「どるーん、待ったー?」
"ごめーん"の最上級を使いながら一刀は待ち合わせ場所である城の入り口にいる人物に手を合わせ謝る。
「いえ、私も今来たところです!」
「そっか。道に迷っちゃってさ、侍女さんに道を聞いてたら遅くなっちゃったんだ」
「申し訳ありません! 私が部屋まで迎えに行ってれば……」
シュンと俯いてしまう少女――明命。
仕事熱心で真面目な彼女は、自分を責めてしまう傾向にある。
「周泰が気にすることないよ」
「ですが……」
「それより今日は街を案内してくれるんだろ? 早く行こうよ。俺、昨日から楽しみにしてたんだよね」
「分かりました! この周幼平、一刀様に呉の街を隅から隅まで知っていただけるように頑張ります!」
上手い具合に話をすり替える一刀。
明命もその気遣いに気付いて、心の中で感謝しつつ気持ちを入れ替える。
「それじゃあ行こう」
「はい! 出発するです!」
元気よく歩き出す明命。
チラリと覗かせるふんどしが眩しいぜ。
一刀はそんなことを考えながら明命に遅れないように歩きはじめる。
今日も良い天気です。
「へいらっしゃい!」
「そこのお兄さん、あたしと良い事しない?」
「ぶるあぁぁぁぁぁぁ」
「ピーリカピリララのびやかに~」
「肉まんが安いよー」
「へぅ」
賑やかな街並みを見て一刀は本当に三国志の時代にやってきたのか疑問を覚える。
明らかに現代で売っているような下着も置いてある。
かと言ってチラリと見えるふんどしの眩しさが陰ることはない。
「賑やかな街だね」
「はい! ここ建業は呉の首都ですから国内で一番賑わっているのです」
「うへ~、道理で人が多いわけだ」
まるで都会に買い物にやって来た気分になる一刀。
「でもこんなに人が多いと警備とか大変じゃない?」
「……はい。国が平和になっても小さな揉め事や犯罪は増える一方なので雪蓮様や冥琳様も苦悩しているのです」
「捕まった人はどうなるの?」
「通常は牢獄行きですが、酷い時にはその場で死刑というのも少なくないです」
「その場で!?」
「はい」
一刀はその場で殺されるというのが想像がつかない。
現代の日本ではどんな凶悪犯でも捕まえることを前提に行動する。
しかし、ここでは違う。
寧ろ異端なのは一刀であって、この世界では常識とも言える。
特に呉ではその色が濃い。
呉はもともと反乱分子である各地の豪族、地方宗教勢力を力で抑えつけている。そうしなければ戦乱の世を生き抜くことが出来なかったからである。平時あったならば多少は関係も変わっていたであろうが、しかし袁術の客将であった雪蓮たちが迅速に国を治める体制を作るにはそれしか方法がなかったのである。
そのような名残が未だに色濃く残っているのである。
蜀や魏で同じことをして助かったとしても、呉で助かるとは限らない。
そういった背景を知らない一刀は自分の常識とのあまりのギャップに驚きを隠せない。もし知っていたとしても納得は出来ないだろう。
北郷一刀とはそういう男であるから。
「やっぱり日本じゃないんだな……」
改めて時を駆けたのだと理解した。
気持ちを切り替えて街を見て回る一刀、そして案内をする明命。
「そこの裏路地はですね、よくお猫様が集会を開いてるのです!」
「お猫様?」
一瞬化け猫か何かかと考えた一刀。
「はい! 野良猫なのですが、人懐こくてよくモフモフさせていただいています!」
「モフモフ?」
「はい! とても気持ちが良くて癒されるのです。…………にへへ~」
その時のことを思い出して昇天する明命。
「お~い、周泰」
「にへへ~」
「手遅れか……」
明命が正気に戻るまで時間がかかりそうだった。
「ふう。それにしても賑やかだよな」
改めて街を眺める一刀。
「こんな人が多いところで表立って犯罪を犯す奴なんて――」
「食い逃げだ! 誰か捕まえてくれ!」
「――いたー!?」
言った傍から起こる犯罪に一刀は自分に予知能力があるのではないかと疑う。
「フヒーヒ。そんなことあるわけないか」
とりあえず明命を起こすことにした。
「すみません! お猫様のことになるとつい……」
「それはいいんだけどどうするの?」
