No.190206

真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~

YTAさん

投稿二十作目です。
今回は、漸く纏まった休みが取れたので、かなり早く書き上げる事が出来ました。
でも、また詰め込み過ぎた感が……。
詳しくは、いつもの様にあとがきで。
では、どうぞ!

2010-12-17 23:07:05 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:5151   閲覧ユーザー数:3747

                            真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~

 

                              第七話 Country Roads

 

 

 

 

 北郷一刀が、罵苦軍の初めての本格的な侵攻を呂布こと恋、陳宮こと音々音、費禕(ひい)こと聳孤(しょうこ)と共に食い止めてから、数週間が過ぎた頃。

 北郷一刀と呂布隊の面々は、漸く成都への帰還の途に就く事となった。

 様々な事後処理や、万が一に備えての警戒活動が、全て終了した為である。

 

 一刀は、既に冬に近づいて、雲一つ無く澄んだ蒼天を見詰めていた視線を、自分の馬の隣に張り付く様に並んでいる黒馬の背で、無表情に前方を見詰めている紅蓮の髪の少女に向けた。

 恋は、自分が警戒任務に当たっている間に、一刀と華雄が数日間、揃って何処(いずこ)かに出掛けていたと言う話をどこかから聴きつけ、暫くの間随分と御冠だったのだ。

 

 一刀としては「特にする事もなかったので、華雄の仕事を手伝っていただけだ」と真実を話したのだが、恋は出掛けていた理由よりも、自分を連れて行ってくれなかった事の方に腹を立てていた様で、一度恋がこうなってしまうと、宥めても諭してもどうなるものではない。

で、粗方の雑務が片付いたら、丸一日恋に付き合うと言う約束を果たして、どうにかこうにか機嫌を直してもらったのが数日前の事である。

 

 昔のように二人で街を歩き回り、思う様屋台料理や点心を食べ、日が暮れかけた頃に、ぴたりと腕を組んで一刀の滞在していた屋敷に帰った後、空が白み始めるまで、貪る様に互いを求め合った。

 

 そこまでは良い。

 

 その一日に関して言えば、恋だけでなく、一刀にとっても幸福な時間であったし、一人寝に慣れた身には、目覚めた後の微睡(まどろ)みの中で愛する人の温もりを腕の中に感じる事は、長い間忘れていた充足感を思い出させてくれた。

 

 予想外の事態は、その翌日から始まった。

 昼も近くなった頃、最後の周辺警戒任務に出掛けて行く恋を送り出した後、少々重い腰を摩りながら、心地好く冷や酒を嘗めていた一刀の元に、焼け石の様に顔を真っ赤にした音々音が飛び込んで来たのである。

 

 

『 “昨日は恋がご主人様を独占して、ねねに悪い事をしたから、今日はねねが遊んでもらえ”と恋殿に言われて置いて行かれてしまった。自分にそんな気はないのにどうしてくれるのだ。だがまぁ、敬愛する主の命令と思えば、お前を連れ出してやるのはやぶさかではない。さぁ、全力で自分を構えこの野郎!!』

 ちんきゅーきっくの洗礼を浴びた後、たっぷり十五分程もの間、一刀に浴びせられ続けた音々音の罵詈雑言の内容を総括するに、どうやらそう言う様な事らしかった。

 

 そんな訳で、音々音に付いて街中の本屋を巡り歩き、嬉しそうに軍略書の内容についての講釈を披露する音々音を微笑ましく見守り、小洒落た茶房で菓子などを食べて楽しく過ごした後、当たり前の様に二人で屋敷に帰り、当たり前の様に同じ寝台に入った。

 音々音はいつもの音々音だったし、一刀はいつもの一刀だったが、別段、そうする事に何の違和感も感じなかった。

 一刀は、美しく成長した音々音を抱きしめたいと思ったし、音々音は、いつものように一刀に罵詈雑言を浴びせながらも、それを拒む気は無かった。

 要は、それだけの事だった。

 

 ここまでも、まぁ良い。

 

 予想外ではあったが、音々音と二人きりで一日を過すのは本当に珍しい事だったし、昼間も、閨の中でも、その成長を感じられたのは本当に嬉しかったからだ。

 悪夢は、その翌日から始まったのである。

 翌朝、少々痛む腰を叩きながら、音々音の馬に相乗りをして出城に送り届けると、そこに待っていたのは、にこやかな微笑みを湛えた顔とは対照的に、凄まじい怒気を纏った、費禕(ひい)こと聳孤(しょうこ)であった。

