No.189424

真・恋姫無双 EP.54 処刑編(2)

元素猫さん

恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2010-12-13 00:50:27 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:4581   閲覧ユーザー数:4050

 高さ1メートルほどの処刑台が、城壁を背にして設置されていた。処刑方法は斬首で、台の上で跪き首を落とす。三人が一緒に行うため、処刑台も10人ほどが同時に乗れるほど大きかった。

 その処刑台を囲むようにして、格子に組まれた高い柵が人々が近寄るのを遮っている。すでに柵の周りには、溢れるほどの人が集まって処刑が始まるのを待っていた。

 正面の一番前、特等席ともいえる場所に陣取るのは杖を持った白髪の老人だった。汚れた外套をまとい、ただ黙って処刑台を見つめている。

 

(距離にして、4~5メートルというところか……)

 

 真剣な眼差しで処刑台を見ているその老人の正体は、怪しまれないように変装をした北郷一刀だった。手に持った杖には細い剣が仕込まれており、すでに人混みに紛れてどこかに潜んでいる恋と霞が起こす騒ぎに乗じて、救出に向かう手筈になっていた。

 

(この辺りは結びが弱いな……)

 

 柵を組む縄の結び目を確認しながら、壊しやすい場所を探る。

 

(柵を壊し突入……兵士は、いち、に、さん……五人)

 

 救出までの時間は、わずか数秒。騒ぎで周りの兵士は恋と霞の方に行くだろうが、処刑台付近の兵士は持ち場を離れることはないだろう。もたつけば、処刑人の斧が華琳たちの首を切り落とす。

 

(そんな事は、絶対にさせない)

 

 強い覚悟で、一刀は何度も自分の動きを頭の中で確認した。その時だ、ついに運命の銅鑼が鳴らされた。すると覆面をかぶったオークが二匹、巨大な斧を担いで処刑台に上がる。そして、城壁に付けられた鉄の扉がゆっくりと開いて、人影が姿を見せた。

 群衆の中に、ざわめきが走る。少し汚れた白い囚人服をまとった華琳、春蘭、秋蘭の三人が歩を進めてきた。その姿は堂々とし、まるで視察に訪れた王者のようにも見えた。

 

(曹操さん……)

 

 ぎゅっと、杖を持つ一刀の手に力がこもる。運命の瞬間は、刻一刻と近づきつつあった。

 

 

 さざ波のように広がってゆく悲痛な声に、一刀は飛び出したい気持ちをぐっと堪える。処刑台に上がった三人の姿は、これから死ぬ者の悲壮感を微塵も感じさせず、それが余計に悔しさを感じさせる気がした。

 両手足を鎖で繋がれた三人は、華琳を中心に並んで正面を向き跪く。

 

「これより、曹操、夏侯惇、夏侯淵の三名の処刑を行う! 最初に曹操、続いて夏侯惇、夏侯淵の両名を同時に行うものとする」

 

 城壁の上から、黒装束の男がそう声を上げると、処刑人のオークが華琳の側に立つ。そしてまず、これから自分の首を落とす斧を見せつけるように、刃先を地面に下ろした。その時だ。

 

「何だ――!?」

 

 こもった鈍い音とともに、地面が震える。そしてすぐに怒号と悲鳴が、一刀のいる場所の両側から聞こえた。直後、まるで落ち葉が舞うかのように大勢の兵士たちが吹き飛ばされる。巻き添えを恐れた群衆が、混乱したように騒ぎ始めた。

 

(行くぞ!)

