No.189105 未来の宇宙から来た超能力者とグローバリゼーション(前編)2010-12-11 17:02:18 投稿 / 全7ページ 総閲覧数:937 閲覧ユーザー数:768 |
総文字数 42、900文字 原稿用紙表記 133枚
題名 未来の宇宙から来た超能力者とグローバリゼーション
初夏はいい。学校で居眠りするのに最適だ。
春の方が寝やすいと思う人も多いかもしれない。それは俺も否定しない。
だが、春の居眠りは自然と睡魔に襲われてのもの。いわば不可抗力の産物だ。
対して初夏の眠りは違う。
額にうっすらと汗を浮かべながら固い決意の下に眠りに入る。
この能動性こそが、若者のやる気を示すようで素晴らしいのではないかと俺は思う。
やる気と居眠りは結びつかないだって?
まあ確かに、そんな気がしないでもない。
しかし俺は半分眠りに落ちているんだ。整合性ある論理など展開できるものか。
「それではみなさんに新しいお友達を紹介したいと思います」
言うなれば俺のモノローグなんか酔っ払いの戯言に等しいもの。真面目に聞くな。
「おやびん、転校生がうちのクラスに来るみたいでやんすよ」
「ヤンス、俺のことをおやびんと呼ぶなといつも言っているだろう。恥ずかしい」
ヤンスこと安田が俺の肩をガタガタと振る。なので眠気が吹き飛んでいってしまう。
「しかし、転校生、か……」
転校生といえば美少女と相場は決まっている。
それぐらいの夢を見たいのが健康的な男子高校生というものだろう。
転校生がムサい、ダサい、キモい男子学生よりは美少女であることは誰もが望む筈。
勿論、現実に転校生が美少女であることはそう滅多にないだろう。
でも、そんな夢ぐらい見たいのが転校生が入って来る今この瞬間ってものだ。
「それでは入って来て下さい。ジョン・F……」
って、美少女も不細工な男子学生も通り越して外国人かよ!?
俺、英語なんて This is a pen.ぐらいしか喋れねえぞ?
どうコンタクトとりゃいいんだ?
「……ケメディーくん」
「パチモンかよっ!?」
思わず立ち上がって大声で叫んでしまう。
でも、だってよ。ジョン・Fときたら普通ケネディーが思い浮かばないか?
「先生にご紹介預かりましたジョン・F・ケメディーです。よろしくお願いします」
いかんいかん。俺は何を興奮しているのだ。
俺はもう、ツッコミ王もノリツッコミ王の称号も中学卒業と同時に捨てたのだ。
ここは多分アメリカから遠路はるばるこの学校にやって来た転校生の顔を見て……
「って、お前、本名は絶対山田太郎か何かだろうっ!」
また、大声でツッコミを入れてしまった。
でも、だって、どう見てもこの転校生の顔は日本人そのもの。髪も瞳も黒。そして体重100kgぐらいありそうなデブ型体型で、顔にはグルグルメガネ、おまけに頬はニキビや吹き出物だらけ。アニメ雑誌片手にいつも汗を掻いていそうなそんなイメージだ。
こいつがジョン・F・ケメディーと呼ばれるにはちょっと無理があり過ぎる。
「ちなみに先生が把握している資料に拠りますと、ケメディーくんは未来の宇宙から来た超能力者だそうです」
「おぉ~」×45
ケメディーの出自を聞いてクラスメイト達が一斉に驚きの声を上げる。
「……って、何をみんな納得してるんだよ!? 先生もそんな馬鹿げた資料を読み上げないで下さいよ!」
未来の宇宙から来た超能力者ってどんな転校生だよ!?
「グローバリゼーションの時代ですからね。遠くからこの学園にやって来る生徒さんがいてもおかしくないかと」
「幾らなんでも遠すぎるでしょうがぁっ!」
未来の宇宙から来たってどんだけ遠距離なんだよ?
グローバル(地球)の範囲を遥かに超えているじゃねえか?
「この学園も先生も、未来ある若者達のやる気と自主性を大切に尊重しますから」
「尊重しすぎでしょうがぁっ!」
もっとこう、締める所は締めないと。例えば居眠りしている生徒は問答無用でゲンコツで殴るとか。何でもかんでも受け入れれば良いってものでもない。
「それでは佐藤くんも納得してくれたようですので、早く打ち解ける意味も含めてケメディーくんに質問のある人は挙手を願います」
「あの、俺、何も納得してないんですが?」
俺のか細いツッコミは当然の如く流され、ケメディーに対する質問という名の転校生尋問が始まった。
「ケメディーくんは未来から来たということは、この後、日本に何が起きるのかみんな知っているということでしょうか?」
「じゃあさ。スポーツの結果もみんな知ってるってことになるな。競馬、競輪、TOTO。大金持ちも夢じゃねえな」
何でこいつらはケメディーが未来から来たっていうことを素直に受け入れてんだ?
受け入れられない俺がおかしいのか? 俺の心が狭いのか? 俺が悪いのか?
「あの、僕、政治とか歴史とか興味ないので知らないです。後、スポーツもちょっと。知っているのは深夜アニメの歴代放送作品ぐらいで。今時の若者ですから……」
「お前、未来から来たんだろ!? 今時の若者じゃねえじゃねえかっ!」
やばい。またツッコミを入れてしまった。というか俺もいつの間にか奴が未来から来たことを前提にツッコミしてしまっている。
「宇宙から来たって言うけどさ、やっぱりM78星雲とかアンドロメダ星雲辺りから来ていたりする訳?」
そしてケメディーが宇宙人であることが当然の前提のようにして質問が続いている。
どうしてこいつら、こんなに適応能力が高いんだ?
「いえ、僕のいる時代でも他の星雲に行くような技術はありません。僕の実家はネオ日暮里駅から銀河ネオ常磐線で2時間ぐらいのネオ茨城星にあるネオ水戸という所です」
「何でもネオって付ければ許されるもんじゃねえぞっ!」
ネオとか銀河とか付けりゃ宇宙って、21世紀人を馬鹿にするんじゃねえぞ!
「ケメディーくんって外見がどう見ても日本人に見えるけど?」
「僕の両親、日本系の地球人なんです。だから僕は血筋的には日系地球人で、登録では日系ネオ茨城星人となります」
ネオ茨城星に凄みを感じないのは俺だけだろうか? 何故か納豆が思い浮かぶ。
「ジョン・F・ケメディーって名前は?」
「うちの父さん冗談が好きで、昔地球史で習ったアメリカとかいう国の大統領の名前をもじったものだそうです。ネオ茨城星は子供別姓ですので親の苗字は違います」
微妙におかしな方向に進歩的過ぎないか、ネオ茨城星?
