No.194068

月の兎と営業と

東方二次創作。鈴仙って営業がダメダメそうだなあと思ったり思わなかったり。だもので、営業テクの初歩の初歩を伝えてみました。まあ、この程度で営業が出来れば世の中楽なんですけどね。……それはともかく、永遠亭の薬って設定だと苦かったのか。orz

2011-01-05 00:24:23 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:855   閲覧ユーザー数:843

 年も暮れにさしかかってきたある日、鈴仙・優曇華院・イナバは憂鬱だった。

 長い間、竹林の外に出ることのない生活をしていた上、元々内気な性格の彼女にとって、薬を人里に売りに行くのは精神的に辛いことだった。師匠である八意永琳が作った薬を売るのは彼女にとっても大切な仕事ではあるのだが、どうしても慣れることが出来ない。

 自分は営業には向いていないと鈴仙は思っているのだが、だからといってそれを辞めることも出来ない。

「――と、というわけでっ。わわ……私は、今日は風邪が流行……流行ると思いまして、今日はよく効く風邪薬を持ってきました。この風邪薬は特に流行り風邪によく効くんです。もも……勿論、普通の寝冷えみたいなものの風邪にも効きます。それで、……えと、それでこれは風邪で弱った体に対する滋養効果と風邪の原因となるウィルス……えと……その、とにかく原因を直接叩いて、悪化を防ぎます。それで、あとは全身の痛みや高熱を抑える作用を持つ薬も一緒に入っているので、体に負担を掛けることなく風邪を治すことが出来るんです。……お、お一ついかがでしょうか」

 肩で息をしながら鈴仙はそこで説明を一旦打ち切った。

 しかし、屋敷の入り口にいる男は苦笑いを浮かべた。

「う~ん、すまないねえ。わざわざ来てくれてありがたいんだが、風邪薬は間に合っているなあ」

「そ、そうですか。それは……失礼しました」

 しょぼんと鈴仙は項垂れる。長い耳も同じように垂れた。

「ああ、そうだ薬屋さん。腹痛によく効く薬って無いですかね?」

 小さく溜息を吐いて踵を返そうとした鈴仙に、不意に屋敷の奧から肩から鞄を提げた若い女……だいたい二十代半ばかそれぐらいだろうか、が表に出て声を掛けてきた。

「え? あ、はい。腹痛に効く薬も取り扱っています。……どういうのがご入り用なのでしょうか?」

「ん? ああいや、私じゃないんだけどね? 課長、確かお子さんがよく腹痛を起こして困っているって言ってなかったっけ?」

 男はその声に、ああそうだったと頷く。

「いや、うちの娘なんだけどね? 腹が弱いのか、とにかくよく腹痛を起こすんだよ。どうなんだい薬屋さん。そういうのに効く薬ってのはあるのかね?」

「腹痛ですか。……はい、色々と取り揃えていますが、どのような感じなのでしょうか? ええと……何か特定の物を食べた後に腹痛になるとかいうのはありますか?」

「うーん、……いや、そういうのは確か無かったなあ。好き嫌いも特に無いし、普段はよく食べるんだ」

「なるほど。では、腹痛の痛み方っていうのはどうなんでしょう? 娘さんが泣き出すほど激しく痛むんですか?」

「いやいやいやいや、そんなにひどくはないよ。まだ5つ程度なんだが、腹がどうも重くなるらしくてね。それで便秘と下痢をよく繰り返すという感じかな」

 ふむふむと鈴仙は頷く。

「じゃあ、きっと胃腸の活動を調整する神経が上手く働いていないんですね。小さなお子さんのことですから、おそらく精神的なものからきているんだと思います。特に重い症状でもないようですし。ええと……これなんかどうでしょうか? そういった精神的なものからくる神経の乱れを整えて、胃腸の働きを安定させるお薬です。水によく溶けて苦味も無いので、小さなお子さんでも飲みやすいと思います」

 鈴仙は背負子から粉薬を取り出し、男に見せた。

「へえ、苦くないのかい。それはいいなあ。いやね、うちの娘はどうも苦いのが本当に苦手らしくてね。人里にも医者がいるんだが……腕は悪くないんだが、薬が苦いのが嫌だってんで、とにかく娘が嫌がるんだよ」

