんだが、もう少しいてくれないか? モビルスーツのような重機が無いと困るんだよ」
「なに言ってんのよ。彼はここに派遣された軍人さんってわけじゃないんだよ。無理言っちゃいけないって」
男は憮然とした表情を隠そうともしなかったがコニールは撤回するつもりはない。シンがここ上空を通ったのは偶然で、しかも自分という知り合いがいたからここまで助けてくれたのだ。
「はいはい明日も作業なんだから、馬鹿騒ぎはこれくらいにして寝るよー」
一方的に言い放ち空缶を片付け始めると自然とみんなが従った。不寝番要員か? 一人が小銃を肩にかけ歩いて離れていく。シンは意外に思いながらもコニールの行動に倣った。
「なに? お前リーダーなの?」
「そんなんじゃないよ。けど、やっぱレジスタンスなんかやってたからかな。サバイバル知識、あたしが一番みたいで……。ちょっと一目置かれてる」
感心しながら夜空を見渡す。遠くで銃声。別の遠くで爆発らしき光のドーム。生きるのが精一杯になった世界は警備しているような余裕のない世界。助け合うという概念と社会性のない莫迦が我が物顔で暴れているらしい。シンは憤怒を覚えたが、どうしようもない。
「……意外~。シンすぐに走ってぶち殺しに行くかと思った」
シンは自分が思った以上に逡巡していたことを知らされた。もうしばらくコニールが何も言わなかったら、〝デスティニー〟へと走り込んでいたに違いない。それで救えた命は確かにあるだろう。だが、思い知っていることもある。おれ一人では全世界は救えない。
「コニール、ここも、危ねぇんだな」
「そりゃまぁ、アブねーとこよね。でも今、地球上どっこでもアブねーでしょ。下手に世界情勢解るのもアレだね。隣の国に行けば何とかなるってな希望もなくなるもん」
希望がなくなったお陰で辛辣な現実を突き付けられて絶望することを予防できる。それくらいは解っていても愚痴を言う自由くらい与えられてもいいではないか――それが彼女の心だろう。
世界は救えなくても一人は救える。シンは少し躊躇いながらも彼女に提案した。
「ここ危ねえからいっしょに来るか?」
コニールは作業の手を止めてしまった。行きたい。是非一緒に行きたい。しかしモビルスーツの使い方すら解らない自分では荷物にしかならない。世話して優越に浸ってたよーな女が彼の世話になることしかできないじょーたいに陥ったら居たたまれなくなること請け合いである……。
「いえいえ結っ構ーよ。あたしはまだまだレジスタンスのツテが残りまくってまして。こんな状況でも物資の確保とかは余裕なわけよ」
「そ、そうか……まぁ無理すんなよ」
とは言え、シンも、自分の発言を思い直した。世界規模の逆賊に雇われの身分が誰かを養うなど身分不相応な発言だった。それでも残念な気持ちがぬぐえない。誰かに何かを押しつけられる前に、早く戻らなければならない。待たせている人がいるのだから。自然と視線が遠い空を向いていると視界の端の下のほうからなにやら意味ありげな微笑みがにじり寄って来た。
「んふー」
「な、何だよ気持ち悪い……」
「いや、いい顔するよーになったなぁ、って」
言葉が返せなくなった。顔が熱くなったのを必死に無視して唇を尖らせたが動悸は収まってくれなかった。そうなれば、素直になるしかない……シンの尖らせた唇は知らぬ間に綻んだ。
「なんだろ。守りたいものができたからかな」
その言葉を、コニールは心の底からうらやましく思った。
――〝ブレイク・ザ・ワールド〟の被害浄化が終わらぬうちに世界を席巻した大地震〝ブレイク・ザ・プラネット〟。
〝ユニウスセブン〟の落下被害は確かに凄まじいものがあったが、まだしも赤道付近に限定されていたため全く被害のない地域というものも比較的多かった。つまりそこから援助の手を差し伸べて貰うという構図が成り立ったのだが――今回の地球の震えは無差別すぎた。津波に飲まれた島どころか細断された大陸もそこかしこ。援助を頼める場所は、今ひとつしかない。
「あ! 墜ちてきた!」
とある上空で無数の降下ポッドが目に留まった。戦争などとでもできる状況ではない世界に投げかけられた制圧製品に皆は一様に暗い影を落として振り仰ぐ。が、それがはじけた瞬間安堵の溜息が漏れた。ポッドは確かに数機のモビルスーツを収めていたが吐き出された機体食は全て白。背中に背負った〝ウィザードパック〟は全て病院。〝プラント〟から落とされた無数のモビルスーツは全て〝ホスピタルザクウォーリア〟だった。
地球はなんとか、静まった。取りあえず被災地援助ができるくらいには。だが一つが解決しても次の問題が降ってくるのが人生らしい。一つを終了させると次の厄介ごとがやってくるのが仕事である。どちらにも終わりがない。
「代表。やはり駄目です。通信未だに回復しません……」
「代表! AWACSより……北米大陸は、壊滅状態です。映像、回します」
震源は、アイスランドだった。微塵に砕かれた大地は原形を留めず、人が歩けるような場所には見えない。足の踏み場もないとはこのことか。大戦でほとんどの衛星が壊されてしまった現状、〝プラント〟にでも頼らなければ衛星写真は得難いが、それを今すぐ取り寄せられたとしても嬉しがっている場合ではない。突きつけられるこの惨状に何を思えば良いのか。
今、カガリと閣僚達が立つ場所は地上……ではない。代表首長専用機でヤラファス島上空を飛び回りながら島から波が引くのを一日千秋の思いで待ち望んでいる状態だ。
「ほ、北米大陸が……!」
届いた衛星写真に通信士のみならずカガリも絶句した。鳩胸の鳥の如き形をしていた北米大陸が…………四つの陸地に分かたれしまっている。
「ユーラシア大陸の南端が水没……波が引く予定時間…八百六十八時間二十八分十秒後…」
北京に続いてインド亜大陸、中国全土に至るまで地図から消えたというのか。
「アフリカ共同体からの通信です! アフリカ大陸は水没を免れ、都市部が機能し始めていると…!」
無事な地域には援助を頼むことになるだろう。だがなにも考えず引き出し続けてしまえば生き残った場所にこそ犠牲を強いる事になりかねない。それでは助け合いにはならない。地球圏汎統合国家として、全てを救う策を捻り出さなければならない。
「新たなシェルターポッド、がR‐7地区に浮上を確認!」
「〝アストレイ〟一小隊を向かわせろ。予定通りA‐1に固めてくれ」
専用機、その他飛行可能な艦に国民全てを乗せることなどできなかった。宇宙でも使用可能なシェルターは水中でも機能し、島が津波に襲われた現状でも生き残るための手段になり得た。それらは島が盛大に削られた場所での救命艇代わりになり、時折こうして発見されている。――だがそれでも、国民を『選別』した感は拭いきれない。〝ターミナル〟から的確な地震情報が届いていたとは言え死者の数は万では利かないかもしれない。
「駄目です……スカンジナビア王国からも、返答はありません。水没……いえ、状況も未だ不明です」
