No.195095

真・恋姫無双 魏end 凪の伝 43

北山秋三さん

「春蘭の夢・後編」です。
限定解除しました。

2011-01-10 10:47:33 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:4124   閲覧ユーザー数:3302

わたしの話を・・・わたしの『夢の話』を秋蘭にしたら、秋蘭が真っ青になった。

 

「そんな事が・・・あるわけがないだろう・・・姉者よ。心配しすぎだ」

 

そう言った秋蘭の顔は、わたしでも見た事が無い程血の気が失せている。

 

無理に笑おうとしたようだが、引きつった口元は震えていた。

 

────秋蘭が・・・とても小さく感じた。

 

いつもの余裕然とした秋蘭からは想像もつかない程小さい・・・子どものような、秋蘭。

 

わたしは姉なんだと・・・姉としてしっかりと秋蘭を支えなければならないと思った。

 

"姉として支える"

 

それは・・・枷。

 

わたしの心に付けた、枷。

 

 

 

 

 

 

最終決戦が目前と迫る野営中の夜、北郷の姿が見えなくなった。

 

胸がざわつき、チリチリとした焦りがわたしの中に渦巻く。

 

慌てて探したら、ようやく見つかった。

 

一人で水辺の岩に寄りかかり、黙って月を見上げているその姿は・・・今にも、消えそうだった。

 

焦って探し回ったのが気付かれないように、呼吸を整える。

 

「どうしたのだ北郷。そんなところで・・・まさか、怠けていたのではあるまいな」

 

平静を装う。

 

大丈夫。声に焦りは無い。

 

「ああ、春蘭。いや、ちょっと疲れてさ。悪いけど休んでたんだ」

 

青い顔で、小さく笑う。

 

知っている。

 

ずっと具合が悪そうだった。

 

華琳さまも気がついている。だから北郷を探している筈だ。

 

北郷の表情から、時間が削られているのが手に取るようにわかった。

 

残された時間は・・・そう多くない。

 

「そうか・・・時に、北郷」

 

「ん・・・?どうした、春蘭。改まって」

 

「もうじき戦いが終わる・・・いや、終わらせる。だから・・・"約束"、しろ」

 

うまく話せない。

 

まともに北郷の顔が見れない。

 

「約束?」

 

消えないでくれ、逝かないでくれ、ずっと側にいてくれ・・・叫びたいその言葉が出ない。

 

だから・・・。

 

「華琳さまの為に・・・例え、何があっても・・・戻って・・・来い」

 

華琳さまの所に。

 

皆の所に。

 

わたしの・・・所に。

 

それしか、言えない。

 

「────わかったよ・・・"約束"だ。俺は、何があろうとも戻ってくるよ・・・

 

だから・・・皆を・・・頼むな・・・春蘭」

 

北郷も、必死で平静を装うとしている。

 

自分が苦しいのを、必死で隠しているのだ。

 

馬鹿者め。

 

わからないわけが無いだろう。

 

どれだけ一緒にいたと思っている。

 

どれだけ・・・お前を見てきたと思っている。

 

泣き叫びたいのを堪える。

 

わたしは・・・姉なのだ。

 

皆より先に泣き叫ぶわけには行かない。

 

それに・・・前に秋蘭とわたしと北郷の三人で『華琳さまをずっと支える』という約束をしたことがあった。

 

でもこれは『二人だけの約束』

 

確証なんて無い・・・ただの口約束にすぎない事は分かっている。

 

それでもわたしはその"約束"を支えにする事が出来た。

 

歯を食いしばるのを見られたくなくて急いで後ろを振り向くと、近くに華琳さまの気配がする。

 

もうじきここにいらっしゃるだろう。

 

だからわたしは華琳さまとは違う方向に向かって歩き出す。

 

決して振り向かない。

 

今振り向けば────きっと、縋り付いて泣き喚いてしまう。

 

「ふん。そんなことはわかっている、まかせておけ・・・それと、約束を破れば殴るからな」

 

よかった。かろうじて声が出せた。

 

北郷には、気付かれなかっただろうか。

 

「ああ、わかったよ。春蘭に殴られるのは痛いからなー。ははっ」

 

そう笑った北郷の顔は・・・もう見れない。

 

その笑顔が見えない。

 

見たい北郷の笑顔。

 

いつまでも見ていたい笑顔。

 

────後は・・・華琳さまにおまかせしよう。

 

その夜は、悪夢を見なかった。

 

大丈夫。

 

もう心配ない。

 

例え消えたとしても、北郷なら必ず戻ってくる。

 

アイツはいい加減なヤツだが、約束だけは守る。

 

そういう男だ。

 

