「あ・・・」
月曜日の朝
登校してきた生徒で賑わう教室の中、俺はそんな声をあげていた
≪夏休みまで、あと四日よん♪≫
相変わらず顔に似合わない可愛らしい文字で書かれたそれをみつめたまま、俺は小さく息を吐き出していた
あと四日・・・あと四日で夏休みだ
周りの生徒たちも皆、黒板を見ては嬉しそうに笑っている
まぁ、無理もないか
もうすぐしたら、待ちに待った日がやってくるのだから
「夏休み、か」
呟き、俺は席につく
そして見つめた・・・二人の女性を
雪蓮と冥琳のことを・・・
「楽しみだ、なんて・・・馬鹿じゃないか、俺」
言って、苦笑する
どうしようもない苛立ちと、やるせない気持ち
「最低だ・・・」
ああ、そうだ
俺は、思ってしまったんだ
この教室に入り、あの黒板に書かれた文字を見た時に
俺は、楽しみだと思ってしまった
雪蓮と冥琳と、二人と一緒に過ごす夏休みが・・・楽しみだと、そう思ったんだ
俺は・・・“皆”のところに、帰らなくちゃいけないのに
「蓮華・・・」
ポツリと、零れた名前
向こうで俺を待つ、愛しい人の名前
蓮華、思春、祭さん、シャオ、それから・・・
「それから・・・?」
それから・・・なんだ?
「なんなんだよ」
吐き捨てるように呟き、俺は頭を掻いた
「気のせい、だよな」
多分、気のせいだ
暗いことばかり考えてて、少し気分が悪かったせいだろう
今、皆のことを思い浮かべた時・・・
“何か足りない”と・・・そう思ってしまったのは
≪暮れゆく空に、手を伸ばして-呉伝-≫
六章 足りない何か
「かっずピー!」
「おわっ、何すんだよ及川!?」
四時間目の授業が終わってすぐのことだった
昼食を食べに行こうと席を立った俺の背に、及川が体当たりしてきたのだ
俺はそれを、ぐらつきながらも受けとめた
「ん~、なんやかずピー元気ないなぁおもてな」
「なんだそりゃ」
言われ、一瞬ドキッとした
だがそれを顔に出すことなく、俺は背中にへばり付く及川を引きはがす
「何阿呆なこと言ってんだよ・・・んなわけないだろ?」
「そうなんか?
おっかしいなぁ・・・ワイのかずピーセンサーが反応したんやけどな」
「なんだ、その変なセンサー」
笑いながら、俺は及川の頭を小突く
すると“いてて”と言いながら、及川は頭をおさえながら笑っていた
「ま、ええわ
けどワイとかずピーの付き合いなんやから
何かあったら、いつでも相談うけるで?」
「お前に相談するくらいなら、中庭の木にでも語りかけてるよ」
「ちょ、酷くない!?
ワイって、植物以下かいな!?」
「・・・今さら気づいたのかよ?」
「ぐはっ!?」
そう奇声を発すると、及川は大げさに膝をついた
俺はそれを見て、笑いをもらす
はは・・・相変わらず、だ
賑やかっていうか、やかましいっていうか
けど・・・
「ありがとう、及川」
「ん、なんて?」
「頑張って植物に勝てよ、って言ったんだよ」
「あ、ちょ、まちぃかずピー!」
「待てない!
雪蓮と冥琳が中庭で待ってるんでね!」
「だあぁぁぁ、こんのリア充があぁぁぁぁぁあああ!!!!」
「サーセンww」
そう言って、俺は教室から出る
後ろで及川が何か言っていたが、それらを全てスルーしながら
俺は、廊下を歩いていく
足取りは、心なしか軽い
気分は・・・さっきよりも、だいぶ良くなっていた
ありがとう
心の中で“悪友”に感謝しながら・・・俺は歩いていく
雪蓮と冥琳の待つ、中庭へと向かって
ーーーー†ーーーー
中庭へと着いてすぐ、俺は二人の姿を発見した
中庭にある一本の木
そのすぐ下にピンクの敷物をしき、座っている二人の姿を
「あ、やっと来た♪
一刀ーーーー!」
すると、向こうも俺の姿に気づいたのか大きく手を振ってきた
俺はそれに軽く手を振り、二人のもとへと駆け寄っていった
「もう、一刀ったら遅いんだから」
「悪い悪い
ちょっと、及川と話しててさ」
「及川?」
及川の名前を聞き、雪蓮が軽く首を傾げる
あ、あれ?
覚えていないんですか?