「課長、この娘が売る薬は良い薬ですよ。私も保証します」

「ふむ……じゃあ一つ頂こうかな? いくらだい?」

 鈴仙は男に値段と薬の使用法、注意点を伝えて薬を渡して代金を受け取った。

「ああそうそう、私からも一つ訊きたいんだけどね? 二日酔いに効く薬や、あまり酒に悪酔いしないですむ薬っていうのはあるのかい? もしあったら欲しいんだけど」

「あ、はい。両方とも取り揃えています。」

 鈴仙は黄色の粉薬と黒の丸薬を取り出した。

「こっちの黄色の粉薬をお酒を飲む前に飲んでおけば悪酔いしません。こっちの黒い丸薬を飲めば二日酔いになっても、二日酔いを起こさせる酒の毒を素早く分解して直ぐに二日酔いを治します」

「なんだ? そんなにお前は酒を飲むのか?」

 ふむふむと頷く女に対し、男が訊く。

 それに対して女は軽く笑った。

「いやいや、そうじゃないんですよ。ほら、この時期はどうしてもお得意様に付き合ってとか、とかく色々あって飲むことが多いじゃないですか。その予防策ですよ」

「ああ、なるほどなあ」

「実をいうと、それで結構悩んでいる人達もこっちにはいるみたいですね」

「……ふむ、言われてみれば顔色の悪い連中もいたなあ。そんな状態で仕事をしてもらうってのもよくないなあ。思い出してみれば去年もそんな感じだったし……。こっちでもいくらか揃えておくか。薬屋さん、その薬も頼めるかい? そうだなあ。十人分くらい」

 あうぅ、と鈴仙は呻いた。

「す、すみません。今日は風邪薬ばかり持ってきたので、そんなには……。五人分くらいならあるんですけど」

「じゃあ、今日はそれでいいや。残りは明日にでも頼めるかい?」

「はいっ。明日には用意出来ます。明日には必ず持ってきますから」

「うん、それじゃあそれでよろしく頼むよ」

 ぺこぺこと頷いて鈴仙は背負子に残った残りすべての黄色の粉薬と黒の丸薬を取り出した。

 男からその分の代金を改めて受け取る。

「それでは、今日はどうもありがとうございました」

 最後にもう一度頷いて、鈴仙は踵を返した。

「それじゃあ課長、私も行って参ります」

 鈴仙に続いて女も屋敷から外に出た。

 男に見送られながら、二人は角を曲がる。

 そこで鈴仙は女にも頭を下げた。

「あの……さっきはありがとうございました。助かりました」

「ん? ああ、いいよいいよ。課長の娘のことも気になっていたしね。そりゃあ親だから……心配なのは分かるけど、しょっちゅうぼやいていたからねえ、丁度よかったよ」

 くすくすと女は苦笑した。

「それより兎さん。君はまだ仕事かい?」

「え? あ、はい。そうですけど……」

 ふむ、としばし女は虚空を見上げた。

「じゃあ、もしよかったらだけど仕事が終わった後でまた会えないかな。……ちょっと話がしたいんだけど。直ぐに帰らなくちゃいけないっていうのなら無理にとは言わないけどさ」

「それは……別に構いませんけど」

「それじゃあ、話は決まりだね。なら、申の刻から酉の刻(16~18時)に、あっちの大通りにある茶菓子屋で待っているよ」

「あ、はい」

 鈴仙が頷くと、女は仕事があるからと言って、彼女と別れて人混みの中へと消えていった。

 約束の時間になり、鈴仙は女に指定された店の中へと入った。

 女は既に店の中におり、お茶を啜りながら団子を食べていた。

「すみません、遅くなりました」

「ああ、いいよいいよ。本当に来てくれたんだねえ」

 女に促され、鈴仙は向かいの席に座った。

 店員にお茶と団子を注文し、鈴仙は女に尋ねた。

「あの、それで私に話というのは何でしょうか?」

「うん。その前に……兎さん、あれから薬は売れたかい?」

 うぐっと鈴仙は呻いた。

「……ダメでした」

 その様子を見て女は苦笑した。

「ありゃりゃ、ダメだったか。そいつは残念だったねえ」

 鈴仙は溜息を吐いた。

「でも、今日はまだよかったですよ。買ってくれる人がいて。一つも売れないで帰ったらまた姫様から罰ゲーム……師匠の人体実験が……てゐのトラップ地獄Lunaticモード……あ、ああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!」

