No.193957

かがみ様への恋文 #13

mooさん

もしも、かがみが年下の男の子から恋文をもらったら…… というような感じで書きはじめた話です。

2011-01-04 16:06:33 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:703   閲覧ユーザー数:683

かがみは家までの長くはない道のりをゆっくりゆっくりと歩いた。

 

後を付けてきているものがいるとも知らずに。

始めのうちこそ、こそこそと後を付けていたのだが、

かがみと優一があまりに気づかないものだから、

途中からは堂々とその影はかがみの家の前までついてきたのだ。

 

「私、手を繋いでくれないと歩けない!」

 

そんな叫ぶような声が背後から聞こえてかがみと優一は驚き、慌てて振り向いた。

 

そこには人影が二つ見えた。

暗闇に紛れて顔は確認できない。

けれど大きくないその影、そして聞き覚えのある声、

二つの影は女のものであるとかがみはすぐに確信した。

 

「甘えん坊だな、かがみは」

 

一つの影がもう一つに歩み寄り手を取るのが見えた。

 

「じゃあ、一緒に仲よく手を繋いで行こうか」

 

そう言った後、二つの影は手を繋いで明るみの下へと姿を現した。

 

玄関の灯りに照らしだされたその顔を見た瞬間かがみは血の気が引く思いがした。

きっと顔面蒼白だったに違いない。

穴があったら入りたくなる心境とは、おそらくこういう事をいうのだろう。

穴だったらなんでもいい、肥溜めにだって飛び込みたくなる程の心境だ。

 

かがみの二人の姉、まつりといのりの姿がそこにはあった。

 

さっきの言動を見れば、駅前から一部始終を見られていたに違いないとかがみは思った。

二人してにやにやしながらこっそり後を着けていたんだろうと考えると、

実の姉ながら趣味が悪い!と心底嫌悪した。

 

「あの……どなたですか?」

 

状況が理解できずにいる優一の肩にまつりが腕をかける。

 

「弟よ。私の事はお姉さんと呼んでくれていいんだよ」

 

「お姉さん……ですか?」

 

「そうだよ、今きみが仲よく手を繋いでいるかがみの姉のまつりだよ。

で、あっちがいのり」

 

優一がまつりの指さした方、いのりに顔を向けている隙に、

かがみは慌てて手を振りほどいた。

 

かがみは驚いた拍子に優一の手をぎゅっと強く、

二人の姉の視線を集めているとも知らずに、

今まで握りつづけていた。

 

「は、はじめまして。逢沢優一です」

 

状況が理解できていない優一は、丁寧に二人の姉に頭を下げた。

 

「道を塞いで邪魔になっていることにも気づかずに、

手をつないでだらだらと歩いていやがる恥ずかしいバカップルはどこのどいつだと思ったら、

まさか自分の妹だとは思わなかったよ、かがみ」

 

かがみは恥ずかしさのあまり赤く染まった顔を俯けることしかできなかった。

まつりはというと、そんな滅多に見ることのできない珍しい妹の姿を目一杯堪能していた。

 

「お母さん、大変だよ!かがみが、かがみが!」

 

いのりは靴も脱がず、玄関から体を乗り出して家の奥に向かって叫んだ。

あまりに深刻な声で叫ぶものだから、母親のみきは夕飯の準備を投げ出して慌てて玄関に駆けつけた。

 

「どうしたの?かがみに何かあったの?」

 

かがみが事故にあったとか、そんな大ニュースを覚悟しているかのような深刻な表情。

手には料理で使っていたと思しきおたまが握られたままだ。

 

「かがみが、男を連れてきたよ!」

 

それを聞いたみきはおたまを床に落とし、サンダルを足に引っかけて玄関を飛び出した。

 

そこで優一の姿を目の当たりにすると、手で口を覆いそのまま硬直してしまった。

 

「ど、どうしたの?お母さん……」

 

いのりの問いかけに答える代わりにみきの目から涙が一筋こぼれ落ちた。

 

「か、かがみ!お母さんは泣いているぞ!

お前をそんなふしだらな娘に育てた覚えはないと泣いているぞ!

だから、そんな男とは別れちまえ!」

 

と叫んだのはまつりだ。

 

「えぇっ!」

 

優一とかがみは二人揃って驚きの声を上げた。

 

「そんなのお姉ちゃんにもお母さんにも関係ないことでしょ!」

 

そう言って憤慨するかがみ。

 

「嬉しい……」

 

しばらく言葉を失っていたみきがそう漏らした。

 

「年頃の娘が四人もいるのに今まで誰も男の子を連れてきてくれなかったから、

ひょっとしたら私の育て方が悪くて男の子と仲良くなれないんじゃないかって心配してたけれど……。

でもまさか、かがみが男の子を連れてくるなんて思わなかったわ」

 

それがみきの涙の理由らしかった。

それを聞いた娘たち、特に騒々しく騒いでいた姉二人は口を閉ざし、

複雑な表情にならざるを得なかった。

 

