No.194871

百物語4

勘太郎さん

じわり じわりと
真綿で首を絞めるように
百物語は進んでいく

2011-01-09 09:42:27 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:517   閲覧ユーザー数:510

 俺達オカルト研究会がその男と知り合ったのは、いつの話だったろうか。気がつけば、外部のそいつはちょくちょく研究会へ顔を出すようになっていた。そいつは多少やさぐれた性格ではあったものの、実に色んな怪談を知っていて、俺達を魅了して止まない語り手だった。だから、男の素性についてとやかく言うような奴は、研究会には現れなかった。

 その男の影響を受けたのか、誰ともなしに百物語をやろうという話が持ち上がった。それぞれの会員がとびっきりの怪談を持ち寄って、それを語らうという企画に誰も異存はなかった。もちろん百物語にはあの男も呼ばれた。というよりもむしろ、皆はあの男の話す怪談を一話でも多く聞きたいという期待があったように思う。

 確かに、あの男の語りは絶妙だった。後で思い返すと、話の筋はそれほど突飛でもない、極めて王道な話も少なくなかったはずだ。だのに、なぜか……あの男の口調は、俺達を惹きつけてやまない。話す先から情景がありありと目蓋に浮かび、妙な臨場感を聞き手に与えるのだ。男の話は全部、ここではないどこかの出来事、あるいは男自身の空想であるはずなのに、話が終わった後の俺達は背筋に冷や汗をかいている。作り物と分かっているのに、ついつい恐怖を覚えるお化け屋敷……よりも、もっと心を揺さぶってくる。それだけの何かを、男の話は秘めていた。

 

 百物語も終盤に差し掛かった頃。再度、あの男の番が巡ってきた。

「ひひ、俺の番……か。残った蠟燭は二十本を切ってるな。ああ、楽しみだなぁ。最後に何が起きるのか……ひひひ!」

 実に楽しそうに、男はむせび笑う。男の笑い方は喘息患者のような特徴で、それがどうにも俺の癇に障る。けれどいったん怪談が始まると、その笑い方さえスパイスとなって聞き手を引き込む妙となるのだ。その証拠に、男の番が巡って来たとたん、研究会の面々は食い入るように男を注視し始めた。百物語を始めて随分と時間が経ったように思うが、その集中力はなお途切れる様子はない。……恥ずかしながら、俺もその一人だ。

「そうさな、次の話は何にしようかな……。アンタらがあんまりにも良い聞き手なんで、語るこっちが迷っちまうよ。アンタらと知り合えて、俺はホント幸せ者だぁね」

 ちょっとおどけて見せた後、男は思案していた顔を上げた。

「そうだ。じゃあ、今度の話はこれだ。俺の体験談だ。これまで語った怪談に釣り合うような話であるかどうか、それは聞き手のアンタらに委ねる事にするけどな。最初に言っとくが、これから話す事は全て本当の事なんだぜ? まぁ、ンなもんは全ての怪談における前口上みたいなものか。ひひひ」

 男はゆっくりと周囲を見回した後、「では」と前置きして語り始めた。

「アンタらオカルト研究会なら、心霊スポットの一つや二つは知ってるだろう? まぁ心霊スポットつうても玉石混合、モノホンのやべぇ所からただのでっち上げスポットだってある。というか、後者が殆どなんだけどな。……でもまぁ、若いアベックにとっちゃ、ンなもんどっちだって構わない。人気の無い心霊スポットなら適度なスリルを味わいつつ、いい感じに二人きりで燃え上がる事ができるんだからよ。ひひひ、顔赤くした奴がいたな? ……そう、そのアベックってのは昔の俺達だった。割と気の合う女友達がいてよ、そいつと二人でしけこむ事にしたわけだ。もちろん、日もとっぷり暮れた夜半によ。その心霊スポットは、出るって噂の雑木林だった。嘘のように人の気配がなく、バイクを降りた俺達は思わず二の足を踏んだよ。『ホントに、こんな所に二人きりで来て良かったのか?』……ってよ」