 想像するだけで恐ろしく、鈴仙はさめざめと涙を流した。

「私……こういったことって本当に苦手なんです。ただでさえ人前に出るのって苦手なのに……あぅあぅ」

「まあねえ、慣れないうちは大変だねえ。君が苦手なのは昼間のあれを見ていてよく分かったよ」

 うんうんと女は鈴仙の愚痴に相槌を打った。

「それで、私が話したかった事っていうのがそのことなんだけど」

「え?」

 ぱちくりと瞬きする鈴仙の前で、女は一幅置くように茶を啜った。

「君は営業が苦手だって言っていたけれど、どうして苦手なんだい?」

「…………それは……さっきも言いましたけど、人前に出て話をするのって苦手なんです。どうしても上手く説明出来ないし、こないだは寺子屋の慧音さんにも説明が分からないって言われましたし」

 鈴仙は肩を落とした。

「ん~? そうかな?」

 しかし、女の返答は鈴仙の意に反していた。

「確かに昼間は私が君に助け船を出した形だけどね、それでもそれからはきちんと薬の説明が出来ていたじゃない。緊張はしていたけど、最初ほどじゃなかったしね。……少なくとも、慧音先生よりは分かり易かったよ。先生の授業は十分も聞いたら寝ちゃったからなあ」

「あれ? 慧音さんともお知り合いなんですか?」

「まあね、私も子供の頃は先生の寺子屋に通っていたから」

 なるほどと鈴仙は頷く。

「で、ああいう風に説明出来るっていうことは少なくとも君は商品の知識……薬の知識についてはきちんと勉強していると思ったんだけど、どうなんだい?」

「は、はいそれはもう。師匠の教えは厳しいし……それに、そうでなくても薬は毒にもなる慎重に扱わないといけないものですから、それはちゃんと勉強しないと……」

 勉強はしている。鈴仙もしているとは思っている。しかし、それが人前で発揮出来ないのが彼女には歯がゆく、そして情けなかった。

「そうだねえ。でもいざ説明しようとするとああなっちゃうと……。よく分かるなあそれ」

 うむうむと頷きながら、女は次の団子を口に含んだ。

 続いて鈴仙にも頼んでいた団子が来たので、彼女はそれに口を付けた。疲れた心に団子の甘みが優しく染み渡るようだった。

「思うにさ……全部一気に説明してないかな?」

「う……その通りです」

「やっぱりねえ、そうだと思ったよ」

 鈴仙の返答に女は再び苦笑した。

「でも、そのせいで勉強しているのが裏目に出ているねえ。情報量が多すぎて、しかもそんなだから頭の中で整理した状態で話が出来ていないからお客に伝えたいこと……っていうかお客の知りたいことかな? が伝わっていないんだよ」

「えっと……つまり、もっとこう……要点をまとめて、話を短くすればいいってことですか?」

「そうそう、それでどういう理屈で効くのかをお客に簡単に説明すればいいと思うよ。うちの課長や私に説明していたくらいの感じで。永遠亭に帰ったら一度、どういう風に説明すればいいか紙に書いて整理してみるといいんじゃない?」

