No.195609

真・恋姫†無双~恋と共に~ #24

一郎太さん

#24

2011-01-12 19:48:01 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:18584   閲覧ユーザー数:12304

 

#24

 

 

 

部屋に沈黙が満たされる。雪蓮は相変わらず切れのある視線をこちらに送り、冥琳は何事かを考えているのだろうか、じっと目を伏せ、押し黙っていた。

どれだけそうしていただろうか。ようやっと、雪蓮が口を開いた。

 

 

 

「それは、どういう意味?」

 

 

 

相変わらず、触れたら切れそうなほどの視線で問いかける。………………そんなに睨むなよ。

 

 

 

「そのままの意味だよ。俺は、ここを出ていく。それだけのことさ」

「だからその真意を聞いているのよ。…………さっきの問いの意味も含めて、ね」

「そうだな………さっきも言ったはずだ。張角たちは俺と恋の友達だ。だから、彼女たちを討たせるわけにはいかない。しかし、俺に雪蓮たちを止める権利もない。何処にいようがね。だから、ここを出て行くんだ。雪蓮は雪蓮たちで朝廷の命で、あるいは独立の為に動く。俺は俺で、彼女たちを助けるために動く。ただそれだけのことさ」

「でも、貴方はいまはうちの将なのよ?そんな勝手が許されるとでも?」

「おいおい。忘れたわけじゃないだろう?俺も恋も、ただの食客に過ぎない。残るも出るも、俺たちの自由のはずだ」

「でも、一刀たちが私たちの前に敵として立つというのなら、私は孫呉の為に、貴方を斬らなければならない」

「知っているさ。さっき、その覚悟を聞いたばかりだ」

「そう………なら――――――」

「雪蓮」

 

 

 

雪蓮が何事かを言おうとした時、それを遮るように冥琳が口を開いた。

 

 

 

「いい加減にしなさい。貴女だって、わかっているのでしょう?それ以上はただの我儘よ」

「でも冥琳―――」

「雪蓮?」

 

 

 

冥琳が遮るように、再び彼女の真名を呼ぶ。そこには戒める様子も、叱責もなく、あるのは、駄々をこねる子供に母が向ける、慈愛にも似た優しいものだけだった。

 

 

 

「………わかったわよ。ごめんね、一刀。もう止めないわ。これまでありがとうね」

「いや、こちらこそ世話になったよ」

「でも、最後に一つだけ質問させて。どうして張角たちのことを教えてくれたの?『そろそろ旅を再開する』とか、そんな理由でも言っておけばよかったじゃない」

「そんなの簡単さ―――」

 

 

 

どうやら同じことを考えていたらしい冥琳もこちらを窺うように見つめてくる。そんな二人を見つめ返し、俺は簡単な答えを告げた。

 

 

 

「―――友達の夢の成功を願うのは、当然のことだろう?」

 

 

 

 

 

 

雪蓮の執務室を辞した俺は食堂に向かった。目的地に着くと、やはりおやつを貰いに来ていた恋が、セキトと一緒に何かをパクついていた。一つ予想外だったのは、祭さんと穏もそこに同席していたことだ。祭さんは点心をちびちびと摘まみながら酒を徳利から直接煽り、穏は恋の食べる様子をニコニコと眺めながらお茶を啜っている。

初めに俺に気が付いたのは、祭さんだった。

 

 

 

「一刀よ。ここを出て行くのか?」

 

 

 

祭さんのその言葉に、恋は食事の手を止める。穏は最初から分かっていたのか、特に驚いた様子も見せず、こちらに顔を向けた。

 

 

 

「どうしてそう思うの?」

「その反応からして、当たりのようじゃな。………なに、簡単なことよ。お主がわざわざ残って策殿と話すような内容といったら、それくらいしかないからの。政策とか他のことなら冥琳も残るじゃろうし、わざわざ儂らのおらんところで時間を空けてする話でもないしな」

「流石だなぁ。その通りだよ。さっき、雪蓮と冥琳に伝えてきた。理由が知りたかったら二人に聞いてくれ」

「なんと、冥琳もおったのか。あやつの方こそ、先に話の内容に思い至りそうじゃがの」

「それだけ冥琳様は一刀さんのことが好きだ、ってことですよ~。色々考えを巡らす前に動いてしまうなんて、可愛らしいじゃないですか~」

「あぁ、それなら納得がゆくのぅ」

 

