洛陽まで五里ほど。
周りが見渡せる荒野のど真ん中にその大軍は陣を敷いていた。
遠目から見ても判るほどに人が犇き、攻城兵器が聳え立つその光景は圧巻に尽きた。
十二万。初期と比べれば兵の数は減ったが、まだ大軍であることは変わりは無い。
各陣営の宿営地と思わしきところには色取り取りの軍旗が風に靡いており、荒野に置かれた花束のようだ。
しかし対する董卓軍はといえば、周辺都市からかき集めた兵を、帝都洛陽付近に凡そ二万の兵を、残りの兵三万五千を城内へと配置した。
此方の初期兵力は十万。その内の九万五千を虎牢関へと配置したのだがあえなく敗走した為約六万へと
減ってしまっていた。
董卓軍の軍師、賈駆の策では虎牢関で連合軍の兵数を少しでも減らし、機を見て退却。そしてこの地での最終決戦へと持ち込み、相手の兵糧切れを待つというのが前提だった。
洛陽には周辺都市から掻き集めた兵糧で上手く使えば一年以上は篭城できるほど備蓄していた。
結果的に言えば連合軍の兵力は減ったが、大事な仲間である張遼と華雄が捕獲されたのは痛かった。
だが此方には人員は少ないが、飛将軍と名高い一騎当千の武将である呂布と、その軍師の陳宮。そして自分である賈駆の三人で上手く軍を纏め上げることが出来るはずと賈駆踏んでいた。
しかしここで予想外もしないところから攻撃をしてきた軍が出てきたのだ。
呂布達が敗走するその二刻前。突如として現れた『紀』『周』『夏』の旗を掲げた軍総勢二千に急襲されたことによって洛陽に待機していた兵達は混乱し、迎撃に出た一万が逆に返り討ちに合いほぼ壊滅したのは予想にもしなかっただろう。
連合軍の到着後、その所属不明の軍二千は攻撃を中止し、ここより六里ほど後退した後動きを止めた。驚くべきことに、その軍は僅かに兵を無くしただけでほぼ無傷なようだ。
このことから、まさに董卓軍は風前の灯。前門の虎、後門の狼の状態に陥っていた。
そんな中、一人の眼鏡をかけた少女が目と鼻の先にて布陣する両軍を城壁で見つめながら溜息を付いた。
「どうしてこんなことになったんだろう・・・」
自分のしてきたことは全てあの儚げな少女の為だったというのに。
「月・・・僕は月の幸せの為に頑張ってきたのに、どうして皆は邪魔をしてくるのかな?」
誰もその問に答えてくれるわけも無く、唯刻々と時が過ぎ去っていくだけだった。
やがて少女は目線を外すと、先程とは打って変わって表情を引き締め、そして軍師として目の前の現状を打開するために策を考え始めた。
その心の片隅に一人の大切な友の笑顔を浮かべながら。
「・・・・・・僕が月を守らなくちゃいけないんだッ!!」
少女の悲痛にも似た言葉が夜空へと消えていった・・・
その頃、呂布は自室にて愛おしい自分の『家族』を見つめていた。
幼い頃に親を亡くした彼女にとって、彼等は心を支えてくれた仲間であり、家族でもある。
その最初の一匹である相棒であり、親友でもある愛犬『セキト』を優しく撫でながら、夜空を見上げた。
(霞と華雄・・・大丈夫、かな?)
