No.195751

過ぎたるもの2 白馬の太守

霜月さん

第2話です。

報われぬハムさんに愛の手を!がこの作品のコンセプトです。

2011-01-13 17:58:23 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1620   閲覧ユーザー数:1470

「・・・まいったね、こりゃ」

 

左近の口からため息とともに漏れたのはそんな言葉だった。

 

周りを見渡しても周囲は草木が所々に茂っているだけの荒地であり、空に鳥が数羽飛んでいるだけで人や獣の姿は左近以外にない。

 

(なんでこんな事になったんだかねえ・・・)

 

左近は肩に担いでいる愛刀を担ぎなおしつつ数時間前の事を思い返した。

 

 

左近が意識を取り戻した時周囲に広がっていたのは全く見覚えのない風景だった。

 

左近が戦っていた場所は関ヶ原という山に囲まれた盆地であったはずだが周りに広がるのは見渡すかぎり所々に岩が転がりまばらに草が生えている荒地としか表現のしようのない場所。

 

あれだけの激戦があったにも関わらず兵の死体は転がっていない。

 

戦が終われば疫病の発生を防ぐためにも処理がされるはずではあるが、片付けた痕跡はないし何よりも左近の首が繋がっていること自体ありえない。

 

自惚れているつもりはないが、左近は間違いなく西軍の大将の一人であった。

 

その首となれば大手柄のはずであり、敵が首をとらないはずがないのだ。

 

何が起きたのか理解ができず呆然とした左近だがさらなる異変に気付いた。

 

痛みがない。

 

左近は戦で鉄砲による攻撃を受け、脇腹に怪我を負い晒しを巻いて戦っていた。

 

そんな血が止まらない程の傷を負った筈なのにその傷が綺麗さっぱりと消えている。

 

まるでそんな攻撃を受けた事実がなかったかのように。

 

左近はまたさらに驚くべき事に気付く。

 

身体が軽いのだ。

 

人生の多くを戦場で過ごしてきた左近だが流石に近年は寄る年波による肉体の衰えを感じていた。

 

杭瀬川や関ヶ原でも若い頃のように身体が動かずに歯がゆい思いをしたものだが、今はどうしたわけだか身体が軽く感じられた。

 

ふと長く伸ばした髪を見てみれば白いものが多く混じっていたはずの髪は艶やかな黒さを保っていた。

 

顔に手を当ててみても皺が感じられない。

 

声を出してみてもハリのある凛とした声が口からこぼれる。

 

何故だか知らないが若返っているという現実を左近は受け入れずにはいられなかった。

 

驚くような事態の連続に唖然としていた左近だがしばらくすると気分が落ち着いてきた。

 

そうなれば軍師としての頭脳が一気に回転し始める。

 

ここは何処か。

 

何故自分はここにいるのか。

 

何故若返っているのか。

 

ここが所謂三途の川なのかとも考えたがそれにしては現実味がありすぎる。

 

しばらく思考にふけった左近が至った結論はこの状況では情報が少なすぎて判断できないということだった。

 

とにかく情報を集めなくてはどうしようもない。

 

そういう考えに至った左近は側に突き刺さっていた自身の愛刀を背負うと太陽の位置を確認し、歩き出した。

 

その後幾度も馬・・・恐らく軍勢が通った痕跡を見つけた左近は恐らく人里があるであろうその軍勢が向かった方へ向うことにしたのだった。

 

そうして軍勢の足跡を辿って歩いていた左近だが一向に人里にたどり着く気配がなく現在に至っている。

 

(日の本にこんな殺風景な荒地が続くなんて土地はねえ・・・。やはりここは日の本の何処じゃなさそうだね)

 

ここは日の本ではない。

 

それは左近の中でもはや確信に変わっていた。

 

同時に左近の頭に浮かんだのは仕えている主の安否だった。

 

(殿は・・・無事逃げのびられていればいいんですがね・・・。)

 

しばし思案にふけりながら歩いていた左近だがその思考は中断された。

 

「・・・あれは!」

 

左近の歩いている道の先に黒い煙が上がっていた。

 

多くの馬が通った先において黒い煙が昇る。

 

その事態が示す可能性に左近は顔をしかめる。

 

「焼き打ちか・・・戦か・・・どちらにしてもいってみるしかなさそうだな」

 

今は少しでも現状についての情報が欲しいし、戦となれば軍略家としての血が騒ぐ。

 

左近はその煙に向かって走り出した。

 

 

SIDE 公孫賛

 

 

「は、伯珪様!賊の援軍が後方から迫っております!このままでは・・・!」

 

上ずった伝令の声が響く。

 

無理もない。

 

領内の見回りの途中で村が賊に襲撃を受けているという報を受け、見回りで引き連れていた手勢と急行した。

 

私が連れていた兵は千で報告を受けた族は五百だった。

 

こちらの方が数が多いことに加えて、賊に対してこちらは精鋭の白馬隊。

 

兵の錬度には大きな差があるし、奇襲すれば大した損害なく勝てると踏んでいた。

 

見込み通り村に急行して略奪をしていた賊を急襲したまでは良かったけど、ここで誤算が起きた。

 

確かに村を襲った賊は五百程だったがそれが賊の全てではなかった。

 

村を襲ったのは賊の一部であり、本隊が別に存在していたんだ。

 

逃げた賊が呼び込んだのだろう、賊を急襲して半刻程して賊の始末が終ろうかという時にその本隊がやってきた。

 

その数およそ二千。

 

こちらは一戦した後で、しかも勝ちが間近だったからかなり気が抜けてしまった時に賊が現れるという最悪の事態。

 

いくら白馬隊が精鋭といっても未だ僅かながら賊は後ろに残ってるし、このまま挟みうちになれば・・・。

 

逃げようにも賊は既にこっちを包囲している。

 

こうなれば兵数の差が大きく出る。

 

何より敵を突破し離脱しようにもこちらには村人がいる。

 

私たちだけ逃げたところで村人は嬲り殺しにされる。

 

逃げるわけにはいかない・・・。

 

もはやこれまでなのか・・・。

 

いや、私が弱気になってどうする!

 

まだ死ぬわけにはいかないんだ!

 

「白馬隊!全員騎乗して鋒矢の陣を取れ!賊の親玉を討つぞ!」

 

ここまで規模の整った賊だから親玉さえ討てば後は一気に烏合の衆となる筈。

 

もうこの手しかない。

 

そして私が突撃の合図を出そうとした瞬間・・・轟音が響いた。

 

 

 


 
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