 

 

なんか今、穏から変な単語が聞こえてきた気がするが、流しておこう。………あの冥琳が俺に好意を寄せるとか、考え難いことこのうえない。

ふと、それまで黙っていた恋が、口を開いた。

 

 

 

「いつ、出てく?」

「そうだな………そんなに急ぐわけじゃないが、今回もまた3日くらいだな」

「………ん」

 

 

 

恋はそれだけ確認すると、再びおやつに没頭した。

 

 

 

「『今回も』とはどういう意味ですか~?」

「ん?秘密だよ」

「んもぅ~、ずるいですよ~」

「これ、穏よ。男が内緒にしたがっておるんじゃ。本人が言うまで黙って待つのも、いい女の条件じゃぞ?」

「それもそうですねぇ…。一刀さん?いつか教えてくださいよ」

「まぁ、いずれわかる、かな?」

 

 

 

それきり、この話はなくなった。俺も恋の隣に腰を下ろして、穏の入れてくれた茶で喉を潤す。彼女たちとも、いつか敵対するのだろうな。そんなことを思いながら。

 

 

 

 

 

 

それから二日後。食堂に呼ばれた俺と恋は、大量の料理と酒の載った卓を前に立っていた。あれ、何か見たことがあるぞ、この景色。

 

 

 

「あぁ、やっと来たわね。遅いわよ」

「あ、あぁ。悪いね。荷物を纏めていたからさ…」

「遅いぞ。策殿なんぞ、早く酒が飲みたいとうるさくてたまらんかったわ」

「それは貴女もでしょう、祭殿?」

「まぁまぁ。宴の主役も来たことだし、さっそく始めましょう~」

「と、いうわけで、今日は貴方たちの送別会よ。一刀、恋」

 

 

 

………ったく。月たちのところもそうだったが、どうしてこう、送別会なんか開いてくれますかね。俺はそんなことを思いながらも、自分の両頬が緩むのを自覚していた。横を見ると、恋はすでに臨戦態勢のようだ。両眼はキラキラと輝き、口から涎が少し垂れている。………………少し落ち着きなさい。

ただ、前回と違うのは、宴のメンバーは雪蓮と冥琳、それに祭さんと穏の4人だけだった点だ。まぁ、ここではそれほど目立って動いてはいないし、兵の調練もそれほどしていないから当然のことだけどな。

 

 

 

「さて、それでは雪蓮?何か言葉でも送ってあげなさい」

「えー、そんなのいいじゃない。ね、一刀?」

「駄目だ。仮にも一城の主なら、それくらいの礼式には則って貰わないと困る」

「はいはい」

 

 

 

雪蓮はぶーたれながらも、杯を掲げた。俺たちもそれに倣い、酒の注がれた杯をそれぞれ手にもつ。

 

 

 

「とっくに知らせているけど、一刀と恋は、明朝ここを発つわ。祭と穏には教えてないけど、二人はもしかしたら私たちの前に敵として立つことになるかもしれない」

 

 

 

ふと、恋がちらと俺を見たが、すぐに雪蓮に視線を戻した。それだけでも、恋からの信頼を感じることができるのが、この上なく嬉しい。

祭さんと穏は、若干驚きの表情を浮かべはしたが、それを追及するつもりもないようだ。

 

 

 

「それでも!我々は得難い友を得た。例え敵として相対したとしても、その事実は変わらない。我々の絆を祝い、そして我々の友の旅の安全を願おうではないか。それでは………乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」 「………かんぱい」

 

 

 

………やはり恋だな。

 

 

 

 

 

 

「あーぁ。一刀たちが出てっちゃうなんて、寂しくなるわね」

 

 

 

雪蓮は酒を流し込みながら、こちらをジト目で見てくる。そんな雪蓮に、祭さんは笑いながら答えるのだった。

 

 

 

「仕方がない。一刀を落とせなかった策殿のせいじゃ」

「何よぅ。祭だって出来なかったくせにぃ」

「なに、始まりがあれば終わりがあるように、人の出会いも、いずれ別れが訪れるものよ。それが早いか遅いかの違いじゃ」

「ふん!無駄に達観しちゃって。これだから無駄に人生経験が長い人は困るのよ。ね、一刀?」

「俺に同意を求めないでくれ。反応に困る」

「人生経験が長いということは、それなりに男を落とす技術も持ち合わせておるという意味じゃぞ?」

「じゃぁ一刀を落としてみせてよ。今からでも遅くはないわ」

「それは無理じゃな」

 

