皆に愛されすぎて死にそうになった夢から、太陽が七回昇り沈んだ日の事。
北郷一刀は、やせ細った自分の頬を撫でつつ溜め息をついた。
皆の様子が一変した夢を見た後から、違和感を感じ始めていたのだが、はっきりと感じるようになったのはつい最近の事。
始めの内は、そんなまさかと思いつつ接していたのだが、改めて接すると思い当たる節がちらほらと出てくる。
四六時中辺りから視線を感じたり、服、それもいつも着用している下着類がいつもと違うものに変わっていたり、時折女性の悲鳴が夜中に聞こえてきたり。
それに、魏、蜀、呉の三国の主だった武官文官総勢50人近くの乙女達が、常に険悪な雰囲気を漂わせていれば否応なしに分かるもの。
──デレ期到来と思っていたら、ヤンデレだったでござるの巻…か
一人くらいならいても可笑しくないかな、と軽く思っていた一刀であったが、まさか全員がヤンデレだったなんて思っても見なかった事に直面し、予想以上にショックを受けていた。
やはり、いくら天の御遣いと言えど人の子な訳で、現実が予想の遥か斜め上を行っている出来事に即対応できるなど出来るはずもない。
それに親友である及川から、新ジャンルや!と言われ軽く調べた事があったので知識としてはあるが、あれは第三者の視点から見るから面白いのであって本物に巻き込まれたくないのが本音である。
──…でもまぁ、なんとかなるだろ!
しかし次の瞬間には、数々の武将達に引っ掻き回される内に体得した術、思考停止を駆使し気を取り直す事に成功する。
全員が全員、実力が自分のスペックを遥かに超えているので抵抗する気も起きない。
それに、いざとなれば閨で丁寧に説得すればいいか、自分帝だし。
と軽く考え現実に戻ると、予想以上に時間が経過している事に気付いた一刀は、そそくさと早々と着替え執務室に向かった。
ドアが閉まった後、一刀が脱衣した衣服が纏められている所では、月が一刀の下着を自らの鼻に押し付けその匂いを堪能していた。
一刀が死の淵から生還して7日。
傷の影響もなく元気に過ごしているので、安心しているが楽観はできない。
いつまた怪我するか心配なので、月は以前以上に一刀の事を監視もとい、気に掛けていた。
血で衣服を汚していないか、確認する作業を詠よりも早く行っている内に、ついた癖があった。
それは──。
「ご主人様の…匂い…」
ある時、汚れた下着から発せられる雄の匂いに、自分の雌が反応し、出来心で強く息を吸った所、頭が真っ白になり幸福で全身が痺れたのだ。
以来、誰よりも早く主人の部屋へ赴き服を回収している。
月が好きな場所は、匂いの特に強い部分股間の箇所だ。
そこを重点に鼻に押し付け、酔った様に顔を赤らめ恍惚した姿は見る者全てを虜にするほど艶やかであった。
音のない部屋にスンスン、と匂いを堪能する月の鼻音だけが一刻ほど響いた…。
──許せない。許せない。許せない。許せない
いつからだろうか、大好きだった親友がとても憎らしくなってきたのは。
壁に隠れながら、月の様子を覗いて詠は自身を慰めていた。
以前から、彼の身の回りは自分が対応していたのに、いつの間にか親友がする様になっていた。
月にさせるのは忍びないと、自分で彼の世話をしていた日々はとても充実していた。
彼の悪口を言いながらも、本心では彼の匂いに包まれる事を望んでいた雌の本能に抗う事が出来ずに、彼の衣服を着用し気持ちよく眠れた事はすでに過去の事となっている。
あの匂いに包まれる時を、至福の時間と一人堪能していたのに大好きな親友はは油あげをさらうかの如くさらっていった。
部屋に残った、思い人の僅かな匂いを手繰り寄せるかのように大きく静かに息を吸い込んだ後、悔しさで胸がつぶれぬ様に歯を食いしばった。
一滴の涙が流れた後、彼女の頭には彼の匂いをいかにして手に入れるか。
それだけしか考えられなかった。
親友の、暗い暗い笑みにも気付かずに…。
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明けましておめでとうございます。
忙しくて返信等はできませんでしたが、皆さんのコメントをニヤニヤして見てます。
ありがとうございます。
今年もちまちまと作品を公開していくと思いますのでよろしくお願いします。
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