盟友の安否は気にかかるものの、オーブもそれを哀れんでいられる状況ではない。いや、島嶼国家であるぶん被害規模は大西洋連邦にも匹敵するか。
「代表、〝アークエンジェル〟、到着しました」
指されたモニタを見やれば〝アークエンジェル〟、そして〝ソロネ〟の艦影が見て取れた。アークエンジェル級の動力炉は並の空母以上である。空母一つの電力は一国をまかなえるほど。これでモビルスーツの整備も何とかなる。島さえ戻れば、復興の希望も出てくるだろう。飛行可能なモビルスーツの存在は、地球規模の災害の中にあっても文明を次代に持ち越すことを可能にした。しかしじりじりと焦がされるような数日を過ごし、ようやく集まった情報は各大勢力の疲弊具合を見せつけられただけだった。南半球――、南アメリカ合衆国、大洋州連合、南アフリカ統一機構は自力復興に問題はない。が、ユーラシア大陸にも幾重にもクレバスが走り、ロシア地域を除けば壊滅的だという。
「……アラスカから離れているほど安全って感じ、ですね」
それを参考に援助の方法を検討しなければならないのだが……どうしてもまずは自国となってしまう。カガリは世界を束ねる立場の苦しさを改めて思い知らされた。身近から救うことが身勝手になりかねない。
――煩悶を持て余している内にヤラファス島が浮上した。代表専用機、〝アークエンジェル〟、そして〝ソロネ〟が先行したモビルスーツに誘導されながら着陸する。島の一角を埋め尽くした艦船群から人が無数に吐き出され、波にやられた骨格に取り付き修復を開始する。ザフトからもたらされたAMRF-101C〝AWACSディン 〟、そしてZGM‐1000/R4〝 コマンドザクCCI〟が周囲を囲み、通信機兼管制塔の役割を果たし始めた。
「みんな、頼むぞ」
政治中枢の作成に通信網の整備、臨時キャンプの設営やら防衛戦力の調達その他諸々――この小さな集落で国として機能しなければならない。
SEED Spiritual PHASE-97 洗脳を受けました
とある地域が復興し、国として機能し始めた。世界に散らばる連邦、連合国家と比べれば取るに足らない小国であり、それが統合国家に影響を与えるようなことは無かったと言うのに、全世界からの注目を浴びた。
全世界を壊し尽くした大地震、〝ブレイク・ザ・プラネット〟。全ての国家はその崩壊にひれ伏した。だがそこは死にかけた世界の中で、屈指の速度で復興し、かつて以上の生活水準に達した。今では国民全員が中流以上の生活を送ることができている。
壊滅しきった大西洋連邦は未だ復興の兆しすら見せていない。
ユーラシア連邦でさえ他に援助を回せるような余裕は持っていない。
統合国家中枢であるオーブさえ水浸しになった国土を整えることに精一杯だ。
そんな中で『生活』という概念を取り戻したそこは、続く声明で更なる注目を集めるこことなった。
「我々は〝エヴィデンス〟の補助を受けました」
「我々は、洗脳を受けました」
知識、経験、身体で覚えた某か、勘、コツ、技術、忍耐、協調性の付与のみならず、犯罪抑制さえもその『洗脳』が解決した。人は学び、教えられることで人材に変わる。人が大勢損失され、無数の修理品が山積する復興途上の世界では、人材の需要は凄まじく、供給が追いつくことはまず無い。しかし〝エヴィデンス〟がもたらした技術は人材の過剰供給さえ確約できた。
知識、経験、身体で覚えた某か、勘、コツ、技術、忍耐、協調性をパッケージにして短期間で与えられる。社会性と成長を阻害する犯罪を生み出す狡猾さを取り除くことができる。〝エヴィデンス〟がもたらした技術はその夢のような都合の良さを全て満たしていた。それが洗脳だった。
学問のがの字も知らない人間さえ短期間で職人にできる。人を殺すことを嗜好していた存在を、人一倍働く、使われることを嗜好する人間にできる。救われて当然と考える輩を救って当たり前と思える人にできる。その『できる』を成すために数年単位の学習期間など必要ない。疲れ切り、挫折することも有り得ない。
この国に今、裁判はない。
「そのお陰で、我々は世界屈指の先進国となることができました」
それが、心を操ると言うこと。
「……代表……」
「言うな。わかっている」
地球圏汎統合国家代表カガリ・ユラ・アスハは閣僚の不安げな態度を一蹴した。目先の利益のために人間の尊厳を売り払って、それで本当に幸せになれるのか? 洗脳を施した支配者が、その平和を崩すような起爆剤を仕込んでいないと誰が言える? そして……人々には平穏と引き替えにそんな疑心暗鬼を抱え続けて生きろと言えるのか? 為政者として。
だがそれでも、今も元の生活を取り戻したい人達の悲鳴が届いている。今その場に一定水準の医療技術者がいれば死なずに済む人もいる。彼らに言えるか? 助かる方法がそこにある。だが、それは邪道だから待て、と。
「……議長……」
「はい。ですがそれを受け入れるわけには参りません」
〝プラント〟最高評議会議長ラクス・クラインは報告者の声を掌で制した。処理すべき案件は無数にある。常ならば耳で報告を受けながら目でも報告を読んでいるのだが今は考えることに没入してしまい並列処理ができそうにない。
「統合国家への援助、もう少し増やすようにお伝え下さい。キラにも当面は地上に残っていただきます」
それが〝エヴィデンス〟の示したプランを抑えられるのかは、彼女自身にも疑問が残る。
「これは、第二の〝デスティニープラン〟です。自由意志を奪い去った社会で、人は次の一歩を踏み出せるでしょうか」
欲望を抑え付けられた人間が、次の何かを求めることができるだろうか。できはしない。それは進化の停滞、ともすれば退化となる。報告者は議長の言葉に深く頷いたが――失念している。その停滞するはずの国は、どこよりも先に復興を遂げている。
人種を問わず「白い人」が陥没したキャンプ地に倒れている。その内一人が立ち上がり、肌にまとわりついた白――細かい火山灰をぱらぱらと零す。倒壊を怖れた誰もが平野に避難していたが、文明社会、それでも建造物というのはどこかにあった。地球規模の地震は間近の石塔を盛大に揺り崩し、皆が頭を抱えてうずくまるしかできない状況へ放り込んだ。
「お……おぉ…」
何とか生き残れるようなテントと飯炊き場を並べられたキャンプ地が、瞬きの間に砂地獄に変じた。絶望し、見上げた空には――津波がある。空母を伴い打ち寄せてきた天を覆い尽くす水の壁は彼に絶望を感じさせることなく無数の命を押し包んだ。
「アブねぇトコだったね……。何だったのよあの地震……」
津波を最後に映し、モニタが一個死んだ。引き抜かれた魂の群像が怨嗟を混じらせそうなノイズを掻き消し次の映像に切り替える。ライラはそこでも地獄を見せつけられ、直ぐさま切り替えた。
情報の入りが遅れていたらあの中には自分達がいたことも疑えない。〝ファントムペイン〟らしく大量の人員を放り込める飛行船に気心の知れた仲間だけを収めて飛び立った。滑走路が発進する機体の後を追うように崩壊していく様は安全圏から見ていても寿命を縮める思いだったが垂直離着陸できる艦船やモビルスーツなら滑走路の長さに怯える必要もなかった。
