No.189378

立花耶也子の流儀

橙色桔梗さん

“ややぴょん”こと立花耶也子は、“つっちー”こと土屋さくらに唆されて生徒会入りしたとされていますが、それだけが理由だったのでしょうか?その真相を少し想像してみました。

2010-12-12 22:07:30 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1933   閲覧ユーザー数:1864

 
 

「こんなはずではなかったのに。」

授業合間の休み時間。立花耶也子は自分の席で突っ伏していた。

 この春、乙女の園に憧れて外部受験で聖應女学院へと入学した耶也子だったが、 “ごきげんよう”の挨拶をはじめ、上級生は“お姉さま”と呼び、話し方は優雅にゆっくり等々、想像を超える百合の園の生活にすっかり精神的に疲れ果てていた。おまけに、

「耶也子さん。二年のさくらお姉さまが呼んでいらっしゃるわよ。」

「ありがとう。英子さん。」

誰かが教室に訊ねてきた場合も、こうして入口近くに座る生徒(受付嬢と称されているらしい)の取次がないと駄目だという形式美もいろいろと伝統として確立されてしまっているのだ。

別に誰かに会いにきた程度なら、入口で一声かけて入る程度でよいのではないかと思いつつ、入口へと向かう耶也子だったが、ふと気付く。クラスメイトにさえ顔なじみが少ないのに、まして上級生など未だ知り合う機会などなかったのに呼び出されるのはいったいどういう理由なのかと。

「ごきげんよう。あなたが、立花耶也子さん?」

廊下で待っていたのは、耶也子とほぼ同じ背丈で、人なつっこい笑みを浮かべた生徒。

「はい。ごきげんよう、さくらお姉さま。」

「うんうん。可愛らしいわね。」

「あの、さくらお姉さまご用件は一体…」

「おめでとう、耶也子さん。厳正なる審査の結果、あなたが生徒会会計に指名されました。」

「はい?」

耶也子をうっとり眺めるように見ていたさくらから、まるで世間話の様に告げられたことで、耶也子はつい間抜けな返答をしてしまう。

「あなたのこれからの活躍に大いに期待するよ。」

耶也子の困惑に気付かないのか、どんどん話を進めていこうとするさくらに、耶也子は真っすぐさくらの顔を見て訊ねた。

「あの。さくらお姉さま。話が全く見えないのですが。」

「そう。それなら放課後食堂の喫茶コーナーまで来て。そこで説明するから。では、ごきげんよう。」

さくらは耶也子にそう告げると、後ろ手を振って去っていった。

まるで狐につままれたかの様に自分の席に戻った耶也子だったが、早速クラスメイトにわらわらと囲まれてしまった。

「耶也子さん。さくらお姉さまからは、どんな話でしたの?」

「どんなと言いましても…“生徒会の会計に指名する”と、突拍子もないことを言われまして。」

困惑気に話す耶也子に対し、“羨ましいですわ”、“素敵ですわ”と感嘆の声をあげるクラスメイトの姿に、ますます困惑する耶也子。そんな様子を感じとった一人が話だした。

「生徒会は、歴代、前年度の会長が次年度の会長を指名し、その会長が副会長・書記・会計を指名し組織されます。無論次期生徒会長指名の後には、生徒による信任投票も行われますけど、今まで不信任されたことはないと聴いています。それに、今年度の生徒会長である皆瀬初音お姉さまは、一年の時から生徒会を手伝われ、誰にでも優しく、また学院のためにつくして下さっている素敵なお姉さまです。副会長の烏橘沙世子お姉さまも、初音お姉さまを一年の時から助けられていたこともあり、歴代最高の正副コンビと呼ばれておりますわ。そしてさきほどいらしたさくらお姉さまは、昨年は員数外の庶務として生徒会で活躍されていたことから、投票の必要はないと言われていたそうですよ。そんな素敵なお姉さま方から認められているなんて、羨ましいです。」

