「千円のお預かりで、二百円のお返しですね。ありがとうございました。」
ここは龍虎のバイト先である某コンビニ、接客が終った龍虎に同じシフトの店長が声をかける。
「お疲れさん、子義君。次のシフトの子達も来てるから、今日はもう上がっていいよ。」
「あっ、はい、じゃあ、お先に上がらせてもらいます。お疲れさまでした。」
「あっ、そうだ子義君、事務所にある貰い物の酒、あれ持って帰っちゃっていいよ。」
いきなり笑顔でとんでもない事を龍虎に言う店長だが、龍虎も慣れたもので冗談の様にして返す。
「店長、俺、未成年って知ってますよねぇ。」
「でもイケる口だろう。」
「そりゃまあ否定はしませんがね。」
「じゃあ、持って帰っちゃってよ。事務所に置いといても邪魔なだけだし、それに子義君、何か厄介事でも抱えてるみたいだからさ。」
「あちゃぁ、やっぱそう見えますか…結構気を付けていたんすけどね。」
「う~ん、他の人が見たらどう思うかは分かんないけど、少なくとも僕から見た今日の子義君は違和感だらけだったよ。」
何だかんだと言っても自分達アルバイトの事を良く見てくれている事を龍虎はありがたいと思う。龍虎が店長の暖かい心遣いにちょっと感動していると
「そっかぁ、あの子義君にも春が来たかぁ~」
生暖かい目と共に、龍虎の予想の遥か斜め上を飛んで行く様な言葉が、店長から発せられた。
「あ、あのぉ店長??」
「うんうん、皆迄言わなくていいよ、若いって良いねぇ~」
「いやいや、そこはかとなく勘違いされてる様な気がヒシヒシとするんですけど………」
「俺も若い頃はねぇ……」
「だぁ――――っ!!人の話を聞いてねえし!!」
「まあ、冗談はさて置いて。」
「冗談だったんかいっ!!」
二人で微笑ましい??漫才を繰り広げていた顔を急に真面目にした店長が
「まあ多少也とも、その酒で子義君の現在の状況が好転するならば、その酒にもなんらかの意味があったって事で良いんじゃぁないの♪」
「そうですね……そう考えれば気が楽ですかね。全く、店長には敵いませんねぇ。」
「まあ、その辺は年の功ってヤツかな。酒で憂さを晴らすってのは、あまりいただけないけど、子義君って確か寮に居るんだろう。友達と一緒に呑んで騒いで楽しい酒にすればいいんだよ。」
「ありがとうございます。頑張ってみますよ。じゃあお先に失礼します。」
「あいよ、お疲れさん。」
他愛のない店長との会話が今迄の重い気分を多少軽くしてくれた様な気がして、龍虎は足早に事務所に向かうのであった。
「すいません。何かお酒以外も沢山貰っちゃって。じゃあお疲れ様でした。お先失礼します。」
帰り際にもう一度店長に礼を言って龍虎はバイト先を後にする。手には貰い物の一升瓶と、これも必要だろうと店長に半ば無理やり持たされた、酒のアテ替りの期限切れ商品が大量に入った袋を持って。
(まあ、一刀の所に行くのに丁度良い土産は出来たんだけど、今から話す事って呑みながら話す様な事じゃあ無い気がするんだよなぁ………)
その様な事を考えながら男子寮とは名ばかりの粗末なプレハブ迄来た時に前方から、今迄体感した事の無い程の氣を龍虎は感じて足を止めた。
(何だ??このプレッシャーは??でも殺気という程でもなく、かと言って好意的って事も無いな……しいて言えば観察??まあ取り敢えず敵意は無さそうだし話しかけても大丈夫かな。)
そう判断した龍虎は前方の氣が発せられている場所に向かい話しかけてみる。
「あのぉ、どちら様かは分かりませんけど、何か御用でしょうか??申し訳ないんですけど、その様な氣を向けられる憶えが此方には無いんですけども……」
ガサガサッと音がして前方の茂みから人影が現れ、龍虎と正対する。暗がりに居る為に姿はシルエットでしか窺い知る事しか出来ぬが、かなり体格の良い人物に見える。