行く先行く先観光地級の巨大渓谷が誕生(・・)し、今も数千の人間を収めた高層建造物達が砂城のように崩れ、命を含んだ人型が人形の如くバラバラ投げ出される様は筆舌に尽くしがたかった。窓の一つもない装甲だらけの艦橋で窓と寸分違わぬ位置に模されたモニタには縦割りにされた建造物の端で命がけの懸垂をする何百人が映る。何百という死の寸前を掠め見た時はこの虐殺者の心ですら動揺を隠せなかった。
「ふ、ふははは……人がゴミのようだね」
……誰も愛想笑いすらくれなかった。ライラは引きつった作り笑顔のまま地球の無理心中を映し続ける両端のモニタから視線をもぎ離す。正面を見れば希望の青空でも見えるかと思ったが両端から降り注ぐ瓦礫を見せつけられ肝を冷やす羽目に陥った。今もまた、護衛のモビルスーツが倒れ崩れるアスファルトに巻き込まれ地中深く沈んでいく様が見えた。
情報に助けられたとは言え〝デストロイ〟迄は持ち出せなかった。大破していた機体は軒並み放棄してきたのでこの輸送機には量産機少々を除けば〝レイダー〟しか乗っていない。
「ふう……」
ヘッドセットを取り外しかぶりを振る。マユ・アスカはこの仕草が好きだったりする。髪を伸ばしたのも肩の所で二つにくくったのもゲーノー人な姉さん方がカッコつけてる様が意図されるがまま憧れてしまった結果である。残念ながら現在まとわりつくほど髪は長くないが、付いてしまった癖は早々抜けてはくれない。
「酷い状況ね……流石の〝ロゴス〟ももう残ってる施設無くなったりしてね……」
北米大陸が壊滅している。〝ロゴス〟の主要な組織は――全世界に及んではいるが――北米、欧州に集中している。そのどちらも……全滅してたらどうしよう? 会社で言うところの取締役共はあの地震で間違いなく死にやがった。まだまだ財布を振ったら埃しか出ない……などという状況には程遠いものの後ろ盾を失った不安感は……それはそれである。が……なにを嘆く必要があるか。あたしはそれに向かって邁進してきたんだから。
「はぁ……」
「ヒマそーだねライラ」
ヘッドセットとディスプレイから意識を離し、振り返ればマユラとアサギが腰掛けながらだらけていた。その様子に、ライラは少しばかり不安になる。いつもの彼女達だったらこちらが仕事中だろうとお構いなしにバックから抱きついて首締めてきたことだろうに……ただ声をかけるに留まっている。原因は、ジュリの死か? 馴れ合ってしまった自分達は、死を認められない程兵士ではなくなっていたか? そして…造られた存在と認識していてもやはり死は怖いものか?
「ねぇねぇライラ、これで当初の目的達成ってことだけど、……ライラは次何か予定してるの?」
我々はどうなるのか、と問わないところがいかにも自分の軍隊らしい。ライラは苦笑をかみ殺しながらも思い描けない未来に気づいて茫とした。
その茫洋が表情に出てしまったのだろう。少し呻いたアサギが言葉を継いでくる。
「家族も見つかったことだし、軍人やめる?」
彼女たちは笑顔で聞いてくるが、それは重い言葉とライラには感じられた。
「や、……ってのか、そんな気ィ使ってもらうとあたしとしてもなぁんかやりにくいわ」
強化人間研究所(ここ)で『造られた』彼女らに――戦場(ここ)以外で生きる術などあるのだろうか。
「家族って……シンはシンで、今の厄介ごと終わったらザフトに戻るかも知れないし。あたしは汚れきった〝ファントムペイン〟。どっちにしろ戦争屋やるしか生活できねーわよ」
彼女たちのオリジナルがせいぜい十代であることから推測すればテロメアの消費による寿命低下はそこまで悲観的になるものではないのかもしれない。が、彼女達も戦争しかできない弄ばれた命であることに代わりはない。
「えー。ライラならカワイイし、別ので喰ってけるでしょぉが!」
他の生き方か。――彼女達とて教え込めば何とかなるのかも知れないが、〝ロゴス〟の爺共始末に協力してくれた恩返しにと、自分が生活支援だの一般教育だのをやりきれるだろうか?
アサギとマユラだけで済むとも思えない。一人に何かを施せば、全員に及ばなければ不満が噴出する。クロトやシャニまでどうにかできるか? この、人数を? 一度きりである自分の人生を、大きく削って? それを後悔せずにいられる?
マユは不意に、乳母捨て山呼ばわりされる老人介護施設を思い浮かべていた。兄がクローンを嫌悪する理由はこれではないかとの思いも浮かぶ。
(みんな、どうしたいんだろうね)
談笑する少女三名の傍らでは少年三人がアンプルを折り、得体の知れない薬液を飲み下している。そしてこのどこかではそれの数十倍以上のそっくりさんが『揺り籠』で交代してメンテナンスを受けているはずである。彼らはどうだろう? 代わりのいる、死を怖れない兵士という触れ込みだったが、それでも無用の烙印までも怖れないわけはあるまい。
死にたくもなければ捨てられたくもない。だが、戦場以外を考えられない。そんな奴らの世話焼きが…自分にできるか? 無論みんなはどうしたいなどと聞けるはずもない。鬱陶しい『上』を失って、苦い思いを抱くことがあるとは思わなかった。
ライラが就活を世話する上司のようなことを悩み始めたとき、索敵班からコールがかかった。
「ん、どしたの?」
〈ライラ、第一種戦闘配置。パイロットを搭乗機へ。統合国家軍に補足されました!〉
「っ!」
大地の津波からようやく解放されたと思ったら今度はこれか! ライラは索敵から映像データを取り寄せると、その機影を認めて息を飲んだ。
「と、統合国家じゃないじゃないっ!」
ライラは思わず腰を浮かせた。
統合国家の末端哨戒がふらふら出てきたのだと思っていた。偵察機に見つかっても通報される前に亡き者にしてやれば死人に口なし――そんな風に考えていたライラだったが、索敵係が見せつけてきたモビルスーツは適当にあしらえる存在ではなかった。
「〝フリーダム〟じゃないのよぉ!」
もう一度艦載機をチェックし直すが見直したところで数が増えはしなかった。クロト達大勢は、メンテナンス中だが動かせる奴はいるから大丈夫。だがそちらで大丈夫と謳ってみても目の前の敵に対してはとても大丈夫とは言っていられない。このバケモノは、例えこちらが万全であったとしても無傷で切り抜けやがる可能性がある。
「ぇああ……あぁあもぉっ!」
〝デストロイ〟は廃棄してきたし〝デスティニー〟は誰かに呼ばれて出て行った。振り返ればアサギとマユラも険しい表情を崩せずにいた。
「〝レイダー〟スタンバイして! あたしが出るわ!」
それしかない。ムルタ・アズラエルはこの機体を用い、〝フリーダム〟と渡り合って当時のオーブを滅ぼしたのだ。全く希望がないわけではない。
(なに言い聞かせてんのよ……!)
自分の心の声に辟易しながらコクピットに滑り込み各種設定を確かめる。フェイズシフトをオンにしたはずだがハッチが開くなり素裸のまま放り出されるような心地を味わった。
(早く帰ってきてよお兄ちゃん!)
