No.189147

機動戦士 ガンダムSEED Spiritual Vol20

黒帽子さん

 ムルタ・アズラエル。C.E.71当時のブルーコスモス盟主。ライラは彼を思い出すと復讐心と感謝のない交ぜになった名指しがたさに心覆われる。羊の皮を被る意味がもう少しでなくなる…。広がる戦火、結実する野望。ターミナルを否定した統合国家は出遅れファントムペインが現実の痛みを世界にばらまく。ザフトに組み込まれたクロは久方ぶりに味わう戦争の渦中へと放り込まれる。
81~83話掲載。水面下。それは見えない広大無辺。

2010-12-11 20:32:19 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1404   閲覧ユーザー数:1374

SEED Spiritual PHASE-81 どうしたらいいんだろう

 

 斬機刀が煌めいた。

 複雑な形状の鉄塊に鏡の如き断面を見せるその傷口は、コロニー〝グレイブヤード〟伝統技術を遺憾なく引き出せる達人と呼ばれる人種だからこそ造り上げられた破壊だった。ZGMF‐1017M2〝ジン〟ハイマニューバ2型。フレームや内部構造は原型機を残しながらカスタムにカスタムを重ね、もはやとっくに拡張の限界を超えてしまった機体だ。

「ちっ! なんだあの旧型機は!」

 その近接特化機体にはどうしようもないはずの遠距離から狙撃。そのどうしようもないはずのビームライフルが次々と切り飛ばされ、あるいは撃ち抜かれている。〝ウィンダム〟数機と対峙した〝ゲイツ〟部隊が必死にカメラを巡らせるが、目標を見つける前に仲間が袈裟切りの傷を開いた。驚愕冷めやらぬ内に狙撃対象が消えている。そしてまた、斬機刀が煌めいた。

「どうなっている!?」

「左翼中隊壊滅と、そして敵……・こ、後続が――GAT‐04、か、数三十! 無理です! 防ぎきれません!」

「くそ! 統合国家め……っ! こっちの利用しておいて最後は――」

 高く聳えるブリッジは凄惨な虐殺を余すところなくこちらに見せつけてきた。それは絶望するに充分足るものであった。〝レセップス〟級戦艦の機首を用いた仮説基地はまだ直接の被害を受けてはいないが防衛線などもうどれだけ残っていることか。

 その絶望光景が真っ黒に塗り潰された。

「がっ!?」

 暗黒の装甲から覗く巨大すぎる双眸に見据えられ、脆弱な人間達は失禁を通り越し硬直した。

「あれは……〝ブリッツ〟…!」

 GAT‐X207〝ブリッツ〟。右腕にサーベル、ライフル、貫通弾とシールドを一体化した複合兵装、右手にクローアンカーを備え、完璧な光学迷彩さえも施せる地球連合のシステム実証機だった機体だ。〝ファントムペイン〟がその発展機GAT‐X207SR〝ネロブリッツ〟を運用していた記録があるため、おそらくC.E.71当時の機体ではないだろうが。

 黒い機体が光刃を輝かせ、勧告もなく強化ガラスを貫通した。

〈終わりましたね。ではサトーさん、昨夜の内容、検証も終わりましたのでお話ししましょうか〉

「うむ……」

 戦闘が終了するなり周囲を見回すこともせずN/Aがいきなり切り出した。サトーは〝ジン〟の目を通して周囲の警戒を怠らずにいるが、自軍連合量産機の群れも到着し、この辺り一帯は完全に制圧されている。N/Aの『感性』はそれを精確に捉えていると言うことだろう。

「まず、そのクロフォードさんですが、ザフトのデータベースと彼の生い立ち、所属に齟齬はありません。クロフォード・カナーバ、現在ジュール隊所属――」

「カナーバ? 奴はカナーバと言うのか?」

〈え? はい。クロフォード・カナーバ。アイリーン・カナーバ元議長の……なんでしょう、養子でしょうか〉

 そうだったのかとサトーは視線を下げた。穏健派だと頑なだった理由も頷ける。彼も、縁者から穏健派思想を擦り込まれてしまっているわけか。彼にとっては話せる人間がまた減ってしまったようで、残念に思えた。無論そんなものを表に出す男ではないが。

〈――彼は今……ボク達と同じ、反統合国家勢力の鎮圧活動に参加しているとありますね〉

「そうか……」

〈ですが、少し奇妙な点もあります。丸一年のMIA、オーブの高軌道ステーション〝アメノミハシラ〟に保護されていた、となってますが、そこが少し不可解です。確かにあのロンドさんの巣からして怪しいですからね〉

 鎮圧に続いて占拠も完了し、N/Aはライラとの連絡を取り始めた。〝ジン〟を歩ませ戦場跡を徘徊しながらサトーは殺人の跡を見下ろす。

 

「そんな考えじゃあなにも変わらない。オレはもっと、致命的なものを突き付ける……!」

 

(……奴は何ができるというのだ?)

 世界に無念を伝えるため、ナチュラルにすら縋る。それはサトーにとって屈辱である。だがそれでも、泥をすすってでも伝えるべきことがある。それが彼の骨子。しかしクロフォードはそれを一蹴した。自らが、復讐の連鎖を形成する氷山の一角に成り下がると断定して。

(ならば、どうしろというのだ? 泣き寝入りしては…怨みはどうなる!?)

 皆が皆を許せるというのなら裁きは必要ない。だがサトーにはそれが魂の正しいあり方だとは思えない。

(被復讐者には復讐されるだけの悪が存在するのだ。それを、許せと? そんなことで皆が笑いあえる世界となるか? なりはしない。抑圧することの旨味を憶えた高圧者だけが我が物顔で練り歩く、皆が息を潜めざるを得ない閉所となるだけだ!)

 サトーが、モビルスーツ越しに見つめる先には両手を頭の後ろで拘束され、連行されていく施設兵達がいる。緑の髪を前に垂らした少年と、金髪を後ろに撫でつけた少年、その複製品達が彼らの自由を奪い、乱暴に誘導していくが――この場で自分が〝ジン〟を降り、ナチュラル共の利己に染まった人造人間達を廃したとしたら――それでも奴らは自分に恩義を感じるよりまず復讐をすることだろう。

(こんな世界に、奴は何を突き付けられると――)

 夢想が遮られた。〝ジン〟のセンサーが複数の熱紋接近を知らせてくる。

「N/A!」

〈感知しました。ライブラリ照合……。データをそちらにも転送しました。シャニ、オルガも確認してください〉

 眼下の捕虜が乱暴に固められていく。必要最低限の見張りを残して眠っていた〝ウィンダム〟達が目覚めていく。〝ジン〟のシステムを操作しながら送られてきたデータに目を通したサトーはその目を見開き驚愕した。

「ZGMF‐X19A! 〝ジャスティス〟か!?」

 夢想をしている場合ではない。元々はこの機体――原型機が、と言うのが正確だが――も、パトリック・ザラがザフトの正義の刃たれと決戦兵器として開発させた機体のはずだ。それが…あのザラの息子がトチ狂ったお陰で最大の敵として立ち塞がろうとしているではないか。

〈ボクとサトーさんで先行しましょう。各機バックアップをお願いします〉

「……了解した」

 

 

 ミリアリアからの情報に従い、アスラン率いるスカンジナビア王国の〝ターミナル〟討伐部隊が到着したときには、既に制圧が完了してしまっていた。眼下には数十の〝ウィンダム〟、そして眼前には対照的なフォルムを持つ二つの黒いモビルスーツ。

「くっ! 散開しろ!」

 スカンジナビア王国より新たに預かった〝ムラサメ〟達に指示を飛ばし、分散する。制圧地帯の包囲を始める〝ムラサメ〟達から目を離すと眼前には片刃の長物を振りかぶった黒い機体が迫っている。

「なに? 〝ジン〟!?」

 最早伝説的骨董品となったモビルスーツの容姿に目を見開きながらもMA-M02G〝シュペールラケルタ〟ビームサーベルをその刀身へと滑り込ませる。しかしその実体剣にはアンチビームコートでも施してあるのかこちらのビームサーベルと干渉もせず、鍔迫り合いを演じて見せた。追加スラスターなど各部に改修跡が見られるもののその挙動は〝ジン〟そのもの。それで〝ジャスティス〟とこうまで渡り合うとは。

「何者だっ?」

 奥歯を轢らせている内に過去がフラッシュバックする。黒い〝ジン〟ハイマニューバ2型――それは、〝ユニウスセブン〟落下テロの実行犯が運用していた機体ではなかったか? 思い至り怒りを吐くより先に突然のアラートが真横に現れた。今の今までセンサーもカメラも寸前まで反応しなかった。その原因にも思い当たる。

「ミラージュコロイド……!」

 シールドがサーベルを受け止める。眼前に擬装を解いて結像した機体が姿を現した。その機体にすら……見覚えがある!

「これは、〝ブリッツ〟!?」

 攻盾システム〝トリケロス〟から出力されたビームサーベルをシールドで受け止め、続けて撃ち出されたビームライフルは機体を仰け反らせて回避する。その体勢は〝ジン〟に押し遣られる結果となってしまったが背に腹は代えられない。敵からの斬撃威力を利用して敵機二機との間合いを離すとライフルと機関砲で牽制をかけた。

「何者だ!? お前達も〝ターミナル〟か!」

〈――いえ。ボクらは〝ブレイドオブバード〟の者です〉

〈我々が〝ターミナル〟かどうかなどどうでもいい。貴様の方こそ、本当にあのパトリック・ザラの子息か!〉

「なっ!?」

 アスランは絶句した。相手が漏らした二つ、声と意味が彼の意識を打ちのめす。一つは、どうしても否定的に考えてしまう実父の存在、もう一つはもう聞くはずのない旧知の声色。

〈答えろ! お前は、本当にパトリックの息子なのか!?〉

 周囲ではこちらの〝ムラサメ〟と〝ウィンダム〟が激突を始めていたが指揮する立場にありながらその全てが遠いものに感じられていた。

〈ならば何故コーディネイターを導かぬのだ!? お前には、その義務がある!〉

 〝ジン〟の叫びは確かに心をえぐっていた。が、〝ブリッツ〟からの声はそれ以上の衝撃を持ってなお余りある。

「……に、ニコルか?」

 ライフルを突き付けたまま、戦場のまっただ中で語りかける。

〈貴様! お前は我々の未来を――〉

〈ちょっと待ってください。〝ジャスティス〟のあなた、それはボクのことですか?〉

 困惑するアスランを余所に、二つの黒い機体が言い争っている。今回のミリアリアからの情報を得、〝ターミナル〟だ、世界を滅ぼす元凶だと決めつけて来た相手が……どういうことか、かつての友人をにおわせている。

「――あなたが……アスラン? あぁ、たくさんデータのある方ですね。かつてザフトからオーブに関係して……はぁ、一度はザフトの隊長にもなり、平和を目指して戦っていた……」

 機体の中でデータベース検索でもしているのか、かつての後輩分的同僚と同じ声で話す男がしきりに感嘆の声を上げている。

〈ニコル……。それがボクの元になった人格なんでしょうか? ごめんなさい理解は出来ません〉

 自分のデータを閲覧しているというのなら、かつて同じクルーゼ隊に所属したニコル・アマルフィの情報も得られたことだろう。彼は、それをどう思う?