 説明を聴いた耶也子は、頭を抱えてしまった。この展開、以前に読んだ小説とほぼ同じような流れなのだ。“事実は小説より奇なり”とはいわれるものの、世の流れとは、どこも同じなのかもしれない。でも、どうしてよりによって自分なのか。結局、放課後までにあった自由時間の際、このことがきっかけとなって、今まで話したことのないクラスメイトとも話すことができた耶也子だったが、気分はどんどん重くなる一方だった。

 

 放課後。耶也子は逃げるわけにもいかず食堂に行くと、窓際の席にさくらが座っているのが目に入った。

「お~い、こっちこっち。」

 視線に入ったのか、さくらが耶也子に声をかけてくるが、先程会った際とは違い随分フランクな口調に怪訝な表情を浮かべつつ、耶也子はさくらの向かいの席に座った。

「お待たせしました。さくらお姉さま。」

「いいのいいの。口に合うかわからないけど、これどうぞ。」

どこから取り出したのか、パック入り紅茶を差し出すさくら。

「すみません。いただきます。」

「どうぞどうぞ、おかまいなく。」

差し出されたパックを受け取り、ストローを指し一口飲んでから耶也子は口を開いた。

「さくらお姉さまからの話があった後、クラスメイトから生徒会についていろいろ話を聴きました。さくらお姉さまをはじめ、会長、副会長も素敵な方だと伺いましたが、どうして、私なのですか。私は外部編入組で、学院については疎いことが多すぎで、恥ずかしながら交友関係も狭いのですが?」

「疑問に思うのはもっともだよね。では説明しよう。」

「先生方に新入生の中で数学の得意な生徒を訊ねて、その中から私が選ばせていただきました。外部編入で入ってくるくらいだから、数学だけでなく、他の科目もしっかりできていそうだしね。」

「そんな、確かに数学は好きとまでは言いませんが、弱くはないと思っています。ですが、ただ勉強ができるだけで務まるとは思いませんが。」

「そう。そこなんだよ。」

ツボに嵌まったのか、ここぞとばかりにさくらがからだを前にのり出して耶也子に言った。

「あなたの苗字は?」

「“たちばな”ですが」

さくらに気圧され、おそるおそる言葉を紡ぐ耶也子。

「そうね。そして私の名前は“さくら”」

「まさか…」

「歴代最高の正副会長コンビを支えるのは、“右近の桜”に“左近の橘”でないとね。“ややぴょん”くん。」

さくらの言葉に絶句する耶也子だったが、顔を真っ赤にさせ、さくらに間向かうと、

「では何ですか。私が選ばれたのは実務能力というより、ネーミングのごろの良さからだというのですか!それに“ややぴょん”は何ですか“ややぴょん”は!!」

「そうだよ。いい響きだと思わない?」

と、あっさり認めるさくら。その様子につい耶也子の口が滑った。

「それはあんまりではないですか“つっちー”」

「“つっちー”?」

一瞬、さくらからきつい視線が耶也子に飛ぶ。

「すみません、さくらお姉さま。」

慌てて謝る耶也子。しかし、さくらはいつもの人懐っこい表情で、

「いいよ、いいよ。これくらいでないと。では、行きましょうか。」

「行くって、どちらへ?」

「もちろん生徒会室まで。」

「まだ、私、引き受けるとは一言も言っておりませんが。」

「そうだけど、折角だからどうかなあ。いろいろ教えてもらったクラスメイトに、いい土産話になるとは思わない?」

「確かに。」

「では、いざ参ろう、ややぴょん。」

「ですから、“ややぴょん”は止めてください。つっちー先輩。」

なんだかんだ言われても、結局さくらに丸めこまれてしまう耶也子だった。

 