「俺の悪友・・・ほら、メガネかけて関西弁な奴」
「ああ、あの男か」
手をポンと叩き、雪蓮は笑う
どうやら思い出したみたいだ
ていうか、俺がこっち来た最初の日に見てたはずだけど・・・なんで忘れるかなぁ
「そんなことよりもホラ、早く食べましょう♪」
そんなことって言われてるぞ及川・・・ご愁傷様
「ほら、早く座って座って」
「わかった、わかったから引っ張るなって」
苦笑しながら、俺はその敷物に座り込む
すると雪蓮はニコニコとしながら、持っていた弁当箱を俺に差し出してきた
「はいコレ、一刀のお弁当
私と冥琳で作った、愛情たっぷりのお弁当よ♪」
「あ、ありがとう」
・・・やばい、ニヤケてしまいそうだ
まさか、雪蓮と冥琳にお弁当を作ってもらえる日がくるなんて
俺は今きっと、泣いてもいいと思うんだ
「ふふ、開けてみてよ」
「あ、ああ」
言われ、俺は弁当箱のフタをとった
そして・・・今度こそ、ニヤケてしまう
開けた瞬間から香る、この食欲をそそる香り
色とりどりのおかずに、ふっくらとしたご飯
見ただけで美味しいとわかるほどの出来だ
俺はさっそく、適当におかずを箸で掴み口に運んだ
「どうかな?」
「・・・美味い、マジで美味いよ」
「やった♪」
俺の言葉に、嬉しそうに笑う雪蓮
そのすぐ隣では、冥琳が微かに頬を赤く染めながら笑っていた
「やったわね、冥琳」
「ああ」
顔を見合わせ、嬉しそうにする二人
そんな二人の姿に、俺は弁当を食べることも忘れて・・・見とれてしまう
「雪蓮・・・冥琳」
そして・・・“ズキン”とまた、胸が痛くなった
「は、はは・・・」
あぁ、本当に最低だと思う
待たせているんだ
大切な人を
掛け替えのない人を
俺は、待たせているんだ
だけど、ここにもいるんだ
大切な人が
掛け替えのない人が
ここにも・・・いるんだよ
このまま、元の世界に帰ったら・・・二人はどうなる?
このまま、この世界に留まったなら・・・蓮華達はどうなる?
ああ、ちくしょう
「やっぱ、最低だな」
俺は・・・いったい、どうしたいんだ?
ーーーー†ーーーー
「ごちそう様」
そう言って、俺は二人に笑い掛ける
二人は嬉しそうに笑うと、俺から弁当箱を受け取った
「すっごい美味しかったよ」
「ふむ、そう言われれば作ったかいもあったというものだ」
そう言って、冥琳は立ち上がる
その手に、俺から受け取った弁当箱を持ちながら
「さて、私は先に戻らせてもらおう
少し、職員室に用事があってな」
「あ、うん
弁当ありがとうね、冥琳」
「ふっ・・・明日も、楽しみにしていてくれ」
「もっちろん!」
“それでは”と、冥琳は歩いて行った
それを見送ると、今度は雪蓮が立ち上がった
彼女はその場で立ち上がると、俺のことを見つめニッと笑う
「それじゃ、私たちは先に教室に戻ってよっか」
「そうだな」
その言葉に頷き、俺も立ち上がる
雪蓮は俺が立ち上がると、敷いていた敷物を丁寧に折り畳んだ
「さ、行きましょ♪」
「ああ」
そして、二人で並んで歩き始める
中庭にはまだ、チラホラと人の姿が見えた
その中を、二人で並んで歩いていく
なんだか、物凄く恋人同士みたいじゃないか
そんなことを考え、俺は妙に照れくさくなる
「なんだか、こうして並んで歩いてるとさ・・・恋人同士みたいよね?」
「っ・・・ああ、そうだね」
一瞬、ドキッとした
まさか、彼女も同じことを考えてたなんて
「ふふ・・・一刀、顔が真っ赤よ?」
「え!?」
そう言われ、俺は慌てて自分の顔に触れる
うん、熱い
絶対に、真っ赤だよ・・・恥ずかしいなぁ、くそ
「・・・って、あれ?」
ふと、隣を見てみる
すると見えたのは、顔を真っ赤にした雪蓮だった
まさか・・・照れていらっしゃる?
