はじめに
この作品はオリジナルキャラが主役の恋姫もどきな作品です
原作重視、歴史改変反対な方、ご注意ください。
天高く昇りきった月が坂を降る様に山間の谷へ目掛けてその身を傾ける
周囲に立つ松明の光さえ届かぬ程に天高く空に浮かぶ月の周りをゆらゆらと自身が吐く息が昇る様を見つめながら、悠はかつて友と杯を交わし袁家へと士官した夜を思い出していた
(あの日もこんな月だったな)
何れ来る乱世に身を立つ王を求め
自身が証を求め、決意したあの日から今日まで何度月が昇り、落ちて行く様を見届けたことか
ふと
どこから流れてきたか雲が一つ風に押されるように月の周りを漂い、月の姿を隠すかのように留まった
(そういえばあれは…どこから来てどこへ帰っていくのだろう?)
静寂と深淵の闇を照らす月を遮るそれを見上げ、彼はそれまで考えもしなかった思いを浮かべていた
彼の蒼い、まるで聡明という言葉を形にしたかのような瞳は唯一点に雲を見据え、月の淡い光が透けて輝くそれに心奪われるかのように瞬きも忘れ見つめていた
再び「はあ~っ」と吐いた白い息が月を目掛けて昇り、闇に交じり消えていく
そういえば
なぜあれは落ちてこないのですかね?
どんなに強く引いた弓から
どんなに強く放たれた矢も
いずれはそれが運命であるかのように落ちてゆくというのに
夜の闇を照らす月ですら
夜明けとともに地を照らす太陽ですら
どんなに高く昇ったとしても、太陽が落ちれば、月が沈めば
その姿で地を照らす役目を終えたかとでも言うように身を隠すというのに
地平の向こうへと落ちていくというのに
なのに
なぜあれは
なぜ雲は落ちてこない?
風に引かれる、追われているのかはわからないが
やはり風が止んだところで落ちてくる気配がない
どこから来て
どこに行くのか
皆目検討もつかないものを眺めて思案したところで
やはり彼に答えが見つかるわけでもなく
誰に聞いたところで返ってくるでもない
結局のところ
あれだけは落ちることを良しとされないものなのでしょうね
雲が浮かぶ理屈など考えるだけ無駄だと思いながらも
彼の意識は遠く漂うそれから離れることはない
ないのだが
「周囲の配置程無く完了致します!」
彼が立つ横に膝を付く兵の声に彼の意識は雲から離れた
田豊、字を元皓、真名を悠と名乗る青年
巷で四世三公と謳われる名門中の名門・袁家において筆頭参謀の任を任される青年は世の実力者が女性ばかりのこの大陸において希少な存在である
幼少より権謀術策に長じ、十五の時に洛陽へと留学、わずか一年で侍御史まで昇進するも宦官の専横などを見て王朝の衰退、乱の世を見据え、官職を辞して郷里に引き上げたその後、袁紹の参謀として今日まで仕える
主に袁家の財政、隣国との外交手腕に頭角を表わし、袁家当主、袁本初より筆頭参謀の地位を得る
その後に同郷の出であり、袁家の懐刀と称される張郃の推薦により軍師として戦場へ同伴するようになり、此度の戦においては袁紹の片腕として、実質の指揮官として覇王曹操率いる魏軍と相対していた
「ご苦労様です、当主も間も無くに?」
まるで戦場に似つかわしくない朗らかな声が兵へと向けられる
夜の静寂と戦場特有の張りつめた空気が薄れていくかのような様子にも兵は「はっ」と自身を戒めるように息を吐くと立ち上がり、月が照らす山間の渓谷を指さす
「すでに此処より三里先…手筈通りに山間を抜け此方へと向かっておられます」
(三里か…すぐそこだな)
兵の指さす方向に視線を向ければ山間の合間を縫うようにちらちらと光が揺れる
袁紹と高覧を乗せた馬を追う魏軍と逢紀に従う反乱軍の松明の明かりだろう
「おやおや…随分と沢山連れてきたものですね」
遠目にもわかるその数に思わず苦笑が漏れる
「数にして五万余…随分釣れたものですな」
悠の苦笑に釣られるように笑う兵、しかしその顔を心なしか引き攣っているようにも見えた
「いやはや…モテモテじゃないですか姫、袁家に忠信を誓うものとしても喜ばしい限りですよ」
「まったくです」
そろってはははと笑う声が上がった後に出てきたのはふうっという溜息
その半数が元同胞なのだ、今回の戦における失点に溜息も深くなるというものだ
「怒ってるだろうなあ姫」
不意に聞こえる声に振り向けば袁家二枚看板が一人、文醜こと猪々子
「でしょうねえ」
ポリポリと頬を掻く悠に兵も肩を落とす
「確かにこれほどの数が反乱に乗るなどと…」
「「そうじゃなくてえ(ですね)」」
「???」
自身の声を遮る二人に兵の頭の上に?マークが浮かぶ
「姫、自分だけのけ者にされたんだもん…言い訳は出来てるの旦那?」
不安そうに見上げてくる猪々子の視線に
悠はフイっとそっぽを向いた
「いーえ全く」
頬をヒクつかせながら苦笑いを浮かべる悠の姿にその場に何度目かの溜息が洩れる
「こりゃいよいよ兄貴の出番かな?」
「この戦が終わったらイの一番に迎えに行きましょう…この際少々頭がトチ狂ってていても構いません」