 

 どうやら音々音は、指揮官である聳孤に一言の断りも無く一刀のところに来ていたようで、昨日の城内は大混乱に陥っていたらしい。

 偶然、買い出しに街に出向いていた兵士が、音々音が一刀と共に居た事を報告してくれていなければ、捜索隊を出そうかと言う事態にまで行っていたのだそうだ。

 しかもその混乱のせいで、昨日の分の書類仕事が殆ど丸々残ったままだと言う。

 

 今にも笑顔で「死刑♪」とか言い出しそうな聳孤の前に音々音を放り出して行く訳にはいかず(と言うよりも、後々の“ちんきゅーきっく”が怖かったので)、その日は一日、十数年振りの書類仕事に精を出す羽目になってしまった。

 だが、悪夢はこれで終わりではなかった。

 腰ばかりか背中まで痛み出し、げっそりとして引き上げようとする一刀に聳孤が差し出したのは、『天の御遣い様』を成都に送り出す為に周辺の豪族達が催すという酒宴への、束になった招待状であった。

 

 

 その日からの三日間は、昼前に最初の酒宴に到着し、ほぼ一刻半程のスパンで次の酒宴に移動、夜明け頃に就寝と言うスケジュールで、移動時間を含めれば、分刻みに近いタイトさだった。

 一応、公の場であるから、酔いつぶれた姿を晒さない様に気を張っていた事と、大学以来、体育会系の飲み会で自分のキャパシティーを乗り越える術を学んでいた事(具体的には、自分の杯に注がれた分はノルマであり、飲み干すのは義務であると自己暗示を掛け、グロッキーになる前に適度に“アゲる”を繰り返す訳だが、決してオススメは出来ない)でどうにか乗り切ったが、三日目などは、丸一日分の記憶がスッポリ抜け落ちていた。

 

 流石に翌日は起き上がる事もままならず、一日寝床で寝込んでいた。

 その間に、恋と音々音が、出城に務めてくれていた侍女の皆さんを連れて大挙して押し寄せ、殆ど物音すらさせずに荷造りを済ませてくれていて、一刀が次の日の明け方の起き出して来る頃には、着替えて馬に乗るだけで良かった。

 出城で、任務完了の報告をする為に一旦都に戻ると言う聳孤と、護衛として同行すると言う呂布隊の兵士達との別れを済ませて成都へ出発したのが、今から約二刻(四時間)前の事である。

 

「ご主人様……。まだ、頭痛い?」

 恋は一刀の視線に気付いて、心配そうにその顔を覗き込んだ。

「ん?あぁ、まだ少しフワフワしてるけど、もう大分良いよ。心配してくれてありがとうな、恋」

 一刀がそう言って微笑むと、恋は僅かに頬を染めて小さく頷いた。

「まったく、情けないですのー。もう少し我慢するのですよ。恋殿も、こいつの具合が悪いのは、しこたま酒を呑んだ結果なのですから、心配してやる事などないのです」

 音々音が、そんな小憎らしい台詞を口にしながら恋の隣まで馬を進めて来て、大袈裟に肩を竦めて見せる。

 

「うるせぇやい。“仕事で”酒を呑まなきゃならんのは、結構しんどいんだぞ。まったく……」

 ジットリとした眼で音々音を睨んで項垂れる一刀に、高順こと誠心(せいしん)が、豪快に笑いながら助け舟を出した。

「そうですぞ、ねね殿。酔えぬ状況で断れぬ酒を呑むと言うのは、中々どうして苦痛なものです。御大将はそれを三日間、朝から晩まで耐え凌がれたのですから、多少の宿酔いは許して差し上げませぬと」

 

 音々音は、「そんなものですか」と呟くと、ぶすくれた様な顔で、フイと顔を逸らしてしまった。

「助かったよ、誠心。ねね、今日は朝からこんな調子でさ……」

 一刀が、音々音に聴こえない程度の声で誠心に礼を言うと、誠心は自慢の虎ヒゲをワシャワシャと掻きながら、白い歯を見せて笑った。

「なんの。私も将の端くれ。同じ経験が何度かありますからな。御大将の辛さは、身に染みて解っておりますよ。しかし、以前と比べれば、御大将も随分と酒がお強くなられましたなぁ」

 

 