「雪蓮も、顔が赤いじゃないか」
「っ・・・!」
俺の言葉に、雪蓮はビクリと体を震わせる
それからさらに赤くなった顔をこちらに向け、小さく笑いをこぼした
「仕方ないじゃない・・・あんまし、こういう恋人っぽい雰囲気に慣れてないんだもん」
彼女の笑顔
俺は、また見惚れてしまっていた
あの頃から変わらない、その美しい笑顔に・・・俺は、言葉が出なくなってしまったんだ
「一刀?」
「な、なんでもないよ」
慌てて、顔をそらす
今は、まともに目を合わせられそうもない
そう思い、俺はそのまま足早に歩いていく
そんな俺の隣を、雪蓮はピッタリとついて歩いてきていた
「ねぇ、一刀?」
「なに?」
ふいに聞こえた、俺を呼ぶ声
俺は歩きながら、それにこたえる
すると雪蓮は、俺の手を握り・・・また笑ったんだ
「夏休み、楽しみだね♪」
笑顔のまま、そう言った雪蓮
俺はその言葉に答えることが・・・出来なかった
“楽しみだ”と
そうこたえることが・・・出来なかったんだ
「ごめん・・・雪蓮」
「あ、ちょっと一刀!?」
気づいた時には、俺はそんな言葉と共にその場から逃げだしていた
どうしようもない、この感情を抑えることができなくて・・・
ーーーー†ーーーー
「はぁ・・・はぁ」
乱れた呼吸・・・それを整えようと、俺はその場に座り込んだまま天井を見あげた
そのまま、何度か深呼吸を繰り返す
「ふぅ・・・」
そうしてようやく、俺は落ち着くことができた
俺は自身の頭を乱暴に掻き、深い溜息をつく
「何やってんだよ」
呟き、俺はやるせない気持と共にまた溜め息を吐き出した
本当に、俺は何をやっているんだろう
帰りたいんじゃなかったのか?
蓮華のもとに・・・皆のところに
それなのに・・・
「何で俺は・・・皆のことを、後になって思い出すんだよ」
ここにきてから、ずっとそうだった
雪蓮と冥琳と一緒にいる時・・・俺は、皆のことよりも二人のことばかり考えていた
それこそ、皆のことを忘れてしまうくらい
二人のことばかり見ていたんだ
「ごめんな、蓮華・・・」
頬を、何かが流れていく
それが涙だと気付いたのは、もう視界がはっきりとしないくらいに歪んだ後だった
止まりそうもないその感情の波
俺はそこに座り込んだまま、ただ声を殺して泣いていた
「あらん、ご主人様じゅぁない?」
ふいに、誰かが俺を呼ぶ声が聞こえてこいた
いや、こんな呼び方するのは一人しかいない
「貂蝉、か」
呟き、うつした視線の先
くねくねと腰を揺らす、貂蝉の姿があった
俺はそれに気づくと、ゴシゴシと乱暴に自身の目元を拭った
「どうかしたのか?」
「それはこっちの台詞よん!
授業が始まってもなかなかご主人様が来ないから、心配して探してたんじゃない
折角、午後からは私の“漢女道”の授業だったのにん」
なんだよ、その変な授業
心の中でそうツッコミつつ、俺はゆっくりと立ち上がる
ずっと泣いていたせいか、なんだか少し疲れてしまった
なんか、足元がふらつくし
「悪い貂蝉、俺・・・早退してもいいかな?
何だか、気分がすぐれないんだ」
「あらん、風邪か何かかしらん?」
「かもしんない」
「それなら、仕方ないわねん
もうあと四日で夏休みだっていうのに・・・体調管理はしっかりしなくちゃダメよん」
「ああ、悪いね」
言って、俺は苦笑する
それから、ゆっくりと歩いていく
その時ふと、辺りを見回して・・・おれは自分がいた場所が“図書室”だったということに、いまさら気づいたんだ
たくさんの本棚に、幾つもの本が置かれている
「はは、“彼女”が見たら嬉しすぎて発狂するんじゃないか?」
あれ・・・?
「俺、今なんて言ったんだ・・・」
ピタリと、足を止める
しかし、答えは出てこない
「ふぅ・・・」
やっぱり、疲れてるみたいだ
そう思い、俺は自身の額をおさえた
「それじゃ、貂蝉・・・雪蓮と冥琳に、よろしく言っといてくれ」
「わかったわん」
軽く手を振り、俺は図書室をあとにする
フラフラと・・・頼りない足取りのままで
だから・・・
「そう・・・あと四日」
その時、俺の背中を見つめたまま貂蝉が呟いた言葉
「もう、あと四日しかないのよん・・・ご主人様」
それが・・・聞こえることはなかったんだ
★あとがき★
ふぅ・・・ようやく、第一部もあと少しといった所まできました
もうすぐ、少しずつですが謎が明かされていきます
今までいくつかヒントのようなものはありましたが、お気づきになりましたでしょうか?
今後も、ちょくちょく出てきますので・・・気が向いたら、お考えくださいww
いやぁ、やっとここまで来た感じです
流石に一気にいくつも連載すると、中々進みませんねwww
それでもここまでお付き合いいただいた方の為に、がんばって書いていきたいと思います
リクエスト・クリスマスSSは年明け後2日~3日にまとめて公開予定ですw
もうしばらくお待ちくださいww
それでは、またお会いしましょう♪
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今年最後の投稿ww
呉伝の六章、更新いたします
今年は、様々なことがあったなぁ・・・来年も、どうかよろしくお願いします♪
それでは今年最後の作品、どうかお楽しみくださいww