「ふむっ、気配の察し方といい、放った氣の良し悪しを見極めて対処する冷静さといい、お主かなり出来るのう。ガ―――ッハハハ!!」
「なっ、なっ、何っすか??貴方は……」
豪快な笑い声と共に目の前に現れた人物を、どの様に形容してよいものか龍虎は言葉を持たなかった。
「んっ?どうした?この儂の清らかな漢女(おとめ)の姿に感動して声も出ぬのか??ますますもってイイオノコじゃのう。ガ――――ッハハハ!!」
「乙女って…………どう見たってマッチョの……」
眼の前の人物を、一言で無理やり言えば痛い人である。いや、唯の痛い人ではない。物凄ぉ―く痛い人である。そうとしか龍虎は思えなかった。
髪の毛は夜目にも映える銀髪の様な白髪を古代日本風に頭の左右で結び、鼻の下には立派なカイゼル髭。燕尾服の様な物を羽織って襟と一体化したネクタイをしており、分厚い胸板の乳首だけを隠す様な白い胸当て、そして極め付けは股間の物を強調する様な真っ白い褌。そこまで見て龍虎は気を失いそうになるが、何とか意識を保つ様にする。
「ふむ、儂の名は卑弥呼。通りすがりの謎の巫女だっ。お主は子義 龍虎に相違ないかっ。」
「卑弥呼ぉぉぉぉっ??」
「なんだ??儂の名がそんなに珍しいか??」
「名前が珍しいってより貴方の存在そのものが、俺自身には理解不能ですよっ!!ってか、それより何で俺の名前を貴方が知ってるんですか??」
「うむ、お主の事は儂の古い友人から良く聞かされておるでのう。しかし実際逢ってみて改めてお主の秘めたる力をビンビンに感じて、儂もついつい滾ってしまうぞっ!!」
「いやいや、何物騒な事を平然と言いやがりますかね、主に俺の貞操が危機的状況じゃないですか!!」
「心配はいらぬわっ、真の漢女道(おとめどう)を極めしこの儂なら、お主の様なイイオノコには不快な思いはさせぬぞっ!!」
「お言葉ですが今現在不快指数が1200%程なのは気の所為なんですかねえ!!」
「なんとも恥ずかしがりだのう。それよりもお主は儂に聞きたい事があるのではないのか??」
「聞きたい事??言いたい事なら沢山ありそうですがね。」
「ほう、それはどう言った事かのう??」
「お願いですから今すぐ俺の前から消えてください。もう色々な意味で結構キツイです。」
「ガ――ッハハハ!!中々面白い事を言うオノコだのう。でも良いのか?お主に今現在起こっている様々な異変について、儂ならば全て応える事が出来るのだがなぁ。」
「はぁ?それって………………うぐっ。」
相手のその言葉を聞いた瞬間に龍虎は自分の中で何かが弾けた様な気がしたのであった。
龍虎が卑弥呼と名乗るガチ………いやいや偉丈夫とベタな漫才を繰り広げている頃、北郷一刀は自分の部屋でただひたすら自問自答を繰り返していた。
(う―ん、たしか子義は遅くとも10時過ぎ頃には来るって言ってたよなぁ………うわぁっ、もう9時過ぎじゃん!!どうすんだよ俺??)
今朝の龍虎との一件以来、一刀は心此処に在らずの状況であった。そして昼食時に及川から龍虎が『三国志』絡みの夢を頻繁に見ると聞いた後は、その症状に更に拍車が掛かり及川や果ては龍虎に迄帰宅を勧められる程、精神状態を不安定にしていた。
(子義が俺に話したいって事って、やっぱりアイツが見る夢の事なのかなあ………だったら多少は俺も華琳達との事を話し易いんだけど……でも子義の見る夢の中では全員男ばかりだって……ああっもう何が何だかっ!!)
寮の食堂で晩御飯を食べて自室に帰ってから既に三時間程が経過しようとしていたが思考は堂々巡りをして一向に埒が明かず、頭を抱えて部屋中を転がり回れども全く打開策が見えてこない一刀である。
(だから子義に話すのは良いとしても……話したからってどうなるんだろうなぁ……じゃあ子義は何を期待して俺なんかに……ああ分かんねぇ~っ……うわっ!!)