状況は食い逃げ犯が逃げられないことを悟り、小さな子供を人質にとったのである。
「大人しく子供を離せ!」
「もう逃げられないぞ!」
「目標を肉眼で確認」
先程やって来た警備隊が犯人を説得する。
「退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ! も、もう俺には逃げ道がないのだ!」
犯人は帝王のように誇り高い。
「子供がいますので迂闊に手は出せませんね」
「そうだな……。何しでかすか分からない感じだし」
犯人は顔面蒼白で汗びっしょりになって小刀を持つ手も震えている。
自分でも予想外な行動に怯えているように見えた。
「お、俺は天才だー!」
相当精神的に追い込まれている犯人。
「早く助けないとやばそうだ!」
「私が後ろから切り捨てましょう」
隠密が得意な明命ならそれが可能かもしれない。
「いや、ダメだ」
しかし、一刀はそれを許さない。
「な、なぜですか?」
「もし出来たとしても、子供は大きなショック……衝撃を受けて心に傷を負うかもしれない。それに街の人も血を見て良い気持ちになるとは思えない。それに……」
「それに?」
「何より周泰に人を殺して欲しくない」
「は?」
ポカンとなる明命。
「確かに周泰は強いし将軍だから戦で人を殺さなきゃならない。でもそれ以外の場所ではそんなことをして欲しくない」
「一刀様……」
「大丈夫。俺に考えがあるから手伝ってくれる? 君の力が必要なんだ」
取り違えれば口説いているようにもみえる一刀。
明命も少し顔を赤くしている。
「分かりました。一刀様を信じます!」
とびきりの笑顔で了承してくれた明命。
「じゃあ作戦を説明する」
「はい!」
一刀は自ら考えた作戦を明命に伝える。
「す、凄いです一刀様!」
「い、いや。ただ騙すだけなんだけどね。それに上手くいくか分からないし」
「いえ! きっと上手くいくのです!」
「うん。それじゃあ早速始めよう!」
「了解です!」
そこで明命はフッと姿を消した。
「み、道を開けろー!」
必要以上に声が多くなる犯人。相当小心者のようだ。
「そこまでだ!」
人混みが割れて道が出来る。
それは海が割れるかの如く。
その道の向こうから光る衣を身に纏った、神々しい男が歩いてくる。
少なくともそこにいた人たちはそう思った。
「だ、だだ誰だお前はっ!?」
犯人は震えた手で子供に突きつけていた小刀を男に向ける。
その男は立ち止まり、そして口を開いた。
「俺は、天からやってきた御遣いだ!」
男――一刀は天を指差し宣言した。
ざわ…
ざわ…
ざわ…ざわ…
ざわ…
ざわ…ざわ…ざわ…
当然のようにざわつく観衆。
いきなりの天の御遣い宣言に人々は大いに揺れた。
「て、天の御遣いだと!?」
「そうだ。大人しく子供を解放し、自首するんだ」
自首を促す一刀。
しかし犯人はもう後には退けないのか子供離す気配は見られない。
「て、てめえが天の御遣いっていう証拠はあんのか!? どうせ今回も嘘なんだろ!」
一度目の占いで天の御遣いは現れなかった。
だから今回も現れないと考えていた。
「ならば天の秘術をご覧あれ」
「や、やってみろろ!」
すでに舌が回らない犯人。
「スゥ~……はっ!」
一刀は大きく息を吸って掌を前に突き出す。
「は、ははははは! 何にも起こら――」
その瞬間男の後ろにあった店の壺が音を立てて割れた。
中身はメンマだった。
「メンマー!」
「な、なんだ!? 何しやがったんだ!?」
「この技は触れずして対象を破壊する」
一刀はこの世界にきて能力が顕現したようだ。
「す、凄いわ!」
「か、革命だ!」
「御遣いワッショーイ!」
「ハイワロ」
「メンマ……お主の仇は私が必ず……!」
一刀の神業に会場のボルテージは最高潮に。
「フヒーヒ。さあどうするんだ?」
「ま、まぐれだ!」
「まぐれだと? ならば、スゥ~……はっ!」
次に被害に遭ったのは、蝶を模した仮面だった。
「華蝶ーー!」
「そ、そんな……」
「次はお前だ」
犯人に指を突きつけて宣言する。
「もうあたしダメだわ」
「ああ! 何クラっときてるのよ!」
