盗賊団の砦は、山の陰に隠れるようにひっそりと建てられていた。先ほど許緒と出会った所からそんなに離れてはいなかった。がこんなに分かりにくい所にあれば、よっぽど上手く探さなければ見つからなかったにちがいない。
(何人か尾行を出して正解だったな)
「許緒、この辺りに他に盗賊団はいるの?」
「いえ。この辺りにはあいつらしかいませんから、曹操さまがさがしている盗賊団っていうのも、あいつらだと思います」
「敵の数は把握できている?」
「はい。およそ三千との報告がありました」
「我々の隊が千と少しだから、三倍ほどか……。思ったより、大人数だな」
実は本気をだせばレーヴェ一人で三千くらい蹴散らす事ができるのだが、それでは意味がない。兵に経験を積ませるためにもできれば、本気をだすのは控えたかった。
「もっとも連中は、集まっているだけの烏合の衆。統率もなく、訓練もされておりませんゆえ……我々の敵ではありません」
「けれど、策はあるのでしょう? 糧食の件、忘れてははいないわよ」
「無論です。兵を損なわず、より戦闘時間を短縮させるための策、既に私の胸の内に」
桂花はもちろんと言ったように答えた。
「説明なさい」
「まず曹操さま、レオンハルトは少数の兵を率い、砦の正面に展開してください。その間に夏侯惇・夏侯淵の両名は、残りの兵を率いて後方の崖に待機」
「本隊が銅鑼を鳴らし、盛大に攻撃の準備を匂わせれば、その誘いに乗った敵はかならずや外に出てくる事でしょう」
「その後は本隊は兵を退き、十分に砦から引き離したところで……」
「私と姉者で、敵を背後から叩くわけか」
最後は秋蘭が解釈した。
「ええ」
「……ちょっと待て。それは何か? 華琳さまに囮をしろと、そういうわけか!」
「そうなるわね」
「何か問題が?」
「大ありだ! 華琳さまにそんな危険なことをさせるわけにはいかん!」
春蘭は大きな声で桂花に噛みついた。
「なら、あなたには他に何か有効な作戦があるとでも言うの?」
「烏合の衆なら、正面から叩き潰せば良かろう」
「「………」」
華琳と桂花は沈黙した。レーヴェは仕方なく春蘭に声を掛ける事にした。
「……春蘭。油断した所に伏兵が現れれば、相手は大きく混乱するだろう。混乱した烏合の衆はより倒しやすくなる。……それに本隊にはオレもいる。まだ心配なようなら華琳の護衛に許緒を付ける。それで納得しろ」
「ぐぬぬ……!な、ならそれで」
「ちょっと待ちなさい。許緒は貴重な戦力よ。伏兵の戦力が下がるのは好ましくないわ」
春蘭が言い終わる前にレーヴェの言葉に桂花は反論した。
「……いや、それなら春蘭がそのぶん暴れれば、よかろう。……できるな?春蘭」
そう言ってレーヴェは春蘭を見た。
「!お、おう! それで文句はなかろう!」
「……分かったわよ。なら、囮部隊は曹操さまと私、許緒、それにレオンハルト。伏兵は夏侯淵と夏侯惇。これでよろしいでしょうか、曹操さま」
「それでいきましょう」
華琳の許可をもらい、作戦は決まった。
「レーヴェ! 貴様、華琳さまに何かあったらただではおかんからな! 盾になってでもお守りするのだぞ!」
「ああ。お前こそ勝手に突っ込んで行って作戦を台無しにするなよ?」
「貴様に言われんでも!そんなことせん!」
レーヴェの言葉に春蘭は勢いよく答える。
「ふふっ」
小さく笑った華琳が
「では作戦を開始する! 各員持ち場につけ!」
力強い声で指示を出していった。
春蘭達の隊が離れていく。これで、本隊の手勢は数えるほどになった。
(たしかに春蘭が心配するのもわからんではないな……)
「あ、兄ちゃん。どうしたの?」
(ん?)