〈――理解はできませんが……なぜでしょう? 怒りを感じます〉

〈な、なに?〉

 ニコルらしき声から、アスランが予想もできなかった声色が漏れた。

〈平和を目指して戦っていた。そのニコル・アマルフィさんが戦死した後は、彼の仇であながらもかつての親友であった……現在の軍神さん操る〝ストライク〟をも討って……………戦争を終わらせるために戦った。そんな人が――なぜ戦い続けるような選択をしているのですか? そして、ザフトを裏切ってまで求めた国を見限って、今は自由思想の弾圧などをしているのは何故ですか? そのニコルさんはあなたのすることを認めてくれるのかも知れませんが、ボクは……怒りを感じます〉

 〝ブリッツ〟が刃を吐き出す〝トリケロス〟を引き下げ左腕のピアサーロック〝グレイプニール〟を撃ち放ってきた。高速で繰り出される巨大な三爪を蹴り飛ばし、お返しにこちらのアンカークロー〝グラップルスティンガー〟を撃ち放つ。〝ブリッツ〟を拘束するはずだったクローはしかし横手から繰り出された一閃の斬撃に斬り飛ばされた。

〈アスラン・ザラ! お前は…ザフトを! 己達を狂わせた張本人だっ!〉

 

 

 

 キラはここのところ頻繁にラクスの執務室を訪れているがそれは決して逢い引きなどではなく、情報処理の技術者として諜報関係と議長を繋ぐためであった。

「アスラン本人とはまだ全然連絡が取れてないけど、アスランはやっぱり、カガリの仇討ちって考えてるんだと思う」

「スカンジナビアは、アスラン・ザラなどここにはいない、ですか……。これでは交渉のしようもありませんね」

 彼と、〝ジャスティス〟の手によって〝ターミナル〟はとてつもない被害に晒されている。だが、彼を猛らせた理由、世界を歪ませた理由は確かに〝ターミナル〟にあるのだ。〝ルインデスティニー〟を辛くも退けたキラは、彼の行為を蛮行とそしることは出来なかった。

「〝プラント〟の受けた被害は言語を絶するものです。直接侵攻された経緯を鑑みれば昨年の〝レクイエム〟を超える被害であったと考える人もいます。再発防止をと考えれば……アスランの行動こそ――」

 心を読み取られ、キラは動揺する。蛮行と呼べない。呼びたくない。だが、アスランが正しいとも思い切れなかった。

「いいのかな……」

「どうしたのですかキラ?」

「だって、僕ら、〝ターミナル〟には世話になってる。ヒルダさんや、バルトフェルドさん……ラクスだってあそこに助けて貰ったから、ここにいる。それなのに僕らが制裁を加えるって、なんか恩知らずじゃない?」

 キラの言うことはラクスにも理解できた。むしろ〝ターミナル〟への依存度は自分の方が深いと言える。恩知らず。そうかもしれない。だが迷うべきことではない。平和を優先事項とするのならば、心の向け方が間違っている。

「キラ、迷わないでください」

「ラクス……」

「〝ターミナル〟が恩恵をもたらしたことも事実なら、この惨状が〝ターミナル〟の引き起こしたものであることも事実なのです。黒の〝デスティニー〟がこの世界へと行った暴力による弾圧をわたくしは許してよいとは思いません」

 苛烈な考え方だと感じはしたがキラは柔らかく微笑んだ。そう、人を傷つけるのは嫌だけど、無抵抗のまま傷つけられることだって嫌だ。傷つけたがる人には、それがいけないことだと教え込まなくちゃならない。その為に覚悟を決めたのだ――僕は戦うと。

 

 

 キラは決意を固めた。彼の表情からそう受け取れたラクスはそれを喜ばしく感じたが、それ以上にもどかしく感じている部分があった。

 自分達の間に「私」というものがなくなりつつある。ラクスはそれを、密かに恐れた。誰もいないとわかっていても周囲を憚り、彼を手招きする。

「キラ、ちょっと近くへ……」

「? なに?」

 警戒心なく近づいてくる彼の様子に唇を噛む。頭上を飛び交う悪魔が囁いた。隠せることなら隠し通して何が悪い。自分は最高権力者なのだ、と。

 キラは、デスクの三歩手前で足を止めた。

「あの、もう少し近くに来ていただけませんか?」

「えぇ?」

 一歩踏み出し、今度はキラが周囲を憚った。彼が赤面した理由を精確に読み取れてしまったラクスは苦笑をかみ殺しながらも重い感情が膨れあがる。

「そう言うことではありませんから」

 ……本当にそう言うことではないのか? 仕草で耳打ちを伝え、近づいてくるキラの横顔を見つめながらラクスは逡巡を振るい捨てることが出来なかった。

 一瞬

 一時…

 数秒……。

「どうしたの?」

 耳を傾けたままキラが心配そうに尋ねてきた。それに対して二度、三度と口を開きかける……言葉が声になってくれない。どういう事か。声とは、こんなにも喉につかえるものだったのだろうか。自分は声を出すことをこそ生業にしているというのに……!

「………………大丈夫?」

「あの、キラ……」

 沈黙だけで時間単位を消費できる刻というものはある。言わずとも消えていく事実というものがあれば誰もこんな思いはせずに済むのに……折れかけた心は――ヒルダ・ハーケンの泣き顔を思い浮かべさせた。

(……すみません)

 あの時思いの丈をぶつけてしまったが、彼女もこんな心地を抱えていたのだろうか。だとすれば

(すみません)

「キラ……わたくし達の遺伝子が不適合を示した、と」

「……え?」

 固い唾液、意を決して飲み込む。

「ですから、婚姻統制の話ですわ……」

「なんか、新しい法律?」

 ……そう言えばキラが〝プラント〟で暮らし始めたのはここ最近だったか。彼はザフトの敷いた出生率低下に歯止めをかけるための婚姻統制を知らなかったらしい。少しばかりうんざりしながらもその詳細を説明してみる。ラクスにはその行為自体が拷問のように感じられた。

「――と、いうわけです。デュランダル議長とグラディス艦長はこのせいで道を踏み外したなどとも言われていました……」

 流石のキラも息を呑んだ。その詳細が意味するところを理解させられてしまった彼は汗の引く音というものを聞いた。戦場ですら久しく、ない。思い起こされるのは〝イージス〟に組み付かれたあの瞬間か。

「す、すみません。こんな時に動揺させるようなことを……」

「いや……って言うか、みんな知ってるのこれ?」

「遺伝子統計局と関係している方は、ご存じかと思います」

 キラは言葉を失い忙しなく視線を彷徨わせ始めた。

「これ……、どうしたらいいんだろう」

 言うまでも迷い続けたが言ってしまったら後悔をする。ラクスは髪に指先を突っ込むと頭蓋ごとかき混ぜる。

「すみません。キラは、お気になさらず。アスランに協力すべきかどうかは……そうですね。イザークさんと話し合いって下さい。わたくしには――判断が下せません」

 弱気のラクスに虚を突かれたキラは彼女のと距離を更に縮めた。椅子の後ろに回り、肩に手をかけ、次いで腕を回す。

「解った。僕は僕にできることをする。ラクスも無理しないで」

 やはり私事などは後に回すべきなのか。彼女は呻くと、まずオーブを思い描く。〝ターミナル〟を、世界の裏側を消し飛ばすことが平和への近道なのかはわからない。それでも世界はそう動こうとしている。

「はい。まずは、世界のことを考えましょう。〝ターミナル〟に対抗する組織は幾つも確認されていますがその全てが友好的とは考えられません。取り敢えず最も注意すべきは統合国家に雇われていると自称する〝ブレードオブバード〟、その動向をもう一度洗い直して報告してください」

「解った」

「そしてわたくしよりも地上にいるフェイスに優先的に報告を。評議会を後回しにしていただいて構いません」

「え? それは――」

 報告の迅速化には繋がるかもしれないが、上が状況を知らないなど、命令系統の混乱に繋がるのではないか。その懸念を、最高評議会議長はコーディネイターの価値を持って粉砕した。

「フェイスの現地指揮権を信頼します。――フェイスと統合国家政府に命令の齟齬があった場合、統合国家を優先……すべきかと思いますが、できればこちらで指揮をさせて貰いたいのですが……」

 かぶりを振る。体裁などを気にしている場合ではない。

「いえ、その交渉はわたくしが。キラはバルトフェルド隊長より報告のあった月の方へ目を向けてください」

「うん。了解。じゃあ今から〝エターナル〟に向かうよ」

 敬礼を忘れて退出する軍神を見送りながら、ラクスは口元を組んだ手で隠した。

SEED Spiritual PHASE-82 彼は後悔したらしい

 

 ライラ・ロアノークは潮の混じった風を心地よく感じた。穏やかな風の向こうには地平線に近づいていくとろけた太陽が見える。心穏やかに命を育む陽光だが……しばらく見ていると目には毒である。

「あ、いたか。ロアノーク少佐。追加の報告です」

「ん…」

 背後からかけられた声に曖昧な返事を返しながら、お日様から離した視線を手元の資料に落とした。

 東欧から中東にかけての〝ロゴス〟施設は全部掌握したと思う。世界規模で見ても警察潰しにロゴス稼ぎは順調に推移していると考えられる。しかし流石に〝プラント〟にまでその毒牙を伸ばしきることはできなかったらしい。ケインから手渡された内容は作戦の失敗を伝えるものであった。