本日何十回目かの思考の海に潜ろうとした時に不意に携帯の着信音が鳴る。
(ビックリしたぁ、誰だ??時間的に子義からか??へっ??及川からぁ……ったくこっちはイッパイイッパイだってのに……何の用だよ一体。)
いっその事着信を無視してやろうとも一瞬考えたが、生来のお人好し気質である一刀にそんな事が出来る筈もなく渋々携帯の通話ボタンを押す。
「もしも「あっ、かずピー!!大親友の及川ちゃんやでぇ―っ!!」し……」
通話開始と同時に現在の一刀の神経を逆撫でする様なハイテンションな及川の声が響く。
「何だ、及川??ちょっと今立て込んでんだ。大した用事で無いのなら悪いけどまた後で掛け直してくれないか。」
普段の一刀とは随分と違う不機嫌な声で及川からの電話を終了させようとする龍虎の態度に、慌てた様に及川が声を被せる。
「ちょ、ちょい待ちぃな!!かずピー!!ホンマ大事な用なんやって!!」
「お前の言う大事な用事って、今迄碌な事だった試しがないぞっ!!」
「うわっ!!なにげに酷っ!!」
「とにかくマジ今イッパイイッパイだからっ!!用があるんだったら早く言えよっ!!」
苛ついた声で怒鳴る一刀を諭す様な声音で及川は喋り出す。それはいつもの及川からは、全く想像出来無い程の優しい声音であった。
「あんな、かずピー。お前ここんとこかなり無理してへんか??」
「えっ………」
「かずピー自分では気付いてへんかもしれんけど、ここ半年ぐらい前から何か思い詰めた顔をずっとしてんねんで。」
「そ、それは………」
「何か今迄の価値観を変える様な大きな出来事でもあったんやろうし、それをワイ等に中々言い難いってのも理解は出来んねん。」
一刀は確かに自分の身に起きた事を境に、自分自身を変えようと足掻いていたし、自分が体験した事を仲間内にはたとえ及川と言えども一言も話はしていなかった。
「でもな、ワイは理解は出来んねんけどな、どうしても納得は出来へんねん。せやろ、ワイとかずピーはツレちゃうんかい?確かに頼りないし、いい加減な所もあるんは自覚しとるけどな。それでも少しは頼ってくれてもエエんとちゃうのん?」
及川のいつになく真摯な声に改めて一刀は思う、自分は友人に心配を掛けたくないと言う事を建前にして、ただ単に彼らを拒絶していただけではないのか、と言う事を。それ故、及川に返す言葉も無く唯黙って及川の声を聞くしかない。
「仮にワイに話す事が出来へん言うんやったら、たっちんみたいに頼りがいのある奴に話すとかして、少しでも自分の負担を軽うしたらエエねんで。誰もそれを逃げとは言わへんって。」
及川は相談をする事も無く拒絶していたであろう自分を責めるでもなく、ただただ心配してくれている。一刀はその親友の心遣いが涙が出るぐらいにありがたいのであった。
「スマン及川。確かにここ最近の俺はどうかしているようにしか見えなかったんだろうな……」
「かずピー………」
「俺に起こった事……実はまだ俺自身も上手く理解が出来ていないんだ。だからもう少し時間が欲しい。そして自分自身で納得がいったら…その時は及川、お前に一番に助けて欲しい。」
今迄一人で考えて考えても答えが出なかった。でも、そんな自分にも手を貸してくれようとしてくれている友人がいる。それが嬉しくて気が付けば一刀は及川に素直な気持ちを打ち明けていたのであった。
「おう!!まかせたらんかいっ!!ワイはかずピーの大親友やでぇ。なんぼでも助けたるがなっ!!」
「ハハハ、頼りにしてるぜっ。及川!!」
先程迄とは違った何時もの及川との遣り取りに戻り、一頻り他愛もない世間話をした後、及川が思い付いた様に一刀に話しかける。
「なあ、かずピー。今からかずピーの所へたっちんが来るんやろ??」
「あれ??俺って及川にその事話したっけ??」
「まあ、そんな細かい事はどうでもエエねんけどな。ところで、かずピーってたっちんの事はどないに思うてるん??」
「えっ、子義の事をって……?」
「そや、かずピー昼飯の時にワイに聞いてきたやろ?たっちんってどんなヤツや?って、だから逆にかずピーはたっちんの事をどない風に考えてるんかな思うてな。」
「ん―――っ、そうだなあ在り来たりだろうけれど文武両道で、人に優しくて、精神的にも強くて少々の事では凹まなくて、非の打ち処が無い人間って所かな。」