 

 

祭さんのサラっとした返答に、雪蓮が思わず持っている杯を落としそうになる。

 

 

 

「何よ!さっきと言ってることが違うじゃない」

「こやつにはもう相手がおるからの。それを略奪しようなんぞとは思わんよ」

「祭のイケズ」

「ふむ。策殿とて、もう少し人生を歩めばわかるというものじゃ。のう、一刀?」

「だからこっちに同意を求めないでくれよ……」

 

 

 

いつものように、この二人は絡み酒だった。冥琳と穏はもう慣れたもので、卓の反対側で、俺が以前冥琳に教えた策について話し合っている。軍師の二人からすれば、そういった知的な会話も肴になるらしい。そういえば、詠や唯さんもそんな感じはあったなと、ふと思い出す。

 

 

 

「それにしても、恋は幸せ者よね」

「(パクパクモキュモキュ)………?」

 

 

 

雪蓮の言葉に、恋が食べる手を止めて首を傾げる。

 

 

 

「恋はさぁ、一刀のどんなところが好き?」

「お、それは儂も気になるのぅ」

「ぶはっ!?」

 

 

 

雪蓮の突然の質問に、俺は思わず噴出してしまった。いや、俺も気になるけど、でも本人のいる前でそれを聞きますか?雪蓮と祭さんは俺の狼狽に大笑いしながらも、酒を酌み交わす。ふと、卓の向こうの冥琳と穏もこちらをじっと見ていた。そして、給仕をしている侍女たちも………。

 

 

 

「あの、冥琳さん、穏さん?なぜにこちらを見ているのですか?」

「なに、我々もそれは気になってな」

「そうですよ~。恋ちゃん、一刀さんのどういったところが好きなんですか?」

 

 

 

4人分の好奇の視線に晒されて居心地が悪くなるなか、恋は何事もなかったかのように平然と答える。

 

 

 

「………わからない」

「「「「「………へ?」」」」」

 

 

 

え、ちょっとショック………。特に理由もないのか?………………少し泣きそうになった。

 

 

 

 

 

 

「いや、どこかしら好むところがあるのだろう?」

 

 

 

意外にも、最初に食いついてきたのは冥琳だった。そんなキャラじゃなかったと思うんだけどなぁ。

しかし、恋も冥琳の様子を特に気にも留めず、しばし考えてから答えた。

 

 

 

「………恋にも、よくわからない。でも………」

「でも?」

「一刀は、ずっと一緒にいてくれた。いてくれる、って言ってくれた。だから、好き。………………お母さんが死んじゃった時も、そばにいてくれた。一刀がいないと…不安になる。月のとこにいた時は、部屋は違ったから、不安だった。だから……目が覚めたら、いつも一刀の部屋にいった。ここは、みんなで一緒に寝られるから、嬉しい」

 

 

 

食堂に沈黙が満ちる。要領を得ているようでいない恋の返答に、質問をした4人は何かを考えるように黙り込み、俺も言葉を返さない。彼女たちが何を考えているのかわからないが、俺の胸は、喜びでいっぱいだった。俺が聞かなかったというのもあるが、こうやって恋が心情を顕わにするのは初のことだったからだ。

 

 

そして俺が言葉を返そうと口を開いたとき――――――

 

 

 

 

 

「あと……一刀の手は、気持ちいい」

 

 

 

 

 

ぴき

 

 

 

 

 

――――――空間が軋む音が、聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

恐る恐る4人を見回すと、それぞれが別の表情を浮かべていた。雪蓮は目を細めて殺気を放ち、祭さんはニヤニヤとこちらを見つめ、穏はどこかうっとりとし、冥琳は酒の所為以上に赤くなっている。………冥琳のこんな表情は珍しいな。

俺がそんな風に逃避していると、徐にそのうちの3人が立ち上がった。

 

 

 

「さて…ちょっと野盗の群れでも探してくるわ」

「儂は湯浴みでもしてくるかの」

「穏は書庫に用事を思い出しました~」

 

 

 

いや、何もしないですよ?御三方、だからその、なんというかピンク色のオーラを収めてはもらえませんか?というか、冥琳さんも何か突っ込んでくださいよ。

 

 

 