「まぁ、仕方ないか。でもあなたの会社すごいわー。これだけ正確なネタ、良くも揃えられるモノね。これが〝ターミナル〟ってのの力ってわけ」

「作戦完遂率100%を提示したかったですがねェ……。流石にそうはいかないか」

「いいんですよー。これだけ相手の裏をかけたことないですもん」

 気怠い笑顔で紙を繰っていたライラの表情が一瞬だけ歪んだのを、ケインは苦笑して見つめていた。

「……でもこのザフト兵むかつくわぁ」

 ラクス・クラインの暗殺。世界の支配者の暗殺。そんな偉業が楽々達成されるとは考えていなかったが、やはり計画の失敗を前提にするものはいない。周到に人払いをし、SPの三倍近い人数で包囲し、対人相手にモビルスーツまで用意したと聞いているが……それは唐突に横槍を入れてきた、どこから生えたかも解らないザフトの緑一匹に潰されてしまったらしい。

「こいつがいなかったらその100%ってのだったんじゃない?」

 今度はケインが苦笑を返す番だった。彼の背後に近づいてくる兄の姿を認めたライラは話相手を無視して手を振った。

「ここにいたのかよマ……ライラ」

「お帰り~。シンの方は? 順調?」

 ケインにおざなりな会釈を返したシンは続いてライラに頷きかけた。

「問題ない。言われたところは全部潰したはずだ。後のことはあいつらに任せてるからどうなってるかは知らないぞ」

 満足げに頷くライラはいつの間にやら地平を掠めた夕日に顔を染めさせた。兄はクローン達にいい印象を抱いていないようだが、大丈夫。彼らの仕事ぶりは信頼に足る。

「ライラは……楽観的だな」

「そんなことないわよ。あたしだって悩んでるー」

 夕日を見据えて視線を細める。そう悩みもなにもなしにリーダーやってるわけではない。

「そろそろあたし達の真意、見抜かれるかもね。でももう遅いよ――」

 世界に対して呟き、目を閉じる。赤黒い視界に…………過去が映し出された。

 

 

 C.E.71年6月16日。当時のブルーコスモス盟主 ムルタ・アズラエルは未だ立ち昇る煙衰えぬオーブの地を踏んでいた。

「派手にやりましたね。少々、時間はかかりすぎましたが」

 空色のスーツの袖をまくり、ブランド物のアナログ時計に視線を落とす。突如現れた所属不明の赤と白がいなければ、こうも時間はかからなかっただろうが。一国を圧倒した〝ストライクダガー〟、そして半ば試験的ながらも虎の子として投入した〝フォビドゥン〟、〝レイダー〟、〝カラミティ〟はまずまず満足のいく殲滅力を見せてくれた。尤も、〝レイダー〟はこの作戦に間に合わせるため、当初の計画とはまるで違った武装になってしまったが。

「あ、アズラエル理事!」

 敬礼を向けてくる連合士官に掌だけを返しておく。見上げれば煙。西の果てには残骸も見られる。マスドライバー〝カグヤ〟が爆破されたなれの果てだ。

「オーブの獅子も、は! 口ほどにもない……」

 自由と平等などくだらない。この国では園児全てが主人公である劇などやらせ平等を歌うそうだがお笑いぐさだ。学生になれば成績を付けられる。学舎までそんな愚かな思想に浸っていたとしても社会に出れば競争からは逃れられない。格差を回避し続けることなどできない。

 ナチュラルとコーディネイターの共存する社会……平和というオブラートに包まれたその内側でどれだけ差を付けられ泣いているものが居ると思っているのか。その象徴が、あれだ。無用の長物と化したマスドライバーの姿だ。国家の責任者達はマスドライバーと共に爆死したと聞いている。

 マスドライバーを求めたこちらとしては目的の品が手に入らなかったことも苛立たしいが、全ての責任を民に押しつけ宇宙やあの世へ旅立っていったここの首脳陣には眩暈すら覚える。

「民衆のコントロールもできない奴が上に立たないでほしいものですね……」

 戦場を見に来たのは気まぐれに過ぎない。三機の新型GATシリーズがどれだけの破壊を引き起こせるか、オブザーバーとして結果を知りたかっただけだ。それに関しては多少の落胆も憶えている。予定していた遂行範囲より破壊は広すぎる。その割りにと考えると達成度は微妙である。強化人間(ブーステッドマン)三人の戦闘時間制限のも原因の一つであるが……それ以上に異常な出力を誇ったあの二機の横槍が大きな原因だろう。あの出力……新型のGATはトランスフェイズ装甲で抑えた消費電力を火器に回せていると言うのにあちらはそれ以上の出力を見せつけてきた。

「核動力ですかね……まさか。――ん?」

「如何、されました?」

 えぐられた大地に目をやり兵器の破壊力を想像していたムルタだったがそこに凄惨性を端的に説明してくれる存在を見つけた。三つの死体だ。男と女と、そして少女。連合士官もこちらの視線の先に気づいたらしく、帽子を取りながら苦々しく呻いていた。

「あぁ…ちゃんと避難していれば。逆らっても仕方のないことがあるだろうに」

 彼の言葉に対して感じたのは言い知れぬ怒りだった。コーディネイター共に組み敷かれた幼き屈辱が脳裏をよぎる。強く造られたものに逆らうことは無駄か? 口惜しさを隣の人間に叩き付けることは容易にできたがムルタはそれをすることすら鬱陶しく思えた。

「っ………。哀れなモノですね。この世界では強くならなければ生きていけないんですよ」

 見るに堪えない少女の惨状から目を離しかけたムルタだったが弾かれたように視線を戻す。今、動いたか?

「どうしました理事?」

 男の質問など一顧だにせず、気づいた違和感へと駆け寄る。間違いない。右腕から固まりかけた血を零しつつ、上体を起こそうと左手を震わせている。

「おい! 救護班を呼べ」

「は、は?」

「早くしろ!」

 連合士官は飛び上がって走り出したが、他にも死体処理や要救助者処置に忙しそうで手が回らないのは明白だった。放っておけば死ぬだけの存在など放置すればいいと考えつつも心のざわつきをどうしようもできず、彼は悪態をつきながら片腕の少女に駆け寄った。

「動くな。死ぬぞ」

 最も酷い傷口にハンカチを当てたが、ぶつ切れの腕は固まりかけてもまだ血を吐く。布きれ一枚では追いつかない。

「……失礼するぞ」

 一言詫びながらまだしも汚れてないスカート部分を引き裂いて止血帯にした。

「おい! 何をやっている!? そんなもの放っておけ!」

 なおも叫ぶとこちらの地位を知っているらしき人間がが一人、誰かを犠牲にしてこちらに来た。血にまみれたスーツに動揺しきっていても自分よりは医術の心得があるだろう。

「この子を処置して連れて行け。……私はもう戻りますよ」

 ――救うときには打算など生まれなかったが……助けた少女がコーディネイターだと伝えられたとき、彼は後悔したらしい。

 

 

「シン。内容は大体解ったけど取り敢えず報告を。南米はどうだった?」

「虫が凄ェ。ああ。おれはどれが〝ロゴス〟の関係なのかよくわからなかったから、アサギに言われるまま書きためた奴なんだが……」

 兄が自信なさげに提出した紙面に目を通す。その間に今度はマユラとジュリが帰ってきた。

「〝ファントムペイン〟の秘密工場なんてあるモノね。今スティング君軍団に調査させてるけど、ここだけでモビルスーツ作って行けるんじゃない?」

「そうそう。放置してあった〝スローターダガー〟だけで百を超えるの。もっと見つかるかも」

 シンの書類も含めて皆の報告は満足できるモノばかりであった。〝ブレイドオブバード〟の戦力は、自分が雇った時点の七倍近くに膨れ上がっている。こんな戦力が秘匿されて散らばっていたのかと思うと意外に感じるが――考えてみれば〝ファントムペイン〟は全て現地調達で一軍を指揮していたのだ。地球連合の戦力をアテにしていたとは言え、正規軍ではコストを度外視することはできず、〝スローターダガー〟の採用を見合わせていた。〝ファントムペイン〟の真の力を利用しようと考えれば〝ロゴス〟の潤沢すぎる資金を湯水の如く乱用し、占有機を用いてこそ真価を発揮できる。そう考えればこれだけの戦力が点在していたというのも頷ける。――これだけ広い範囲で〝ロゴス〟資本のかすめ取りが起きた理由も。

「……多少は予測してたけど。予定より儲かっちゃったね」

「あー! でも中東のこれは情報間違ってたよー。ダミー基地攻撃してたら〝ストライクノワール〟なんかに横から殴られたもの。近くにってのは本当みたいだけどこーゆうの精確に伝えてもらわないと困るわ。〝アビス〟の分はそっちで持ってよね!」

 更に100%から遠のく報告にケインは泣き笑いを浮かべていたが、特に問題はない。こちらの主目的は反政府勢力の駆逐ではなく奪い取られた戦力の回収なのだから。

「まだ手を出してないのは――ちょっと調べてみようか。ユーラシア大陸なんか全滅できたと思うけど」

 南米とユーラシアを手に入れた。旧地球連合の支配区域から推せばザフト圏であるオセアニア地域、中立の多い赤道区域に大規模なファクトリーが設置されているとは考えにくい。と、すれば残るは自ずと最終目的地だけになる。ジュリが脇の端末に指先を伸ばすのを機体を押し隠して見つめていたライラだが、横手からケインに水を差された。

「――あぁ、悪いな。まだN/Aが戻ってない。〝ターミナル〟を使いたいなら少し待ってくれ」

 期待と昂揚が大きかっただけ、ライラの嘆息と瞑目は深くなった。

 

 

 マユがコーディネイターだと知ったあとのムルタの虐待は執拗だった。が、マユはそれを諾々と、いや嬉々として受け入れていた。彼の足下に転がるのは……無数の拷問道具。大した怪我をさせずに極限の苦痛を与え続ける非人道的な凶器達が数え切れないほど転がっているが……息を切らしているのは寧ろ使用者の方であった。睨め下す彼の先には、まだらの血模様にまみれながらも優しく微笑む少女の姿があった。