「超能力って、テレポートしたり、念力で物を壊したりできるのか?」
そしてまた、ケメディーが超能力者であることを前提に話が進んでいる。
疑うことを知らない純粋な若者が集まったと言うべきなのか、このクラスは?
「そんな凄かったり物騒な力、僕にはありませんよ」
首を横に振るケメディー。しかしデブだな、こいつ。未来の宇宙にはダイエットの概念がないのか? まあ、未来の宇宙の人間味を感じてちょっとホッとするんだが。
「僕の持っている超能力。それは……ちょっとそこの脳内ツッコミ大王の人、手伝ってもらいますね」
「誰がツッコミ大王だっ!」
ケメディーが突然俺を指差してきやがった。一体、俺に何をさせるつもりだ?
だが、それよりもツッコミ大王というその恥ずかしい呼称はやめて欲しい。
「おやびん。素直に従ったらヒューマンミューティレーションされかねないでやんすよ」
「あの顔がそんな凄い力を持ってる訳がないだろうが」
ヤンスの心配を無視して立ち上がる。
あの不細工顔がそんな凄い力を持っていたらアニメ会社は大変だ。凄い力ってのは、美男美女が持つものと相場は決まっているからな。
「それでは、僕の超能力を披露したいと思います」
ニヤリと大胆不敵に笑ってみせるケメディー。
しかしこいつ一体、俺に何をするつもりだ?
まさか……っ!?
「誰も男の裸なんて見たくありませんよ。僕は二次元美少女専門ですから」
「俺に無理やりストリップをさせて、女子生徒たちの好奇の視線に晒させるつもりか!」
うん?
何か今、おかしくなかったか?
本来、俺が言葉を発するべき順番でなかったような?
いや、とにかくだ。
「だから僕は16歳未満の二次元美少女の裸にしか興味ありませんって」
「俺のこの若くて淫らな肉体を、男の体に好奇心溢れる女子生徒の前に晒す気だな!」
……何となく、わかった。ケメディーの超能力の正体が。
「と、このように、僕はボケや笑いの為の前フリを察知して事前にツッコミを入れることができます」
フッ。思った通りだ。
「他には、ないの?」
「僕の持っている超能力はこれだけです」
使えないにも程があるぞ、その超能力。ボケない奴には何にもならねえじゃねえか。
というか、ボケる前にツッコミを入れたら漫才が成立しないじゃねえか。笑いを舐めているのか?
「なんか微妙よね」
「未来の宇宙から来た超能力者って割に、全てが微妙すぎるわよね」
「俺達の役に立つものが何もないよな」
先ほどまであれだけ色めき立っていたクラスメイト達がみんなケメディーへの関心を失ってしまった。奴が教室に入って来てからまだ5分ぐらいしか立っていないというのにもう誰も見ていねえ。順応力というか変わり身が早すぎるぞ、このクラス。
「それではケメディーくんがみなさんに打ち解けた所で席を決めましょう」
「先生、全然打ち解けていませんよ? むしろ引かれまくってますよ?」
俺のツッコミはまたしても無視され、先生はキョロキョロと教室内を見回した。
「ちょうど佐藤くんの隣が空いていますね。その中央席にケメディーくんは座って下さい」
「俺の隣っすか!?」
見れば俺の右隣の席は確かにポッカリ空いていた。
俺の席は前方の扉側から数えて四列目の前から3番目のほぼ中央。
何でそんな所の隣の机が堂々と空いているんだ? おかしいだろ、これ?
この席の持ち主はたまたま学校に来ていないのか? それとも、最初からいないのか?
それとも、いなくなったのか?
まさか……
「宇宙人=人攫いだなんて酷い偏見ですよ。そんな社会を是正するのが若者の努めです」
この宇宙人がこの席の本来の持ち主を攫ったのでは!?
「って、心の声にまで反応するのかよ、お前の超能力はっ!」
またひとつ、生きていく上で必要ない知識を得てしまった。きっと、この記憶容量を英単語の1つでも覚えるのに使えば俺の人生は将来もっと豊かになるだろう。
忘れてえな、この5分間の出来事全部……。
「それでは、これからよろしくお願いしますね…………えっと、ツッコミ大王くん?」
「俺の名前は佐藤だぁっ!」
俺は佐藤というどこにでもありふれた苗字を持っている。そして名前もこれまたありふれたものなので、フルネームになると平々凡々を体で表してしまう。
だから、人前ではフルネームを名乗ることはしない。
でも、だからと言って……
「そんな名前の人間がいる訳がないじゃないですか。はっは。佐藤くんはおかしいなあ」
「だから心の中のボケに先にツッコミを入れるなぁっ!」
俺が何という名前でボケようとしたかは伏せることにする。既に終わったギャグを自分で解説するぐらい精神力を消耗することははない。
「おやびん、ケメディーにすっかり懐かれているでやんすね」
「佐藤くん、外見はクールぶっているけれど心の中ではノリツッコミの達人だよ」
高校入学以来、必死に隠してきた俺のトップシークレットが勝手に流布されている。
「ところで佐藤くん、こちらの方は?」
「あっしはヤンスというケチな野郎でやんす。おやびんの舎弟でやんす」
ヤンスが小さな体を直角に曲げて礼儀正しく頭を下げる。しかし、だ。
「ヤンス……安田は友達だよ」
舎弟がいるなんて3、40年前の不良漫画の世界の住人にされかねない。そんなことになったら俺の学園生活はおしまいだ。何故なら……
「そんなこと気にしなくても、佐藤くんは女の子に多分モテないよ。ツッコミ大王だから」
「だから俺が心の中でボケを入れる前にツッコミを入れるなぁっ!」
ボケ封じ。ケメディーの奴、もしかすると最強の芸人殺しなんじゃねえか?