「は、はいっ! そうしてみます。あ、あとはそれで説明を練習してみて……」

「うんうん、いいねえ」

 言われてみれば些細なことかも知れない。ひょっとしたら当たり前のことだったかも知れない。しかしそれでも、鈴仙には新鮮で、そして光明が見えた気がした。

「あとは……そうだね、薬の品揃えなんだけど、色々と有るんだよね?」

「はい、材料さえ有れば師匠に作れない薬はありません。流石に色々とこう……危ない薬っていうのは売ったりはしませんけど」

「そりゃ凄いねえ。でもね……?」

 少しだけ、女は目を細めて見せた。その眼光の鋭さに、鈴仙は若干気圧される。

「それだけ凄いのに、今回持ってきたのは風邪薬だけかい? そりゃあ、この季節だから風邪に備えるっていうのは考えとしては私も間違いじゃないと思うよ。けれど、実際にはその予測が外れることだってある。そういう場合を補う方法っていうのが無いと思わないかい? それに、風邪薬以外のも色々揃えているっていうことをどうして自分から伝えなかったんだい? 今日は少なかったとはいえ、それ以外の薬も実際に持ってきていたっていうのに」

「…………あうぅ、そうですね。聞かれなかったから……じゃなくて、こっちから言わないとダメですよね」

 鈴仙は溜息を吐いた。

「じゃあ……その、今度からはどんな薬を用意しているかとか、用意出来るかといったお品書きみたいなものを用意してみれば……いいのかな」

「そうだねえ、そんな感じだよ。まあ、そんな感じで色々考えてみるといいと思うよ。他にも、色々と改善出来る点って見つけられると思うからさ」

「はい、有り難うございました。色々と自分でも考えてみます」

 鈴仙は深々と頭を下げた。

 だが、それと同時に疑問が浮かんだ。

「あの、ですがどうして私にこんな話を……? それと、どうしてこういうことにお詳しいんですか?」

「ああ、そう言えばまだ言っていなかったね。君、永遠亭の妖怪兎だよね? 前に永遠亭の先生にはお世話になったからね。だからだよ」

 鈴仙は目の前の女の顔を思い出そうとここ数ヶ月の記憶を思い出してみる。

「……ああっ! ひょっとして、三ヶ月ほど前に毒キノコを食べて運ばれてきた人ですか?」

「そうそう、あのときは本当に助かったよ。死ぬかと思ったからねえ」

 と、女は自分の鞄の中から名刺を取り出し、鈴仙に見せた。

「それで、私なんだけれどね。こういうものなんだけどさ」

「……保険屋さん?」

「そう。それでね、だいたいこんな保険を取り扱っているんだけど――」

 続いて、女は鞄の中からいくつもの書類を取りだした。

 日もすっかりと暮れた頃に、鈴仙は永遠亭へと着いた。

「ただいま帰りました。師匠」

「お帰りなさいウドンゲ、今日は随分と遅かったわね?」

「すみません師匠。ちょっと人と話し込んでいたもので……。今日は風邪薬は売れませんでしたが、酒酔い止めと二日酔いの薬が売れました。薬が足りなかったので明日はそのお客さんに足りなかった分の薬を持っていきます」

「あらそうなの? 風邪が流行ってからこっちに駆け込まれるより、なるべく先に薬で治しておいて欲しいんだけど」

「そっちの方は明日頑張ります」

 八意永琳は軽く肩をすくめた。風邪薬が売れなかったのは彼女としては残念ではあるが、弟子がいつもよりやる気を見せているようにも見えるのでまだよしかと思った。それに、酒酔い止めや二日酔いの薬でも売れないよりは売れた方がよかった。ストックもまだあったはずだ。

「ところでウドンゲ? その手に持っている紙の束って何なの?」

「あ、はいこれですか? 保険のパンフレットなんですけど」

 保険? 永琳は眉根を潜めた。と、同時に弟子が今日一日どのように過ごしてきたのか分かったような気がした。

 ふむ……と永琳はしばし考える素振りをする。

「……まあいいわ。保険に入るのも入らないのもあなたの自由だしね。ただし……色々と、きちんと落ち着いて考えなさい? 間違っても、明日いきなり契約書を出したりはしないように」

 師匠の言葉に、鈴仙は頷いた。

 人里の保険屋には頭のいい営業がいるようだと、永琳は感心した。果たして、弟子は自分が言った「色々」という言葉の意味をどれだけ理解出来たことだろうか?

 

 

 ―END―

 

 

 

 

 

 

 読了感謝。

 保険の契約は慎重に。

 

 


 
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