「そんなんじゃないよ。無理が利く様になっただけさ。桔梗達みたいに、笑って酒樽をカラに出来る訳じゃないって」

 一刀がそう言って、三国の酒飲み連中の常軌を逸した呑みっぷりを思い出し、再び痛み出した“こめかみ”を押さえると、誠心は苦笑いをして頷いた。

 

「まぁ、あの方々は別格ですからな……。しかし御大将。ねね殿の事は、大目に見てやって下され。少し、拗ねておいでになられるだけですから」

「ねね、寂しがってた。ご主人様、怒らないであげて?」

 いつの間にか二人の話に耳を傾けていたらしい恋も、一刀に向かって言う。 

 一刀は『解っているよ』と言う風に頷くと、懐から煙草を取り出して、馬の揺れるタイミングを見計らいながら、器用に火を点けた。

 

 当然の事ながら、成都に帰ると言う事は、一刀を愛する他の少女達の元に帰ると言う事でもある。

 ここ最近の様に、一刀に会いに行けば当たり前に丸一日、一刀を独占していられると言う訳にはいかなくなるのだ。

 後々、また以前の様に都で暮らす事になったら、尚の事だろう。

 

 音々音としては、最後の休日を恋と一刀と三人で過ごしたかったらしく、屋敷まで来て、一刀がとても起きられる状態ではないと知ると、酷く落胆していたのだった。

 一刀としても、“あの”音々音が、自分と休日を過ごせないのを残念に思ってくれている、と言う事が嬉しかったので、責めるつもりなど毛頭ない。

 寧(むし)ろ、頬が緩んでしまう位だ。

 

「大丈夫。怒ってなんかいないよ。それに、こうして複数の街道に隊を分けて、出来るだけ沢山の宿場町にお金を落とそうって言う案だって、ねねが考えてくれたんだしな?」

「うん。ねねは、頭が良い……」

恋は一刀の言葉に大きく頷くと、自分の事の様に誇らしげに胸を張った。

 

 そうなのだ。この三年の間、成都へと到る山岳地方では、大規模な街道整備計画が進行していて、一般の旅人が通り易い、比較的勾配の緩やかな幾つかのルートを開拓した上で安全性を確保し、以前一刀が豊富な温泉を資源として活用しようと提案した“宿場町構想”と合わせて推進する事で、一旗上げようと言う人々によって次々と小さな宿場町が誕生しており、ちょっとしたゴールドラッシュ状態なのである。

 

 しかし、まだ街道が完全に整備された訳ではないので、ルートによっては思うように客足が伸びていない処もある。

 音々音はその状態を鑑み、帰路に就く際に部隊をルートごとに分けて、より人数の多い方を客足の悪い方に割り当て、少しでも多くの宿に利益を出そうと提案したのだった。

 

 

 元より、山道を大人数の騎馬隊で進むとなれば、馬の怪我や転落事故に備えて逆に神経を使わなければならないし、一般の通行者にもいらぬ不安を与える事になる。

 だが、この方法なら速やかに進行出来る上、ついでに各ルートの現状視察も兼ねる事が出来て、しかも宿場の利益にも繋がる。

 まさに一石三鳥、と言う訳だ。

 

 音々音は元々、戦時に於ける兵糧の確保や輜重隊の運用には定評があったが、ここまでの案をさらりと献策された時は、『やはり、歴史に名を刻んだ軍師だったのだな』と、一刀は心から感嘆したのだった。

 で、どうせなら大騒ぎされる事なく、ゆっくりと旅路を過ごしたいと言う事で、一刀の組は護衛の恋と誠心、そして、恋が居るのだから当然の如く音々音、その他、呂布隊の手練れが五人と言う少数編成にして、一番大きな街道を使う事にしたのであった。

 

「しかし、ここら辺も随分拓けたなぁ。入蜀の時には、道ももっと狭くて大変だったのに……」

 一刀が感慨深げに呟くと、誠心も、懐かしそうに頷いた。

「左様ですなぁ。今では、少しでも自給自足出来るように、山を削って開墾を始めた場所もあるとか」

「そう言えば、お腹減った……」

 

 感慨に耽っていた一刀と誠心は、思わぬところで飛び出した恋の決め台詞に、二人揃って吹き出した。

「流石は恋様。“開墾”からご自分の腹具合に結び付けるとは!」

「まったくだ。そう言えば、今日は何か足りない気がすると思ってたが、恋のその台詞を、まだ一度も聞いてなかったもんな」

 一刀は笑いながら誠心に同意すると、先程から馬足を落として兵士達と一緒に居た音々音に呼びかけた。

 