「今日からはケメディーもおやびんの舎弟になるでやんすよ」
「何か面白そうだね。僕も今から佐藤くんの舎弟になるよ」
「おやびん。やったでやんすよ。これで佐藤組による世界征服が一歩近付いたでやんす」
……要らない舎弟がまた1人増えてしまいました。
「佐藤くんとヤンスくん、それにケメディーくんで三馬鹿って感じよね」
「うん、なんかそんな感じ」
「もういっそ、単に馬鹿でも良いんじゃ?」
『佐藤組』が拡大したことで女子の風当たりがよりキツくなりました。
これじゃあ、『佐藤組』が世界制服を成し遂げてしまったら……
「うん。全世界の女性に毛虫以下に嫌われるのは確かだと思うよ」
「だから俺より先に話のオチを喋るなぁ~っ!」
この転校生、俺に不幸をもたらしにやって来たようにしか思えない……。
4時間目終了のベルがなり昼食時間となった瞬間に俺は力なく机に突っ伏した。
ケメディーのせいで滅茶苦茶疲れる午前中だった。
このデブ転校生は現代日本の教育を微妙に理解していない。授業中に消しゴムを食い出すぐらいのことは平気で始めるので常に見張っていないといけない。
そして、凄くない宇宙人だとは思っていたが、頭も相当に悪い。ヤンスと張り合えるぐらいの馬鹿といえばケメディーぐらいしかこのクラスにはいないだろう。
そんな訳で大して勉強もできないこの俺がケメディーにノートの取り方まで教えなくてはならない。そんな生活が続いて保父さんでもない俺は体力の限界を迎えたのだった。
「ちょっと、いいかしら?」
死体のようにグッタリと倒れていると、髪の長い女が近付いて来た。あれは……。
「うっひょぉ~。学年美少女ランキング3ヶ月連続第1位。スタイルも性格も最高で学年唯一のA++の総合評価を持つDカップ少女、朝浦良子(あさうら りょうこ)でやんす」
「随分と説明調的な叫びだな」
やって来たのはこの組のクラス委員である朝浦良子だった。
朝浦の外見に対する評価はヤンスの言う通りだ。目がパッチリした活動的な印象の美人で、1年でナンバーワン美人といえば過半数の男子が朝浦を挙げるぐらいだ。俺もまあ1位とは言わないが2位、3位の称号ならあげても良いと思う。
性格が良いのも本当だ。男女問わず屈託のない笑顔で気さくに話し掛けてきて、気配りも上手い。だからクラスメイトからの信望も厚い。クラス委員も納得の人材。彼女にその気があるならば生徒会長も夢ではないだろう。
「あのボインに1度で良いから思い切りタッチしてみたいでやんす」
「お山の猿じゃないんだからさかるな」
ヤンスのような極端な例は稀だが、多くの男達が朝浦のことを狙っていると聞く。
それだけの人気を誇りながら朝浦は一切男と付き合っていないという。何とも不思議というか、よっぽど理想が高いのだろうか?
そんな学年一の美少女が俺達に何の用だ?
「あの、佐藤くん」
「うん、何だ?」
顔を上げて返事する。用があるのは俺だったようだ。
そして、クラスの男共から矢のような鋭い視線が突き刺さって来るのを感じる。
宇宙人の転校生はO.K.でも美人のクラスメイトに声を掛けられるのは駄目って心が広いのだか狭いのだかわからん。
「ケメディーくんのお世話係を全部佐藤くんに任せてしまってごめんなさいね。本当はクラス委員である私がしないといけないのに」
「仕方ないさ。何故か懐かれてしまったからな」
そのケメディーは俺の隣で黙々と巨大な弁当箱を平らげている。やっぱりこいつ、食い過ぎだ。地球の減量文化を教えねば。
「迷惑ついでに学校の案内もお願いできないかな? 私、放課後にちょっと職員室に用事があって案内できそうにないの」
ウインクしながら手を合わせてお願いしてくる朝浦。
「まあ、それぐらいなら良いさ。どうせ、放課後に予定もないしよ」
何か照れくさくなってぶっきら棒に答えてしまう。
「お礼に今度、デートしてあげるわね」
「余計なことを言ってるんじゃねえよ! 俺にはもう、心に決めた奴が……って?」
物凄い殺気を感じて言葉を切る。教室に残っていたほとんどの男子が俺を今にも殺さんばかりの眼力で睨んで来る。朝浦の人気はここまで凄いのか?
「生涯最初で最後のデートを楽しんでねって、それは幾らなんでも佐藤くんに悪いですよ」
弁当を食べるのを中断したケメディーが突然変なことを口走り始めた。
誰かの心の声に反応したようだが、俺には訳がわからない。
「そ、それじゃあお願いね、佐藤くん」
「お、おう。任せておけ」
朝浦はきびすを返すと足早に去っていった。ケメディーの謎のツッコミが気持ち悪かったのかもしれない。
「おやびん。巨乳美少女が去っていくでやんす。追わなくて良いんでやんすか?」
「俺は朝浦狙いじゃないから良いんだよ」
俺の好みはもっとこう地味でスレンダーであがり症のメガネを掛けた文学少女なんだよ。
だから、たとえデートという展開になっても両手じゃなくて片手を挙げてしか万歳しねえさ。
夕方、ケメディーの学校案内が苦労の連続の末にようやく終わりを告げ、その転校生はヤンスと共に帰っていった。デジタル放送で見たいアニメが放映されるのでリアルタイムでみたいらしい。というかあいつ、一体どこに住んでいるのだろうか?
まあそんな訳で俺は1人、夕日が差し込む教室へと向かっている。
理由は、朝浦に呼び出されたから。いつの間に入れたのか知らないが、俺の机の中に朝浦からの書置きが残されていた。
『放課後、ケメディーくんの案内が終わったら教室に来て下さい 朝浦良子より』
女子生徒に、しかも学年一可愛いと評判の美少女に呼び出しなんてされたら期待せずにはいられないのが健全な男子高校生というものだろう。
いや、俺には心に決めた子が既にいるのだが、それはそれ。これはこれというやつだ。
教室の扉を開け中に入る。そこには夕日を背に浴びながら朝浦良子が1人で立っていた。
「来て、くれたのね」
朝浦は安堵を表現したかのようにニッコリと微笑んだ。
「約束は守らないと駄目だろ」
その笑顔が何だか照れくさくて朝浦の顔をまともに見られない。
「じゃあ、私が佐藤くんを呼んだ理由、わかる?」
「……わからねえよ」
ここで愛の告白を期待していますと答える奴は相当な馬鹿か大物だろう。
全然違ったら大恥だし。というか、よく考えれば朝浦が俺に惚れる理由などひとつも思い当たらない。クラスメイトとして以上に話したことも接したこともないのだし。
「そう、なんだ。わからない、フリをするんだ……」
朝浦が呟いた瞬間、周囲の景色が一変した。
「なっ、何なんだよ、これは!?」
さっきまで窓の外は茜色に染まっていた筈なのに一瞬にして漆黒の闇に包まれていた。
いや、変わったのは外の景色だけでない。ありふれた筈の教室の風景がいきなり何もない殺風景な空間へと変化した。一体どうなってんだ、これはよ!?
「ケメディーくんと親しくしている以上、もう気付いてしまっていると思うけれど……」
「いや、いきなり伏線張りな解説を始めないでまずこの空間の変化について説明しろ!」
何がどうなっているのか全くわからん。確かなのは俺が朝浦と2人だけで謎空間にいることだけ。まず、その説明をして欲しい。
「私の正体は、宇宙から来た強硬派の特殊工作員なの」
「全っ然、欠片も気付いてなかったよ、そんなことっ!」
今までのどこに朝浦宇宙人フラグがあったって言うんだよ!?