・・・もし、消えて・・・戻ってきたら・・・それからは・・・一刀、と・・・呼んでやろう。

 

名前を呼ぶだけで嬉しそうにする北郷の事だ。

 

何より嬉しがるだろう。

 

早くその顔が見たい。

 

────それが北郷と二人だけで話しをした・・・最後。

 

 

長く、苦しい戦いは三国同盟という形で決着がついた。

 

これからは平和な世が来ると皆が騒いでいた。

 

だからわたしも酒を呑み、酔ったフリをする。

 

どんなに呑んでも酔えない・・・酔える筈が無かった。

 

それでも酔ったフリをして皆と話をする。

 

悲しすぎたから。

 

華琳さまと北郷の姿が見えないと、心配していた凪が探しに行くのを見送りながら酒を煽り、

 

笑ったフリをする。

 

怖いから。

 

これから起こる悲しみなど、知らないフリをする。

 

心が、潰れないように。

 

やがて・・・その時が来る。

 

華琳さまが泣き腫らした瞳で現れた時、すべてを理解した。

 

頭の中がぐらぐらする。

 

胸が締め付けられる。

 

北郷────

 

その様子に逸早く気付いたのは秋蘭と桂花。

 

二人は一瞬で真っ青になった。

 

恐らく、薄々感づいていたんだろう。

 

真桜と沙和が華琳さまに呼ばれ、二人はすぐに森の中へと入って行く。

 

「か、華琳さま・・・?まさか・・・?」

 

桂花の上ずった声が聞こえる。

 

「かり・・・ん・・・さ、ま?」

 

秋蘭の手に持たれていた杯が床に落ちた。

 

杯が割れる音が会場に響き、呉と蜀の者達も息を呑んで華琳さまの様子を伺っているのが分かる。

 

「・・・あ・・・」

 

小さな声を出して稟がへたり込む。

 

その横で風が蹲っているのが見えた。

 

季衣と流琉は何が起こっているのかわかっていないようだった。

 

手に料理の皿を持ったまま呆然としている。

 

「どないしてん。華琳~・・・って、あれ?一刀は?」

 

酔っ払った霞の言葉に華琳さまの肩が震え、瞳が伏せられた。

 

俯き、伏せられた瞳から────涙が零れる。

 

皆が、ギクリとした。

 

「一刀が・・・たった今・・・逝ったわ・・・」

 

静まり返った会場に、俯いたままの華琳さまの切ない声が響く。

 

「・・・へ?どういう事・・・やねん・・・?」

 

霞の酔いが急激に醒めていく様子に、季衣と流琉も異常を感じて顔を見合わせる。

 

「あ、ははは・・・あはははは・・・あはははははははははははは」

 

突然桂花が笑い出した。

 

乾いた、笑い。

 

・・・泣きながら・・・ひたすらに泣きながら笑っていた。

 

両方の瞳からボロボロと涙を零しながら笑い続ける、その姿のあまりの痛々しさに誰も声が掛けられない。

 

掛ける余裕が・・・ない。

 

オロオロとしだした季衣を流琉が抱きしめる。

 

流琉も、理解したようだった。

 

しばらくして、呉と蜀の者達が下がってくれた。

 

それと代わる様にして急いで真桜と沙和が戻ってくる。

 

二人とも真っ青だ。

 

二人も、異常を感じたのだろう。

 

そして・・・華琳さまが全てを話し始める。

 

────許子将からの忠告。

 

────定軍山で発した警告から始まった異変。

 

・・・秋蘭が、膝から崩れ落ちる。

 

流琉が、季衣に抱きついたまま嗚咽を漏らす。

 

────そして・・・赤壁からの決定的な異変。

 

北郷の命が削られていく・・・話。

 

わたしは・・・見ているだけ。

 

皆が泣き叫ぶのを・・・見ているだけ。

 

だから、まずは秋蘭を支える。

 

今、一番危ないのは・・・秋蘭だから。

 

責任を感じる以上に、北郷を失った事が大きく秋蘭の心を抉っていた。

 

わたしに縋り付いて泣く秋蘭を見ながら、北郷との約束が頭を占める。

 

『皆を・・・頼むな・・・春蘭』

 

わかったよ・・・北郷。

 

 

 

 

だから・わたしは・泣けない。

 

 

 

 

それから────わたしの新しい戦いが始まった。

 

皆を支えるという・・・新しい戦いが。

 

 

北郷が消えた後の数日はそれは酷いものだった。

 

戦勝国でありながら、まるで決定的な敗戦をしたように静まり返る。

 

それは国中で────

 

城に戻っても、城の中は太陽が消えてしまったように暗く、静まり返っていた。

 

華琳さまも沈んでいる時間が殆どだ。

 