いつしか迎えられていたこの場所に、最初に話しかけてきたサラシの少女。
『なんや自分、恋ゆうんか。アタシは霞や。よろしくな♪』
いつも己の力を試したくて自分へと勝負をかけて来たあの少女。
『恋よ!!今日もまた手合わせ願おう!!」
そんな風に思いに耽った呂布を心配したのか、クゥ~ンと鳴くセキトに呂布は優しげな表情を作った。
「ん・・・。大丈夫。あの二人は恋より強いから・・・」
セキトはそれを聞いて安心したのか、体を丸めて撫でてくる手に心地良さそうに目を閉じた。
その可愛らしい仕草に呂布はクスッと笑うと、今度は虎牢関で闘ったあの変わった青年を思い返してみた。
・・・・・・聳え立つ虎牢関を爆砕した後、その瓦礫に飲み込まれて消えたあの青年。
その姿から滲み出るものは、どこか悲しくて。しかし深い憎しみと怒り、そして絶望が感じられた・・・と思う。
そして、一瞬だが彼が自分に向けて寂しげな表情を浮かべた時のことも呂布は思い出した。
嘲笑でも哀れみでもない。同じ境遇の人物を見つけたかのようなあの表情は、一体なんだったのだろう?
「名前・・・聞くの忘れた。」
夜空に輝く三日月を見ながら、呂布はポツリと言った。
ふと、愛おしい我が子を見るような目で自分の家族を見渡した。
全員が安らかな吐息を立てて眠っていた。
それを見て満足したのか、呂布は明日に起きる戦いについて思案し始めた。
負けたらこの子達や月、詠、そして自分を慕ってくれている音々が自分の目の前から居なくなってしまうかもしれない。
そう考えただけで自分は・・・
呂布は首を振り、その続きを考えるのを止めた。
「恋が・・・皆を守る・・・!!」
守りたいものの為に、飛将軍はその胸に決意をしたのだった・・・
翌朝。
既に日が真上に昇りきり、ジリジリと地表を焼いていた。
その荒野に、今や激突せんとする二つの軍があった。
関側には十二万の大軍である連合軍が待ち構え、都側ではその三分の一である四万の董卓軍がそれに立ち向かおうとしていた。
その中間辺りには、所属不明の軍一万がその成り行きを見ようと少し離れた場所で陣を敷いていた。
「なんなのですの?あのしょぼい服装をした方々は?」
袁紹が彼等の事をそんな風に言った。
「童に聞かれても困るぞよ。それより蜂蜜水はまだかの七乃?」
「はいはい~もうちょっと待っててくださいね~美羽様~♪」
相変わらずのダメ総大将(表)に溜息を付く各諸侯達。
その反対側。董卓軍では陳宮が策の最終チェックを行っていた。
「霞殿も華雄殿も居ない今、恋殿と詠殿、そしてこの音々が頑張らなければいけないです!!・・・さぁかかって来るがいいですお間抜け連合軍!!」
大きすぎる馬に跨りながら、陳宮は前方に犇く連合軍を睨みつけた。
「音々・・・そろそろ行く。」
「分かりましたぞ恋殿!!・・・さぁ兵士達よ、恋殿のお助けをするのです!!あんな奴らに目にモノ見せてやるのです!!」
『オオオオオオオォォォォォォォォォォッ!!!!!!!!』
地響きがするほどに雄叫びを上げる兵達。
その様子を遠目で見つめる『紀』『周』『夏』の旗を掲げた三人の少女達は己の得物を手にしながら話していた。
「真理~、どうやらおっ始めるみたいだよ?どうする?」
「そりゃ決まってるさ~♪もーちろんッ、こっちも参戦しようじゃないか♪」
張り切る二人に対して冷静な態度を崩していなかった少女が二人に向けて言った。
「あのねぇ・・・二人共大事なこと忘れてない?」
その言葉に振り向く少女二人。
