目覚めた一刀は、用意してあった服を身につける。生地こそ違うが、見た目はほとんど同じものを作ってくれたようだ。着心地も悪くはない。
「……よし!」
気合いを入れて、立てかけてあった剣を手にする。伝わる重さに、気持ちが引き締まるようだった。この剣も服と同様、華琳が用意してくれたものだ。形状は一般兵が持つものと同じ細身の剣だが、華琳が信頼する鍛冶師に造らせたもので、切れ味は保証済みである。
「しばらくは、この剣を使いなさい。人を殺せる武器を腰に下げているのだと、常に自覚しておけるようにね。そしてその剣を抜くとき、自分が背負うものをきちんと考える事。覚悟とは気の持ちようではあるけれど、一朝一夕で身につくものでもないでしょ?」
そう言って華琳に剣を渡され、今まで使っていた剣――つまり、貂蝉と卑弥呼が変化ものは、大切に保管することにした。
(俺自身、貂蝉たちに頼っていたところがあるのは事実だ。それにこの剣の本来の役目は、本当に倒すべき敵にある。そのための力を蓄える必要もあるし、しばらくは華琳にもらった剣でがんばってみよう)
そう自分に言い聞かせた一刀は、剣を持って中庭に向かった。今の時間なら、恋と霞が稽古をしているだろうと事前に聞いていたのだ。
目を覚ましてからもしばらくは部屋に閉じこもっていたので、二人とはまともな会話をしていない。体を慣らす意味もあって、久しぶりに剣を交えたいと思ったのである。
「お、いたいた。おーい!」
いつものように一刀は声を掛ける。どうしようか悩んだ末、普段通りが一番だろうという結論に至ったのだ。
「――!」
「かじゅとー!」
動きを止め、恋と霞が全速力でやって来た。簡単に吹き飛ばされそうな勢いで激突するが、逃がすものかと二人にガッチリ掴まれて絡み合うようにして地面を転がる。
「一刀……」
「へへへっ、かーじゅーとーぉ!」
寝転がったままうれしさを全身で表すように、恋と霞は両側から一刀を挟み込んでスリスリと顔をすり寄せた。
「元気になった?」
「うん。心配かけて、二人ともごめんな」
「えーよ! かじゅとが元気なら、うちはそれでええ!」
幸せそうな二人の顔に、一刀の顔も自然とほころぶ。
心のモヤモヤがすべて、晴れたわけではない。まだ暗く重いものがへばりついているが、恋と霞の無邪気な笑顔を見ていると、少しだけ気持ちが楽になるようだった。
「ようやく部屋を出たと思えば……ずいぶんと、楽しそうね?」
不意に影が差し、尖った声が降ってくる。
「か、華琳!?」
慌てて一刀は、恋と霞を説得して立ち上がった。そして言い訳をしようと口を開き掛けた時だ。
「元気になるなり発情して、昼間から女の子を二人同時に押し倒すなんて、ほんっとに獣以下の変態精液男ね! 妊娠しちゃうから、華琳様に近寄らないでちょうだい!」
運悪く華琳の後ろには桂花もいて、汚物でも見るような目で見ながらまくし立ててきた。
「いや、そんなんじゃないから。あの、華琳――」
「同意の上でなら、私が何か言うことじゃないけれど、もう少し時間と場所を選びなさい」
「だから、違うんだって」
身振り手振りを交えながら、一刀はここまでの出来事を華琳と桂花に説明をする。
「なるほどね。でもいきなり、この二人を相手に稽古だなんて大丈夫なの?」
「さすがに同時には無理だけどさ、今までも何度か稽古に付き合ってもらったこともあるし、たぶん問題はないと思うけど……」
「あなたがそう言うのなら、別に構わないわ。少し見ててもいいかしら?」
「うん」
こうして、一刀は恋と霞を相手に剣の稽古を始め、華琳と桂花がそれを見学することとなった。
しかし恋や霞と稽古をした事はあったが、真剣で立ち会うのは初めてだったため、動きがぎこちなく本来ならば一刀の方が攻めるのだが、今は一方的に押されている。
「腰が引けているわね。桂花はどう見るかしら?」
「本来の実力がまったく出ていません。今のままでは、格下の兵士にも勝てないかと」