「本来ならここで宇宙の意思がなんたらと説明をすべきなのだろうけど、この作品、原稿用紙300枚の長編ではなくて130枚程度の中編だからさっさと本題に入るわね」
「そういうこと、ぶっちゃけるなよ……」
俺のアイデンティティが猛烈に危機に瀕する朝浦の一言だった。
「それで、ケメディーくんが転校して来たのは私達にとって想定外のことだったの」
「未来の宇宙から何の変哲もない学校に転校生が来るとは普通考えないわな」
その割にクラスで驚いていた奴は俺以外にほとんどいなかった気がするが。
「この不測の事態に対して私達は強硬派らしい対応を取らないといけなくなったの」
朝浦が後ろ手に隠し持っていた細長い鋭利なものを取り出した。あれは……
「お、お前、それは……」
「だから佐藤くんの額に100年消えない宇宙製ネオ油性マジックで『肉』と書いて、『アレ』の出方を見ることにしたのっ!」
言うが早いが、朝浦は Made in Universe と書かれた油性マジックを俺の頭に向かって突き立てて来た。
「うわぁあああああああぁっ!?」
しゃがみ込むことで何とか最初の一撃を避ける。
額に『肉』と書かれて100年なんて冗談じゃない。そんなことになったら俺は一生引き篭もって生活しなければならなくなる。それは社会的な死に等しい。
「(社会的に)殺されてたまる、かよっ!」
空間の中で唯一原型を留めて残っている扉に向かって走る。開けようと必死に引っ張ってみる。だが、扉はビクともしない。壁に描かれた扉の絵を引っ張っているような感じだ。
「無駄よ。この閉鎖的空間は私が解除しない限り中からは出られないの。外からは入って来られるのだけど、今朝の始業前に色々と細工を施したから助けは来ないわよ」
朝浦の笑い声が聞こえる。そして幾ら扉を引いても押しても何の反応もない。
「何でそこまでケメディーに敏感に反応する? というか、俺とケメディーはそもそもほとんど無関係だぁっ!」
ケメディーとは今日知り合ったばかり。少なくとも俺は宇宙の強硬派が恐れるような情報は何も持っていない。なのに俺が(社会的)生命を狙われるのでは割に合わなすぎる。
「ケメディーくんの存在がよくわからないからよ。そしてケメディーくんの存在が『アレ』にどんな影響を及ぼすかもわからない。『アレ』の反応が知りたいのよ」
「『アレ』って何だよぉっ!?」
変な伏線張って話を盛り上げようとしてんじゃねえ。しかしやっぱり今確実なのは変な未確認生物転校生と知り合ったばかりに俺の社会的生命が危機に瀕していることだけだ。ケメディーなんぞに知り合ったばかりに。
「って、ケメディー!?」
目の前にそのケメディーの不細工な顔があった。
「やあ、佐藤くん。教室にちなみちゃんフィギュアを忘れて来てね。取りに戻ったんだ」
ケメディーは中の様子を気にすることなく堂々と閉鎖的空間に入って来た。
「ケメディーくんっ、どうしてここに? 誰も入って来られないように結界を張っておいたのに……」
朝浦が驚愕の表情を見せている。宇宙人の張った結界を突破してくるとは、ケメディーも流石は未来の宇宙から来た超能力者であるということなのか?
「結界? ああ、あの『立ち入り禁止 ゲロまみれ危険』の張り紙のことですか? 僕のちなみちゃんへの愛はゲロ程度では止められませんよ」
ケメディーの顔は誇らしげだった。
「って、結界って、張り紙のことなのかよ! 宇宙は一体どうしたぁっ!」
「だって、ゲロなんて書かれたら女の子だったら絶対に近付かないじゃないのぉっ!」
朝浦は泣き出していた。
「ケメディーは男だろうがぁっ!」
「だってだってぇ、転校生って言ったら美少女がお決まりでしょ? 想定外の転校生が男だなんて想定外の想定外だわよぉ」
……俺も朝浦と同じことを考えていたからその件についてはツッコミを入れられない。
「そんな良い話風にまとめることじゃありませんよ。ププッ」
朝浦もまた、お約束という名の被害者だったのだ。
「だから心の声に先にツッコミを入れるなぁっ!」
ケメディーの後頭部にチョップをお見舞いする。
しかし、ともかくこれでこの閉鎖的空間は2人きりではなくなった。朝浦も諦めて大人しくなってくれると良いのだが……。
「こうなったら、ケメディーくんを殺して『アレ』の出方を見るまでよ!」
「それはちょっと直接的過ぎやしないか!?」
「だってケメディーくん、社会的にはもう死んでるもの。女の子的にはドン引きよ!」
朝浦は目にいっぱいの涙を溜めながら本気で怒っていた。
「本気で行くわよっ! 大宇宙の神秘的な力で大変身。チェンジ・魔法少女モードっ!」
大声と同時に朝浦の体が眩しい光に包まれる。そして一瞬にして制服が消え去って、ヒラヒラフリフリした白とピンクのドレスへと変わっていく。
「なあ、こういうのってケメディー好きなんだろ? 魔法少女って言っていたし」
服が消え去った時、一瞬、全部見えたし。アニメオタクでなくてもグッと来るって、これ。ところがケメディーはブスッと渋い表情を浮かべていた。
「僕は実写には全然興味がないんですよ。それに朝浦さんってもう高校生でしょ? 僕的にはアウト・オブ・眼中もよい所ですよ」
ケメディーの声はどこまでも冷静で淡々としていた。こいつの思考はよくわからん。
「宇宙魔法少女、ユニカル良子。ここに参上よっ!」
そしてこっちはこっちでどこが宇宙なのだかよくわからない魔法少女となっている。大きなリボンで髪を結わえてツインテールになっているのは彼女なりのこだわりだろうか?
「さあ、宇宙の覇権を賭けて勝負よ、ケメディーくん」
「中学を卒業した三次元の女性に勝負と言われもやる気が出ませんよ」
対峙する魔法少女とキモオタ。賭けられているのは宇宙の覇権。何だ、これ?