「おおい、ねね!恋が腹減ったって言うんだけど、今日の宿までは、あとどれ位なんだ?」

「なんですとー!?恋殿、お腹が空かれたのですか?」

 音々音が慌てて隣までやって来ると、恋は小さく頷いて答えた。

「うん……。でも、あと少し、大丈夫……」

「そうですか、それは良かったのです。今日の宿までは,あと四里くらいの筈なのです。もう少し我慢して下され~」

「ははっ!じゃあ、少し急ごうか。俺も、ゆっくり温泉に浸かって酒抜いて、美味い晩飯が食いたいしな!」 

 一刀は、出会って間もない頃と少しも変わらない二人の会話に嬉しくなりながら、笑ってそう言った。

 

 

「ちょっと待ってよ、姉様!飛ばし過ぎだってばー!!」

 馬岱こと蒲公英は、自分の前方を馬に跨って疾駆する、馬超こと翠に向かって叫んだ。

「なに弱気な事言ってんだよ、たんぽぽ!早馬で来た呂布隊の兵の話じゃ、ご主人様たちは今日の朝には巴郡を発ったんだろ?報告通りの経路を使ってたとしたら、もうそろそろ最初の宿場に着いてる頃だろうが!」

 

「それはそうだけど、どの道、今日中に合流するのは無理なんだよ!街道を使ってるご主人様達と違って、たんぽぽと姉様は行軍用の最短経路の山道を通ってるんだから、そんなに飛ばさなくても予定してた宿場で合流出来るって~!!」

 蒲公英は、出発してから幾度となく言ってきた台詞を、無駄だと解っていながらも、もう一度口にした。

 

 翠と蒲公英の二人が、もう一人の主である劉備こと桃香の勅命を受けて成都を出たのは、今朝の払暁の事であった。

 一刀と呂布隊の本隊が、翌日の朝に成都に向かって出発の予定であるとの先触れを携えて、呂布隊の兵士を乗せた早馬が、昨日の夕刻に城に到着した為である。

 

 一刀の帰還と、罵苦の軍勢撃退の報が同時に届いた段階でてんやわんやの大騒ぎだった成都は、数週間のまんじりともし難い時を過ごしていただけに、今度は天地をひっくり返した様な大騒ぎに陥った。

 今頃は、一刀帰還の方を聞いた日から準備を始めていた飾り付けやら何やらが、成都中にあふれ返っている筈である。

 

 翠と蒲公英を含めた将達は、興奮して玉座の間で騒いでいたのだが、「あ、旗!!」と言う、珍しい雛里の大声で、場は一瞬の沈黙に包まれた。

「旗?旗がどうしたの、雛里ちゃん?」

 桃香が、興奮でほんのり赤くなった顔で雛里に尋ねると、雛里は両手で頭のとんがり帽子を押えながら答えた。

 

「あわわ。ご主人様の牙門旗です、桃香様。あれ……、この城の宝物庫の中ですよね?」

 

「「…………あ゛!!」」

 

 そう、丸に十文字の牙門旗。

 北郷一刀の象徴でもあるそれは、各国の王達が国表に戻る際、本来一刀が桃香と共に治めていた蜀に持ち帰られる事になり、今日まで大切に保管されて来たのだった。

 

 

 牙門旗とは即ち、大将旗である。

 そして大将旗とは、その大将の掲げる理想そのものであり、引いては、その大将の元に集う人々の理想の具現化した物であると言っていい。

 “三国同盟の象徴”である北郷一刀の帰還に際して、その象徴たる牙門旗が翻っていないのは、実によろしくない。

 ましてや今回は、罵苦と言う未知の怪物を撃退せしめた、華々しい凱旋でもある。

 凱旋帰国の際に、その軍勢の総大将でもあった北郷一刀の牙門旗が翻っていないなど、尚の事よろしくない。

 

 そう言う訳で、急遽一刀に牙門旗を届ける為に、馬術に長けた将を使者として出す事になったのである。

 本来ならば、五虎将の筆頭である愛紗が適任なのだが、愛紗は都に駐留中である為に不可能である。

 そこで、純粋に馬術の腕のみで選考されたのが、翠と蒲公英の二人だった(因みに白蓮は、『何だか残念な事になりそう』と言う理由で選考から外れてしまい、玉座の間の隅で体育座りになっていじけていた)。