「ハァ……ハァ……っ。君は、痛みを快楽する性癖でもあるのですか…っ?」

「ううん。ただ、償いだと思うから」

 唇も腫れ、そして切れ、くぐもってしまった彼女の声は確かにそう聞こえた。

「償いだと?」

「うん。あたしの我が儘で、家族みんなが鏖になったんだよ。だからこれくらい、ね」

 がらんと音を立ててムルタの手から体罰用具が転げ落ちた。金髪を書き上げ、嘆息する。

「全く……コーディネイターと言う奴は理解できないな!」

 ああそうだ。今までは、コーディネイター=狡をして得た優位性の上にあぐらを掻く存在と理解していたというのに。この少女は理解しがたい。

「またここか……ムルタ」

「爺さん…。勝手に入ってくるなよ」

 ブルーノ・アズラエルと言ったか。彼の祖父なのか、それとも別の親類なのか当時のマユには判断がついていなかった。

「おうおう磨けば光りそうな原石をなんて扱いしとるんじゃ」

 好色。老人の浮かべた微笑みをマユは勝手にそう解釈した。だが更なる過激な加撃も望むところ。マユは狂喜を更に深めた。

「欲しければ持っていったらどうですか。コーディネイターを買う気があるんならね」

「ほぉ。では頂こうか。こういうモノはな、人形として扱えばいいんじゃよ」

 ブルーノ・アズラエルは杖を突いたまま、周囲に二度顎をしゃくった。どこからともなく現れた屈強の男二人が傷だらけの少女へと近づいていく。

 老人の含み笑いが聞こえた。少女の狂喜が見えた。――自分を組み敷き、嘲笑を浮かべるコーディネイター共の姿が脳裏をよぎった。

 彼らの手が少女の肩に掛かる――

「待て!」

 ムルタの目はどこをも見ていなかったが、その叫び声は誰の耳にも届いていた。目を丸くするブルーノと視線を合わせぬまま、ブルーコスモス盟主は命じていた。

「そんな使い方があるんなら僕の方で利用させて貰いますよ。まだ所有権を放棄したとは言ってません」

 しばしの呆然。そしてブルーノが大笑した。

「ふぉふぉふぉふぉふぉふぉ! まぁ好きに使うがいいわ。いやいやムルタ坊やにそんな趣味があったとなぁ」

「うるさい。さっさと出て行け」

 優男の視線に圧され、屈強の男二人も下がっていく。廊下の奥まで去っていってもいつまでも反響するブルーノの笑い声はを聞きながら、マユは虐待者を呆然と見上げていた。マユの表情から狂喜が鳴りを潜め、困惑か、動揺か、不理解を示す感情が表しきれずに溢れている。

「あなたは悪い人じゃないの? なんで助けてくれるの? ブルーコスモスって、コーディネイターを全部殺しちゃおうとしてるんじゃなかったの?」

 彼女は首をかしげながら、目を泳がせながらそんなことを尋ねてきた。

「あぁ、全部殺すつもりですよ。もらいものの力がヒトの上に立つ条件だと思ってる莫迦共はね」

 

 

 待ち時間。ヒマになったジュリとアサギとマユラはしばらく武勇伝混じりの自慢話を回していたが、それがどう間違ったのか戦う理由の話し合いに変わっていた。三者が一通りまとまりもとりとめも無いおしゃべりを終えると……こちらに顔を近づけてきた。三者三様の意気込みをただ聞いていたかったライラだが、順番は回ってきてしまう。半分沈んだ夕日。今の心境は活動開始当時とほんの少しだけ違っていることに気がついた。

「あたしは……そうだな。仇討ちってのもあったけど――」

 ちらりとシンを盗み見る。兄は気づかずそこにいる。

「今はどっちかってーと、ムルタさんへの恩返し、かな。あたしは本来、二年前に死んでた女だし」

「それを言ったら私達なんて実際死んでる女だって」

 他人が聞いても笑えない冗談にえもいわれぬ共感を感じながら夕日だけを見つめ続けた。

 だがその二つは相反することなのだ。家族を、自分を殺した仇はアズラエルと連なる〝ロゴス〟の輩。しかしその自分を…兵器として見ながらもここまで命を繋いでくれたのもそのアズラエル。

 シンが戻ってこなかったらどうだろう? 彼らを復讐のために利用していると断じていたか? 三人の急かす言葉にろくな解答を出せぬまま首を捻ったライラはもう一度兄の方へを視線を送っていた。

「むー……別にシンのパクリじゃないけど、こんな、みんなが不幸になる世界を変えたいってゆーのかもしれないわね」

 

 

「富裕層と貧困層は価値の差はあるが不幸は等しく存在する。餓えて蝿に集られるか、絶望して石畳に血の花を咲かせるか。質、凄惨性、苦痛時間……諸々の違いがあろうとも無価値にされるその意味に違いはない」

 どうしても幻肢の抜けない右手の指先に痒みを感じる。爪を立てても絶対掻けないこの感覚はどう処理すればラクになれるのか。と言うわけでライラの名を与えられた彼女は琥珀色に満たされたグラスをぶら下げしたり顔で窓に話しかける男の言葉を七割以上聞き逃していた。

「あの、ムルタさん……良くわかんないんだけど」

 あの時、彼に疑問をぶつけた時は……彼を怖れた。。一度死んだ身として低下した命の価値を持ってしても危機感を感じていた。だが今、彼と話すときに遠慮など思いつけない。

「君は、家族を殺されて、苦痛を受けることで償おうなどと考えてましたね。それに意味がないと言うことが言いたいんですよ」

 ムルタが放り出した写真は三枚。何となく追ったマユの目は大きく見開かれた。両親と、兄。特にシン・アスカの不機嫌そうな表情に泣きそうになる。懐かしさ? まだ一月経つかどうかだというのにか?

「両親と、お兄さん、大切に思ってたんですかァ?」

「うるさいな……」

 視線を逸らすも彼は追ってきた。無い右手を振り上げかけ、思い直して左を引き寄せる。殴り付けてやろうと膨れ上がった思いは彼の一言に粉砕された。

「復讐しなさい。それは君の勝手です」

「………殺したい人の中にはムルタさんも含まれてるよ」

 彼は多少鼻白んだが直ぐさま不敵な笑みで覆い隠した。

「まぁ、そうでしょうね」

 そしてコールのあった通信機を手に取る。一言同意を返すとさっさと切り、こちらに話を振ってきた。

「再生治療、準備ができたようですよ。その右手の皮膚、引き剥がしますから覚悟するようにね」

 ――あぁ豚の膀胱から作った粉を患部にかけるとかなんとか。コーディネイターだからアレルゲンの検査を省略された。完全に生え終わるまでの数ヶ月は滅菌処理など大変だが、五指まで含めた完全な元の手が取り戻せるという。

「さ、行きますよ」

「……あの、ムルタさん」

 振り返ったムルタはこちらの言葉に何を感じたものか。非難するような視線を向けてきた。面倒なのか、それとも心を読みでもしたのか。マユは意を決して彼の目を見た。

「あの、この間見せてくれた義手って付けられない?」

 何も言わずに引き出しを開けたムルタは色刷りの紙片を投げてきた。複合機能を内蔵した腕型武装。神経接合の手間はかかるが意識一つで各種機能を選択できる――現在設立を検討してる部隊が試験的に持ち込んできたモノだ。

「神経を弄ることになると……再生を諦めることになるかも知れませんよ」

 彼の目は蔑むような冷たさを投げてきた。マユは少しばかり逡巡したが、心に従えば意を決するしかない。

「――いいよ。力がないのは悔しいから」

 

 

〈あぁ……お疲れ様です。皆さんお戻りでしたか〉

「あぁ、戻ったかN/A。首尾はどうだった?」

 ようやく最後の組が帰還したらしい。応えたケインの言葉に、ライラは追従し、彼の言葉に続いて同道していたはずの足音を期待したが……それはいつまで経っても聞こえなかった。

「……あれ? サトーさんは?」

 今度はケインがこちらの表情に追従した。が、その機械的な声は無機質に精一杯の悲哀を含めてきた。

〈亡くなりました。ボクを庇って、〝ジャスティス〟に斬られました〉

 動揺が走る中、ケインはN/Aの呟く端末の操作に取りかかる。彼が見たとされる映像が展開され、赤が繰り出す無数のビームサーベルを斬機刀で裁きながらも最後の一閃を返しきれずコクピットを貫かれた様が映し出されていた。

 ケインが目元を抑えて天を仰いだ。シンは、爆散していく黒い〝ジン〟の姿にどういう姿勢をとればいいのか解らずにいた。

 あのサトーという男は、かつての戦争でナチュラルに家族を殺され、その復讐のためだけにあらゆる手段をいとわず戦っていたという。

(……おれの数年後は、あんなだろうか……なんて考えたよな…)

 ならばこれは自分の未来なのだろうか。背筋に怖気が走った。

「……ったく、バカ……。あれだけ連れてったんだから何もあなたが矢面に立つこと無いのに…っ!」

 それほど話したわけではない。それほど親しくなれたわけではない。それでも知り合いの死が心に与える衝撃というのは、何度味わっても決して良いモノではない。武勇や矜恃を誇ったところで死んでしまえば何にもならない。敵に塩を送る、一対一の正々堂々、敵の命乞いに哀れを催す――その結果死ににじり寄られる事が何故わからないのか? 卑怯? これらを忌避することが卑怯? 作戦を立て、戦闘を早期解決することは姑息で卑怯なのか? 生き残ることは、そんなにも恥ずかしいことか。ならば守りたいモノをこそ真っ先に殺せ!