「会長、副会長。連れてきました。」

さくらが生徒会室のドアを開けると、二人の生徒がいるのが目に入った耶也子は、すかさず挨拶を行った。

「ごきげんよう。一年D組の立花耶也子です。」

「ごきげんよう。耶也子ちゃん。私は生徒会長を務めています三年A組の皆瀬初音です。」

「私は副会長の烏橘沙世子。初音と同じ三年A組よ。」

「はじめまして。初音お姉さま。沙世子お姉さま。」

「はい。宜しくお願いします。さくらちゃん案内ご苦労さま。」

挨拶が一通り終わると、応接セットに座る四人。

「さくらちゃん。耶也子ちゃんは一年生というけど、どうやって見つけてきたの?」

初音がさくらに問いかけると、

「それはですね。会計を担当してもらうには、やっぱり数字に強い子がいいと思いまして、数学の先生に、得意そうな子を教えていただいたのですよ。」

「何を言っているんだ“つっちー”。」

「“つっちー”?」

耶也子の言いように目を向ける沙世子。しかし、そんな沙世子の様子に気づかず耶也子の言葉は続き、

「私が“さくら”で、あなたは“たちばな”だからって言っていたではないか!!」

「ああ、左近の桜に右近の橘ね。それにしても、先輩を“つっちー”って呼ぶなんて。すっかり親しくなったようだけれど、学院にはそぐわないわね。耶也子は、外部編入組なのかしら?」

話を最後まで聴き得心のいった沙世子が、やんわり耶也子に釘を刺しつつ問いかけると、

「はい。さくらお姉さまが、私のことを“ややぴょん”と、呼びますので、つい…」

しおらしくうな垂れる耶也子。

「それは可愛らしいわね。耶也子ちゃん。これは学院の伝統となっていますので、先輩のことは“お姉さま”と言うようにしないといけませんよ。」

「はい…。」

初音からも指導され、ますます萎れる耶也子。

「大丈夫よ。私のお姉さまも外部編入組でしたけど、自然と馴れっていったとおっしゃっていましたからね。」

初音の想いの籠ったやさしい声で、幾分元気を取り戻す耶也子。すると、さくらはすくっと立ちあがり、

「会長、副会長。これから私、各部に活動計画書を配って参りますので、皆さまごゆっくり。ややぴょんもね。」

「いってらっしゃい。さくらちゃん。」

「では、行って参ります会長。」

そうして、さくらは、耶也子にしっかりやりなさいよとばかりに、ウィンクを飛ばすと生徒会室から出かけていった。

 

「では。さくらちゃんが出かけていったので、耶也子ちゃんの正直な想いを聞かせてもらえないかしら?」

初音が優しい笑顔で耶也子に訊ねると、

「正直なところ、よく分かりません。特に入りたいと考えている部活もありませんので、お手伝いはできるかもしれませんが、学院の世事に疎い私に務まるか、あまり自信がないといったところです。」

「正直に話してくれてありがとう、耶也子ちゃん。私は、やる気があれば大丈夫だと思いますよ。沙世ちゃんは、どう思う?」

「そうね。生徒会の活動は、地道な作業が多いから、数字に強いのは助かるわ。それに、高等部の生徒は、ほとんどが中等部からの内部進学組だし、もっと言えば幼等部以来の持ち上がり組だから、それ故に守り続けられている伝統もあるけれど、新たな視点も欲しいといったところかしら。」

「そうですか…」

ちょっと心を動かされる耶也子。

「試しに、少しやってみますか?」

耶也子の背を押すかのように初音が声をかけると、つい、「はい。」と返事をしてしまう耶也子。

こうして、各部活・委員会の3月の活動報告書の確認をはじめる三人。

 

「あの、会長。この報告書ですが、数字が間違っているのですが。」

保健委員会の報告書を点検していた耶也子が声をあげると、耶也子から書類を受け取り、目を通す初音。

「確かに違っていますね。では、でかけましょうか。」

「でかけるといいますと、どこへですか?」

「園芸部へよ?」

「どうして園芸部なのですか?それに園芸部って、どちらにあるのですか?」

「ついてくれば分かるわ。いらっしゃい。」

「ちょっと待って。」

席を立ち出かけようとする初音を、沙世子が止めに入る。

「こういう仕事は、会長ではなく副会長の私の仕事よ。」

「でも…」

「会長は何かあった時のことも考えて、生徒会室にいてくれないと。」

「沙世ちゃんが、そう言うのなら…」

「じゃあ。耶也子ついて来なさい。」

「分かりました。沙世子お姉さま。」

「姿子さんに、よろしく言っておいて下さいね。」

「わかっているわ、初音。」

 