「シンに見つけてもらえるよう騒いどいて! ライラ・ロアノーク、〝レイダー〟出るわよっ!」
放り出された途端モビルアーマーに転じた〝レイダー〟が機関砲をばらまきながら敵機の左側面を大きく旋回する。こいつもシンと同じよく分からない地震処理に奔走していたか、周囲にお仲間は見えない。敵は単機。そこにつけいる隙はある。
続けてアサギとマユラ、稼働可能な強化人間達が扱っているであろう〝ウィンダム〟が撃ち出され〝フリーダム〟に向かって射撃を始める。縦横に支配領域を広げるビームだが〝フリーダム〟は〝ヤキン・ドゥーエ〟の伝説通り異常としか言い様のない制動をもってその編み目を擦り抜けていく。奴のメインカメラがこちらから離れた瞬間を狙って変形解除、防盾砲を突き付け乱射する。フルオートで叩き付けた大口径弾もビームシールドに焼き尽くされれば気を引く以上の役には立たない。シールドが消えた、そう認識したのは今。そのはずなのに銃口はもうこちらを捉えている。
「うげっ!?」
向けられた左手のビームライフルからの閃光を辛うじて回避。お返しとばかりに巨大鉄球〝ミョルニル〟を投げ放つ。
〝フリーダム〟はこちらを見ることもなく当然のように鉄球から身を翻した。
「うあ! 腹立つわね超越者っ!」
叫びながら新たな命令を追加する。鉄球に内蔵されたスラスターが強引に進行方向を変化させた。羽の一つでもへし折ってやるつもりだったが急制動で威力の落ちた質量兵器など目をやる必要すら感じないのか、アクロバティックに反転した敵機には掠りもしない。敵の下方を流れた鎖、舌打ちしながら巻き戻す。次いで友軍が白い天使目掛けて嵐のような射撃を開始したがそのどれも装甲を削れてはいない。
「どーやってよけてんだろー――ねっ!?」
一時も停止することなく舞う〝フリーダム〟。それもどーやって狙っているのかわからないが無造作に見える射撃が二機の〝ウィンダム〟の腕と頭を持っていく。それに口笛を吹いてやろうなどと考えている間に逆さになった敵機の腰でレールキャノンが展開していた。左を突き出し〝ミョルニル〟を放つのは何とか間に合う。振り回されたビームコートされた鎖が亜光速で迫り来た砲弾を絡めて弾く。撃ち返しはしたがやはり当たらない。
(シンは……お兄ちゃんはまなだなのっ!?)
信号弾ばんばん上げさせるよう指示でも出したい。しかし飛来する蒼い脅威が目を離すことを許してくれない。操縦桿から手が離せない。通信機に触れようものならその一瞬でなます斬りにされそうなプレッシャーが拭い取れない。
〈ぐああああああああ――!〉
ぶつん。
また一機、煙を吐いて落ちていく。これ、みんな無事なのか? 全てカメラか武装だけ、スラスターやコクピットはあえて避けているというのか? スナイパーライフルのスコープを覗いてすら動き回る相手の末端を狙って当てるなど至難だというのに、こいつは本当に人間以上のスピードに光の速さの銃撃をピンポイントしてるって言うのか!?
「に、人間じゃねェわ――」
迫り来る蒼い翼に突き付ける銃口、そこまでがほんの一瞬で終わらされる。気づいたときには右腕の肘先がすっ飛んでいた。
「は!?」
メインカメラに連なるモニタの九割がビームサーベルに照らされる。歯を食い縛ったライラは半ば本能的な操作で左手の鉄球を振り抜いた。撃ち出すことなくぶん回した凶器の左手は盛大に空を切ったものの顔面を横一文字にかっ捌かれることだけは免れた。
「冗談じゃないっ!」
悲鳴を上げている間にも世の中は世界を冗談として扱ってくれない。オルガらのわめき声と共に〝ウィンダム〟が次々と群がり眼前から〝フリーダム〟を覆い隠す。ライラはその隙に通信機に指を伸ばしたが、視線の泳いだその一瞬に仲間が次々と墜ちていった。そろそろ艦載モビルスーツが限界だ。
「信号弾っ!『ヤベぇ!』ってのを立て続けに上げまくって! シンを――」
〈了解です。あ――〉
〈ライラ、だいじょうぶ?〉
ステラが起きた。そこで表情と緊張を崩しかけたライラだったが、駄目だ意味がない。〝デストロイ〟がない。あっても事態は好転するかわからない。たった一機に〝ファントムペイン〟が壊滅状態とはどういうことか。認めたくないライラは〝レイダー〟を変形させ、〝フリーダム〟から間合いを取りつつ残った機関砲をばらまき始めた。この機体は稼働時間延長を目的として実弾だらけの仕様である。これであの永続フェイズシフト装甲機体を撃墜するには鉄球ぶつけて駆動系をイカレさせるか頭部100㎜エネルギー砲〝ツォーン〟――げろビームぶっかましてやるしかない。どちらにせよ奴の動きを捉えきれなければ意味はないが。
正面、いや側面、時折背面モニタを疾走する〝フリーダム〟の残像を見せつけられると決意が盛大に萎縮する音を聞かされたような気がした。
「なんで……何で地球がこんなになってまでっ!」
キラは二丁のライフルで別々の〝ウィンダム〟を無力化させながらその身勝手な殺意達に憤っていた。イザークの跡を継ぎ、ロシア方面の火山を撃ってきた。途中アスランと黒い〝デスティニー〟の、それどころではない壊し合いの仲裁を経ての〝エヴィデンス〟からの収束宣言。一度オーブに戻ろうと考えていたキラの目にその輸送艇は止まった。
避難しているのか? だとしても彼らの行き先が無事とは限らない。保護しなければ。 そう判断したキラはNジャマーを気にし、充分な通信有効範囲まで接近した。
そしてモビルスーツに機銃弾を撃ち込まれた。
後は問答無用だ。もう〝エヴィデンス〟とは繋がらなかったものの〝ターミナル〟に検索をかけて貰ったところ、〝ロゴス〟関係兵力の残党だと返ってきた。……頭に「詳細は不明であるが」と付いていようが関係ない。こんな、みんなが助け合わなければどうしようもない状況に陥ってなお殺戮を撒き散らそうとする存在に、どんな正当性があるというのか!
GAT‐X370に続いて多数のGAT‐04がライブラリウィンドウを占拠していく。連合。いつも身勝手な存在との認識がキラの胸中をも占めた。どこかに与し、物事を一方向から見ることは危険だと、あの時解ったはずのキラであったが、その機体群を目にして脳裏に浮かんだのは逃げ込んだ自分達を欺いた〝アルテミス〟の軍人達だった。己の益のためならば他人の不幸を良しとする、その考え方は気に入らないし認められるものではない。
「君たちはっ! 世界をどうしたいんだっ!?」
キラは耐えきれずオープンにした回線に悪罵を叩き付けていた。
世界をどうしたいのか。お上品な怒り声を振りかけられてもライラは応える術を持っていない。
「むしろあたしが聞きてェわよ」
生きて、どうする? 解らない。両親の仇共には十二分に見下ろされる屈辱を舐めさせてやったし、そいつらも今は地獄で泣いてる頃だ。最も欲しかったものを手に入れて、さぁ何をしようか考え中なのだ。その思考を邪魔しにやってきておいてどうしたいだと? 圧倒的な力で、人を、見下しておいて!