 いやぁあの頃は若かった、と男はうんうん頷いて続ける。

「でも、若い俺達はそんな不気味さにもやがて慣れ、ちょっとした恐怖すら楽しめるようになってきた。互いの体温を求めるため、さらに木々の奥に踏み込んで、始める事始めようとしたんだよ。……けどな、その時。枝葉の上を、何かが走ったのを見たんだ。鳥? リス? いいや、そんな可愛らしいもんじゃない。もっと大きな動物が、ガサガサっと動いたような感じだった。その音に彼女も気付いてよ、本気で怯え始めたんだ。くどいようだが、あの頃は俺もガキでねぇ。内心ビクついてたんだが、彼女にいいトコ見せたくて、『何がいたのか確かめてくる。お前はここで待っていろ』って言って、雑木林の更に奥へと走って行ったんだ。背後で彼女が何かわめいてたが、俺は恐怖に駆り立てられて半ば暴走状態でよ。あいつを振り返るような事もせず、一人で進んでいった。ひひひ、我ながらひでぇ事したよな、オイ!」

 男は何かを思い出したのか、一度体をぶるりと震わせた。

「ともかく、俺は追われるように何かを追った。とにかくそうしなきゃ、っていう義務感に駆られていたんだ。……どれ程走っただろうか。相当、山奥深くまでやって来たが、結局何も見つける事はできなかった。何もいないと分かった途端、頭が冷えてよ。今度は置いてきた彼女の事が気になった。勝手なもんだよなぁ。視野狭窄も甚だしいが、それでもあの時の俺は一生懸命だったんだよ。日の沈んだ中、苦労して来た道をえっちらおっちら戻ったもんだ。そうして、何とかして元の場所に帰還した時――彼女は、既にそこにはいなかった」

 男はここで、言葉を区切った。男の袖から、水滴が滴り始める。昔を思い出しての冷や汗なのだろうか? 俺は気になったが、特に指摘はしなかった。

「あいつは俺に呆れて帰ってしまった、とも考えた。まぁ、そうだよな。彼女を一人、不気味な林に置いて行くなんざ、彼氏失格だよな。……でもな、俺は気付いてしまった。道の外れに、あいつの履いていた靴が転がっていた事に。そして、その傍には、“何か”を引き摺ったような跡が奥へ奥へと続いていたんだ。俺はおののきながら、それでも魅入られたようにその跡を辿っていった。だって、それはまるで、あいつが……。そんな不吉な考えを否定しきれないまま、俺は足を動かし続けた。……やがて、俺を導いていた引き摺り跡は途絶えた。こんな雑木林にあったのかという、広大な湖のほとりでな。湖は、地の底まで続いているかのように真っ黒だった。そして決定的な事に、俺の足元に――彼女のリボンが転がっていたんだ。引き摺られていた“何か”は、ここに投げ入れられたのは明らかだった。……俺は恐怖に負け、叫んだ。そしてあらん限りの力で転進し、ここから逃げ出そうとした。けどな、どうした事か。走っても走っても、雑木林を抜ける気配がない。まるで百岐路の迷宮に迷い込んだかの如く、俺は出口を見つける事ができなかった。しかも、俺の背後から、正体不明の何かが追って来る気配すらした。ガサガサと木々を鳴らしながら、間違いなく俺の方へと向かって来る。……今思い出しても、あれ程恐ろしかった事はねぇやな。生きた心地がしなかった」

 男の袖から滴る水量が、若干増えた気がする。あれが冷や汗なら凄い汗の量だが、男は大丈夫なのだろうか?

「出口も見えないまま走り疲れた俺は、ついに座り込んだ。俺を追っていた何かはたちまち俺を取り囲んだらしい。闇の中のあちこちから、こっちを見つめる不気味な瞳が何対も浮かんで見えた。最後に俺は、笑った。壊れ狂ったように笑ったよ。いや、もう狂っていたのか。ぎゃははははははは――ひひひひひひひってな。俺を囲んだ何かはその輪を縮め、そのまま俺は――」

 男は周囲を睨めつけ、間を溜めて言った。

「……そうして、社会から一組の男女が消えた。けれど例の如く、大した騒ぎにはならなかったとさ」

 

 男の話に違和感を覚えた俺は、我慢できず発言した。

「ちょっと待ってくれ。今のはお前の体験談だろう? じゃあお前が、今こうしてここで話してるなら、その結末はおかしいんじゃないか?」

 俺の疑問に、そうだよなと何人かの会員が同意した。体験談である以上、語り手が死んではそこに矛盾が生じてしまう。だから怪談の体験談は、どこか聞き手側に安心感を与えてしまうのがネックなのだ。