「それじゃあこちらから仕掛けさせてもらうわよ。良子レインボードリームっ!」
朝浦が手に持っていた魔法のステッキか何かから謎の怪光線を飛ばす。少しも宇宙っぽくないのはもうツッコミを入れない。
「うわぁああああぁ。やられたぁ! もう駄目だぁああぁっ!」
で、その怪光線を浴びたケメディーは叫び声を上げながらバッタリ倒れた。
「って、幾らなんでも弱すぎるだろぉっ!」
倒れたケメディーに駆け寄る。抱き起こそうかと思ったが、重すぎて無理だった。
「ケメディーっ、大丈夫か? しっかりしろ!」
俺の見た目ではあの怪光線は大したものには見えなかった。しかしケメディーは……。
「最後にもう1度、ちなみちゃんにキスしたかった…………ガクッ」
安らかな顔をして逝ってしまった……。
「って、もうちょっと見せ場ぐらい作ってから逝かんかいっ!」
まだ4分の1地点だと言うのに、主要キャラが死んでしまった。これから俺だけで物語を引っ張っていかないといけないのか? 面倒くさい。ああ、面倒くさい。面倒くさい。
「嘘っ? 本当に、死んじゃったの? だってあれ、小さな子供でもちょっと驚くぐらいの威力しかない魔法なのよ!?」
永久に眠るケメディーを見ながら朝浦がガタガタと肩を震わせながら怯えていた。
「私、人殺しになっちゃったの? 警察に捕まっちゃうの? 捕まったら死刑なの?」
「お前、本当に強硬派の特殊工作員か?」
「ど、どうしよう!? こんなこと、するつもりじゃなかったのに。うえ~んっ!」
朝浦は尻餅をついて本気で泣き出してしまった。こいつ、工作員に向いてねえ。
「心配要りませんよ、朝浦さん」
声と共に再び扉が開く。そして扉の奥からもう1人のケメディーが入って来た?
「ケメディー、お前死んだんじゃなかったのか? ていうか、ここで死んでるだろ?」
目の前にもケメディー。そして眼下にも横たわったケメディー。どうなってるんだ?
「正確に言えば、僕はそこの彼とは違う別の平行時空から来たケメディーです。だから、そこの彼とはちょっと違う存在なのですが、まあ同一人物と思ってくれて構いません」
「何だそりゃ?」
詳しく聞きたいような、そうでないような。
「でも、こっちのケメディーくんは死んじゃって……」
朝浦が涙を目に溜めながら死んでいるケメディーを指差している。
「こっちの僕が元いた時空に送り返せば生き返る筈ですよ」
「本当っ!?」
「大丈夫ですよ。…………………………宝くじで1等取るぐらいの確率で生き返ります」
なんか今こいつ、小声で非常にヤバいことを付け足さなかったか?
でも、朝浦はケメディーの手を振りながら喜んじゃってるし、それを伝えるのもなあ。
「じゃあ、こっちの用済みはさっさと元の時空に送り返しますね」
ドラえもんの秘密道具として出て来そうで出て来なさそうなダンボール箱をどこからともなく取り出してケメディーの死体を詰める。絵的には非常にまずい光景が広がる。
ケメディーを詰め終えてガムテープで封をすると、あら不思議、箱は消えてしまった。
初めて、未来の宇宙っぽいものを見た。
「これで、完了ですよ」
やってることは死体遺棄だけどな。
「これであのケメディーくんも無事なのね?」
「ええ、大丈夫ですよ」
ケメディーの台詞が信じられない。まあ、それよりもだ。
「ケメディー、何でお前は他の時空からわざわざここに来たんだ? しかも複数で」
「この時代の深夜アニメの一部が僕の時代に保存されていないので直接見に来ました」
アニメの為に時代を超えてやって来るか、普通? いや、こいつは普通じゃないが。
「だからあらゆる並行時空の僕がここに来たがっていて、何かあると交代となる訳です。ちなみに多分僕は3人目です」
「3人目? さっき送り返されたのが2人目だとして、1人目はどうした?」
別に知りたくはないが、聞いて欲しそうな前フリだったからとりあえず聞いてやる。
「今日通学途中でアニメ雑誌を読みながら歩いていたら車に轢かれてリタイアしました」
「お笑い芸人を目指すならもう一捻り加えろ」
あまりにも予想通りだった。
「では、佐藤くんも朝浦さんも納得してくれた所で勝負の続きといきますか」
「何も納得してないし、勝負もまだ続いていたのかよ!」
いかん。どうも3人目ケメディーのペースに狂わされている。ここは、クラス委員でありしっかり者でもある朝浦にこの場をビシッと締めてもらわねば。
「えっとぉ。そう、そう、そうよ。勝負の最中だったわよね」
朝浦は混乱しながらステッキを構える。お前までケメディーに呑まれてどうする!
「さあ、あなた達を倒して『アレ』の出方を伺うわよ。…………って、もう連結解除?」
朝浦の体が再び光輝く。だが、今度の輝きは一瞬で、光が収まると元の制服姿に戻った朝浦が立っていた。更に景色が変わり、俺たちはいつの間にか元の教室に立っていた。
「大宇宙の神秘パワーは消費が激し過ぎて地球上では3分しかもたない所が難点よね」
「燃費効率の悪すぎる変身だな」
朝浦が使った魔法は本人いわく子供にも大して効き目がないもの。宇宙の神秘の力の無駄遣いにも程があるだろう。
「あ~あ、とにかく変身が解けてしまった以上、私の負けよ。佐藤くん」
「いや、朝浦、変身前のマジック攻撃の方が怖かったぞ。というか降伏する相手は俺か?」
何故か俺が朝浦に勝利したことになった。
「きっと佐藤くんは口で言えないあんなことやこんなこと、そんなことまで朝浦さんに要求するつもりだよ。佐藤くん、最低だ」
「所詮敗残兵に人権は適用されないのが世の定め。うっうっ。宇宙のお母さん……」
そして何故か俺は2人から凄い鬼畜に認定されている。何、この不条理?