 誰かの死に触れるのは……もうこれで最後にしたいとライラは願った。

 

 

 この右腕が肉と骨で出来ていた頃は絵本の中でしか見たこともなかったお城と見まがう豪邸がある。そしてその想像に拍車を掛けるように少し離れた場所を白馬が通りすぎていった。そんな景色にも見慣れた。しかしあたしのような愛玩動物に老人が近づいてくるのは久しぶりである。作り馴れた花の王冠。杖を付く老人へと届けようとしたのだが、それは掌を滑り落ち、草地に埋もれて見えなくなった。

 彼の口から、ムルタ・アズラエルの訃報を伝えられて。

「え?…………ど、どうして?」

 ムルタ・アズラエルは軍人ではなかったはずだ。それが何故〝ドミニオン〟の艦上で爆死などという最期を遂げたのかライラ・ロアノークの名に馴染み始めた彼女は困惑していた。

 彼女から見たムルタ・アズラエルは思想家だったと感じている。

 

「自分たちは結果を求められた。努力の質とか関係ない。どれだけ怠けようと結果を出せるものは賞賛され、就寝時間をいくら削ろうと結果の出せないものが無価値の烙印を押される」

 

 彼は常に小難しい言葉をライラに向けていた。聞いたその時には解らずとも思い返すと心に染み渡る。彼は常に努力の意味を語っていた。だからその意味を容易に無価値とするコーディネイターの存在を嫌っていた。

 その点では、非道を非道と感じない歪んだ精神を持ちながらも……純粋だったのかも知れない。世間では、まだ戦役の続いている今ですら最大級の戦犯候補として目されているムルタ・アズラエルだが……初期を除いて世話になった記憶しかないライラにとっては彼を蔑み、憎みきる理由などと言うモノは、無かった。

 

「ムルタさん……そのスーツお気に入りねー。でも、空色ってどーよ? 派手すぎない?」

「解ってませんね君は。時に形から入ることも重要です。常に明るく余裕を失わずに」

 そう言えば……彼は試験的に用いていた〝ブーステッドマン〟のみならず、誰のことも、名前で呼んだことはなかったような気がする。ライラは常々思っていた。誰かをもっと信じられれば、その余裕も容易く手に入るだろうに。

「――全てを楽しく扱わなければこの地獄生きていける自信はありませんね……」

 

 彼が常に余裕を失わずにいられたのか……ライラには自信がなかった。その最期まで余裕を失わずにいられたのか、人伝の言葉では理解もできない。

「あ、おじーさん……」

「愚かな男よ……。仮にもブルーコスモス盟主ともあろうものが最前線に赴いてどうする……。折角我が家名が占有できた地位を無為に散らしおって」

 ブルーノ・アズラエルはこちらの言葉に気づいた風もなく、聞かせる気もない愚痴を呟き続けた。それは親類への哀悼か、愚者への叱責か。ライラは前者であって欲しいと願ったが、ブルーノがこちらに向けた目は忘れ形見を見るモノではなく新兵器を愛でるそれだった。

「ライラ・ロアノーク。お前にも訓練を受けて貰う。間もなく発足する部隊……お前はそこの兵士となる」

 それでも、ライラは彼に敬礼と……微笑みを返していた。老人の、その老人の存在というものを心の底から憎めた瞬間を覚えたから。

 その時、後に大戦の一つと数えられる〝第二次ヤキン・ドゥーエ戦役〟が終結したとの報が入った。それでも地球連合側の敗戦でなく、停戦という形で終わったのは誰かがあたしに復讐に機会を与えてくれたと考えればよいのだろうか。

 

 

「……ったく、バカ……。あれだけ連れてったんだから何もあなたが矢面に立つこと無いのに…っ!」

 ライラが、妹が仲間の死を悼んでいる。シンはそれを空恐ろしく感じながら視線を投げた。その表情から、確実に死を悼んでいると感じるのだが――反面『彼ら』を、クローンを部品としてしか考えてない。そう思えてしまう。シンは何かをライラに伝えようとしたが、飛び込んできた声に遮られた。

「みんな、〝ターミナル〟からの通信だ。宇宙から降りてきてザフトの派遣部隊、オーブに集合するって。ケインさん、N/Aの端末を……どうしたんだ?」

 整備員のサイが情報端末を手に上がってきたが、周囲の空気に感染して足を止める。最も近くにいたバルドルが彼の肩を叩きサトーの訃報を伝えている。

「そう、ですか……」

 それでもサイは、仲間の死を悼むことよりもN/Aと繋がることを優先させた。

「……お前、意外と冷たいんだな」

「冷たい……か。友達だと思っていた奴がどんどん先に行ってしまえば、冷たくもなるさ」

 シンはメガネの優男の過去を知らない。以前の自分であったら自らの正義にそぐわない彼の行動を冷血の一言で斬り捨ててもいただろうが今のシンは、彼の言葉を胸中で反芻していた。

「N/A、ザフトの降下部隊、そろそろリストアップできるんじゃないか? この中に、キラは……いるか?」

〈いえ。彼は〝プラント〟です〉

 ……当然か。『偉く』なってしまった彼に早々簡単に会えるはずもない。

(言いたいことは、山ほどあるんだけどな)

 ライラは端末操作のため自分の真横にまで来たサイの横顔を見つめてた。色眼鏡を差し引いてもこれほど表情の読みにくい男はそうはいない。そう思いながら今度は兄を見やる。昔はニヤニヤしていることが多かったが、再会してからはいつも仏頂面。それでも彼の漏らす意識は表情豊かであるとすら言える。だがサイの表情は常に思い詰めているようにしか見受けられない。

(なんか、溜め込んでんのかなこの人?)

 自分も溜め込んでいた。しかしそれを吐き出しラクになれるときがもうすぐそこまで迫っている。サイの操作は一段落したのか、虚空を見上げて目頭を揉みほぐし始めたので、端末を勝手に拝借し、暇つぶしに世界状況に目を通してみた。世界は激動しているが、その大半は自分達が関わったことなのでそれ程驚けるニュースでもない。目を引く者はやはり新鮮みのある出来事だった。

 倭国の動物園でパンダの双子が死んでしまったが代わりに鯨の出産が成功したと言う。

 世界的シンガーが二時間前に急死。弁護士は家族に鎮痛剤を飲みすぎていたなどと話したとか。

 そして――

「ナニこれ? ビクトリアのマスドライバーから無許可で宇宙に上がった……降下ポッド? これやった奴すげぇアホじゃない?」

 サイと入れ替わりにいつもの三人組が覗き込んできた。

「うわぁ…普通死ぬよね」

「中身どうなってるのかな? 旧式モビルスーツだったらやっぱりダメだと思うな」

「宇宙に出られたとして、どーするんだろ? 送迎してくれる仲間、いるのよね」

 話題を彼女達に手渡して新たな来訪者に視線を向ける。

「シン。ひまならシミュレーション、やるよ」

「またか…。いや、やるよ。〝デストロイ〟との連携なんて経験ないからな。それに〝デスティニー〟にも慣れておかないとマズいだろうし」

 見下ろし、手を振るとステラは定まらない表情のまま手を振り返しててきた。

「ライラ、シン、もらってく」

「いい傾向。決戦はアンタ達二人にかかってるから、頑張ってよ」

「うん」

「任せとけ。これで、おれが戦争を終わらせてやる」

 ライラは高揚を抑えようともせず笑みを浮かべた。いよいよ、叶う。自分を包む世界が変わる。

SEED Spiritual PHASE-83 無茶をしないで

 

 ビルが高い。この島国がどうやって経済大国なんかやってるのかクロはずっと疑問に思っていた。ほとんどを輸入に頼っているであろうこの国が、中立という小さな後ろ盾でこうまで発言権を持てるのは何故か。

「地熱発電か……」

「知らなかったのかよクロフォード」

「オーブとは、あんまり関わりがなかったもんでね」

 火山帯であるオーブ諸島は地熱が有り余っていると言うことらしい。ローエングリンゲートの紛争に介入した時、あそこにも地熱プラントがあったことに気づいたが、オーブのそれは一回り二回りと巨大な規模を誇っている。

「おいおい観光じゃないぞ」

「オレの〝ザクウォーリア〟は整備終わってる」

「――はぁ……お前モビルスーツの整備なんてどこで覚えたんだ?」

 手伝って、自分の仕事をさっさと終わらせたのは拙かったのかも知れない。ザフトにとってモビルスーツとは大挙して押し寄せる卑劣な連合軍を圧倒的な技術力で返り討ちにした誇りであり、それを操るパイロットはまさに讃えられるべき英雄である。猿真似の蚊蜻蛉と誹られる旧連合側とは対極に。

 故に普通、ザフトのモビルスーツパイロットは雑務にまで手を出さない。クロ自身も〝アメノミハシラ〟での作業でノウハウを取得したのであってザフトにいた頃は操作方法くらいしか頭に入っていなかった。

「一年在野。その間オレにできたことは、機械弄りしかなかったもんで、ジャンク屋っぽいこと手伝ってたんだよ」

 ディアッカは納得したらしい。それでも遠くを見つめていたクロは小隊長殿に急かされた。我らエルスマン小隊はオーブ到着最終組なのだから。

 オーブに来たこと自体は何度かあるが、こんな中枢に踏み込んだのは初めてだった。

(そうでもないか。オノゴロ島にはこの間攻め込んだし)

 オノゴロの国防本部とヤラファスの行政府は趣が大分違った。自分のような一兵卒が軍事ではなく行政に携わる必要があるのかはよく分からなかったが、アスハの誠意として地上に降りたザフトの部隊全員をここに呼び寄せたと聞いている。

 言われるがまま押し込められ、立ったまま聞く演説は身体的には苦痛であったが精神的には共感もできた。

「――どうか、どうか今度こそこの世界から痛みを取り去って貰いたい」

 カガリ・ユラ・アスハに改めて頼まれるまでもなく〝ターミナル〟を含めた反政府勢力の鎮圧を続けるつもりではある。表面だけを受け止めれば、共感する。オレも、世界の痛みを取り除くつもりでいる。殺し損ねた人間に命じられるまでもない。

「ではやはり、〝ブレイドオブバード〟はお墨付きなんて貰ってなかったってわけだな」

「ああ。代表として否定する」

 イザーク・ジュールについて歩いていたら車いすに乗った統合国家の代表を囲む羽目に陥った。演説会場で顔を合わせたヘルベルトもこの列に混ざっていたが、マーズはいない。そんなオマケ組には居心地が悪いが、ジュール隊とオーブの中枢は先の大戦から親交が篤いと聞く。居心地の悪さもそんな部隊に紛れ込んだ以上は覚悟すべきだったのだろう。

「では我々にはそのPMCを追えと?」

「そう言うことだ。他の鎮圧は他の部隊で充分だろうが、情報を見る限りここにはエースが必要だと判断した」

 カガリの言葉にイザークが首肯するが、続く官僚の言葉が彼の低い沸点に熱を注ぎ込んだ。

「そちらはオーブ第一空軍に編入して貰う形で――」

「待て」

 イザークの掌に、脇にいたディアッカが頭を抱えていた。

「俺ははフェイスとして、ザフトより指揮官権限を与えられている。俺はあくまでザフトだ。協力要請は受諾したがこの立場を蔑ろにすることは承諾できん!」

 彼の言葉にクロもディアッカに倣った。コーディネイターの思想だ。優秀で完璧な個人、群れる必要もなく、誰が上に立っても従うだけの価値がある。だがしかし、彼の意見を採用することによって軍の規律は容易く崩壊する。「被優遇者とその他にどれほどの価値が!?」平等を求めるその声が、軍という組織をぶち壊す。そして組織に頼らずしてナチュラルは生き残れない。

(って……コーディネイターだって完璧とは思えねぇけどな。我の強いこの隊長殿とか。〝エヴィデンス〟は何をして進化って考えてんだろな?)