そして口を揃えて一言。
『何かあったっけ?』
その旧友二人の様子に一人溜息をつく少女。
「・・・私達の役目は敵を牽制しておく事と、退路を塞ぐことの筈でしょ?それに、それが終わったら慎達が連れてくる本陣が到着するまで待機して無いとでしょ?」
「あぁーそれかー・・・」
頭を掻きながら真理と呼ばれた少女はうな垂れた。
「でも~牽制した時に暴れたようにさ、旦那が来る前にちょこっとだけ、出撃したいんだけどなーあたしは。」
目の前でチラつかされているおもちゃに飛び掛ろうとする子猫のように、彼女は今すぐにでも飛び出して行きそうだった。
しかしその態度は次の瞬間変わることになった。
「・・・・・・翼?」
そういいながら彼女の手には怒る寸前に嵌められる手甲『岩龍』が嵌め込まれていた。
「だ~~もう!!判った判った!!旦那達が来るまで待つよ・・・ったく。」
「そう。判ってもらえて私嬉しいわ。」
そのその頬笑みは美しいものだったが、彼女らは少しだけ冷や汗をかいていた。
(蘭が怒ると冗談抜きでケツが腫れちゃうからなぁ・・・)
(危ない危ない・・・)
フフフッ・・・・・・と笑う彼女を二人は苦笑いしながら見るのであった。
それぞれの軍の模様を遠く、太公望から見ていた一刀は瞑目した。
(俺は・・・何をやっているんだろう・・・)
普通ならばすぐさま連合軍へと駆け寄り、その指揮を執らなければならないだろう。
しかし。
『・・・・・・ヤハリ情報ハ間違ッテハイナカッタヨウダナ。ア奴等ノ気ヲ感ジル・・・』
脳内に自分ではない誰かの声が強い恨みの感情で響いてきた。
軽い頭痛に見舞われた一刀は顔を少し顰めて手を当てた。
・・・・・・数刻前に目を覚ました一刀が目にしたものは、瓦礫同然と成り果ててしまった虎牢関の姿だった。
辺りを見回しても、既に連合軍が出立した後らしく、いたる所で焚き火の跡がそれを物語っていた。
呂布に斬られそうになったあたりから記憶が無い一刀にとって、信じられない光景であった。
(・・・・・・あの後一体何が起きたのだろウッ!?)
一刀がそう疑問に思った瞬間、軽い頭痛が襲ってきた。
顔を顰めて痛みに耐えていると、
『フン、目覚メタカ。』
と声が何処からともなく聞こえてきた。
「誰だ・・・?」
その言葉にやや苛立ちを含んだ声が返ってきた。
『・・・・・・全ク、ママナラヌモノヨ。スグ近クニア奴が居ルヤモ知レヌノニ。ソノ体、早ク我ガ手中ニ収メタイモノヨ・・・』
「クッ・・・何を言ってるんだ・・・?」
徐々に頭痛が強くなってくるのに耐えながら一刀は言い返した。
その時、視界の下で腰に差している紅蓮と蒼天が淡く光っているのが映った。
「なんで光って・・・」
『・・・マァ良イ。コウシテ自我ヲ取リ戻セタノダカラナ。コレモ封印ガ解ケカカッテイルモノダロウ。ジキニ内カラ支配シテ行ケバ良カロウ・・・』
どうやら声の正体はこの剣から直に脳へと発しているようだった。
それに気付いた一刀は、再び声の主へと問いかけた。
「・・・お前は一体誰なんだ?」
『・・・・・・オ主ノ体ヲ支配シヨウトシテイルタダノ剣ダガ?』
「そんな剣、俺は持ったつもりは無いぞ・・・」
『ッハ、持ッタツモリハ無クトモ、現ニ今腰ニ差シテイルデハナイカ。ソウ、オ主ガ現世デ手ニシタ時カラナ。』
「・・・・・・。」
まさか祖父から受け継いだこの剣が、このようなものとは教えてもらっていなかった。
いや・・・実は祖父ですら知らなかったのではないか?