「とにかく、俺としては朝浦が俺やケメディー、その他周囲の人物を狙ったりしなければそれ以上は何も望まねえよ」
「あんなことやそんなことは?」
「しねえよっ!」
大声で叫んでしまう。そんな俺を見て朝浦はニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「そう言えば佐藤くん、好きな娘がいたもんね」
「何でそんなことを知ってるんだよ!?」
俺の好きな子の話は誰にも言ったことないのに。
「女子の観察力と情報網を舐めちゃ駄目よ」
何故だろう。今の一言は今日聞いたどんな理不尽な言葉より怖い響きを持っていた。
「でも、今の佐藤くんの立場なら彼女に知られずに私と……ってできるんじゃないの?」
「うるせえ。俺はそんなことしない」
「純情くんなのね。それとも、彼女さんへの愛の力かしら?」
「うるせえ!」
畜生。頬がこっ恥ずかしくて熱持っているじゃねえか。
「まあ冗談はこれぐらいにして、勝負には負けちゃったし正体も知られてしまった。もうここにいられないわね。もう少し、この学校に残っていたかったんだけど」
朝浦は俺の顔を見ながら少しだけ寂しげに笑った。
「ここにはいられないって……」
「私は任務に失敗した工作員だもの。失敗の責任を取って島流しぐらいは受け入れないと」
朝浦の声は自分の運命を既に受け入れている、どこかサバサバしたものだった。
「でも、気を付けてね。私は『四天王』の中でも最弱の存在。他の3人は私とは異なる組織に属しているけれど、その故にどう動いて来るのかわからないわ。勿論『アレ』もね」
「おいっ、さっきから言っている『アレ』とか『四天王』って一体、何なんだよ?」
朝浦は俺の問いに答えず歩いていって教室の扉に手を掛ける。そして扉を半分ほど開けて体を外に出した所で
「長田さんとお幸せにね」
そう言って涙ぐみながら俺を振り返り
「バイバイ」
と言って扉を閉めた。
「あいつ、泣いてたな」
朝浦に続いて教室の扉を開けてみる。しかし、そこにもう彼女の姿は見当たらなかった。
「急な話ではありますが、このクラスの朝浦良子さんがカナダの学校に転校することになり昨日旅立ちました」
翌朝、担任の口から朝浦の転校が告げられた。
「おやびん、あっしのボインオアシスがいなくなってしまったでやんすぅ~!」
「俺の制服で鼻水を拭うな」
多くの男子生徒、女子生徒が彼女の転校を嘆いた。彼女が如何に人気者だったことがよくわかる光景だった。
「グローバリゼーションの時代ですから、遠くに行って頑張りたいという朝浦さんの心意気を応援したいと先生は思います」
「グローバリゼーション、ねえ……」
もしかするともう地球上にはいない朝浦のことを思いながら窓の外を見上げるのだった。
あいつは、ここの生活が本当に好きだったのだろうなとか考えたりしながら。
放課後、ケメディーのことはヤンスに任せて俺はひとり部室棟を歩いていた。
部室棟というのは文字通り、運動部・文化部の部室を集めた3階建ての建物のことだ。俺が目指している場所はその中の2階奥のひっそりとした部室。その中の一室の扉のノブをゆっくりと回して中へと入っていく。
「よぉ」
軽く手を上げながら挨拶の言葉を述べる。
すると中には予想通りメガネを掛けた小柄な少女が本を片手にパイプ椅子に座っていた。
「……佐藤くん、来てくれたんだ」
予想外だったのは目の前の少女が怒っていること、というか泣き出しそうな表情をしていることだった。目蓋という名の防波堤は今にも決壊してしまいそうだった。
「どうしたんだよ、長田?」
俺はメガネ少女、長田由紀(ながた ゆき)の顔をわざと覗き込みながら尋ねる。彼女の視界が俺でいっぱいになるように。
「だって、だって、だってぇ……」
長田は本で顔を隠しながら真っ赤になる。こういう初心な反応が可愛い奴なのだ。
「だって、佐藤くん、昨日はこの部活に来てくれなかったぁ」
と思ったら、今度は一転してまた泣き出してしまった。ちょっと、からかい過ぎた。
「佐藤くん、何かトラブルに巻き込まれて『消失』しちゃったのかと思ったの」
長田は『消失』という部分を強調して訴えた。『消失』に何か特別な意味があるかの様に。クールビューティーメガネじゃいられないとばかりに。
「何で俺が『消失』するんだよ?」
確かに2代目ケメディーは『消失』したけどな。だがそれは長田には関係ない。
「じゃあ、やっぱり私のことが嫌いになったから昨日来てくれなかったんだぁ」
長田はまたまた大粒の涙を流しながら泣き出してしまった。
「いや、それは絶対に違うぞっ!」
長田の肩を掴みながら大声で否定する。俺が長田を嫌いになるなんてとんでもない。
「じゃあ、何で? やっぱり、『消失』しちゃったんじゃないの……?」
「そうじゃなくて、昨日の放課後は転校生に学校内を案内していてだな。とにかくそれでここに来ることができなかったんだ」
嘘は言っていない。放課後、ケメディーに校内を案内していたのは事実だ。その後に朝浦に襲撃されたせいで部室に寄っている時間がなくなったのだが、その辺は長田を心配させるだけだから言わない方が良いだろう。
「転校生を、案内していたの?」
長田が涙目+上目遣いで覗き込んで来る。このコンボは…………強烈だ。
「ああ、そうだ。何といっても俺は、親切さんだからな」
長田から目を逸らしながら答える。長田の顔を見ていると、思わず抱きしめてしまいそうになるから。それぐらい可愛いって、こいつ。
世間的な評価では朝浦の方が美人なのだろう。けど、俺は長田を押す。だって俺は、こいつのことが前から……。
「そうだよね。佐藤くんは親切さんだもんね。初めて会った時も佐藤くんはそうだった」
泣きやんでニッコリと笑う長田。
彼女の言葉に俺は長田との最初の出会いの時のことを思い出していた。
俺と長田の初めての出会いは今から約2ヶ月前の高校入学式の日のことだった。
「遅刻遅刻遅刻ぅ~。遅刻しちゃうよぉ~」
涙目でトーストを口に咥えながら全速力で駆けて来るベタな少女、それが長田だった。
で、俺たちはお約束の様にして正面からぶつかった。かなり、痛かった。
そして更なるお約束が続いた。
「痛ったぁ。あぁ~っ、パンツ見られたぁ!? うぇ~んっ!」
青の水玉だった。あの映像は今でも目に焼き付いている。
で、それから本格的に泣き出してしまった長田を宥めるのにえらく時間が掛かった。
結局長田が泣き止んだ頃には俺たちは遅刻確定になっていた。
そんな長田がこの後クラスメイトになっていればそれこそベタな展開だったのだろう。が、実際はそうじゃなかった。俺たちは違うクラスだった。
そして俺は慣れない高校生活に対応するのに四苦八苦で長田のことを段々忘れていった。強烈な出会いであったことは確かだが、関係の継続性がなければそんなものだろう。
そんな長田と俺が再開したのは約1月前、ゴールデンウィークあけ直後のことだった。
その日俺はゴールデンウィーク中の課題を出さなかった罰で別の課題を渡された。で、その調べ物の為に初めてこの学校の図書館に足を踏み入れた。