 男は俺の指摘に、例の笑いを浮かべて答えた。

「ひひひ、まあ話は最後まで聞いとくれ。俺を襲った奴らな、実のところはすげぇ獲物に飢えているんだわ。で、また変な特徴持っててよ。自分達の存在を認識した相手にゃ、問答無用で襲いかかれるんだ。だから気をつけろ? 俺はもう、この話をアンタらに聞かせちまった。奴らは、自分達を知ったアンタらを決して逃がさない」

 会員達から失笑が漏れた。男が自らのミスを、チープな脅しでカバーしているように見えたからだ。けれど、男の態度は変わらなかった。

「気をつけろ。奴らは、アンタらを決して逃がさない……」

「だからそれはもういいって……」

 言おうとして、俺は気がついた。男の袖と言わず裾と言わず、あちこちから多量の水分が滴っていた。ここまで来ると流石に異常だ。俺の他にも何人かがそれに気付いたが、男の異様な様子に近寄る事ができずにいた。

「……気を……ゴボゴボ……つけろ……奴らは、アンタらを……ゴボゴボ……」

 虚ろになった男の表情から、生気がたちまち抜けていく。口からも水を吐き出し、その体がぐずぐずに溶け始めた。会員の誰かが悲鳴を上げた。それは俺だったのかもしれない。

「……気を……つけろ……」

 壊れたテープのように繰り返し続けていた男は、やがて床に溶けた。近くにいた会員が恐る恐るその床を触ってみたが、そこには水が残っているのみだった。

 部屋を不気味な沈黙が制した。もしかして、俺達は見てはいけない何かを見てしまったんじゃないだろうか? もはやこれが現実だとは信じられなかった。今のが一体何だったのか、男が何者だったのか、口に出そうという者はいなかった。もし口にしたら、この怪現象を認めてしまうようで怖かった。

 

 やがて、この空間に耐えかねたのか誰かが口を開いた。

「……なあ。この百物語……中止にした方が……」

 大方、他の会員も似たような気持ちだったんだろう。誰ともなくそれに同意し、解散しようかという流れになった時だった。

 どこかで、「ダーン!」と音がした。まるで百物語の中断に抗議するようなタイミングだったから、俺達は一様に浮き足立った。

「そ、そういや……あの男が、『百物語を中断すると障りがある』って言ってたよな……」

「でもよ、こんな状態で続けろっていうのかよ! 人一人、消えたんだぞ!?」

 誰かが悲鳴じみた声を張り上げた時だった。それに被せるように、男の台詞が聞こえた。

「おいおい、俺はここにいるぜ?」

 俺達は声のした方を慌てて振り向いた。するとそこには、消えたとばかり思っていた男がいつの間にか立っていた! 混乱する俺達をよそに、男は澄まし顔で口を開いた。

「いやぁ、悪気はなかったんだがな。ちょっとびっくりさせてやろうと思って、茶目っ気出しちまったよ。俺が消えたのなんざ、トリックだよトリック。これくらいであたふたしやがって、みっともねえなあアンタら!」

 笑いながら輪の中心に入ってくる男を見て、怒ってよいやら笑ってよいやら、何とも毒気の抜けた顔で俺達は浮かせた腰を再び沈めた。……しかし、トリックなんかで人があんな消え方をするだろうか? 第一、この部屋には隠れるような場所も無かったというのに?

 俺の些細な疑問は、部屋全体の安堵した雰囲気に流されて消えていった。というか、俺も含め皆が先程の現象に極力触れないようにしているように思えた。変に蒸し返したりしたら、それこそこの世の裏側に潜む「何か」が現れそうな気がしたのだ。

「さて、ちょっとハプニングを起こしちまったがな。これで俺の話は仕舞いだ。ご静聴、感謝するぜ」

 そう言って男は、蝋燭を一つ手にとって消した。――なおも滴る、袖からの水滴で。

「百物語が終わるまで、五体満足でいられたらいいな。奴らは短気だからなァ」

 ひひひと笑い、そう付け加えて。

 俺達の百物語は、幾ばくかの狂気を孕んで続けられた。

 

 おしまい


 
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