 

 

「ナニをドコに突っ込むというのだ!………………………………………………はっ!?」

 

 

 

 

 

今度こそ、時が止まった気がした。

 

 

 

 

 

「ぷっ、くくく………あははははは!ちょ、冥琳!いきなりナニ言ってるのよ!」

「はっはっはっはっはっ!公瑾よ、お主はナニを想像しておるのじゃ?」

「ぷくくく………冥琳様ぁ、それはちょっと………ぷぷぷ」

 

 

 

 

 

そして沈黙を破ったのは、3人の笑い声と恋の一言だった。

 

 

 

 

 

「一刀に、頭撫でられると、気持ちいい。………あったか」

 

 

 

 

 

その言葉に、立ち上がった3人は顔を見合わせて居住まいを正し、腰を下ろした。そして冥琳は、余計に真っ赤になるのであった。

 

 

 

 

 

 

―――翌朝。

 

 

まだ陽も登らぬうちに目を覚ました俺は、薄暗がりのなか眠る女性たちの顔をしっかりと目に焼き付けた。

 

 

 

もう少ししたらお別れだ。

 

 

 

俺に抱き着いて眠っている恋と穏の温もりを感じながら、再び眠りに落ちる。もう少しだけ、この温もりに浸るために。

 

 

 

 

 

 

そして早朝。俺と恋は、街の入り口に、赤兎馬、黒兎馬たちと共に立っていた。見送りに雪蓮たちもいる。

 

 

 

「それじゃぁ一刀、恋、気をつけてね」

「あぁ。世話になったな」

「………楽しかった」

「次に会うときは戦場かもしれぬな」

「縁起でもないですよ、冥琳さま~」

「いやいや、穏よ。一刀の話じゃと、十分にありうるぞ?」

「そうだな。その時は………お手柔らかに頼むよ」

「いやよ。仕合とは違う、一刀の本気を見せてもらうんだから」

「そうじゃな。楽しみじゃ」

「二人とも………友の見送りだというのに、そういう話は控えてくれないか?」

「いいじゃないか、冥琳。この方が雪蓮や祭さんらしいよ。それに、おそらくだけど、俺たちはいずれ戦うことになる。………………賊の討伐なんかじゃない、もっと大きな舞台でね」

 

 

 

俺の言葉に、みなが押し黙る。俺の真意を量っているようだが、教えないよ。どうせすぐにわかるんだ。

 

 

 

「………そうか。それなら、その時は我が智謀をもって討ち取ってくれよう」

「駄目よ、冥琳。その時は捕らえて、今度こそ呉の家臣になってもらうんだから」

「あ、それはいいですね~」

「できるものならな」

 

 

 

そうして俺たちはしばし笑いあう。こんな時代だ。もしかしたらもう二度と会えないかもしれない。それでも、再開を願う。………こんな時代だからこそな。

俺たちがそろそろ発とうかという時、雪蓮が恋に何か耳打ちをしていた。俺には聞こえないが、恋は彼女の言葉に頷くと、俺の後ろに立つ。

 

 

 

「恋?」

「………一刀、動かない」

 

 

 

言うが早いか、恋は俺を羽交い絞めにする。あの、恋さん?いったい何をしているんでしょうか?

 

 

 

「一刀?これから呉に伝わる、旅の安全祈願のおまじないをしてあげるから、動くんじゃないわよ」

「え?………え?」

 

 

 

雪蓮はそう言うと、俺に歩み寄り――――――

 

 

 

 

 

「ちょ、しぇれ―――」

 

 

 

 

 

――――――俺の言葉を防いだ………彼女自身の唇で。

 

 

 

 

 

 

長い…長すぎる………。そして、そろそろ意識が途絶えようかという時になって、ようやく雪蓮は俺の頬から両手を離し、俺の口元を解放した。

 

 

 

「雪蓮!貴女、何をしているの!?」

 

 

 

冥琳さん、少し遅いです。雪蓮の行動に目を見開いていた冥琳が雪蓮を糾弾するが、遅いです。

 

 

 

「恋、まだ放しちゃだめよ?あと3人分あるんだから」

「………ん」

「3人って、貴女………!」

「よいではないか、公瑾。お主とて、口づけたいのじゃろう?」

「そうですよ、冥琳様~?祭さま、穏が先に頂いてもよろしいでしょうか?」

「おう!冥琳は臆しているようじゃからの。手本を見せてやれ」

「いや、祭さん、穏!?何を言っているの?」

「一刀さん?往生際が悪いですよ~」

 