 そして今現在、騒動の元となった牙門旗は細く折り畳まれ、翠の背中の襷がけに結わえられている。

 

「くぅ~っ!!主の牙門旗を身体に結んで届けるなんて、目茶苦茶燃える展開じゃないか!今行くぜ、無事でいろよ、ご主人様!!」

「いや、無事も何も、敵とかと戦ってる訳じゃないから!ただのお届物だから!!敵陣突破とかしないよ!?」

 蒲公英は、妄想が暴走し始めた翠にツッコミを入れながら、馬上で溜息を吐いた。

 

 今の蒲公英の心境は、連れだって呑みに行った友人が先に泥酔してしまって、酔うに酔えないジレンマに陥っている若者のそれと、極めて似ていると言えた。

 まぁ、いくら翠が暴走気味でも、馬を潰してしまう様な事はしないだろうし、今日の宿で一晩休めば、明日には少し落ち着いているだろう。

 蒲公英はその一時に最後の希望を託すと、再び手綱を握る手に力を込めた。

 彼女とて、早く一刀に逢いたい気持ちは同じなのだ。

 しかし……。

 

「色々溜まってたんだね。姉様……」

 

 蒲公英は、十文字の牙門旗を背負って先を往く従姉を、しみじみとした眼差しで見つめながら、ポツリとそう呟いたのだった。

 

 

「久し振りだなぁ。卑弥呼」

 一刀はそう言って、右手に握った通信機の呼び掛けに応答した。

 ちょうど一人で湯上りの散歩をしている最中、着流しの懐に忍ばせていたUSB型の通信機に、卑弥呼からの着信があったのだった。

 

「そうか。転移陣撃破の報告を聞いた時以来だったな。そちらでは、大凡(おおよそ)一ヵ月程度と言うところか?」

「あぁ、そんなとこだな。それで、何があったんだ?罵苦どもが動き出したのか?」

 人気の無い裏路に入って煙草に火を点けた一刀は、人の気配に耳を澄ませながら、卑弥呼に尋ねた。

 

「いや、そうではない。復活して間もない罵苦達があれ程の戦力を失い、その上、儂らの警戒を掠めて作り上げた、恐らく、今後の戦略の要となる筈だったであろう巨大転移陣まで破壊されたのだ。今しばらくは、大きな動きは出来まい」

「そうだったら良いんだけどねぇ」

「なに、いざ何かあったとしても、こちらはすぐに分かる。あの転移陣などは、儂らが奴らの脅威に気付く前から準備されていた物であった故の例外なのだ。安心せい、ご主人様よ」

 

 一刀は「そうだな」と呟くように言うと、深呼吸をして気持ちを切り替える事にした。

 何事にも例外は付き物だが、柳の枝に怯えているのも馬鹿馬鹿しい。

 一刀は、口調も務めて明るくするように心がけて、再び口を開いた。

「じゃあ、一体何の用なんだ?まさか、声が聞きたかったなんて言うんじゃないだろうな?勘弁してくれよ。もしそんな事言われたら、この場でこいつを叩き壊しちまいそうだ」

 

「むぅ、流石はご主人様よ。我が漢女道に於ける恋の駆け引きの秘技を、いとも容易く見破るとは……」

「ホント、勘弁して……」

 一刀が、通信機の向こうで悔しそうに唸る卑弥呼に対して、項垂れながらそう言うと、卑弥呼はゴホンとワザとらしく咳を一つして、真面目な口調に戻った。

 

「うむ、すまん。少々話が脇に逸れてしまったな。では、本題に入るぞ」

 一刀は、『あれが“少々”ってどんな匙(さじ)加減だよ』と、内心でツッコミながらも、大人しく返事をした。

 経験上、あれにツッコんだら、会話の流れが濁流になるのは確実だと知っていたのである。

 

「ご主人様よ。ご主人様が時の最果てから旅立つ際、貂蝉がそちらに“面白いモノ”を見つけて送っておいたと言っていた話をしたのを、覚えておるか?」

 

 

「あぁ、この通信機を貰った時の事だろ?もちろん、覚えてるさ。確か、向こうが俺を見つける、とかも言ってたよな。で、それが?」

「あぁ。どうやら、その“面白いモノ”は今、ご主人様のすぐ近くまで来ているようなのだ」

「ふぅん。成程ね……って、おい、卑弥呼。お前何でそんな事が分かるんだよ?」

 危うく、卑弥呼の言葉を聞き逃しそうになった一刀が驚いて尋ねると、卑弥呼は『心底以外』とでも言う様な口調で答えた。

 