誰かと思えば許緒だった。だが気になったのはそこではない。
「……許緒。兄ちゃんというのは……?」
「季衣でいいよー。兄ちゃん。春蘭さまと秋蘭さまも、真名で呼んで良いって言ってくれたし」
「……そうか。所で兄ちゃ」
「兄ちゃんてさ。すごーく強かったよね!どこであんなに強くなったの?」
(………)
たぶん春蘭ほどではないにしろ。似たようなタイプなのだろう。そこまでして口に出すことじゃないかと、レーヴェは思った。
「そういう季衣もなかなかのものだったぞ。」
「えへへ……。村で畑仕事したり、虎退治とかしてたからかな?」
季衣が照れくさそうに答える。
「その強さなら華琳の護衛もちゃんと勤まるだろう。」
「華琳さまの護衛かぁ……。うぅ、なんか、緊張してきちゃった……」
「戦いの前は適度に緊張するものだ。恥じることはない」
これから始まるのはたくさんの人が死ぬ戦いだ。季衣くらいの年頃の子なら緊張するのが自然だろう。
「あははっ、そうなんだ? ……でも、そういう兄ちゃんは全然緊張してないね?」
「オレは……」
「……どうしたの?兄ちゃん。」
言いかけてやめる。自分は殺し合いに慣れているなど、言う必要もあるまい。なのでレーヴェは一応問題のない本当の事も少しだけ喋った。。
「……なんでもない。ただ、緊張しすぎるのも体によくない。だから自然体でいるようにしているだけだ。」
「へぇ~。やっぱり、兄ちゃんはすごいね!」
「まぁな。だが村の人々を守るために戦ってきた季衣には負けるな」
守れなかった自分とは違ってな、という言葉は胸の中だけで呟く。
「えー?でも兄ちゃんの方がずっと強いよ?」
「オレは……守る戦いには慣れていないからな。オレにできるのはただ敵を倒すことだけだ」
そう、修羅の道を進んできた自分にそういうのは似合わないだろう。出来ることはやるつもりでいるが。
「うーん……。でも兄ちゃん、ボクが盗賊に囲まれたとき助けてくれたよね?」
「……ああ」
あれは春蘭のおかげだ。自分は敵をいつものように少し切り捨てただけだ。だが季衣は続けた。
「それに、あの砦を見つけてくれたのも、兄ちゃんなんでしょ?」
「……一応な」
あれも自分がやらなくとも他の人がやっていた事だろう。
「なら、兄ちゃんだって出来る事はちゃんとやってるから……それで良いんじゃないかな?」
「……オレには出来るのはそのくらいの事だからな」
そう、自分が出来るのは効率よく敵を追い詰め、全力で敵を斬る、それだけだ。
「そっかぁ~。……んー、決めた!」
季衣は何かを考え込むようにしたあと、言った。
「……何を決めたんだ?」
「兄ちゃんも曹操さまも、みーんなボクが守ってあげるよ!」
「季衣……が?」
唖然した。これまで自分に対して守る、という言葉を掛けてくれたのは初めてだった。
「うん! だって兄ちゃん守るの苦手なんでしょ?それに曹操さまだっていろいろやることがあって忙しいだろうし……。それならボクがみんなを守ってあげる!そんでもって、兄ちゃんが悪い奴らをこらしめる! ……そしたら、曹操さまがボク達の街も、他の街も、みんな陳留みたいな平和な街になるんだよね?それってきっと良いことなんだよね?」
この子は強い。感覚でわかった。これが弟の言っていた『想い』の力なのだろう。この子は簡単にはくじけないだろう。この世界に無数にあるこの『想い』をくじけないよう支えてあげよう。そう思った。
「ふ……。ああ……そうだな」
「あ……ひゃっ!」
レーヴェは季衣の頭を撫でた。
「兄ちゃん……」
「ん、嫌だったか?」
「平気、だよ。ちょっとびっくりしただけ」
「そうか。季衣がいいこと言ったからな。体が動いたんだ」
「へへ。兄ちゃんの手、なんかおっきいねぇ……」
撫でられてニコニコする季衣は、どこから見ても普通の子だった。
「こら、そこの二人ー! 遊んでないで早く来なさいよ! 作戦が始められないでしょう!」
遠くから桂花が呼んでいる。
「ああ、今行く! ……季衣。行くぞ」
「うんっ!」
レーヴェと季衣は本当の兄弟のように華琳たちの元へ行った。
戦いの野に、激しい銅鑼の音が響き渡る。
「………」
戦いの野に男達の激しい咆哮が響き渡る。
「………」
だが。
「………」
響き渡る銅鑼の音は、こちらの軍のもの。でも響き渡る咆哮は、銅鑼の音を自分達の音だと勘違いし、城門を開けて飛び出してきた盗賊達のものだった。さすがにこれは誰にも予想できなかったらしくみんな唖然としてる。桂花など、口を開いて固まっていた。
「……桂花」
「……はい」
見かねた華琳が桂花に声を掛けた。
「これも作戦のうちかしら?」
「いえ……これはさすがに想定外でした……」
「……連中は今の銅鑼の音を出撃の合図と勘違いしているのか?」
レーヴェは驚きを通り越し呆れている。どうやらレーヴェにも初めての体験らしい。
「そうみたいね」
「曹操さま! 兄ちゃん! 敵の軍勢、突っ込んで来たよ!」
「ああ」
(それにしても報告は聞いていたが実際に目にするとたくさんいるな)
だが自分にとってはそれも無意味なのだが、今は作戦通りに動くことにした。
「ふむ……まあいいわ。多少のズレはあったけれど、こちらは予定通りにするまで。総員、敵の攻撃は適当にいなして、後退するわよ!」
華琳の言葉に隊は一斉に後退していった。