 半面と言う概念を知らないのではなかろうか。強い心は時に独断、優しさと遠慮が時に優柔不断。信じる裏側には自分勝手の押しつけがある。完璧な善人を造り上げたとしても、見る人によっては最低の人間と映る可能性は、消えない。

「構わない」

「カガリ様!?」

「世界が平和になるのなら」

 代表の一言には立ち入る隙がなかった。そう、正義は、立場を固定しなければ語れるものではない。世界平和を唱う地球圏汎統合国家オーブに所属する以上、今の彼女の言葉に逆接は出せない。イザーク・ジュールは彼女の言葉に感銘を受けたか微妙に笑顔を浮かべている。かつてこいつもナチュラル嫌いだったのに、などと思い返すと彼らの心というモノに苦笑が漏れた。が、この心の変化により平和が訪れるとすれば、それを嗤うべきではないのだろう。

「ジュール隊長、わたし共からの、心ばかりの贈り物だ。どうか受け取って欲しい」

 イザークが車椅子の代表に先導された。クロはそのまま待つつもりだったのだが当然のようについていくディアッカはあろう事か自分達を誘った。

「え…………いいのかオレ?」

「ここまで着いてきたんだから。何だ? イザークの護衛が必要だとは思わねぇか?」

 国の重鎮をはばかってか小声に小声を返してきた。護衛……この平和の国にあってもまぁそれが不要だとは思えないが別段彼らと親交が深いわけでもない自分が着いていっていい物か。振り返ってヘルベルトに視線で助けを求めたが彼も肩をすくめただけであろう事か歩を進めている。迷っている内に逃げ出す口実が見つけられず、隊長殿の護衛の名目で歩いていくと――予想もしなかった場所に通された。格納庫(ハンガー)だった。イザーク自身も不審に思いながらそれでも高所に張り巡らせたキャットウォークを進んでいく。軍靴と鉄橋の奏でる甲高い悲鳴がクロの意識をひっかいていく。

「一体何を――」

「ここだ」

 イザークの疑問をカガリが掻き消す。無数の無影灯が交差するその中心に鉄灰色の翼ある機体が浮かび上がった。

「これはっ!?」

 危うくイザークの叫びに追従するところだった。ライトアップされた機体は、見紛うはずもないZGMF‐X10A〝フリーダム〟! 確かにオーブの裏側では昨年この機体を修復していたくらいだからもう一機建造することも可能ではあろうが……。

 その機体を見上げるイザークは困惑するクロの内面に気づけるはずもなく、ただただ昂揚していた。〝オペレーションスピットブレイク〟が予定通りに行われ、〝フリーダム〟が強奪されるような事件が起きなければ、特務隊員となったアスラン操る〝ジャスティス〟の背中を守っていたのは自分だっただろうと噂されてこともあった。ラクスの下に集い、新たなザフトでフェイスとして招かれたとき、自分が白兵戦仕様の戦闘スタイルでなければ、長距離狙撃のシミュレーションでソートの奴に点差を付けられなければ〝バスターフリーダム〟は自分が受領していたのだろう。

 三度目の正直。ようやく〝フリーダム〟が俺のモノになる……!

「お、俺にこれを使えとっ!?」

「オーブからの、精一杯の餞別だ。ラクス――クライン議長からの通達にも同意する。ジュール隊長を総大将として〝ブレードオブバード〟の確保を依頼したい」

「やったじゃねーかイザーク」

 両掌を天空に向けわなわな震えている白服の肩を黒服がばんばん叩いてやった。クロが所在なく立ちすくんでいるといつの間にやら後ろにいたヘルベルトが肩をすくめていた。

「ユニウス条約なんて……どこ行ったんだろな」

「言うなよ。聞こえるぞ…」

 

 

 

「熱ち……」

 モビルスーツの四肢は意外と脆かった。リニアキャノンの砲撃にすら耐えきる〝ジン〟の装甲も大気圏離脱には対応してくれていない。骨董品展示場にも似たジャンク屋の資材置き場に忍び込み、自身の技術で修理できる道具を選んだら、パイロットスーツが皮膚に張り付いた。断熱目的で降下用ポッドを被ってきたが……気休めにしかならなかったらしい。

 突起物は背部のスラスターと右腕だけ残った〝ジン〟で宇宙に出たソートは――いきなり数機の〝ウィンダム〟に取り囲まれた。

(月に、近すぎたか!)

 どうせ相手は全て敵。握らせていたM69〝バルルス改〟特火重粒子砲を誰何の間すら与えずに解き放つ。一機が粒子の波に溺れて吹き飛ぶ間にポッドの残骸から次の武器を取り出す。両腕が在れば戦略の幅も広がったのだろうがマニピュレータが一つしかないならバズーカなど論外だ。重粒子砲を破棄するなりMMI-M8A3重突撃機銃を手に弾幕を張りながら足りないスラスターで後退を試みる。だが実弾を百ばらまいた所でビームの一発がまとめて貫きこっちへ来る。

「ちっ!」

 ギリギリでかわして再度重粒子砲を掴む。だが取り回しの悪い大型砲で照準を合わせようとする間に散開している。チャージロスを考えれば牽制は愚策と即断する。散った敵、上下のない空間に設定された疑似境界を原点とし、算出された敵の距離を瞬間で検討、最近距離の〝ウィンダム〟に重粒子を叩き込むが機動性の差は埋めきれなかった。脚一本頂いた代償は眼前に迫るサーベルだった。実体剣では意味がない。そう思っても砲より重斬刀のの方がいくらかはマシだ。

 鋼刃が光刃を受け止めたのは一瞬――持ちこたえるのは瞬間――歯を食い縛るのも瞬間だった。気づけば負荷がない。貫かれたのは〝ウィンダム〟の方だった。

〈お疲れ様ですソートさん〉

「ティニ様!?」

 自分を取り囲んでいた敵はその倍する一団に取り囲まれ、問答も向けずに処理されていく。ソートはそれを好ましく思いながら通信機から漏れる神の声に戦いを忘却してしまった。存在価値ですらあるはずの戦闘を。

〈こちらを頼らずのお帰り感謝します。少し休まれますか?〉

「いえ! おれはアスランと会っています。可及的速やかに〝プラント〟へ向かうべきと考えます」

〈そうですか。ではお願いします。プランの変更はありませんね?〉

 何を迷うことがあろう。自分には価値がある。ソートは即答した。

「はい!」

 

 

 

「イザーク君? ちょっと待って!」

 声と駆け寄ってくる足音にイザーク達は気づいたが、クロは気づけずにいた。仲間に倣い振り返れば自分と同年くらいの女性が肩で息をしていた。彼女の脇に立っている赤毛はザフトで見かけたこともあり、〝ターミナル〟が重要人物として取り扱っているため知っているが、走ってきたもう一人を彼は知らなかった。

(メイリン・ホーク代行……と、誰だ?)

 オーブ宇宙軍の制服…かなーりふくよかな胸元の階級章は彼女が一佐であることを示している。

 イザークとディアッカがザフトの式の敬礼を向けた。ヘルベルトは惚けたように口元のボルトを揺らし、敬礼する。クロも逆らう理由を思いつけず、彼と共に敬礼した。敬礼すべきは代表代行かと思い、心持ち奧へと視線を向けたが。

「お久しぶりラミアス艦長」

(ラミアス? じゃあこのねーさんが、〝アークエンジェル〟の――)

 敬礼を気取って解いたディアッカの言葉にクロは隠れて目を剥いた。二つの大戦で名前だけは聞いたことがあったが……もっと年配の女性を想像していた。年配を想像していたら同年代……それは詰まるところ自分もそれなりに歳喰ってしまったと言うことだろうか。クロは密かに傷ついた。

「お久しぶりディアッカ君。あの、聞きたいことがあるけど今いいかしら?」

「ん? なんか問題でも?」

 コーディネイターの官僚子息戦士とナチュラルのベテラン女軍人にどういう接点があるのかクロには解りかねた。〝ターミナルサーバ〟は例の如く知ろうとしたことしか教えてくれない。

「あの、この間〝アカツキ〟が……」

 マリューの重苦しい呟きにディアッカの薄ら笑いが消え失せた。此方の情報はクロも知っている。シンが徹底的に撃滅したORB‐01はオーブ独自の装甲技術が祟って〝プラント〟では修復が不能だったと言う。また、この国の象徴的機体であることも関係し、〝アカツキ〟の残骸はここオーブの軍事の中心足るオノゴロ島に運び込まれたと聞いている。

「おっさ……フラガ一佐の、ことですか?」

 マリューが自らの腕を抱き、二人から視線を反らした。口元が何度か言葉を形作りかけるが、なかなか声にならない。それでも彼女は意識を声にした。

「ムウから、連絡がないの。あなた達なら何か知ってるかと思って……」

「あぁ……まぁ旗艦の艦長がおいそれとこっちに飛んでくるわけにはいかないよな……」

 ディアッカは困惑しきって親友に助け船を求めたがイザークはすげなく目を反らした。ザフト軍を離れて〝アークエンジェル〟に所属したツケを払わなければならないのか、と理不尽な不幸に溜息をついたディアッカは幾つかの嘘を考え、その暗澹たる結果を予知して真実を伝えることにした。

「〝プラント〟の市で治療中です。面会行っても謝絶って言われるかも……」

 マリューが確かに震えた。心か、体か、何かが震えた。その気配に言い知れぬものを感じ、クロは一歩退いた。ディアッカも半歩下がっている。後ろで赤毛の代表代行すらも縮こまっていたが、意を決するのは彼女が一番早かった。

「あの、ラミアス艦長。け、怪我されたと言うことですけど、治療中と言うことなんですから一命は取り留めたと言うことじゃないですか……。ねぇ?」

 マリューの視線はぎこちないながらもメイリンを見た。しばし、いやかなり無表情の時間が続いたが、やがて彼女の表情がほどけた。マリューはメイリンの頭に手を乗せかけ、立場を想い出して頭を下げた。

