第2話 出会い
漢王朝滅び、世は混沌と欲望に包まれる。
その世を救わんとする者現れる。その者、火を噴く金色の筒を持ち、数多の戦を制する者。
その者、天の智を用い乱れた世を治める者。
その者天の御使いであり、それを手にし者天下を手中に収めん。
「私は占い師の予言を聞いて、流星が落ちるというこの幽州までやってきました。
そうしたら、まだ昼間なのにこの場所に星が落ちて、来てみると貴女がいた…」
少女は孫市の手を取り、更に続ける。
「貴女が天の御使い様なんですね!さあ、私たちと共に」
「待て」
熱っぽく語り続ける少女を止め手を放す。
「え?」
「お前には聞きたいことが山ほどある。お前が言った天の御使いもそうだが、ここは何処なのか、お前は誰なのか。そして…」
「お前の目的は、何だ」
孫市は鋭い視線で少女を射抜く。
「目的…ですか?」
「そうだ。私が仮に天の御使いだとして、お前はその名を使い何を為すつもりだ?」
「それ…は…」
「答えられないか…?なら、私はお前についていく道理は無いな」
孫市は冷淡に告げる。少女は慌てて孫市を引き留めようとする。
「ま、待ってください、違うんです!も、目的というか志は私たちも持ってるんですけど、人から見たら荒唐無稽というか無理だと思われるとか考えちゃって、御使い様にも呆れられると思っちゃってだからえーと…!」
必死になっているのは伝わるが、どう言っていいのかわからないのか、徐々に言葉に詰まる少女。その姿を見て孫市は――
クス、と笑った。
「な、何で笑うんですか!」
「いや、すまない。お前があまりにも慌てて弁明するのでな。欲が見えるのなら不快だったが、お前は無垢だからつい微笑ましくなってしまった」
「はぅ…//」
微笑みながら孫市が言った言葉に少女は恥ずかしくなり赤面して俯いた。
少しの間それを見ていた孫市だったが、真剣な声色で少女に話し出す。
「お前は志があると言ったな?ならばそれを恥じることはない。人はすべて生き様を持つ。己の生き様を隠すこと、否定することこそが恥ずべきことだ」
「…!」
ハッとした表情で少女は顔を上げた。
「志は誇りだ。その誇りを誇る生き様を、我ら――私は歓迎しよう」
孫市は諭すような口調でそう続けた。少女は頭を下げて礼をいう。
「あ、ありがとうございます!あの、志を言う前に、私の名前を先に言ってもいいですか?」
少女の言葉に、孫市はこの少女の素性をまだ知らないことに気付く。いつもの自分であればそう無い事に、心の中だけでため息を吐いた。
「ああ、頼む」
少女はコホン、と小さく咳払いをし、
「私は性を劉、名は備、字は玄徳。そして、真名を桃香と申します。天の御使い様、私たちの志を聞いてください」
そう名乗った。孫市は自らを「天の御使い」と言われた時と同様に思考が霧散しかけたが、今度はその前に冷静さを取り戻した。
「(劉備…?だとするとここは1200年以上前の世界だというのか…?他にも気になる点はありすぎるが、それはまた情報が集まってからでいいだろう)一つ聞くが、お前が名前と共に言った真名というのは何だ?」
「はい、真名というものは名前と共に持つもう一つの名前で、家族と本当に心を許した人にだけ教えるものなんです。これを勝手に呼んだら、問答無用で斬られても文句は言えないんです」
「…その真名を、まだ出会って半刻も過ぎていない相手にお前は授けるのか?」
訝しげに孫市は桃香に問うが、彼女は笑顔で言う。
「私、信じたものは最後まで信じるって決めてるんです。誰が何と言おうと、それだけは曲げないって。それが私の『誇り』ですから」
淀みない声色で桃香が発した言葉に、孫市は呆れつつもその姿勢を評価していた。どこか徳川家康に通じる点を感じたのだろう。
「そうか、分かった。それがお前の誇りなのだな」
「はい。あの、やっぱり…変ですか?」
「フ…我らは生き様をどうこうと思うことはあっても、それを否定はしない。私が思うに、お前は世間をまだ知らないが、それを知ろうとする姿勢を持っている。私はそれを好ましく思う」
不安な表情を浮かべていた桃香であったが、薄く笑んだ孫市の言葉に安心し肩を撫で下ろす。
「そして我らは、我らを高く評価する者とのみ契約を結ぶ。――まあこの場合は力を貸すと言った方が良いか。まだ神の御使いについて等分からぬ事も多いが、それが私への評価なのだろう?ならば、話は早い」
「じゃあ…!」
孫市は桃香から一歩下がると、山吹を拳銃嚢から抜き取り――
天に向け、3発発砲した。
「ひゃあ!?」
呆気にとられる桃香を尻目に、孫市は言葉を発する。
「我ら、誇り高き雑賀衆!只今より、契約の赤い鐘を執行する!
響け!我らが炎の音を打ち鳴らせ!!」
そう言うと孫市は腰巻の内側から小さい鐘を取り出し、空中に放り投げ、山吹でそれを打ち抜いた。
「申し遅れたが、我が名は雑賀孫市。こちらの流儀に則れば、性を雑賀、名は孫市」
山吹を拳銃嚢にしまい、再び桃香に歩み寄る。
「そして覚えておけ。これは我らの心、我らが炎、我らが誇り」
孫市は桃香に手を差し出して続ける。
「我が命の炎燃え尽きるその瞬間まで、お前の力になろう」
桃香は孫市の言葉に少し憮然とした表情で言う。
「命が燃え尽きるまでなんて言わないでください!そうならない為に、絶対私たちが守りますから!」
そう言って孫市の手を握った。
「フフ…頼もしいな」
孫市は桃香の言葉に微笑み、その手を握り返した。
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遅れてしまいましたが第2話です。
更新速度は今後も遅くなりそうです…。
*2011年9月2日加筆・修正
台詞前の名前を消去し、一カ所台詞を修正しました。