一刀は自分が思っている龍虎像を及川に告げると、意外な答えが及川から返ってきた。
「かずピー、その認識が実はたっちんの実像を一番歪めてしもうてるんやで。」
「実像を歪めてる??じゃあ本当の子義は全然違うってのか??」
「せや、たっちんの事を周りの皆は『完璧超人』とか言うてるけどな、ホンマのたっちんはちょっと違うんや。確かにたっちんは他のヤツと違うて、どんな事でもそつ無くこなすし、精神的にもゴッツ強う感じるかも知れへんけどな。全然ちゃうねん。」
そう言って龍虎の事を話す及川の声は今迄に聞いた事も無い様な沈痛な声であった。
「及川……お前…………」
「たっちんもかずピーと同じやねん。今迄の大事な仲間や大切な人達と無理やり別れなならんかったし、多くの思い出を紡いできた自分が一番戻りたい場所には二度と戻れへんねや。」
「おいっ、及川それってどう言う事だよっ。子義と俺が同じって……それに戻れないって……」
「だからたっちんはな、誰よりも淋しいんや、でも泣いても喚いても現状が変わらへんのやったらっちゅう事で取り敢えず、前を向いて歩こうとしているんや。そこんところがかずピーと一緒やねん。」
龍虎の話が思いもよらぬ方向に展開した為に一刀は言葉を失ってしまう。
「せやから、かずピーにはたっちんと、お互いの痛みが誰よりも理解出来る者同士で腹割ってキチンと話をして欲しいんや。お互いが今迄体験してきた事を包み隠さずに曝け出して、この世界の誰よりも強い絆を二人に築いて欲しいんや。」
携帯から聞こえて来る及川の声は、いつしか涙声になっている。
「そうする事が二人揃って約束の地へ辿り着ける近道になんねん。せやから頼んだでかずピー、この『正史』の中でたっちんを救えるのはかずピーだけやし、かずピーを救う事が出来るのもたっちんだけなんやから。」
「ま、待てよ…及川……『正史』って何の事だよっ!!」
「頼んだでぇ、かずピー」
最後の言葉を残して及川からの携帯が切れた後には、形態を握ったまま呆然とした一刀が部屋に残されていた。
一方龍虎は卑弥呼と対峙している中、己の身体の内から湧き上がってくる不思議な感覚に戸惑っていた。
不思議な感覚 ―――― それを一言で言い表すならば、自分の中のもう一人の自分がハッキリと表に出てきた様な感覚と言った所だろうか、今迄は薄ぼんやりとしていたもう一つの意識が、明確な意思を伴って龍虎の意識を浸食にかかる。端的に言えば、龍虎が否定の意思を持って行動しようとしても、明確な意識を持ったもう一つの意思がそれを肯定し行動しようとするのである。
「はぁ?それって………………うぐっ。」
卑弥呼が発した言葉を理解しようとした瞬間に、今朝剣道場に行こうとした時の物とは比較にならない様な立眩みが、何の前触れも無く龍虎を襲った。
「ふむ、お主の中の制御出来ない程の凄まじい力が儂と出会った事によって急激に覚醒しようとしておるようだのぉ。」
「な、何を言ってる……んだよ……うがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
あまりの事に龍虎は両膝を地についてしまう、まるで脳内を掻き回されるかのような鈍痛に加えて、視界はさながら極彩色に彩られたスクリーンの様に明滅し周りは何も見えない。
「お主、このままでは精神に著しい障害が出るやもしれぬがどうする??何なら儂が優しく介抱をしてやらないでもないが………」
「それだけは断固として断るっ!!うがぁぁぁっ!!」
妙に照れた様な素振りで恐ろしい事を言う卑弥呼に、薄れていきそうな意識を精一杯踏み止まらせ拒絶の意を示すが、その声を発した瞬間に今迄で一番強烈な衝撃が脳内を駆け巡った。
「がぁっ!!うぐゎぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
龍虎の視界を覆っていた極彩色のスクリーンは徐々に明確な映像を映し出すようになるが、そこに映し出された景色は、今龍虎と卑弥呼が居る場所では無く何処かの山の中腹辺りであろうか。
(此処は??何処だっ??)
《此処は、揚州、神亭山也。》
視界からではなく直接脳内に映し出される映像に疑問の念を覚えた直後にもう一つの意識が直ぐ様に応える。
(だ、誰だお前は??)