で、そこにいたのが長田だった。
長田はベソをかきながら入り口の付近を行ったり来たりしていた。その落ち着きのない様を見て俺はその子が入学式に遭遇した水玉パンツの少女だったことを思い出した。
「よぉ、何をしているんだ?」
右手を振りながら気さくに話し掛けてみる。
「あっ、前のパンツ覗き魔の人っ!」
思い切り大声で叫ばれ、図書館中にいた生徒に一斉に振り向かれた。滅茶苦茶恥ずかしかった。
「そういうことを大声で言うんじゃない」
長田の手を引いて本棚の間という物陰へと隠れる。すると長田は真っ赤な顔をしていた。
「男の人に手を握られたの初めて……」
言われて俺もまたこっ恥ずかしくなった。慌てて手を離して話題を変えた。
「で、お前はあそこでうろうろしながら一体何をしていたんだ?」
質問すると長田は途端に顔を曇らせた。
「あの、ね。本を借りようと思ったのだけど、どうやって借りたら良いのか手順がわからなくて……」
「そんなん、受付で聞けば良いだろうが」
長田はより一層顔を曇らせた。
「受付の男の人、何だかちょっと怖い感じで話し掛けられないよぉ」
「たくっ、しょうがねえなあ」
俺は再び長田の手を引きながら受付の前へと移動した。今思えば、あの時人前で堂々と手なんか繋いでいたから女子の情報網とやらに引っ掛かったのもしれない。
それから俺は長田に代わって係りの生徒に話し掛け(その係の奴は明らかに体育会系で女子では話し辛いのは確かだった)、図書カードを作るのを手伝った。
「ここ、名前書けってさ」
「あっ、うん」
そして俺はこいつが紙に記入した文字を見て、初めてこの少女の名前が『長田由紀』であることを知った。
「ねえ、あなたの名前は?」
俺が名前の欄を見ているのに気付いたのか、長田は逆に俺に尋ねて来た。
「俺の名は……佐藤だよ」
フルネームを名乗るのは嫌だったので苗字だけ名乗った。今思えば、下の名前だけ名乗っていた方が良かったかもしれない。女子に名前で呼んでもらえるチャンスを逃した。
「佐藤くん……か」
長田は俺の名前を反芻し
「佐藤くんって親切さんだね」
と笑みを発した。
初めて見た長田の笑顔。それを見た瞬間から俺はもう…………だったのかもしれない。
その後、俺はお礼がしたいということで長田に文芸部の部室に招かれた。
文芸部は部員が長田1人しかいないという弱小部活で、部室の中は静まり返っていた。
「お茶、どうぞ……」
女の子と2人きりの空間はどうも気恥ずかしかった。そんな空気が長田にも伝染したのか、長田の顔も真っ赤だった。
「しかしここは静かで読書するには最適な場所だな」
見渡せば文芸部の部室だけあってそこら中が本だらけだった。
「うん。読書に最適な環境。でも、この部室ね、このままだと来月には他の同好会に明け渡されることになっているんだ」
一変、長田は表情を暗くした。
「部室を手渡さずに済む条件は?」
「今週中に総部員3名確保。でも、そんなの絶対に無理だよ……」
長田の目には涙がいっぱいに溜まっていた。それを見た俺にはたった一つの選択肢しか思い付かなかった。
「後2人で良いならすぐに集めてやるさ」
「えっ? 本当っ?」
長田は目を輝かせた。
「俺と、俺の舎弟……じゃなくて友人の計2名が文芸部に入るよ。それで、大丈夫だろ?」
ヤンスの奴もどこの部活にも所属していないし、まあ構わないだろう。
「それは勿論大丈夫だけど……でも、良いの? 部活をそんな風に決めて?」
「帰宅部のエースと化すよりは文芸部の下っ端部員の方がまし、だろ?」
「佐藤くんって、本当に親切さんだね」
こうして俺と(名前だけ)ヤンスが加わり文芸部は廃部の危機を免れた。
で、それから俺は毎日文芸部の部室に来る様になったという訳だ。
俺と長田の出会いはまあ、こんな感じだ。
「佐藤くん、どうしたの? 急にぼぉーとしちゃって」
「あっ、いや、何でもない」
いけない。つい、回想に気合を入れ過ぎて違う世界にトリップしてしまった。
本人が目の前にいるというのに何という失態。長田を想うのは夜に自分の部屋の中でだけで十分だ。いや、変な意味じゃないぞ?
水玉パンツの長田が妖艶な瞳で俺を誘惑して……なんていう妄想なんかしたこともない。
本当だぞっ! 少なくともここ3日は。
だが、とにかくだ。俺と長田が同じ部室で時を過ごす様になってから既に1ヶ月が経つ。
なのに2人は現在まで部長と部員Aという関係のまま。いや、友達同士という所か。
友達同士……決して悪い響きではない。俺にとって異性の友達といえば長田ぐらいしかいないのだから。
でも、でもだ。俺としては長田とそれ以上の関係になりたい。文芸部に入ったのだってそういう下心が全くなかった訳じゃない。好きな娘のいる部に入部。良いじゃないか!
そうだ。認めるさ。俺は今こそお友達同士という関係を脱却したいと思っているんだ!
俺は長田と恋人同士になりたいんだ!
「やっぱり、私と2人だけだと楽しくない? この間、うちに来た時もずっと黙ったままだったし……」
長田はまた泣き出しそうになっていた。
「いや、あの時の長田はあまりにも緊張し過ぎていてとても話し掛けられなかった」
「あっ、そうだったんだ……ごめんね」
1週間前、俺は長田の家に招かれたことがある。紹介したい本があるということで。
で、今考えればすごく惜しいことをした。あの時は、1人暮らしの家に男を招き入れた事実に気付いた長田が固まってしまい、そのままリビングで無駄に時だけが過ぎていった。
もしあの時の俺にもっと勇気があったなら今頃俺たちは違う関係を迎えていたかもしれない。例えば下の名前とか「あなた、お前」とか「お父さん、お母さん」とか呼び合う仲になっていたかもしれない。
ケメディーみたいに時を越えられるなら、俺はあの日に戻って間違いなく自分を殴る。そして活を入れる。それが自分孝行というものだろう。
って、今更悔やんでも後の祭りだが。いや、ただ悔やむのではなく、あの時の失敗を今に活かさなければいけない!
2人きりの状況なのはあの時も今も一緒。
ならば、今こそ俺は勇気を振り絞って長田に愛の告白をする絶好の機会じゃないかっ!
「長田っ! よく聞いてくれ。重大な話なんだ」
長田の折れてしまいそうなほど華奢な両肩を掴む。長田の顔がグッと近付いて見える。
「えっ? 何? どうしたの?」
当惑する長田。怯えている様にも見える。だが、ここで手を離してはいけない。ここで引いたらまた同じことの繰り返しだ。エンドレス6を繰り返す訳にはいかないのだ。
「長田……っ、俺はお前のことがっ!」
ずっと温めて来た想いを今こそ放出する。
「うわぁ、愛の告白ですか。如何にも青春の1ページという感じですね」
……なんか、聞きたくない声が聞こえた。
「ケメディー、お前、何故ここにいる?」
目の焦点を長田の綺麗な顔から右に90度ずらして不細工な男の顔を睨み付ける。
「三次元の女の子への告白は僕には理解しがたい行動ですが、邪魔はしませんよ。どうぞどうぞ続けて下さい」
「続けれる訳がないだろうがぁっ!」
未来の宇宙にはTPOがないのか?
