蜀の魏延将軍こと焔耶の娘・魏長は天の御遣い・北郷一刀の子供達の中でも指折りの裁縫上手である。しかし、その彼女をして「あの子にはかなわない」と言わしめる異母姉妹がいる。
それは蜀の軍師・鳳統こと雛里の娘・文学少女鳳林である。
鳳林の普段の居場所は成都城の図書室である。冬を迎え、城内のいたる部屋の暖炉に火が灯されていた。それはこの図書室にも然りである。
その暖炉のそばに設置してある安楽椅子に、鳳林は腰掛けていた。彼女の小さな手にはいつものように分厚い本―――ではなく、桃色の毛糸で造られた製作途中の編み物が鎮座していた。いつものように冷静な瞳であるが、その表情からは真剣さが見て取れる。凄まじい速さで、かつ正確に編み込んでいく。
「・・・・」
まるで置物のように微動だにしない。ただ素早く動く手元だけが、彼女を人たらしめている。調べ物をしに来たのだろう、文官たちが彼女の横を通り過ぎるたびに、微動だにしない全身と、素早く動く手元に驚いた様子であるが、彼女は気にも留めない。
しばらく時間が経った頃、だんだんと手元の動きが遅くなり、やがて止まった。そしてはさみを取り出し、パチンと毛糸玉からのびている糸を断つ。
「・・・出来た」
相変わらずの無表情だが、心なしか満足気な笑みが見える。手編みセットを籠にしまい、完成した『それ』を手に、鳳林は図書室を後にした。
コンコン
「誰だろ?はーい」
寝台に横たわり、月を相手に談笑していた桃香は、扉の向こうの来客に入室の許可を出した。
「失礼します、桃香様、月様」
「あれ?鳳林ちゃん?」
「・・・どうしたの、鳳林ちゃん?」
普段は滅多に自分から他人に会いに行く事がない鳳林の登場に、2人はキョトンとした様子だった。
「早速ですが桃香様。お子様のご様子は?」
「うん。もう、お腹の中で暴れてるよ~」
寝台の桃香は布団の上からお腹をさすって見せる。彼女が寝台に横たわっている理由は、彼女が劉禅・劉永に続く第三子を身籠っており、その出産が近い為であった。遅くとも冬の間には生まれるらしい。
「そこで、ですね・・・こんなものを作ってみたのですが」
そう言って鳳林が差し出した物を月が受け取って桃香に渡す。小さな箱に納められていた『それ』に桃香は歓声を上げる。
「うわぁ・・・これ、赤ちゃん用の靴下に帽子に手袋、それに『まふらぁ』と『せぇたぁ』じゃない!?」
「わぁ・・・小さくて可愛いですね・・・」
そう、鳳林が丹精込めて編み上げていたのは、生まれてくるであろう桃香の子に贈る防寒セットであった。色は全て桃香の髪の色と同じ桃色で統一されており、すべてが素人目から見ても素晴らしい出来であった。
「これ全部、鳳林ちゃんが?」
「いいえ、月様。魏長やお母様、朱里様も手伝ってくださいまして、最後に完成した私が代表してお渡ししただけです」
それでは失礼します、と一礼してさっさと退室しようとする鳳林を桃香が呼び止めた。
「待って、鳳林ちゃん・・・わざわざありがとう。私は今は動けないから、他のみんなにも伝えておいてね」
「・・・(コクリ)」
それには無言で一礼して、今度こそ去っていく。扉が閉じられた後、桃香と月は顔を見合わせてクスリと笑った。
「あれは・・・」
「照れていた、のでしょうか?」
礼を言った後、鳳林のクールな表情に朱が刺していたのだ。
そしてしばらく後、臣下にお披露目となった桃香の第三子―――劉理を包んでいたのは桃色の防寒着だった。
それを遠目に眺めていたある少女の普段はクールな表情に、満足気な笑みが浮かんでいた。
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蜀の日常その22です。
今年最後の投稿は、クールな彼女にスポットを当てました。
時代背景的におかしい事があるかもしれませんが、気にしたら負けです。