激昂した彼女を止められるのは彼をおいて他にない
つくづく損な役回りを押し付けられる性分なのだなあと悠はこの場いない親友を思い返していた
そして
幾万もの馬の蹄が地響きのように響き
幾万もの兵達の方向が山間に木霊した
「さて…あとは手筈通りに」
「あいよ」
「御意」
一礼の後に駆けていく猪々子、兵の姿に目を細める悠
親友の姿が脳裏に浮かんだと同時に
もう一人の幼馴染のことが彼の心の内を過る
(伸るか反るか…見極めましょう…桂花、貴女の才を)
袁家と相向き合う様に聳え立つ魏軍の本陣が古城
その一番奥
かつてこの城を家城にしていた者が自らのために用意した玉座
はたして其の者が今は何処で如何に朽ち果てたのか、そんなことは知る由もなければ当然、彼女には何の関係も興味もない
所詮は仮の座、自身が腰据えて脚を組むのはこんな幼稚な物ではないと彼女もその周囲に並び立つ者も理解している
それが
彼女が
覇王が
曹操が座るだけで
これほどまでに絢爛な眺めになるのだろうか
彼女から溢れ出て止まぬ気品と王者の品格が
何の飾りもない仮初の玉座を輝かせる
否
彼女であろう
彼女故にこうも美しいのだろうと
平服する桂花は床に付いた拳を見つめ考えていた
(私は…間違ってなかった)
優雅に脚を組み、微笑みを浮かべながら、且つその威圧の眼差しを向けられて平服しない者など無い
自身が見下ろされながらに何と心地の良いものか
自身を見下ろす彼女の様の何と美しく気高いものか
(いずれ天下の何もかもが、貴女を前にして平伏すことでしょう)
両の手を地に伏し、頭を垂れる
それは彼女を前にした者の義務であると
故に
(貴女が…貴女様が天下において唯一にして絶対の『王』に在らせられます)
四代にわたり三公を輩出した名門袁家も
江東から中原を睨む稀代の英雄有する孫家も
義の旗を掲げようやくに蜀の地を得た中山靖王劉勝の末裔劉備も
(貴女様には如何なる者も並び立たない)
故に
(我が智謀、我が忠信、我が身体…何もかもが貴女様の為に)
今日この日まで
そして
今日これからも
(悠…あんた間違ってたのよ、自分の才を捧げる相手を)
故にこそ
(あんたは嫌うかもしれないけど…あんたにはもう時間がないのかもしれないけど)
床に付いていた拳を握り、彼女の声を待つ
(あんたの才はあたしが…華淋さまにこそ)
ドクドクと早鐘をうつ鼓動を諫めるように息を吸い、そして吐く
(王佐の才は此処にいるべきなんだわ)
そのためにも
「表を上げなさい…桂花」
「はっ」
声に見上げれば玉座に肩肘をつき首を斜めに傾げて見下ろす覇王と目が合う
微笑むでもなくしかし怒るでもなく
無表情に覇王が彼女を見下ろしていた
(まあ…当然よね)
自身が仕出かしたことに対する釈明の場なのだ
面白くないのだろう
組んだ彼女のつま先がぷらぷらと揺れ
それが桂花の言を要求する様なのだと見てとれる、単純…しかしその後の彼女の言葉次第では斬って捨てられようとも文句もないのだ
此度の戦に於いて
軍師でありながらに一時はそれを放棄し
更には彼女…自らの王の見えぬところで将へ勝手に個別の命を与えた
それがどうやって彼女の耳に入ったかは定かではない…が
(まあ…当然本人以外にないか…)
何故だと聞き返した時の秋蘭の表情がそれを物語っている
そして桂花は答えた
”それが華淋様の為だから”と
(我ながら酷い受け答えをしたものね…ましてかつては袁家に属していた身だもの、疑われて当然だわ)
だが当の本人が袁家本陣の奇襲に出て行ってしまい此処にいない以上
自身の言葉によって伝えなければならない
(そういえば…前にもこんなことがあったわね)
あの時は悠…そして比呂に救われた
否、持っていかれた形になったが
”解らんな、己の当主に進言一つ通せん文官の悩みなど”
”自らの感情の尺を延ばしたところで人は動かん、理で詰め、相手の心理を掴まなければな”
(いちいち出てこなくてもわかってるわよ馬鹿)
対す華淋も桂花の瞳に宿る決意を見て取り
思わずに浮かんでしまった笑みを手で隠した
「聞きましょう桂花…貴女の釈明を」
見下ろす者と見下ろされる者
二人の視線が噛み合い火花が散る
「私に内緒で秋蘭に田豊捕縛を命じたわね?…それは何故かしら?」
あとがき
あけましておめでとうございます
ねこじゃらしです
昨年は大変お世話になりました
今年も大変お世話になります
今年の目標はこの駄文をちゃんと完結まで持っていくこと
誤字をなるだけ減らすこと
比呂の出番をちゃんと作ってやることを目標に頑張ります
あとは皆様にとって良い年でありますよう
本年もねこじゃらしと風雲をよろしくお願いいたします。
それでは次回の講釈で
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あけましておめでとうございます