「そうね……」
頷きながら、華琳は一刀の戦いを見守った。助言は出来るが、自身で乗り越えなければならない壁である。今はただ、信じるしかなかった。
華琳たちがしばらく一刀の稽古を眺めていると、一人の兵士が小走りでやって来た。
「申し上げます。北郷様のお知り合いという方々が、門の前に来ているのですが……」
「一刀の?」
報告を聞いて首を傾げる華琳に、何か思い至った桂花が言った。
「華琳様、その者たちは私も知っている者かも知れません。私が確認して参ります」
「そう、わかったわ。私はもう少し見学したら、執務室に戻るから」
「はい」
兵士を引き連れて歩いて行く桂花を見送り、華琳は再び一刀に目を向ける。やはり鈍い動きのせいで、恋には完敗し、霞にも僅差で負けたようだ。それでも恋と霞は、まだ全力ではない。
溜息を漏らし、華琳は一刀に声を掛けずその場を去って行った。一方の一刀は、少し気落ちした様子で華琳が去ったことにも気付かず、地面に大の字になっている。
「疲れた……」
呟いた一刀の横で、恋と霞も腰を下ろした。冷たい風が、火照った体に気持ちいい。
「一刀、久しぶりだった。仕方ない」
「ありがと、恋」
礼を言いながら、一刀は体を起こした。恋にまで気を遣わせては、いつまでも落ち込んではいられない。もう少し稽古をしようかと思ったその時、話し声とともに歩いてくる人影が見えた。
「あれは……」
見覚えがあるような、ないような気がするその姿は、小さな二人の女の子だった。
「許緒と典韋やな。おーい!」
霞が大きく手を振って、二人を呼んだ。一刀は名前を記憶から引っ張り出し、黄巾との戦いの時に見掛けたのを思い出す。
(あの時の子たちか……元気そうで良かった)
別れた時は暗く感情を失ったかのような顔だったが、今は少しふっくらとしてわずかな笑みも浮かべている。雰囲気も柔らかく、年相応の女の子という印象だった。
一刀たちに気付いた許緒と典韋は、多少戸惑いながらも走ってやって来た。
「あの、こんにちは」
元気にぺこりを頭を下げる姿に、一刀は思わず笑みを浮かべた。
「こんにちは。こうしてちゃんと話しをするのは初めてだよね。俺は北郷一刀、よろしく」
「呂布……恋でいい」
「うちは張遼や。霞でええよ」
いきなり真名を許されて、許緒と典韋は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻る。
「私は典韋、真名は流琉です。流琉と呼んでください」
「ボクは許緒です。季衣って呼んでください」
「流琉ちゃんに季衣ちゃんね」
頷きながら確認するように一刀が頭を撫でると、二人は少し照れた様子で、くすぐったそうにした。
「あの、ちゃんは恥ずかしいので……」
「そう? それじゃ、流琉と季衣でいいかな?」
「はい!」
「うん!」
さっそく打ち解けて、何となくその場に丸くなって座ると雑談が始まった。どうやら季衣と流琉の二人は、訓練中に恋と霞を見掛けて話をしたいと思っていたそうだ。だが一刀としばらく会えなかった恋と霞は、とても機嫌が悪くて近寄れなかったのだという。
「――それで、御遣い様が」
「あのさ……」
楽しそうに話をしていた流琉を、一刀が不意に遮る。
「俺のことは一刀でいいよ。御遣い様ってなんか、居心地悪くて」
「でも……」
困った流琉が季衣を見ると、何か思いついたのか季衣が口を開いた。
「それじゃ、兄ちゃんって呼んでもいい?」
「あ、それいいです。私は兄様って呼びます。これなら、いいですよね?」
正直、恥ずかしかったがキラキラとした目で見られて嫌とはいえず、その呼び方を承諾することとなった。恋と霞も真似しようとしたが、それは全力で阻止した。
Tweet |
|
|
36
|
1
|
追加するフォルダを選択
恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
まったり。
楽しんでもらえれば、幸いです。