《我は汝であり、汝は我である。》
(へえ、薄々感じてはいたが、アンタが俺の中にいるって言うもう一人の俺か…)
《理解が早くて助かる。やっと、やっと汝と邂逅できた。気の遠くなるほど長い時間だった。》
もう一つの意識が感に堪えぬと言った様な面持ちの声をだす。
(おいおい、俺はハッキリと理解した訳じゃあ無ぇよ。他に言葉が見つからないだけだ。それにそんなに簡単に信じられるかよ、こんな夢物語を。)
気が付けばいつの間にか立眩みは治まっている。あれ程の激痛だった頭痛も今は無い。ただ、自分が今現実の世界に居るかどうかは全く判断がつかない。そして龍虎自身が驚いている事は、現在の状況に対して自分自身が酷く冷静である事だった。
(で、ちょっと聞きたいんだが、この映像は俺達目線の映像って事でいいんだよな。)
龍虎は今、大木の上から向かい側に騎馬でいる男たちを見下ろしている。どうやら自分は斥候の役目をしているらしい。
《ああ、そうだ今我等の眼の前……と言っても遥か遠方に騎馬でいる男が、我等が盟友である孫伯符だ。最もこの時期には未だア奴は敵ではあるがな。》
(なっ、孫策だとっ!!じゃあアイツの周りの騎馬の連中は??)
《程普や黄蓋達だな。》
(はぁ~っ、益々もって夢物語じゃあねえかよ。んっ、待てよ今お前確か神亭山って言ったよな。)
《ああ、ここは揚州にある神亭山だ。》
(ちょっと待て。って事はこれって『三国志』の中にもある孫策と太史慈との一騎打ちの場所じゃあねえのか??)
《正解だ。そして我の名は太史慈!!そして汝も我であると言う事は汝も太史慈であると言う事だ!!》
(そっかぁ、俺って太史慈だったのかぁ……………って、おいっ!!ちょっと待てえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ??んなっ馬鹿なぁ!!俺が太史慈だとぉぉぉぉぉぉっ!!あっ、あれっ、意識が……)
龍虎の意識は本日一番………と言うより生まれて此方一番の驚愕と共に深い混濁の中へと呑み込まれて行くのであった。
「うっ、ううぅぅぅぅん。」
手離していた自分の意識がゆっくりと覚醒しだすと共に、ゆっくりと視界がひらけて来る。それと同時に先程驚愕した事実も思い出して一気に夢現の状態から素の自分に戻る。まず最初に龍虎が見たモノは、卑弥呼が自分を抱きかかえ目を閉じた状態で唇を近付けて来る姿だった。
「どわぁぁぁぁぁぁぁっ!!何しやがってんだっ!!この変態っ!!」
龍虎はあらん限りの力を振り絞り卑弥呼の腕の中から飛び出し距離を取りつつ叫ぶ。
「むうっ、儂は意識を失い倒れたお主が心配で人工呼吸とやらをしてやろうと思っただけだからなっ!!けっしてイイオノコのの誘惑に負けそうになって熱い口付けを交わそうと思った訳ではないのだからなっ!!」
「うるせぇぇぇぇっ!!人工呼吸するのは溺れた時の事だっ!!それと今の台詞の後半!!明らかにアンタの欲望ダダ漏れだろうっ!!」
「ちいっ!」
「うわっこの変態親爺!!今舌打ちしやがりましたねっ!!」
「まあ、その様な些細な事はどうでもよいわっ!!」
「人の貞操を丸ごと奪いそうな行為を些細な事で片付けるんじゃあねえぇぇぇぇぇぇっ!!」
龍虎はハアハアと荒い息をつきつつ精一杯のツッコミをいれる。が、しかし、当の卑弥呼はその様な事を微塵も意に介せず、全く別の事を龍虎に問い返す。
「ふうむ、どうやら記憶は戻り始めたようだのう。」
「だからっ!!人の話を………オイ!!記憶がって……アンタ何でその事を……」
先程までの事はあくまで龍虎の脳内で起こっていた事であって実際には他の誰にも見えてなぞいない筈である。なんせ当の龍虎本人が未だ事態を把握しきれていないのに、眼の前の卑弥呼は全てを解っているかの様に話を進めて来る。
「たわけがっ!!先程言ったであろう!!儂はお主の事をよく知っておると。さて子義 龍虎よ、あらためて儂からお主に問おう。お主はお主に纏わる全ての真実を知る事を望むかっ??」