「せっかく来てくれたんだから、夕飯くらい食べていってくれるわよね?」

 

そう言ってみきは半ば強引に優一を家に引っ張りこんだ。

 

「でも、急におじゃまするとご迷惑じゃあ……」

 

「大丈夫よ。家は家族が多いから、一人くらい増えても平気よ。

それに、この子たちも男の子の前だったらいつもみたいにがつがつ食べないと思うから、

優一くんの分もあるわよ」

 

「ちょっ……!お母さん、なんて事言うのよ!」

 

迂闊にもかがみは母親の冷やかしに反応してしまった。

自分も、普段はがつがつ食べている一人であるということを言っているようなものだ。

 

「たくさん食べるのは元気な証拠ですよね」

 

優一はいつものようにそんな言葉をつぶやいて自分を納得させる。

 

優一はもう気づいているのだ。

優一の描く可憐な少女という幻想をぶち壊す程に、

かがみの食欲が旺盛な事を。

それでも優一はかがみが好きなのだ。

少しの間、かがみが食事をしているほんの少しの間目を閉ざしていれば、

かがみはやっぱり可憐な少女なのだから。

 

ぶつぶつと呪文のように呟きつづけている優一の意向など気にもせず、

みきは手を引いて家の中へと引っ張り込もうとする。

 

戸惑う優一の背中と肩を押して家の中へとどんどん押し込むのは

かがみの二人の姉たちだ。

 

みんな楽しみにしているのだ。

かがみが初めて家につれてきた美少年に尋問することを。

娘が男を連れてくるなんて、柊家始まって以来の快挙なのだから。

 

 

 

そして優一は食卓の真ん中に座らされた。

 

落ち着かない。とても落ち着かない。

 

みきとつかさが台所から食卓へと料理を運んでいるのはいつもの事。

かがみも一緒になって運んでいるけれど、

それは優一の目がある今だけに他ならない。

そんなかがみに救いを求めるような視線を向けても、

慣れないことで忙しいかがみは気づきもしない。

 

最初の取調べは夕飯が始まるまでの短い時間に行われた。

優一のすぐ隣の席で鎮座しているただおがが無言の重圧をかけている。

 

食卓を挟んだ向かい側のいのりとまつりが優一に厳しい質問を投げかけるのだ。

 

「かがみとはいつからつき合っているの?」

 

「どっちがつき合ってって言ったの?」

 

「かがみの事なんで呼んでる?」

 

「二人の関係はどこまでいった?」

 

「かがみのどこが好きなの?」

 

「かがみなんかやめて私とつき合いなさい!」

 

そんな質問に、優一はおどおどとただおの顔色を伺いながら、

こそこそと答えていた。

 

きらきらと目を輝かせて優一への興味が尽きない二人の姉に対して、

ただおは微動だにせぬままちらりとも優一の方に顔を向けない。

一見無関心を装っていても、無関心なはずはない。

梃子でも動くまいとその場に居座り、優一の答えに聞き耳を立てているのだから。

 

「何やってるのよ!」

 

ようやく、困っている優一に気づいたかがみが声を張り上げる。

 

「そうよ!お父さんまで一緒になって何やってるの?」

 

みきも母親らしくたしなめた、様に見えたのは一瞬だけだった。

 

「お母さん抜きでそんな楽しいことしちゃダメでしょ!」

 

 

 

そんな賑やかな時間は、瞬く間に過ぎていった。

 

「あの、トイレを借りたいんですけど……」

 

優一は隣に座っていたかがみに耳打ちをした。

 

「ついてきて」

 

とかがみも一緒に立ち上がった。

 

「あの……かがみ先輩」

 

前を行くかがみの背中に向かって、優一は控えめに話しかけた。

 

「どうしたの?」

 

かがみは立ち止まって振り返った。

優一のその声の調子は、いい難い話を切り出そうとしているときのものだとわかったから。

 

「どうしてもってわけじゃないんですけど……」

 

そう断ってからまた少し間を置く。

 

「あの……かがみ先輩の部屋を……見てみたいです」

 

「そんなこと?良いわよ、別に」

 

かがみは拍子抜けした。どうしてそんなことを言うくらいで躊躇っていたのかと。

 

でも優一は跳び上がりたいくらい嬉しかったのだ。

かがみの部屋に入れるのだから。

 

寝室を兼ねているかがみの部屋は、優一にとっては聖域にも等しい存在だった。

その聖域に足を踏み入れられる。

かがみが勉強をしている部屋。かがみが眠っている部屋。

着替えもすれば寛いでいることもある。

かがみの誰も知らない一面を見たかもしれない部屋。

 

もちろん、部屋に足を踏み入れたからといって、そんなかがみの秘密が見られるはずもない。

けれども不思議と心が高鳴るのだった。

 

ドアを開けた瞬間、部屋の空気が外に溢れ出てくる。

かがみの匂いのする空気。

優一はその空気に押し戻されるように、踏み出そうとした足を引っ込めた。

 