それでも必要な仕事だけはこなしている。

 

空いた時間は部屋に閉じこもり、泣いているようだ。

 

だからわたしは華琳さまの部屋に誰も近づかないようにする。

 

少しでもお一人の時間が持てるように。

 

桂花はよく庭にいて、一人ひたすらに穴を掘っていた。

 

「捕まえてやるんだから!戻ってきたら、落とし穴に落として絶対に捕まえてやるんだから!」

 

そう叫びながら。

 

やがて疲れてその場に倒れた桂花を、その度に寝台に連れて行く。

 

それはほぼ日課となった。

 

日に日に季衣が痩せて行く。

 

食事もロクにとっていないようだった。

 

だからわたしは季衣を街に連れまわし、無理にでも食べさせる。

 

北郷の話をしてやりながら、北郷の為にと食べさせる。

 

流琉はよく泣いていた。

 

だからわたしは話を聞いてやる。

 

泣きながら北郷の事を話す流琉の話を、黙って聞く。

 

風と稟はひたすら仕事に没頭していた。

 

働きすぎと思われるほど、仕事をこなしている。

 

だからわたしは二人の苦労を減らす為に、よく出撃した。

 

負担を少しでも減らすように。

 

二人の手を、煩わせない様に・・・。

 

霞は凪が何とかしてくれたようだった。

 

真桜と沙和も凪が一緒になら安心できそうだった。

 

秋蘭は特に酷く、夜中に何度もうなされて起きた。

 

顔を涙でぐしゃぐしゃにして泣くその姿は、子供そのもの・・・。

 

その度にわたしは秋蘭を抱きしめた。

 

抱きしめるしか、方法がわからない。

 

だから、一緒に寝た。

 

子供の頃のように、一緒に。

 

何度も何度も夜中に起きては、泣き出す秋蘭を抱きしめる日々が続く。

 

それでも、わたしは耐えることが出来た。

 

"約束"があるから。

 

"約束"しかないから。

 

"約束"が、わたしの支えだから。

 

 

そんな生活が一年を過ぎた頃、ようやく皆が落ち着いてきた。

 

北郷の事を忘れたわけではない。

 

薄れたわけではない。

 

寧ろ逆だ。

 

より深く、そして濃くなっていく・・・『北郷といた時間』

 

凪の事が気に掛かる。

 

吹っ切れたように張り切る凪だが、時々思いつめたような表情をしている。

 

淡々と職務を遂行するその姿は・・・そのままだ。

 

北郷がいた頃と変わらない姿。

 

────"変わらな過ぎ"だった。

 

まるで北郷がいるかのように振舞う時がある。

 

それを沙和に指摘されて慌てて直す。

 

その繰り返し。

 

だからだろうか。沙和がしっかりと職務を果たすようになってきた。

 

凪に負担を掛けないように。

 

凪が・・・壊れてしまわないように。

 

凪の事は沙和に任せるしかないようだ。

 

真桜はずっと工房に閉じこもってカラクリを作り続けている。

 

そうする事で気持ちを晴らしているのだろう。

 

少し・・・時間ができた。

 

わたしは、巡回のついでに"あの場所"に寄った。

 

北郷と初めて会った・・・"あの場所"に。

 

当然、誰もいない。

 

寂しさが押し寄せてくるが、堪える。

 

わたしは・・・姉なのだ。

 

みんなを・・・支えねばならないのだ。

 

北郷は天の国でどうしているだろうか・・・。

 

ちゃんと生活できているだろうか。

 

腹を空かせていないだろうか。

 

平和とは聞いているが、犯罪は起こっているとも聞いている。

 

巻き込まれてはいないだろうか。

 

わたしたちを忘れ、他に女をつくってはいないだろうか。

 

その場で座ってとりとめのない考え事をしている間に夜になった。

 

星が空一面に広がる。

 

ゆっくりと星空を見上げたのは・・・いつ以来だっただろうか。

 

少し・・・冷えてきた。

 

その時────流れ星が流れた。

 

わたしはその瞬間、閃く。

 

北郷が戻ってくるなら、ここだ。

 

その時、一人だったら寂しいだろう。

 

皆が自分を忘れているか気になるだろう。

 

だから・・・わたしがいてやろう・・・と。

 

 

巡回の度、時間の許す限りそこで過ごすのがわたしの習慣になった。

 

月に数度しかこれないが、それでも待った。

 

北郷が戻った時に腹を空かせていればかわいそうだろうと、飯を持って。

 

雨が降れば濡れるだろうから、傘と着替えを持って。

 

雪が降れば寒かろうと、外套を持って。

 

夜中に来れば夜が明けるまでは動けないだろうから、羽織るものを持って。

 