「ありがとう。ダメね。私が慰められているようじゃぁ……」

 今度はメイリンの方こそ恐縮して両掌を目の前でぶんぶか振り回し始めた。

「いえっ! そんな…ってことより――ジュール隊長」

 マリューに二度三度と会釈したメイリンはこちらの隊長に向き直ると癖か、ザフト式の敬礼を返してきた。

「ジュール隊長に通達です。攻撃目標転送いたしましたのでご確認下さい」

 メイリンからの報告にクロは端末を取り出し起動させた。部隊員も皆端末に目を落とす。攻撃目標は、二つ。一つはアイスランド島に位置するヘブンズベース。〝ロゴス〟幹部の投降により工廠、基地共にそのまま使用可能で現在も軍事拠点として残っている。〝デストロイ〟の群れが想起され、クロはなんだか憂鬱になった。

 もう一つは元拠点が〝サイクロプス〟によって焦土と化してしまったため、アラスカからワシントンD.C.付近、旧バージニア州に移設されたJOSH-W。膨れ上がった火球が敵の攻撃だと知った瞬間逃げることしか考えられなかった様な気がする。

 ……栄光ある自分の過去は脇に置いておくとして、どちらも旧地球連合の総合司令部ともされた場所ではないか。

「……ここ、今は統合国家の管轄なんですよね?」

 クロはメイリンに問いかけた。エリート艦の通信士とは言え、ザフト軍で考えれば後輩の小娘に敬語で問いかけるのは何やらやるせないものがあったが、仮にも代表代行に上から目線で話すわけにもいかない。

「はい。ですが……大西洋連邦はやはり独歩思考が強く、位置的な関係からも査察の目が行き届いているとは言えません。某PMCはそこを突いて……統合国家に従わない反政府勢力などと言い出したみたいです」

「――情報操作が旨いっつーより強引なだけだな。が、それをやれるだけの戦力はある……ってわけか」

「面倒な相手みたいだな……」

「それでもやらねばならんのだ! 行くぞお前ら!」

 〝フリーダム〟を任され拳を握りしめる隊長に同意を返す。斯くしてザフト・統合国家治安維持部隊の連合軍は二つに分けられることとなった。これまで通りの治安維持活動を世界中で展開するものと、ヘブンズベース・JOSH-Wそれぞれの鎮圧を任せられた部隊に。ジュール隊の行き先はJOSH-Wと聞いている。ならば自分も大西洋連邦に殴り込むような真似をしなければならないわけだ。

 覚悟を決め、〝ザクウォーリア〟に収まったクロは通信関係をカットすると彼方への独り言を漏らす。

「ティニ。悪い。代表様は殺し損ねたみたいだ」

〈情報だけなら入っていますが。そうですか。問題です――しかしもう彼女の占めるウェイトは問題視するほどでもないかも知れません。クロは自分の任務を遂行してください〉

 ――やがてオーブの海岸は置き去りにされ、北米大陸が蜃気楼のごとく浮かび上がる――

 タケミカズチ級空母〝フツヌシ〟の甲板を踏みしめながら行き過ぎる航空部隊を視界の端に捉えていた。

「ああ。まずは、この怪しいPMCの尻尾掴むまではこっちの削りは控えさせて貰う」

 モニタを通して睨み付ける先には白い記念塔。そしてJOSH-Aを思い返させる階段状の擬装構造――そして、信じられない数の敵機数。

「『民間』軍事会社じゃねーのかよ……」

 敵機情報を集めるためライブラリ照合を自動化させていたら右隅にGAT‐04を示すウィンドウがリミットまで溜まってしまった。そのデータを一括で閉じると虚空に火花が散り始めた。

〈あ、クロ。ただ今ルナさんから届いた情報です。どうやらそのJOSH‐Wはダミーのようですね〉

「ダミー? 何だ、ヘブンズベースにこそなんかあるってことか?」

〈いえ、スタンフォードです。そこと間逆のカリフォルニア州に〝ブレイドオブバード〟の主力部隊が固まっているそうですよ。ルナさんにはそちらに向かって貰っています。クロも何某かの理由を付けてザフトをそちらに向かわせてください〉

「……その何某かの理由ってのが難しい気がするが、了解した」

 〝ウィンダム〟の群れに突撃するのは論外だ。生き残るのを優先しなければならない。クロは通信機に指を伸ばすと一番意見を聞いてくれそうなディアッカと繋いだ。

「隊長の〝フリーダム〟みたいなのに混ざるより後方支援に徹するべきだと思う。〝ガナー〟と〝グゥル〟を使いたいが?」

 大した黙考は帰ってこなかった。上司の即答にクロは満足する。

〈オーケーだ。俺も後方。サポート頼むぜ〉

 大地に落とされるなり急発進する自動車を連想させるホバーで駆け抜けた〝ドムトルーパー〟が見える。準備され、飛び来るサブフライトシステム〝グゥル〟に相対速度を合わせ、〝ザクウォーリア〟をドッキングさせる。宇宙ばかり見ていたザフトの泣き所だ。傑作機と呼ばれるニューミレニアムも重力下での制空能力は連合製の量産機に劣る。

「クロフォード・カナーバ、〝ザク〟、出る!」

 長射程砲〝オルトロス〟を構え、雲霞の如く押し寄せる羽のある人型共へと解き放つ。赤光が雲命の一部を穿ったお返しとばかりに豪雨を連想させるミサイルの嵐が迫り来る。前衛の〝ブレイズザクウォーリア〟達がウィザードを開き対空ミサイルAGM138 〝ファイアビー〟で弾幕を張る様が見えた。クロもそこに赤光と炸裂弾を混ぜ込み空母を防衛する。否、防衛するのは自分の命、そして意識だけ。生き残るため、自分を信じる全てを利用する。

「生き残る まずは――それだけだ!」

 

 

 

 投降を呼びかけ、数時間が経過した。期限まで後一時間を切っているが、返答など無いだろうことは半ば確信させられている。それでもカガリは旗艦〝アークエンジェル〟クルーに回答期限までの時間を問い返すようなことはしなかった。話しかければ無理をするなとの言葉が返ってくるのは自明だ。

 戦艦に接したMBF‐01〝ストライクルージュ〟はただただアイスランド島を見つめていた。

〈カガリさん。回答期限まであと一時間もないけど、出撃はダメよ〉

「……わかってる。わたしは飾り。ここにいるだけだ」

 ――あるいは〝アカツキ〟が扱えたなら反論の余地もあったかも知れない。が、時折手足が震えるようなパイロットは、そうでありながら守らざるを得ない存在は……お荷物でしかない。

 カガリは唇を噛み締めた。それを理解できるくらいには、成長はしたつもりだ。

 ――やがて回答期限が来た。そして回答は、ない。

「……ラミアス艦長、〝アカツキ〟の状況は?」

〈…………………装甲を除けば調整は完了しているそうよ〉

 マリューは嘘を避けた。理解させた方がいい。この代表を知るものとしては。

〈了解。総員第一戦闘配置。〝ムラサメ〟発進。全艦砲撃開始!〉

〈〝ムラサメ〟発進! 〝アストレイ〟防衛線に――〉

〈敵モビルスーツ接近! 数四十!〉

〈アンノウン? いえ、ライブラリ照合……これは……〝ブリッツ〟 あ、あ…〝プロヴィデンス〟です!〉

 次々に耳の届く戦闘状況の報告にカガリは奥歯を噛み締めた。

 

 

「あぁ……N/Aどういうことだよ……オーブ軍に、こんなに早く包囲されるなんて聞いてない……」

〈すみません。どこかで漏洩があったのでしょうね……〉

「だがまぁ、時間稼ぎをすればいいってんだから何とかなるわな。どうだみんな、機体状況は」

〈大丈夫でーす〉

〈こっちも。〝アストレイ〟には慣れてるから、連合製に近い操縦系統なら何とかなるわよ〉

〈そーね。『みんな』はどうだか知らないけど……問題はあれを使うスティング君の方じゃない?〉

 あり得るかも知れない。だがケインはあえて笑みを向けた。

「どこまでやれるか……。まぁ私達は時間稼ぎをすればいいってのが、救いだな」

 地上に降りてから〝ウィンダム〟をカスタムして使い、果ては〝ゲルズゲー〟にまで手を出してあの〝ファントムペイン〟もどきを手伝ってきたが、結局このヘブンズベースでは〝プロヴィデンス〟に落ち着いてしまった。Nジャマーの電波障害下では〝ドラグーン〟が使えないことは解ってる。重力下では〝フリーダム〟〝ジャスティス〟のように飛行できない。だが無敵のフェイズシフト装甲とエネルギー切れの心配がない核エンジンの魅力は支援装備の不備を汲んでも尚余りあると判断した結果だった。

〈ケインさん、統合国家の要求した回答期限まであと五分を切りましたが〉

 嘆息する。システムはとうの昔にオールグリーンを返してきている。

「やるっきゃねえだろ! いいか、兎に角保たせればいい。が――」

 N/Aの〝ブリッツ〟が打ち出されていくその横で、ケインは不敵に微笑んだ。

「できるもんならぶちのめすのもアリだな!」

 

 

 『民間』軍事会社と聞いて大した戦力を想定できなかったのはこちらの落ち度だったのか。索敵班の報告は次々に密度の濃い機体名が並んでいく。〝プロヴィデンス〟に続いて〝デュエル〟、〝バスター〟、〝イージス〟、そして〝ブリッツ〟。かつてXナンバーと呼ばれた高性能機体名が次々と展開されていく。

「更に〝ダガーL〟、〝ウィンダム〟多数……あ! あ……!」

「どうしたのっ!?」

「す、すみません…! で、〝デストロイ〟三機、沿岸部に展開しています!」

「何ですって!?」

 アームレストを押し遣り身を乗り出した、CIC担当のチャンドラまでも乗り出す気配が感じられる。皆の視線が注ぎ込まれる艦橋窓は確かに見覚えのある黒の巨体を――

「総員射線上より待避急いでっ!」

 空気を引き裂くような収束音。そして――

 巨人がその胸部に暴力的な光を迸らせた。マリューは絶叫しながらも絶望する。艦船に急激な方向転換をする機動性などあるはずもない。

 散開していく友軍の動きが苛立たしいほど緩慢に思える。窓を通して赤い光が躙り寄る――

「リフレクター展開っ! 最大出力!」

 叫ぶ。人の操作の手が入り、一拍遅れて〝アークエンジェル〟の前面を陽電子リフレクター〝シュナイドシュッツSX1021〟が張り巡らされる。統合国家はその国力と傘下国の技術力を持って戦艦に張り巡らされた光壁が一斉射された〝スーパースキュラ〟を受け止めた。しかし真正面を向けなかった艦、出力の足りなかった艦が赤の閃光に飲み込まれ蒸発した。照射される暴力光が盛大に薙ぎ払われるとその被害は倍加する。