そのような考えが一刀の頭を過ぎって行った。
『フンッ、ソノヨウナコトハコノ際関係ナイ。起キタノナラバサッサト後ヲ追エ。ア奴ガ・・・ア奴ガ居るヤモ知レヌノダッ!!』
剣はそう言い終わると、強制力とも言うような強い頭痛を一刀に与えた。
そのあまりの痛みに膝を地につけてしまう一刀。
『早ク・・・!!早クッ・・・!!!!』
尚も強烈な痛みを与えてくる剣に、一刀は唇を噛み締め、いつの間にか傍らに佇んでいた愛馬である太公望に跨り、連合軍が布陣しているだろう洛陽へと走らせた・・・・・・
そしてつい先程追い付き、見渡しが良い少し高い地にて伺っていたのだ。
馬を走らせている間に剣は強制力を緩めて静かになっていたが、自分の獲物を見つけたように再び
声を発し始めたのだ。
『ア奴自身ハ居ラヌヨウダガ・・・・・・マァ良イ、先ニコノ場ニ居ル者ダケデモ血祭リニ上ゲテクレヨウ・・・!!』
「・・・・・・。(このまま戻ったところで桃香達に迷惑をかけるだけだろうな・・・何せ今はこんな状態だし・・・)」
それに何よりもこの危険な剣を彼女達に近づけさせたくないからな、と一刀は付け加えた。
今も淡く光る二振りの剣に視線を移し、一刀は話しかけた。
「・・・・・・お前はどうしたいんだ?」
『決マッテオロウガ。連合モ何モ知ッタコトデハナイ。俺ノ目的ハ唯一ツ、直ニ現レルダロウ憎ックキ劉邦ノ首掻ッ切ルコトダケダッ!!』
(劉邦だって・・・?)
その単語に疑問を浮かべた一刀だったが、すぐにその思考は停止した。
再び剣が強制力を発し始めたからだった。
『サァ早クソノ体ヲ明ケ渡セ!!僅カナ時デサエア奴等ガ息ヲシテイルコトサエ我慢デキヌノダ!!』
「グゥッ・・・・・・!!」
徐々に強くなっていく頭痛に一刀は抵抗する術も無く、意識を奪われていった。
・・・・・・頭から手を離した一刀は、既に『覇王』項羽となっていた。
「クックックッ・・・さぁその血を地に咲かせて見せようぞ?今よりここを、地獄絵図としてくれよう・・・!!」
目を不気味に光らせながら青年はニヤリと微笑んだ。
その頃、無数に広がる外史の海と正史の狭間で会話する二人の漢の姿が。
「ねぇお師匠?なんだか不穏な動きとは思わないかしら?」
一人はピンクのビキニパンツだけしか穿いていない筋肉達磨。
「うむ・・・五帝使か。」
もう一人は褌一丁で羽織のようなものを着ている白髪の筋肉達磨。
「えぇ。三皇神の使いであるあの五人、このところ以前よりまして活動的じゃないかしら?」
「確かに。だが我等はこのことに関しては全く手が出せぬことはお主も良く分かっておるだろう?」
「・・・・・・これも、あの外史が誕生したからかしら?」
「それは分からぬ・・・。だが一つ言える事は、これまで数え切れぬほどの外史に対して手助けをしては来たが、今回ばかりは何が起ころうと無理やもしれん・・・。」
「・・・・・・えぇそうね。今までこんなことって在り得なかったから・・・。」
双方深刻な表情をしながらある方角へと向いていた。
「あの『王』ぶり・・・か。大事にならなければ良いが・・・」
その先には、三つの光り輝く球体が海を優しく照らしていた。
あとがき
皆さんお久しぶりです。
クリスマスも終わり、後は年を越すだけとなりました。
夏頃から始めたこの小説ですが、如何せん更新が遅くてまだ17話・・・
申し訳なく思っております。
来年は早め早めに投稿したいですね。
暇さえあれば書いていきたいものです。
ではこのあたりで。
次回予告
大切なものを守るため。
自身の欲を満たさんがため。
二つの思いの激突を傍観する者達に、予期せぬ襲撃が襲う。
その襲撃に巻き込まれる連合と洛陽。
戦場が混沌とする中、その模様を見つめる神の使い。
その眼差しに映るのは果たして何なのだろうか・・・?
「戻ってきてよ!!ご主人様!!」
「まさかアンタまで出てくるなんてね・・・項羽。」
血が地を染めてゆく中、取り戻した意識の中で青年は決心し言う。
「次に会う時は・・・・・・戦場だから。」
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第十七話目。
今年最後の投稿となります。皆様、お体に気をつけて年末年始をお過ごしください。
それではどうぞ。
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