今迄とは全く違う威圧感を押し出しながら卑弥呼が龍虎に問うてくる。その態度に半ば気押されながらも、意を決した龍虎は負けじと卑弥呼相手に練り上げた氣をぶつける様に放出して卑弥呼の問いに応える。
「ああ、知りたい。俺は俺が知らない俺の全ての事について、俺自身の為に真実を知りたい。もし貴方がそれを知っているのならば、どうか教えてください。このとおりですお願いします。」
卑弥呼に向かって放出していた氣を発するのを止め、卑弥呼に対しての態度を改めて礼を取り深く頭を垂れる。
「しかし、真実を知る事がお主にとって良い事かどうかは、いやお主の場合は間違いなく今迄の平穏な生活とは決別せねばならぬ様になるが、それでも良いのかっ!!」
重々しく問うてくる卑弥呼に対して多少逡巡する龍虎ではあったが、それも数秒の事。顔を上げた龍虎の眼には一点の曇りも無く応える。
「それでもです。例えその真実を知る事で今迄とは全く違った生活になったとしても、俺自身は一切後悔しません。」
「うむ、その意気や良し!!ならば儂が知りうる限りのお主の真実というものを教えてやろう、心して聞くが良いぞっ!!ガ―――――ッハハハ!!」
一頻り豪快な笑い声を放った後、卑弥呼は話しだす。
「まずはお主には『正史』と『外史』についてから話さねばなるまいの。そもそも『正史』とは………………」
夜も更けてきた時間、学生寮とは名ばかりのプレハブ建築の街灯の下で卑弥呼の話が始まる。それは龍虎にとって俄かには信じられぬ話ばかりであった。この世界を『正史』として発生する『外史』という概念から始まって、龍虎が以前の太史慈と言う姿で存在していた『外史』の概要やそこで龍虎がどの様な役割であったかと言う事等、全てが龍虎の理解の範疇を越えていた。
「どうだっ??『正史』と『外史』の関連性及び『外史』の発生する条件、それとお主が存在していた『外史』でのお主の立位置も理解出来そうかの?」
「う~ん、正直言って半分ぐらいしか理解出来ないかな……特に未だに信じられないんだけれど、俺って本当に太史慈の生まれ変わりなのかい??それに何で終端……だっけ?その時を迎えたのに俺は消滅しなかったんだ??」
「お主は間違いなく太史慈の転生した者だ。お主は本来ならばお主がいた『外史』が終端を迎えた時に、その『外史』と共に消滅する筈であった存在なのだ。しかしお主は、ある使命を負ってその理から一人だけ外れて、この『正史』に以前の記憶と真の力を封印されたまま転生したのだ。」
「消滅する…存在……使命……だって……」
「そうだ、故あってその使命を儂の口からお主に告げる事は出来ぬが、お主は誰もが出来る訳では無い、いや、お主にしか出来ない大事な使命を負って、今この世界に居るのだ。」
ビシッ!!と音でも出そうなぐらいの勢いで卑弥呼から人差し指を向けられた龍虎は、暫くその場で目を閉じ夜空を仰ぎ微動だにしなかった。
「はぁ~っ何だかもう………」
やがて閉じていた目を開け卑弥呼に向き直り溜息を吐きつつ声を絞り出す。
「何だ?いきなり腑抜けた声を出しおって。」
「いや何だかねぇ、俺の前世が太史慈だったり、その前世も今の時代と同一世界じゃあ無かったり、おまけに他の誰にも出来ない大事な使命ってヤツを背負ってたりと色々とねぇ………もう驚きって言うより半ば呆れてるって方がしっくりくるかなあ。」
投げ遣りな口調で卑弥呼に向かい話す龍虎。だが卑弥呼は気付いていた。一見投げ遣りな口調に聞こえてはいるが、龍虎の言葉の節々に自分が今から経験するであろう様々な未知の出来事に対しての期待が潜んでいる事を、そして卑弥呼はそんな龍虎を見て確信した。
(ふうむ、やはり我が友の神農が思っていた通りの素晴らしいオノコではあるのぉ。それにこのオノコは未だ力の片鱗すら見せずに、この儂と互角に対峙している所などは末恐ろしいオノコだのう。)