「だ、だってあたしの身体に電撃が走ったのよ。もうこれは抱かれるしかないわ」
「みっちゃーん!」
「か、仮面が……」
サポーター狂喜乱舞。
呉の民は北郷一刀を応援します。
「さあ選べ。降伏か死か」
一刀の最後通牒。
しかし、犯人はすでに失禁して頭も碌に働いていない。
「や、やめろ。やめろー!」
叫びながらも子供は離さない犯人。
すでに思考回路はショート寸前、今すぐ会いたいよー。
「ならば仕方あるまい。スゥーーーー」
今までよりも気合いを入れる一刀。
「やめ、やめろ。やめろ、やめろやめろ」
「ハァーーーー!」
「うわぁーーー!」
辺りが静まり返る。
「他愛もない」
男は涙を流して立ったまま気絶していた。
街の人たちは喜びを爆発させる。
他人事ではあるのだが皆が自分のことのように喜んだ。
それは天の御遣いの現れが半分以上を占めていたことを一刀は知らない。
「一刀様、やりましたね!」
「ははっ、上手くいってよかったよ」
壺や仮面を壊したのは明命だった。
もちろん店主にあらかじめ説明して料金は支払っている。
「みんな無事でよかったよ」
視線の先には母親に泣きつく子供の姿。
「はい。一刀様の言うように血が流れない方が皆が幸せになれるのです」
「まっ、俺がそんなことを見たくないのが本音なんだけどね」
情けなさそうに笑う一刀。
そんな一刀の表情に明命はある決意をする。
「一刀様」
「ん?」
「私の真名は明命です。これからはそうお呼びください」
「え、いいの? 真名って大事なものなんでしょ?」
「はい。一刀様の民を思うお心に感銘を受けました。そして、その……真名を呼んでいただきたいと思ったのですが……ダメですか?」
彼女に獣耳があればシュンと垂れ下がっているだろう。
「わかった。ありがたく呼ばせてもらうよ明命」
「はいっ! 一刀様!」
可愛らしく微笑む明命にキュンとする一刀。
「あの、御遣い様!」
「はい?」
振り返るとそこにはたくさんの人。
「これよかったら食べてください!」
「こ、これも!」
「よ、よければ私も!」
「このお召物をどうぞ!」
「よ、よければ僕も!」
「今後ともよろしくお願いします!」
「メンマと仮面をどうぞ!」
次々に一刀の腕の中に収まっていく貢物。
唖然としていた一刀だが正気に戻るとそこにはすでに誰もいなかった。
「これ、どうすればいいのかな?」
「返すのも失礼になりますのでいただいた方がよろしいかと」
「そうだよね。これじゃあ今日は回れそうにないな」
この荷物では街を見て回るのは無理だと判断する。
「少しお持ちします一刀様」
「ありがとう……明命」
「いえっ!」
荷物を抱えながら城へと戻る。
二人の距離は来た時よりも少しだけ近づいていた。
「どうしたのそれ?」
「ま、まあ色々ありまして」
城に戻った一刀を迎えた雪蓮。
本当は雪蓮が街を案内すると言い出したのだが、冥琳に捕まり叶わなかった。
「色々って何よー!」
「色々だよな、明命」
「はい! 色々あったのです!」
そこで違和感を感じる雪蓮。
「あら一刀、明命に真名を許してもらったの?」
「うん」
「はい!」
「ふーん。一刀もやるわね♪」
ニヤリと明命を見つめる雪蓮。
明命は顔を真っ赤にさせていた。
「はぅわ!」
「どうかした明命?」
「な、なんでもありません!」
「気にしないの一刀。あっ、この肉まんもらうわね」
「いいよ。一人じゃ食べきれないからみんなに配りに行こうと思ってたところだし」
「それはみんな喜ぶわね」
「そうだといいけど。じゃあ明命行こうか」
「はい!」
明命を連れて歩き出す一刀。
その後ろ姿を見つめる雪蓮。
「なんだかもやもやするわね……」
一人呟いた。
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最近TINAMIには何かが足りないと思って見ていました。
その足りない何かにやっと気付いた。
それは、ゼニガメの小せ――――
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