 

 

穏はそう言って、俺に口づける。溜めもなにもない口づけだが、彼女の柔らかい唇の感触が、熱を持って俺に流れ込んでくる。雪蓮のは、驚きである意味何も感じられなかった分、その熱は、俺を痺れさせるのには十分だった。

そうして俺が動けなくなるのを確認した祭さんも、俺に近づき、顔を寄せる。ここまでくれば、もうどうにでもなれという気分だ。………いや、どうしようもないんだけどね?恋が俺を抑えているし。

俺から離れた祭さんは、再び冥琳に向きなおす。

 

 

 

「ほれ、あとはお主だけじゃぞ?さっさとせんと、陽が暮れてしまう」

「そうよ、冥琳。貴女だって一刀のこと気に入ってるくせに、何を臆しているの?」

「ううう五月蠅いっ!わかった!すればいいのだろう、すれば!?………一刀!3人の口づけを奪っておいて、私のを拒みはしないだろうな?」

「いや、奪われたの俺だし」

「黙れ!ほら、雪蓮以外にはしたことのないものだ。有難く受け取れっ!!」

 

 

 

叫ぶようにそう言うと、俺の両頬を黒手袋に包まれた両手で押さえつけた。

 

 

 

「………………」

 

 

 

冥琳の口づけは、その力の入った両腕とは裏腹に、ただ触れるだけのものだった。それでも、他の3人と同様に、その想いは伝わってくる。

 

 

 

「ねぇ、あれ、あたしより長くない?」

「言うてやるな、策殿」

「冥琳様、可愛いですねぇ~」

 

 

 

外野が何か言っているようだったが、もう気にならなかった。いまは、ただこの熱を享受しよう。俺はそう思い、触れている部分に意識を集中した。

 

 

 

 

 

 

「「………………」」

 

 

 

長かった口づけも終わりを告げる。しかし、冥琳はその手を離そうとはしなかった。言葉の通り、目と鼻の先にある冥琳の顔は赤く染まり、俺を熱っぽい眼で見つめてくる。

 

 

 

「………ありがとう、冥琳。君の想いは、確かに受け取ったよ」

「………………………………………………あぁ」

 

 

 

俺が言葉を返すと、ようやく冥琳はその手を離し、俺からも距離をとった。恋もそれを確認すると、俺の戒めを解いて、再び俺の横に立つ。

 

 

 

「雪蓮。どう考えたって、『呉に伝わる』ってのは嘘だろう」

「まぁね」

「はぁ…悪びれもしないで。………でも、ありがとう。皆の想いは、決して忘れないよ」

「当り前よ。忘れたらその首を切り落としてあげるから、覚悟しておいてね」

「あぁ、その光景が目に浮かぶようだ。………………それじゃ、恋、行こうか」

「………ん」

 

 

 

俺と恋は、それぞれの愛馬に跨る。馬たちも久しぶりの旅路だということがわかっているのだろう。ちょくちょく連れ出してはいたが、早く走り出したくてうずうずしているのが、その胴を挟む両脚から伝わってくる。

 

 

 

「それじゃ、雪蓮」

「?」

 

 

 

俺は馬上から、首を傾げる雪蓮に向かって拳を突き出す。

 

 

 

「君たちとの再会を願って」

「………えぇ。貴方たちとの再会を願って」

 

 

 

俺は雪蓮と拳をぶつけ合うと、馬首を翻し、馬を走らせた。

 

 

 

 

 

 

しばらく黒兎たちを走らせて、十分に馬たちが満足したであろうところで、俺と恋は、その速度を緩めた。

 

 

 

「それにしても、恋。あんなことしてよかったのか?」

「………?」

「いや、最後の………口づけとか」

「ん…。みんな一刀が大好き。だから、みんなも幸せになって欲しい」

「そうか………恋は、俺と口づけると、幸せか?」

「………すごく」

「………………………………」

 

 

 

俺は、黒兎を恋の乗る赤兎に横付けると、身を乗り出した。

 

 

 

「恋…」

「………ん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらに身を乗り出した恋の頬に片手を添えると、俺は、恋にそっと口づけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………幸せ」

「あぁ、俺もだよ」

 

 

 

 


 
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