「いちいち煩いのよ正義の味方はあっ!」
鉄球に苛立ちの限りを乗せてもそれは相手には伝わらない。その間に僚機が次々に撃墜されていく。仲間には死が訪れ自分にも死が忍び寄る。人は、常にそれに向かって走っているというのに突き付けられなければ感じない。突き付けられると、この上ないほど素晴らしいものを感じさせられる。
生きているだけでは駄目か?
〈あなた達の行動で! どれだけの人が苦しめられたと思っているんだっ!〉
光刃煌めく。周囲全ての僚機が墜とされた。脇を行き過ぎ効きもしない機関砲を叩き付けたが牽制にすらならないというのか、モビルアーマーの速度に、間もなく〝フリーダム〟が追いつく――!
「お兄ちゃん……ッ!」
命は、ただあることそれだけで奇跡。そして命があるからこそ語られるあまねく奇跡を生み出せる。――だが、人はただ生きているだけでは素晴らしいものとは感じられない。むしろ怠惰と罵られる。ならばその奇跡とは価値があるのか? そう疑問に思っても、例え価値がないとの答えが出ても、ライラ・ロアノークは思う。あたしの命を、助けて欲しい。
生きたいと!
心に従い四肢が機体を操る。生き残るためには足掻くしかない。例えどれほど望みが薄かろうと。モビルスーツ形態に戻った〝レイダー〟は残された左手に殺意を込める。瞬間、轟音! しかし衝撃はいつまで経っても来なかった。
「……?」
目を、瞑ってしまっていたらしい。兵士にあるまじき怯懦に恥じ入るより先の疑問符、おそるおそる瞳を解放すれば――
「おにいちゃんっ!」
モニタの先には剣を構えた〝デスティニー〟がいた。いてくれた。
〈〝デスティニー〟……君はっ!〉
軍神の怒りを真っ向から受けても動じない。妹は兄を心から誇りに思えた。
〈君はどうしてっ! 君も、みんなが幸せに暮らせる世界のために戦ってるんじゃなかったのかっ!?〉
血を吐くようなキラ・ヤマトの言葉にすら嘲笑を返せる。あたしには彼がいる。例え戦の神であろうと蹴散らせる。昂揚する自分を抑えられず、笑みすら浮かべたライラは――通信機から籠もれ出る荒い吐息が聞こえずにいた。
「アンタの言う正義が全てってんじゃないことよ。アンタこそアンタのその自分勝手のために、どれだけの人が苦しめられたと思ってるわけ?」
〈そんなことが――〉
〝フリーダム〟の声が紅い闇に沈もうとする。来る――。弓のように引き絞られる緊張感を装甲越し、ノーマルスーツ越しでありながらはっきりと感じる。それでも守りではなく攻めに転じようとする心。その心に、通信機から流れる荒い吐息が覆い被さった。
〈そうやって、君たちはみんなの心を踏みにじってるんだ!〉
「行くよシン! あたし達で、〝フリーダム〟を墜とすゥっ!」
何を言われたか解らない言葉が来る。
〈逃げるぞマユっっ!〉
何を言われたか解らなかった。いきなり〝デスティニー〟は長射程砲をぶっ放すと後ろも見ずに〝レイダー〟を掴み取り、真後ろに向かって激烈な推進をかけた。
『なにをっ!?』
図らずも重なってしまったライラとキラの声に応えることは、シンにはどうしてもできなかった。
SEED Spiritual PHASE-98 怨嗟の籠もった魔剣
「〝ザク〟を下さい。〝ウォーリア〟でも〝ファントム〟でもどちらでもかまいません」
〈むう。〝ニューミレニアム〟をというのなら新鋭機〝グフイグナイテッド〟の価格もほとんど変わらんよ?〉
「あんな近接専門要りません。〝グフイグナイテッド〟も換装可能という話ですが、〝ザク〟のものより管理が面倒なので嫌です」
〈そうかい……あ、〝ウィンダム〟ならもっとゴロゴロしてるからな。〝ザクウォーリア〟の半額でいけるぞ?〉
「今から宇宙ばっかりの予定です。大気圏内飛行能力なんて完全無意味です。〝ウィンダム〟や〝ダガー〟しかないというのなら他を当たらせてもらいます」
〈むう…わかった。〝ザクウォーリア〟、集められるだけ集めてみるよ〉
「感謝します」
取りあえず兵士を増殖させる手はずは整った。だが人間白兵戦戦闘など廃れて久しい。モビルスーツを使わない戦争など想像できなくなっている地球圏ではオリンピック選手を量産したところで戦争戦力にはなり得ない。人の数だけ機体が必要になる。ティニが現行最高位のモビルスーツを求めたところ、やはり優秀なのはザフトの〝ザク〟であった。取りあえずコーディネイターが進化人類としての優位性を保っているように思えて安堵できる。
(月にばら撒くのはあとでも良いでしょう。地上に送った分は――)
〝ターミナルサーバ〟は満足のいく人数を示してくれた。が、これを自分の手の内たる月軌道に移動させる手段をと考えると頭が痛い。しかも人員がそろった分、ジャンク屋頼みには限界があるように思える。可及的速やかに大規模なファクトリーを手中に収める必要がある。今までは〝アメノミハシラ〟にタカることで何とかなってきたが、オーブが〝ブレイク・ザ・プラネット〟からの復興を果たすまでは大規模で、しかも無傷の生産工場であるあそこを利用しないわけがない。下手にこちらに手を割いてもらうとそこから辿り着かれる可能性がでてきてしまった。問題だ。
(そちらは専門の方に任せましょう)
一通りの雑務を終えたティニは別のデータを引き出した。眼前の空間投影ディスプレイに次々と実験結果、そして研究課題が浮かび上がる。
人の脳のCT画像を睨んでみる。大脳新皮質(理性)が脳幹(本能)を抱え込んだ形状をしている。
理性が本能を囲い、覆い尽くすことによって文明社会を操作しているわけだ。
「クロに言われて……今まで新皮質を操作してきましたね」
「またそっち系考えてんの? そんなティニに面白いデータ持ってきたよ」
ディアナがディスクとフィルムを抱えながら白い世界へ入室してきた。ここに物怖じせずに来る様な輩は今のところ彼女だけである。電磁波で頭が痛いとか白一色で目が痛いとかいちいちうるさいのであまり好ましいものではないのだが。
「面白い? モビルスーツに関してでしたらノストラビッチ博士かリー艦長へお願いしますよ」
「いやいやティニ向き。ってゆーかクロ向き。絶対驚くから見てみて」
一抹、いやかなり胡散臭い。そう思いつつも興味をそそられ視線を流したティニは……驚愕した。衝動的、計画的を問わない犯罪の発生件数がグラフにされている。当たり前だが聖人君子ばかりでできているわけじゃないこの世界、ほとんどのものはある程度の数値をはじき出しているが――
「犯罪発生件数ゼロ!? ギャグですかこのデータ? それとも洗脳を先に形にした国でもあるのですか?」
ニヤニヤしながらディアナが種明かしをするとティニの驚愕はあっさり冷めた。そのデータは地域別ではなく、年齢別のものだった。驚異的な数値の正体は……乳幼児の範囲。