 

 一刀が動く。杖に仕込んだ剣を抜き、柵を破壊した。そして変装を解くと、大地を蹴って疾走する。驚いたように目を剥く、華琳と視線が重なった。

 ゆるやかに流れる時間。襲いかかって来る兵士を、右に左に斬り伏せる。致命傷ではないが、しばらくは動けないだろう。今の一刀に見えるのは、ただ一人だった。

 

「邪魔するな!」

 

 オークの巨体を蹴り飛ばしながら、一刀は叫んだ。すべてがもどかしい。あと、もう少し。

 一刀を見守る華琳の顔は、初めて会った時のような不安を押し殺した少女の顔だった。だからだろうか、あの日、心の中だけで呟いたその真名を思わず叫んでいたのだ。

 

「待ってろ、すぐに助けてやる。華琳――!」

 

 二人の視線が、一つに繋がる。応えるように、華琳の声だけが一刀の耳に届いた。

 

「一刀――!」

 

 

 不快には思わなかった。むしろ、そう呼ばれることが当然のようにも思えて、釣られるように叫んでいた。

 

「一刀――!」

 

 胸の鼓動が早鐘を打つ。もう、会えないと思っていた一刀に会えた。それだけで、どうしようもないほど寂しさが溢れてきてしまう。

 

「手順はいい! 曹操を殺せ!」

 

 頭上から、そんな怒声が聞こえてきた。だが、覆面で表情の見えない処刑人は、まったく動く素振りを見せない。業を煮やした声が、再び空から降ってくる。

 

「さっさとしろ! 今の責任者は私だぞ!」

「チッ……」

 

 舌打ちが聞こえ、ようやく重い斧が持ち上げられる。

 

「華琳!」

 

 一刀の声が聞こえた。不気味に落ちる斧の陰が、徐々に小さくなる。

 

(ありがとう、一刀)

 

 華琳は覚悟を決める。

 

「まだだ!」

 

 叫んだ一刀が、腕を伸ばした。その掌が、目前に迫る。ゆるやかな時間の中で、一刀の指先が華琳の額に触れた。そしてそのまま、体を後ろに押される。跪いていた華琳は、バランスを崩して尻餅をつくように背後に倒れてゆく。

 光が反射し、視界に割り込んできたのは処刑人の斧だ。振り下ろされた斧は、華琳の首があった場所に向かって一直線に落ちていく。今、そこにあるのは自分を押した一刀の体だ。

 斧に気づいた一刀が、咄嗟に手をついて身を引く。だが、間に合わない。

 鮮血が、舞う。くるくると宙を漂っているのは、一刀の腕だ。

 赤い滴が、華琳の頬に触れた。

 

 

 生々しい感覚だけが、いつまでも痺れるように残っていた。何が起きたのか、思考が追いつかない。

 

(また、失うの?)

 

 ギュッと胸の奥を掴まれたような、悲しみが込み上げてくる。現実感を消失させるような、一刀の腕だけがいつまでも目の前をくるくる回っていた。鈍い光を放つ斧が、赤い糸を引いている。

 

(一刀……)

 

 赤い月。瞬くように、月明かりに照らされた自分の影が蘇る。優しく微笑む、彼の顔。いつだって、そうやって笑うんだ。

 

「さようなら、寂しがり屋の女の子……」

 

 嫌だ。また失うなんて、嫌だ。

 手を伸ばす。触れられるほど、すぐ側にいるのに。

 浮かんでは消える、いくつもの思い出。けれどそれは、今の思い出ではない。夢のように儚く消えて、記憶にも残らない。

 

(でも――!)

 

 その時の気持ちは、確かにある。そしてその思いこそ、現実だった。もう二度と、離しはしない。動き始める時間とともに、華琳は叫んだ。

 

「一刀ーーー!!!!」

 

 横で春蘭と秋蘭が、処刑人に体当たりをして動きを封じていた。その隙に、華琳は一刀の元へ這うようにして向かう。処刑台が、赤く染まっていた。

 

「一刀! 一刀!」

 

 繰り返し、繰り返し名前を呼びながら、倒れた一刀にすがりつく。溢れる大量の血は、一刀の右腕からだった。その腕は、肘から先がない。華琳はすぐに服を破って、腕を縛り止血をする。

 彼を、死なせはしない。

 

「……た、助けに来たのに……助けられちゃったな……へへへ」

「ばかっ!」

 

 いつものように笑う一刀が、この時は少し憎らしかった。


 
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