卑弥呼がその様な事を考えている間、龍虎は様々な事を脳内で思考していた。今迄でも充分に聡明であった龍虎ではあったが、先程ほんの少しとは言えもう一人の龍虎とも呼べる太史慈と繋がった影響もあって、思考の早さと深さが常人の比では無くなっている様に龍虎自身には思えた。
「で、貴方は俺に今迄の失われた記憶と、その失われた理由の説明。そして現状の俺自身の状態の把握が主な役割なんだろう。」
様々な思考ルーチン及びそれに伴う結果の検証を終えた龍虎は、先程までとは打って変わって冷静に現状を分析した上で、卑弥呼に話しかける。その声は今迄の龍虎の声では無い様にも聞こえる。
「な、なんとお主はそこまで分かったのか!!」
「分かった…と言うよりは落ち着いて整理すれば答えはそれしか導かれないと言った方が正解かな。貴方は俺の真実を教えてくれると言ったけど、先程俺が言った事ぐらいしか俺には情報開示されていないからね。」
「むうぅっ。」
「それに大事な使命ってヤツについても貴方は知っている筈なのに、敢て言葉を濁していた。それから考えられる事は、その大事な使命を俺に伝える役目を持ったヤツが別に居るって事だろう。恐らくソイツが今現在の俺と、俺の中で乖離している太史慈とをリンクさす役割も一緒に持ったヤツだと俺は思うけどね。」
「ぐうぅぅぅっ。」
「だとしたら……今朝強制的に見せられた形の、一刀が消滅して行く映像も貴方達が、態と俺に見せた物なのかな??………と、言う事は少なからず一刀も、この奇天烈な話の体験者って事だね。違うかい卑弥呼。」
「ガ―――ッハハハ、これは儂とした事が一本取られたのう。いかにもお主の言う通りお主が今から逢う北郷というオノコも『外史』帰りのオノコである。そして儂はその北郷とお主を覚醒させる為の最初の切欠と言う訳だ。それにしても先程のお主とは全くの別人のようだのお。」
先刻まで主導権を握っていたのは間違いなく卑弥呼の方であったが、今は徐々に龍虎に流れが傾きつつある。その事を感じた卑弥呼が苦笑い混じりで龍虎に問い掛ける。
「へえぇ~やっぱり一刀も訳在りってヤツだったんだ。それと或る意味貴方の言う通り、今の俺は別人なのかもしれないね。自分でも驚くぐらい思考の早さが違うんだ。それに自分一人で考えているのじゃあ無いって事も朧げながら感じられるしね。」
「ううむっ…やはりお主の中の、もう一人のお主の所為であったか………」
「恐らくはそうだろうね。まあそれは追々理解できるだろうから置いといて、まずは次の切欠ってヤツに逢わないとね。多分ソイツは今から行く筈の一刀の所にいるんだろう。」
「うむっ、儂の信用出来る弟子があちらには控えておるわい。」
「貴方の信用出来る弟子っていう時点で、残念な気分しかしないのは何故なんだろう………」
「むうっ、ア奴なら大丈夫だっ!!この儂が自ら認めた漢女道(おとめどう)の継承者であるヤツなのだからなっ!!」
「やっぱりそっち方面のヤツかいっ!!はぁ~っ、まあ良いかっ、で、そいつの名前は??」
「アヤツの名かっ!!アヤツの名は貂蝉!!」
「うわあっ、よりによってその名前ですか。やれやれ最後はクレオパトラでも出てくんじゃあないだろうな。」
微妙に脱力感を感じつつも龍虎は地面に落ちたままだったコンビニの袋を両手に拾い上げて卑弥呼の方に向き直る。
「さてそろそろ、一刀の所へ行かないと…あまりアイツを待たすのも悪いからね。」
「子義 龍虎よ、これだけは心しておけ!!お主が全ての記憶を取り戻した後に進む道は果てしなく険しい道であるぞっ。」
「ああ、何となくそれは覚悟しているよ。それにさっき卑弥呼にも言ったけれど俺自身が後悔しないって決めた事だからね。」
「うむっ今はそれで良いっ!!短い間ではあったがお主の様なイイオノコに出会えて導けた事は、この卑弥呼、終生忘れはせぬぞっ。」
「何最後みたいな事言ってるんだよ。多分貴方達とはこの後もずっと関わって行かなきゃならない筈だろ。何となくだけれど確信してるんだよ。」
そう言いながら龍虎は卑弥呼に背を向け学生寮の方へと歩き出す。
「だから今は子義 龍虎として貴方に感謝したい。この後にもう一つの人格と融合してしまえば、俺が俺自身であるっていう保証がないからね。」