 園芸部は、校舎の東側にある温室と花壇を中心に活動しており、二人はまず温室へと足を向けると、温室前で、一人の生徒が如雨露に水を入れているのが目に入った。

「ごきげんよう、姿子さん。」

「ごきげんよう、沙世子さん。どちらの御用かしら?」

「保健委員会の方でよ。ここにいる会計見習いの耶也子が、報告書のミスを見つけたので、修正をお願いにきたの。」

「ごきげんよう、耶也子さん。あなた見たこと無い顔だけど、新入生?」

「ごきげんよう、姿子お姉さま。今年外部編入にてこちらに。」

「へえ、それはたいへんな才媛ね。あなた生徒会ではなく、保健委員会にこない?」

「見習いの見習いといったところなのですが…保健委員会にですか?」

「引き抜きは駄目よ、姿子さん。耶也子、こちらの姿子さんは保健委員会長を務めているのに、こうして園芸部の部長も務めているの。“医者の不養生”の言葉がぴったりとばかり、ちょくちょく報告書のミスをするのよね。自分一人で抱え込まず、誰かに手伝ってもらうようにしないといけないわよ。」

「部活も委員会も、なかなか本業とは違うことを手伝ってくれる子っていないのよね。そうそう、沙世子さん、せっかくだからこれを見てよ。ここの水道管いいかげん古くって、赤錆がよくでるのよ。」

そう言って姿子が見せたのは、水撒き用の水を出す水道口。確かに蛇口を捻るとはじめの内は赤錆が出てくる。その様子を一緒に見ていた耶也子が、つい口を滑らせて言った。

「漏水している様にも見えませんし、きれいな水がでるまでの水道料と、水道管の交換工事費を勘案しますと、工事費の方が高くつくように感じます。すみません、でしゃばりました。」

「全く…私の言いたいことは、耶也子に言われてしまったわ。」

そう言って肩をすぼめる沙世子。

「うわぁ。耶也子ちゃんは、もうすっかり生徒会の一員ね。ここは引くしかないようね。耶也子ちゃん。これからもよろしくね。」

笑顔で返す姿子。

「いえ、それはその…」

「それでは、姿子さん、報告書の修正お願いするわね。」

「分かりました。副会長。」

 

 生徒会室への帰り道。

「あれだけの仕事ができるのだから、今更“できません”なんて言わないでよね。」

「沙世子お姉さま…。」

「何かあれば、私や初音。それに “つっちー”という愛称で呼べる仲間がいるのだから、心配ないわよ。」

沙世子からの意外な言葉に驚く耶也子。

「あの…先程は“つっちー”は駄目だとおっしゃっていた様に思いますが?」

「馬鹿ね。先輩への敬意と仲間としての付き合いは別よ。」

そう言った沙世子の口元が少し笑みを浮かべているように耶也子には見えた。そのことが、耶也子の決意を後押した。

「決めました。」

「“決めました”って、何を?」

「私、沙世子お姉さまに付いて行かせていただきます。」

「“私に付いていく”って、どういうこと?」

耶也子の言葉に驚く沙世子。

「生徒会ではなく、沙世子お姉さまを手伝わせていただきます。」

「ちょっと、耶也子。何を考えているの?」

「沙世子お姉さまの、相手をやり込めることなく、さりげなくご指摘し、フォローする姿に感動しました。これからもお供させて下さい。」

「全くあなたって子は。どうやら、私がしっかり見て指導しないと駄目かもしれないわね。(私だって、生徒会というより初音のために仕事している様なものだし。お互い様ね。)」

耶也子の決意に苦笑する沙世子。

「それでは、今後ともよろしくお願いします。沙世子お姉さま。」

「その挨拶は生徒会室でみんなを前にして言うものよ、耶也子。」

 

 こうして聖應女学院生徒会会計担当「立花耶也子」が誕生した。彼女がこれからどう活躍していくのかは、マリア様だけがご存じなのかもしれない。

 

 
 

 
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