 被害を逃れた〝ムラサメ〟部隊が果敢に攻め入る。〝ランチャー〟やドッペルホルン無反動砲を装備した〝ダガーL〟が戦艦上からの砲撃を開始した。空と海を破壊が占める。唇を噛むマリューへとおずおずとした進言も入った。

「ざ、ザフトに降下部隊を要請しては如何でしょうか?」

「ダメよ! これだけの設備と兵器が残ってるって事は〝ニーベルング〟の存在も否定できないわ。施設が無力だと確認できない以上余計な被害を増やすだけよ」

 対空掃射砲〝ニーベルング〟。対〝ロゴス〟討伐軍の降下部隊がこの一射によって壊滅的な打撃を受けたのは記憶に新しい。あの大量破壊兵器の処理がどうなったのか、マリューは理解していなかった。が、統合国家の政策を思い返してみても兵器の処理や回収などに手を出せたとは思えない。カガリに確かめるまでもない。ジャンク屋が手を出したというのならニュースの一つにでも何そうな気がする。

 叫び終えたマリューは爪を噛んだ。ならばどうする? 艦砲射撃を仕掛けても〝デストロイ〟は陽電子リフレクターでそれを防ぎきることは既に経験済みだ。JOSH‐Wにこそ〝デストロイ〟が確認されたと聞いてジュール隊を手放したのは失策だった。戦略兵器を相手に切れるカードが物量しかない。

(せめて〝ニーベルング〟の有無だけでも判断できれば……)

 判別する方法は――手の中に、ある。〝ターミナル〟に頼ればあちらの構造を丸裸に出来ることだろう。だが、今の今まで掃討対象にしておいて困ったときだけ擦り寄るその虫の良さを果たして相手が好意的に解釈してくれるだろうか?

〈ラミアス艦長、〝アカツキ〟が出撃可能になったらわたしを前面に出せ。連合の巨大兵器に対して〝アカツキ〟ならば優位に立てる!〉

「な……カガリさん…!」

 だが――強く反論する言葉が生まれない。〝デストロイ〟のミサイル以外を無効化できる。しかしこの急造仕様で装甲は万全だといえるのだろうか。

〈海中に敵影! データ、転送します!〉

 送られてきたデータはZGMF‐X31S〝アビス〟とGAT‐707E〝フォビドゥンヴォーテクス〟。伝えられたマリューは聞こえよがしの舌打ちを零した。統合国家には水中戦に有効なモビルスーツが存在しない。

「〝ボズゴロフ〟に水中用モビルスーツの出撃を頼んで! 〝アークエンジェル〟、潜行準備! カガリさん戻って!」

〈ダメだ。わたしは上をカバーする!〉

 問答している時間など無い。マリューは唇を噛みながらも即断した。白い空から群青の海底へ。白い泡を纏わせた青のモビルスーツ群が視認できた。敵軍の中央へと110cm単装リニアカノン〝バリアントMk.8〟と一斉発射できるだけの魚雷を見舞ってやるとその軌道を追ってザフトの友軍からもたらされた〝グーン〟と〝アッシュ〟の編隊が水中用敵機に躍りかかり、〝ゾノ〟達が艦の周囲を固め始めた。

 その上空では〝ストライクルージュ〟が、弾幕を擦り抜けた敵機を一つ撃ち抜いた。ビームライフルさえも擦り抜けサーベルを振りかぶった〝ウィンダム〟の腕にシールドを叩き付け作った隙へと反撃の刃を叩き込む。二機の撃墜にも息をつく暇がない。もうここにまで攻め入られているのだから。

 頭部機関砲〝イーゲルシュテルン〟をフルオートでばらまきながら空母の甲板に着地する。戦果を喜べるはずもない。巨大兵器とXナンバーが次々と〝ムラサメ〟を撃墜していく。カガリは怒号を発した。

 

 

 恐らくパイロット共は無駄遣いをしてもなお余る。問題は、モビルスーツの数だ。それを補助するための自分達であり〝デストロイ〟だ。マユラは〝デュエル〟のバックパックからビームサーベルを閃かせると変形の間に合わなかった〝ムラサメ〟を切り落とす。

「アサギ、そっちはどぉ?」

〈一個、潜水艦とは別のが潜水してった。その近くにいる一機はちょっと近づかない方がいいかも〉

〈――ちょっと待って! 白い足つき、浮上してくるわよ!〉

 ジュリの警告に視線を流す。上陸を果たしそうな敵機はスティング操る〝デストロイ〟が処理し、上陸を果たした敵機はケインと自分達が駆逐していく。水中からの攻撃がもっと効率よく艦船を撃破していく予定だったが、ザフトのもたらした古風な水中用戦力とやたらと武装の豊富な、大気圏内外どころか海底までも支配するマルチ戦艦がこちらのプロファイルを大きく傾がせてくれた。

〈アサギ! 水の下は芳しくない。〝アークエンジェル〟が浮上するらしい。お前達で叩けるか?〉

〈了解! やってみるわ〉

 マユラは少しばかり鼻白んだがオルガらの〝ウィンダム〟達も対〝ムラサメ〟に忙しく、また彼ら武装ではラミネート装甲に鎧われたあの戦艦への決定打を持たない。そこまで思い至ればリーダーの独断専行も頷くしかない。サーベルを仕舞い込んだ〝デュエル〟の中でマユラは渋々ため息をついた。

〈マユラ、ジュリ、行くわよ!〉

「了解よ。仕方ないわね!」

〈ちょっと待って。この機体だとあんた達に追いつくの難しいのよ!〉

 

 

 前衛に加わった〝ゾノ〟の音波兵器(フォノンメーザー)が〝フォビドゥンヴォーテクス〟を切り刻んだ。〝グーン〟の魚雷連打に晒された敵艦が泡をまとって沈むのも見える。水面下の勢力は抑えたと判断したマリューはカガリが無茶を始めないうちに浮上することを選んだ。出来れば彼女には艦橋にいてもらいたいが元首の性格はそれをよしとしてくれない。

「〝アークエンジェル〟浮上開始。〝イーゲルシュテルン〟、〝ゴッドフリート〟1番2番起動。浮上後は〝デストロイ〟に攻撃を集中させて」

 だがそのプランは直ぐさま破棄されることとなる。

「7時方向に敵影――〝イージス〟です!」

 目を剥くマリューは回避を絶叫したがモビルスーツと艦船では旋回性能にあまりにも差がありすぎる。モビルアーマー形態の〝イージス〟はこちらの行動を嘲笑うように機首から吐き出した四本のサーベルを表層に突き立てていった。熱量を分散させるラミネート装甲が敵機の刃を滑らせ辛うじて取り付かれるのは防いだものの次いで〝デュエル〟の接近を許してしまう。敵機は全てバックパックに〝エールストライカー〟と酷似した追加装備を施しており、サブフライトシステムなしでこちらに取り付いてくる。

 だが飛来した〝ムラサメ〟達がその侵攻を阻んだ。続けて〝バスター〟のばらまいたミサイル群に〝イーゲルシュテルン〟の弾幕が食らい付き、〝デュエル〟ごと追い返す。しかし敵を再接近させる余裕を与えてしまった。グレネードランチャーを構えた〝デュエル〟が艦橋窓に映り込む。唇を噛んだマリューだったが敵機影がいきなり消えた。真横から殴りかかった〝ストライクルージュ〟に吹っ飛ばされて。

「カガリさん!」

〈これくらいならわたしに任せろ! 艦長は、〝デストロイ〟の方を――〉

 シールドバッシュを喰らった〝デュエル〟は海中に消えている。ライフルを連射して〝イージス〟を牽制するカガリに守りを託し、マリューは新たな指示を出した。

「〝ゴットフリート〟機動。照準〝デストロイ〟。敵機の砲身を狙って! まずは攻撃の手を遅らせればいいわ!」

225㎝連装高エネルギー収束火線砲〝ゴットフリートMk.71〟が火を噴き左翼の〝デストロイ〟の天を突く砲身に衝突した。陽電子リフレクターは艦砲射撃すら防ぎきるが、バランスの悪い巨体が威力に圧されて大きく傾ぐ。巨大兵器のテンポを先読みしリフレクター展開指示を投げようとしたマリューだったが開かれたモニタの一つが背筋を凍らせる。フリーになった〝バスター〟が岸辺で砲を連結し終えた様が映し出されている。

「回避ッ!」

 操舵士ノイマンの悲鳴を聞くまでもなく間に合うわけがない。極太の閃光がひどくゆっくり大きくなってくる。消し飛ばされるのは砲身か、艦橋窓か、それとも自分の中心か。

 煌めく閃光が――唐突に陰った。

「!?」

 カガリは押し遣られる衝撃に思わず目を瞑っていた。

「っ、くぅっ!」

 だが〝ストライク〟標準のアンチビームコートシールドは〝バスター〟最大の破壊力を何とか防ぎきった。確認するまでもなくシールドの中央が厚さ半分になり――直ぐさま真っ二つに折れたが。

「大丈夫か艦長!」

〈ええ……! カガリさんこそ、代表が無茶をしないで〉

 無茶をせずにここを乗り切れるものか! 〝ストライクルージュ〟が反転してきた〝イージス〟にライフルを向けるもその速度にマニュアル照準が追いつかない。こちらの射線を縫うように泳ぎ抜け、再び艦に取り付いた〝イージス〟が四つの腕で主砲を囲い込み、中心の580㎜複列位相エネルギー砲〝スキュラ〟が爆砕させた。大口径の大型エネルギー砲は戦艦を一撃で沈めかねない威力を有する。粟立つ肌をさすることもできず悲鳴を上げかけた。しかしそれとは別の衝撃が意識を逆に引き寄せる。

 いきなり〝デストロイ〟の一機が炎を上げ、仰向けに倒れ込んで爆炎を上げた。

「――なんだっ!?」


 
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