「どうしたの?入らないの?」

 

ドアを空けて先に自分の部屋へと入ったかがみ。

けれども、振り向いてみると優一はまるで結界に阻まれているかのように

ドアの前で足を踏み入れられずに立ち尽くしていた。

 

「本当に……入ってもいいんですか?」

 

優一は躊躇いながら、おそるおそる尋ねた。

 

「良いわよ。早く入りなさい」

 

そう命令されて、ようやく優一は足を踏み入れる。

 

飾り気のない部屋。でもそれがかがみらしいと思った。

 

「あまりじろじろ見ないでよ」

 

気がついたら優一は珍しそうにきょろきょろと頭を動かしていたようだ。

 

壁際に大きくそびえていた本棚が目に着いた。

かがみはどんな本を読むのだろうかと背表紙のタイトルに目を走らせる。

 

「適当に座って」

 

そう言われて、優一はローテーブルの前に腰を降ろした。

 

かがみは優一に背を向けたまま、立って机に向かい何かをしていた。

何をしているのだろうかと気になったものの、

背後からではそれを伺い知ることはできなかった。

 

まぁいいやと、優一は二度きょろきょろとしだす。

かがみが背を向けている今のうちに、存分にきょろきょろしておこうと思ったのだ。

決してかがみの秘密とか、下着とかを探しているわけではない。

純粋に、かがみの事をもっともっと知りたいと思っているだけに他ならない。

 

「何見てるのよ!」

 

遅れて、優一の向かいに腰を下ろしたかがみが口調を強くする。

 

「ごめんなさい!」

 

優一は慌てて視線を正面に戻した。

そして、軽い驚きを覚えた。

 

ほんの数秒の間にかがみは変身していた。

 

その顔にはさっきまでなかった太くて赤い縁の眼鏡がかけられていた。

つんとつり上がった目に合わせて、眼鏡にも角度がついている。

良く見ると、赤いのは眼鏡のフレームだけではなかった。

かがみの頬もほんのりと桃色に染まっている。

 

それを優一は呆けたように見つめていた。

 

「何よ、どうせ変だって事くらいわかってるわよ!」

 

優一の沈黙に耐え切れなくなったかがみが眼鏡を外そうと、つるに手をかけた。

 

「そ、そんなことないです!」

 

その言葉を聞いてかがみは手を止める。

 

「先輩、素敵です。

眼鏡をかけたかがみ先輩は大人っぽくて知的でドキドキします」

 

それは偽らざる優一の本音だった。

 

「な!何言ってるのよ!馬鹿じゃないの……」

 

と、言いながらも外そうと眼鏡に伸ばした手を戻すかがみ。

 

「先輩って目が悪かったんですか?」

 

「まぁね。だから普段はコンタクトレンズを使ってるのよ。

部屋の中では眼鏡だけどね」

 

優一は初耳だった。こなたからもつかさからも聞いたことがなかった。

 

「言っとくけど、こなたには絶対に秘密だからね!あと、つかさにも言っちゃダメよ!」

 

かがみは強い眼差しを優一に向ける。

 

「つかさ先輩もダメなんですか?」

 

「つかさは隠し事とか苦手だからね……」

 

そう言ってかがみはため息を漏らす。

それは今まで呆れる程に秘密を漏らされてきた過去にうんざりしているかのように。

 

「秘密……ですか……」

 

優一の顔が嬉しそうにほころぶ。

 

「何喜んでるのよ?」

 

「僕、嬉しいです。先輩の秘密を教えてもらえて嬉しいです。

先輩が誰にも見せない顔を僕に見せてくれたことが嬉しいんです」

 

「ばか……」

 

つんとした表情を作ろうとしたかがみの顔は、意に反して赤く染まってしまった。

 

「でも、もったいないです。先輩そんなに可愛いのに部屋の中だけなんて」

 

「ばっ、馬鹿なこと言ってないで勉強するわよ!」

 

湯気が立ちのぼりそうな程赤くなった顔を隠すように、

かがみは背を向けてごそごそと一年の頃に使っていた参考書を取り出した。

 

「え?また勉強するんですか?」

 

「当たり前じゃない。何をすると思ってたのよ?」

 

「そ、それは……」

 

具体的に何がしたいという考えがあったわけではなかった。

けれど、もっと楽しいことを期待していた。

部屋に入ることまで許してくれたのだから、

もっともっとかがみのことを知りたいと思っていた。

 

それに、勉強ならもうさんざんやったのだから。

学校で遅くなるまで居残ってやっていたのだから。

もう今日は十分、と優一は思っていたのにかがみは全くそう思わなかったらしい。

 

「わかりました……」

 

そう言って渋々ながらさっきまで使っていた参考書とノートを広げる優一。

 

どこか少しばかり不機嫌そうに見えるその様を、

かがみは不思議そうに眺めていた。


 
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