「あの、佐藤くん? こちらの人は?」
事態の進展に付いていけていない長田が顔いっぱいに?を浮かべながらデブを見る。
「チューとはこれまた可愛い表現ですね」
本当なら今頃、2人は抱き合っていたり、チューとかしていたかもしれないのに。
「だから人のモノローグにツッコミ入れるな!」
俺たちが妙な漫才を始めたことで長田の顔が更に?で満ちていく。
いかん! こいつと同類に思われては俺の好感度が下がりかねない。このフラグだけは何があっても折る訳にはいかない。長田エンドだけは譲れない。
「いや、こいつは昨日転校して来たばかりの奴でな……」
「僕はこちらの佐藤くんの友人で、ヤンスくんの勧めで今日から文芸部に入ることになりました、未来の宇宙から来た超能力者であるジョン・F・ケメディーと言います」
何と説明しようか頭の中でプランを描いていると、ケメディーの奴はいきなり余計な自己紹介をかましてくれやがった。
「人前で未来の宇宙から来た超能力者とか言うな。変態と誤解されるだろうが」
そしてその変態と俺が知り合いと思われるのはもっと嫌だ。
「いや、こいつ、変な寝言をほざいているだけで普通の転校生だから」
何とか長田の緊張をほぐそうとする。だが、その長田は体をガタガタと震わせながら目を見開いてケメディーを見つめていた。
「ケメディーくんって、未来の宇宙から来た超能力者なの……?」
「って、信じるのかよ!?」
今だけは長田の純粋な心が憎い。
「それじゃあ、今朝聞いた、朝浦さんが急に転校したという話はもしかして……」
「グローバリゼーションの時代だからだよ! 先生もそう言っていた!」
長田をこれ以上刺激しちゃいけない。ここは慎重に対応しなくては。
「はっはっ。嘘はいけませんよ、佐藤くん。実は宇宙人だった朝浦さんを佐藤くんがコテンパンに倒し、口では言えない様なあれやこれやした挙句地球から強制追放したんですよ」
「人聞きの悪いことを言うなっ!」
大体、俺は長田以外にあれやこれやするつもりはない。いや、長田にだってするつもりはないぞ。俺は純愛だからな。
それに、これやそれは長田の貧……スレンダーな体型ではちょっと無理……ってそんなことはどうでも良い。今は長田をどうにかしないと。
「そっか。朝浦さんのこと、みんな佐藤くんに知られちゃったんだ」
長田は哀しそうに呟いた。あれ? 何か流れがおかしくないか?
あの言い方だとまるで長田は朝浦が宇宙人であることを知っていたかのような?
「朝浦さんのことがばれているってことは、当然私の正体も知っているんだよね?」
あれれ? この流れ、確か昨日もあったような? 何か、猛烈にまずい気が……
「長田、もう何も言わなくて……」
「私は、宇宙人なの。朝浦さんとは別の派閥の特殊工作員で『四天王』の1人なの!」
「って、長田もかいっ! 長田宇宙人説なんて本気で欠片も考えたことなかったわ!」
大粒の涙を流しながら泣く長田の横で俺はツッコミを入れるしかできなかった。
でも、他に俺に何ができるって言うんだ?
だがしかし、長田が宇宙人だと俺が知ってしまったということは、まさか?
「まさか、正体が知られたから宇宙に帰る、なんてことは言い出さないよな?」
恐る恐る長田を見る。長田は両手で涙を受けながら首をコクンと縦に振った。
「地球は宇宙人の存在を認めていない。宇宙組合にもまだ加盟していない。だから正体を知られた宇宙人は地球を出て行かないといけないの」
「そんなの、俺が知らないフリをしていれば良いだけだろ!」
俺が知らなかったことにすれば長田は地球にいられる。だったら、話は簡単だ。というか長田が自白しなければ、俺は彼女が宇宙人だと全く考えもしなかったのだから。
だが、俺のその提案に対して長田は首を横に振った。
「駄目だよ。嘘はつけないよ」
「ええ、嘘はいけませんよ」
「お前は黙ってろっ!」
デブの言葉が異常に腹立たしい。
「もう、宇宙に帰る時間が来ちゃった」
「もうなのかよっ!」
長田が自分の正体を告白してからまだ1分も経ってないぞ? 猶予期間が短過ぎる!
「なあ、何か地球に残る方法はないのか?」
「……文芸部は佐藤くんにお願いするね」
それ即ち、方法はないということ。
長田は部室の扉に向かってゆっくりと歩き出した。その背中はとても哀みに満ちていて、でも俺の接近を拒む威圧を放っていた。
それはきっと俺が彼女に近寄れば長田は帰れなくなるから。そしてそれは長田だけでなく俺にも被害が及ぶ事態になるのだろう。だから長田は俺を拒絶している。俺の為に。
それがわかってしまう以上、俺は彼女を追えなかった。目だけが彼女を捕まえていた。
「それじゃあ、さようなら、佐藤くん」
長田は扉を開け、振り返りながらそう言った。困ったような泣き出してしまいそうなそんな頼りない顔。いつも見ていた長田らしい表情。これから先もずっと見られると当たり前のように思っていた顔……。
「私、ずっと地球に留まって……佐藤くんのお嫁さんになりたかった…………」
その言葉を最後に長田は扉をパタンと閉めた。
もう扉を開けて確かめる必要はなかった。
長田はもう行ってしまったのだとわかった。
「何で最後の最後に、お前の方からプロポーズするんだよ? 俺まだ、長田に好きだってさえ言ってないのに……」
涙がボロボロと出て来るのが止まらない。格好悪いとわかっていながら泣き続ける。
「この時代の地球がいまだ未開なばっかりに起きた悲劇。誰のせいでもないですが、悲しいものですねえ」
「全部お前が現れたせいだろうがぁっ!」
泣くしかできない俺に怒るという新たな行動が加わった。
「ああ、そう言えば僕のいた未来では長田さんは宇宙人であることを隠したまま佐藤くんと結婚して、後で最初に地球人と宇宙人のカップルであることがわかった最初の事例として歴史の教科書に載っていたような」
「俺の幸せを返せぇ~っ!」
ケメディーの首をぐいぐい絞める。
「はっはっは。佐藤くん、そんなにきつく首を絞めたら僕はまた死んでしまいますよ。今朝も車に跳ねられて交替したばかりなのに」
「お前密かに4人目かぁっ!」
本当にどうでも良いことをまたひとつ知ってしまった。
「急な話ではありますが、隣のクラスの長田由紀さんが宇宙の学校に転校することになり昨日旅立ちました」
翌日のHRで先生は長田の転校を告げた。
「グローバリゼーションの時代ですから、遠くに行って頑張りたいという長田さんの心意気を応援したいと先生は思います」
先生のありがたい、しかしお決まりのお言葉。そのお言葉に対して、俺は部室棟がある方角を眺めながら
「どうすれば俺も宇宙の学校に転校することができますか?」
と、呟いてみるのだった。
(後編へ続く)
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短編の割に長くなり過ぎて1度に投稿できる量を超えてしまったので前編と後編に分けて掲載します。
読んでいると多分感じるであろうことはデジャブです。気のせいです。そう思っていると心の健康に良いです。