「きゃははは! よーやく見られたなティニのビックリした顔! そーよたまには気晴らししないといくら超生物様でも潰れるわよ」
ディアナはニヤニヤを続けていた。「しっかり仕事して下さい」と殺意全開で突っ込んでくるのを覚悟していたが――予想に反してティニはいきなり思い詰めたように下を向いた。興醒め、よりも疑問が先にたちディアナは一緒に視線の先を覗き込む。
「……人は衝動的にとか、本能的に殺してしまった、などと言いますね。正当防衛の理屈付けとして」
「ん? まぁ、言うわね」
「ですが私が操作した人からそんな言葉が出た事は、現状一度もありません」
「……統計範囲、狭くない?」
知恵とは、理性とは何だろうか。ティニは無数に浮かぶ画面を一顧だにせず内面に問いかけ続けた。
「何だ……何なんだよこのざわつきはっ!?」
マユ達と合流するため大西洋連邦領に戻ってきたシンは、変わり果てた地表と元いた座標にいない仲間に胸騒ぎを覚えながらも懸命に仲間の痕跡を探し続けた。
そして――異常な数打ち上げられる信号弾を見せつけられた。更に焦燥を掻き立てられ、ようやく追いついてみれば仲間が次々と墜とされて行くではないか。
見つけた〝レイダー〟イコール・マユに襲いかかるモビルスーツの存在に憎悪を燃やし、殺す気で〝アロンダイト〟を振り下ろしたシンだったが…………その機体が〝フリーダム〟イコール・キラと認識した途端、全身の沸騰した血液が零下にまで落ち込む感覚に襲われた。
〈ちょとシンっ!? 逃げてどーするっ! 最強が単体よ! 今しか無いじゃないっ!〉
〈シン! きみはザフトを離れてそんなところで何をしているんだっ! 一緒に戦おうって、言ったじゃないか!〉
シンはリアのカメラを注視した。キラの射線が〝デスティニー〟のカメラと武装を狙っているのが想像できる。奴の特徴は、今も身体が覚えている。〝インパルス〟の性能を使い切り彼を墜としたあの戦いを、〝デスティニー〟で再現できるかと問われればやってみせると答えられると思う。〝オペレーション・フューリー〟でオーブを攻めた際も、決してあの人に後れを取っていたとは言わせない自負がある。それなのに!
「今しかなくても逃げるんだっ! おれは……おれには……」
できない。どうしても。このざわつきが妹を守ると誓った決意と怒りを押し包んでしまう。
〈何で逃げんのよ!? いくら軍神だからって、あたしとシンが組めば殺れるよ!〉
「そぉ言う問題じゃねェんだよ!」
クロとティニが言っていた。自分には服従遺伝子が仕込まれいると。キラ・ヤマト、ラクス・クラインそして一部彼らに近しい者に、絶対に逆らえないような生物になっているらしい。このざわつきは、それが原因なのだろうか。
〈シン! 止まれ! その女に騙されてるんだ!〉
何も知らないくせに知ったようなことを! 逃げながらもシンはビームライフルを握る右手を――
「くっそっ!」
何故!? 今! 妹以上に優先するモノなどが心の中に存在する!? 彼にとって、その弱さが、自分の心が許せない。それでも逆らえない。魚が陸で息ができないように。
「マユ! 〝ファントムペイン〟の施設、近くにねぇかっ!?」
〈あぁ!?〉
「あいつを振り切れる場所はねーのかって聞いてんだよ!」
前方の輸送機は一直線に進んでいる。アレを追えばいいのか? だが〝デスティニー〟がその気になればアレを追い抜くことも不可能ではない。〝ストライクフリーダム〟の光圧スラスターは〝ドラグーン〟端末を全て解放しなければ使用できないはずだが、だからといって追いついてこないなどという保証はない。基地なんだかに逃げ込んで弾幕で追い払うくらいしか軍神に対抗する手段が思いつかない。自分が戦力になれない以上、それしかない。
〈ライラ無事?〉
〈ちょっとこれ逃げよーよ!〉
アサギとマユラの〝ウィンダム〟が逃げ腰のまま輸送機に張り付きぎゃんぎゃん喚く声が焦燥に駆られるシンの心臓に爪を立てる。
「うるさい黙れっ!」
叫びと共に怒りを吐く。その怒りを原動力に〝デスティニー〟を振り返らせようと叫び声を上げるが、できない。何故だ!? この機体はもう自分の身体の一部のように扱えるはず。それなのに何故こうもついてこない? なぜ意志と裏腹の気持ち悪さを感じなければならないのか。
〈ふざけないで! 〝フリーダム〟なんか連れてったら、それこそ基地ごと根刮ぎにされるわ!〉
マユの方が正しい。殺すを由としない彼は価値の合わない存在もやはり由としない。〝ファントムペイン〟の組織など見止められようものなら彼は必ず破壊する。――かつての〝メサイア〟のように。
――アスランに蹴り飛ばされルナマリアに抱かれ見つめた月面には〝フリーダム〟が用いる〝ミーティア〟によって微塵に砕かれたザフト最高司令部が墜ちていく――
過去に飲み込まれていたシンの腕が振り払われた。息を飲むその先で〝レイダー〟が変形を始めている。
〈ついてきてよシン!〉
「待――」
おれは彼には逆らえない――。
魂を絞り出しても吐き出せない言葉は、二度と形にはならなかった。
シンは手を出せない。
軍神はもう目と鼻の先にまで迫っていた。
マユは、もしかしたら自分が守ってくれると信じきっていたのかも知れない。
〝レイダー〟が撃墜された。
「な!?」
〈これは世界に害なす存在だ。切り取らないと、世界はいつまで経っても変わらない!〉
黒い機体が爆炎に飲まれて雲海に沈み、そして二度目の爆発を起こした。
「な……!?」
〈シン、戻ってくるんだ。君はまた、道を誤るつもりか!?〉
軍神の叱責を、シンは聞いてなどいない。脳裏を巡るのはただただ一つだけ。信じられない。
(いや、信じたくない!)
あの清廉潔白な軍神が殺人を犯したことを?
妹が、再び自分の手の届かないところに送られてしまったことがだ!
「な…………!?」
〈シン!〉
「嘘だああああああああああああああああッ!?」
何が起きた何故だどうしてこうなった!? 無数の疑問符が脳を埋め尽くし必死に世界を造り替えたいと切に切に切に願う。だが人の妄想など世界に対して即座に力を発揮することなど絶対に有り得ない。それどころか記憶からも消せない。今目の前で妹の機体が撃墜された光景が。
おれは何をしていた? ただ、見ていただけか? 〝デスティニー〟を、この上ない力を手にしていながら?
おれは何をしていた? 妹が、マユが大切だからこそ、道を誤っていると感じながらもこんな組織に身を投じたんじゃなかったのか?
だと言うのに手に入れた結末が無力な子供の頃と同じとはどういうことだ!? おれは何が大切だったんだ? 取り戻せないものを取り戻せて、それを守るんじゃなかったのか!? マユを守り抜くこと以上に――
大切なことがあったのか!