「む、言っておらなんだか?その通信機には、発信器としての機能もあるのだぞ」

「聞いてねぇよ。機能説明はちゃんと頼むぜまったく……。それなら、もう少し頼りたい事があったのにさ。で、俺の方は良いとして、どうしてその“面白いモノ”の事まで分かるんだ?」

 一刀がぶすくれて言い返すと、卑弥呼は面白そうに笑って答えた。

 

「なに、あまり弟子を甘やかすのも問題だろう。まぁ、“面白いモノ”について言えば、あれは、その外史とは違う幻想から生まれた存在だからだ。その外史の担当者である儂や貂蝉にはあれを、“異物”として強く感じ取る事が出来るのだ」

「へぇ~、なるほどね。で、俺は具体的には、何をしたら良いんだ?」

 

 卑弥呼は、「そうさな……」と言って少し考え込んでから再び話し出した。

「ご主人様よ、その辺りで、何処かから視線を感じたり、誰かに呼ばれた様な気がする事はなかったか?」

「いや―――、今のところは無いなぁ。で、そうなったらどうしたらいいんだ?」

「なに、今迄と変わらん。“きっかけ”を見逃さず、見たまま、感じたまま、それに対峙すれば良い」

「出たよ。必殺・熱血アバウト発言……」

 

 一刀が溜息と共にそう言うと、卑弥呼は鼻を鳴らして答えた。

「たわけ。あれは確かに貂蝉がお前の為に送り込んだモノだが、己の意思を持っているのは、他の生き物と何ら変わらんのだ。人であれ動物であれ、気に入らぬ者の言う事を喜んで聞いてくれたりはせんだろう。つまり、信を得ようと思えば“腹を割って相手に対する事”。方法らしい方法など、これしかあるまい」

「それは、確かに……」

 一刀も漠然とした表現でしか聞いた事はなかったが、卑弥呼の口振りから、“面白いモノ”と言うのは、生物・或いは自我のある何かであろう事は想像がついていたので、卑弥呼の言葉には頷くしかなかった。

 

「そうだよな。俺は、俺に出来る限りの事をする。それしかないもんな!」

「そうだ。それでこそご主人様よ!」

 卑弥呼は一刀の声を聞いて、満足そうに言った。

「まぁ、差し当たり―――」

「うむ、どうするのだ?」

「取りあえず、晩飯、かな?」

 一刀はそう言って笑いながら、盛大な鳴き声を上げた腹を摩った。

 今頃、宿では恋達が待っているだろう。

 

 

                          あとがき

 

 

 

 

 今回のお話、いかがでしたか?

 個人的には、前半の恋と音々音の個別EPはシングルカットしたかったのですが、取りあえず、本格的な個別EPは、恋姫達が一刀の元に再び集った後に、と思い、泣く泣くダイジェストにorz

 TINAMIさんで書く事が許されるなら、恋、音々音、との、熱い夜の情景のなども、より克明に書きたかったな……。

 

 さて、今回の本作初登場の恋姫は、翠と蒲公英でした。

 翠は三年も放って置かれて、乙女な妄想が少し暴走気味、という感じで書きましたがいかがだったでしょうか?

 個人的には恋姫のキャラの中でも、ベクトルこそ違えど、稟と双璧を成す妄想娘の様な気がしていたのでwww

 

 しっかし、蒲公英って書くのが本当に難しいですね。

 今回は触りだけでしたが、この先、“小悪魔”と言うニュアンスが上手く出せるのだろうか……。

 個人的には、書く人を選ぶキャラな気がします。

 好きなのになぁ、蒲公英。

 

 さて、今回のサブタイの元ネタは

 

Country Roads/Olivia Newton-John

 

 でした。

 言わずと知れたJohn Denverの名曲、Take Me Home, Country Roadsのカヴァー曲です。

 スタジオジブリの『耳をすませば』と言う作品のOPにもなった曲なので、日本では、オリジナルよりもこちらの方が有名かも知れませんね。

 個人的にもこちらのアレンジの方が好きだったりします。

 

 次回はいよいよ、貂蝉からの“贈り物”の正体が明らかに!!なる予定です 。

 

 では、また次回、お会いしましょう!

 


 
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