兵士の一人が報告をしている。
「後方の崖から夏侯淵さまの旗と、矢の雨を確認!奇襲、成功です!」
「さすが秋蘭。上手くやってくれたわね」
華琳が秋蘭を褒める。
「春蘭さまは?」
季衣はなぜ春蘭は褒めないのか質問した。それには桂花が答えた。
「敵の横腹あたりで突撃したくてたまらなくなっていた所を、夏侯淵に抑えられていたんじゃないの?」
「……そうだな」
レーヴェにはその光景が簡単に想像できた。慣れたせいもあるだろうが、あまり慣れたくないなと、思った。
「……別にあんたと意見が合っても、嬉しくとも何ともないんだけど」
「……いや、別にいいが……」
自分も喜ばそうとしていたわけじゃないが、言わないことにした。
「さて。おしゃべりはそこまでになさい。この隙を突いて、一気に畳みかけるわよ」
「はっ!」
桂花は静かに闘志を出している。軍師として初めての戦で張り切っているのだろう。
「季衣。あなたの武勇、期待させてもらうわね」
「分っかりましたーっ!」
季衣も張り切っているようで元気に答えた。
「レーヴェにはいつも通り期待しているからね。『剣帝』の名の意味を連中に思い知らせてやりなさい」
「ああ」
言われなくともそのつもりであった。レーヴェは自分の武、この一点だけは誰にも追随を許すつもりはない。どんな戦いにも圧倒的に勝ってきた。だからこそ『剣帝』と呼ばれるようになったのだから。
「総員反転! 数を頼りの盗人どもに、本物の戦が何たるか、骨の髄まで叩き込んでやりなさい!」
「総員、突撃っ!」
華琳の言葉に兵達は雄叫びを上げ、戦いが始まった。
圧倒的。その言葉がふさわしかった。特にレーヴェは時に一人で何十人も引き付け、危ない味方を助けに廻り、一人で敵の真ん中に突っ込み突破口を開いたりした。レーヴェが何人にも見える。ということもあった。
レーヴェはまた一人剣を横に薙ぎ、盗賊を斬り捨てた。
(やはり盗賊などこんなものか)
「あ、あんな化け物にかなわねぇよぉ……。に、逃げるしか……」
盗賊達はちりぢりになって逃げていく。
「逃げる者は逃げ道を無理に塞ぐな! 後方から追撃を掛ける、放っておけ!」
桂花の指示に兵は従った。
「いい指示だな」
「……だからアンタなんかに褒められてもこれっぽっちも嬉しくないんだけど」
「まあ、そうだろうな」
春蘭と季衣は追撃隊を率いていった。戦いは終わりを迎えていた。
「華琳さま。ご無事でしたか」
「ご苦労様、秋蘭。見事な働きだったわ」
「勿体なきお言葉」
「桂花も見事な作戦だったわ。負傷者もほとんどいないようだし、上出来よ」
「あ……ありがとうございます!」
やっと褒められたい人に褒められ、桂花は幸せそうな顔をしている。
「それと……レーヴェ」
「………」
見れば桂花が恨めしそうにこっちを見ている。レーヴェとしてはやるべき事をやっただけなので睨まれても困るのだが。
「今日の働きも貴方が一番だったわ。聞いたわよ。今日は何人にも分身したそうね」
「ああ。感謝する。たいしたことはしてないがな」
華琳は笑顔で今日の武勇を称えた。レーヴェとしては桂花の作戦の事もあって本当にたいしたことはしてないのだが。
「それより桂花をもっと褒めてやったらどうだ?この作戦のおかげで自分もかなり戦いやすかった。言ってみれば今日のオレの活躍は桂花のおかげだ」
「な……!あ、アンタ……!」
桂花はレーヴェがこんなこと言うとは思ってなかったらしく、唖然としていた。
「……貴方がそう言うならそうなのでしょうね。桂花。あなたも私を真名で呼ぶことを許すわ。城に戻ったら私の部屋に来なさい。いいわね?」
「あ……。は、はい!ありがとうございます!」
桂花は今日一番の笑顔を見せた。
みんなが戻ってきて城に帰る途中、桂花がこんなことを言ってきた。
「この借りはいつか必ず返すわ。……お、覚えておきなさい!」
との事だった。
ちなみに春蘭と秋蘭は。
「レーヴェ! 今日、何人の敵の首を獲ったか勝負だ!」
「姉者は覚えているのか?」
「そんなの当たり前だ。よし。わたしからだ!わたしは……。えーと、あ、確か……」
こう言ってきたが覚えていないので勝負にもならなかった。レーヴェはたぶん千は越えたと思ったが、それを言ったら。
「……確か二千を超えた気がする!」
「それでは全滅だぞ、姉者……」
となったので、引き分けにしておいた。
季衣は。
「兄ちゃん。帰ったら一緒に何か食べに行こうよ! ボクもうお腹ぺこぺこだよ~」
と言うことなので帰ったら何処の店に行くか思案中である。
そして華琳。
「貴方には、そろそろ褒美を取らせないといけないわね。楽しみにしていなさい」
と言っていた。レーヴェとしては特に欲しいものはないのだが。
これがレーヴェの今。昔からでは、考えられない日常が今、ここにある。これから先、どうなるかは、レーヴェにはわからないが。今は、ひと時の平和を謳歌しよう。
出し巻き卵です。
いつも読んでいただきありがとうございます。
一応今拠点フェイズ執筆中ですが次は明後日くらいには投稿するつもりです。
というわけで今後もよろしくお願いします。
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条例通っちまったか…。
それはそれとして第6話投稿。