「お主はそこまで理解していたのか……」
ほんの僅かではあるが卑弥呼に慈愛の表情がうかぶ。しかしそれもほんの一瞬で元の厳めしい表情に戻ってしまう。
「では行って来いイイオノコよ。行って己の未来をしかと確かめて来い。そしてお主が真の姿となった時にまた逢おうぞっ!!ガ―――ッハハハ!!とぉうっ!!」
豪快な笑い声を残しながら、近くの街灯を皮切りに次々と学園内の樹木に飛び移って行く。それを気配だけで感じつつ龍虎は一刀の所へと向かう。
(待ってろよ一刀、お前も色々体験したみたいだけれど。俺にも中々面白い事がこれから起こりそうだ。俺ともう一人の俺である太史慈との邂逅と、俺と一刀との邂逅。この事が一体俺たちに何を齎すのかは分からないけれど、なんかワクワクしてきたぞ。)
今迄とは全く違う表情と足取りで龍虎は一歩一歩力強く進んで行く。その姿を静かに満月が照らしていた。
あとがき……のようなもの
TINAMIのユーザーの皆様、そうでない皆様もあけましておめでとうございます。<(_ _)>どうも駄目小説家の堕落論でございます。
前回の投稿時から一月以上もかかってしまい誠に申し訳ありませんでした。まずは新年のご挨拶と共に皆様にお詫びを申し上げます。
本来なら12月の後半に後編をアップして新年からは新章に移る筈でしたがXmas前にマイパソのデータが突如飛んでしまうという意味不明のアクシデントにヤル気を削がれた上に
仕事もXmasから年末進行と言うハードスケジュールが重なりましてのこの体たらくでございます。で、何とかデータを復旧して地獄の様な年末をクリアして新年の人手不足にもめげずに
やっとのことで本日アップをする事が出来た次第です。当たり前の事ですが今後は頻繁にデータの保存を行う事を堅く心に誓った堕落論でした。
閑話休題
はい、やっと第一章の前半が終りました。ダラダラと長い文章で皆様の目を汚して誠に申し訳ありません。
そして龍虎君の正体がやっと判明しました……って殆ど始めからバレバレではありましたが(苦笑)取り敢えず龍虎君の正体は三国志の中の呉の太史慈であります。
勿論一刀君が活躍していた『外史』での太史慈ではなく、これも後から話の中に出すつもりですが別の『外史』での太史慈君ではありますがね、
いやあ『外史』って言葉は便利ですねえ。ありがとう『外史』viva『外史』wwってな感じですね。
しかし第一章書いてて思ったのですが、ものの見事に『漢ルート』ですねぇ(T_T)恋姫のお話の筈なのに女性の影も形もありゃしませんなぁ……
魏もしくは呉の恋姫達のファンの皆様には本当に申し訳ないと思っています。が、自己満足かもしれませんが龍虎君と一刀君の話は自分的には外せない話なので今しばらくのご辛抱とお付き合いの程を.
こんな駄目小説家ではありますが今年一年も宜しくお願い致します。
コメ頂いたり、支援していただいた皆様へ
毎度毎度拙い文に皆様からコメや、支援いただき本当にありがとうございます。結構おっかなびっくり書いている私には皆様のコメや支援が大変嬉しく又、励みになっています。
まだまだ駆け出しの新米ではございますが今後とも本当に宜しく御贔屓の程をお願いいたします。
また、このssに対するコメント、アドバイス、お小言等々お待ちしております。「これはこうだろう。」や「ここっておかしくない??」や「ここはこうすればいいんじゃない」的な皆様の意見をドンドン聞かせていただければ幸いです。皆様のお言葉が新米小説家を育てていきますのでどうか宜しくお願いいたします。
ではでは、また次回の講釈で……堕落論でした。
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皆様あけましておめでとうございます。堕落論でございます。
ちょっとゴタゴタしまして投稿期間が空いてしまい誠に申し訳ございませんでした。
ではでは孫呉の龍ご覧くださいませ。