わたしは・・・待ち続けた。

 

北郷が消えてから・・・三年が経った。

 

キナ臭い雰囲気が国中に蔓延する。

 

黄巾党の復活。

 

だが・・・わたしは・・・喜んでしまった。

 

再び始まるかもしれない乱世。

 

それは・・・初めて北郷が降りてくる前と同じではないか。

 

出撃が連日に増えてきた。

 

疲労が重なっていく。

 

腕を上げるのもやっとの程の疲労。

 

それでもわたしは大丈夫だった。

 

連日の出撃は、むしろ北郷が近づいているようにすら感じていた。

 

浮かれる心────

 

だから・・・見逃した。

 

華琳さまの危機を。

 

皆の危機を。

 

伝令の兵に城が急襲されていると知らされるまで・・・。

 

急ぎ戻れば街が燃えていた。

 

皆の街が────!

 

華琳さまの街が────!

 

北郷の思い出の街が────!

 

おのれ!!!!!!

 

次々と現れる人形を蹴散らしながら街の中へと突き進む。

 

そこで・・・誰かに見られている気配を感じた。

 

並の相手ではないと瞬時に分かった。

 

避難する民を誘導する傍ら、独りになる。

 

現れたのは、顔の見えない、黒い服を着た女。

 

クスクスクスクス・・・という耳障りな笑い声を出す女。

 

本能が危険だと叫ぶ。

 

「夏侯惇元譲様でいらっしゃいますね」

 

その声は聞いた事があるような気がするが、クスクスという笑い声の煩わしさで思い出せない。

 

しかしそれを考える間も無く戦いが始まる。

 

女はとてつもなく強かった。

 

まるで恋並みの力を持っているが、その女の武器は『靖王伝家』

 

使い手に思いつかない。

 

ようやく理解出来た。

 

わたしが浮かれている間に事態はとてつもなく悪い方向に向かっていたのだと。

 

だが・・・・・・最悪は・・・・・・その後に来た。

 

女が・・・北郷の名を出す。

 

全身が緊張する。

 

何故ここで北郷の名が・・・!

 

「3年前・・・北郷様は消えました・・・ですが・・・"どこへ消えた"と思いますか?」

 

天の国に帰った筈。

 

天の国で普通に生活している筈。

 

わたし達の事を・・・思い出してくれている筈。

 

「大局の示すまま流れに従い、逆らわぬべし。さもなくば待ち受けるは身の破滅・・・そう忠告

 

されていながら、北郷様は貴方方を助ける為に大局に逆らいました」

 

北郷は・・・"約束"したんだ・・・『何があろうとも戻ってくる』と・・・。

 

「その"大罪"が天の国へ帰るという事で許されると思いますか?」

 

息が苦しい。

 

北郷の笑顔が浮かんでは消えていく。

 

「時の狭間に閉じ込められ、3年もの間苦しみ続けました」

 

嘘だ。

 

そんな筈は無い。

 

何故北郷が苦しまねばならないのだ。

 

わたし達を助けることが・・・そんなに罪な事なのか。

 

「時の奔流にその身をズタズタに切り裂かれても・・・貴方方の為に帰ろうとすらした」

 

衝撃がわたしを襲う。

 

それは心を抉る程の衝撃。

 

北郷は・・・約束を・・・守ろうとしてくれていた・・・!

 

今までの事が急速に蘇る。

 

皆を・・・支える・・・そのツモリだった・・・。

 

北郷は帰ってくる・・・そのツモリだった・・・。

 

「そんな事がただの人間に出来る筈はないのに」

 

心に・・・ヒビが入る。

 

 

そして・・・北郷は・・・帰ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

あの、姿で──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の絶叫で咽が痛い。

 

耳が痛い。

 

体が痛い。

 

心が・・・痛い。

 

「返せ!!!!!」

 

夢中で女を追いかける。

 

クスクスと笑いながら消える女を歪む視界に構わず、ただひたすらに北郷だけを見て追い縋る。

 

返せ!!返せ!!返せ!!返せ!!返せ!!返せ!!

 

北郷を────返せ!!!!

 

消えては現れる女を何度も追いかける。

 

何度も転んだ。

 

何度も・・・叫んだ。

 

何度も・・・何度も・・・手が空を掴む。

 

その様子を見た女が、呆れたように、興味を失ったように、最後に・・・嗤う。

 

「無様・・・」

 

北郷を残して、女が消える。

 

わたしは・・・北郷を取り戻した。

 

焼け続ける街の中で、北郷を胸に抱く。

 

 

「おかえり──────────── 一刀」

 

 

お送りしました第43話。

 

ちょこっと予告。

 

「北郷一刀の帰還」

 

ではまた。

 


 
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