「そんな……有り得ないっ!」
だと言うのに、大切なものを間違えてしまった。
「さあシン! きみのことは、僕が何とかする。戻ろう」
間違えさせられてしまったのか? 彼の声に想起され、ティニ達に提示されたデータが脳裏を駆け抜ける。彼らは、自分に逆らえなくするような処置を施していた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。
「………………黙れ」
声色に涙が混じった。
〈シン!〉
脳裏に小さな何かが浮かんだ。時折浮かんだことはある紅の何か。だが今浮かんだものは黒い。果てしなく黒く闇よりも漆黒心のままに闇黒の何かが浮かび――
「黙れっつってんだよぉおおぉっ!」
――認識できぬまま木っ端微塵に砕け散る!
出し抜けに叫ばれたシンの否定にキラは虚を突かれた。今の今まで逃げ一辺倒だった〝デスティニー〟がいきなり刃を突き出し突進してくる。キラは思わず息を飲みながら〝フリーダム〟に逆噴射をかけたが、間に合わない、辛うじて展開したビームシールドの上で巨大な実体剣が火花を散らした。
〈シン!? 何するん――〉
「うるせぇえっ! アンタが、アンタが!」
遮二無二刃を振るいたくなる。それでも目覚めた何かが怒りを的確に制御する。光の翼を撒きながら残像を残した〝デスティニー〟がキラの左に出現した。
〈くっ!〉
「アンタがマユを殺したんだぁあっ!!」
気迫に押し遣られキラは思わず呻き声を漏らした。自分は何を間違えてしまったのだ? 全てを許し、更生の機会を与えるつもりで呼びかけた。だが、彼女を墜としたことが、そんなにも許せないのか?
彼女は、この間〝プラント〟に〝デストロイ〟を持ち込み破壊の限りを尽くしたどうしようもない自己中心的な悪のはずだ。それが、彼の大切な人だったというのか?
考える間も与えられず〝アロンダイト〟がビームシールドにぶち当てられた。機体出力と気迫に押され〝フリーダム〟が傾いだ。その瞬間に激烈な蹴りを叩き付けられ弾き飛ばされる。
「そんなっ……こんなっ!」
繊細な操作が錐揉みに落下しかけた機体を立て直す。しかしメインカメラの前にはもう刃を振りかぶった〝デスティニー〟が!
逃げようとしたキラの退路を断つ〝フラッシュエッジ2〟、既に刀身が眼前。振り抜いたビームシールドが実体剣の腹を打ち据えたが頭部のアンテナと右肩のスラスターを持って行かれる。
「アンタがマユをおおおっ!」
絶叫に、キラは息を飲んだ。対艦刀から離された左掌が暴力的な光を灯す。それも眼前。
キラは手加減を忘れた。照準の中心からバイタルエリアを避けることを忘れた。黄金に輝く腹部砲口が〝デスティニー〟の中心へと解き放たれた。
「!」
キラが悔やんだのもシンが目を見開いたのも一瞬。天空に向けて吐き出された深紅の塔が見上げるもの全ての視界を灼く――。
目をすがめる。キラはかぶりを振った。だがその心地は瞬間的に払拭された。激震のもたらす死の恐怖によって。
「アンタは……アンタだけは、おれがっ!」
眼前。
それはまさに魔神の顕現だった。片腕を吹き飛ばされた〝デスティニー〟は凄惨な傷口からスパークを迸らせながらも手にした巨大刀をこちらの首筋に突き立てている。
(この至近距離を、避けたんだ……)
幾つか死んだモニタ、筐体を破壊されはらわたのように垂れ下がるコードコードコード…。小さく弾ける電子の火花が時折指先をしびれさせた。
眉間を伝って顎にまで落ちる汗の感覚だけが現世にいると感じさせてくれる。キラはクレタ沖でオーブ艦隊を斬り裂き駆逐していく〝インパルス〟を思い返していた。次いで機体性能の全てを駆使し、自分に二度目の戦死を感じさせた超高速で迫る〝エクスカリバー〟の切っ先が脳裏を塗り潰した。
鬼神の如き戦い振り。見るものを戦慄させるその殺し方を撒き散らしていたのは、目の前でこちらを殺そうとしている、この少年ではなかったか。
キラは戦慄し、全てのバーニアを逆噴射させたが、抜けない。怨嗟の籠もった魔剣は揺らぎもしない。逃げた分だけ食らい付いてくる。引きずることはできても引き離すことはどうしてもできない。命の刈り取りに戦慄する間にもシンは肘から先のない腕をこちらへ向けてくる。叫びだしたい衝動を堪えきれるか、キラには自信がなかった。繋げられた通信からは、荒い吐息が聞こえてくる。
「――ぁぁ……、アンタは、アンタは何度おれを――」
傍受するような形でその通信が聞こえてくる。地獄門の先が見えかけていたキラははっとして聞き入った。
〈シン君! 待って! ライラが、ライラがッ!〉
シンは歪みきっていた眉間を更に歪めた。怒りに、殺意に急制動をかける仲間の懇願に咄嗟の反発が生まれる。あと一太刀で仇を討てると言うのに!
(っ! 違う! こんな奴どうでもいい! おれは、おれにはやらないといけないことがあるんだ)
――もう間違えてはならない。咄嗟に判断したシンは剣を放棄し〝デスティニー〟を急反転させると〝レイダー〟が墜ちた場所へと舞い戻った。
〈ライラ! 返事してよ!〉
アサギとマユラの悲鳴にも似た声に胸が締め付けられる。呼吸もままならない焦燥に苛まれながら通信元へと機体を下ろす。ゆっくり開くコクピットハッチを殴り付け、わずかな時間も惜しんで駆け出したシンの前には仰向けに死に体をさらしている妹の搭乗機がある。
「マユ!」
自由に動かない自分の機体に辟易し、悪罵の限りを上げたその先には見たくないものがある――それはただの想像では終わってくれそうにない。全速力で駆け寄ったその勢いが機体の前で止まってしまう。だがそれでも戦場にいながら機体から降り、ディアクティブの装甲に縋り付く二人を見ていると躊躇う一瞬さえ悔しくなる。まだ熱を持った装甲にマグネットの足裏を押しつけコクピットにまで駆け上がる。ハッチ横の操作盤を開いたものの何もできずにいたマユラを押しのけ指を差し込む。沈黙している電子部品に舌打ちを向け、配線を強引に繋ぎロックを外す。気の抜けるような音と共に黒から鉄灰色に変じたハッチが開く。
酸鼻を極める光景に、シンの意識が大きく遠のいた。
「ちょっとシン君っ!」
アサギに抱きかかえられ意識を戻したシンは今度こそそれを直視させられてしまった。
血塗れの、妹がいる。手が、足が…あぁ分析することを脳が拒む。それでも引きはがせなかった視線が身じろぎするそれの様子を捉えていた。シンは弾かれたようにアサギを押しのけコクピットに身体を差し込む。
「マユ! おいマユしっかりしろ!」
「……う…」
呻き声に続いてぬめった何かが詰まる音が届く。引き寄せた妹は思いの外軽く、右手の代わりをしていた金属片がもう拾いきれない砂粒のようにこぼれ落ちた。
「マユ! 大丈夫かよっ!」
その目が彷徨った。もう視力も残っていないのか色のない瞳はシンに向くこともなくただ彷徨う。先のない右手が差し上げられ、シンはそれを掴み取った、五指のない、出血もない腕は温かくもなく、熱い。火傷する掌を忘却しながらシンは彼女を揺さぶり続けた。
「お……兄……ちゃん?」
「マユっ!」
色のない瞳が彷徨い、それでもシンの方へ投げかけられた。
大粒の涙をこぼしながら見下ろしてくる兄らしき影に、彼女は一筋涙を落としながら心の内を差し出した。
「お、お兄ちゃん……どうして、助けに来てくれなかったの……?」
シンは、絶句した。切り刻まれた心はもう声も出せない。ほんの数刻前に戻れれば絶対に間違えない。絶対に。なのに時間はやり直させてくれない。
差し出された震える左手を引き寄せ、力の限り握り込む。その人差し指が僅かに震え、――すぐに力が抜けた。
「マユ!」
戻らない。もう揺り動かそうとも答えてくれない。奇跡に感謝し、もう間違えないと心に決めながら……目の前に置かれたこの現実は何だ!? シンは自分の心に爪を立て掻きむしりながら、
「う……ぅぐ…ぐあああああああああああああああああ!!」
絶叫した。
零れそうなほど両目を見開く。いつも戦いが終われば収束し、落ち着く心が未だ弾けたまま。過ぎ去るバーニア音に引き寄せられるよう見上げたシンは、それを見つけて壊れきった妹の亡骸を力の限り掻き抱いた。
とめどない涙に濡れた視線の先には所々から煙を上げながらも大空に消えていく〝フリーダム〟の姿。
既視感。
オーブ。妹の、断ち切られた右手に心を壊された直後、見上げた空にはやはり〝フリーダム〟がいた。
そして今。右腕を断ち切られた亡骸に心を引き毟られ、見上げた空には…………。
「ライラ……」
「シン君、シン君落ち着いて……」
二人の涙声も聞こえない。色を失った世界を、色を失った瞳で見上げながら、シンはただ、心を放って慟哭した。
取り敢えずこちらは何もやっていない。色々水面下で暗躍していることは認めるが、地球圏汎統合国家代表が条件に付けた破壊行為は行っていない。ティニはこの組織の全てを把握している。部下が隠れて組織の方針を裏切ったらそれを知らなかったでは済ませない。
「それでも、まぁ嫌われ者だからなんでしょうね……」
〈オレンジ12マーク23ブラボーに熱紋……戦艦ですね。ナスカ級1、イズモ級1、距離五千――〉
〈ち、近づいてくる? モビルスーツ確認、光学映像――って武装してるっ!? ティニ!〉
〈熱紋照合……〝ザク〟と〝アストレイ〟の混成です…! 海賊じゃありません。正規軍ですよティニ!〉
「視えてます。火器管制をこちらに回してもらえますか?」
アビーとディアナとフレデリカ、それぞれの声に悲壮感を滲ませていたがティニはその悲壮感にうんざりした。
〈ど、どーするの? 今パイロットいないのよ!〉
確かに〝ゲイツR〟がごろごろ積んであるが、乗せている兵隊は数えるほど。あと数日待ってもらえれば月からかなりの協力者が乗ってくる予定だが今に間に合わなければ意味がない。更に言えばエターナル級はCIWSとミサイル発射管が多数あるものの、中央にある主砲収束火線砲1門、艦橋後部のレールガン2門と、アークエンジェル級と比較すると武装がかなり心許ない。先年このネームシップがザフトに補足され攻撃を受けた際、かのラクス・クラインとアンドリュー・バルトフェルドですら抗しきれないと判断したほどの貧弱さである。
〈機関最大! モビルスーツ部隊を振り切れ!〉
イアン・リーの指示に艦が応える頃には最前列の〝ブレイズザクウォーリア〟部隊がミサイルを放ってきている。
〈回避! 上げ舵10面舵20!〉
大丈夫ですって。胸中でそう呟いたティニはクラッキングを完了する。全てを任せきれなかったバートから根刮ぎ火器管制を奪い取った。
〈あっ!〉
彼の悲鳴を完全に無視し全天を脳裏に描き出す。脳裏と繋がる火器管制とセンサーがマルチロックオンシステムとして機能した。まずはモビルスーツ12、ミサイル456を瞬時にロックオンする。
CIWSらしく弾幕を張る? そんな勿体ないことはしない。456発のタングステンと12発のミサイルが在れば充分。
判断と同時に〝アイオーン〟へと意識を流し込む。広大な宇宙に比してあまりにささやかな弾丸がぱらりと流された。一拍おいて
『なんっ!?』
『何をされた……全部撃墜ってよ!?』
ザフトの皆さんの動揺を感覚で受け取りながら合掌してあげる。後を追って飛来したミサイルに直撃されたか幾つかの『声』がブツリブツリと消失した。
〈ちょ!? なに? 奇跡?〉
「数学ですよ」
情報の収集と計算。それだけでモニタなど不要。情報が在れば視覚など不要。周囲をくまなく探るセンサー群、そして〝ターミナル〟経由でもたらされる情報がロックの材料となり、迫る熱紋全てを脳裏に描き出してくれる。エターナル級ならではの異常なミサイル艦載量も迎撃と撃墜に一役買っていた。
「フェイズシフト装甲のない人は下がった方がいいですよ」
呟きは、聞かせるつもりなど毛頭無い。積み込まれた弾薬の有効利用。的確に狙い撃たれた〝ブレイズザクウォーリア〟が数を激減させ、前衛を維持できなくなって後退していく。
「回避お願いします。〝ガナー〟が撃ってきますよ」
〈了解!〉
チェンの操艦によって反転した〝アイオーン〟の船腹を一拍遅れて〝オルトロス〟の赤光が薙いでいく。〝ブレイズザク〟が下がったため、必然的に前衛となってしまった〝ガナーザク〟部隊、そこに数条のビームが飛来し、或いは砲身、或いは機体を貫いていく。〝アイオーン〟から出撃した十機程度の〝ゲイツR〟が防衛戦を展開する。異常なほど的確な、最早狙撃と言うべき弾幕に可動域の広い砲塔代わりのモビルスーツ群が加わり、〝ザク〟と〝アストレイ〟の群れは追い切れなくなる。
ナスカ級の指揮官が機関最大を命じたが、そこに〝エヴィデンス〟の言葉が覆い被さった。
「代表の言葉は虚偽だったと受け取って良いでしょうか。後日正式に統合国家へ抗議させていただきますのであしからず」
逡巡が、艦橋(ブリッジ)を席巻する。上の立場を出されると責任の所在探しに苦労してしまう。追い縋り、確実に亡き者にできるのなら迷う必要もないのかもしれない。だが、ターゲットは現状でさえザフト軍最速を誇る〝エターナル〟のマイナーチェンジ艦だ。追いつける可能性と立場の悪化を想像すると次の命令が出せない。
「モビルスーツ収容後機関最大!」
リーの指示が逡巡する指揮官達から迷う時間さえ奪い去る。〝アイオーン〟が一気に小さくなり、瞬く間に消えた。統合国家の宇宙軍は呻く以上のことができずにいた。
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絶望からの復興。それは希望を表す。だが真っ先にその希望を体現した国は世界中に恐怖を注いだ。
守りたいもの。それは希望をもたらす。だが人の願いなど必ず叶うとは限らない。その先を見据える赤い瞳が今光を放棄する。
96~98話掲載。時間に慈悲など微塵もない。